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某米系外資系投資銀行にて長年規制・市場動向を追っています。

CCPベーシスとは

数年前からLCH/CME、LCH/JSCCのような清算集中機関であるCCPの間の金利差であるCCPベーシスについては、このブログでも何度も取り上げてきたが、ここでまとめておさらいしておく。

LCH/CMEベーシス

ドル金利スワップマーケットはディーラー中心のLCHとバイサイド中心のCMEに分かれていた。当初はCMEの方が当初証拠金(IM)が低く、先物と金利スワップのリスクオフセットを認めるクロスマージンが可能といった理由から投資家に選好されたが、このインバランスからLCHの金利とCMEの金利が異なるようになった。その裁定機会を捉えるため、バイサイドがLCHに参加したり、ディーラーがリスクの偏りを減らすためにSwaptionや清算集中規制対象外の取引を利用することによってその偏りを減らす努力がなされてきた。一部ベンダーもSwitch Tradeと称してCCPベーシス削減の提案を行っている。

バイサイドクライアントの参加率が高いCMEにおいては、クライアントは固定クーポンの社債のヘッジのため、固定払いの金利スワップを取引することが多い。つまりCMEで固定を払うため、ディーラーサイドはCMEからの固定受けが増える。ディーラー間でのヘッジはLCHで行われることが多いため、CMEから固定受け、LCHに固定払いのスワップが多くなる。この取引が溜まるとLCHとCME両方に当初証拠金の拠出が増え、担保拠出コストが高まる。これを解消するためにCMEでなら高いレートを払ってでも固定払いをしたいし、LCHなら低いレートでも受けたくなる。そして、CMEの金利がLCH金利より高くなり、CCPベーシスが生まれる。

これが拡大するにはいくつかの要因があるが、CMEでの受けニーズ、LCHでの払いニーズの拡大の他、ディーラーのファンディングコストの上昇、CCPのマージンの変化なども影響する。

2020年、LCHのクライアント向け当初証拠金の変更があったが、同時期にCCPベーシスが縮小したことがある。米国の場合は顧客もLCHでクリアできるので、もしかしたら、このIM増加を受けて、一部のクライアントがCMEにシフトさせたことがCCPベーシスに影響を及ぼしたのではと言われた。

LCH-JSCCベーシス

同様のベーシスは日本円についても起きている。日本においては邦銀のALMの受けが多い。したがって、必然的にJSCCに対する払いが多くなり、そのヘッジとしてLCHからの受けが多くなる。そして、日本特有の問題として、日本の市場参加者がLCHで円スワップを清算できず、米国の参加者がJSCCに参加できないという制約が加わる。

LCH-CMEベーシスと同様、このポジションが溜まってくると当初証拠金が増えるので、JSCCに対して払いたくない、LCHから受けたくないというインセンティブが働く。そしてJSCCへの払いにチャージをかけるトレーダーが増え、本来より低い金利でクォートされる。そしてJSCCの金利が低下し、LCHの金利が上がる。そして2018年1月頃にLCH-JSCCベーシスが急上昇した。その後は、CFTCから米国顧客がJSCCに参加するのを許容するような発言が出るたびにベーシスが縮小した。また、米国以外のヘッジファンド等がJSCCにクライアントクリアリングを通じて参加し始めたのも大きい。

ただしLCH-JSCCベーシスの場合は、必ずしも国内の受け手が多いから動くのではなく、海外投資家が大きな取引をする際にLCHサイドの金利が動いてベーシスが変動することも多いように思う。近年は、一時のようなアンバランスが少なくなり、ベーシスはゼロ近辺で落ち着いている。

米国顧客のJSCC参加については、2020年に一旦見送られた形なったが、その後もCFTCは前向きな発言を続けている。以下の二つの方法のうち、JSCCの場合は米国への影響が限定的という条件のもと②を適用しようというものだ。

①代替的コンプライアンスを利用したDCO登録:米国DCO登録は行うが、自国規制に従いつつ、米国FCMを通して米国人にクリアリングサービスを提供

②Exempt DCO:DCO登録をせずに、米国FCMではなく、国内のディーラーを通じて、自国の規制のもとで米国人にクリアリングサービスを提供

CCPベーシスが完全に消滅するとは思えないが、昨今の流れを見ていると2018年1月のようにベーシスが10bpを超えて拡大するようなことは起きにくくなるだろう。ベンダーが提供し始めた当初証拠金最適化サービスもベーシスの縮小に寄与するかもしれない。市場の流動性向上のためには、こうしたベーシスによる市場分断は極力存在しない方が望ましいので、昨今の動きは大いに歓迎したい。

G-SIBsとは

G-SIBsとはGlobal Systemically Important Banksの略で、「グローバルなシステム上重要な銀行」と訳される。ジーシブ、ジーシブズなどと発音される。世界経済の金融システム上の重要度が大きい銀行がG-SIBsとして認定され、追加の資本積み立てを求められる。なお、国内のシステム上重要な銀行はD-SIBs(Domestic Systemically Important Banks)と呼ばれる。

G-SIBsのリストは、FSB(金融安定理事会)が毎年公開するが、2020年版では、重要度の高いバケット5とバケット4に区分される銀行はゼロとなっている。このG-SIBsが実務上なぜ重要かというと、G-SIBsスコアが高くシステム上重要と見なされると、追加資本が要求されるからである。追加資本が必要になるということは、極力G-SIBsスコアを下げるインセンティブが働くため、スコアの上がりやすい取引に制限がかかり、市場流動性が逼迫する可能性があるということである。特にG-SIBsスコアの計算時点付近では銀行が取引を縮小するということが問題視されたこともあった。

2020年のG-SIBsスコアは以下の通りで、上位3社がスコア330点以上ということでバケット3に分類されている。追加の資本バッファは2.0%となる。バケット2は230点以上330点未満で、邦銀1行を含む8行が入っている。追加資本バッファは1.5%である。その下の230点未満はバケット1で追加資本バッファは1.0%である。230点、330点といった閾値を若干上回っている銀行には、スコアを下げてバケットを一つ下げようというインセンティブが働くためか、閾値をぎりぎり上回る銀行が少なくなる傾向がある。

https://www.financialresearch.gov/bank-systemic-risk-monitor/

G-SIBsスコアの変化を見るとここ数年の間に欧米行がスコアを下げている一方、日本と中国の銀行がスコアを上げている。これは、単純にこうした銀行のプレゼンスが大きくなっているという理由の他に、欧米銀行がスコアの削減努力を続けているのも大きいものと思われる。デリバティブ取引のコンプレッションにしても欧米の方が熱心である。JPM、HSBC、BNP、Barclays、Deutscheなどは軒並み1ランク下のバケットに下がっている。

https://www.financialresearch.gov/bank-systemic-risk-monitor/

2019年のデータではあるが、スコアの構成を見てみると、Sizeにおいて欧米行のスコア削減が目立つ。時系列に見ても、欧米行が横ばいを維持する中、日本と中国の銀行の規模スコアが急激に上昇している。

https://www.bis.org/bcbs/gsib/index.htm

もう一つ注意が必要なのは、このスコアは相対的なものということである。つまり自分がエクスポージャーを増やさなかったとしても、他行がリスク削減を進めれば、自らのスコアが相対的に上昇してしまうということである。欧米行がバランスシート削減を進めているために、日本や中国の銀行のスコアが上がってしまっているということもあるのかもしれない。

ただし、米国の場合はバーゼルのMethod 1に加えて、FEDのMethod 2による評価が加わる。そしてMethod 1と2の高い方のスコアが最終的に適用される。Method 1は相対指標であるのに対し、Method2は絶対指標である。つまり、すべての銀行が規模を増やせばMethod 1のスコアは一定であるのに対し、Method 2ではスコアが全員上昇してしまう。そして、このMethod 2のスコアは四半期末に計算されているが、追加資本の判定においては12月31日の値のみが使われるため、銀行が年末にバランスシートを縮小させるインセンティブにもつながっている。これを、これを一時点ではなく四半期の平均に変更するという検討も続けられている。

