通貨スワップのプライシング

複雑な金融商品は以前に比べて減ってきた気がするが、既存のプレーンな商品が複雑化している。例えば通貨スワップは、本邦企業がドル債を発行したり、外債投資をする際に為替リスクをヘッジする手段として一般的に使われている。しかし、以前は簡単にプライスが取得できたものが、かなり複雑になっている。

ドル円の通貨スワップに関して、プライスが異なりうる要素には以下のようなものがある。

  • 有担保か無担保か
  • 有担保の場合の適格担保(ドルなのか円なのか)
  • 金利のカーブ(JSCCカーブなのか、LCHカーブなのか)
  • SwapAgent経由か否か
  • 適格担保に現金以外が含まれるか

無担保の場合はCVAや資本コストなどが大きな割合を占める。有担保の場合はこうしたコストが少なくなるものの、資本コストは完全に無視できない上に細かいプライシングの差が生じてくる。

おそらく上記のような差によって、通貨スワップのコンペで毎回勝てないという状況が多々あると予想されるが、下手をすると一生その方向の取引は勝てないということがあり得る。

ドル円通貨スワップと言えども、グローバルではドル担保が標準となっているため、流動性が高くプライシング上は有利である。通常期にほとんど差がなくても一度何かが起きると価格差が生まれてくることもある。さらにSwapAgent経由となると、資本コストや決済コストが下がるので、特に流動性が逼迫するときにはSwapAgentベーシスなどがみられたりする。

ここで厄介なのは金利のカーブに何を使うかという点であり、まだ業界でも確固たるコンセンサスはできていないようにも思える。当然日本の金融機関であればJSCCカーブを使っていることが多く、外資系も日本ではJSCCを選択するケースが多いかもしれない。ただし、海外取引先となるとLCHカーブを使うことが多いのでベーシスリスクを抱えることになる。

この差があるため、外資系によっては、日本では全く取引ができないといったことも発生していると思われる。または海外投資家でもより自分にとって安いプライスを得るため、LCHプライスではなくJSCCプライスで取引したいというニーズもあろう。しかし、ここでその都度プライスを選択できてしまうと、Valuation Control的には望ましくない。解約やNovationの時に価格でもめる可能性もあるので、前もってどちらの価格で合意したかを記録しておく必要もある。

ここは、これから業界スタンダードができていくのかもしれないが、おそらく会社ごとにどのカーブを使うかを決めてそれを記録に残しておくことしかできないのではないだろうか。あるいは会社によっては、本邦投資家はJSCCプライス、海外投資家とはLCHプライスのようにルールを決めてしまうところもあろう。ただ、これだと実行できる取引が一方向に偏る危険性もありトレーダーとしては避けたいところだろう。

また、こうした複雑性が生まれるということは、流動性も分断し、取引の手間もかかるため、エンドユーザーにとってもベストな価格で取引ができなくなるという可能性もある。この辺りは何らかの解決策を見つけていかないと、日本に危機が起こってジャパンプレミアムのようなものが発生した時に、通貨スワップを使えない(または法外なコストを払わされる)ところが出てくるかもしれない。同じようなことはスワップションでも起きたが、こちらは、Exercise時にSwapをJSCCで清算するのかLCHで清算するかを前もって確認するようになり、一定の解決を見た。

いずれにしても金融の安定のためには、通貨スワップに関しても何らかの標準化が必要になってくるものと思われる。

米国のスワップスプレッドは縮小するか

FRBから市場関係者が長い間注目してきたSLRについてのコメントが出始めた。極めつけはWall Street Journalにも掲載されたパウエル議長のコメントだ。2月12日の議会証言で、米国債マーケットの市場構造改革を示唆し、その中でSLRの修正が必要だと思うという趣旨のコメントをしていた。

金融危機以降こうした当局からのコメントで市場が動くようになったため、トレーダーが規制について最新情報を得るのは必須になったが、このコメントの前後にも、国債とスワップのネガティブベーシスが7-8bp動いていたようだ。日本でもCCPベーシスに関連してトレーダーがポジションを取ることがあったが、それに似たような動きを見せている。

教科書的には、国債の利回りは国の信用力を表し、LIBORが使われていた頃は特に、Swapレートは銀行の信用力を表すなどと言われていた。つまり銀行より国の信用力の方が高いのだから、国債の利回りはスワップ金利より低くなるべきである。しかし、SLRや各種バランスシート制約によって、国債を持つ方がコスト高になり、国債利回りとスワップ金利との逆転現象が起きている。

そして米国では国債と国債先物やスワップを使ったベーシストレードが盛んに行われ、当局サイドの注目も集めている。おそらく多くのトレーダーがネガティブベーシスの縮小にかけたポジションを持っているものと予想される。個人的には、CCPベーシスの時とは違い、SLRの計算から米国債を外すというニュースでそれほど大きな動きになるのは若干不思議に思える。コロナの頃は米国債がSLRの計算から除外されていたのだから、既に起きたことでもあるのだが、同じようなことを考える市場参加者が増えるとマーケットというのは動いてしまうものなのだろう。

