日本円Synthetic LIBORに対する期待

LIBORの公表停止、または公表停止予定を発表すると、LIBORとRFRとのスプレッド計算が行われることになるが、そろそろ停止予定の発表があってもおかしくない。USDの公表停止は18か月延期されたが、スプレッド計算のトリガーとなるアナウンスメントは、様々な通貨について同時に出る可能性が高いので、これが行われるとマーケットへのインパクトも予想される。

英国では、新レートへの移行やフォールバック条項の導入が困難なタフレガシー契約については、Synthetic LIBORの利用可能性が高まっている。英国当局のFCAがIBA(ICE Benchmark Administration)に対してLIBORの算出方法を変更させる権限を行使する、という回りくどい言い方で報道はされているが、要はLIBORの代わりにSynthetic LIBORが使えるということだ。

計算方法はRFRに何らかのスプレッドを加えるものになるだろうが、これによって、LIBORが公表停止になったとしても、新レートに移行できなかった古いレガシー契約に対する手当ができることになる。

USDの場合は既に18か月の延長があるので問題がなく、CHFとEURについては、それほど取引も多くないので、おそらくSynthetic LIBORが使われることはないと想定されている。USDとともに、引き続き検討とされているのがJPYである。

社債のバイバックや新レートへの移行、あるいは既存の契約に頑健なフォールバック条項を入れたりといった手当が進んでいけば、Synthetic LIBORに頼る必要はないのだが、日本の現状を見るとこの移行作業が進んでいるとは到底思えない。したがって、Synthetic LIBORに期待している市場参加者がかなり多いものと予想される。

欧米ではタフレガシー契約に対して立法的解決策の検討が行われているが、日本ではこうした議論があるとは聞いたことがない。海外からも、日本の状況を憂慮する声が日に日に大きくなっているのを感じる。英国法だったりNY州法だったり、異なる準拠法で行われた取引もあり、本来であれば厳密な分析をしておくべきなのだろうが、なかなか統一見解がない。

極力新レートへの移行が望ましいと思っていたのだが、やはり日本円Synthetic LIBORの利用に向けて声を上げていくべきなのだろうか。だとするとすぐにでも作業を始めなければならない。あるいは、現状は様子見をしている日本の投資家も年末に向けてどこかで一斉に動き出すのだろうか。

ターム物リスクフリーレートはいつから本格的に使われるか

マーケットではまだ全容が見られないターム物RFRに対する期待が強い。金利が最初に決まるFoward lookingな前決め金利だからというのが大きいのだろう。特に金利が決まってからすぐに決済ができないという日本での期待が最も強いようだ。

昨年11月のEURのRFRワーキンググループで行われたターム物に関する市中協議では、40%が金利の前決めを希望し、58%が後決めを支持した。日本で同じような調査をしたら半分以上は前決めを希望するだろう。日本でTONA後決め複利金利かTORFなのかという二択の議論が起きているのがその証拠だと思う。どちらが主流になるかわかるまでは移行作業を行わないという意見すら聞かれる。

日本のターム物金利であるTORFの算出手法は、TONAに基づいて決まるため、TONAなしにTORFが存在するのは不思議な話なので、本来は二択というよりは、TONA→TORFという順序になるはずである。何となく気持ちはわからなくもないが、どうせTORFに行くことになるのなら最初からTORFに統一したいという声も最終投資家から聞かれる。しかし、このままTORFを待っていたらいつまでたってもLIBOR移行ができず、年末になって大慌てをすることになるのが目に見えている。

確かに日本におけるローンや債券のフォールバックレートの第一順位はターム物RFRとなっている(参考)。新規LIBORローンや債券が第三四半期からは使わないことが推奨されているので、TORFへの移行が進むという期待があるのだろうが、果たしてそうなのだろうか。

英国ではGBP建てローンのうち、フォワードルッキングなターム物SONIAに移行するのは少数だと繰り返しコメントされており、デリバティブ市場でも大きな移行があるとは想定されていない。米国では、AMERIBORやBSBYといったクレジットスプレッドの含まれた金利への移行の動きもあり、ターム物RFRへの移行が進んでいる様子はうかがわれない。

