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某米系外資系投資銀行にて長年規制・市場動向を追っています。

市場価格の統制は可能か

欧州ガスデリバティブにおいて、CCPで取引されないOTC取引のシェアが、1年前の15%から1月第二週に25%へ上がったと報じられている。価格上限が設けられたことが影響しているという報道が多いが、増え続けるCCPの証拠金を敬遠する動きもあるのだろう。実際に上限が入るのは2/15からなのだが、どの程度のシフトが起きるかに注目が集まる。

ICEでは、EUの規制の及ばない英国において2/20からTTF先物の取引を始めることをアナウンスしているが、上限のあるEUの先物と、上限のない英国の先物が分かれることになる。EUも負けじとOTF(欧州版のSEFのようなもの)で上限のない先物の取引をはじめるので、マーケットが混とんとしてきた。そもそもここまで流動性が下がっている中、市場を分断させるのは通常望ましくないのだが、今後どの程度の流動性ショックが起きるかに注目が集まる。

トレーダーとしてはOTCで上限無しの取引をした場合、それを上限有りの商品でヘッジするのはあり得ない。当然社内のリスク管理上もそんなTailリスクは取りたくないだろう。そうすると当然上限有りマーケットと上限なしマーケットの二つが分断される。上限がある方が価格変動が抑えられるので、当初証拠金が少なくなる可能性もある。そうするとファンディングコストや資本コストが異なるので、プライシングにも差が出てくる。CCPの参加者にデフォルトが発生した場合、上限有りのポジションを取っても良いという参加者が少なくなり、オークションの成功可能性が低くなることも考えられる。

当局サイドも3/1まで市場の動向を注視し、評価を下すことになっているが、市場の動きが上限撤廃を促すような形になるかもしれない。日銀のYCCのように50bpで上限をつけていたら海外投資家がそれにチャレンジをし始めたというのと構図は同じであるが、JGBとは流動性が格段に異なる。ただし、国債のカレントと先物やスワップ金利が乖離したのと同じことが起きてもおかしくない。上限撤廃を目論んで投機筋が動き出さないとも限らない。こうなるとリスク管理者としてはなかなかこのリスクを持ちたくなくなるため、流動性が枯渇していく。最終的には、上限撤廃を余儀なくされるのではないだろうか。

AIが金融を変える

ESMAからEUの証券市場のおけるAIの活用についてのレポートが出ている。取引執行やポストトレード処理の最適化に人工知能が使われることが多くなり、大量執行時のマーケットインパクトやフェイルが減少しているとのことだ。AIがどのような局面で使われるかを詳述しているので、日本でも参考になるだろう。

やはりメインは取引執行時のマーケットインパクトの低減だが、これは取引コストの減少につながるので、マージンの低下に悩む金融機関やブローカーにとっては非常に重要である。投資家目線では、取引前に価格がどのように動くかというシグナルを分析し、投資機会を特定する局面でも使えると書かれている。

こうなると信頼性の高いデータをどこまで蓄積するかが重要になる。金融機関や取引所には膨大なデータが眠っているはずなのだが、使い勝手の良い形でそれが蓄積されているとはいいがたい。こうしたデータ分析に関しては小売り業界、IT業界の方が進んでおり、最近では金融機関とテクノロジー企業の連携も目立つ。SDRなどはかなり幅広く分析されているが、リアルタイムレポーティングなどは米系のデータが中心になるため、若干偏ったサンプルになる。特に日本のデータが最も得られにくい。当初はETPのデータなども参照していたが、ETP業者ごとに分かれているのと、該当取引があまりにも少ないため、これを利用しているところは少ないと思われる。

ChatGPTのような対話型のAIは実は金融機関内ではかなり前から存在しており、「次の日銀会合はいつですか」とか、「Amazonの直近の決算は?」などと聞けば、AIが自動で返信してくれるツールは5年くらい前から存在していた。これが今ではかなり高度化して、かなりの質問に答えてくれるようになってきた。ChatGPTが米国の有名大の期末試験で使われまくっていることが問題になっているが、学校側では、提出物がAIで書かれたかどうかを判別するAIを使っていたりする。ここまでくれば、ほとんどの顧客対応はAIで可能になってくる。

米国の銀行に電話したら、声のトーンから個人認証ができてしまうのにも驚いた。当初適当な内容を1分くらいしゃべって登録しただけなのだが、完ぺきな精度で本人確認ができるらしい。この技術が既に完成されているのであればオレオレ詐欺なども防げるのかもしれない。

他にも過去の販売実績を参考に、営業職員のPCに自動的に「そろそろこの商品をこの顧客に勧めてはいかがでしょう」なんてメッセージが出る。そのうち自動的にAIが電話やメールを送るようになるだろう。こうしたことを既に行っている銀行もおそらくあるだろう。

そんな中、米ドルを日本の銀行間で国内送金しようとしたら、ネットではできず郵送のみの対応と言われてびっくりした。日本の金融処理も在宅勤務が増えて改善してきたが、更なる進歩が期待される。

「カウンターパーティーリスクマネジメント」全面改訂

日本にCVAを初めて紹介した「カウンターパーティーリスクマネジメント」の第三版が出版された。第二版から9年が経過しているため全面改訂となっており、最新の動向も随所に含まれている。実務家の書く書籍はそう多くないので、金融の最前線の雰囲気を伺い知ることのできる貴重な本である。

日本の金利は大きくは上昇しない?

