割引率変更時にCash Compensationを行わないのがマーケットスタンダード?

LIBOR改革にともない割引率が変更される際には、Swaptionなどの相対取引の時価が変更になるため、利益や損失が出ることがあるが、これを現金で決済(Cash Compensation)して、スムーズに移行させることをECBの委員会やARRCが推奨していた。しかし、JPMorgan、ドイツ銀、野村等が顧客に対してこの現金支払いを行わないと連絡しているというニュースが出ている。

今週月曜のEONIAからESTRへの変更は滞りなく行われたと思っていたのだが、やはり業界でコンセンサスが取れなかったのかもしれない。契約上きちんと定義していないことはやらない、業界標準のやり方が固まって、単純に当初の契約通りに処理をするというのが理由として挙げられている。ただし、一部の銀行はこの支払いを行う方針を打ち出しており、業界としてもかなり混乱している印象を受ける。

確かに銀行としても、自分のポジションが損をした場合だけ現金支払いを受けられず、自分が得をするときにはそれを相手方に払い出すとなる可能性がある。当局がバックについている委員会で推奨されているのだから、全員が受け払いをするというのが最も美しい解決策だと思っていたのだが、現実はそれほど簡単にはいかないようだ。

しかし、こうなると10月のUSD FFからSOFRへのディスカウントレート変更に際しても大きな問題が発生する可能性がある。そもそも現金決済を合意したとしてもその金額まで完全に合意するのは難しい。

相対の担保契約も年末までに変更するというのがARRCのベストプラクティスだったが、この変更時にも時価の変化によって損益が発生するので、こちらも予定通りに進むかどうかが怪しくなってくる。

当局がステップインしない限り、デリバティブでもLegacy契約が残ってしまうことになりかねない。10月までに何らかの解決策が見いだされることが期待される。

日本で流通しているLIBOR参照のドル債に対する対応が遅れている

感染拡大への対応からLIBOR改革が遅れるという期待は少なくなり、急ピッチで準備を進めなければならないというのがようやく業界の認識になりつつある。とは言え、欧米に比べると日本の動きは鈍く、ドルなど他通貨の動きを見ながら動けばよいという雰囲気が漂っている気がしてならない。

確かに、新レートへのConversionなどは他通貨の事例を参考にしながら動けるのかもしれないが、日本の市場参加者が持っているドルのポジションや、ドルで発行した社債等の対応は、USD LIBORについてものもなので、米国と同じタイミングで進めなければならないはずである。にもかかわらず、最近発行されたドル債はLIBOR参照のものばかりであり、これをSOFRにするというニュースはアジアでは皆無に等しい。

投資家の方も普通にLIBOR参照の社債の購入を続けているように思える。LIBOR廃止に対応するには、社債権者集会を開催し、すべての社債保有者からの同意を取って、フォールバック条項を加えておかなければならないのだが、あまりこうした動きが進んでいるようには見えない。

これを行わず、いきなりLIBORがなくなったら、その時のレートで固定クーポンに変わってしまうということが起きかねない。日本に入ってくる情報が少ないから仕方がないのかもしれないが、社債を発行している会社はすぐにでも動かないと間に合わなくなるのではないだろうか。

ターム物RFRの構築はいつか

IBA(ICE Benchmark Administration)から、米ドルSOFRのターム物金利が試験的ではあるものの年末までに利用可能になるというコメントがあった。FTSEやCEMも同じような時間軸で見ていて、既に試験的なタームレートを提供しているCMEも、ベータ版を今年後半にリリースすると発表している。

ARRCも各社からの提案受付を9月に始め、来年前半には公表を始めたいとしている。後決め複利のSOFRよりは、ターム物を選好する声も大きいことから、ターム物の構築が進むかどうかはLIBOR改革の鍵となっている。ローンや証券化商品、社債市場にも影響を与えるので、この動向には注目が集まる。

ARRCとしては、ターム物の発展には流動性向上が必要としているが、10月に予定されているCCPの割引率変更やCMEの先物の取引量拡大に応じて、今後流動性が上がっていくのではないかと期待されている。英国でも似たようなことが起きているが、直近の動きを見ていると、SOFRのような新レートを参照したOTC Swapよりも先物の流動性向上が先に起こり、ターム物の構築へとつながっていくという流れのようだ。ベンチマークプロバイダーの中には先物データを利用していないところもあるようだが、この辺りも徐々に変わっていくかもしれない。

日本ではQUICK社が既に試験的な公表を始めているが、未だこれを利用した取引はほとんどみられていないものと推測される。日本の場合は先物というよりはOTCの取引からレートを構築していかなければならないものと思われるため、市場参加者の積極的な協力が不可欠になるのだろう。

7月末にEUにおいて各種規制緩和が公表される模様

欧州当局から資本規制緩和の延長と配当支払停止措置の延期が7/28にでもアナウンスされると報道されている。3月までの時限措置を10月まで延ばすというものだが、配当停止については年末までという報道もある。

