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Diversityが金融の進化を促す

海外銀行では、10年くらい前からテクノロジー企業との人材交流が増え、辞めた同僚がAmazonやGoogleに転職したり、逆にこうしたGAFAMのような企業から銀行に入ってくる人も増えた。もともと法律事務所や会計事務所から銀行に来る人は多かったが、こうした異業種からの人材が金融サービスに革新を起こすことも多い。

既存の考え方に慣れきっている古参の社員からは、突拍子もない意見、革新的な意見が出てくることが少ないが、こうした制約を持たない外部人材を議論に加えると思わぬ化学変化を起こすことが多い。会議を招集する時に同じような人を集めるだけでなく、敢えて素人とも取れる人を入れることがある。同じようなグループで集まると、既存サービスの延長の議論になることが多く、全く新しいアイデアが生まれてこないからである。ロケットの材料費が全体の2%と知って、素人ながら「これだったら自分でもつくれるんじゃね?」と思ったイーロンマスクのような例もある。

だいぶ前に読んでなるほどと思った「多様性の科学」がKindle Unlimitedになっているが、巷でよく言われるDiversityの利点をうまく説明している。

日本でDiversityというとGenderの話が中心になってしまうが、本来は異なるバックグランドを持つ、多様な考え方を持つ人を集めることによって生まれる相乗効果が重要である。日本では単なる数合わせのようになっており、Diversityを確保することに効果があると信じている人が少ないような印象を受けるが、この本はそうした考え方を変えてくれる良書だと思う。

この観点からすると、終身雇用で同じようなバックグランドを集めてしまうとこうした化学変化が起きにくい。楽天銀行の上場があったが、こうした異業種からの銀行参入はそれなりに金融の進歩に貢献しているように思う。

海外の人に良く言われるのだが、日本の会議はその点では異質で、どうしてもプレゼンが一方的になり、意見交換が少なくなってしまう。「議論が盛り上がる」イコール「会議の成功」と捉える人が海外には多いので、「どこがいけなかったんだろう」と会議の後で聞かれることが多い。海外の会議では一言も発しないと逆に気まずいので、日本人にとってはかなりハードルが高くなる。英語が完璧な人でもこれは大変なことらしいので、日本の文化や教育によるものなのだろう。

最近では日本でも中途採用の増加、異業種からの参入、副業の許容といった、本当の意味での意見のDiversityが起き始めている。金融のようなサービス業ではこうした多様性による意見の化学反応は今後も重要になってくると思う。

先物でも中国が躍進

CFFEX(中国金融期貨交易所)が既存の2年物、5年物、10年物に加えて、30年物の金利先物を上場した。引受証券会社が金利リスクをヘッジしたり投資家のリスクヘッジに使われることになる。保険会社や年金基金が長期債のリスクヘッジにも使えるので、これによって長期債の流動性向上も期待される。現状の取引量は10年が50%、5年が30%、2年が20%とバランスよく分散している。米国でも2y, 5y, 10y, Ultra 10y, T-Bond (15-25y), Ultra T-Bond (25-30y)と多彩な年限での取引が行われているが、中国もこれに近づいていく。

翻って日本の状況をみると一応中期(5年)、長期(10年)、超長期(20年)の3種があるが、実質的に10年しか取引されていない。10年ほど前に20年を盛り上げようという機運が高まり、若干取引が行われたが、その後すぐにしぼんでしまった。最近でも制度改革を行って取引量拡大の機運がみられたが、あまり成功しているとはいいがたい。5年に至っては、ほとんど話題にも上らない。

10年物の長期国債先物の投資家層は、以前は半分以下だった海外投資家のシェアが今では7割くらいに上昇している。これに伴いナイトセッションの取引も増え、全体の2割を占めるまでになっている。海外投資家は先物取引に慣れているので、もう少し他の年限を触ってもよさそうなものだが、流動性が低いため本格的参入に至っていない。とは言え、流動性が上がれば取引をしたいという声も聞かれるので、国内大手行が取引を始めれば、意外とすんなりと取引増が期待できるのかもしれない。

全世界の国債マーケットをみると、総額$62tのうち、1位の米国が22tn、2位の日本が8.5tn、3位の中国が8.4tn程度となっており、この3か国で63%を占める。昨今の伸びをみるとおそらく現時点では中国が2位になっているだろう。日本もこれだけ大きな国債マーケットを有しているのだが、なぜか先物が使われない。先物の日中平均取引量でみると、米国が$477bn、日本が$76bn、中国が$28bnなのだが、中国の最近の伸びが著しい。

日本では、現物の国債取引を行うか、長期国債一本で取引をする投資家ばかりである。年限が実質的に10年しかないため、オートヘッジなどもやりにくく、電子取引に移行しにくい。このままだと、米国や中国に大きな後れを取ってしまうだろう。

ARRCがTerm SOFRについての方針変更!

ARRCが昨日突然ガイダンスを発表し、債券などのヘッジ目的以外でも、バイサイドがTerm SOFRを使うことを認めた。これまでは、Cash Assetのヘッジについてのみという条件だったため、ディーラーがベーシスリスクを抱えてしまい、プライスも悪くなっていた。とは言え、ディーラー間の自由なヘッジを認めるところまでは行っておらず、バイサイド向けの取引のみが対象となる。

日本でも、本当にCash Assetのヘッジかどうかを顧客に確認するプロセスが必要で、取引時の障害となっていたので、この確認が必要なくなったことは朗報だ。最近は、海外の金融機関は規制に関して相当ナーバスになっており、少しでもガイダンスに違反するような疑いがあれば取引をしないという風潮になっていたのでなおさらだ。

これでベーシスが開き過ぎた時にはヘッジファンド等が反対方向の取引を行うことができるようになり、裁定が働くことになる。Term SOFRの取引量がかなりの勢いで増加しており、6月末のUSD LIBOR公表停止も控えているため、更に流動性が上がることが予想される。