日銀の政策修正を巡って様々な憶測が飛び交ったことから、久しぶりに日本への注目が高まっている。ようやく金利が動き出したこともあり取引も活発になった。円金利スワップの取引量がAUDなどに比べても格段に縮小してしまったのは、市場規模というよりは金利が動かなかったからかと思われるので、今後は以前のような地位に戻っていくことが期待される。

それにしても相変わらずDomestic vs Foreignという構図は変わらない。昔は海外投資家には日本の情報が入らないからミスマッチが起きているのかと思っていたが、実はかなりの情報が英語でも取れるようになっているため、単純に考え方の違いなのだろう。海外で中銀vs投機筋がぶつかった時は、投機筋に軍配が上がることが多かったことも関係しているのかもしれない。

今回は共通担保オペの発表があった時は、その実効性を疑問視する声ばかりが海外からは聞かれたが、国内からは実はかなり効くのではないかという声も多かった。英語の名前が長いこともあるのか、海外ではなかなかその実態が伝わりにくい。ECBのLTROに似たようなものと言うと初めてAhaと言われる。

初日の5年物のオペは平均落札価格が0.145%だったが、その時に0.42%とかの5年固定金利を受けるスワップを行えば、0.275%の利ザヤが確定できる。これを各銀行が行えば、スワップ金利が低下するという理論だ。また、JGBを買ってそれを担保にお金を借り、スワップを受けても良いし、借りた資金を変動貸しに回してスワップを受けても良い。

ただし、共通担保オペがバランスシートや資本計算上どのように扱われるかが問題である。バランスシートコストやROEを気にする外資にとってはあまり大きなインセンティブはない可能性もあるが、普通にレポができない資産等が担保に使えれば検討するところはあるかもしれない。

これを10年までの金利でできるというのだから、うまくいけば10年までの金利(JGBもスワップも)をコントロールできてしまうかもしれない。これが共通担保オペがスワップ版YCCと言われる所以なのだろう。10年超は生保などの需要が見込まれることから、結局日本の金利は、若干上昇するもののある程度のところで止まるというのが基本路線なのだろう。

デフォルト通知はメールで送れないのか

Close out noticeをEmailで送れないかという検討が、昨年2022年9月にISDAで行われたと報じられている。特にコロナショック時に通知を郵送しようにもオフィスに誰もいないという問題があった時に、なぜEmailが使えないんだという素朴な疑問が持ち上がった。FAXは認められているのだが、そもそもFaxを使わない会社が増えてきており、在宅勤務ではこれを受け取るのも難しい。一応イメージとして受けとってEmailで送る機能もあるので、これを使っているところは問題ないが、最近では、そもそもFaxがどこにあるかを認識していない人も多い。

ISDAでは、クローズアウト関係の通知は、郵送かFaxと定められている。確かに1992年版、2002年版ISDAが作られたころは、まだFaxが普通に使われていたのだろうが、それからかなり時代が変わってしまった。以前は、金融機関の社員が通知を持参することもあったが、実は危険なのではないかという意見があったり、戦争が起きている国などはそもそも届くかどうかわからないという問題もある。ケイマン諸島などに住所だけあって、実際には誰もいないといったケースもあった。他にも、ISDAマスター契約の住所などは頻繁に更新されていないため、既にオフィスがなかったということも起きる。この場合は、とにかくそのオフィスがあったと思われる空き地に書類を置いてきたりといったことが本当に行われていた。

こう考えると通知をEmailで送れるようにするというのは、極めて自然なことのように思えるのだが、いざ移行しようとすると様々な問題が起きる。メールを見落とした場合、サーバーエラーで送れなかった場合、メールがブロックされていた場合、迷惑メールと判断されてしまった場合、ハッキングがあった場合、停電があった場合などにどうなるのかといった議論は尽きない。何をもって受け取ったという証拠になるのかという問題もある。

ここまでテクノロジーが進歩し、電子的コミュニケーションや送金が可能になりつつある中、こうした正式な通信手段に革新が起きないのは不思議である。そもそもこうした通知を送る回数が滅多にないことから、何も変化が起きていないのだろう。書留、受取確認の方法さえ確率してしまえば技術的に難しい問題ではないように思う。こうした受信確認サービスを行う会社を作れば、結構ニーズはあるのではないか。技術的にもそれほど難しいこととは思えない。そしてそれが法的に認められた通信手段とみなされれば、こうした郵送、Fax問題も解決する。とは言え、メールで受領確認の返信があった場合は法的に有効とするといった簡単な方法でも対応できてしまう可能性もある。

いずれにしても、郵送とFaxのみに頼った方法というのは早急に何とかしたいところである。日本国内だけであればそう大きな問題にならないが、どこかの島や、外国の片田舎のようなところに通知を送るのはそれなりに困難である。Faxもあと10年もすれば持っているところが少なくなっていくのではないだろうか。

CCP間の協力

米国のCCPであるOCC(Options Clearing Corporation)とNSCC(National Securities Clearing Corporation)が巨額のマージンコールが起きた場合に備えて情報共有をするというニュースが出ている。OCCは株式オプションなどの満期に伴う決済がどのくらいあるかという情報を持っており、NSCCは株式取引に関する決済の情報を持っている。これまでは、双方でオフセットする取引があったとしても、その情報が共有されていないため、流動性に難をきたすことがあった。今回はそれを改善しようと様々な議論が行われているようである。ただし、マージンのオフセットまでの話にはなっていないようで、ディーラーやユーザーからは失望感も出ている。

これ自体は米国の小型株で起きたショックを受けての改善であり、日本における取引に大きな影響を及ぼすことではないが、こうしたCCP間の協力が更に進むことが期待される。世界中の取引所やCCPは、皆独自のルールブックに基づいて運営されており、相互接続などが進む機運があまり見られない。特に国が違うとほぼ交渉が不可能に近い。

とは言え、現在の仕組みで将来的に大規模参加者デフォルトがあった場合に、それがスムーズに処理できるとは考えにくい。例えば、日本で大手銀行が破綻した場合、金利スワップ、現物の株式や債券、レポ、CDSなど様々なCCPで破綻処理が行われる。これは日本のCCPのみならずLCHやCMEといった他国のCCPを交えたプロセスになる。本来であれば、メンバーデフォルトが起きた場合には、各銀行がトレーダーを派遣してCCPのために破綻処理を行うというルールになっているが、破綻が起きた際にすべての銀行がトップトレーダーを破綻できるかどうかは定かではない。自らのポジションクローズに必死だろうから、ジュニアトレーダーを派遣しようというところが出てきてもおかしくない。トップトレーダーを派遣するようにというルールにはなっていないのでなおさらである。しかも、JSCCに一人、LCHに一人、CMEに一人といった具合に複数のトレーダーを派遣しなければならなくなるところもあるだろう。

当然各CCP間である程度オフセットできる取引があるだろうから、まずはCCP同士でポジションをスクエアにするのが最も効率的だと思われるが、おそらくこのような仕組みを持つところは少ない。日本では、JSCCに参加できるプレーヤーとLCHやCMEに参加できるプレーヤーが分断されているため、更に複雑になることが予想される。