一方、小型株やエネルギーデリバティブの取引規制緩和の話も出ている。これはMiFID IIの修正として近日中にアナウンスされるようだ。ついでにと言ってはなんだが、リサーチの手数料を取引と分離するリサーチアンバンドリングについても何らかの緩和が行われるとの憶測記事もある。€10億ドル未満の投資会社についてこの規制の対象外とする緩和のようだ。

他にもベンチマーク規制についての変更も予定されているが、EUの市場参加者がWMRのような為替ベンチマークが使えなくなるという内容も議論されている模様だ。

全般的にはコロナショックを受けた規制緩和と配当規制、Research Unbundling等に代表されるMiFID IIの緩和、EU独自のベンチマーク規制強化が含まれているようだが、来週以降のニュースに注目したい。

EURのディスカウントレート変更まであと数日

ついにEONIA(Euro OverNight Index Average)からESTR(Euro Short-Term Rate)へのディスカウントレートの変更が2/27、今度の月曜に行われる。当然取引の時価が変わるため、得をする人もいれば損をする人もいる。CCPでクリアされている取引については混乱なく移行が進むだろうが、相対取引をどのように移行させていくのかは非常に興味深い。特にSwaptionでこの移行がどうやって進むかに注目が集まる。

ECBがサポートする委員会ではここで発生した損益は現金のやり取りによって相殺すべきであり、ここから損得が発生しないようにすべきとの指針を打ち出してはいるものの、相対契約に対する法的強制力はない。

10月にはUSDについて同様の変更が控えているため、来週以降のマーケットで何が起きていくかは非常に興味深い。日本円の場合は既に翌日物金利での割引が行われており、ディスカウントレート自体の変更は発生しないが、ドル金利スワップやドルスワップションを取引している参加者にとっては無視できない動きである。

自分勝手にここから儲けてやろうという参加者が出てこないことが切に望まれる。

CFTCがクロスボーダースワップルールの最終案を承認

待ちに待ったCFTCのクロスボーダー規制の最終案が公表された。これでリーマンショックに端を発するDodd Frank法の大きな改訂が完了することになる。

日本を含む海外市場参加者との取引について米国同局がどこまで関与するかが明確化されたため、日本にとってもポジティブなニュースである。たとえ日本国内の取引であったとしても米国に本社を持つ外資系が関わった場合に、どこまでドッド・フランク法が関与するかは常に厄介な問題であった。もともと、TOTUSレターを手配して米国人が関与しないよう、様々なプロセスを追加しなければならなかったが、昨年のTOTUSレターの廃止に続いて、今後はUS Personが関与したとしてもドッド・フランク上のスワップディーラーの要件がかからなくなる(まだ全文を読んではいないが、おそらくそのはず)。

これで、日本の規制にさえ従っていれば、米国規制の影響を受けることなく取引ができるようになるはずだ。いわゆるANE問題がクリアになることになる(ANE=Arrange、 Negotiate、Execute。米国人が取引のアレンジ、交渉、執行にかかわると米国規制に服すというルール)。

もともと日本では、米国人が関与すると米国規制に従わなければならないというコンセプトだけが有名になってしまい、その詳細がわかりにくいということで、かなり厄介な規制であった。当然のことながら、日本の市場参加者からすると、面倒なので米国と関係していそうなら止めるとか、相手に米国と関係していないことを証明させるという選択肢しかなかったのだと思う。

しかもANEの定義があいまいで、取引のアレンジに関わるとは、どこまでを指すのか、交渉にはどのような話が含まれるのかを定義するのが難しく、このためにNY州法の弁護士に多額のフィーを払うよりは、止めてしまえという判断もあったのではないだろうか。

今回のドラフトを読んでいて面白いのは、JFMC/IBAJのコメントが多数引用され、採用されている点だ。JFMCはJapan Financial Markets Councilの略で、日本の金融市場関係者からなる業界団体、IBAJは言わずと知れた国際銀行協会である。ほかにJSCCのコメントも引用されている。日本の意見が米国でも評価され、採用されているということになる。コメントレターの作成に関わった市場関係者の方々の努力に感謝したい。

BISのドル調達に関するレポートが今後のドル逼迫を懸念

BISからドル調達と中銀のスワップラインのレポートが出ている。リーマンショック以前と比べて銀行以外のドルニーズが高まっているとともに、欧州銀行からカナダと日本の銀行へのシフトが見られるとある。ほかにもロシア、トルコ、台湾などのドル調達も増えている。FRBのスワップラインのある国が多いが、このラインを持たない中国のドル調達も1兆ドルを超えているのが興味深い。

ドル資金を短期の為替スワップで調達している国として、カナダと日本の大きさが目立っている。一方、オーストラリアの銀行はドル資金の出し手となっており、英国の銀行も近年借り手から貸し手に回っている。カナダと日本はMMFと為替スワップからドルを調達し、それを貸出、準備金、米国債保有へと回している。ここでMMFや為替スワップ市場の混乱によって、金融環境が引き締められる時に、銀行以外のセクターもドル資金を奪い合う可能性があるため、そのリスクが懸念される。

日本の銀行は準備金と米国債を使ってドル調達を継続できるとされているが、中銀スワップラインの利用度も高いということが淡々と書かれている。一方カナダの銀行は多額の短期ドル調達を行っているものの、中銀スワップラインを使っていないので、まだ余力があるという判断のようだ。

