NISAはやはり国内個別株に流れた

日本証券業協会の3月末のNISA口座の開設・利用状況が公開された。先月書いたように、これまで個別株にすでに投資していた投資家が、新NISA開始に合わせて成長枠のポジションを一気に増やしたという仮説を裏付ける形になっていると思う。これまで既に投資を行って資産を築いている投資家にとっては、一気に新NISAの枠を使い切ろうというのは自然な行動だろう。

口座開設は昨年同期比1.3倍、投資額が約3倍となっているが、成長枠での投資額は1月から1.68兆、1.28兆、0.9兆と減速傾向にある。積立枠の方はコンスタントに0.26-0.27兆となっているので、積み立て枠の残高は着実に積みあがっていくことが予想される。

個別株は全体の半分くらいだが、うち9割超が日本株となっている。前月もコメントしたように、NISAが始まると、オルカンや米株インデックスにお金が流れるだけという人が多かったが、実際は日本株へ流入している。ただし、投信だけを見ると海外、内外に分類される投信が多いので、海外に流れているというのもあながち間違いではない。経験の長い投資家が国内株を新NISAへ移行させる動きは当初よりは少なくなるだろうから、今後は国内個別株ではなく海外投信が増えていくことになろう。

為替取引の未来

為替のスポット取引の電子化はかなり進んだが、直近ではフォワードや為替スワップ、NDFにおける取引が急速に増えている。

こうしたスポット以外の1日の取引量は、昨年比2倍近くに増えているというデータもある。フォワードについては、従前3ヶ月未満がほとんどだったが、最近では1年を超えるような取引も増えてきている。今後は為替取引のかなりの部分が電子取引に移行していくだろう。

一方大手ディーラーはスポット取引のInternalizationを進める傾向が顕著になっている。外部の取引プラットフォームで取引を行いマーケットを動かしてしまうよりは、内部で売り買いをマッチングさせることができれば、マーケットインパクトを抑えることができ、取引コストも低減できる。

2016のバーゼルのレポートでは、63%のスポット取引がinternalizeされており、多いところでは90%を内製化している。こうなると、規模の経済が働くようになり、取引量の多い大手銀行が有利になる。為替関連取引からの収益の60%は、上位10銀行が上げているというデータもある。

すると今度は、パブリックプラットフォームでの取引が少なくなり、価格の透明性を低下させる懸念が発生する。内製化を完全に禁じることは難しいだろうが、米国の規制はこうした取引をなるべくパブリックな執行Venueを使うように義務付ける傾向があるので、SwapをSEFで取引させたように、極力パブリックな執行機関経由で取引させる規制が生まれるかもしれない。

アルゴやHFTの台頭もあり、取引を小刻みに分けて行い、マーケットインパクトを減らすという努力も続けられているため、そもそも価格が見えにくくなる要因は内製化に限らない。

ここ数年の電子化の拡がりと、内製化の増加は、今後の為替マーケットの方向性を変えていく可能性がある。しばらく、注意を払っていく必要がありそうだ。

経済制裁とデリバティブ取引の解消

ロシアに対する中国の支援抑制を目指して、米政府が中国の一部銀行に対して制裁措置を検討しているという報道があり、マーケットが混乱した。

国として経済制裁を発動するのは仕方ないが、経済制裁で痛手を被るのは、制裁をかけた側、または関係のない国の市場参加者が不利益を被る可能性が高い。業界としても経済制裁発動時にいかにして市場の混乱を抑えながらポジションを解消していくかどうかについて、完全に準備ができているとは言い難い。

経済制裁に関してはISDAがEconomic Sanctions Program & Derivativesというペーパーを出している。この中で挙げられている架空の事例がとてもわかりやすいのでここで紹介しておく。

とある米銀が架空の国Ruritaniaの銀行NBR(National Bank of Ruritania)とCSAの下で$10bnの通貨スワップを行っていたと仮定して、このRuritaniaに経済制裁がかかったら何が起きるかというシナリオが書かれている。