LMEのニッケルショックに対する報告書には、このようなCCPのポジションに加え、CCPで清算されない相対取引もモニタリングすべきというコメントがみられたが、本当は市場全体のリスクをみる際には、各CCPのポジションと相対取引のポジションを加えた市場の全体像が把握できないと、適切な処理が行えない。現状こうしたすべての情報を持っているのは当局のみということになるのだろうが、急な金融危機に際して当局がすべて音頭を取って処理をするのは困難だろうし、それに頼った仕組みにするのも適切ではない。他に可能性があるとすれば、清算取引と非清算取引の両方を手掛けるコンプレッションベンダーや、ポストトレード処理を行う会社が適切なポジション解消を提案するということは可能かもしれない。

CCP同士で相手方のリスクを引き受けるような合意はおそらく極めて懇案だろうが、今後は少なくとも情報共有や危機時に対応についてCCP同士で議論をすることが必要になってくるだろう。

JSCC円金利スワップの月間取引量が過去最高に

JSCCの金利スワップのシェアが上昇している。Clarusによると、昨年のJSCCのシェアは7割を超えたようだ。以前はLCHと50/50で市場を分け合っていたという記憶があり、2021年も63%だったことから、LIBOR公表停止後かなりの取引がJSCCに移行し始めているように見える。LCHがUSDやEURなどの主要通貨で97%を超えるシェアを保っており、ASXという地場のCCPが存在するAUDでも92%のシェアを占めていることを考えると、日本円だけが唯一メジャーCCPでないことになる。

JSCCの金利スワップクリアリングは2012年10月から清算を開始しているが、毎月の取引量は以下のように順調に拡大している。証拠金規制の段階導入が進んだことも追い風になっている。一瞬取引量が拡大したTIBORも最近はシェアがめっきり少なくなっており、完全にTONAが主流になっている。

https://www.jpx.co.jp/jscc/toukei_irs.html

2020年、2021年に若干取引が減ったように見えるのは、おそらくコロナショックによる在宅勤務や、LIBOR改革を巡る混乱が関係しているものと思われる。LIBORからTONAに移行した後は、順調に取引量が伸びており、特に最近は、日銀の政策変更を期待する海外勢の動きなどもあり、日本の金利スワップ市場が活況を呈している。

年末は通常取引が少なくなるのだが、先月は日銀のYCCの変動幅拡大の影響もあり、月間取引量が過去最高を記録している。さらにJSCCの統計で1月の取引量を拾ってみると、1/20現在で、この過去最高の12月の取引量を既に上回っている。今月更に過去最高を更新するのは間違いない。

グローバルの統計上は、円金利市場のプレゼンスが縮小し、AUDなどに後れを取っているのを先月指摘したが、YCCによって取引量が抑えられて取引量が少なくなっていたという事情もあるのかもしれない。その意味ではようやくYCC前の状態に戻ったということであり、今後日本円金利スワップ市場の巻き返しが期待される。

カウンターパーティーリスク管理に関するECBのレビュー

先週1/13にECBのブログにおいて、カウンターパーティーリスクに関するコメントが出ている。

2021年に金利低下によるイールドハンティングが続いたため、リスクが高く、透明性の低いNBFIsがエクスポージャーを増やすインセンティブが生まれたことを懸念している。NBFIsは先週も説明したようにヘッジファンドのようなノンバンクセクターを指すが、最近はこのNBFIを巡るコメントが多数当局から出されるようになってきた。

ECBでは、昨年欧州で活動する銀行23行を対象に、NBFIsのカウンターパーティーリスクに関するレビューを行っている。ロシアのウクライナ侵攻を受けた市場変動によって、エネルギー関連会社やコモディティトレーディングハウスもレビューの対象に加えている。

いくつかの点において、当局が期待するレベルのリスク管理ができていないとの指摘がみられ、単に規制に従うだけでは不十分で、更に進んだリスク管理が求められている。

また、2nd LineのDue Deligenceプロセスの改善が期待されており、情報を出さないところには枠を与えるべきでないという指摘がある。年金基金などもNBFIに含まれることを考えると、預かり資産やレバレッジ、運用方針等を開示しないところとは、取引を抑制すべきという立場をとっているようだ。

また、複雑なリスクを取っているところに対しては、Risk Appetite Statementにこれを記載すべきという主張もなされている。担保の流動性、再構築が困難な取引が含まれるため、リスク量が大きいのがその理由だ。銀行はリミットの設定に当たって、これらの要素も勘案しなければならない。単に顧客の信用力だけを見るのではなく、テイルイベントに対して耐性があるかもチェックしなければならない。こうしたリスクは危機時に増幅するので当然だろう。

さらにストレステストなどの頻度を上げ、マージンショック、エクスポージャーの集中への対応も重要だ。こうした取引にあたっては、ビジネス部門の知識に依存しているにもかかわらず、それがリスク管理やトップマネジメントへの報告に活かされていないというコメントがみられる。アルケゴスで指摘されたStatic Marginを問題視するコメントもある。担保授受のモニタリングの重要性も指摘されており、担保の遅れなどの情報が、ウォッチリストの作成に際して活かされなければならない。

こうした指摘はオフサイトの検査や実地検査によって確認していくとのことなので、今後の検査にあたっては、こうしたカウンターパーティーリスク周りのプロセスの見直しと拡充が必要になるだろう。昨今は各当局が歩調を合わせることもあるので、日本でもこうした内容には注意を払っておく必要がある。

米国の物価対策

Twtterを皮切りに、Tech企業における人員削減が相次いでいるが、金融においてもGSをはじめとして人員削減のニュースが続いている。同時にほとんどの企業でボーナスカットがアナウンスされており、最近ではAppleのCEOの報酬40%が公表されている。トップ自らが下げるということは従業員の報酬も下がることが予想される。

確かにM&Aの収益が半減したものの、その他のトレーディング収益がそれほど落ち込んでいる訳ではないのに、あまりにも多くの企業が大胆な報酬カットに動いているように思える。バイサイドでもBlackrockなども報酬カットがニュースになっている。大手金融機関合計で30%-50%の削減という報道もある。

米国では当然インフレーションが最大の問題になっており、これを抑え込むために急激な利上げが継続している。なかでも賃金に関しては硬直性があるため、FEDとしてはこれが上がり続けるのは何とか避けたい。となると、もしかしたら当局から米銀トップや大手企業のトップに賃金抑制の依頼が行っているのではないだろうか。