今後の世界経済の情勢次第では、数か月以内にドルが逼迫する可能性も示唆されており、ドル調達が困難になる危険性があると結ばれている。

別のBISのレポートによると、ドルは世界経済活動の25%を占めており、クロスボーダーのローン、社債の半分はドル建てである。そしてこのドルを必要とする主体が金融機関以外や、新興国に広がっているため、その影響の度合いが図りにくくなっているように思う。次に世界的な金融危機が起きるとしたら、ドル調達に起因するものになるのかもしれない。

日本の場合は、低金利から海外投資が増えたたためのドルニーズであるが、通常の決済にドルが必要な局面も多い。あまり極度にドル依存が増えるのは、金融市場の安定という点からはあまり望ましくないのかもしれない。

やはりAMERIBORがドル建てローンでは主流になるのだろうか

ARRCがクレジットスプレッドを反映させた新レートの検討に入っていると報じられた。銀行の調達コストが上がった時にリスクフリーレートで貸し出しをすれば銀行の収益が悪化する懸念から、銀行の信用力を反映させた新レートの構築が期待されていたが、これまでSOFR以外のレートについてはあまり積極的ではなかったARRCが検討するというのは若干意外感がある。

もともとは、そのためにCSGが作られたと思っていたのだが、CSGの検討があまりうまくいっていないのかもしれない。確かに、6月のミーティングを最後にWorking Groupは開かれていないようであり、何のアナウンスメントも出されていない。期限が迫る中これだけの大きな問題を扱うのは、急場しのぎで作ったコミッティーでは難しいということなのだろうか。

こうなると、市場ではAmeriborが代替レートになるのではないかという憶測も強くなってくるのではないか。

Synthetic LIBOR問題

Synthetic LIBORに関する質問が増えてきた。6/23にFCAに対してSynthetic LIBORなるものを作る権限を与えるというニュースが出てから、一部のマーケット参加者の間でLIBORが存続するのかという不思議な期待感が盛り上がってしまったようだ。

LIBORのパネル行がレートを提出しなくても、何らかの計算式に基づいてLIBORと名のついたレートが存続すると聞くと、準備が遅れている人たちにとっては飛びつきたくなるニュースなのは間違いない。

しかし、これが米国や日本など他の準拠法の下で問題なく使えるかは定かではなく、訴訟になったらどのような結果になるのかわからない。また、円のSynthetic LIBORが作られるかどうかもかなり疑わしい。FCAはSynthetic LIBORの計算にはターム物が使われることを示唆しているが、まずはターム物のRFRができるかどうかが重要であり、これについては当初想定よりもかなりの遅れがみられているからだ。

おそらくターム物の取引が比較的進み始めている英国ではこの問題はそれほど大きくならず、当局もSynthetic LIBORの利用は極限まで少なくすべきとのスタンスを取っている。米国でも当局がSynthetic LIBORの利用を制限する可能性が高いので、ひょっとしたらこのSynthetic LIBOR問題は日本に最もインパクトがあるのかもしれない。

2021年末以降パネル行がレートの提示を停止した後も、何らかの計算式に基づく円LIBORがスクリーンに表示され続けるのであれば、準備が間に合わない日本の市場参加者は、それを使い続けるのだろうか。さすがに海外がSynthetic LIBORの利用を限定的なものにとどめようとする中、日本だけがこれを大々的に使い続けることはないのだろうが、これに期待する声がちらほら聞こえてくるのも事実である。

どうしても移行ができないTough LIBOR契約が残ってしまうのは仕方ないのだろうが、極力この割合を減らすよう業界としては努力すべきだろう。

デリバティブのファンディング調整FVAとは

FVAとはFunding Valuation Adjustmentの略でCVAのようにデリバティブの時価にファンディングコストを反映させる評価調整である。

FVAの直感的理解

例によって正確性よりも直感的理解に重点を置いて説明する。例えば3%の金利でお金を借りて、それを1%で貸すとそのローンは完全に失敗である。

調達コストを考えずにローンを出すとこのようなことが起きるので、それを防ぐために3%というファンディングコストを考慮するのがFVAと言う考え方である。

例えば為替のオプションなどを買うと、最初にプレミアムを支払わなければならない。単純にオプションが安いから買ったなどとトレーダーが言うとき、もしかしたら3%で借りて1%で貸すということをしているのかもしれない。その時はそのトレーダーに対して、プレミアムは現金で払うのだから、そこにかかる調達コストを考慮してもらわなければならないが、これがFVAということになる。ただしこれが有担保取引の場合、払ったプレミアムが次の日などに担保として返ってくるため、FVAはほぼなくなる。

こういうとトレーダーは、じゃあ現金を払わないスワップの場合は、FVAは必要ないのかと言ってくる。ここが難しいところなのだが、現金を払わなくても、そのスワップが勝ちポジションなら、そのスワップをすぐに解約すればそれが現金として返ってくるため、お金を貸しているような状況である。よくデリバティブの勝ちポジション=ローンのようなものであるというのはこういった理由である。