ディーラーサイドでは、取引ニーズが一方向だったため、ポジションがたまりリスクリミットに抵触しているところも多かっただろう。それにしてもあれだけ否定的なコメントを出していた当局が、突然態度を変えたのは若干驚きだ。当然業界からは制限を緩和する声が高まっていたが、直近海外から聞こえてきたのは反対意見ばかりだったので、何となく唐突感がある。銀行にこのリスクが溜まり、急激な金利変動に伴うベーシスの動きで、損失を出すところが多いことを懸念したのだろうか。もしかしたら今回の変更はSVBのおかげなのかもしれない。

これで米国ではTerm物がある程度のプレゼンスを保ち続けることが明らかになった。日本では、ターム物はまだそれほど盛り上がっていないが、5/29にはOSEのTONA先物が上場される。TFXのTONA先物もちらほらと取引が観測されている。今後の動向に注目が集まる。

米国債の市場変動を避けるには

2020年3月に、安全資産であるはずの米国債が前例のないクラッシュを起こしたが、この後も米国債、米国金利の変動は続いている。リスクの高い資産保有に対する規制はかなり強化されてきたが、安全資産である米国債の保有からここまでのリスクが発生するとは想定されていなかったのだろう。

今回OFRから“Fragility of Safe Asset Market”という論文が出ている。この分析では、「安全性を重視する投資家」、「流動性を重視する投資家」、「バランスシート制約のあるブローカー」という3種類の登場人物の動きをモデルしている。

通常は何か市場ストレスが生じると、流動性を重視する投資家が米国債などの安全資産を売却するが、それが安全資産を重視する投資家によって買われる。この両者でバランスを取ることによって市場に対するインパクトは和らげられるはずである。実際コロナショック初期ではこの通りの動きが起き、米国債価格は上昇した。しかし3月中旬になると、株価の下落に伴って米国債価格も下落し、市場がパニックに陥った。

本来であれば、現金への逃避(Dash for Cash)が起きて安全資産が売られても、市場流動性に問題がなければ、安全資産を重視する投資家がその売りを吸収するが、ディーラーにバランスシート制約があると、積極的に市場仲介機能を果たすことができなくなり、潤滑な取引が行われなくなってしまう。このような状況では将来的に売れないリスクを気にする投資家が早めの資産売却を試み、更に状況を悪化させる。ブローカーの仲介能力に限りがあることを知っているので、今日よりも明日は更にブローカーが在庫を抱えられなくなっていることを予想して、できるだけ早く売ろうとしてしまう。まさにSelf-Fulfilling Prophecyだ。

このように流動性を重視する投資家の行動が早まると同時にその規模が拡大すると、安全性を重視する投資家の買いニーズを大きく上回り、そこにブローカーのバランスシート制約が加わって価格急落が起きるという結論だ。その意味では、コロナショックで行われたSLRの緩和はディーラーのバランスシート制約を緩め、市場安定に一役買ったということになる。

これを改善させるには規制を緩めてディーラーのバランスシート許容度を上げて市場機能を復活させるというのが最も簡単なのだろうが、政治的に銀行の規制緩和は難しいだろう。この論文では、当局による介入及びそのアナウンスメント効果の他、ディーラーに頼らないAll to Allのプラットフォームの活用を拡げることを推奨している。確かに投資家同士が仲介業者を介さずに取引できるようになればブローカーののバランスシート制約は関係なくなる。

本来であればSLRの計算から安全資産である国債を恒久的に除外すれば良いような気もするのだが。。。

FRTBは日本が先行

FRTBの施行時期としては、欧米が2025年1月、日本が2024年3月と言われていたが、ここへきて、米国の施行時期が遅れるのではないかと言う憶測が出始めた。欧州は2015年1月から始まる決算期と言うことなので、実際の公表は2025年の第一四半期末である3月末時点から始まる。

日本の場合は、2024年3月から始まるが、G-SIBに分類されるメガバンクと大手証券会社から適用開始となり、地銀等は2025年3月まで猶予がある。

実は、香港が日本より早い2023年7月の適用開始なのだが、こちらは海外エンティティを使った取引がメインであるため、それほど大きな問題にはなっていない。日本の場合は、そこそこ国内ブッキングが多いので、おそらく世界で最初に大きな影響が出る国となるだろう。内容についても、日本はオリジナルのバーゼルの文言に従ったルールになる可能性が高いが、欧米などでは、資本負荷が軽減される方向に変更されることも多い。

メガバンクなどは、市場リスクよりも、信用リスク資本がメインだろうが、トレーディング比率の高い証券会社にはインパクトがあるかもしれない。

これまでの日本の対応を見ていると、標準的手法よりも内部モデル方式(IMA)を目指すところが多いものと推測される。また、当初はIMAだが、モデルの準備ができたビジネスからIMAに移行するという段階適応も考えられる。RWAの試算結果があまり公表されておらず、今のところクオンツ部門でのモデル構築にフォーカスが当たっている段階だと思うが、試算結果が出てくると、ビジネスへの影響を気にする意見が出てくることが予想される。そして標準法からIMAへの移行に向けたプレッシャーが高まるのだろう。

欧米の施行があまりに遅れたり、負担軽減を図るような変更が加えられる場合には、レベルプレーイングフィールドの確保のため、日本でもなんらかの考慮が必要になるかもしれない。

銀行危機を受けた規制強化のインパクト

一時の混乱期は出したようだが、銀行危機の影響は根強く残っている。JPMのジェイミーダイモン氏が言うように、ここから始まる規制強化による景気への悪影響も懸念される。今回のSVB(Silicon Valley Bank)のような流動性危機に対しては、本来であればLCR(流動性カバレッジ比率)が効果を発揮するはずだったが、資産額$700bn未満のSVBはLCRの対象外だった。LCRは、ストレス期に30日分の資金流出に備えるべく、HQLA(適格流動資産:High Quality Liquid Asset)を持っていなければならないと言うものであり、急な資金流出があったとしても、30日は持ちこたえられると言う計算になっている。