全体に占めるシェアの大きい金融やテクノロジー会社の報酬がここまで下がれば、消費に対しても影響があるだろうから、全体の統計にも影響が出てくるのは間違いない。つまり利上げをせずにインフレを抑える効果がある。企業のトップに一本電話をすれば良いだけなので、非常に簡単な政策だが、かなりの効果があるように思う。

つまり、米国当局には物価をコントロールするツールが一つ余分にあることになる。そうすると、今後物価上昇はかなり抑えられてくるのではないだろうか。特に富の集中の激しい米国では、一部の大手企業が動けば相当のインパクトを全体に与えることが可能である。

日本では、デフレが続いた中ても賃上げをする企業はなかった。唯一ファーストリテイリングの40%増が目立つくらいである。おそらく、記者会見等で賃上げが望ましいとコメントするのが精いっぱいで、当局サイドから企業に対して直接のアプローチをしていることはないだろう。

米国がこれをしているという話は聞かれないし、当然明確に指示をすることはできないが、「ちょっと抑制してくれるとありがたい」程度ならあり得ない話でもないのではないか。

ロンドン証券取引所グループの躍進

ロンドン証券取引所グループがスタートアップ企業並みに勢力を拡大している。取引所というお堅いイメージを払いのけ、Fintechを中心に企業買収を進め、単なる取引所の枠にとどまらず、幅広く金融インフラサービスの拡大を進めているのが興味深い。

2013年にLCH、2019年にRifinitivを買収し、昨年QuantileとAcadiaの買収をアナウンスし、取引所で清算される取引のみならず、相対取引においても勢力を伸ばしている。SwapAgentの成功がこの流れを支えていると言えよう。そもそもは、通貨スワップやスワップションをCCPで清算しようという動きがあった際に、決済リスクや膨大なIMがネックになった。清算しないながらも何とかクリアリング取引と同じようなメリットを享受できないかということで、SwapAgentが注目を集めた。

当然クリアリングをしていないので、カウンターパーティーリスクが消える訳ではないが、LCHが取引時価の計算を行うので、担保金額のDisputeがなくなる。何と言っても標準の通貨による割引率が適用できるのが大きい。通常ドル円通貨スワップを円担保のCSAの下で行った場合は、円ディスカウントとなり、時価がドルディスカウントで計算した市場標準と異なってしまう。SwapAgentを使えば、例え相対のCSAが円だったとしてもドルディスカウントになる。

その他CCPと同じプラットフォームを使えば、取引報告、資金決済、電子プラットフォーム上の処理などが標準化できることになる。特に日本で遅れているSTP化も一気に達成できる可能性が高まる。

すべての取引をCCPに移すと、今度はCCPがToo Big to Failになってしまうので、実は通貨スワップやスワップションのようにリスクが大きくなる取引については、カウンターパーティーリスクは残したまま各種プロセスのみをCCPプラットフォームで行う方が良いのかもしれない。結局コモディティなどは、急増するIMコストに耐えかねて、CCPから相対へのシフトが起きている。

資本やファンディングコストの最適化を行う場合にもCCPにおける取引だけを見ていても片手落ちで、清算取引と非清算取引を全体として管理する必要がある。その意味では、Quantileを加えることによってコンプレッションやポートフォリオ最適化を行い、Acadiaによって担保周りのプロセスを効率化するというのは、理にかなった戦略である。オープンアクセスを確保しているので、LCHだけのサービスということではなく、他のCCP取引にも広げられる可能性がある。

ここまでのシステム・プロセス構築が進んでくると、なかなか他社の追随を許さないレベルになってきた。当然マーケットの異なる日本やオーストラリアなど、各国で類似のビジネスを立ち上げることも理論的には可能だが、ノウハウにおいてLSEG/LCH/Quantile/Acadiaにはかなりのアドバンテージがある。むしろこことタイアップすることによって、効率性向上を図る方が早いかもしれない。

LMEのニッケルショックを巡る報告書公開

昨年2022年3月のニッケルショックを巡るLMEの対応についての第三者レポートが出ている。金融データ分析を行うOliver Wymanが行ったものだが、実際に起きたこと、そこから得られる教訓を学ぶには重要なレポートである。

レポートの中では、LMEのクリアリングシステムは他のCCPに比べてLess Robustだと書かれている。特に問題とされているのは、VMとIMをネットすることによって所要担保を減らすLME独自の仕組みである。通常VMは取引の時価相当分をカバーするために日々やり取りされ、IMはギャップリスクに備えが追加バッファとして徴求される。したがって、通常IMはVMの量に関わらず常に確保されていなければならない。しかし、LMEでは若干異なる仕組みを使っており、一部の取引においてこれを相殺して必要担保額を削減することができていたようだ。

読み進めると、必要担保の削減は、NOSAとDCVMによって可能になっているとのことだ。NOSAはNet Omnibus Segregated Accountsの略で、顧客の担保を一つのオムニバス口座に入れておけばその中でネットできるようになっているようだ。つまり顧客Aの担保所要額が+5で顧客Bが-5だったら、所要担保がゼロになるという仕組みらしい。これによってIM所要額が60%~80%に削減されている。

もう一つのDCVMはDiscounted Contingent Valuation Marginの略で、顧客の勝ちポジションによって担保を減らせる仕組みだ。ニッケルショック直前6か月間の担保削減効果は$915mmあったとのことだ。LMEでは、現金決済の先物については、他の商品と同じRVM(Realized Variation Margin)を使っているものの、現物決済の取引については、一日の終わりに証拠金を計算し、VMが参加者の勝ちポジションになっている場合は、IM所要額からDCVMを差し引くことができる。要は、現物決済の場合は実際に決済が起きるまでは損益が実現しないからという理由らしいが、日々損益をフラットにするのが基本のデリバティブの世界では、不思議なコンセプトだ。しかもこのDCVMを使ってしまうと銀行にとっての資本賦課が上がってしまうという問題もある。

更にLMEの参加者の特徴として、ほかのCCPに比べて小規模の市場参加者が多く、ほぼ半数のGCMs (General Clearing Members)が総資本$1bn未満とのことだ。この参加者構成と特殊な担保スキームのために、マーケットからは、他のCCPに比べてWeakとみられていた。

