コモディティ取引の証拠金に対する中銀サポート

ロシアによるウクライナ侵攻に端を発したコモディティ価格の急騰を受けて、英国中銀やECBなどの中央銀行がエネルギー関連商社と積極的な会話を続けているとFTで報じられている。コモディティの先物価格の急上昇により、リスク管理が難しくなり、商品が世界中に行きわたらなくなると警鐘を鳴らしているが、要は証拠金が出せないので何かサポートができないかという要求なのだと思う。

中銀担当者の理解はかなり進んできたようだが、それでも中央銀行からの資金供与といった支援は難しそうだ。たしかに、価格の乱高下を受け市場参加者が減っており、流動性が枯渇しつつあり、それが現物商品の取引に影響を及ぼしている現状は望ましくない。天然ガス1メガワットを運ぶのに97ユーロかかる上、証拠金を80ユーロ拠出しなければならないというのは問題だ。これが長引くと、あらゆる商品が値上がりし、人々の生活にも影響してくる。原油、天然ガス、小麦など、様々な影響が予想され、今月のニッケルの冒頭などは、電気自動車へのシフトを遅らせてしまうかもしれない。

欧州エネルギートレーダー連盟(BP、Shell、商品トレーダーのVitolとTrafiguraをメンバーとする業界団体)は、ガスや電力の卸売市場が機能し続けるための時限付き緊急流動性支援を必要としているとのレターを送っている。しかし、中央銀行というよりも政府や政府系金融機関がサポートすべきという意見も聞かれる。

中銀サポートや取引所が証拠金を引き下げる可能性は極めて低く、むしろ昨今のボラティリティ上昇を受けて、必要担保額は逆に増えていくだろう。そうするとエネルギー関連の輸送コスト、売買コストが上昇し、インフレを加速させてしまうかもしれない。事実、ガソリン価格、電気代、ガス代は既に世界中で上昇し始めており、それがあらゆる商品に波及していくのは想像に難くない。インフレ退治のために政策金利は上がっていくため、世界中で金利上昇が起きる。そして経済がリセッションに陥るのはほぼ間違いない。日本のインフレ率は上がらないと言われているが、燃料や食品など値上げを実感している消費者は多いだろう。

今後は、資金使途をマージンコールとしたローンや信用状の利用を拡げたり、適格担保をその他の資産に広げていくことが必要になるものと思われる。また、先物やデリバティブの価格が上がると同時に担保の価値もあがるようなRight Wayの担保の利用を促進していく必要があると思う。これまでは、いかに必要な現金担保を確保していくかがCCPにとっては重要であり、個人的にもそう思っていたが、コモディティ等の価格変動が激しい商品の場合は、担保を多くすればよいというものではなく、何か新しいやり方を考えていかないと市場の安定は望めないだろう。

コモディティCCPの安定性

各種CCPで起きたことについては概ね把握してきていたが、今回のLMEのニッケルほどの混乱は無かったように思う。確かにデフォルトが発生して清算基金が毀損されたわけではないのだが、金利やCDSのCCPの仕組みを主に注視してきた身からすると、コモディティの取引所については、まだまだ改善点が多い。

LME(London Metal Exchange)は、ロンドン金属取引所と訳され、1877年に設立された非鉄金属専門の先物取引所である。銅、鉛、スズ、亜鉛、アルミニウム、ニッケル、アルミ合金などが上場されているが、今回はロシアのウクライナ侵攻を機にニッケルの価格が250%もの上昇を見せた。2022年3月4日までは$29,000程度だった価格が3/7の月曜には$48,000まで上がり、その後3/8には$100,000を超える水準まで高騰し、何と全取引を取り消すという手段に出たのである。期落ちの現物受け渡しも延期され、約30年ぶりに取引が停止されることとなった。3/8は午後3時前くらいだったと思うが、わずか数分で$30,000急騰し、3時には$100,000を超えたのである。これはゲームストップ株のようなショートスクィーズがニッケルで発生したようなものである。個人投資家が趣味で取引しているゲームストップ株とは異なり、ニッケルは電気自動車の電池の主要原料となっているような重要なコモディティである。

その後3/16には5%の値幅制限を設けた上でロンドン時間8時に取引が再開されたが、システム上の問題で直ちに取引が停止された。17日は8%、18日は12%と徐々に値幅が拡大されているが、毎日混乱ばかりである。来週月曜は15%へと拡大される。一方上海先物取引所の方はそれほど大きな混乱もなく日々取引が続けられているので、こちらの価格が今後のLMEの価格の目安になっている。現状LMEが$36,915、上海が$34,413と7%差まで近づいているので、日本は祝日だが月曜の動きが注目される。LMEの立会場で行われるリング取引があまり約定していないので、決済価格が決まらず先送りになっている契約も多いことが予想される。