HQLAの大部分は中銀預金だが、米国債も含まれている。当然規制の趣旨からすると、HQLAに入る資産は時価評価されるべである。しかし、ルール上はHTM(満期保有証券:Held to Maturity)の利用を禁じてはいない。これだと、実際に資金流出があったときに、米国債の時間が急落していれば、HQLAが充分でないことになってしまう。このHTMをHQLAに入れることが認められるかということは、以前から議論されていたが、今回の銀行危機によって、さらに議論が盛り上がってきた。

現場、米国では、HTMをHQLAに含めることが禁じられておらず、HQLAのうち、どの程度までならHTMが認められるかというリミットもない。中小銀行の場合は、AFS(売却可能証券:Available for Sales)すら時価評価しなくて良いが、大手行の場合は、HTMを少しでも売却すると、すべてのHTMをAFSに分類しなければならなくなる。SVBの場合資産の90%程度を時価評価していなかったというのだから驚きだ。確か欧州の銀行では平均20%程度だったという調査結果もあったと思う。

欧州EBAのガイダンスによると、原価で計上されているHTMであっても、条件を満たせばHQLAに加えられるが、適切なヘアカット後の時価で計算すべきと読める。そして常にモニタリングをしたり、レポマーケットへのアクセスを確保したり、緊急時に売却可能ということを確認すべきとされている。

さらに3月21日にはECBから、LCRの計算にHTMは入れるべきではないとのコメントが出ている。満期まで保有するはずのHTMをなぜ時価評価しなければならないのかという意見もあったが、LCRが急な資金流出に対応できるだけの流動資産を持っていることを義務付けるものなので、価格下落時に売却したら資金不足になってしまう。

通常は、レポによって資金調達をすることもできる。また、FEDの90日のDiscount Window、欧州なら、翌日物ファンディングプログラムなどを使うこともできる。ただし、資金決済には時間がかかるので市資金ショートのリスクもある。とはいえ、1日とか2日なのだが、モバイルバンキングのスピードにはかなわない。

ただし、レポ市場は、ボラティリティーが高い上、バランスシート規制の影響で取引しづらい。資産額$700bn未満の銀行をLCR適用除外とした規制緩和が問題だったという意見ももっとも、規制強化によって、大手行がバランスシートを圧縮し、レポ取引や米国債の取引を減らして流動性が悪化したのも事実である。

規制が重要であることは間違いないが、銀行のバランスシート規制を強めると、市場の流動性が低下する。特に昨今では銀行経営者が極端にRisk Averseになっているため、以前のようにマーケットメーカーが流動性を供与することができなくなり、その不足分を政府や中銀が補っている。今回は中小銀行の規制強化(というよりはトランプ政権で緩和された規制を元に戻す)が必要だが、これを機に大手銀行に対する規制も強化するということになると、流動性に影響が及び景気悪化を招く。これがジェイミーダイモン氏が強調したかったことなのだろう。

AT1はSub CDSでカバーされるか問題

CSのAT1がCDSでカバーされるかどうかという判断をめぐる混乱から、CDSスプレッドが乱高下した。CSの1年物Subordinated CDSスプレッドは、一時3000 bpまで急上昇したが、CSのSubがAT1をカバーしないことが明らかになった後は、以前のレベルに戻っている。

スイスのAT1は、自己資本比率があらかじめ定められた水準を下回り、元本の一部または全部が毀損したり、強制的に株式転換される条項が付与されているため、CoCo債(偶発転換社債)とも呼ばれていた。通常の債権と比較して、ハイリスクであるため、高い利回り水準となる場合が多い。

2014年にISDAの定義集が変更された際に、CoCo Supplementが作られ、CoCo債の毀損や株式転換時に、政府介入によるクレジットイベントがトリガーできるようになった。だが、このSupplementはティア2債をカバーするためのものであり、それよりもさらに劣後するAT1をカバーすることを意図したものではなく、参照資産には含まれていないという意見が一般的である。

他のを欧州債とは異なり、スイスの場合は当局の要件により、Contingent Featureがついていた。政府介入によるクレジットイベントがティア2のCoCo債についているという事実は、当時は広く認識されていたため、スイスのSubordinated CDSはスプレッドもワイドだった。

しかし、2015年頃からFINMAが損失吸収に関する新しいルールを発表し、レバレッジ比率の3.5%をCET 1で、残りの1.5%をAT1で賄うようになり、その後2019年にG-SIBsにTLAC規制が導入され、スイスのCoCo債が他の欧州債と同様に扱われるようになった。そしてスイスのSub CDSは他の欧州Sub CDSよりもタイトに取引されるようになった。

2014年には、スイスの特殊性はある程度議論されていたと思うのだが、最近は確かに全く問題になっていなかった。やはり銀行救済には様々なパターンがあるため、取引時にはよく商品性を理解し、当局がどのような対応を取れるかについても分析した上で投資することが肝要ということなのだろう。

会計が銀行のリスク管理に与える影響

シリコンバレーバンク(SVB)破綻の顛末が明らかになってきたが、Risk.netにも出ているように、やはり会計が一役買っていたようだ。CVAの会計計上が認められる前はヘッジも本気で行っておらず、CVA度外視で取引を取りに行く行動が見られたのと似ている。

SVBが預金を倍増させ、それを米国債やMBSに投資した際に、HTMにするかAFSにするかという選択ができたが、AFSを金利スワップで、ヘッジしてもヘッジ会計適用が難しかった。一方、HTMにしておけば、ヘッジ会計の適用はできないが時価損失が発生するのは避けられる。ちなみにHTM(Held to Maturity)は満期保有目的の有価証券で、AFS(Available for Sales)は売却可能証券を指す。HTMは償却原価で会計計上されるので市場変動の影響を受けないが、AFSは公正価値で計上されるので、金利変動があれば価格が変わり損益が発生する。