各国のターム物の公表は以下のようなスケジュールで進んでいるが、先行する英国での移行が進まず、米国も流動性が全く伸びていかない中、日本だけが突然TORFを使うようになるとは個人的には全く思えない。EURに至っては、参考値すら公表されていない。

日次参考値公表確定値公表
JPY2020/102021年央
GBP2020/72021/1
USD2020/102021 Q2

そろそろ前決めのTORFの流動性向上を待つよりも、後決め複利でも良いからすぐさま行動を起こす時期が来ているように思う。逆にTORFへの期待感がLIBOR移行を遅らせることになっているとしたら本末転倒である。

LIBORプロトコルに批准しない市場参加者を締め出すことはできるか

以前、一部海外ヘッジファンド等でLIBOR移行プロトコルに批准していないところがあると報じられていた。スプレッドがどのくらいに決まるかなど、最後の最後まで自分に有利になるかどうかを見極めてから批准するということらしい。

各国当局があそこまで早めの批准を呼び掛けているにも関わらず、最後までオプションを持っておこうとするのもさすがと言わざるを得ない。日本の参加者ではこんなことは起きないだろう。

こうしたプロトコルを批准していないヘッジファンドからNovationを受けてしまった場合はどうなるのだろう。プロトコルができる前の昔の取引は、ディーラー同士の取引になっており、批准時点でのすべての取引がプロトコルでカバーされるので問題ない。しかし最近になってNovationを受けてしまった場合は、ひょっとしたらプロトコルでカバーされないものがあるかもしれないし、何か特別な文言が当初のコンファメーションに入っているかもしれない。

となると、いちいち取引コンファメーションを取り寄せたりするのは面倒なので、プロトコルに批准していない先からはNovationを受けないという慣行が広がれば、こうした姑息なファンドをマーケットから締め出し、批准のインセンティブをつけることができるのではないか。これが本当かは法的に確認してみなければならないが、やはり業界を挙げて努力をしているときに、自分の利益だけを考えて動く投資行動は避けるべきだと強く思う。

英国FCAのLIBOR移行に関するスピーチ

JSCCのデータによると昨年10-11月にかけてOIS取引が一時的に盛り上がったと思っていたのだが、その後この流れが加速する雰囲気が感じられない。一時期日本円TIBORとユーロ円TIBORのベーシスも動いたことがあったが、その動きも落ち着いてしまった。LIBOR移行に関しては、日本のマーケットは完全に待ちの状態になってしまっているようだ、

LIBORプロトコルが1/25に発効し、批准者も着々と増えてはいるが、実際の取引にはほとんど変化がみられない。流動性がないから移行が進まないというにわとり卵の問題なのかもしれないが、今の状態は坂の上で止まっている雪玉のようなものなのだろう。誰かが押してやれば玉は転がり始め、あっという間に雪崩のようにその流れが大きくなるはずなのだが、皆がその玉を周りから見守っているような感じだ。ディーラーはやらなければならないことはわかっているので横から押してはいるのだが、やはり投資家の上からの一押しがないと本格的に球は転がり始めない。あるいは当局がそれを押しても良いのだが、日本では業界のことは業界に任せるべきという雰囲気がある。

日本より進んでいる英国の例を見てみよう。FCAのEdwin Schooling Latterの1/26のスピーチを見ると、様々な踏み込んだ発言をしており、市場参加者も彼の発言にはかなり注意を払っている。

既に決まっているスケジュールであるが、英国では新規のLIBOR貸し出しは3月末以降はできない点を強調している。そしてデリバティブ取引のFallbackを合意するが重要とし、For many firms, it is a regulatory obligation to have fallback arrangementsと述べている。Fallbackをアレンジするのは多くの会社にとって、規制上の義務という言い方だ。

英ポンド建てスワップにおいてはCCPで清算されないOTCのスワップ全体の約9%であり、そのうちプロトコル批准者のポジションは85%に上る。未だ批准を終えていない参加者に対しては、すぐにでも批准するよう呼びかけている。