グローバルで重要な銀行などに認定されるのは、実は名誉なことでも何でもなく、リスクが高い銀行として資本の積み増しが求められることを考えると、このスコアを意識した経営も今後は重要になってくるだろう。

SLRとは

米系金融機関ではSLRという言葉で通っているが、日本語では補完的レバレッジ比率と訳される。金融危機時に、リスクベースの内部モデル方式のもとで、レバレッジを積み上げる金融機関が苦境に陥ったことから、バーゼルIIIでバックストップとしてレバレッジ比率規制が導入された。バーゼル基準では最低3%が求められていたが、米国SLRでは大手の銀行持株会社に対して5%、預金取扱銀行に対して6%の最低基準維持が求められている。

バックストップということなので、あくまでもリスクベースの自己資本比率がメインであり、モデルを変えることによって銀行がひそかにレバレッジを積み上げるのを防ぐために作られたはずなのだが、このSLRがビジネスを縛る最大の制約(Binding Constraints)になっていると批判する声が頻繁に聞かれた。リスクベースとは、簡単に言うと、国債のような低リスク資産とジャンク債のような高リスク資産の区別をするということである。レバレッジ比率はリスクに関係なく同じ扱いになるので、非リスクベースの指標とも言われる。

コロナショックを受けて2020年3月に、米国債と準備預金をレバレッジエクスポージャーから除外するという1年間の条件緩和が行われたが、この時限措置が延長されるるかどうかが、マーケットでかなりの注目を集めた。この時限措置は銀行の融資や国債保有に対するスタンスを変えたと評価されており、SLRがいかにビジネスの制約となっていたかということが証明された。結局この時限措置は延長されず終了したが、大手銀行はこれによってSLRが1%弱低下した。逆に言うと、ルールを若干変更することによって金融機関の行動や市場の流れを変えることができるということでもある。

日本においてもレバレッジ比率の計算から日銀準備預金が一時的に除外され、2021年3月には更に一年延長された。バーゼルの分析によると、日本と米国においては、この一時的条件緩和が銀行のレバレッジ比率を1%程度押し上げたとのことだ。バーゼルもレバレッジ比率規制が危機時にビジネス制約となることを認めており、一時的な条件緩和に一定の効果があったと評価している。

計算式はティア1資本をレバレッジエクスポージャー額で割ったものである。レバレッジエクスポージャーは、ローン、国債や社債、デリバティブやPFEのエクスポージャーから構成される。デリバティブやSFTに限って言うと、取引の時価がプラスであればそれがオンバランス項目に含まれるが、現金担保を受け取っていればその分がオフセットされる。ただし、JGBを担保に受け取っていたり、受け入れた担保を信託銀行等に分別管理しているとオフセットが認められない。将来的にプライスが悪くなることがあるので、これらの条件はCSA締結時に考慮しておかなければならない。プライシングと切り離して契約条件だけを有利なものにしようとすると後で不利になる。オフバランスのデリバティブPFEは想定元本に一定の掛け目を掛けたものとなる。

デリバティブのエクスポージャーはカレントエクスポージャーに倣って計算されるため、RC+PFEとなっているRCはReplacement Cost、つまり再構築コストとなり、取引の時価と同義になる。PFEはカレントエクスポージャー方式の計算と同様想定元本に一定の掛け目を掛けたものになる。掛け目はAdd-on Factorと呼ばれ、以下のように決められている。

IRSFX/GoldEquity金以外の貴金属その他コモディティ
1年未満0.0%1.0%6.0%7.0%10.0%
1年超5年未満0.5%5.0%8.0%7.0%12.0%
5年超1.5%7.5%10.0%8.0%15.0%

SLRの最低基準を満たすため、銀行は米国債の保有額を増やさないようにしていたが、コロナ禍の条件緩和後は一時的に米国債保有を増やした。しかし、一時的条件緩和の打ち切り後は、思ったほど米国債は売られず、逆に国債利回りは低下した。銀行サイドの準備ができていたことと、同時にアナウンスされたSLRのルール見直し着手に対する期待もあったようだ。

通常自己資本比率というと、銀行の財務部門等が集中的に管理することが多いが、このSLRは、現場のトレーダーですらある程度プライシング時に考慮を入れる指標になっており、それだけマーケットインパクトが大きい。SLRの見直しや条件緩和が大きな話題になることから、引き続き重要な指標の一つであり続けるだろう。

CCARとは

Comprehensive Capital Analysis and Reviewの略で、日本語では包括的資本分析およびレビューと訳される。通常シーカーと発音する。米国の大手銀行を対象としたストレステスト制度で、金融機関が深刻な経済ショックに対処するのに十分な資本を持っているか、資本計画に実効性があるかをレビューする。

連結総資産 500 億ドル以上の 銀行持ち株会社(BHC) を対象に、年 1 回実施されている。これで資本が不十分と評価されると、資本の積み増しが要求されるほか、資本計画が承認されないと、配当の支払いや自社株買いなどが制限されるので、各金融機関ともかなりのコストをかけて準備をしている。

CCARでは、規制当局が設定した3つのシナリオに基づいて、自己資本の充分性を検証することが求められる。シナリオは、毎年FRBが公表するBaseline、Adverse、Severely Adverseの3種である。これらのシナリオに加え、各銀行が独自に作成したシナリオに基づく収益、損失、引当金、自己資本比率の予測を含む分析結果をFRBに提出し、その結果は6月末までに公表される。

デリバティブポートフォリオの場合、極端にストレスのかかったSeverely Adverseシナリオと言うと、株価が大幅に下落し、金利、為替が急変動し、ボラティリティが急上昇するようなシナリオが想定されることが多い。しかし、このようなシナリオ下で本当に損失が出るのだろうか。特にマーケットメイクを主体とする証券会社では、リスクを一方向に傾けることは少なく、単にいつも株式や国債を抱えているわけではない。当然マーケットが急変すればヘッジ取引もする。通常オプションの買いポジションを持つことが多いオプショントレーダーなどは、市場変動が激しくなれば巨額の利益を出すことも多い。

デリバティブポジションのCCARの計算は、一定の基準日時点のポートフォリオをベースに行われる。通常10月とか11月に基準日が決められることが多いので、その基準日時点ではあまり大きなリスクを持ちたくないというインセンティブも働く。

そして、実際の取引に最も影響のあるのがカウンターパーティーデフォルトシナリオだろう。デリバティブポジションにレポや証券貸借のポジションを加え、最大の損失を発生させるカウンターパーティーの潜在的なデフォルト損失を報告しなければならない。この最大損失を発生させるカウンターパーティーは、ネッティング、担保を考慮した上で、基準日時点のマーケットショックを適用した場合の損失額によって決められる。

したがって、例えば10月18日に基準日が設定された場合は、10月18日にカウンターパーティーがデフォルトしたという前提で、10月18日のポジションにストレスをかけて損失額を計算する。当然一方向にポジションが偏ったカウンターパーティーが最大損失を発生させることが多く、生保などのリアルマネーやポジションの大きな銀行が入ってくる可能性が高い。一方向という意味では日本のカウンターパーティーが入る可能性もゼロとは言えない。

このシナリオは毎年変わる上、方向すら変わることがある。つまり、ある年は為替が円高方向に10%動くというシナリオだったものが、次の年には円安方向に20%動くというシナリオに変わることだってある。また、シナリオも金融機関で独自に設定するものもあるため、単にFRBのシナリオだけに対応すればよいという訳ではない。

したがって、金融危機時には円高になることが多いからと、円高時にエクスポージャーが大きくなるようなポジションを減らせばよいかというとそうでもなく、極力バランスの取れたポートフォリオを持っておく必要がある。おそらくアルケゴスのような偏ったポジションを持っている場合は、ここで最大のエクスポージャー先になる可能性が高く、その意味では、リスクの集中を避ける一つの規制上のツールということもできる。いくら有担保取引とは言え、あまりに偏ったポジションを一社に対して持つ抑止力になるということである。

ストレステストは単なる規制対策というよりは、このように日々のトレーディング業務に大きな影響を与え始めている。CCARを計算する専門部隊だけではなく、現場のトレーダーですら、CCARを気にしながら取引をする必要がある。

XVA Deskの役割ーCS/アルケゴスの教訓から

CSのレポートで、アルケゴス関連損失から学んだ教訓として、XVAについての言及が複数見られた。まずは、以下の部分に注目すると、RWAを減らすヘッジ取引を行うためにチャージをしているとある。これはKVAをチャージしているということを意味している。VMとIMを徴求しているのでCVAは少ないだろうが、資本コストを取引に乗せているということである。

We note that CS’s XVA group charges the businesses to hedge risk to counterparties in order to reduce the business’s RWA.

