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デリバティブ取引量の増加

2022年も半年が過ぎたが、デリバティブ取引自体は活況のようだ。昨年の前半もそこそこ取引が多かったと思うのだが、ISDAのSwapInfoによると、昨年より金利関連デリバティブ取引の元本は約30%増となっている。そのうち約75%がクリアリングされたスワップとのことで、この割合は近年安定している。スワップション等クリアリングされない取引が1/4程度存在している。

CDSの取引量はほぼ倍増している。クレジットスプレッドの拡大に併せて取引量が拡大したようだ。クリアリング取引の割合は、こちらは80%を超えている。日本においてもCDSの取引は30%増となっているが、昨年6月に取引が異常に増えたインパクトを除くとかなりの増加になっている。

JSCCの統計データで確認すると、日本円金利スワップの取引量も28%増となっているので全体と同じような増加となっている。ただし、日本の場合はLIBOR改革で取引が手控えられたこともあり、2021年の取引量がかなり減っているので、どちらかというと元に戻った感じだ。とはいえ、今年前半の取引量は過去から比べるとかなり多くなっている。

昨年増えたTIBOR取引も、LIBOR改革の関係かと思っていたのだが、今年も一定程度の取引量となっており、一昨年よりは取引量が多い。全体の6%程度をTIBORスワップが占めている。10%に近づいた昨年は例外としても以前3%未満だったことを考えるとLIBOR改革によって一定程度がTIBORにシフトしているように見える。また、ZTIBORからDTIBORへの移行が進んでいる様子もうかがわれる。

LIBOR改革でTIBORの動向にも注目が集まっていたが、結局TIBORは存続する方向になりそうである。

TONA Swapに対する欧州清算集中規制

ESMAから清算集中規制についての市中協議案が出ており、円のOISスワップの集中義務が含まれている。コメント期限は2022年9月30日だ。同時にUSD SOFRスワップの清算集中規制の対象満期が拡大される。

Clearing Obligationの他にDerivatives Trading Obligation(DTO)も含まれており、ESTRスワップについて、EUのOTF、MTF、或いは免除が認めらているSEFなどによる取引の義務付けも含まれている。

TONAスワップは、日本の規制では既に清算集中の対象になっているので、あまり大きなインパクトはないだろうが、逆にいうと、今まで欧州ではクリアリング規制の対象ではなかったことに驚く。それほどまでTONAスワップへのシフトが完全に進んだということなのだろう。もうLIBOR改革は遠い過去のことのように思える。ドルについては完全に移行が終わっていないので来年6月に向けて各社準備を進めているのだろうが、一時のような盛り上がりに欠ける。

これで、金融危機以降の主な規制強化はほぼ完成に近づいた。新しい規制の話はそれほどなく、Cryptoや排出権という新しい話はあるものの、当局や金融機関の関心はカウンターパーティーリスクや市場急変に対する対応、資本規制に移っている。今後は金融機関の行動を制限しようという動きがあるときは、資本規制を微調整していくことになるものと思われる。

米銀の米国債レポが復活?

米国レポ市場で米銀のプレゼンスが上がってきた。レポといえばSLRなど規制の影響で米銀のプレゼンスが金融危機以降小さくなっており、BNPやCSなど欧州系やカナダ、日本の銀行の独壇場だった。しかし、欧州当局も四半期末のみにポジションを落として規制比率を良く見せようという動きをWindow Dressingとして批判し始めたことから、米国規制のように期中平均を使うような方向へとシフトしてきた。

日本国債の取引は邦銀のシェアが高いというのと同じように、米国債なのだから米銀のシェアが高いという、通常の状態に戻ってきたように思う。規制のLevel Playing Filedが達成されつつあるのかもしれない。OFRのデータを見てみても、今年の1月からの米銀の躍進が目立つのが確認できる。

Risk.netは別のデータソースを使って、レポのヘアカットについて興味深い分析をしている。このヘアカットは、OTCデリバティブ取引の独立担保額やInitial Marginのように、市場変動に備えて多めに担保を取るために使われる。資産の価格変動が激しければ、このヘアカットが大きくなる。通常はヘアカットが5%であれば価値が100の国債に対して5のヘアカットを引いた95が貸し出されるのだが、Risk.netの記事はこの95をヘアカットと呼んでいるようだ。

ファニーメイやフレディマックが発行する住宅ローン担保証券のレポに対して、JPMが平均(実際はメジアン)53%の「ヘアカット」を取っていると試算している。これは米国債で一般的に使われる102%よりは低いとのことだが、若干理解しにくい。おそらく100の担保に対して53を貸すということなのだろう。同じレポに対してBoAは102%のヘアカットを使っているとのことで、これは米国債で一般的に使われるヘアカットと同じで、102の担保で100貸付をするということものである。