今後の改善策としては、リスク管理の高度化、値幅制限の導入といった、比較的ありきたりの提案が多いが、個人的に興味深かったのは、CCPのポジションのみならずOTCのポジションもモニタリングすべきとされている点だ。

確かに中国の大手プレーヤーの持っていたOTCのポジションがあまりに大きく、それがマーケットのクラッシュを引き起こしたと報道されていたので、OTCマーケットに注意を払うのはもっともなことである。しかし、CCPサイドに相対取引までも報告させることができるのかが定かではない。例えば、日本円金利スワップであれば、全てCCPでクリアリングしているが、清算集中規制導入前のレガシー取引やスワップションなど、CCPで清算しない取引までCCPに報告はしていない。当局報告はしているのだが、今後はこうした商品については、CCPにも報告するという流れになるのだろうか。

いずれにしても、コモディティ商品に関しては金利スワップやCDSのようなデリバティブ取引とは別のリスク管理が行われており、何となく金融業界の中でも独立した世界観を保っている。人材、リスク管理手法、取引慣行についても、独自路線を貫いてきたが、ここできてそれを他の商品と整合的にしようという動きがみられる。

コモディティ以外については、銀行がCCPに対して管理強化を求めてきた歴史があるが、コモディティに関しては、参加者からリスク管理を緩める方向の要望が寄せられていることが多い。そして保守的な銀行はCCPの頑健性を問題視するため、あまり大きくポジションをとれないということが発生している。当局サイドの管轄が異なることも多い。市場参加者サイドからリスク管理強化の要望が出しにくいのであれば、当局や規制によるプレッシャーが必要なのかもしれない。

First Line of Defenseの重要性

銀行では3線管理が一般的となったが、その管理のあり方にはかなりのばらつきがあるようだ。3線管理とは、トレーダーのいるフロントオフィスに1線のリスク管理者を置き、それに2線の信用リスク管理部、市場リスク管理部などが加わる。そして内部監査としての3線を加えて3線ということになる。

3線管理を導入したばかりのころは、従来の信用・市場リスク管理部に加えて新たなリスク管理者が増えただけで、業務の重複が指摘されることが多い。特に日本では顕著に聞かれる議論である。1線と2線の役割分担をどうするかという議論も多くなされるが、これも若干的外れな議論になりがちだ。

アルケゴスのような損失、その他各種のトレーディングデスク損失が発生した場合は、1線と2線のどちらに責任があるかという議論はナンセンスである。つまり、1線はいつでもその責任を負うべきであり、2線にその非を押し付けることはできない。当局検査において、1線のマネジメントは、それは2線のリスク管理部が甘かったからだなどとは口が裂けても言えないはずだ。したがって、現在の3線管理の下では、フロントの1線が全責任を負い、2線、3線はそのサポート、または別の観点からの管理を行っているという整理が望ましいように思う。

海外では、XVAデスクがリスクのヘッジを行ったり、適切なIMの徴求を担当していたため、かなり昔から1線における管理が行われてきた。デリバティブのリスク管理においては、特にこのフロントのリスク管理が重要となる。アルケゴスのような急激な市場変動に応じてヘッジ取引をするようなリスク管理は1分1秒を争うため、2線から指示が来るまで待っていては遅すぎる。そして1線のリスク管理者が率先して顧客との交渉に乗り出すことが一般的である。

一方日本においては、審査部が直接顧客と話をする機会はそれほど多くなく、これを内部ポリシーで禁じている場合もあろう。しかし、デリバティブのリスク管理においては、顧客がマージンコールに応えられなかった場合、急激に大きな解約請求をしてきた場合は、1線のリスク管理者が直接交渉をした方が話が早い。担保の不払いがあれば、取引を清算するのか、或いはある程度の破綻確率を想定してヘッジを調整するのかという判断は直ちに行わなければならない。

特にヘッジファンドやアルケゴスのようなファミリーオフィスと取引をするのであれば優秀な1線のリスク管理者が不可欠であり、従来の信用リスク管理では全く対応ができない。規制強化で銀行が抱えるリスクは相当量減ってきたが、こうした一分一秒を争うような対応を求められるリスクに関しては、日本においても迅速な判断ができるような体制を構築することが不可欠だろう。その意味では必ずしも1線のリスク管理者である必要はなく、1線の部長などのマネジメントでも構わない。いずれにしても、デリバティブ取引を業務として行うのであれば、ポジション解消、ヘッジ取引、Default Noticeの送付など、適切な判断を迅速に行えるプロセスの構築が肝要である。

ノンバンク(NBFIs)が金融市場のメインプレーヤーに

最近各国当局からノンバンクセクターのリスクについて懸念するコメントが相次いでいる。新たなNBFIsという略語も頻繁に使われるようになってきた。Non-Bank Financial Institutionsの略とのことだ。主に懸念の対象となっているのは、ヘッジファンド、年金基金、保険会社といったところだが、これにCCPやファミリーオフィスも加わる。

確かに最近のCrisisと言えば、コロナショック初期にヘッジファンドが現金確保に走った際の流動性危機、アルケゴスショック、英国LDIショック、ニッケルショックであり、これらはすべて銀行以外のリスクである。金融危機時には40%程度だったNBFIsのシェアが最近では50%に近づいていることも当局の関心を集めるきっかけとなっている。

金融危機時には銀行の健全性にフォーカスがあたり、各種規制強化が行われた。その効果もあり、銀行の行動は大きく変化し、潤沢な流動性と資本が確保され、過度のリスクテイクにも制限がかかった。そして、その副作用として、銀行が取れなくなったリスクが銀行外に流れ、同時に市場流動性が一気に低下した。つまり銀行マーケットメークにも支障が出てきているということだ。それを補う形でCitadelのような新たなマーケットメーカーがシェアを伸ばすとともに、流動性の中心がNBFIsにシフトしている。

直近ではBOEがNBFIsを含む主要金融マーケットに潜むリスクを測るためのストレステストを公表し、FSBもMMFの監督に関する2021年のガイダンスに対して各国がどのように対応してきたかを検証するとこのことだ。