いずれにしても、しばらくの間、こうした規制面に関するトレーダーの関心は高い状態が続くのだろう。

CVA資本規制の高度化

CVA CapitalについてBA-CVAを使う銀行が増えてきたことが業界で話題になっている。もともとBasel IIIにおいては、以下の3つの手法が提示されていた。

IMM:先進的手法であるIMM
SA-CVA:先進的手法を適用できない銀行が使う標準法
BA-CVA:小規模銀行を想定した基礎的な簡便法

しかし、モデルやオペレーション面での対応が難しかったり、当局サイドの内部モデルに対する懸念があり、IMMは廃止され、現在では標準的なSA-CVAと基礎的なBA-CVAの二つが選択肢となっている。BA-CVAではマーケットヘッジが加味されないため、多くの大手行はSA-CVAを適用すると思われていたのだが、欧州銀行の中でBA-CVAを適用するところが増えるのではないかと報道され、専門家を驚かせている。

洗練された銀行で、技術はあるもののBA-CVAを選択しているというのが話題になっている。実際に計算してみるとSA-CVAとBA-CVAの資本コストが10%程度しか変わらず、わざわざSA-CVAを適用するコストに見合わないという理由もあるとのことだ。とは言え、英国など新規制の適用開始を延期した国が多く、米国でもトランプ政権のもとで最終案がどうなるか不確実であるため、しばらく様子見というところも多いのかもしれない。いずれにしてもこの第一四半期後には当局報告の中でどの銀行がSA-CVAを適用するかが明らかになる。カナダのRBCなどは、とりあえずBA-CVAを使うが、将来的にはSA-CVAへの移行を検討するとも述べている。

当然大手銀行は内部モデルに従ってCVAのヘッジを日々行っており、SA-CVAとは比べ物にもならない業務を行っている。会計上のリスクヘッジと規制上のリスクヘッジは極力合わせていった方が良いのでSA-CVAでも不十分なくらいである。その意味では規制のCaliburatiojnを行い、SA-CVAとBA-CVAにおける所要資本に十分な差をつけてインセンティブをつけたうえで、SA-CVAの高度化を目指していくべきだと思う。10%程度の資本削減しか得られない中でコストがその10%を上回るというのであれば、SA-CVAを使うインセンティブは大きく削がれる。そして、BA-CVAを使っていると、マーケットリスクをヘッジをするインセンティブがなくなり、カウンターパーティーリスクを裸で持った方が得ということになる。

日本ですら、金融危機後の円高時にカウンターパーティーリスクが高まったときに、外資系であれば円をロングにするCVAヘッジによって、かなりの損失が抑えられたはずである。為替のみならず金利やコモディティ価格が現在のように急変動することが増えてくると、こうしたマーケットリスクヘッジのインセンティブをなくしてしまうのは問題である。ただ、この分野に関しては結構テクニカルになるので、銀行の経営トップ層の理解が浅く、優先度合いを上げようという話にならないという事情もあろう。何か危機が起きるまではそれによって責任を取らされることもないからだ。

しかし、例えば金利が1%上がったとき、為替が10%変動した時に、カウンターパーティーリスクがどの程度増えるのかというのがわからない、ヘッジもしていないというのは非常に危険な気がする。BA-CVAだとクレジットリスクのみのヘッジとなるが、多くのデリバティブに詳しくない経営者からすると、それで十分ということになりかねない。特に市場変動によってリスクがそれほど変わらないローン畑の経営陣の場合は、BA-CVAで十分という判断になったとしても不思議ではない。

同じことはあらゆる分野で起きているが、リスク管理の知識や経験が以前より失われつつあるのではないかという懸念が残る。規制資本コストが最大のコストになりつつある中、それを減らすような行動を銀行が重視するのは当然であり、規制コストが減らないのであれば、わざわざコストをかけてリスク管理の高度化をする必要はないということになると本末転倒である。何とかリスク管理を高度化させるインセンティブが残るような仕組みを作っていけないだろうか。

海外大手銀行のテクノロジー投資

世界の大手金融機関はテクノロジー投資を着実に増やしている。2023年のマッキンゼーのレポートによると、銀行セクターのシステム投資は$650bnに上り、4%の収益増を上回る9%の伸びを見せている。米銀最大手のJPMなどは2023年にテクノロジーコストが年間$14bnと報じられ、これは日本の大手銀行の10倍以上になる。

日本企業のシステム投資についての報道を見ていると、以下のような特徴が報じられている。

日本では革新的なシステム投資を行うよりも、トラブルの少ない安定性やセキュリティが重視される。これには規制が厳しいという問題以外にも顧客が確実性を求める文化的なものもあるのかもしれない。確かに何かトラブルがあった時のダメージが大きいので、攻めの投資よりは守りの投資が重視されるのは仕方ないのだろう。

