英国当局レターから伺えるリスク管理高度化の方向性

英国中銀からのDear CROレターの内容についてもう少し考察してみる。Appendixには今後のリスク管理に重要な項目が列挙されているので、それを一つずつ見ていく。

カウンターパーティーリスクストレステスト

従来はポテンシャルエクスポージャー(PE)によるリミット管理が主流であったが、昨今の市場変動に際してPEでは不十分という意見が支配的となった。今回のレターで指摘されている通り、市場急変時の担保評価の変動によるリスクが十分に把握されていなかった。Adhocなストレステストや定期的なストレステストを行うところもあったが、それでは不十分とされている。こうなると日々数多くのストレステストを走らせる必要があり、それに応じてリミット管理を行うことがほぼ義務付けとなっている印象だ。2nd Line of Defenceがこれを管理すべきとあるので、信用リスク管理部等の第二線がこの役割を担っていくことになる。

集中リスク

顧客ごと、ポートフォリオごとの集中リスク管理が不十分と指摘されている。市場環境によっては流動性がないリスクについて適切なリスク管理やリミット管理ができるように、リスク管理を高度化させなければならない。

MPOR

古くて新しいトピックであるが、Margin Period of Riskがリスク管理上精緻に反映されていないという批判である。クローズアウトに時間がかかる場合、流動性に劣るポートフォリオの場合、非標準的な条項が入っている場合にはMPORを調整してそれが適切にPEなどのリスク管理指標に反映されていなければならない。

担保のヘアカット

担保の種類によって最低ヘアカット水準を2nd Lineが決めるプロセスができていない銀行があるとの指摘である。確かにレポのヘアカットなどは市場慣行で決まっている部分も多々あると思うので、フロントでヘアカットを決めてしまっているところもあるかもしれない。ここは以前から顧客交渉において非常に難しい部分はあったが、今後はある程度強く交渉していく必要があるのだろう。ただ、もう少し当局サイドからのPushがないと、大手アセマネやファンドの抵抗が予想される。少なくとも2nd lineが設定したヘアカットポリシーが必要とのことなので、銀行としては対応が必要となる。

顧客デューデリジェンス(新規、継続)

特に英国のLDIについての懸念なのだろうが、取引時にLDIファンドマネージャーの運用ファンドのリスクを、資産タイプごとに注意深く考慮していない銀行が多いとの批判である。ファンドのサイズやレバレッジ、流動性の違いに応じてリスクアペタイトを調整すべきとある。多くの銀行がこれができていないというのが若干驚きだが、特にLDIについてはこうしたリスク分類が不十分だったのかもしれない。運用資産の投資家にリコースがあるかどうかもきちんと把握すべきとあるが、これもファンドリスク管理の基本なので、もしかしたら中小銀行でこうしたプロセスがずさんなところがあったのかもしれない。

ファンドマネージャーの情報開示

こちらはアルケゴスに絡む問題なので理解しやすいが、NAV、流動性バッファ、レバレッジ、投資戦略などファンドの最新情報が常に把握できていないという批判である。担保が入ってこなかった時に迅速な意思決定を行えるように普段から情報収集を怠らないようにするのは基本である。通常はNAVトリガーをつけて定期的なディスクロージャーを義務付けているだろうが、ポジションが大きい先については頻繁な会話が必要となる。

オペレーション制約

ここからはオペレーションに関する問題になるが、まずは決済や担保プロセスのオペレーションについてである。ここでミスのないようにオペレーションの人材を増やすと書かれているわけではなく、オートメーションが重視されている点に注意が必要である。日本では、人員を増やしたり、ダブルチェック、トリプルチェックをすることによってミスを無くそうという考え方が支配的だが、海外ではすべてSTP化など、システム化によってミスに対応しようとしている。当然顧客によってゴールデンウィークにマージンコールを免除するなどといった特殊処理は不可能である。こうしたInefficiencyを極力なくしていくようにと主張しているようにすら読める。

マージンコール

担保コールやDisputeなどのプロセスがHighly Maualであることが問題視されている。ここでもAutomationが重視されている。市場急変によってマージンコールが増えれば、全てのリクエストを捌くことができなくなることが懸念されている。日本やアジアでは、巨額のマージンコールに応える場合には役員クラスの決済が必要といった話が聞かれる。当然データエラーがあるなら精査する必要はあろうが、マージンコールに決済が必要というプロセスは当局から見ればナンセンスである。本項目は「We expect firms to continue to focus on the automation of these margining processes.」 という一文で結ばれている。

担保に関する代替手段

市場急変時に緊急的にその他の担保を受け入れられるようにすべきという主張である。ここはおそらく手配済のところが多いだろう。

通貨スワップに対するリスクアペタイト

この後のいくつかの項目は省略するが最後にこの通貨スワップに関するコメントがある。ストレス時に対応できないほどの大きな通貨リスクを抱えている銀行があると書かれている。特にGeneral Wrong Way Riskを抱えた銀行に対する懸念が大きいようである。期間ミスマッチによりクローズアウト時にポジション解消ができないリスクが懸念されている。日本の顧客に対するドル調達の通貨スワップはまさにこれに当たるので、このポジションがあまり大きくならないように注意が必要というようにも読める。

このように、今回のレターはアルケゴスとはほぼ関係なく、銀行がさらにリスク管理の高度化をする際の指針が示されている。既に多くの銀行が対応を終えているか、進行中なので、アジアでも後れを取らないよう、リスク管理の高度化を加速させる必要があろう。