そもそも何故250%もの価格変動を許す形になっていたのかという疑問も残るが、従来の価格変動からすると予想外の動きだったのだろう。さすがにここまで変動するとマージンコールで問題が多発するのは目に見えている。金利の世界ではCCPの当初証拠金についてはかなりの議論が行われているが、コモディティとなるとどこまで精査されているかが定かではない。NASDAQクリアリングの電力取引の例はあったが、当局の関心も若干薄かったのではないかと思う。また清算集中規制がないため、取引所取引の他にOTCでどのくらいの取引が行われているかもわからない。他の商品のようなSDRへの報告、リアルタイムレポーティングなどもないように思う。つまり、ポジションを大きく傾けているかどうかは清算取引だけを見ていてもわからない。OTCのポジションまでを把握する義務や権利が取引所にあったかどうかも不明である。

今後はこうしたコモディティについても取引所の仕組みやマージンモデルについて、幅広い議論が必要だろう。

CCPの適格担保拡大の議論

コモディティ価格の急騰によってCCPに対する担保拠出が、歴史上例をみないほど急増している。このため、クリアリングブローカーがCCPに対して適格担保の拡大を要求していると報道されている。CCPとしては、変動証拠金拠出を求めるのは当然であり、この市場変動に対応した当初証拠金も上昇するのはある意味しかたない。しかし、天然ガス、小麦、ニッケルなど誰もが予想しなかった動きになっており、これがマーケットの安定性を脅かす事態に陥っている。

CMEでは、銀行保証状(LC)を適格担保としているが、これは欧州規制EMIR上担保として認められていないため、他のCCPでは広く使われていない。他にもゴールドや排出権などの扱いもCCPによって異なる。LMEなどでは、ゴールドの他ニッケルの支払証明であるLMEワラントも適格担保になっている。このように相場変動に応じて担保価値が変わるもの、しかもそれがRight Wayであれば、マージンコールが増えるにしたがって担保の価値も上がる。逆にマージンコールが増える時に担保価値が下がるのはWrong Wayなので、こういう担保を出すと最悪の結果になる。

CCPのマージンモデルは、過去データをもとにVaRや期待ショートフォール方式、または一定のシナリオを織り込んだものとなっている。したがって、今回の価格変動がインプットとして加わると、当初証拠金の増加も予想される。ただし、ここまでの変動になると、もはや証拠金を現金で拠出し続けるのは困難になってくる。

CDSの場合もJump to defaultに備えて、CDSの売りの一定の銘柄について想定元本に近い当初証拠金の拠出を求めたりするが、この多額の証拠金拠出コストが取引の障害になってくることもある。コモディティ取引についても、巨額の証拠金を拠出してまで取引することが難しくなり、取引所を通さない取引にシフトしてしまうと本末転倒である。取引所としては担保保全をしなければならいのは当然であるが、当初証拠金のバランスについては、更なる議論が必要である。

適格担保の対象拡大は確かに解決策の一つである。こうなるとLCを発行してくれる銀行とのつきあいが重要になる。通常銀行はコミットメントラインや信用枠を提供しているので、既存の仕組みとそう大きく変わるわけではないので、まずはこれが最も簡単な解決策だ。ただし、無制限にサポートできるわけではないので、エクスポージャーと連動する現物資産を適格担保にするやり方も検討すべきだ。

または、取引価格の乱高下を一定に抑える株式のサーキットブレーカーのような制度も重要なのだろう。価格が200%とか300%動くと、マージンコールによる市場の大混乱が起きてしまう。一日の価格変動幅が10%とか20%に制限されていれば、証拠金の急増にも歯止めがかかる。 マーケットはどうしても突然のニュースに過剰反応し、ショートスクィーズが起きると変動が激しくなる。これがマージンコールに結び付き、当初証拠金所要額が増えている現状では、ある程度マーケットの動き自体を抑える仕組みが以前にもまして必要になっているということなのだろう。

ロシアのCDSはどうなるか

ロシアを参照するCDSを巡る混乱が続いており、CDSをトリガーできる債券の範囲を限定するかが焦点となっている。もともとドル建てのロシア国債を参照資産としていた場合、ドルの支払いがなければ支払不履行でトリガーされるはずなのだが、これをルーブルで払った場合はどうなるかという問題である。DC(Determination Commiteee:クレジットイベント決定委員会)で議論が3/8-9で続けられているとRisk.netで報じられている。

