ポストトレード処理

以前は、デリバティブ取引を執行した後は、システムにブックしてコンファメーションを送れば処理が完了した。しかし、近年は、規制強化に伴って、取引後の処理が重要になってきた。取引照合、SEFやETPにおける執行、CCPにおける清算、即時報告(リアルタイムレポーティング)、当局への報告、マージンコール、担保決済、分別管理など、ポストトレードサービスは、取引が行われた後に発生する、取引のライフサイクルにおけるミドルオフィスとバックオフィスのあらゆる処理をカバーする。

更に、その取引に関するファンディングコスト、資本コストがかかり続けるため、それをいかに最適化していくかということも重要になる。この代表例がコンプレッションであるが、オフセットする取引を削減し、バランスシートにのっている取引量を減らすことにより、資本効率を向上させることができる。また、所要当初証拠金額の削減、ベーシスポジションの解消、SA-CCR上の資本賦課の削減、XVAの削減まで、様々な最適化が可能である。つまり、各種取引の結果できあがったポートフォリオを常に最適化し管理していくことが重要になってきたのである。

金融業界は規制強化、競争激化、低成長化、低収益化が起きており、それに対応するためテクノロジーを使ったコスト削減によるROE向上が急務になっている。その中心となるのがポストトレード処理である。

取引報告

まずは、ポストトレード処理の最初の段階に取引報告がある。単に取引した内容を報告するだけかと思ったら大間違いで、これを適切に行わないと巨額の罰金を科せられる。ここまで取引量が増えてくると、手作業で報告をするのは不可能で、システム対応によるオートメーションが不可欠となる。システム障害が発生した時は、取引が報告できないという理由で新規取引を止めたりもする。近年、規制当局は取引報告の一貫性と正確性を高める必要性を認識し、世界的に調和したデータ要素の採用を目指して、規則の見直しに着手している。こうした規則の変更に対応するには、その要件を解釈し、変更をシステムに組み込まなければならない。米国、EU、日本と規則が異なるが、共通の分類法や技術を使用して、より費用対効果の高いシステムを作り上げる必要がある。

ISDAでは、デジタル・レギュラトリー・レポーティング(DRR)イニシアチブの下で、共通ドメインモデル(CDM)を使って、一連の規則を共通の認識で解釈できるように努めている。将来的に規制が変更になった場合も、DRRを使用するすべての企業に迅速かつ一貫した形で展開することができ、監督当局に対して透明性を確保することができる。CDMの利用により、ポストトレードに関わるコストを業界全体で50-80%削減することが可能という研究結果もある。

当初証拠金最適化

ポストトレードのもう一つの柱に当初証拠金計算と最適化がある。証拠金規制によって、より多くの市場参加者が当初証拠金を計算、モニタリング、拠出するようになり、カストディアンにおける分別管理を行うようになった。カストディアンと口座管理契約の交渉と日々のやり取りは、証拠金規制によって新たに生まれたプロセスである。

ISDAの標準モデルであるSIMMの導入も不可欠となり、このSIMMで計算された当初証拠金額が証拠金規制のThresholdを超えていないかどうかの確認も必要となった。取引の収益マージンが縮小していく中、これらのすべてのプロセスを手作業が行っていると、オペレーションコストがかさんでしまうので、極力人手を介さずに効率的に処理を行うことが金融機関の競争力の源泉となってきた。残念ながら、これは日本の金融機関が最も不得手とする分野である。

取引量の圧縮(コンプレッション)

カウンターパーティーリスク管理の観点からは、CCPと並んでTriOptima社やQuantile Technologies社のような会社が提供するサービスの重要性も高まってきている。特に近年では、レバレッジ比率規制等想定元本で縛りをかける規制がふえてきたことから、元本を減らすコンプレッションはきわめて重要になってきている。これは、既存の取引について、参加者間でオフセットできる取引を一斉にキャンセルし、取引量を圧縮するというものである(Compression、Tear-upとも呼ばれる)。これにより、エクスポージャーや資本コストを削減すると同時に、取引管理業務からも解放される。

市場参加者は、キャンセルを希望する取引明細を同社のWeb上にアップロードすると同時に、キャンセルによって生じうる与信やリスク量の変化について、自身の許容量を提示する。TriOptimaでは、各社のキャンセル候補案件を組み合わせ、すべての参加者の許容範囲内でキャンセルできるような最適な取引の組合せを探し出し、参加者の合意が得られれば取引を一斉にキャンセルする。CDS等の想定元本残高が近年減少しているが、単純に取引が減ったというよりは、こうした残高圧縮の動きが活発化していることも、その理由の一つである。

バーゼルIに始まった資本規制は、内部格付、内部モデル等を使ったリスクに応じた計算にシフトしてきたが、2008年の金融危機を受けて、各金融機関が独自に計算したリスク指標は信用できないという方向に180度転換した。取引の想定元本で規制をかけるというレバレッジ比率規制がその最たるものであるが、リスクという観点からは完全にオフセットしている二つの取引であったとして、取引が残っている以上は取引に制約条件を加えなければならなくなった。これを受けて、金融機関サイドでは、本来のリスクのみならず想定元本も管理しなければならなくなり、リスクベースではない指標の管理も重要になってきた。

これはCCPに対する取引も同様で、各CCPでは、定期的に取引圧縮を行っている。このため、今後はコンプレッションが容易な取引のニーズが高まり、一部でMACスワップのような取引の標準化が進んだ。同時に各金融機関、CCPともに、想定元本をふくらませずに取引をブックし、キャンセルしていくような仕組みを構築していかなければならない。

 たとえば、想定元本10億円のスワップを銀行と行った後、これを解約する場合、同じ銀行と解約すれば取引が完全に消える。しかし、別の銀行のプライスが良かった場合は、反対取引を新規で入れることになる。この場合、二つの取引は完全にオフセットしているため、マーケットリスクはない。しかし、二つの銀行に対するカウンターパーティーリスクを負っていると同時に、想定元本も20億円になってしまう。このようなケースではアサインメントといって、当初の取引を新しい銀行に譲渡するやり方をとれば想定元本はふえない。なお、CCPで取引をしていればオフセットする取引はその後消えていくことになる。

さらにこうした完全にオフセットする取引でなくても、満期やクーポンが若干異なるためにコンプレッションができない場合にも、取引の内容を若干変えてでも想定元本を減らせるような仕組みも考えていく必要がある。CCPでは既にクーポンブレンディングやリスキーコンプレッションといってリスク量が若干変化するのを許容するコンプレッションも行われている。このような努力を続けていけば、想定元本を減らすのみならず、万が一参加者破綻が起きた場合でもオークションポートフォリオを簡素化できる。