金融とAI

金融はほぼ装置産業になっているといっても過言ではなく、IT、リスク管理、法令順守などに巨額の投資が必要となり、それをすべて揃えないと営業が難しい。そして、何か大きなシステムトラブルが起きると、一気に顧客や当局の信頼を損ねかねない。新しく銀行を一から作って参入するにはハードルが高すぎるので、その意味では参入障壁が高い安定業種とも言える。

本来であれば、ITの進歩やAIの利用による恩恵を受ける業種なのだが、情報漏洩リスクなどのコンプライアンス問題によってこれが難しくなってきている。

例えば、スマホ一つあれば、名刺スキャン、議事録作成、ChatGBPを使った文書作成などが簡単にできるのだが、グローバルに展開する大手金融機関でこれらを認めているところは少ない。名刺管理ソフト一つとっても、外資系の場合、情報管理の懸念から自社開発しなければならないが、いかんせんニーズがあるのが日本だけなので、結局手入力という非効率な業務が生まれる。

世の中のツールにアクセスできれば、英語のミーティングなどは録音してサマリーや議事録を簡単に作れる。翻訳ソフト以前に比べると格段に進歩した。文書を作成してAIに校正をお願いすれば、誤字脱字やテニオハも一瞬で修正することもできる。

会社の仕事以外では、自宅でこうしたツールを使って効率的に物事が進められるのに、一旦職場に足を踏み入れると、昔の世界に戻ったようで、もどかしさを感じる方も多いのではないだろうか。

当然大手銀行では社内で翻訳ソフトやAIによる業務支援ツールを開発しているのだが、やはりオープンソースで日々進歩していく世の中のツールにはどうしても遅れをとってしまう。またこうした内部開発のコストも無視できない。

一部業務をスタートアップにアウトソースしようと思ってもThird Party Venderリスクマネジメントに対する規制が強化されているので、アウトソースを進めるにも手間がかかる。

こうした環境の中では、革新的なサービスが大銀行から生まれるのは極めて難しくなっているのではないだろうか。デリバティブのフローなどは、銀行からより規制の少ないマーケットメーカーに移り始めており、バランスシートが使えない銀行は富裕層向けの資産運用ビジネスに舵を切っている。

確かに昨今では、〇〇Payによる決済、送金の割合が増え、税金や公共料金の支払いなども、かなりの部分が銀行を介さずできるようになってきた。銀行窓口をほとんど訪れたことがない人も多数いる。銀行だけを規制しておけばよかった時代は終わり、今後は規制の対象範囲もこうした環境変化に即して変わっていくことになるのだろう。

ISDA SIMM v2.7による担保額の変化

SIMM Version 2.7が公表された。これはISDA SIMMモデルの定期的アップデートだか、今回から2021-2023年のデータが対象となり、2020年のコロナショック時のデータが除かれることになるため、ほぼ初めてといって良いくらい必要担保が減る可能性がある。2008-2009年のデータはストレス期を代表するデータとして残るが、それでもかなりの削減となりそうだ。

これによってIMが減れば、€50mm(米国では$50mm、日本では50億円)の閾値を下回ってIMを出さなくてもよくなるバイサイドなどが出てくるかもしれない。

Risk.netでは20%減という分析結果が報道されているが、既にオフセットが大きい大手ディーラーの削減幅はそこまでないかもしれないとのことである。

リスクウェイトの詳細を見てみる。円金利商品については1mと3m、10-20yが若干増えているが、6m, 1y, 3yが減っている。いずれも1-2ポイントなので、あまり影響は大きくなさそうだ。ドルやユーロについては、1-5yが増えているが、15yが-5ポイント、20yが-4ポイントと大きく減っている。このインパクトは結構ありそうだ。

クレジット商品も概ねリスクウェイトが小さくなっているが、ハイイールドの金融債とテクノロジー、テレコムセクターのリスクが上がっている。全般的にはかなりの削減になりそうだ。

一方ハイイールドのRMBS/CMBSなどは1300から2900へと2倍以上に増えており、今回最も影響を受ける商品になりそうだ。株式は概ね小さくなっている。コモディティも貨物、北米電力などを中心に小さくなっている。為替はボラティリティの高い通貨についてリスクウェイトが上昇している。またブラジルレアル(BRL)がHigh Volatility通貨の分類から外れる一方、アルゼンチンペソ(ARS)がここに加わったので、BRLを取引する市場参加者のIMが減るが、ARSを取引する市場参加者には不利になる。

実際に新しいパラメーターでIMを計算してみると違いが良くわかるが、全般的にIMとしてカストディアンに眠ることになる担保が少なくなるのは市場関係者には朗報だろう。これで急な市場変動が起きて批判が起きるのが若干懸念されるが。

中国国債がCCPの適格担保に

LCHが、来年から中国国債₍CGB)を担保として受け入れる予定とRisk誌が報じた。当面はドル建てとユーロ建のもののみとなるが、その後オフショアの人民元建ての国債も受け入れることを検討しているとのことだ。

グローバルでは、非現金担保の占める割合が60%であるのに対し、アジアでは20%だそうだ。昨今現金以外の担保ニーズが急速に高まっていることを考えると、アジアの市場参加者にとって歓迎すべき動きだろう。

あまり普段から見ないデータなので間違っているかもしれないが、これらの国債のサイズをちょっと調べてみると、ドル建てとユーロ建てのCGBが$41bn、オフショア人民元建てが$18bnであるようにみえる。昨年の外貨建てCGB発行額が$60bnくらいだったと思うので何か抜けているかもしれない。若干の誤差はあるだろうが、中国のサイズからするとかなり少ない印象だ。オンショアの中国国債が$14tnだとするとその0.4%しかない。

逆に言うとオンショアCGBが適格担保になればかなりのマーケットインパクトとなる。HKEXなどではオンショアCGBを受け入れることは問題ないだろうが、グローバルCCPがこれをどの程度認めるようになるかに注目が集まる。

中国は昔からオンショアのCGBへのアクセスが難しく、ディーラーがアクセストレードと称してTRSのような形で、CGBや社債などのリターンを提供してきた。一方でオフショアの債券が海外投資家向けに販売されていたが、オンショアとオフショアのベーシスが大きく、この裁定取引で収益を上げる取引をするタイプのトレーダーも多い。

Bond Connectなど、一連の市場開放政策を受けて徐々に市場環境が変わりつつあるが、デリバティブのネッティングも可能になったこともあり、今後はこうした国際化の流れが加速するかもしれない。