確かに、今後起きうることを想定して前もってシナリオが描ければ混乱は少なくなる。日本の祝日である3/21にドル建てロシア国債の支払いが予定されており、3/16にはルーブルで支払うオプションのない国債の支払いもあると報じられている。猶予期間が30日あるが、これでCDS上のロシアデフォルトが確定する。

国の破産とCDSのトリガーイベントは異なっているのだが、日本ではCDSのトリガーをもって国が破産と報道されるのではないかと危惧される。ISDAのDCのセットアップを巡って国内が混乱したのも懐かしい記憶だ。ISDAが一国や企業の破綻を決めるとは何事だと勘違いした意見が多かったからだ。

欧州の定義ではクレジットイベントのトリガーは現地通貨建て債務であってはならず、オークションで引き渡す通貨は「特定通貨」であることが求められる。特定通貨はメジャー通貨を指すだろうから、ルーブルがこれに入っているとは思えない。これだけ読むとイベント認定の可能性が高いように思える。そしてオークションで引き渡し可能な債券は、制裁対象外のものに限られるだろうから、そのような債券に対するニーズが高まる。ここで債券価格の差も生まれるのだろう。

金融の世界で想定外はつきものだが、今回のケースは誰も想定できなかったのではないか。CDSの黎明期にもその仕組みについて様々な議論をしたが、こんなことが起きるとは個人的には夢にも想像していなかった。引き続き混乱が予想されるが、何らかのコンセンサスが得られることが期待される。

ロシア向けデリバティブ取引の行方

ロシア制裁によりロシアの銀行への支払いを止めるところが多いが、こうなるとISDAのFailure to Payになってしまう。おそらくISDAマスター契約のIllegalityに該当するのだろうが、どうやってポジションをクローズするかについては頭が痛い問題である。

ルーブルの決済もできないので、ドルによる差金決済へ変更するための議論もISDAで行われている。制裁を受けているのはロシア側のカウンターパーティーなのだが、ISDA上実際に制約を受けているのは制裁の対象となっていない市場参加者となっている。

決済ができず、担保も受け取れないので、こうなるとポジションをクローズするしかないのだろう。しかも早急にクローズしないとマーケットリスクを抱え続けることになる。Illegalityを使って取引を終了させる場合、支払いを止めたのがロシア側ではないので、ロシアのカウンターパーティーがQuoteを取ってMidで解約するのだろうか。そもそも市場にアクセスできないロシアのカウンターパーティーがどのように価格を決めるのかも定かではない。

CDSのデフォルトも出てくるだろうが、通常はオークションによって参照資産である債券などをいくらで決済するかを決める。引き渡しができない以上オークションがワークしない。そもそもオークションに参加してロシア債券を購入できる参加者がどれほどいるのだろうか。

確かにこのような非常事態に備えて、IllegalityやForce Majeureのような条項が準備されていたのだろうが、現場では、実務上どのように扱うかについて非常に大きな混乱が発生している。

業界として明確なルールとプロセスが作れれば良いが、かなりの混乱が予想される。今月25日までは一定の免除期間があるようだが、結局は相対での交渉となり、自己責任ということになってしまうのでないだろうか。一旦こうなってしまうと、将来的に似たようなリスクのある国とは取引しないという方向に動く可能性もある。今回の出来事は将来のデリバティブ取引の安定性のためにも非常の重要な試金石となっている。

米国財務省のコロナ対策

2020年に感染が拡大した際には、米国は様々な支援策を打ち出した。その多くはすでに失効しているが、かなりの資金供与は市場の下支えになったのは間違いないだろう。日本では10万円給付金ばかりが目立ったが、似たような支援はある程度行われている。ここで、米国ではどのような支援が行われたかを整理しておく。

低金利政策:家計や企業の借り入れコストを下げるため、2020年3月の会合で政策金利を引き下げ、FF金利は0%から0.25%のレンジに下がった。

フォワードガイダンス:完全雇用、インフレ率2%を上回るまで低金利政策を継続するというガイダンスを出した。

量的緩和:国債、住宅ローン担保証券の大量購入を行うことにより、潤沢な資金を市場に供給。

金融機関向け貸し出しプログラム:プライマリーディーラー向け信用枠を通じて大手金融機関24行に対して最長90日の低金利融資を提供。

MMF支援:MMFから購入した担保を使った金融機関向け資金供与。

レポによる資金供給:米国債や政府保証債を担保にした短期資金供給。

ドル供給:海外投資家が市場で米国債を売らずにドル資金調達ができるよう、FRBとスワップラインを持たない外国中銀へドルを供給。また、スワップ枠を持つ日本などに対してスワップ金利を引き下げたり、スワップラインのないブラジルや韓国にも一時的なラインを提供。