Tough Legacyと言われるLIBOR移行が困難な古い取引に対する対応としてSynthetic LIBORにも言及している。EURやCHFについてはSynthetic LIBORの必要はないだろうが、GBPについてはこれが必要であり、円とドルについてもその必要性について検討を続けるとしている。IBAの市中協議でどのような意見が寄せられたか、それに応じてIBAがどのような決断をするかに注目が集まる。発言内容を見ていると、そう遠くない将来に結果が公表されるように思える。LIBORとRFRのスプレッド調整の計算のトリガーとなるので、次に起こるイベントとしては最も重要だ。

スプレッドが決まれば、Synthetic LIBORのスプレッドも決まり、この辺りの詳細が次なる市中協議に直ちにかけられることになる。この意見募集の内容もある程度固まっているように思える。米ドルは18か月の猶予があり、GBPもSynthetic LIBORの利用がほぼ確実な中、やはり円の行方が最も不透明だ。

Synthetic LIBORの可能性はあるものの、事前移行が可能なのであれば、年末を待たずにすぐにCompunded RFR(複利のリスクフリーレート)にConvertするべきとも述べられている。

日本では年度末の3月に移行が進むとは思えないので、この間に出されるIBAやFCAからの発表に応じて4月以降急速に作業を進めることになるのだろう。

LCHのLIBOR変換プランが明らかになった

LIBORからRFR(Risk Free Rates)への移行についてのLCHの意見募集については、一部報道を除いて詳細が公になっていなかったが、2/16にその結果が公開された。

タイミングについては、 Index Cessation Effective Dateかその直前ということで大部分の参加者の了承を得られた。そして、ISDA Fallback によってできるスワップではなく、標準RFRスワップに一気に変換されるということもほぼ決まった形になっている。

先日も解説した通り、Fallbackで発生したスワップは、標準RFR Swapとほぼ同じなのだが、計算期間等が微妙に異なっており、2種類のスワップが清算されることに対する懸念があった。市場参加者の中には、Fallback Rate RFR Swapを今から取引しようとする向きもあったらしく混乱が生じていた。Fallbackのスワップはあくまでも移行に際して一時的に発生してしまったスワップであり、今後主流になる市場標準のスワップとは異なるので、この方向性は歓迎されるだろう。参加者破綻時のオークション等CCPのリスク管理上も望ましい。

タイミングとしてはCessation Effective Dateということなので、年末になるのだろうが、過去の経験からすると、年末年始やクリスマス休暇の頃にこのような一大イベントが来るとは思いにくい。そうすると現実的には11月頃ということになるのだろうか。おそらく他のCCPも同じことをすると予想されるので、忙しい月になりそうだ。

変換方式については現金決済を好まない参加者が多く、RFRのレグに複利計算をしないスプレッドを加える方式になりそうだ。その方がCash Flowが大きく変わらず、ヘッジも継続され、リスクの変化も少ない。未実現損益が実現してしまうという懸念もあるのだろう。

オペレーション的には、一旦LIBOR Swapを解約して、新規のRFR Swapを立てることになる。つまり、既存の取引IDがなくなり、新たな取引IDが作られるということになり、法的にも旧取引が消滅し、新規のRFR Swapが一気に発生するということになるのだろう。実際はLIBORレグがRFRレグに置き換わり、計算期間や決済日は標準RFRスワップのConventionに従うことになる。LIBORではない固定金利のレグ等はそのままだ。スプレッド調整で若干残ってしまったValuationの差については少額の現金決済が発生する。

概ね市場参加者が予想していた方向性になっており、返還方法についても違和感はない。ここでCCP取引の変換方法のスタンダードが出来上がったような形になったので、他のCCPも追随することになろう。

こうなると、CCPで清算しない相対取引についても同じような時期にRFRに移行しておかないとミスマッチが生じてしまう。市場標準RFRであれば既に清算可能な取引が多いだろうから、相対取引もRFRに移行するという機運が高まる可能性がある。

それにしても日本に置いては気持ち悪いくらい様子見の姿勢が続いているような気がする。ローンと債券が第二四半期末を目途にしているが、デリバティブも時期を明示していかないと、最後の最後まで待ちたいという投資家が出てきても不思議ではない。