次に以下のコメントを見ていくと、CSはアルケゴスを参照するCDSを買っていたようだ。

CS also had an XVA group—a hybrid market and credit risk function that had purchased credit protection on Archegos (as well as a large number of other derivatives counterparties)—but its remit was limited.

そして、以下のように、2017年以降、KVAが四半期ごとにレビューされ、ヘッジされていたとある。

These hedges are put on and reviewed quarterly, and Archegos was part of this hedging exercise since 2017.

しかし、RWAヘッジのためのCDSは一銘柄約$20mmだったとある。2つのプログラムで$43mmのヘッジとなっている。

However, there was a limit (generally around $20 million) on the amount of credit default protection for any single counterparty involved in any one hedging program. During the relevant period, XVA had put in place hedges related to Archegos in two different hedging programs for a total of approximately $43 million in notional value.

つまり、変動証拠金と一定程度の当初証拠金を取っていたため、CVAの観点からはチャージをする必要がなかったが、RWAが膨らんだため、取引コストをチャージした上で、何らかの形でCDSを買ったようだ。アルケゴス社のCDSが市場でActiveに取引されていたとは思えないが、おそらく別の市場参加者と何らかのカスタマイズされたProtectionを組成したのだろう。

そしてこのヘッジコストを賄うため、取引価格に一定のチャージをしていたと思われるが、通常このようなチャージをすれば、プライスが悪いと文句を言われる可能性が高い。それでも最終的にCSに取引が集中していたということは、他社も同じようなチャージを掛けていたか、あまりにもCSの求める担保が少なかったため、ある程度のプライスの悪さには目を瞑ったということなのだろう。

XVAトレーダーの感覚からすると、通常チャージを増やしても取引が行われるというのは一つの危険信号である。そして相手の破綻確率を上げてチャージを徐々に増やしてみると、何となく他社対比のリスクがつかめる。このチャージからMarket Impliedのデフォルト確率を逆算することもできる。いずれにしても、従来の審査部、フロントリスクによる2線管理よりは、XVAデスクのスキルを利用すれば、更に危険信号を早めにキャッチすることが可能になる。

これに関しては、CSの調査委員会は以下のようにまとめており、XVAデスクの機能拡充と更なる関与が求められている。

Given the counterparty management expertise in CS’s existing XVA group, CS should increase the role that function plays to improve CS’s overall counterparty risk management.

各銀行ともこのCSのレポートを分析して、自分の組織に活かせないか詳細なレビューをしているものと思われる。おそらく今後のカウンターパーティーリスク管理においてはXVAデスクの役割が強調されていくことになるだろう。

Three Lines of Defenceとは

リスク管理態勢を語る時に必ず言われるのがThree Lines of Defenseである。2010年頃から各種ペーパーが出され、金融機関内部でも話題になり始めた。2010年9月に出されたGuidance on the 8th EU Company Lawや2013年1月のIIAのPosition Paperが有名だ。

日本語では3つの防衛線、3つのディフェンスライン、3線管理と言うことがあるが、簡単に言うと、現場、管理部門、監査部門の3つのラインによるリスク管理である。外資系だと、Front、Middle、Internal Auditと呼ばれる。日本ではFist LineとSecond Lineの中間の1.5線という言葉が使われることがある。

First Line: フロントの現場でセールス・トレーダーと緊密な連絡を取りながら、リアルタイムでリスク管理を行う。マーケットリスクやカウンターパーティーリスクを管理する担当と法的リスクを見る担当に分かれている。

Second Line:いわゆるミドルオフィス。審査部門、市場管理部門、法務コンプライアンスなど、フロントとは独立したラインでリスクを管理する。

Third Line:上記二つのラインの有効性について、独立した立場から監査を行う。

旧来日本では第一線という概念があまり意識されてこなかったので、最初にこの考え方に触れた時は少し戸惑ったが、スピードの速い金融リスク管理においては、現場と離れたところで静的な管理を行っていても効果がないため、デリバティブリスク管理では特に重要な機能である。逆にローンのリスク管理の場合は、法的リスクを除くと、こうした一線管理の必要性は少なくなる。

前述のペーパーによると、First LineはリスクをOwnし、Manageするところとされている。収益部門だからと言っても、顧客のデフォルトによって損失が発生したら、リスク管理部門の責任になるだけでなく、収益部門のヘッドの責任にもなる。したがって、2線にすべてを任せるのではなく、1線で常にリスクに目を光らせて置く必要がある。もう一つ1線ではリスクヘッジが可能である。審査部でCDSを買ってリスクヘッジをするという話はあまり聞かない。これは主にXVAデスクの範疇になり、XVAデスクは1線に位置している。

例えばあるヘッジファンドが巨額損失を出してポジションを解消し始めているらしいという情報は、まずはフロントのトレーダーだったり、セールスから入ってくる。そのポジション解消によってマーケットが動いているという動きは2線でつかむのは難しい。この情報は1線のリスクマネージャーに直ちに伝えられ、しばらく取引を制限したり、Novationのリクエストに目を光らせておくといった措置を取る。2線には、NAV情報等が集約されているので、この段階で1線のリスクマネージャーと2線(審査、信用リスク管理部)で議論が行われる。そして担保授受、資金決済等のモニタリングを強化し、突発事象に備えることとなる。そして、担保条件の見直し、当初証拠金の引き上げ、一部解約等を検討する。

バーゼルのペーパーでは、この3線管理が機能しない事例として以下の3つを挙げている。

1線のインセンティブメカニズムの機能不全

3線モデルで最も重要なのは1線であると言う専門家が多いが、リスク管理の目的は、会社に十分な収入と利益をもたらすというフロント部門の目的と相反する場合がある。クレディスイスのアルケゴスレポートで明らかになったように、収益をもたらしてくれる顧客に対しては1線のリスクマネージャーが強く出れず、担保条件の改善が遅れ巨額損失につながった。また、コスト削減によって適切な1線のリスクマネージャーが確保できなくなったというのも典型的な失敗例だろう。

2線の独立性欠如

2線は通常取締役会に形式上レポートしているものの、日々のリスク問題に関しては上級管理者にレポートしていることが多い。この上級管理者がリスクより収益を重視したり、フロントの立場が強くなってしまうとリスク制御が効かなくなる。

2線の知識・経験の欠如

複雑な商品の取引承認等で、2線のスキル不足からフロントに丸め込まれてしまうリスクである。報酬面の問題もあり、往々にしてフロント部門にこうした商品やマーケットの知識が豊富な人材が集まりやすい。フロントのトレーダーの疑わしいポジションが2線で見つけられないという事例も多発している。

内部監査部門による不十分で主観的なリスク評価

2線のスキル不足と同じ問題が3線にも当てはまる。知識と経験がないと的外れなところの分析ばかりを行うことになってしまう。過去の巨額損失事例を見ても3線が前もってリスクを指摘したり、それが損失を防いだという事例があまり見られない。

以上述べてきたリスクは主にポジションのリスクやカウンターパーティーリスクに関するものとなるが、他にもReputation Risk、Fraud Riskなどのコンプライアンスに関するリスクもある。市場操作のようなトレーダーの行動のモニタリングもこの範疇に入る。トレーディングフロアと遠いところで監視をするのは難しいので、フロントにリスク管理者を置いてモニタリングしようというのが、当初の目的だった。