銀行直接融資:FRBが銀行に課す金利を2.25%から0.25%に引き下げ。FRBに資金を頼るのは不名誉なことと捉えられるのを恐れて利用を躊躇するところが多かったが、これを奨励し、大手行が実際に借り入れを行った。

一時的規制緩和:TLAC要件などを緩和することにより、規制資本と流動性バッファ―の取り崩すことを許容。SLRの計算から米国債を除くといった一時的免除も行われた。

企業向け貸し出しプログラム:FRBが新発債の購入やローン供与を行うことによって企業の資金繰りを支援。金利支払いや返済の最大6か月猶予も行われた。

CPファンディング:FRBがCPを購入することにより、実質的に高い金利で3か月程度の資金を供給。

中小企業、家計、非営利団体、州・自治体への融資

デリバティブ市場に関する影響としては、やはりドル供給プログラムの影響が大きかった。これによって一時期拡大しつつあったドル円ベーシスが縮小に向かった。日本でもドル供給に対する不安が解消され、日銀を通じたドル支援を利用した銀行も多かった。その他、レバレッジ比率規制の一時的緩和については、延長を巡って市場が神経質な動きをするなど注目を集めた。いずれにしても、これらの施策がかなりの効果を発揮したのは間違いないだろう。

アジアの金融ハブはどこになるか

この2月に香港を脱出した人が7万人を超えたと報道されている。人口の1%に相当するのでかなりの人数だ。一時的な退避も含まれているだろうが、シンガポールの学校への問い合わせが増えているとのことなので、長期の移住を視野に入れている人も多そうだ。やはり感染時に子供から引き離されるというのは辛い。EU籍に限って言うと既に10%が出国したとのことだ。

行先としてシンガポールが多いのは当然だが、ドバイ、ポルトガル、スペイン、南イタリア、タイへ移動する人も多いと報じられている。その他、オーストラリア、イギリス、アメリカ、カナダという候補も上がっているが、なぜか日本がない。

普通に考えるとシンガポールがアジアのハブとして発展するだろうというのが自然な考え方だが、シンガポールも安泰というわけではなく、色々と問題は出てきているようだ。Expat向けのサーベイでもかなりランクが低くなっている。シンガポールが力を入れてきたのはヘッジファンドマネジャーのような富裕層である。ビザの取得はますます難しくなり、帯同する配偶者がWork Visaを取って仕事を見つけるのも困難だ。確かに富裕層を呼び込めば金融が栄え、それに付随するシステムや各種サービスが必要になる。それが全体としての産業を盛り上げていくという狙いなのだろう。

ドバイも同じような戦略で、何と言っても税金がかからないというのは魅力だろう。他にもリモートワーキングビザの発給といった政策によって人を惹きつけようとしている。ビジネス的にも規制がそれほど厳しいわけではないので、アセマネファンドが一部移っている。とは言え、ドバイにおけるビジネスを求めてと言うよりは、ビジネスのやりやすい環境を求めて人が流入しているだけで、長期的にハブとなり得るかはよくわからない。

ヨーロッパでもポルトガルやイタリアでは当初数年間は外国からの収入を無税にするといったインセンティブを設けている。ポルトガルの人口の7%が海外からということだ。

香港の人に聞いてみると、海外から入ってきたExpatを除くと、実は香港にとどまりたいという人が多い。特に中国とのビジネスを考えればシンガポールは考えにくいという答えが返ってくる。日本は?と聞いてみると、治安も良くて食べ物もおいしいから良い国だよね。といわれるが、移住しようとまでいう人は皆無に等しい。一部日本に移ってくる人もいるが、配偶者が日本人だったり、以前日本に住んでいたりと何らかのつながりがある人に限られる。逆に言うと、日本のことをよく知っている人からすると、日本が最大の候補になる。知らないからこそ敬遠されているような気もする。

もう少し突っ込んで聞いてみると、言語の問題はさておき、あまり外国人が歓迎されない雰囲気があるとのことだ。規制もよく分からないものが多く、手続きも非効率で、家探し、学校探しができるとは思えないとのことだ。実はそんなに大変なことではないのだが、確かに役所に印鑑証明を取りに行ったり、家を借りる時に住民票を提出したり、彼らにとっては不可能なタスクに思えるようだ。日本で携帯一つ買うのにも様々な複雑なプランがあり、理解するだけで精いっぱいになってしまう。よほど現地の人の助けを借りないと一人ですべてのセットアップをするのは無理だと思い込んでいる。しかも税金はかなり高くなるのであまり日本に移住しようというインセンティブはない。

国際金融都市構想が叫ばれて久しく、様々な分野で改善が見られ始めている。しかし、やはり日本に来るかといわれると、躊躇してしまう人がほとんどのようだ。