ヘッジ会計の適用が難しいことが最大の理由では無かったかもしれないが、SVBは、保有債券をAFSに入れてヘッジする道を模索するより、すべてHTMに入れることを選択してしまった。このため、大量に預金解約請求があった時にHTMを時価で売却せざるを得なくなり、巨額損失を発生させた。

米国会計基準では、昨年末にHTMに対するヘッジ会計適用の要件を緩めたのだが、少しタイミングを遅れたようだ。SVBは、ある程度金利ヘッジもしていたのだが、これ以上金利が上がらないと見込んだのか、ヘッジをしていなかった。その上、一部保有債券をHTMからAFSに移し、金利スワップのヘッジも減らしていたようだ。いわゆるLast-of-layer方式によるものである。これは、今多くのHTMを持っていたとしても、例えば10年後に持っていると予想されるポジション分しかヘッジ会計が認められないというものだ。この方式は3月に変更されたが、この変更も若干遅かったようだ。

大手であれば、会計上の損失を許容してもヘッジすることが多いが、中小企業の中にはこれを嫌ってヘッジをしなかったところも多かったのだろう。「ヘッジをする」イコール「HTM」とみなされ、ヘッジ会計が適用できなくなるリスクを気にしたのかもしれない。

今回のケースは、単純なALMの失敗、中小銀行に対する規制緩和が影響したという声も多いが、こうした細かな会計規則の影響も大きかったのではないかと思われる。ちなみに欧州でも2014年まではHTMの金利ヘッジに対するヘッジ会計を適用は認められていなかったが、これがあまりに杓子定規という批判を受けて、IFRS9への移行が行われ、HTMの分類の仕方に変更が行われた。

これにより、欧州や英国では、従前HTMに分類されていた一部の債券について、ヘッジ会計の適用が可能になった。したがって、欧州の銀行ではSVBのようにすべてをHTMに分類しヘッジもしないという判断に至るケースは少ないのではないかと思われる。米国も会計規則の変更により、今後は同じような処理になることは少なくなるだろうが、それにしてもタイミングが悪かった。やはり会計基準というのは、銀行の行動にかなりの影響を与えるため、非常に重要である。

OTCから先物へのシフト

欧州のCCPであるEurexが満期を自由に選べる為替の先物を上場すると報じられた。Flexible FX Futuresとも呼ばれるこの商品はシンガポールでは既に2018年から主にUSD vs CNHで取引されている(CNHはオフショアのDerivarable為替)。

一般的に先物の場合は期間が統一されており、一般的にIMM Dateを満期としているが、この満期をOTCのように自由に選べるようにしたものだ(IMM DateについてはMAC Swapの記事を参照頂きたい)。昨年1月以降、米銀がCA-CCRに移行し、為替取引に対する資本コストが増加してしまったが、相対取引ではなく、取引所取引にしてこのコスト削減を図ろうという動きの一環だ。EFP(Exchange for Physical)とこのFlexible FX Futureを組み合わせることによって、バイサイドとの相対取引を何とか取引所に移行できないかという試みである。

急激な為替変動によってカウンターパーティーリスクが増えるのを避けることもできる。SVBの破綻やCSとUBSの合併によって、カウンターパーティーリスクが再度注目を集めるようになったが、結局のところ、こうしたリスクを避けるにはCCPや先物へのシフトを進めるのが最も簡単だ。危機になると、当然CSのような取引先を避けようという動きが出てくるが、それでもCCP経由の金利スワップについては、全く影響は出ていなかったはずである。

一方、コモディティ取引では、急増するマージンを嫌い取引所からOTCへという逆の動きがみられるのは懸念材料だ。コモディティCCPの参加者には、大手銀行というよりはコモディティ専門ブローカーやエンドユーザーが名を連ね、CCPの頑健性を高めるよりは、マージンや清算基金を減らしたいという声の方が大きくなってしまう。金利やCDSなどの他のCCPとはかなり雰囲気が違ってくる。ここはある程度当局の介入が必要なのだろう。

しかし、今回のCS騒動でも明らかになったが、やはり担保コストはかかるものの、CCPや先物は金融の安定性を高めるには不可欠である。本来は担保は極力現金などの流動性の高い資産に限るべきだと思っていたが、もしかしたら、ある程度幅広い適格担保を許容して、急激なマージンコールの急増によるプロシクリカリティを招くことなく、安定的な取引ができる方向を目指すべきなのではないかと思うようになってきた。

まずはできるだけ多くの商品を取引所やCCPにシフトさせ、CCPで清算できないようなスワップションや通貨スワップなどは、LCHのSwapAgentのような方法で、できるだけ標準的なプロセスのメリットを享受できるようにし、その上でOptimizationによりリスク削減を行う。VMについてはプライシングの問題もあるので基本現金なのだろうが、IMについては適切なヘアカットを設けた上で適格担保を拡げ、クロスマージンなどの担保削減手法も活用すべきだ。

VMについても、以前のStandard CSAで使ったような方法を取ることにより、USD IRSに対してJPY Cashを出せれば、日本の参加者がドル調達に困難を来たすリスクが小さくなる。現時点では、これが今後のあるべき方向性というような気がする。

ターム物SOFRは主流にならない

インターバンクのターム物SOFRの取引が制限されていることに対する不満の声が大きくなっているが、3/8にFRBの高官から、ターム物SOFRの利用を広く認めることは未来永劫認めないだろうとのコメントがあった。あくまでも限定的な利用に止めるべきであり、これが変わることは考えにくいとのことだ。

当初は今年くらいには利用が広がるだろうと思っていたのだが、この感じだと本当にターム物金利の利用拡大は難しそうだ。LIBORの二の舞を踏んではならないというのはもっともなのだが、不正リスクは限りなく低くなっているように思うのだが、しかたないのだろう。