しかし、金融危機以降の規制強化によって、金融機関運営があまりに保守的になってしまったため、ビジネスとリスク制御のバランスを取るために、フロントにリスク管理者を置くようになったという側面もあるかと思う。現場に近い人間をこのポジションにつけることにより、2線のスキル不足問題の解消を図れるという側面もある。また、金融規制があまりにも複雑になってしまったため、新商品開発、通常のトレーディングにおいても規制の知識が必要になってきた。ある程度ビジネスを進めるというインセンティブを持ちながら、円滑に取引が行われるような支援をするという意味で、法的知識を持った人材がフロントに増えている。

アルケゴス破綻に見られたようにこの3線管理が破綻すると、組織を揺るがすほどの損失が発生することがある。3線リスクがうまく機能しているかどうかは、常に確認していく必要がある。

LIBOR移行UPDATE

8/2から始まったTONA First一週目、取引量の少なさからよく分からない状況ではあるが、いつものようにJSCCのデータを確認してみる。

https://www.jpx.co.jp/jscc/toukei_irs.html

これを見る限り、既にOISが主流になっていると言っても良いように見える。現場の感覚としても既に標準スワップと言えばOISになっている。予想通り動き出したら早いという状況になった。

7月までであるが、月次のデータを見てみると、着実に7月にLIBORからのシフトが進んでいるのがわかる。LIBOR関連取引の割合が半分近くまで減り、ついにOISが3割近くに増えている。

https://www.jpx.co.jp/jscc/toukei_irs.html

来月に同じグラフを作成してみると、おそらく8月はにはLIBORが2,3割に減っていることだろう。ヘッジの手間から通貨スワップも移行したいという意見も増えてくることが予想される。

アルケゴス破綻に学ぶリスク管理

Static Margin(固定された当初証拠金)

通常プライムブローカー顧客とは、リスク、ボラティリティ、集中リスク等を加味して柔軟に当初証拠金を変動させるDynamic Marginingが行われるのが一般的だが、Archegosに対しては、想定元本の20%のように、取引開始時に決められた固定金額を使っていた。OTCデリバティブでは、このような当初証拠金の設定方法はそれほど珍しい訳ではない。証拠金規制上はEquity Swapに関しては15%のマージンが標準となっているが、これもある意味Staticである。SIMMはある程度Dynamicと言えるが、現物株と一緒に担保管理をするプライムブローカーリスクには向かない。

2019年までは、デリバティブが中心と思われるSwap中心のPrime Financing Portfolioに対して15-25%、現物株中心のPrime Brokerage Portfilioに対しては15-18%の当初証拠金を取っていたということなので、極端に担保が少ないという訳ではなかった。ここでArchegosから、他の銀行は少ない担保で現物とデリバのオフセットを認めていると主張され7.5%への引き下げを認めてしまった。こうなるとStatic Marginは妥当ではないので、その段階でDynamic Marginに変えるべきだったのだろう。個人的にも経験があるが、ヘッジファンドというのは往々にして一つの銀行のマージン引き下げに成功すると、それを突破口にすべての担保を引き下げにくる。また、実際に引き下げていない段階でも、他社はもっと担保が少ないと虚偽の申告をするところすらある。

往々にしてこういう時は、後発組だったり、立場の弱い銀行が条件緩和に応じてしまい、Race to Bottomと言われる現象が起きる。一定の水準を超えた時にはこのマージンを引き上げる権利を契約上入れたとのことだが、顧客関係を考慮しがちなので、こうした契約は意味がない。逆にいつでもマージンの引き上げができるから安心といって、条件緩和を受け入れてしまう危険性があるので、実効性のないセーフティーネットは百害あって一利なしだと思う。そして所要担保の少ないCSにデリバティブ取引が集中してしまった。現物とヘッジがオフセットしなくなる時期でも、当初証拠金の水準が見直されることはなかった。Archegosサイドにも再三ミーティングを依頼してはいたようだが、いつも直前でキャンセルされたとある。いかにもありがちと言った感じだ。

与信枠問題

PEリミットやストレスロスリミットを超えていたにも拘らず、それに対処せず、リミットを上げ続けたのも大きな失敗だ。PEリミットが$2mmから$8mm、そして$20mmと上げられたが、2020年8月にはPEが$530mmになったと書かれており、こうなるともうリミットの意味はない。2021年1月に内部格付をBB-からB+に下げたにもかかわらず、PEリミットが$50mmに増やされている。2021年は年間$40mm程度の収益が見込まれたということなので、収益と顧客関係を重視してしすぎてしまったのだろうか。

ストレスエクスポージャーも$250mmの枠に対して、2020年7月には$828mmになったというから驚きだ。2021年1月の格下げ後にはこちらもなぜか$500mmにリミットが増えている。しかしストレスエクスポージャーが週に一回しか更新されないというのもお粗末だ。

ArchegosもオフセットするIndex Shortを加えたとあるが、ここまで少数の個別株をスーパーロングにして、QQQなどのETFをショートするのが完全にオフセットとは言えない。しかも2年スワップで7.5%の当初証拠金で新規取引を続けている。

通常ここまでの枠超過が許容されることはないはずだが、なるほどと思ったのがPEモデルの変更である。モデルが変更されPEが多めに出るため、信ぴょう性がないということでリミット超過が許容されてしまった。複雑なモデルを開発するのは良いが、それが簡単に説明できないと数字自体が信頼できなくなる。このような環境下では、リミット超過が許容されやすくなるので、直ちにモデルの改善が必要である。また複雑すぎて説明ができないモデルよりは、単純明快なモデルの方がリスク管理には適していると思う。

リスク管理の役割分担

現在のリスク管理はFirst Line of Difenceから始まりSecond、Thirdと階層を分けるが一般的になっている。まずはフロントのFirst Line、そして審査部、市場リスク管理部というSecond Lineがあるが、First Lineが最も難しい(ちなみにThird Lineは監査部門)。First Lineはフロントに位置しているので顧客ポジションをリアルタイムに把握でき、トレーディングにも近いので、経験のあるリスクマネージャーが担当すればかなりの効果を発揮する。

カウンターパーティーリスクについてはXVAデスクが管理をすることが多い。今回のようにセールスヘッドがRisk Headになるというのは極端な例だが、本当にリスクマネージャーにふさわしい人材がFirst Lineを担当しているかは疑わしいケースが散見される。ある程度シニアでなければならないし、リスクのみならず契約、資本規制、ポジション清算、担保管理などに精通していなければならない。やはり一番この分野で専門性を持っているのはCSのレポートにもあるようにXVAなのだろう。ちなみにXVAデスクは$43mmのヘッジ取引を行っていたようである。全体の損失に比べれば微々たるヘッジ効果しかなかったが、一応有担保取引ではありながらリスクは認識してヘッジ取引を行っていたようである。

さすがにここまでポジションが大きくなってくると、当然資本賦課にも跳ね返ってくる。ただし、RWA削減のためにポジションを減らすより、Entityの付け替えによってその場を凌いだのみであった。XVAデスクがKVAも含めてチャージをしていれば、もう少しリスクを抑えられたのではないだろうか。セールスも取引を抑えると言われれば抵抗するが、リスクが大きく資本コストがかかるので、チャージが必要と言われれば、断りにくくなる。

リスク文化

収益重視の文化というのはいつの時代でも問題になる。今回もPSRと言われるフロントのリスク部門は収益重視のあおりを受けて人員削減を余儀なくされており、経験のないリスク管理者ばかりとなっていた。そして、一部のシニアマネジメントがダブルハットといって複数の業務を掛け持ちしており、とてもリスク管理に集中できる環境にはなかったようだ。