または、通常は銀行はそのポジションをヘッジしているので、ヘッジサイドは負けポジションで担保を出しているのだが、勝ちポジションの方が無担保だと、下図の左側から担保は来ないが、右側で現金が出て行っていると説明すると理解してもらえることが多い。

そうすると今度はトレーダーが、じゃあオプションを無担保で売った時やスワップの負けポジションがあった場合には逆にFVAをもらえるのかと聞いてくる。理論的には確かにそうなのだが、FVAを計上していない銀行が多い日本などでこれをやりまくると、簡単に利益が積み上げられるが、Payable(無担保の負けポジション)が巨額になり、今度はDVAやFVAの変動が激しくなる。

理論的には、このファンディングのベネフィットのことをFBA(Funding Benefit Adjustment)、コストの方をFCA(Funding Cost Adjustment)といって分けて整理する(FVA=FCA-FBA)こともあるが、実務上はあまり使わない用語である。

FVAの計算に使われるスプレッドは何か

さて、次は具体的な計算方法である。FVAはその名の通りファンディングコストなのだから、その銀行の無担保社債のスプレッドを使うというのが最も一般的かと思う。例えば、JPMの当局向け報告書によると、estimated market funding cost based on the bank’s own credit risk とある。ほかにも、アセットスワップスプレッドを使っているところもあるという報道もある。

ただしこれだと自社のファンディングコストが高い銀行に不利なため、業界平均のスプレッドを使うところもある。会計上は出口価格というのが重要になるので、あるスワップ取引を他社に買い取ってもらう場合には、リスクの取り手となりうる様々な銀行がFVAを提示してくるが、その平均的なところに落ち着くのではないかという考え方だ。

もし銀行が全員自社の無担保社債のスプレッドなどを使うようになると、Receivableが大きくなる取引については、調達スプレッドの低い優良行のFVAが最も低いこととなり、ファンディングコストが高い銀行は一生コンペに勝つことはなくなってしまう。こうした銀行であっても業界平均スプレッドを使えば、同じ土俵に立てるし、スワップの売買が容易なのであれば、この方法にも一理ある。

銀行預金を集めて低利にファンディングできているのだから、スプレッドは社債スプレッドよりも低いはずという主張をする銀行もあるかもしれない。いずれにしてもFVAには細かく規定がある訳ではないので、銀行ごとにかなり異なった計上方法をしていたとしても不思議ではない。

DVAとの二重計上問題

また、DVAとFVAの一部であるFBAが二重計上なのではないかという点も良く問題になるが、クレジットの評価調整であるDVAとファンディングの評価調整であるFBAは同じとは限らない。特にCDSのスプレッドと社債スプレッドが乖離することも多いため、DVAをCDSスプレッドで、FVAを社債スプレッドで計算していれば自然と差は生じる。

少なくとも、各行の財務諸表を見てみると、CVA、DVA、FCA、FBAの4種類を計上しているところが多い。もしかしたらDVAを計上した上で、それを上回る部分をFBAに計上しているところもあるかもしれないが、この辺りは企業秘密なのだろう。ただし、実際のディールプライシングでこの4つを全て考慮しているかも定かではなく、競争環境なども加味しながら柔軟な運用がなされていたとしても不思議ではない。

FVAのヘッジ

CVAとは異なり、FVAはヘッジがかなり困難である。昨今の米銀決算で、XVAの変動が大きくなっているのはおそらくFVAによるものだろう。自社発行の仕組み債等では、DVAを別計上してヘッジしていないところが多いと思うが、おそらくFVAも同じようなものであり、本来はトレーディング収益に含めるべきではないという意見も強くなってきているが、個人的にもその方が納得感がある。

最後に一つ、税制の違いもFVAに影響する。海外では、収益からCVAやFVAを引いたものに税金がかかっていたが、日本ではCVAを控除できなかったためCVAのような評価調整の導入が遅れた。CVA等の公正価値評価の調整についても、税務上の「みなし決済損益額」として認められることを明確化する方向で議論が進んでいるので、今後はFVAについても会計計上する方向で議論が進んでいくことになるだろう。

社債におけるLIBOR移行

LIBOR問題はデリバティブの移行が先行しており、業界の動きとしても今のところデリバティブ周りの準備が着々と進んでいる一方、社債については比較的記事や話題になることが少ない。しかし、社債については一般企業が発行するので、その扱いについては今後徐々に問題が認識されていくことになることが予想される。

円建て社債については日本でも各種委員会で議論されているが、ドル債を発行するところも多いため、海外動向にも注目しておく必要がある。各国法制も考慮しなければならないので、かなり面倒な作業になることが予想される。特に社債にフォールバック条項を導入するには、例えば日本であれば原則社債権者集会の開催が必要になり、そのための時間的余裕も必要になる。集会の招集、通知、実際の決議、裁判所の認可を限られた時間のなかで行うのは簡単ではない。

海外の新規発行債については、SONIA(Sterling Over Night Index Average)参照債券の新規発行が先行しており、SOFR(Secured Overnight Financing Rate)参照の社債も増えつつある。SONIA参照の新発債については、これまでのところ、デリバティブ同様後決め複利方式が使われることが多そうだが、SOFRについては、複数の方式が使われているように見える。