規制が厳しいかどうかについては若干疑わしいところもある。トランプ政権でどうなるかわからないが、米国の規制もかなり厳しい。しかし、海外ではシステム化や自動化を促すための規制が多いという特徴がある。STPガイダンスやリアルタイムレポーティングなどがその良い例だろう。何秒以内とか何分以内にレポーティングや決済などといった規制があるため、人手を介していては間に合わないのでシステム投資をせざるを得ないといった側面もある。

日本ではこうした規制がないのと、顧客の要求水準が高いため、マニュアルで作業しておいた方が特殊な要望に応えやすいという事情もある。人のコストが安かったこともあり、システム投資に膨大なコストをかけるよりは、人海戦術で対応する方がコストが安いという事情もあった。

しかし、人口減少と働き方改革、社会保障などのコスト増によって、これからは人件費が上がっていき、人手不足も深刻化していくだろう。税金を上げるというと大騒ぎになるが、給与明細をよく見ていると意外と社会保障関連のコストが増えているのがわかる。そうすると、海外企業並みにテクノロジーによる省力化を進めざるを得なくなる。一人の人員が働く時間も30年前と比べると格段に減った。残業で午前様になることも少なくなり、今となっては新卒の頃に隔週で土曜に出勤していたのが信じられないくらいである。

海外大手のテクノロジー投資分野を見てみると、2023年に$14bnを投資すると発表したJPMはAI、ブロックチェーン、デジタルバンキングにフォーカスして投資するとしている。同じく2023年に$8bnの投資を公表したシティは、インフラの近代化、AIやブロックチェーンなどのデジタル技術のインテグレーションがメインとしている。

BofAは2024年に$12bnを超えるテクノロジー投資と報道されており、そのうち$4bnが攻めの投資に充てられるとのことである。AI関連の投資は2022年と比べて94%増とのことで、この分野における米銀の投資拡大が顕著である。

銀行としての守りの強化もあるが、Wells Fargoは同じ年に$10bnの投資を公表しており、サイバーセキュリティ強化と次世代テクノロジーへの投資がメインとしている。日本ではMUFGグループが$1.5bnを同様の分野に投資と報じられ、中計で2023年度~2025年度の3年間で8000億円($5.3bn)の投資とされている。海外の規模には劣るが、日本でもデジタル関連を中心にIT投資が増えてきている。

AIを活用すれば議事録を作成する労力もほぼ必要なくなり、エクセルのVBAを書く必要もなくなったので、生産性はかなり上がってきている。人を減らしてシステム投資を増やす動きはますます加速し、金融は装置産業となっていくのだろう。

米国債クリアリング規制の1年延期

ここでも何度か書いてきたが、予想通り米国債の集中清算義務規制の施行延期が発表された。米国債の現物が2026年12月31日、レポが2027年6月30日に延期される。大方の予想であった2/26のSECのミーティングを待たずに、25日には早々と発表されていたところを見ると、もうかなり前から固まっていたのだろう。もしかしたらゲンスラー氏辞任の直後にはほぼ確定的になっていたのかもしれない。

これでCCPサイドもクリアリングする際の方式を固めたり、ルールブックの改正に時間をかけることができるようになる。新規参入予定のCCPも取引執行とクリアリングを分けるいわゆるDone Awayモデルの詳細を詰めることができる。どうしても金利スワップなどOTCクリアリングに慣れた身からすると取引執行をしたディーラーとクリアリングブローカーが異なることがありうるDone Awayモデルの方が馴染みやすい。執行したところがクリアリングをするということになると、多くのディーラーのプライスを比較するのが難しくなり、囲い込みができるディーラーとしてはメリットがあるだろうが、顧客はOTCと同じモデルを好むと思われる。

証拠金規制の時のようにフェーズに分けてGo Liveをするのではなく今年の年末に一斉に導入するとなると、契約やオペレーションの準備が間に合わず年末の流動性がひっ迫するリスクなども懸念されていたので、まずは一安心といったところか。ただし、特に日本やアジアの理解度や準備は遅れていたので、これで時間があるからといってこれまでの作業をストップさせるのは若干危険だろう。

米国債クリアリングに関しては、FICCとCMEが現物、レポ、先物のクロスマージンサービスを提供する予定になっているが、これに関しても銀行サイドの分析が完全には終わっていない。オフバランスのデリバティブとオンバランスのレポが資本規制上ネッティングできるかどうかは、慎重に精査する必要がある。

日本でもレポと金利スワップをパッケージで取引するヘッジファンドの中には、リスクが相殺されているのだからIMやレポのヘアカットを引き下げるべきと交渉するところもあったが、ISDAとGMRAでネッティングができるか、担保を融通しあえるかというのは全く別問題である。

クロスマージンという言葉の響きが良いからか、その効果が若干過大評価されているような気もする。確かにクロスマージンがないよりはあった方が担保効率は良くなるのだろうが、実際にそれほどクロスマージンの効果が得られていないという状況も多いのではないかと予想される。

さて、ここで1年の猶予ができたので、こうしたネッティング、クロスマージン、クリアリングの手法も含めて、何が最適なやり方なのかについての議論が活発化することになろう。