やはりリスク感覚を持ったに人間がフロントのシニアなポジションにいるのは重要である。特に組織の上に行くのは、トレーディングで名を上げた人やセールスだったりする。外資系ではリスクの人がフロントのトップになることは少ない。トレーダーがトップになる場合はまだリスク感覚があるが、セールスが組織のヘッドになる場合は顧客関係を重視しがちになる。最近ではフロントにリスク部門を置くことが多いが、時節柄リーガルリスクがメインになることが多く、法的リスクにフォーカスが充てられていることが多い。フロントにリスク文化を根付かせるのは極めて重要であり、XVAデスクの役割も大きい。

Compliance Risk

レポートの中にはArchegosが過去に当局から制裁を受けていた点も詳述しているが、このリスクに対してはどこまでチェックをすべきだったのかは正直疑問である。過去に疑わしい取引をしたのは確かにRed Flagだが、一度問題があったら一生終わりというのも難しいし、結局数多くのディーラーとも取引を継続していた。当然一定の精査は必要だが、結局はそのリスクをどう管理するかが重要で、本件の場合は、ポジション集中に応じてきちんと担保を取っていくプロセスだったと思う。

アルケゴス破綻の教訓

3月に破綻したアルケゴスの$5.5bn lossについての調査レポートが発表された。165頁の大作だが、興味深く一気に読んだ。リスク管理に携わる人にとっては必読のケーススタディだろう。ここまであからさまにすべてをさらけ出すというのもすごい。レポートの中では個人名は出ていないものの、その後の報道では登場人物の名前がすべて明らかにされている。様々な問題点が指摘されているが、個人的には審査部の若手の以下のコメントがすべてを集約しているように思う。

“Where am I going with this? All of the people that I would trust to have a
backbone and push back on a coverage person asking for zero margin on a heaping pile are gone. The team is run by a salesperson learning the role from people that do not include the folks I listed above. I don’t consider PS Risk the best first line of defense function anymore.”

フロントでリスク管理をするFirst Line of Diffenceが全く機能していない。担当者の事故死という不運も重なったものの、リスク管理の人員削減とJunoirizationによって、収益がリスクに優先してしまったという典型例である。もともとArchegosを担当していたカバレッジセールスをリスクのヘッドに就任させるというのもセンスがなさすぎる。

もう一つ重要だと思ったのは信用リスクと市場リスクの分断だ。審査部はカウンターパーティーの信用力は取引戦略については詳しいが、その市場リスクについては市場リスク部門の範疇になる。しかし、このアルケゴスのようなデフォルトになると、信用リスクと市場リスクの両方に精通した人材が必要となる。信用リスクに懸念があるなら、カウンターパーティーにヘッジを促すか、自らヘッジ取引を行う必要がある。審査部には自らヘッジをする機能はないので、そこはXVAデスクの範疇となる。

本来はフロントのリスク部門がきちんと管理をすればよいのだろうが、審査部、市場リスク管理部、フロントリスク、XVA、資本賦課を見る部門と責任の所在があいまいになっていたがために、ここまでの巨大エクスポージャーを負ってしまった。

最終的には9人の解雇と$70mmに及ぶ金銭的ペナルティという責任が課せられている。これは日本で行われる減俸なんて甘いものではなく、既に払われたボーナスの返還も含まれている。リスクに携わる人間にとっては非常に大きな警告だ。

なお、この報告のRecommendationとして、XVAデスクの機能拡充が唄われているのが興味深い。アルケゴスのような当初証拠金を取る会社についてもCVAを計算すべきと書かれている。確かに証拠金の充分性の検証、資本賦課の最適化、デフォルトまでのプロセス管理、契約面、ポジションのクローズ、ヘッジ取引の執行などのすべてのExpertiseを持っているのはXVAデスクである。これからはますますXVAの重要性が高まっていくのだろう。

TONA FIRST開始

昨日7/30、TONA Firstにより、スワップの気配値提示がTONAベースに切り替えられた。ディーラー間市場の円LIBORの気配値が一斉に停止され、スワップと言えばTONAスワップを指すようになった。というより、このシフトは少し前から始まっていたので、特に昨日に大きな変更があったという感じはしなかった。

JSCCのデータを見てみる。

OIS関連取引の割合は50%に近づき、LIBORの比率が直近数日は3割強となっている。7月に入って完全に流れがOISに移ってきたという感じだ。

この気配値提示の変更の意味するところだが、今後LIBORスワップを行いたいというときは、まずOISスワップを行い、LIBOR/OISのベーシススワップを行うことになる。これまで固定 vs LIBORの一つの取引だったのが2取引に分かれることになる。当然想定元本が増えるので、レバレッジ比率が上がり、資本賦課が上昇してしまう。コストが高いということはLIBORスワップのb/oがワイドになるということを意味する。

そうなるとLIBORスワップを行おうという人は少なくなり、一気に移行が加速すると思っている。

通貨スワップについては9/21というターゲットが全世界的に意識されているが、ヘッジで使う金利スワップがRFRに移り始めると、通貨スワップも早めの移行を進めるところが出てくるかもしれない。

選択権付債券売買取引とは

日本には選択権付債券売買取引というものがある。これは債券のオプション取引なのだが、日本では債券売買の一種として扱われる。JSDAの定義を見ると以下のように書かれている。

「当事者の一方が受渡日を指定できる権利を有する債券売買取引であって、行使期間内に受渡日の指定が行われない場合には、当該債券売買取引の契約が解除されるもの。」

あくまでもオプションとは書かれておらず、債券売買取引とされている。ターバイ(ターゲット・バイイング)やカバコー(カバード・コール)のように、債券売買時の戦略として使われることも多いからだろうか。ターバイは、ここまで価格が下がったから債券を買う、カバコーは、ここまで上がったら利益確定する時には便利である。要するにターバイはプットオプションの売り、カバコーはコールオプションの売りである。

実務上は債券店頭オプション取引、国債店頭オプション取引、あるいは簡単にJGBオプションと呼ばれることが多く、法務部門以外で選択権付債券売買という言葉を使う人は少ない。ほとんどが日本国債を参照する取引だが、地方債や社債にも使える。

基本的にはオプション取引と同様に条件を決めるが、取引期間は最長で1年3か月とされている。オプションであるにもかかわらず債券売買とされているため、社内のシステムや帳簿管理上は通常のオプションと異なる扱いをしている金融機関が多いものと思われる。詳細はJSDAの規則を参照頂きたい。見事にオプションという言葉が使われていないが、選択権という言葉がオプションを表す訳語として使われており、コール、プット、インザマネー、行使期間というオプション用語が並ぶ。契約も別途用意されるのでISDAマスター契約にも含まれない。

売買証拠金の受入れという条項があり、オプションの買い手は担保を取るとされているが、相手方が特定投資家の場合はこれが免除されるので、ほとんどの取引は無担保で行われている。つまり、性質的にはデリバティブ取引でありながら、証拠金規制の対象外となり、無担保取引がほぼ標準のような形で運用されているというのが実態である。期間が限定されているからカウンターパーティーリスクは大きくないのだが、大手金融機関が無担保で取引ができる稀有な、日本独自の商品となっている。

スワップなどのデリバティブ取引と選択権付債券売買取引を行った場合は、契約上のネッティングができないことになってしまうが、選択権付債券売買取引ではなくISDAマスター契約の下で行うBond Optionとして、ネッティングやCSAの対象とすることも可能である。カウンターパーティーリスクが気になる場合はBond OptionとしてISDA/CSAの下で取引をすれば、カウンターパーティーリスク削減が可能になる。

日本は昔から担保を嫌う文化があるのか、当初のレポ取引やこの債券店頭などが無担保で取引されており、現在でも普通に使われている。海外のリスク管理者などからすると無担保でオプション取引をするというと驚かれる。ISDAからこの債券店頭オプションにしてしまえば証拠金規制逃れができるのかと聞かれたこともあるが、別に規制逃れではなく、立派に日本の規制に従った取引である。

とは言っても、バーゼルや各種規制がグローバル化されていく中、例えば、この取引はSA-CCR上どのように取り扱われるのかとか、SDR等への報告はオプションとして報告しないのかとか、疑問は尽きない。そのうちスタンダードのBond Optionにしていく方が本当は望ましいのではないかと思うのだが、実際に使っている投資家からは反対の声が上がるのだろう。