ヘアカットの分析については興味深い示唆が含まれていると思われるが、データの特質をもう少し理解してみたい。いずれにしても米系がレポのシェアを取り戻しているのは興味深い。最近ではSLRからストレス資本へと重要性がシフトしており、SA-CCRの導入も行われた。これによってレポビジネスの資本賦課が下がっているのかもしれない。あるいは欧州銀に対する資本規制が厳しくなってきたという側面もあろう。しばらくこの流れに注目してみたい。

取引報告義務違反による罰金

JPMが為替取引の報告漏れでCFTCに罰金を払った。FX Swapは報告対象外と理解していたところ、実際は報告対象となっていたとのことで2015年9月以降の報告漏れを修正している。FX Swapの中でもトムネ(Tommorow-next)についての報告漏れのようだが、こうした解釈はなかなか難しい。確かにトムネの場合はSpotとFowardの組み合わせとはいえ、スポットと同じくらいに短期である。Spotのように対象外と判断してしまったのも無理はない。

証拠金規制や清算集中規制からは FX Swapは外れているが、取引報告の対象ではある。CFTCとしては、こうした悪質でない報告漏れについても断固とした態度を示したということなのだろう。ただし、$850,000の罰金ということなので、他のケースに比べると破格の安さである。

こうした取引報告にかかる手間を考えると、集めたデータが有効活用されることが望まれる。昨今では、取引報告をするシステムが動かないというだけで取引が止まることもあるため、その負担は小さくないからだ。とはいえ、アルケゴスのリスク集中が当局報告データに表れていたという分析もあるので、正しいデータを提出していくのは重要である。

とはいえ、デリバティブ取引の場合さまざまなVariationがあるので、たとえばExotic Derivativesの想定元本をどう報告するか、為替のストリップを通貨スワップとして報告すべきか、その場合の金利は何%になるのかといった細かい疑問はいくらでもある。罰金を取られるということになると、一つ一つ確認をする方が無難なのだろう。いちいち質問に答える方も大変だ。デリバティブの知識がないと、妥当な判断が難しいものもある。

実はこのような様々な規制が導入されたことが、新規参入の障壁になっているような気がする。新しく銀行を作りたいと思っても、こうしたルールにすべて従うには、専門家を雇ってシステム開発もしなくてはならない。金融の役割からすると仕方がないのかもしれないが、新規参入がなくても技術革新に後れないよう、金融機関同士が切磋琢磨していくしかないのだろう。

HVAとは

2020年のコロナショック時にXVAデスクのヘッジコストが上昇したときに、HVA(Heading Valuation Adjustment)というものがマーケットで一時期話題になった。当然デリバティブ取引を行うと、それを満期または解約されるまで、継続的にヘッジしていかなければならない。マーケットの変動が大きく、ビッドオファーが広がった時にヘッジをすると、そのヘッジコストが想定を超えてしまうことがある。CVAの初期の頃から認識されていたコストであり、おそらく何らかの形でプライシングに含める銀行が多かったものと思われる。XVAトレーダーの間ではFriction Costとも呼ばれ、CVAの数パーセントを追加するといった簡単な方法を使っていたところもあっただろう。

基本的には将来かかってくるであろうヘッジコストを見積もるものであるが、参照デリバティブ取引の価格変動が大きかったり、クロスガンマが大きい場合にはそれなりのコストになり得る。計算手法については、Burnett(2021)[1]などがあるが、本書執筆時点ではCVAと別途にHVAの詳細なモデルを持っているところは少ないものと思われる。また、バランスの取れたポートフォリオを持っていて、内部でリスク相殺をすることができればHVAは少なくなるかもしれない。また、XVAトレーダーとしても、リスクが発生すれば直ちにヘッジを調整しているわけではなく、取引コストを見ながらある程度タイミングをはかってヘッジをしている。したがって、銀行の規模、トレーディングポートフォリオの質、ヘッジポリシーによってHVAが変わってくる。

XVAチャージにはヘッジコストを織り込む必要があるのは間違いないが、CVAのように標準的な手法で計算されるようになるかは今のところ不明である。また、会計上リザーブとして計上するにもハードルが高い。ただし、トレーディングデスクで解約時に備えてビッドオファーVAを取っていたり、ポジションが集中してる場合にConcentration VAを取ったりするケースもあるだろうから、特に目新しいコンセプトというわけではない。IFRSなどの会計上こうしたリザーブが認められるにはまだ時間がかかるだろうから、HVAがCVAやFVAのように確立された価格調整となっていくかどうかは、現時点ではわからない。ただし、コストが存在しているのは確かなので、プライシング上、何らかの形で考慮され続けるのだろう。


[1] Benedict Burnett, “Hedging valuation adjustment: fact and friction”, Risk.net, Feb 2021