日本ではターム物金利であるTORFに対して、このようなコメントが聞かれることは少なく、むしろ拡大を期待する声すらある。ただし、顧客ニーズはそれほど大きくないので、あまり問題になることはなさそうだ。

インターバンク市場での取引が制限される以上ヘッジが難しくなるため、ヘッジコストは高くなるだろう。マーケットにストレスがかかればターム物と後決めSOFRのベーシスが大きく動き、大きな損失が発生する可能性もある。ディーラーとしてはその利用に慎重にならざるを得ない。リスクリミットも限定的なサイズになる。レベル3資産になり、資本コストがかさむという問題もある。

LIBOR改革後のEuriborの行方

円にTONAとTIBORがあるように、EURにもEuriborとESTRがある。お欧州では当初金利スワップはEuriborが主流で、ESTRへのシフトは限定的であった。ただし、通貨スワップではESTRがメインで使われるようになったため、金利指標が分断されてしまった。

ただし、USDLIBORの公表停止を控えて、ESTRの取引も増えてきたようだ。TradeWebの統計では、ESTRのシェアは14%から23%と過去1年で10%近く増えている。しかも、比較的長期のスワップが増えている。当初は短期のスワップにしか使われないのではないかと思われていたが、意外と長期も健闘している。

マーケットでもいつかはすべてESTRに移行するだろうという声が多いものの、それが直ちに起きると考えている訳ではなさそうだ。あるコンサル会社のアンケートによると2025年末くらいという意見が多いとのことなので、後3年弱はこのままということになる。

当局からも移行を促す声は出ておらず、当然Euriborの管理をしているEMMIは長期的に使われることを想定している。一応信用リスクを含んだCredit Sensitive Rateなので、地銀等からは一定のニーズがあるのではないかという意見もある。

Euriborも一応不正が起きないような改革が行われており、以前のように、銀行から提示されたレートから決めるのではなく、極力実取引に基づく指標にしようという努力はなされ、BMR(欧州ベンチマーク規制)の要件を満たしている。ただし、いかんせん取引量が少なく、本当に不正の余地がないのか定かではない。パネル行もピーク時の半分程度に減ってしまっている。実取引の最低サイズの引き下げも行われ、計算に使える取引を増やそうという試みもあったが、1日平均にすると35取引、金額にして€350mm程度しかない。

以前はよくFixingリスクが話題になり、突然トレーディング損失が発生することがあったが、LIBOR改革後はこれがなくなった。TIBORやEuriborでは今でもこれが発生する。Euribor vs ESTRベーシスリスクなどもあるので、リスク管理者としては一つに統一してもらった棒がシンプルだ。まずは流動性の低い1か月物や1年物から始め、徐々に移行していくのが望ましいように思う。

リアルマネーなども徐々にESTRに移行しているようであり、年金や保険の割引率に使われる金利がESTRになる日もそう遠くない気がする。当然Euriborを使い続けたいという市場参加者も相当数いることから、移行が簡単に進むとは考えていないが、マーケットの透明性を高め、流動性を上げるためには金利指標を統一するのは極めて重要な課題だと思う。

CSのAT1全損がもたらす市場インパクト

CSが発行した、AT1(その他Tier1債)である170億ドルを当局が無価値化したことを受け、AT1債市場に対する投資家の評価が根本から変わりつつある。従来のウォーターフォールを崩す形で株式よりも一応債券に分類されるAT1債が先に毀損した今回のケースは市場でも驚きをもって受け止められている。

確かに常識で考えればおかしい話かもしれないが、債券のタームシートをみれば当局に裁量があると書かれているので、こうした事が起きる可能性があるということは認識ができたはずだ(それが実際に起きることを予見できたかどうかは別問題ではあるが)。

先月出版されたカウンターパーティーリスクマネジメント第3版のP454にも「社債投資を行う際は、どの銀行の社債かということのほかに、どこのエンティティーが発行しているか、またその発行した国の法制では、どの順番で債務が毀損していくかを分析する必要がある。」そして、「実際にベイルインのプロセスはその場になってみないと確定しないことも多く、そのリスクを正しく見積もるのは極めて困難である。」と書かれている。今回発生したのはまさにこれに該当する。おそらく多くの投資家は、大銀行にしては金利が高いという理由で、詳細な分析をすることなく投資をしていたのではないかと思われる。

AT 1 の場合は、以下の2つのトリガーがある。

  • NVE(Non-Viability Event)トリガー

これは、企業がゴーイングコンサーンとして継続運営されるために、外部からの資本注入を要する場合にトリガーされるもので、当局の裁量で決められる。

  • CET1 トリガー

ティア1自己資本比率が一定のレベル以下になったらトリガーされる。

そして、これらのトリガーにヒットすると、社債が全損扱いとなるか、株式転換される。CSの場合は、ティア1比率が7%を下回るか、当局がNVEトリガーを認定すれば全損扱いとできることになっていた。これはスイス特有のもので、英国やEU当局からは、これはスイス特有のもので、AT1が株式より先に毀損することはないとコメントしている。米国からはまだ何のアナウンスメントもないが、先程紹介したカウンターパーティーリスクマネジメント第三版にも書かれている通り、持株会社が最初に毀損する形なので、同様の問題は発生しない。

ここへ来て、多くのアナリストが各国の法制を分析した上でAT1のリスクの再評価をしようという試みがみられる。一般的には日本を含むアジアではCSのようなリスクは少なそうだ。特に日本ではメガバンクのAT1にCSのようなウォーターフォールの逆転が起きる可能性は極めて低いように見える。損失を被った投資家からは訴訟の話も出ているが、あそこまでしっかりと契約に明記されていると、どのような論理で争うのか、興味深いところである。

中堅銀行に対する規制強化が始まる

次の金融危機は、規制強化の影響をもろに受けた大手銀行以外のところから起きると、このブログで何度か書いてきたが、もともとはシャドーバンキングのようなところを想定していた。SBBのような中堅銀行からこのような損失が出るとは、予想できなかったが、やはり銀行と言うのは、いちど危機が起きると不安の連鎖が起き、ついにはCSのような大規模銀行にも影響が及んでしまう。