最後に新規取引の取引量(コール、プットの合計)を月次で示しておくが、一時よりは取引量が減ったものの、一定のニーズは継続しているようである。

https://www.jsda.or.jp/shiryoshitsu/toukei/sentaku/index.html

電子プラットフォームによる取引執行規制

日本ではリーマンショックと言われた2008-2009年の金融危機によって様々な規制が導入された。当時規制強化を語る時に何度も使われたのがG20ピッツバーグサミットの合意だ。この中で、すべての標準化された店頭デリバティブ契約は、遅くとも2012年末までに、可能な限り取引所または電子取引プラットフォームで取引され、CCPによって清算されるべきであるとされた。

当時からLCHのようなCCPは取引清算を行っており、リーマンのポジション清算も滞りなく終えていたが、ここから様々なCCPが設立され、その清算集中義務化も進んでいった。同時に、米国ではSEF(Swap Execution Facilities)、欧州ではOTF(Organized Trading Facilities)やMTF(Multilateral Trading Facilities)、日本ではETP(Electronic Trading Platforms)といった電子プラットフォームに関する規制も導入されていくことになる。

当時リーマンを筆頭に巨大なリスクを抱えた金融機関が多く発覚したことから、透明性を向上するために、すべての取引を「見える化」することによって、金融危機の再来を避けようというものである。

米国では、デリバティブ取引の大半が相対で行う店頭(OTC)取引であったため、ドッド・フランク法によって、それらをSEF上で行うことが義務付けられ、取引の透明度の向上や金融規制当局の不正監視が可能となった。同時に取引を即時報告するリアルタイムレポーティングも義務付けられることとなった。これによってトレーダーが自分が執行できなかった取引を日々SDR(Swap Data Repository)で確認することも一部可能になった。

当時は、米国が先行導入したため、一時的に取引が米国外に流れたこともあったが、もともとG20 の合意でもあるため、欧州、日本でも、最終的には同様の規制が導入された。ただし、各規制は細かい点で異なっているため、一部では米系金融機関との取引を避けるケースもあったと報道もされた。

米国SEF規制の対象となるのは、MAT(Made Available to Trade)に指定された取引となっている。では、MATに該当するかどうかは当局が決めるのかというとそうではなく、SEF業者が決める仕組みになっていたが、見直しの議論が続けられている。

所謂ブロック取引と呼ばれるサイズの大きな取引は、マーケットに与える影響から、取引の即時報告が免除されたり、時間を遅らせた報告も認められた。特に巨額のコモディティスワップなどは、誰が取引をしたかが市場関係者であれば何となくわかってしまうこともあったため、リアルタイムレポーティングは市場参加者にとっては、重要な問題になってくる。

日本の場合は、電子取引基盤の利用義務付けに関する「金融商品取引法等の一部を改正する法律」が2012年に成立し、2015年から施行されている。大手金融機関同士が行う一定の店頭デリバティブ取引は電子取引プラットフォームの利用が義務づけられ、電子取引基盤運営業者よる報告義務が課されることとなった。この規制の対象となるのは、店頭デリバティブ取引の残高が 6 兆円以上の金融機関同士が行う年限 5 年、7 年、10 年の円金利スワップとなっている。日々当該取引が公開されているが、実際のデータを見ると、利用件数は海外に比べるとかなり少ない。

CCPによる一括変換で発生する特殊なOIS取引

一部で見落とされているようだが、CCPのConversionによってできるOIS取引は厳密には標準OISとは異なっている。以前も紹介したLCHのアナウンスメントには「LCH wish to confirm that we also intend to retain the roll dates & accrual periods of the original LIBOR contract.」と書かれている。

つまり、JPY LIBOR Swapの場合LIBORレグはTONAに変わり、計算期間終了日から2日後に金利支払いが行われる。これを便宜的にT0と表す。LIBORスワップのConventionは固定レグも変動レグもT0である。これをT0/T0と表すと、標準OISは後決めであるためT2/T2となる。

では12月の一括変換によって生じるOISはどうなるかというと、変動金利サイドはT2になるが固定金利サイドはもともとLIBORスワップのConventionを維持するので、固定がT0、変動がT0になる。これをT0/T2と表す。つまり以下のように金利支払日が異なってくる。

  • LIBOR Swap:T0/T0
  • 標準OIS:T2/T2
  • 一括変換によって発生するOIS:T0/T2

また、当然ながらLIBORスワップの金利支払いが半年毎のSA(Semi Annual)だったとしたら、一括変換後のOISも固定金利がSAとなり、変動金利の方はOISの標準Conventionである年一回のPA(Per-Annual)になるものと思われる。つまり、一括変換後のOISは固定金利がSA、変動金利がPA、T0/T2となる。一方新規で標準OISを取引するとPA、PA、T2/T2となる。

  • LIBOR Swap:SA/SA
  • 標準OIS:PA/PA
  • 一括変換によって発生するOIS:SA/PA

このように二つの異なるOIS取引が存在することになるので、通常のコンプレッションでは消せない。ひょっとしたらシステム対応が難しい参加者もいるかもしれない。

これを避けるためには、CCPの一括変換を待つのではなく、何らかの方法で事前に標準OISに変えたいという市場参加者が出てきてもおかしくない。様々な検討を進めているが、意外と詰めなければならない点が数多く出てきている。変換日である12月にはLIBORの流動性が下がって時価評価も困難になっているかもしれないし、オペレーション面で思わぬ混乱が発生する危険性もある。やはり極力事前移行を進めておいた方が良いのだろう。



SFT(Securities Financing Transaction)の基礎

SFTは、Securities Financing Transactionの略で証券金融取引と訳される。主にレポ取引と証券貸借取引からなる。

レポ取引

レポ取引は、簡単に言うと資産と現金の交換だ。海外では法的には売却の形を取るのが一般的であり、日本では現先取引がこれに当たる。現先は後で債券を売戻す(または買戻す)条件付での売買のことを言う。一方貸借取引は、売買ではなく貸借の形を取る。国債等を担保としてのお金を借り、一定期間後にそれを返す取引を言う。貸し借りか売却かの違いはあるものの、両者は経済的には同じものなので、両者を総称してレポ取引ということが多い。証券と証券を交換する取引(Collateral Switch、Collateral Upgrade)や現金担保なしに証券のみを貸し借りする(Unsecured Borrowing)なども行われる。実際売買なのだが、短期的に国債を貸し借りするというイメージの方が分かりやすいので、ここからは便宜的に貸す、借りるという言葉を使う。

お金を借りる時に国債を担保に出すと実はこれはレポとなるので、銀行の短期資金調達にも使われる。銀行では、自分がお金を借りる方向をレポ、お金を貸す方をリバースレポと言ったりもする。中銀が銀行から資金を借り入れるものをリバースレポというのだが、ややこしくなるので、自分が銀行として理解した方が金融機関の人はわかりやすいと思う。


レポ取引は通常、GMRA(Global Master Repurchase Agreement)(英国法)またはMRA(Master Repurchase Agreement)(ニューヨーク法)に基づいて行われる。GMRAはISDAマスターのレポ版である。ISDAマスターと同じようにあらかじめ決められた標準条項と当事者間で合意する付属書で構成されている。また、株式のレポ、代理人が本人に代わって行うレポ、英国債やイタリア国債のような特定の証券レポに関する追加条項等の附属書がある。ISDAと同じように全取引共通の項目はマスター契約であるGMRAに含まれているが、取引日やレートなどの個別取引に関する条項は当然含められないので、こちらはConfirmationで規定される。

レポ市場は、銀行が短期資金調達を行う重要な市場であるが、海外では中銀からの調達がメインとなっている。したがって、中央銀行がレポに関して行う政策変更は重要なマーケットインパクトを持つことも多い。