11月にCCPの取引が完全移行するのであれば第三四半期の始め、つまり7月くらいから流動性の移行が起きていかないと、スケジュール的にかなり厳しくなるだろう。

国際金融都市になるには何が必要なのか

英国の金融センターとしての地位低下が止まらない。いくら長年金融の国際的なハブとして機能していても、金融取引はあっという間に国境をまたいで移動してしまう。

先日も紹介した通りオランダのアムステルダムが、あっという間に欧州の株式取引の中心地となった。アムステルダムの1月の一日平均の欧州株式取引高はEUR9.2bnとなり、シェアを落としたロンドンのEUR8.6bnを超えたと報道されている。従来の取引高の半分がロンドンから移った計算だ。昨年までの取引高で言うと、ロンドンの次はフランクフルト、パリと続いていたのだが、アムステルダムは一気にトップに躍り出た。金融サービス業の比率が15%程度を占める英国にとって、年間GBP9.5bnの損失が見込まれるという調査結果も報道されている。

と、新聞紙上では騒ぎになっているのだが、実際この影響はそれほど大きいものなのだろうか。日本で取引をしていても特に外資系は米国法人や英国法人を通して取引をすることが多く、取引執行機関もスワップであれば米国SEF(Swap Execution Facilities)を使ったりすることもある。特にOTCデリバティブや先物を普段取引をしている感じでは、それがどこで執行されているのかはトレーダー自身はあまり意識していない。当然取引執行を確認したり、取引報告をするオペレーション部門にとっては大きな違いなのかもしれないが、今や世界中どこでも取引ができる。

重要なのは流動性である。日本時間に東証で取引をした方が日本株は流動性があるだろうし、金利スワップも日本時間に日本のJSCCで取引をした方が流動性があるかもしれない。だがそれは流動性のある時間帯や取引Venueの話で取引執行場所がどこであるかはあまり関係がない。日経225先物はシンガポールのSGXや米国CMEでも取引できるし夜間取引の流動性も高い。わざわざ日本に住んでいなくても取引が可能だ。

また、国の経済に影響があるのは、やはり雇用だろう。確かにロンドンから人を移す動きはあるが、取引がアムステルダムに移ったとしてもロンドンの方がまだ金融機関の人員は多いと思う。つまり、ロンドンにいる人がアムステルダムの取引執行機関を使っているだけであれば、英国にとっては言うほどダメージが大きくはないのではないだろうか。あるとすれば取引税などの税金減くらいだろうか。

したがって、金融機関のオフィスや人が本格的にロンドンから脱出してしまうと、英国経済に対する影響が出てくる。今のところロンドンには引き続き金融人材が集積しており、一部テクノロジー部門を賃料の安いところに移したり、取引執行にかかる人的資源をEUに移したりする程度ではないか。もちろん、徐々に移行は進んでいるが、経営層、トレーダー等は引き続きロンドンにとどまっているように思う。そしてこれらの中枢の人材は英国から出る時はおそらくNYに行くのではないだろうか。

香港やアジアもなぜ金融都市としての評判が高まったかというと、人が集まったからである。その意味で低い所得税率や相続税率は人を集めるのに一役買った。そして優秀な人材が集まるにつれ、相乗効果が生まれ、インターナショナルスクールや英語を話せる病院など、世界中から人を惹きつけることになった。

とは言え、英語を話す人が今よりも少なかった80年代などは、それでも海外から日本に人が押し寄せてきた。優秀な人材が集まり、外資系もこぞって日本に参入した。日本からアジアに金融の中心が移っていったのは、言語や税金の問題もあるが、やはり日本の成長力や市場に魅力がなくなってしまったからなのだろう。

日本の成長がかつてのペースに戻ることはないだろうから、やはり極力許認可制度の簡素化、迅速化を進め、国際人材を呼び込むような工夫を続けていくしかない。日本に勢いのあった80年代ならば日本のやり方を貫いても問題なかったが、現状ではやはりビジネスのやり方を国際慣行に近づけていくしかないのだろう。