いずれもますます悪化する市場流動性に注目しているように見える。そういえば、日銀のYCC修正の際にも市場機能の歪みを是正するためといった趣旨の文言があったように思う。CSなどが注目されているものの、今の規制環境の中では、銀行からの危機は起きないように思う。昨今あらゆる市場変動が激しくなってきたのは銀行の行動を縛りすぎた副作用なのではないか。確かに資本コストや各種規制を気にするため、銀行が取れるリスクは極度に低下している。銀行の健全性を保つにはこれがベストなのだが、マーケットにショックがあった際に逆をとれる市場参加者、リスクをWarehouseできる銀行が少なくなっている。

NBFIsに対して規制をかけるべきという意見ももっともではあるが、もう少し金融機関の流動性供給能力を高めるような策を打たないと、ますますNBFIsへのシフトが進むとともに、大きな市場変動が起き続けるようになると思う。

円金利デリバティブの地盤沈下

前回為替関連のデータを見てみたが、今回はBISのTriennial Surveyの金利系デリバティブ取引データについてみてみる。前回2019年に取引が急増し市場でも話題になったが、今回2022年のデータを見てもそのトレンドが確認できる。2019年の$6.4tnからは2割ほど減って$5.2tnとなっているが、この減少分はほとんどがFRAから来ているようで、LIBOR改革後はFRAの取引ニーズがなくなったことを考えれば、やはり取引量は増加基調にある。また、一部は先物に移っているのかもしれない。

ロシアのウクライナ侵攻直後の4月の定点観測というのが残念だが、別の統計データによると4月は取引が少なかった月なので、実際の取引量はもう少し上振れしている可能性がある。

取引場所については、USDについてUKからUSやAsiaへのシフトが見られ、EURについてもUKからEUへのシフトがみられる。ただし、Brexitを考えると意外とUKが健闘している。

通貨別にみるとUSDやEURの取引量の増加が大きく、JPYの没落が著しい。一見USDのシェアが減っているようにも見えるが、FRAによる特殊要因を除けば引き続きUSDとEURは盤石だ。JPYについては2010年に6%のシェアを占めていたのが、今では2.2%にまで落ち込んでいる。AUDの半分くらいの取引量で、USD、EUR、GBP、AUDに次ぐ5位となっている。FXではそれなりの存在感を示しているのだが、金利系については、このままだとNZDとかKRWに抜かれてしまうのかもしれない。オプションその他の取引では突然取引量が増えてトップになっているが、これは仕組債がらみの特殊要因のように思える。

2019年以降取引量が急増しているが、コンプレッションや内部取引の影響が大きいようだ。Appendixを詳しく見ていくと、合計$5,226bnの内、Non-Market-Facing取引の内訳は以下の通りとなっている。

Related Party Trades: $1,198bn
Back to Back Trades: $460bn
Compression: $337bn

つまり、合計約$2tn程度はこうしたNon-Market-Facing取引ということになり、近年金利系デリバティブ取引が急増したのはこうしたコンプレッションなどの影響が大きいように思う。もしかしたらJPYの地位が下がっているのは、日本の市場参加者があまりコンプレッションやBack to Back取引によるリソース最適化を行っていないからなのかもしれないが、通貨ごとのNon-Market-Facing取引量は残念ながら公表されていない。

このNon-Market-Facing取引は、以下の通り推移しているので、この影響を除くと2000年からほぼ同じようなペースで増加しているようにも見える。

2016年: $1.31tn
2019年:$3.2tn
2022年: $1.97tn

https://www.bis.org/statistics/rpfx22_ir.pdf

もう一つ着目すべきなのは、大手金融機関のシェアが2010年の44%から2022年には19%へと急減している点である。そして、その他金融機関のシェアが46%から70%へと増えている。おそらくここにはヘッジファンドや、年金・保険会社といったリアルマネーが入っているものと思われる。ヘッジファンドが少ない点、年金や保険会社のデリバティブ利用が少ないという点がJPYの地盤沈下を招いているのかもしれない。保険会社の会計変更、貯蓄から投資への流れの中で金利スワップ等の利用が増えればJPYの取引量はAUDを超えて3位に入ってもおかしくない。

今後もデリバティブ取引の規模は順調に拡大していくことが予想され、特に日本でもここから巻き返しが起きる可能性もあるので、デリバティブリスク管理の重要性はますます増していくことになるだろう。そして、取引量の増加に備えて様々なインフラをグローバル並みに整備していかなければならない。

ROE重視の金融経営とは

日本の大手銀行がROE9-10%を目指すという記事が出ているが、日本の金融機関のROEも少しずつ上がってきた。自社株買いも少しずつ増え始め、資本効率を意識した発言もみられるようになってきた。ROE重視というのは既に何十年も前から言われていることなのだが、欧米と日本は環境が違う、ROEが最良の指標とは思えないという雰囲気があり、これまでは本腰を入れたROE改善が図られてこなかったように思う。

日本と海外の最大の違いの一つがこのROEに対する姿勢かと思われる。グローバルバンクでは、案件ごとにROEをチェックし、それが10%などのターゲットを満たしていないと案件がほぼ確実に却下される。それでは競争に勝てない、この案件は将来的に重要だといっても、例外的に認められるケースは極めてまれだ。デリバティブ取引でも同様で、いくら他社が良いプライスを出してくるからといっても、KVAを賄えない収益となる取引を実行できる可能性はほとんどない。

日本の銀行で働いているときは、他社の価格をみながら、競争上の理由によってROEがターゲットに達していなくても取引をするのはそれほどおかしいことではなかったように思う。欧米のように利益だけを重視してはだめで、日本経済に対する影響などを考えて、必要なところには資金を回さなければならないと言われたのをよく覚えている。これは当時はもっともな意見だと思い、あまり疑問を感じなかった。ただ、自分が資金を出さなかったとしても他に喜んで資金を提供するところが多かったのも事実ではあった。

ROE重視というのは経営トップが号令をかけるだけでは現場はその通りに動かず、その改善も遅々としたものになりがちである。これを一気に改善するには適切なインセンティブメカニズムを構築する必要がある。企画部のようなところが基準を決めて従わせるか、KVAを現場から徴求してしまうという方法が、まず提案されやすい。一方グローバル銀行では、部門採算を突き詰める傾向にあり、資本コストやファンディングコストが各トレーディングデスクに割り当てられる。それが日々の収益から税金のように取られていく。そして部門別のROEがチェックされ、それがあまりに低いと業績評価にダイレクトに影響する。したがって、トレーダーが自ら資本コストの高い取引を避けるようになり、コストの高い取引に対しては多くのチャージをかけるようになる。