ストックローン

ストックローンとは株券貸借で、手数料を払って株式を借りる取引である。借り手は、要求に応じて、または決められた日に同等の株式を返却する義務がある。国債、社債など、あらゆる種類の有価証券を使用することができるが、最も一般的なのは株式である。
借り手は貸株料を支払い、現金や他の有価証券、信用状(LC: Letter of Credit)などの担保を提供する。借り手は空売りの決済やフェイルを避けるために株を借りたいというニーズがあり、貸し手は貸借料を受けて取りたいというニーズがある。この点で資金を借りたいというニーズが中心のレポとは若干性質が異なる。

ストックローンは、通常、GMSLA(Global Master Securities Lending Agreement)(英国法)またはMSLA(Master Securities Lending Agreement)(ニューヨーク法)が契約としては使われる。これらも、GMRA と同様マスター契約の一種であり、標準条項と補足条項に分かれている。個別取引の条件がConfirmationに記載されるのもレポと同じである。

SFTとデリバティブ取引

デリバティブ取引はあらゆる取引が作れるため、SFTと同じような取引をデリバティブで行うことは容易である。あるいは、デリバティブ取引のリスクをSFTでヘッジすることも可能である。このため、資本規制等の各種規制はデリバティブ取引とSFTをともにカバーするのが一般的になってきている。特にトータルリターンスワップを使えばレポやストックローンと同じことを経済的に実現することができる。アルケゴス破綻のきっかけとなったトータルリターンスワップであるが、SFTを使うよりトータルリターンスワップの形を取ったため、レバレッジが増やせたと言えるかもしれない。

銀行サイドも株式オプションを売った場合に、そのリスクをストックローンでヘッジすることもできる。実際このようなヘッジをしているデスクもあるだろうが、ヘッジをしているにも関わらずデリバティブ取引とストックローンがネッティングできないため、資本賦課は双方にかかってしまい使い勝手が悪い。デリバティブ取引とSFTのネッティングが可能になれば、市場の効率化に資することになる。

SFTと担保管理

CCPによる清算集中、証拠金規制による当初証拠金、変動証拠金の授受が一般的になるにつれ、適切な担保管理が重要になってきた。各CCPに対する担保拠出、相対取引の証拠金などのニーズが年々高まっている。こうした担保拠出ニーズに対しては、それぞれの契約の適格担保、担保のヘアカットなどを考慮し、在庫として保有している債券、現金、または取引相手方から受け取っている担保を最適化して充てていく必要がある。この巧拙によって資金効率が変わり、収益性にも影響を及ぼす。SLR、LCR、NSFR等の規制制約に照らして、資本コストの最適化も行う必要がある。SFTを使えば、適格担保を調達したり、余った担保を貸し出して運用することが可能になる。


複数商品をカバーするマスターネッティング契約の行方

ISDAで複数商品のネッティングを可能にするマスター契約を検討するワーキンググループが立ち上がった。従来のデリバティブ取引にレポや証券貸借取引を加えてネッティングを可能にする契約を検討するとのことである。コンセプトとしては特に新しいものではなく、古くから各金融機関で独自契約で同じことを実現する契約は存在していたと認識している。昨年にはISDAからホワイトペーパーも出されている。

日本においても、昔から円金利スワップとレポ取引を同時に行った時に、リスクがオフセットするのだから当初証拠金を引き下げてほしいという要望は、特にヘッジファンドを中心に頻繁に聞かれたが、オフセットするとしてもネッティングができない以上別々に当初証拠金を徴求するのが常だった。だが、CCPにおいては、国債先物と金利スワップのクロスマージンがJSCCでも行われ、海外CCPでも同様のクロスマージンは一般的となっている。

これが可能になると、マージンコールが一本化され、オペレーション、資本賦課においてコスト削減が実現できる。Risk.netの記事では、契約が複雑でニーズも少ないことから懐疑的な意見も紹介されている。確かにニーズは少ないのかもしれないが、先述したようなレポと金利スワップについては一定のニーズがあるものと思われる。Equity Swapと株券貸借取引等においても同様である。

ISDAの他、ICMA(International Capital Market Association)、ISLA(International Securities Lending Association)とそれぞれの業界団体の強力が必要になる。クローズアウトネッティングの法的有効性、各国法制との整合性等、かなりの分析が必要になるのも確かである。

ISDAからは、既存のISDAマスター契約にSFT(レポや株式貸借のような証券金融取引)のDefinitionを追加するという案が出されている。これによってISDA Createによる契約交渉が可能になる。契約交渉が複雑になることを恐れてか、否定的な意見が目立つようだが、個人的にはレポとデリバティブのネッティングは長年議論されているため、個社レベルでは一定の分析も終わっているところが多いと思う。既にこれを実現しているEMA(European Master Agreement)の例も応用できる。

確かにForce Majeureのようなコンセプト、クローズアウトまでの猶予期間の違い等、様々な違いが存在するのは確かだが、金融取引としては同じ性質を持っているので、これを機に極力統一かしていってはどうだろうか。資本規制、会計規則、当局承認等も極力スタンダードなものにしていった方が金融業界全体のためになると思う。

その意味ではシングルネームのCDSはSEC、インデックスCDSはCFTCのような重複も避けるべきなので、当局の統合が必要だろうし、業界団体の統合も起きるのかもしれない。システムも別々に開発する必要がなくなるため、複数商品をカバーできるものにしていかなければならない。契約交渉担当やシステム部門の統合まで議論の俎上に上るだろう。

システムも複数商品をカバーできるものにしていかなければならないだろうし、少なくとも、マスター契約の情報は各商品のシステムに流れていかなければならない。どうしてもこうなると人の職がかかってくるので一筋縄では行かないが、これは各企業で起きていることと同じである。

つくづく今後の金融にとってサイロは極力少ない方が良いと思う。政治闘争を続けている会社はすぐに環境変化についていけなくなるだろう。サイロは一度作ってしまうと、よほどの外圧がない限り自ら統合しようというインセンティブが働きにくい。誰も自分のポジションを無くすようには動かないし、自分の部署を他と統合したいというマネジメントも少ない。

このクロスプロダクトネッティングの実現には、技術的な問題よりも、こうしたサイロメンタリティが最大の障害になってくるのではないだろうか。

OISがLIBORを逆転

ここのところJSCCのデータを日々確認してきたのだが、本日7/15ついにOIS関連取引がLIBORを逆転した。間違いがあるといけないので時間のある週末にでも確認したいと思うが、何とOIS関連が56%となり、LIBOR関連がたったの21%となっている。二日前にもTIBORが増えてLIBORの比率が4割を切ったのでいよいよかと思っていたのだが、OISが半分を超えたというのは一大ニュースである。このまま円のLIBOR改革は加速していくのだろうか。こうなるとこの後は意外と早いかもしれない。

LIBORベースのUSDJPY通貨スワップが終わる日

SOFR First等金利スワップのLIBOR移行は順調に進んでいるが、通貨スワップはどうなるのかという質問が多い。当初はUSD LIBORの新規IRSが停止となる7月から通貨スワップについても同様というガイドラインもあったが、マーケットの状況から、実際にこれは困難となっている。

英国の検討体からは2/Q3というタイムラインが示され、FSBからも同様のコメントが出ていたことから、おそらく9月以降だろうという意見が強くなっている。

恥ずかしながら気づいていなかったのだが、CFTCのMRAC(Market Risk Advisory Committee)のSOFR Firstの推奨ペーパーを見ると、Expected Timingという但し書き付だが、9/21が移行の日と書かれている。CHF、GBP、JPYとUSDの通貨ペアが対象となっている。

この文書によると、これまでアナウンスされていた通り、線形商品が7/26にQuoting Convention変更を行うことになっている。そして10/22にはインターディーラーのBroker Screenが使えなくなる。第二ステップは通貨スワップ、第三ステップがスワップション、Cap、Floorなどの非線形商品となっている。第三ステップについては日程が示されておらず、SubcommiteeでConfirmされる予定となっている。そして第四ステップがExchange Traded Derivativesその他となっている。こちらも日程は未確定である。