インフレの波及効果

米国GDPが4.9%に拡大すると予想され、景気回復を予想する声が多くなってきた。直近のデータを見ても着実な回復基調が見て取れる。ワクチン接種の進展と米国の1.9兆ドルの追加経済対策の影響が大きい。消費者物価指数も1.4%に上がり、原油価格上昇等から、6月には平均的に2.8%程度への上昇を予測する声が聞かれる。

10年のBreakevenは追加経済対策によって上がり始め、日本の物価連動国債までもが若干影響を受けている。その他、インフレ懸念からプラチナの価格が上がったりもしている。ビットコインの上昇にも関係しているかもしれない。

ただし、失業率だけは改善しないと見る意見が多いようだ。最近の雇用統計の影響もあるが、新規雇用数の回復が遅れるという意見が強くなっている。今年の平均的な失業率は5.3%くらいという予想で、米労働局発表の1月の失業率は6.3%であった。

景気刺激策の継続から資産価格は支えられ、株価ももうしばらくは上昇を続けるのかもしれない。インフレも2%を超えるが米国の場合はしばらくは許容範囲内だろう。日本でも同様な経済対策が続くだろうし、海外対比日本だけが引き締めに動くと円高懸念も高まる。ただし、日本だけがインフレ率が上がってこない。

海外の友人と話をしていると、米国その他の国の企業では、給料にインフレ調整がかかっている。つまり毎年2%とか3%物価上昇に合わせて基本給が上がっていく仕組みだ。例えば、2000年に給料が100、毎年3%給与上昇があると仮定すると、以下の表のように、複利効果によって20数年で給与格差は2倍になる。

海外日本
2000100.0100.0
2005115.9100.0
2010134.4100.0
2015155.8100.0
2020180.6100.0
2025209.4100.0

その分物価も上がっているのだから生活水準は変わらないという人もいるかもしれないが、この差は大きく、国際比較をした時の相対的な日本の地位は下がっていく。このまま行くと日本の給料は先進国中最低水準になってしまう。

定年後は物価の安いアジアに移住という話が以前あったが、そのうち物価が安く良質なサービスを受けられる日本の人気が高まり、逆に海外からの高所得高齢者の移住が加速するようになるのではないか。そうして物価が上がると日本の賃金で働く人々が苦境に陥ってしまう。何らかの防衛をしないと日本の資産は海外に買い漁られてしまうかもしれない。

逆に、海外資産に投資すればそのまま値段が上がっていく。当然為替レートである程度調整されるはずなのだが、介入によって変動が抑えられている。つまり、日本にいながら海外企業のために働き、海外資産に投資していけば、食費や生活必需品は安い日本の物価を享受することができてしまう。ネット経由で海外の仕事を請け負うのは簡単になった今、これは十分可能なのだろう。ただし、為替手数料、送金手数料、税金を考慮する必要があり、投資についても日本の証券会社の品揃え、手数料に限界があるため、海外証券口座を持つ必要がある。

物価上昇が当たり前の国では物価連動債やインフレヘッジの取引も多くなる。イギリスやオランダなど欧州ではこうした年金ファンドの金融取引が非常に活発である。日本にも物価連動国債はあるが、取引量は少なく流動性にも難がある。インフレを経験した人が少なくなっているのでヘッジなど考える人が少ないのかもしれないが、このままお金を刷り続ければ、どこかで突然物価上昇が起きてもおかしくない。

考えてみれば自分が生まれて初めてバスに乗った時の運賃は子供料金で25円だった。大卒初任給も以下のように10年ごとに上昇し続け1995年以降はほぼ横ばいである。(→参考)やはり日本経済が成長していたころは物価も上がっている。

1965年 月2.3万円
1975年 月8.4万円
1985年 月14万円
1995年 月19.4万円
2020年 月20.9万円

こう考えると、今後の年金はどうなってしまうのだろうか。海外の年金は当然物価調整が入るのでインフレがあれば需給金額も増える。二本も一応インフレ連動だったが、2004年のマクロ経済スライドの導入によって訳が分からなくなってしまった。少なくとも完全にインフレに連動しているとは思えない。