該当取引は通貨スワップなので、時間差で米銀が架空のローカル通貨であるR$を支払い、NBRが米ドルを支払うことになるが、経済制裁のため、米銀はR$を支払うことができなくなるという想定だ。経済制裁によってローカル通貨であるR$が20%下落して($1=100R$と想定)、米銀は$2bnものエクスポージャーを抱えてしまう。

米国の経済制裁リストはSDN(Specially Designated Nationals)リストと呼ばれるが、ここに掲載された会社とはライセンスなしにビジネスを行うことが禁じられる。当然スワップの支払いをすることもできず、マージンコールさえかけられないという判断になると判断される可能性がある。つまり、有担保の取引が、突然$2bnの無担保エクスポージャーとなり、スワップの決済も受けられなくなる。そして裸のポジションを抱えることになるので、市場変動によってはエクスポージャーが最悪$10bnまで無尽蔵に増えてしまう危険性もある。

経済制裁はおそらくISDAのIllegalityをトリガーするが、ライセンスがないと解約権行使さえも経済制裁の違反となる可能性がある。経済制裁のために米銀がスワップの支払いを行わないと、NBRは支払い不履行を理由にポジション解消をしようとするだろう。そしてそれがISDAのCross Defaultをトリガーし、その米銀のその他の契約の解消をトリガーしてしまう可能性もある。

米銀としては、Illegalityが支払い不履行に優先すると主張することもできるが、Illegalityをトリガーしたとしても結局3営業日のWaiting Periodの後はNBRに解約権が生じる。そして、ポジション解消時にクォートを取るのはNon Affected PartyであるNBRサイドにある。そう。経済制裁では、Affected Partyは制裁リストに入ったNBRではなく、米銀になるのである。

ここで、Illegalityを主張する通知を送ると共に、NBRの支払い不履行を訴える。しかし当然ながらRuritaniaの方も国として敵対する国外への外貨支払いを禁じている可能性が高いため、政府の承認なしには支払いができず、これは支払い不履行ではなく、Force Majeureであると主張する。

また、Illegalityでポジションが解消できれば、これ以上のマーケットリスクを負わないというメリットはあるものの、どの価格で解消するかについて不透明性が残る。この場合、NBRがポジション再構築のために得られるクォーテーションを元に解約することになるが、経済制裁などが起きた直後にローカルマーケットがどのようになっているかは定かではない。したがって経済制裁は、制裁をかけた方の国の企業が、大きなリスクを負うことになってしまうのである。

これがISDAが最低30日間のポジション解消期間であるWind-Down Periodを提唱している理由である。OFAC(米国財務省外国資産管理室)でも30日間はライセンスに猶予期間を設けているので、実際にはポジション解消のための時間が与えられる可能性が極めて高い。

ISDAのガイダンスでも、市場の規模、流動性等に応じてこのWind-Down Periodを十分に取ることが推奨されているため、例えば中国などのケースでは、3か月程度の猶予が与えられることになるように思うのだが、実際どうなるかは誰も保証できない。しかし、ロシアですら3か月の猶予があったことは一つのデータポイントとなる。

とはいえ、経済制裁に備えた準備をするとなると、どうしても最も保守的なシナリオが議論される傾向がある。最悪の状況に備えるのがリスク管理者の仕事なので仕方ないが、Wind-Down PeriodもなくIllegalityにヒットするシナリオを考えると、上の架空の例にあったように、かなり困難な状況が予想される。ただ、そうは言っても今の段階から取引を停止してマーケットを壊すのも得策ではない。

ISDAもこの辺りはよく理解しているため、こうしたホワイトペーパーを出して注意喚起をしているのだが、ある程度政府との調整も必要になるのではないだろうか。少なくともISDAの1992年版を2002年版に変えておく、それが難しい場合にはIllegalityの文言修正をしておく必要はある。また、独自に制裁に備えた文言を入れている市場参加者も増えているので、契約の見直しは急務である。