ただし、これまで発行されたSONIA/SOFR債の多くは金融機関発行のものであり、金融機関以外がいつ頃新レートにシフトするかは、ターム物のSONIA等の流動性がどこまで上がってくるかにもかかってくるのかもしれない。問題は既発債の扱いだが、何もしなければ、前の金利期間に適用される最後の利用可能金利を参照してしまう、つまり固定利付債になってしまう可能性がある。

最も簡単な対応方法は、繰上償還、買入消却を行って、LIBOR参照社債を減らし、新レートで新たな発行をするというものである。これが不可能な場合は、債権者に同意を求めた上で既存の条件を変更し、参照金利をLIBORから代替レートに変える必要があるが、これが現在海外で懸命に行われている作業である。この修正は両社にとって望ましい変更のはずなので、通常は手数料なしで変更が行われているようである。後は、既発債を新レート参照の新発債に交換するという方法も考えられる。

通常はここで話が終わるはずなのだが、それでも移行できないTough Legacy契約の議論が最近盛り上がっており、Synthetic LIBORの話もここから出てきている。社債保有者から必要な同意が得られない、同意を得るまでに時間がかかる、あまりにも多くの契約があると言った理由で、全部の契約を移行するのが現実的に不可能ということが明らかになりつつあるからである。FCAの6/23のTough Legacy契約に対するアナウンスもあり、移行不可能な契約については何等かの対応が取られる見込みになってきた。

とは言え、LIBORが形を変えて存続するというよりは、一部の極度に限定された契約についてのみ認められるものであり、Synthetic LIBORとは言っても、結局はRFR+スプレッド調整という形になるのであれば、LIBOR存続とは程遠い。名前にLIBORとついているのが紛らわしい。

しかし、日本企業でドル債などを発行した会社はこれからこのような準備を全て時間内に行えるのだろうか。円建てであれば日本独自の対応がある程度できるのかもしれないが、海外投資家も保有する社債の場合は、グローバルスタンダードを意識せざるを得ない。日本だけLIBOR対応が遅れていると、今後の日本の社債発行にも影響が出てしまう。ISDAのような業界団体での対応が難しいので、何か当局主導の対応が必要なのかもしれない。

LIBOR移行スケジュール

FCAのSchooling Latter氏の発言以降LIBORからの移行時期に関する話題ばかりになってきているが、LIBOR Discontinuationのアナウンスメントが、早ければ今年の11月か12月に来るかもしれないということで、それまでのプロセスに注目が集まっている。発言の中では12月の最終週とも言っていたように記憶しているのだが、確かに11月か12月とも言っていたので早い方のタイムラインが報道では主に使われているようだ。

いずれにしてもプロセスとしては正式なアナウンスの前にIBA(ICE Benchmark Administration)が市中協議を行うことが求められている。市中協議ともなると、市場参加者からコメントを集めて取りまとめる必要があるので通常数か月かかるのが一般的である。そうなると9月頃というのが大方の市場予想のコンセンサスになりつつある。

この市中協議の内容自体はそれほどControvercialなものにはならないだろうが、どの通貨、どのテナーが含まれるかという点に注目が集まる。おそらく当然のようにUSDとGBPは含まれるだろうが、ひょっとしたらJPYが除かれることはないのだろうか。また、日本だけ遅らせようという動きは出ないのだろうか。

これまではUSDとGBPが先行して移行準備が進んでおり、日本においては単にその行方を見守っているという立場を取る人が多かったように思う。日銀・金融庁のDear CEOレターで若干作業を始めたところもあるかもしれないが、海外に比べると格段に遅れた動きになっている。決済などについても欧米のように短いタイムフレームでの決済が難しいことから、時差の問題と相まって、細かいオペレーション面の調整に手間取っている。システム整備もお世辞にも進んでいるとは言い難い。この状況の中市中協議を行えば、JPYだけ遅らせて欲しいという意見が殺到する危険性があるかもしれない。

確かにこの状況の中頑張って顧客にLIBOR改革の説明に行っても、なかなか理解が得られないばかりか、詳細な説明や質問を全顧客から受ける羽目になってしまい、相当な労力を費やすことになってしまう。緊急事態宣言ではないが、やはりお上から何か宣言が出ない限りは動かないというのが日本の企業文化なのだろうか。

CFTCのルール変更に関する公開ミーティング開催決定

7月22日と23日にCFTCからクロスボーダーを取引を含むSwap Dealer登録にかかる閾値についてのアナウンスメントがあると発表されている。日本においては、CFTCのSwap Dealerに登録してまでデリバティブを取引しようとは思わないため、US Personとの取引を絞っているという報道もされたことがあるが、何らかの変更があるのなら日本にとっても影響が出てくる可能性がある。同時に資本要件についても何らかのアナウンスメントががあるようだ。

他にも、CCP周りについても大きな変更があれば、以前の2年前の9月のようにマーケットが動く可能性もある。ちょっと日本からは参加しにくい時間帯ではあるが、何とかコールインしてみようと思う。