こう考えていくと、日本を取り巻く環境は厳しいが、海外と渡り合って成長する企業も少しずつでてきており、製品の品質、サービスは世界最高水準である。ただ、経済・金融関連についてはかなり遅れていると認めざるを得ない。

金融オペレーションの自動化が急務

金融のオートメーション化が急速に進み始め、海外では装置産業のようになりつつある。システムへの依存が高まり、金融業界で働く人材は減るものの取引量は急拡大を続けている。特にバックオフィスと言われるオペレーション部門の業務の自動化、STP化が顕著であり、電子取引とつながれているところの取引などはほとんど人手が介在することはない。

翻って国内の状況を見ると、特に債券関連では電話取引の割合が依然高く、取引の約定記録をメールで送ったり、その内容を複数の人で確認して間違いがないことを確認して送ったりという業務が一般的になっている。1円の違いのために何人もの人が残業するということが昔言われたが、間違いを許さない文化というのも、効率性向上の障害になっているかもしれない。。

昨年2020年3月などは、グローバルで取引量が急増し、その後ほとんどの従業員が在宅勤務になった後も、海外では高水準で取引が続けられている。日本の場合は4月の緊急事態宣言で急速に取引量が落ち込み、その後も海外に比べた取引の低迷が目立つ。人がオフィスにいなくてもすべての業務が完結する欧米と比べ、会社に通勤して実際に目だ確認しなければならない日本の金融業務は雲泥の差ができてしまっている。

海外でも昨年取引量が倍以上に増大した時にはかなりの混乱がみられた。日本で同じような取引業急増が起きたら、完全に破綻していたと思われるレベルだ。特に海外ではファンドのアロケーションというものがあるので、一旦執行した取引を傘下にある複数のサブファンドに割り当てるプロセスが一般的なので、処理件数が多くなる。貯蓄から投資への流れの進んでいない日本ではファンドの数も少ないので何とかなっているが、今後日本の金融を海外並みにしていくには、こうした事務対応の強化が急務である。

今のまま日本に海外からの参加者が増えて取引が急増すると、確実にシステムが止まるか、事務負担増に耐えきれずに事故が起きることになってしまうだろう。

海外では、特に先物の分野において、取引執行からその確認、アロケーション、CCPにつなぐところまでの業務の標準化が検討されており、このためのプラットフォームを業界で作ろうという話も出ている。店頭デリバティブ(OTC)に関しては、MarkitServのおかげもあり、ある程度フローが確立しているが、先物の方が若干遅れている感がある。こうした流れに日本が全く参加できていないのが歯がゆいところである。

いくら日本の金融資産が1900兆といっても、その運用のために膨大な人を雇って目でチェックするマニュアルプロセスを導入しなければならないとすると、大手運用機関は二の足を踏んでしまうだろう。日本の労働法の下ではそうした人々を解雇することも不可能なので、その人たちの仕事を守るために人海戦術を続けることになってしまう。

海外に行って銀行の明細書に誤りがあるのを見つけた時にはびっくりしたのだが、言えばすぐに何事もなかったかのように修正されて終わる。日本だったら、けしからん、上を出せ、改善策を提示しろと言われ、人を増やしてチェック体制を整えますということになるところだ。さすがにAIやシステムチェックが優秀になってきたので、海外でもミスが少なくなってきた。この辺りの意識改革をしていかないと日本の金融に未来の遅れは取り戻せないと思う。

マイナス金利プロトコルは破綻してしまうのか

先週マイナス金利プロトコル脱退の話をしたが、どうしてこのようなことになるのか少し考えてみた。従来の担保契約(CSA)では、金利がマイナスになったらゼロとみなすという文言が入っている契約と、そうしたことが何も書かれていないサイレントCSAがある。このサイレントCSAの解釈は各国法制や個社ごとに異なっていたが、プロトコルを批准すればそれが解決される。英国法ではサイレントCSAはフロア有と解釈されるという話が当時あったが、米国法や日本法では曖昧なまま議論が進んでいた記憶がある。