不思議なものでこのようなコストアロケーションが行われていなかった頃はトレーダーがファンディングや資本効率を意識することはなかった。これが日々のPLから差し引かれるようになると、社内カルチャーが一変する。つまり、ROEを向上させたい、コスト削減を図りたいというときには、全社的に号令をかけるのではなく、コストアロケーションによって末端まで行動を変えてしまうのが手っ取り早い。例えばSA-CCRへの変更があったときなど、現場には他社が資本コストを気にしてプライシングを変えてきているという情報がすぐに入ってくるため、これに応じて徐々にプライシング慣行を素早く変更できる。

経営トップや企画部門が管理をしていると、ここまで機動的には動けない。金融に限らず日本は値上げをしにくい文化だとは言われるが、デリバティブ取引でも同様であり、競争上の理由から全員でROEが下がるという事象が起きて金融の長期低迷が起きているように思う。そもそもXVAというのは、取引に係るあらゆるコストを、それぞれの取引に紐づけることにより、効率を上げるために使われているという側面がある。

CVAがなかった頃は各トレーダーがカウンターパーティーリスクを考慮することなく取引していたし、FVAが入るまではファンディングコストは財務部門が管理するものだと思われていた。KVAは資本計算をする部門の責任、MVAは、担保管理部門の範疇といった具合に管理が分散していたところ、XVAの登場によって、それを一つ一つの取引レベルまで落とし込んで管理をするようにしたということである。したがって、ROE重視の経営に舵を切るには、ROE改善と号令をかけるだけではなく、そのコストを各取引後とに落とし込んで、現場のトレーダーのインセンティブを変えてしまうのが、最も有効なのだと思う。

金融商品の価格上限

欧州天然ガスの価格に上限設定に対する批判の声が大きくなっている。以前紹介した通り、天然ガスの価格があまりに乱高下するため、マージンコールに応えられなくなる市場参加者が増え、当局サイドから価格をコントロールするための上限を設定することが提案された。

一定の動きがあった時に取引を止めるサーキットブレーカーは一般的だが、上限となると確かに批判の声が上がるのはもっともだろう。日経平均などの価格に上限があったら、それは不自然以外の何物でもない。とは言え、天然ガスのように、一時的にどこまで乱高下するかわからないという場合には気持ちもわからなくはない。ニッケルのように取引がキャンセルになるくらいなら上限を設定する方がましかもしれない。

だが、当然取引所が賛成するとは思えず、ICEなどは取引所をEUから移すという話まで報道されている。最近の動きをみていると、何となくEUの金融規制は迷走している印象はぬぐえない。

この上限は来年2月15日から適用されるが、以下の二つが条件となっている。

1.TTFの期近の契約が3日連続で€180/MWhを超える

2.同じTTFの価格が3日間連続でLNGの参照価格より€35/MWh高くなる。

これを超える価格はEUの取引所では認められないということになる。一たびこの条件を満たすと20営業日はそのまま上限が適用され、3日連続で€180/MWhを下回った時に解除される。一応時限措置となっているので来年の11月に報告書を出しその後の存続の可否を決めることになっているようだ。

確かにこれがEUだけの規制となれば、EU外では価格が動いていることになり、誰もEUで取引をしようとは思わなくなるのではないか。そうすると相対取引の参照価格もEUの指標ではなく別のものを見るようになるのかもしれない。インフレ率でもEM通貨の為替レートでも、どこまででも上がり続けることはあり、上限があるという話は個人的にには聞いたことがない。日銀のYCCだって25bpとか50bpとかで上限を設定しているのではなく、それを目掛けて指値オペを打っているだけだ。今回のICEの話をきっかけに価格上限の話が立ち消えになるのかもしれない。

経済制裁とデリバティブ取引

米国がロシアの銀行に経済制裁をかけてから相当経つが、今般更にRosbankがリストに加えられ、VTBに対する制裁の範囲も拡大したと報じられた。特に大きなインパクトは予想されていないが、台湾情勢も不透明なことから、今後は経済制裁に対しても注意を払っていかなければならない。

以前からISDAからは経済制裁に関するホワイトペーパー等が出されており、一部では契約書の手当てをしようとしているところもある。ただし、こうした契約変更が大きく進んでいるという報道も見られない。むしろ、交渉に手間取り全く手当てができないというコメントの方が多く報じられている。

ISDAのペーパーを読めばおわかりのように、どうも要点がつかみにくい。法律的に穴のない正しい文言を作成しようとしたためか、一読しただけでは趣旨が分かりにくく、膨大な修正が必要な印象を受けてしまう。ここまでの修正を受け入れてくれるところは多くないと思う。

経済制裁が発動された段階では、対象となるロシアの銀行に対する支払いが違法となった。担保のやり取りや解約金の支払いなどもできなくなる。しかしこの制限は西側諸国にかかるので、契約上の履行ができなくなるのはロシアの銀行ではない。通常は、1-3か月程度のWind-down期間を経て、Illegalityがトリガーされることになるだろうが、この場合のAffected Partyは支払いをしなかった西側諸国の当事者である。Illegalityの場合は両当事者がトリガーを引けるが、解約の計算人はロシアの銀行となる。この時ロシアの銀行はグローバル銀行にQuoteを求めにいくことが困難になり、その計算が市場慣行に則ったものになるか心もとない。

そもそも相手先がデリバティブに詳しくない事業会社だった場合などは、Commercially Reasonableな手法で計算を行うのは困難だろう。後の訴訟に備えてきちんと証拠書類等もそろえておかなければならない。これはおそらくIllegalityの盲点で、本来であればこの計算はその他のCaluculation Agentと同様、ディーラーサイドが行うとするべきだったのだろう。これくらいの変更であれば、きちんと説明すれば何らかの文言変更はできそうなものだが、ISDAが提唱している文言になると、若干複雑になり説得できる自信がない。

適切なWind-down Periodを取ることがまずは最重要だが、経済制裁による解約時のベストプラクティスガイダンスを出すといったことが行われるとデリバティブ取引の安定に資するものと思われる。