デリバティブ取引のDVAとは

CVAについて書いた以上はDVA(Debt Valuation Adjustments)についても触れざるを得ない。例によって正式な定義というよりは直感的な理解に重点を置く。

企業が銀行にお金を借りると、銀行が企業のリスクを取ることになる。逆に企業が銀行に預金をすると逆になる(預金保険とか細かい点は省略する)。

じゃあその時のローンの金利が3%だったとして、お金を預けてくれたら2%に下げても良いという提案があったとする。その時の値引き分の1%がDVAみたいなものである(預金相殺の実効性などの細かい点は無視)。

カウンターパーティーリスクを考える時、ローンとデリバティブの最大の違いはデリバティブの双方向性、つまりデリバティブの価値がプラスにもマイナスにもなるという点である。ローンの場合は、1億円の借りたのに、いつのまにか市場変動によって1億円貸していたことになってしまったということは通常起きない。

しかしデリバティブの取引の場合は、マーケットが動けばこれが普通に発生する。銀行が潰れないという前提の下ではあまり意味のない議論だが、リーマン破綻によって銀行リスクに注目が集まり、それと同時にCVAの議論が高まったのも興味深い。

あるSwap取引の企業のデフォルト時の期待損失が10で銀行のデフォルト時の期待損失が5だったとすると、

銀行から見た双方向CVA= -10(CVA)+5(DVA)=-5
企業から見た双方向CVA= -5 (CVA) +10 (DVA)=5

となり双方向CVAの価値が符号を逆にして一致する。一物一価の法則が成り立つので理論的にも美しい(一般的にDVAを含まないものを一方向CVA、DVAを含むものを双方向CVAと呼んでいる)。

つまり、自分の企業のデフォルト確率が上がると、DVAが大きくなり、その分が利益として計上できる。自分が潰れそうになると利益が上がるということで、これを計上することに嫌悪感を示す人もいるが、単純にデリバティブの価値は双方の信用力に応じて変化するものなので、理論的には全く問題はない。

自身の信用リスクをデリバティブの時価に反映させるための信用調整、自身がデフォルトすることにより、負担を免れることとなる含み損の期待値、自分がデフォルトするというオプションの価値などと、色々な説明の仕方はあるだろうが、要は当事者双方がリスクを取っているのだから、それをきちんと時価に反映させましょうというものである。

LCHはBREXITを乗り越える

Brexit後にEUの市場参加者がLCHのような英国のCCPに参加できなくなるという恐れがあったが、今年の年末以降も引き続き英国CCPへのアクセスを認めるというアナウンスメントが先週木曜にあった。

EUの市場参加者にとっては朗報ではあるが、ある意味当たり前の結果でもある。いくら英国が離脱したからといって、現時点である意味世界一ともいえるLCHにアクセスできないとなると、それはEUにとっても打撃となる。

とは言え、引き続きあらゆる可能性に備えることを推奨するというコメントも加わっており、引き続き可能であればEUの中でCCPを完結させようという意図も伺われる。これは時限措置としての位置づけだが、今回はいつまでという期限が明示されていない。

今後は英国とEUの規制の同等性が重要になってくる。両国がお互いの規制を同程度の頑健なものと認めればお互いの規制に依拠できるという考え方である。

EUとしてはEurex等のEU域内のCCPへの移行がもっと進むという希望的観測を持っていたのではないだろうか。しかし、一度約定した取引を別のCCPに移すという作業は思ったより難しく、流動性の問題もあるため、CCP間のポジション移管が事実上困難ということが明らかになったとも言えよう。

したがって、例えばLCHが日本の円金利スワップ市場に参入したとしても、急激にJSCCからLCHの移管が進む可能性は低いということなのかもしれない。CCPベーシスが存在する今のマーケットでは、LCHスワップとJSCCスワップは別物になってしまっており、お互いに共存していくということになるものと思われる。円金利スワップの流動性向上のためには、CCPベーシスがなくなるような相互接続を可能にするか、LCHの円金利スワップへの参入を大々的に許容する方が望ましいのではないかと思える。

CVA RISK FRAMEWORKに関する変更

BISからCVA資本賦課の2017年案に対する修正提案が出されたので、概要を簡単にまとめてみる。これは2019年1月に出された修正案に対する市場参加者からのコメントを反映させたものとなる。ISDA、GFMA等から出された2月の意見書の内容がかなり反映されているようだ。

ざっと読んでみた感想だが、全般的に以下のような影響があるように見える。おそらくあまりに厳しすぎるという意見が多かったのだろう。かなりの規制緩和になる可能性がある。

  • 全般的なCVA所要資本の削減
  • CCPでのクリアリングへの移行促進
  • BA-CVAよりSA-CVAに対するインセンティブ強化

リスクウェイトの削減
SA-CVAに関しては次の削減が行われている。
– 金利リスク 30%削減
– 通貨リスク 50%削減
– 信用スプレッドリスク 3%→2%へと削減
– ベガリスク 100%上限の設定
BA-CVAに関しては、ハイイールド債、無格付のソブリン債に対するリスクウェイトが3%から2%へと引き下げられている。