冷静に数字だけを見れば、CSには十分な流動性バッファがあるように見えるのだが、ここまで世間の疑心暗鬼が重なってくると、資金流出が加速して、危機に陥らないとも限らない。これが金融機関経営の難しいところである。

中堅銀行に対しては、2017年から18年ごろに総資産$250bnに満たない銀行持ち株会社と$75bnを下回るノンバンクに対して、一部の資本、流動性規制やストレステストの要件緩和が行われた。SVBは$200bnを少し上回るくらいなので、この緩和の恩恵を受けていたものと思われる。

当然のことながら、こうした中小銀行に対する規制強化が声高に叫ばれている。また、総資産$700bn超の銀行に対しては、TLACを含む流動性規制がかけられているが、当初はこの閾値を$250bnまで下げるという話も出ていたが、これだとSVBのような規模の銀行をカバーできないことから、直近の報道では$100bnから$250bnの銀行ちも広げられると思われる。 LCRについても同様に対象銀行が広がる可能性が高い。このような規制強化は金融市場にどのような変化をもたらすのだろうか。

預金保険対象外の部分については、最低預入期間を設けたり、定期預金を増やそうとインセンティブが働く。途中解約のペナルティーなども上がっていくだろう。ファンディング、コストや資本コストが上がるため、銀行の収益性に関してはネガティブである。ただし大手銀行はすでにこのような規制の影響受けているので、インパクトは限定的だ。と言うよりは、中小銀行から預金が移ってくる可能性もあるので、大手銀行にとってはプラスの影響すらあるかもしれない。

こうした規制コストに対応できない銀行が出てくる可能性もあり、銀行の統廃合がさらに加速する可能性もある。

いずれにしてもToo Big to Failをターゲットにしていたこれまでの規制は、大きく方針変更せざるをえなくなり、今後の焦点は中小銀行にもフォーカスが当たっていることになろう。

米国債の流動性に注目が集まる

久しぶりに臨戦体制となった1週間だった。リーマンショックの初期と似たような雰囲気にも思えたが、マーケット変動は当時に比べても拡大してるように思えた。

特に取引流動性の枯渇が著しい。最も流動性があると思われていた米国債ですら、かなり乱高下し、取引スプレッドが上昇し、取引にかかる時間も長くなった。これがスワップやオプション取引にも波及している。

ICEのボラティリティーインデックスなどを見ても、コロナショック初期の変動を超えている。実は米国債の流動性問題が、各種資産やデリバティブ取引の変動を拡大させ、危機を増幅してるのかもしれない。ここまでの変動はかつてなかったと言う声も多く、ヘッジファンドが損失を被っていると言う報道も多い。スワップのb/oが4倍になったと言う報道もあった。ショートポジションをとっていたCTAの損失拡大も報じられている。

ここから更なる規制強化が予想されるが、それが流動性低下を加速される危険性もあるのではないか。実はこちらの方がリスクという気もする。規制強化により米国際取引から撤退をする投資家や銀行が増えると、市場流動性はさらに低下するだろう。それが金融全体にとって良いのかどうかよくわからないところである。

会計方針が銀行の命運を決める

マーケットは、SVB(シリコンバレーバンク)の話で持ち切りだ。規制強化によって銀行破綻は起きないものと思っていたが、思わぬ騒ぎが銀行株の急落を招いている。とは言っても同じことは世界中で起きており、各国の生保、各国の地銀や中堅銀行など、金利上昇によって保有債券価値が極端に下がっているところは極めて多い。単に財務諸表上で未実現損失を抱えているだけなら持ちこたえられるところを、預金引き出しやマージンコールが起きると保有資産の売却を余儀なくされ、危機が現実化する。

コロナショック後の過去3年くらいの間に金利が低下し、多くの預金が集まってきたが、それを全額貸し出しに回せず、相当な資金が債券投資に向かった。FDICの統計によると、米国では2020年頃から4.2兆ドルもの資金が預金として集められたが、そのうち貸し出しに回ったのはたった10%程度とのことである。残りのうち約2兆ドルが債券投資に振り向けられている。以前は全体の債券投資額が4兆ドルだったことを考えると約50%増となったことになる。

結果的にその後の金利上昇により、これらの投資はマーケットのピークでエントリーしたことになり、損失額は0.6兆ドルと見込まれている。同時期にJPMなどは0.7兆ドルの預金を増やしたが、債券投資は0.2兆ドル程度しか増えていない。しかし、バンカメなどは増えた預金がほとんど債券投資に回っているようなので、銀行によってかなりばらつきがあるようだ。

日本の銀行にも外債投資からの損失報道があったことから、同じようなことはグローバルで起きている。しかし、債券の場合、これを時価評価するかどうかにすべてがかかってくる。昨年末に台湾の生保が債務超過に陥っているという報道があった。その後当局が会計手法の変更を認め、時価評価が免除され、債務超過を免れた。一部のリスクマネジャーからはいんちきだと言われたが、債券の場合、最後まで持ち切れればパーで償還される。特にリスクが高い債券ばかりが保有されていた訳ではなく、米国債や高格付の社債が多かった。確かに時価損失は出ていたものの、それで台湾の生保をデフォルトさせる意味はあまりない。金融危機時に、日本ではCVAを時価評価していなかったために損失が出なかったのと似ている。

株式やハイイールド債、仕組債などには確かにリスクがあるが、米国債のような資産を多く保有していても、今回のような経営危機が起きてしまう。確かに銀行であればもう少しきちんとしたリスク管理をしておくべきだったが、同じような状況にありながら会計方針が異なるために難を免れているところも多いものと思われる。CVAの時もそうだったが、つくづく会計というのは重要である。

