VaRに依存した資本賦課モデルの限界

このような危機になるといつもProcyclicalityが話題になる。例えば、市場変動が激しくなったからそれに備えて十分な資本バッファを積むべきとなると、金融機関が守りに入り資本増強に走るため、更に市場変動を加速させてしまうという具合である。そもそもFRTBはこうした事態を避けるという意味もあったのだろうが、その本格施行は延期されている。

そもそもVaR BreachをVaRモデルのバックテストに使うというのが間違いなのではないだろうか。99% VaRが100回に1度は起きる事象を捉えるとすれば、年に2、3回発生するという計算になるが、これが4回だったり5回だったりしてもVaRモデルが不適切とは言えないのではないだろうか。VaRモデルが今回のようなウィルス感染に端を発する市場変動を織り込むことができたとは思えず、それがそもそもVaRモデルの目的なのかも良くわからない。これでVaRモデルを不適切としたり、VaRモデルが不適切だから資本バッファを多く積むようにとなると、それこそProcyclicalityが発生してしまう。

おそらく今世界中の金融機関では、VaR Breachの多発に際してVaRモデルをもっと保守的にすべき、あるいは今回のショックをパラメータに加え、VaRの値をより大きくすべきと言っているリスクマネージャーもいるのではないかと推測される。そうすると、これだけ市場が混乱して流動性供給をしなければならない銀行が、更に資本バッファを増やし、流動性ショックを加速させるという皮肉な結果になってしまうのである。

FRTB以前の旧資本計算においては、通常のVaRとストレスVaRの二つがある。通常のVaRは過去1年程度に起こった最大の市場混乱が今起きたらどのくらいの損失になるかを測り、ストレスVaRは、各銀行の歴史の中で最も大きなイベント(通常はリーマンショック)が起きた場合の損失を測るものになるのが通常であろう。

リーマンショック時に、通常のVaRでは測りきれない危機が起きてしまったためにこのようなストレスVaRを入れることになったのだが、今後はコロナショックがストレスVaRのインプットになるのだろうか。今後は過去1年のショックがコロナショックで、概念上ストレスVaRはそれより大きくあるべきだから、銀行が資本バッファを取り崩して経済を最も支えるべきこの時期に、より多くの資本を積み増さなければならなくなる。ストレスVaRは通常のVaRの2~3倍になるので、これは当然の成り行きだ。またこうしたVaRを下げるためにポジション売却や解約等を進めても、昨今のような流動性では、更に損失が拡大してしまう。

海外ではこのようなインパクトを軽減するための免除規定を設けて対応をしているが、規制フレームワークの変更となると、やはり既に2019年から2022年、更に今回2023年1月に延期されたFRTBに注目する必要がある。

確かにVaRに代わって期待ショートフォールを使えば、通常時とストレス時の変化が今より緩やかになるためProcyclicalityが一定程度避けられるが、それでも完全になくすことはできない。それならば自らのモデルを使うことを放棄して標準法にすればよいという判断になってもおかしくない。ただ、標準法に極度に依存すると、銀行が本来のリスク管理能力を失い、単に想定元本を減らし、ヘッジやネッティング、XVA、各種リスク削減努力をすることに対するインセンティブを無くしてしまうように思う。

とは言え、どのような仕組みが望ましいか良い対案がないのも事実である。個人的には、例えばリーマンショック時のような過去最大の市場変動プラスアルファに備えるように資本バッファを持っておき、それを維持するような極めて単純な方法で良いのではないだろうかと思っている。これだけ変化の激しい金融市場においては、多くの人を雇ってシステムコストをかけて規制資本の分析をしたり、バックテストをしたりするよりは(それもある程度は必要だが)、苦境にあえぐ企業に流動性を提供したり、市場機能を維持させて経済活動を支える行動に特化できるようにした方が良いのではないだろうか。

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