New index bucketsの導入とCVA資本の合算方法の修正
所要資本を求めるにあたって、一定の条件のもとで、インデックスを構成する参照資産の一つ一つのデータを使うのではなく、新たなIndex Bucketsを使うことにを可能にしている。そして異なるリスク資産の所要資本を合計する際の手法も変更しているが、こちらも資本賦課削減に寄与するように読める。これらはSA-CVAにかかる修正である。

CVA資本の対象範囲の修正
リスクのそれほど大きくないSFT(レポやストックローン等の証券金融取引)と一定のクライアントクリアリングポジションが適用除外となる。また、CCPで清算された取引のMOPR (Margin Period of Risk、担保が入ってこない可能性のある日数分のリスクを考慮するもの)のフロアも引き下げられるようだ。これによってクリアリングする取引の所要資本が引き下げられるとともに、クライアントクリアリングビジネスの資本対比の収益性が向上することになる。

SA-CVAとBA-CVAの所要資本調整
資本規制においては、完全に捕捉できないリスクを考慮するために、通常アルファと呼ばれる掛け目をかけることがあるが、おそらくこの調整をしているのだと思う。SA-CVAの掛け目であるmCVAが1.25から1に引き下げられ、BA-CVAにも同様の掛け目である0.65(DS BA-CVA)が導入された。どうやらBA-CVAよりもSA-CVAを適用した方が所要資本をさらに少なくする変更のようで、SA-CVA適用のインセンティブを上げるもののように思える。

LIBORとANTITRUST

反トラスト法の関係でISDAのLIBOR Fallback Protocolのプロセスが遅れるのではないかという趣旨の記事が出ていた。確かにLIBORから新レートへの切り替えに際しては、様々な市中協議が行われており、銀行のインプットも重要な役割を果たしたと思われる。そして、実際にレートが切り替わると、当然その時点で損益が発生する可能性がある。実際に先月のFCA高官のWebinarでのコメントがわずかとはいえマーケットにインパクトを与えたという事例もある。とは言え、これでプロトコルが遅れるとなると、2021年末の期限に影響が及ぶ。

この規制環境下で、自分のポジションに都合の良い方向に議論を引っ張る人など存在しないと思うが、慎重な見方をする米国司法省などにとっては、やはり懸念が発生するということなのだろう。

そもそもISDAは銀行等のメンバーが理事を派遣している業界団体であり、規制当局ではないため、メンバーの意見を代表することも多い。市中協議に参加しているのもメンバーだし、意見を出しているのも銀行などのメンバーである。これを避けるためには当局が全て決めるしかないのだが、やはりかなりの専門知識が必要になる上、マーケット参加者ではないとわからないところも多いものと思われる。

こういう懸念が出てくると、社内で情報をシェアしないようにとか、LIBOR改革関連のミーティングに関わる人を制限するという動きがより強くなるかもしれない。もちろん、今でもこうした情報のウォールがあるところがほとんどだろうが、どこまでシェアして良いかという明確なルールはない。ただし、おそらくポジションを持っているトレーダー等に対する情報共有はかなり慎重にやっているものとは思われる。

つくづくベンチマーク、価格指標を作成するのは困難な仕事だと思われるが、ここまで来ると、業界団体ではなく、当局が協議体を設置してルールを決める方が良いのかもしれない。そこで決められた質問にのみ専門家が答えるという方法だ。規制を強化すれば、中央銀行、当局、政府の役割が拡大するのは当然の帰結なのだから。

業界の専門家が、業界のためと思って知恵を絞って時間を使っても、ダウンサイドしかないと良いものができなくなる。今この作業に関わっている人たちは、コロナの状況の中かなりの労力を割いて頑張っていると思うのだが、そうした人たちが報われないような形にだけはならないことが望まれる。

LIBOR代替レートの今後

LIBOR改革に関しては英国が先行しており、ターム物リスクフリーレートの構築も徐々に進んでいる。IHS Markit、FTSE Russell、Ice Benchmark Administration、Refinitivと4社がしのぎを削っている。MarkitはSONIA OIS、先物市場における実取引に基づいてレートを作成するとのことだが、他の3社は、SONIA OISのデータを使っている。

一方米国においてはSOFRリンクのデリバティブの取引量が思ったより増えず、若干後れを取っているように見える。ARRCでは2021年末までにターム物RFRが使えるようにというのが当初の目標だったが、何とかこれを半年程度前倒しにして2021年上半期の公表を目指している。

しかし、実際のマーケットを見ていると引き続きLIBORベースの取引が多く、SOFRベースの取引に比べると、100倍以上の開きがある。CMEに上場したSOFR先物も3月に取引が急増したもののその後はまた減少傾向にある。着実に取引が増えているSONIA Swapとは大きな違いである。やはり、10月のCCPの割引率変更を待っているようにも見える。そうは言ってもターム物ができるのを待っていると間に合わなくなる可能性もあるので、やはり一旦はRFR後決複利への移行が起きそうだ。