エジンバラ改革

ロンドンでは金融規制緩和の話が頻繁にメディアを賑わすようになった。Brexit後の金融業界の復活をかけて、以前の金融ビッグバンの再来を期待する声が多く聞かれる。英国財務省の中堅大臣ポストであるCity MinisterのAndrew GriffithがFCAや英国中銀といった規制当局向けに書簡を送り、ロンドンを金融資本市場の中心地として復活させるため、より迅速で透明背の高い改革を求めている。政府としても近々改革案を出す予定だったのだが、そのスピード感に不満を感じているのか、大臣による異例の介入となっている。

この改革案は、当初ビッグバン2.0と言われていたが、発表の場となるスコットランドの首都の名前を取ってエジンバラ改革と名付けられた。ただし、1986年のビックバンに比べるとかなり控えめな内容となりそうであり、後世に名を残すようなものにはならないように思える。

とは言え、欧州の杓子定規ないくつかの規制に対する批判が高まっている中、英国がEUの呪縛から逃れて、自由に制度設計をできるようになったことに対する期待は高まる。これで英国が地位を回復すれば、金融危機以降、厳格化が常に行われてきた金融規制に、新しい流れが生まれるかもしれない。ソルベンシーIIやMiFid IIなどで見直しが入ることが予想されている。

一方、EUの方では英国から取引を呼び込むべく、LCHに対するプレッシャーを強めている。CCPでの清算についての新しいルールが近々公表されるが、かなりEUの保護主義的な内容になっているという話が聞かれる。一応2025年に期限を迎える一時的免除以降もEUの市場参加者はLCHで清算できることにはなっているが、細かいところでLCHの使用を制限するような内容が織り込まれるのではないかと言われている。ただし、LCHを使っている市場参加者に対して追加の資本賦課を求めるという案は採用されないようなので、一安心といったところか。

英国とEUの規制の動向をみていると、英国の方が経済原則に則った規制を実現しようとしているように見える。いずれにしても今週は双方案が明らかになるだろうから、その詳細に注目が集まる。

バーゼルのFXサーベイ

バーゼルからは3年ごとに為替市場についての分析がTriennial Central Bank Surveyとして公表されているが、本年2022年が公表年に当たる。為替取引の市場は相川らず順調に右肩上がりの成長を続けている。全体の取引量は7.5兆ドルとなり、3年前から14%増となっている。

通貨別にみるとドルの圧倒的地位は揺るがず、シェアは89%で3年前からほぼ変動はない。なお、為替取引は通貨ペアで統計をとるのでこのシェアの合計は200%となっている。つまりドル円であればドルと円の両方にカウントされるため合計が200%になってしまうということだ。

円もほぼ横ばいの17%で、何とかEURの31%に続く3位の地位を保っている。4位はGBPの13%で、ここまでは大きな変動はないが、5位にCNYが7%で入ってきている。つまりAUD、CAD、CHFを一気に抜き去り5位に躍り出たということだ。世界の5大通貨にCNYが入ってきたというのは中国の影響力の拡大を物語っている。

為替の世界ではG10通貨とEM通貨のように分けて議論をするが、G10に入るAUDがEMのCNYに抜かれるというのは象徴的な順位逆転だ。ちなみに他のG10通貨はNZD、CAD、NOK、SEKだが、いずれも数%のシェアとなっており、SGD、KRW、INR、MXN、TWDなどと取引量はそう変わらない。日本の国力低下が騒がれているが、為替に関しては以前大きな地位を保っているように見える。

全体の取引量をみると2010年から2022年の過去12年の間に為替取引は約2倍のマーケットとなっている。スポット取引に比べ、フォワード、FXスワップ、通貨スワップの伸びが著しい。ノンバンクへのシフトが続くと思われたが、直近では銀行を通じた取引が増えているようだ。1日平均の取引量としては、USDが6.6兆ドル、円が1.2兆ドルだが、CNYも0.5兆ドルまで増えてきている。2010年にCNYが$34mmだったことを考えると約15倍になったということだ。シェアを落としているのが、AUD、CHF、RUB、TRYなどだが、全般的に欧州からアジアシフトの流れがみられる。

政治的混乱が起きず、このままの流れが続くと、次回3年後のサーベイではCNYがGBPやJPYを抜いているのかもしれない。

USターム物SOFRはCMEが標準に

英国当局のFCAがCMEのターム物SOFRをUSDシンセティックLIBORの指標として使うことを推奨した。既にICEもUSDのターム物SOFRを4月から公表していたので、ライバルでもあるCMEのターム物SOFRを認めるというのは異例のことのようにも思えるが、さすがにARRCがCMEのターム物SOFRをサポートしている以上止む無しといったところなのだろう。CMEのターム物SOFRのインプットとなっているSOFR先物の取引量が思った以上に伸びているのも心強い。市場分断が起きることを懸念して一つの指標に絞ったというコメントも出されている。

使用期限は2024年9月となっているので、LIBOR公表停止の来年6月から1年3か月後ということになる。日本円のシンセティックLIBORは1年の期限だったと思うので、今月で使えなくなるが、一部を除いてあまり話題になっていない。気づかずにそのままになっている契約もあるのかもしれないが、ほとんどの銀行は当然期限を意識しながら準備をしてきたので、ほぼ問題はないだろう。英国ポンドの方は少し期限が長いが、1か月物と6か月物が来年3月、3か月物が2024年3月までとなっている。

USDシンセティックLIBORについては、今後10年間にわたり毎年期限を延長するオプションがついているが、この調子だと延長なく移行が完了する可能性が高いものと思われる。

それにしても日本ではターム物や先物の議論が盛り上がらない。このままでは、いずれも必要なしとなってもおかしくない程の進捗状況だ。TONA先物については、TFXが来年1月-3月の間に上場予定で、OSEは来年5月末の上場を予定している。

OSEに寄せられたパブリックコメントの内容が先週公開されたが、流動性が低い中複数の商品が上場することに対する懸念も寄せられている。確かに、市場分断が起きることを懸念して一つの指標に絞った冒頭英国のような例はあまり日本では見られない。日本では、金融のみならず、ニーズの応えるべく多くの商品をそろえる傾向があり、あまり標準化に重きが置かれない文化があるように思う。LCHなどのでも、極力流動性を集中させるために標準化したというコメントが聞かれるが、日本ではより多くのお客様のニーズに応えるために対象商品を拡げたというコメントが良く聞かれる。

一旦取引量が増えればそこそこ取引されるかもしれないが、今のところ高い期待は感じられない。金利も動くようになってきたことから今後の進展に期待したい。