あくまでも個人的な予想なのだが、ここで、サイレントCSAを締結していて勝ちポジションを多く持っている市場参加者がいたとする。解釈があいまいなので何もせずに担保金利を受け渡ししていない状況なのだが、マイナス金利プロトコルに批准すれば担保をもらった上に金利までもらえるということに気づいてしまう。そして突然プロトコルに批准して相手方に金利を払うように要求するということが可能になる。

突然依頼を受けた方は、これまで金利にフロアがあると思って時価評価も行っていたところ、急にディスカウントカーブが変わるため、One Timeで損失を計上することになってしまう。文句を言おうにも、業界で合意して作成したプロトコルに批准しただけなので、如何ともしがたい。

もっと悪者がいたと仮定すると、オプションをしこたま買いまくってプレミアムを払い、取引の時価を思いきりプラスにしてからプロトコルに批准すれば、巨額の利益が上げられてしまう。このゲームには抜け穴があったということになってしまうのだろうか。確かに当時はこんなことには気づかなかった。プロトコルからの脱退は年一回だったと思うので、なかなか防衛手段がない。

ISDAのWebを見ると2019年に新規批准したエンティティが37社、2020年が30社となっているが、今年に入っても新規批准者がみられる。単純に英国金利の低下によって批准をしているところ、新規のグループ法人や現地法人等を作ったために批准をしたところが多そうだが、実際のところはよく分からない。少なくとも上で書いたような悪事を働いているように見えるところは少なそうだ。

上で書いたようなゲームをしようにも、批准日や批准者がすべて公開されるので、よっぽどのことがない限りそこから利益を上げようとするのは得策ではないように思うのだが。。。

LIBORからの移行はいつ起きるのか

SOFR Swapの取引量が1月に過去最高を更新した。昨年10月のCCPのディスカウント変更時を上回る$223bnの取引があった。CMEの発表によると、同じくSOFR先物も1月の平均取引高が過去最高となり、月末のOpen Interestも最高水準となっている。とは言えeurodollar先物と比較するとまだまだ5%を超えるくらいであり、移行のペースは速いとは言えない。

流動性がないから取引を増やせない。でも取引を増やさなければ流動性は生まれない。鶏卵の典型例だ。これを断ち切るには誰かが流動性がなくても取引を始めなければならない。

トレーダーとしては、実はやろうと思えば取引を増やすことは可能だ。しかし収益になるわけではなくリスクはあるので、増やすインセンティブがない。特に顧客からのニーズもある訳ではない。当然顧客からすると、今後どうなるかが不透明な中、わざわざ新レートを使おうというインセンティブはない。とは言え、会社の方針として、あるいは当局の指示でもあれば、ディーラーサイドは、一気に移行を進めることは現実的には可能だと思っている。

新規の取引においてLiborが使えなくなる目標期限が迫っているので、おそらくここから一気に移行が加速するのだろう。というかこの頃には移行が本格化していないと、ターム物のレートの構築が遅れ、社債発行等の後継金利の第一候補がターム物RFR(Risk Free Rate)なので、キャッシュマーケットに影響が及ぶ。

日本円についてはTORFの参考値が公表されているが、まだこれを使った取引は見られていないものと思われる。透明性を高めるためTORFの公表を行うQuickベンチマークスという会社が先月設立されたが、確定値の算出開始には後数か月以上はかかる。TORFの確定値算出とLIBOR公表停止の間が数か月くらいしかなくなる可能性が高いことから、現実的にはTORFを使った取引がすぐに増えるような気もしない。残念ながらTORF先物もSOFR先物のような取引量になるとも想像しにくい。

他にも、LIBORとSOFRのスプレッドが決定される時期に移行が加速する可能性も高い。LIBORとSOFRの交換レートが決まれば、不確実性が低下するため、取引はしやすくなる。これらが起きるのは今後数か月のことなので、前もって準備をしようという動きも出てくる。

何となくマーケットを見ていると、今すぐには新レートを使った取引はしないものの、大手中心に、動き出した時のために準備をしておこうという動きは見られる。何かきっかけがあれば、こうした市場参加者が動き出し、それを見て慌てて他のところが追随するという流れになるのだろう。