また、保有債券を売らなければならない事象が発生する場合にも注意が必要だ。銀行でいうと預金引き出し、生保や年金などのリアルマネーでいうとマージンコールだろうが、これはデリバティブ取引をしているときに限られる。今回のケースをリーマンショックになぞらえる意見も出ているが、銀行全体というよりは、一部の銀行に限られた動きになるものと思われる。

LIBOR改革総仕上げ

USDLIBORの公表停止の6月末がが近づいてきた。2021年12月に円金利スワップで行ったようなConversion手続きの準備が佳境を迎えている。今回は米国が中心なので、外資系の場合は米国チームが中心になって作業を進めてくれているが、日本の市場参加者は日本で陣頭指揮を執っているのだろう。

JSCCやLCHで行ったような取引の変換作業は、一部別日程に分けるものもあるが、メインはCMEが4月の22-23日の週末、LCHが5月の20-21の週末となる。他の通貨はほぼ1から2週間差だったと記憶しているので、1か月の間隔は長いように思えるが、おそらく件数が膨大になり作業に不安を抱えた市場参加者の希望もあったのだろう。

一か月間はCMEではSOFRスワップ、LCHではLIBORスワップが残る形になる。リスク管理者としては、どのようにレポートされるか頭の痛い問題である。この間の資本計算、各種当局報告、リスクリミットの使用状況など、臨機応変な対応が求められる。

作業自体はCMEのドライランも終わり、他の通貨で経験を積んでいるので、滞りなく行われることが予想される。CMEが約4.5兆ドル、LCHが$70超ドル程度と報じられていたが、自発的な変換や満期を迎える取引もあるだろうから、実際の件数はもう少し少なくなる。それでも英ボンドの金利スワップの時の3倍を超える量になる。

変換といってもLIBORスワップがSOFRスワップに変換されるだけではなく、実際は短期のLIBORスタブをカバーするスワップとメインのSOFRスワップに分かれる。時価調整のためにスワップを作るケースもあるので、一つの取引が2つ乃至3つに分かれることになる。この辺りはこれまでの経験とユーザーの要望により若干方式を変えているようである。確かにいきなりUSDの変換だと混乱が生じていたかもしれないが、ポンドや円の変換作業の経験があるので、何となく安心感が漂っている。

あとはターム物SOFRや先物など、BSBYなどのクレジットセンシティブレートなど、今後のドル金利市場がどのように変化していくかに注目が集まる。円についてもTFXとOSEの二つの先物が上場されるが、TORFの使用、TIBOR改革と今後の動向にも注意が必要だ。いずれにしても、思ったよりスムーズにLIBOR移行が進んだのは、当局や市場参加者の努力の賜物だろう。

国際金融都市を目指す各国の市場改革

アジア各国の市場開放が急速に進みつつあり、世界の資金を巡る競争が激しくなっている。中国では、デリバティブ取引についてネッティングが認められ、Swap Connectのパブコメなどが海外投資家の注目を集めている。ロシアのような轍を踏まなければ、中国が世界においてもかなりの影響力を持つ市場に成長していくことは間違いない。これまではオンショア・オフショアの市場分断があったが、矢継ぎ早の市場開放策によって海外投資家がオンショア市場にアクセスする方法が確立しつつある。

韓国でも為替市場の取引時間拡大が予定されており、ドルで決済するNDFからのシフトが予想される。利便性向上によってKRWのプレゼンスも上がってくるだろう。RFIと言われる登録金融機関に対しては、インターバンク市場における為替取引も解放される予定だ。これにより、アセマネなどがオンショアのKRWの為替市場にアクセスしやすくなり、KRW資産への投資が増える可能性がある。NDF市場においてはKRWが最大のシェアを占めていることから、意外と影響は大きくなるかもしれない。これらの改革はMSCIのグローバルインデックスに加わる、また韓国国債がFTSEのWorld Government Indexに加わるという韓国当局の長年の悲願を後押しするだろう。

これらの市場開放策が施行されるのは来年になる見込みだが、各国ともグローバルな金融市場における地位向上に躍起になっている。特にNDFについては、国のコントロールが効かないところでマーケットが混乱する可能性も捨てきれないので、なるべくオンショアの市場を開放した方が良いというのは明らかだろう。マレーシアやインドなどその他のアジア各国でもこうした市場開放策が矢継ぎ早に検討されている。

日本においても金融庁が世界に開かれた国際金融センターの実現について各種努力を続けており、投資家の誘致、手続きの簡素化、英語によるサポート、税制の整備等で成果を上げつつある。海外の動きをみていると、今後は、アジア各国のように市場の活性化策も加え、日本の金融都市としての地位向上を進めることが重要になってくるだろう。海外当局と話をしていると、もと金融機関勤務経験を持つ担当者が多く、内容もかなり専門的になっている。日本でも一部嘱託、期間業務職員の募集を通じて専門的知識を活かそうという動きがあるが、海外の回転ドア的な人材交流が活発化すれば、日本の金融行政の高度化に資することになるだろう。

ターム物SOFR問題

ARRCがTerm SOFRの利用はローンや債券などのヘッジに限るべしというガイドラインを出してから、業界としてはこれを守ろうという姿勢を続けてきた。しかし、マーケットに歪みが生まれ始めるとともに、顧客ニーズも急速に高まってきた。

もともとは、LIBORの二の舞にならないよう、流動性を後決めSOFRに集中させようということで、後決めSOFRよりも、それを参照するTerm SOFRの取引量が先行して増えないようにとの配慮からのガイドラインだった。そのため銀行間でのヘッジを抑制し、Direct Hedging of Cash Contractにその利用を制限してきた。一応アセマネなどバイサイドには解放されたが、インターバンクでヘッジができないとどうしても使い勝手に劣る。