ISDA、Linklaters、BlombergからIBOR Factsheetが先週公開されたが、こうしたデータについてもBloombergで確認できるようになる。これまでのLIBORのTickerの前にFをつければフォールバックレート、Sをつければスプレッド調整値が見られるようだ。例えば3ヶ月円LIBORなら通常JY0003Mだが、フォールバックレートはFJY0003M、スプレッド調整値はSJY0003Mといった具合だ。

このFactsheetには、新レートの計算タイミング等が示されているが、例えば、2022年1月1日にLIBORがDiscontinueされるとなると、3m LIBORであれば2016年10月1日から2021年10月1日までの5年間のデータから中央値を計算することになり、12m LIBORであれば2016年1月1日から2021年1月1日までの5年間のデータが使われると示されている。

つまり、全てのLIBORが一斉にDiscontinueされるとなると、そのスプレッド計算の時期がテナーによって異なるということである。そうするとDiscontinuation直前に大きな市場変動が起きると、1m LIBORと12m LIBORで大きな差が出るのだろうか。とは言え5年間分のデータがあり、しかも平均ではなく中央値なので、あまり大きな問題にはならないかもしれないが。

こうした5年間の中央値を意識した上で取引が行われることになると思われるので、今後のレートの動きに注目したい。

バイデン大統領で何が起きるか

ウィルス感染拡大、人種問題への対応の影響で、トランプ大統領の支持率が急落し、バイデン大統領のシナリオをマーケットが織り込み始めた。直近の勝利確率予想もトランプ氏が23%、バイデン氏が59%と大きく差が開き始めた。3月前にはトランプ再選の声が過半数を超えていたのと大きな違いだ。実際の世論調査による支持率調査よりも、賭けごとに使われる確率の方が大きく差を広げているのも興味深い。

マーケットへの影響としては、トランプ減税や規制緩和の揺り戻しが来ることに警戒が必要だろう。35%から21%へと引き下げられた法人税も28%程度に上がるのではないかとの予想もある。

ベーシックインカムの議論も盛んになっているが、バイデン氏の掲げている15ドルの最低賃金も企業にとっては影響が大きい。それにしてもバイト代時給1650円ともなると日本だったら飲食業界にとって死刑宣告になるかもしれない。健康保険やクリーンエネルギーなど、経済優先の政策からの転換が起こることも予想されるため、米株にとってはマイナス要因が多いと捉えられるのも当然だろう。

民主党は共和党に比べると経済優先というよりは、コロナ対策等国民の健康を優先すると思われるので、経済対策も更に大規模なものになる可能性がある。こうなると当然短期的にはドル売り、米株売りの動きが出てくる。しかし、政府が更なる景気刺激策も併せて使うとなると、国や中央銀行の政策に振らされるマーケットが本当に大きく下落するかは不透明だ。いずれにしても財政状況の悪化は避けられないが、ぎりぎりのところまで支え続けて最後に一気に下落するというシナリオを、数年後には想定しておいた方が良いのかもしれない。もっともその影響は新興国やEU弱小国に最初に現れるだろうが。

金融規制が米国の地位を向上させた?

ISDAとGreenwichのレポートによるとバイサイドの市場参加者は、COVID-19の下での市場混乱時にボイストレーディングを増やしたとのことである。米国債の取引においては、電話による取引が2月の29%から4月には42%まで上昇したとのことだ。アンケート調査で17%がオートプライシングの電子取引を止めたとも言っている。

銀行のリスク許容度が下がったので流動性が低下したとあるが、確かにあの状況の中流動性を提供し続けるよりは、守りに入らざるを得ないというのは当然だろう。流動性が下がれば、ヘッジも難しくなるので、オートクォートやオートプライシングを止めるのは自然の行動だろう。短期のファンディングが問題となったというのもその通りである。結局これを止めることができたのは中央銀行の政策だったということだ。

規制強化による資本増強がこうした危機を乗り切るのに役立ったということだが、規制によって銀行が提供できる流動性やバランスシートが少なくなったという点も見逃せない。規制を厳しくして銀行がショックアブソーバーとしての役割を果たせなくなり、安全運転に徹したことにより金融機関の健全性が確保されたが、市場を支えることができるメインプレーヤーは中央銀行ということになった。当局が意図してこの状況を作り上げたのなら大したものだが、今後のマーケットは中央銀行の動向次第ということだ。

自ら流動性供給のできる米国や日本は問題ないのかもしれないが、ドル等の他国建て負債が多い国にとっては、米国の金融政策に全てを依存するということになってしまう。EUにしても、例えばイタリアやスペインはEURを無限に供給できる訳ではないので、同じような問題を抱えることになってしまった。米国が資金の流れを止めると新興国やEUの中の弱小国は一気にデフォルトへと向かいかねない。いわば人質を取られているようなものである。

その意味では自国建て通貨を守ったイギリスは、正しい行動をしたのかもしれないし、当時は世間を騒がせたBrexitの決断も、極めて正しい行動だったのかもしれない。もしかしたら、米国はこの状況を作り上げる為に規制強化に邁進したのだろうか。日本については、財政状況が最悪ではあるが、円建ての負債がメインなので、比較的恵まれている立場だと言えよう。