若干思っていたより通貨スワップが早いという印象だ。9月21日以降、新規のドル円の通貨スワップがRFRにすべて移行するのだろうか。動き出したら早いので意外と問題ないのかもしれないが、現時点だと若干Agressiveに感じてしまう。とは言え足下の移行は進み始めているので、引き続き移行努力を継続するしかないのだろう。

Back to Back取引とポジションの集中管理が重要になってきた

ECBが今般市中協議を行っているoptions and discretions policiesの修正が、Brexit後の金融機関の内部取引慣行に変化をもたらすことが懸念されている。焦点は、金融システミックリスクを防ぐために設けられたLarge Exposure Limitの対象から内部取引を外すかどうかだ。

Brexit後の激変緩和措置として、英国法人とEU法人の間でリスク移転のための内部取引を行ったとしても、これまではリミットの対象外だったが、この免除措置を巡って議論が続いているようだ。ECBが英国締め出しのためにこのような変更を画策しているかどうかは定かではないが、内部取引がリミットの対象になると、英国法人とEU法人との間の取引が困難になり、事実上英国が締め出されることになってしまう。

EUの資本規制であるCRR IIの下では、一取引先に対するエクスポージャーは、ティア1資本の25%内にすべきとされている。またG-Sibs同士では15%がリミットだ。ケースバイケースでの免除も可能となっているため、急に取引が止められる可能性は低いと思われるが、いつでもその準備があるということは、EUが交渉上一枚カードを握ったことになる。そしてその裁量権はかなり大きい。こうなるとロンドンからリスク管理を行っている場合は、それをEUに移す検討を始める必要があるかもしれない。

特にリスクの少ないCCPとの取引や、当初証拠金を取った上で行っている有担保取引などは、厳格なリスク管理を行っているという理由で免除が継続される可能性が高くなる。問題は無担保で行っているデリバティブや、流動性の少ない長期のインフレスワップ等ではないだろうか。

リスク移転を行う内部取引はBack to Back Swapとも呼ばれ、金融機関のリスク管理の中心となっている。例えば日本法人が日本の顧客とGBP IRSを行った場合は、裏で日本法人と英国法人との間でBack to Back Swapを入れることにより、日本法人はGBPの金利リスクから解放される。

そして世界中から集められたGBP金利のリスクはマザーマーケットである英国で管理される。日本法人にはクレジットリスク、カウンターパーティーリスクは残るもののマーケットリスクは存在せず、市場リスク資本もかからない。カウンターパーティーリスクを移転することも可能である。

メリットはこれだけにとどまらない。様々なトレーダー、部署が行った取引をBack to Backによって集約すると、コンプレッションや当初証拠金の最適化、資本の最適化までが容易に行えるようになる。Back to Back Swapは、今や金融機関のリソース管理の中心となっている。ポジション集約が効率的に行われているからLIBOR改革やCSA変更などを行う際にも話が早い。

翻って本邦では、海外エクスポージャーが少ないというのもあるが、一部の先進行を除いて、あまりこうしたことは行われていないようである。したがって、部署が異なるとそのポジションには触ることすらできなくなり、同じネッティングセットの中にあるにもかかわらず、全体最適を考えるのが困難になる。人の部署のポジションには触れないし、中央で管理する部門もない。あったとしても現場に気を使うためか、アクティブなポジション管理は難しい。海外とのBack to Backまでは必要ないかもしれないが、あらゆる部署のポジションの全体最適を考える部門は必須である。

昨今の資本規制、流動性規制強化の流れの中で、こうしたポジション管理はますますその重要性を増していく。これを変えるだけで英国とEUの金融規制が大きく影響を受けるようにすらなっている。日本でも、高度なポジションの集中管理を進めないと世界から取り残されてしまうことが懸念される。

OISへの移行状況アップデート

引き続きLIBOR移行状況を追ってみる。JSCCの統計データによると、LIBOR関連取引の割合は徐々に減少し、5から6割程度の日が増えてきた。7月1日から始まったOIS取引へのシフトも、加速はしていないものの一定程度みられる。一時的にTIBORからOISのシフトの様相を呈していたが、引き続きTIBOR関連取引もみられる。

https://www.jpx.co.jp/jscc/toukei_irs.html

LCHがTIBORスワップをクリアリングしていないという点と、TIBORの適格清算取引はZTIBORが30年、DTIBORが20年までという点にも注意が必要である。ちなみにOISは40年まで清算可能である。したがって、TIBORがJSCCに集中することからTIBOR取引のシェアが実態より高く感じるかもしれない(JSCCの適格商品はJSCCのWebを参照)。

また、20年超のDTIBORがクリアリングされていないことから、長期TIBORの取引量が実態より少なく見えているかもしれない。または、30年のDTIBORスワップがクリアリングできないのでZTIBORでクリアリングして、30年のDZベーシスが溜まっているという可能性もある。この辺りは将来的にDTIBORの適格対象年限が拡大されるときには何らかの影響があるかもしれない。

Clarusの分析を見ても、DV01ベースでみると、TIBOR取引の50%以上が長期となっている。確かにJSCCのデータを確認してみるとLIBORよりはTIBORの方が長期の割合が多い。

TIBORはLIBORとは異なり今後も存続するベンチマークであるため、DとZがどのように一本化されているかも含めて興味深いマーケットである。ただデリバティブマーケットを見ている限り、ディーラー間取引の主流はOISに移る気配があり、月末のQuoting Convention変更に向けて、更に移行が加速していくことになるだろう。

一部監査法人の問題なのかもしれないが、ヘッジ会計の継続を巡ってOISに移れないという声が一部で聞かれるが、さすがにLIBOR公表停止まで半年を切った今、そんなことも言っていられなくなる。そうなるとTIBORは10%程度で残りはOISということになっていくのだろう。

金融のIT産業化

電子取引、アルゴ取引の増加に伴い、為替マーケットにおける大手銀行の寡占が進んでいると報道されている。おそらく感染拡大による影響もあるのだろうが、この流れは引き続き進むものと予想される。2020年には、JPM、UBS、DBのトップ3で30%のマーケットシェアを占めたとのことだ。

電子取引やアルゴリズム取引への投資は不可欠となり、その巧拙が金融機関の収益を左右するようになっている。やはりこの分野でも欧米の銀行が先行している。金融については日本はやはり追いつけないのか。やはりシステムの弱さが世界的に際立っているような気がする。

金融取引では、コスト管理と効率性が求められるが、人海戦術でミスをなくす戦略を続けてきた銀行には太刀打ちできない。また、国内のシステム会社も海外に比べると格段に弱い。インドやハンガリー、中国といった国々の優秀なエンジニアの使い方が上手くないというのも関係しているのかもしれない。

20年以上前に米国で過ごした時期に、銀行通帳に頻繁に誤りがあり、日本の銀行の優秀さを改めて実感したのだが、そのミスをなくすために徹底的に人間がチェックをしていたのだろう。米国ではミスを指摘されたら直せばよい、99%正しければ十分で、最後の1%を向上させるために膨大なコストがかかるなら、費用対効果に見合わないという考え方だった。

日本なら1%のミスをなくすために極限まで努力をしろという文化があったように思う。顧客サイドにも間違いを許さない文化が日本にはある。そうこうしているうちにテクノロジーが進歩して、ミスを機械的に防ぐ方法が進歩しており、日本は完全に後れを取ってしまった。

昨年3月には、パンデミックによってボラティリティーが上昇し、Bid/Offerが金融危機以来の水準まで拡大し、金融機関に収益をもたらすこととなった。マシンが動いていれば収益が上がるということで、金融が完全にIT産業化している。株式や為替で始まったこの流れは、債券市場にも波及しており、コロナ感染拡大はこれに拍車をかけた形になっている。

記事にもあるように、銀行はアルゴリズム取引に多額の投資を行っており、変動する市場の状況に応じて取引スタイルを自動的に変更するようなAdaptive Algoも登場した。2020年には、為替トレーダーの4割以上がアルゴ取引を使っており、今後はこの比率の上昇が見込まれる。やはり日本には、金融のみならずテクノロジー企業の進歩が不可欠である。