マーケットでヘッジできないため、コストをチャージせざるを得ないが、当然マーケットリスクリミットもあるため、無尽蔵に取引ができる訳ではない。顧客からのリクエストに応えることができなくなってきているマーケットメーカーが多くなっているものと推測される。一方コンプライアンス違反を恐れる市場参加者は、そもそもどのような取引なら認められるのかで意見が分かれることがあり、日本を含むアジアでも混乱が起きているようだ。本当にローンや債券のヘッジなのかどうやって確認するのか、何か証拠の提出を求めるべきなのかといった懸念はつきない。

もうここまでの取引量になればあまりインターバンク取引を禁じる効果も少ないように思える。しかも、金融危機後の規制強化や罰金罰則により、銀行のコンプライアンス意識は以前とは比べ物にならない程に高まっている。確かに未だにSpoofingやインサイダー取引などに手を染めるトレーダーはいるかもしれないが、Term SOFR取引をやってしまえという大手市場参加者はほとんどいないと思われる。もしTerm物が増えすぎて問題になるようだったら、ガイダンスを一つ出せば雰囲気は一気に変わるだろう。だが、1月にARRCのSOFRタスクフォースが解禁を見送ったことから、Term物の利用が直ちに認められる気配は見えない。

ターム物と後決めSOFRのスプレッドに巨大な変動が起きたりしてマーケットが混乱するまでは、このままの状態が続くのかもしれないが、結局コストを払っているのは最終投資家のように思える。ここまで問題になるのだったらターム物を作らない方が良かったのかもしれない。欧州ではターム物がなくてもそれほど問題になっておらず、日本でもTORFがそれほど使われている訳ではない。後決め金利も、いざやってみるとそれほど大きな混乱もなく受け入れられている。今からTerm物をなくすというのも選択肢なのかもしれないが、さすがにベンチマークを作ってしまった側からすると後戻りはできないのだろう。

成長する中国金融市場

中国のSwap Connectについての市中協議が始まっており、パブリックコメントの締め切りは来週3/4となっている。Bond Connectのスワップ版だが、これが始まると中国オンショアのCNY IRSマーケットへのアクセスが海外に解放されることになる。

中国には様々なライセンスがあるが、既にCIBM Direct、Bond Connect、AFIIなどに参加している投資家はSwap Connectも問題なく使えるものと思われる。契約書としては、中国版のマスター契約であるNAFMIが認められるのは間違いないが、ISDAが使えるのかどうかは、正式にアナウンスがない。しかし、さすがにISDAを排除することはないものと思われ、もしNAFMIに限るということになれば、中国の市場開放が一歩後退とみなされるリスクもあろう。

清算集中の話も進んでおり、中国のCCPである上海クリアリングハウスと香港のHong Kong Exchangeも使えると報じられている。おそらく相互接続などでInteroperabilityを達成しているのではないだろうか。HKのCCPが使えるのであれば、既になじみのあるフローなので手間が省ける。

各種統計をみていると、人民元やCNY IRSのシェアが急速に高まっており、グローバル金融市場における中国の存在がますます大きくなりつつある。Swap Connectの使い勝手が良ければ、一つの大きな市場となるのは間違いなく、アジアでビジネスをする以上は無視することはできない。ここ1、2年は特に中国サイドもグローバルスタンダードに合わせるべく様々な改革を行っている。その影響力の大きさを考えると、取引ができる環境だけでも整えて置いた方が良いのだろう。

決済期間短縮がシステム投資を拡大させる

ここ数年で決済期間の短縮がかなり進み、米国では株式と社債の決済期間のT+1化に向けて準備が進められている。日本でも2018年から国債の決済期間がT+1になり、GCレポのT+0化も検討されている。米国でT+1化の話が進み始めたのは、2020年のGameStop株騒動によるものだが、急速な株価変動によって生じた証拠金が払えなくなり、一時的に取引が停止された。これは決済期間である2日間の証拠金をカバーする必要があったためであるが、これが1日に短縮されればリスクが低下し証拠金が少なくなるという理由によるものである。

実は米国の決済期間は、大昔はT+1だったが、取引量の増大に対応するため、一時はT+5まで長期化していた。すべてを手作業で処理していたためオペレーションが追いつかず、決済期間が長期化していたのだが、テクノロジーの進歩によって昨今はこれを究極まで短縮するという試みがなされている。日本ではT+3から徐々に短縮化が図られているが、リスク削減というよりは、グローバルスタンダードに併せようという側面が大きいように思う。テクノロジーの進歩によって自動化と省力化が進む海外と異なり、ITコストより人件費が安いからか、手作業で必死に短縮化を目指しているような印象もある。顧客の要望に合わせたカスタマイズをするため、そもそも自動化が困難な事務プロセスが多いことも障害になっている。

海外の事務フローは、STPガイダンス等もあって、自動化とSTP化が当局主導で進めれており、ここに特殊なカスタマイズされたプロセスを組み込むのは不可能になっている。株式と社債のT+1化に向けて更なるIT投資が増えており、人海戦術で対応しようというところは少ない。メインフレームコンピューターによる一日一回のバッチプロセスを行っているところは少なくなり、1時間ごとのバッチに移行したり、ほぼリアルタイムでのデータ更新が主流になりつつある。車の設計変更を、周期的なものから随時変更にしたテスラのような変革が金融業界にも起きている。

数多くのFintech企業が生まれ、こうしたPost Tradeのプロセスを支援するサービスを拡大させている。移行時期については来年の5月か9月で議論されているが、いずれにしてもあと1年ちょっとでT+1化が実現されることは間違いない。期限まであまり時間がないことから、業界ではかなりの混乱がみられるが、もう後戻りはできないことは理解されているので、世界的に更なるIT投資が加速することになるだろう。

日本でも海外並みにIT予算を増やせるのだろうか。ある程度までは手作業でついていけるかもしれないが、最近の技術進歩を考えると、T+1の次はT+0、リアルタイムへとシフトすることも考えられる。日本でもこうした流れに併せてシステム投資を拡大しないと世界から取り残されてしまう。