コモディティの証拠金

ニッケルや欧州の天然ガスなど、市場変動があまりにも激しい取引がコモディティには多い。生産者や商社にとっては価格ヘッジをすることは重要なのだが、本来ヘッジしているはずでも証拠金の額が膨大になり、破綻の危機に瀕するという可能性がある。取引所取引の場合は、証拠金をなくすことができないので、相対で無担保取引をしたいというところが増えてきても不思議ではない。

とはいえ、ヘッジ取引を提供する銀行の方も無担保で取引をすると突然大きなリスクを抱えることになってしまう。当然リスク管理部門からは、市場変動が激しいのだから当初証拠金(IM)の水準を上げるよう指示が入ったり、無担保取引を有担保にしたいというニーズがある。

銀行の信用枠を使うというのが一つの解決策だが、あとはポジションを減らすしかない。だが、それにはコモディティ取引を行える金融機関が絶対的に足りない。資本規制上もあまり有利な商品ではないので資本コストもかかる。

昨今では、急激な市場変化を受けてVaRが大きくなる傾向があり、VaRベースで計算しているIMの水準も大きく跳ね上がっている。特にコロナショックやロシアのウクライナ侵攻を受けたコモディティ価格の乱高下など、VaRで管理しきれない市場変動が頻発している。2022年のLMEのニッケル価格のような変動に備えてIMを設定すれば、取引自体が不可能になってしまう。

そして、単に保守的なIM金額を設定してしまうと、市場変動が生じた時のIMとVMの合計額がカウンターパーティーの純資産を大きく超えていたということにもなりかねない。複数のディーラーと取引をしているカウンターパーティーの場合は、全体の取引量とIMの量を見積もり、それが会社の担保拠出能力の範囲内に収まるのかどうかを確認する必要がある。

コモディティ取引の場合は、スポット価格が大きく動く一方、フォワードの価格はそれほど動かないということが多い。何らかの供給不安があれば短いところの価格は大きく動くが、1年先や2年先のフォワード価格については、生産能力や輸送能力を調整することができるので、比較的穏やかな動きになる。したがって、一度に100万トンの取引をするのではなく、毎月10万トンを10か月のようにタイミングを分散させるのも重要である。つまり全体の金額というよりは1か月にどのくらいの取引をするかというのが重要になってくる。

CCPや取引所においても、こうした時間軸で取引量を絞るということが必要なのかもしれない。

市場流動性低下が深刻になってきた

G30(金融問題に関して様々な調査を行う国際的団体)のWebinarで、前米財務官のガイトナー氏が米国債市場の流動性問題に言及している。本人のコメントはYutubeでも公開されている。この中で、米国債の流動性低下を懸念しており、米国レバレッジ比率であるSLRを見直すべきと述べている。

Covid-19による市場混乱期には米国債と連邦準備預金をSLRの分母から一時的に外したが、昨年2021年3月にその期限が切れている。その際にSLRの見直し作業に着手するという発表があって、市場の期待が膨らんだが、その後特に具体策は出てきていない。今年2022年中には、バーゼルIIIの最終化に向けて市中協議を行うことになっているが、来年以降にずれ込むのではないかという意見が多い。そうすると2025年くらいまでは実際の施行には至らないということになる。

最近発表されたCCARの結果によれば、SLRが以前のような最大制約にはなっていないように見えるが、それでも大手銀行にとっては無視できないほどのインパクトがある。

今回はCiti、BoA、JPMのストレス資本バッファ―(SCB)が大きくなり、さらなるRWA削減が必要になっているが、これによって確かに市場流動性に問題が生じているように思う。もちろんその他の要因もあるだろうが、RWA制約がそれに拍車をかけているのは間違いない。これは米国債に止まらず、短期の為替取引などでも顕著である。

日本市場の流動性も直近極端に低下した。これは日銀の政策変更に対するSpeculationの方が大きいと思われるが、銀行のリスクテイク能力が下がっているという点では同じような問題なのかもしれない。この流動性だと、頑張って顧客のフローをつけた方が損をするという状況になってしまう。この間の先物 vs CTDショックのような市場変動が起きるとトレーダーも怖くて取引ができなくなる。

たとえ10年の金利は抑えられたとしても、抑えきれない部分については同様の波乱が起き続けるのだろう。そしてトレーダーが退場を余儀なくされ、更に流動性が低下し、ビッドオファーが開くことになる。それでも節約志向の強い日本では海外ほどにビッドオファーが開かず、それが更なるトレーダーの退出を招くという悪循環にならないか心配だ。YCC下の市場に慣れ切った平均回帰を狙うトレーダーが多くなっていると思うので、市場のダイナミクスが変化しつつある今、トレーディングデスクは、非常に難しい舵取りを迫られている。

Term SOFRのニーズが高まってきた

LIBOR改革でUSDについては、来年6月の公表停止に向けて、LIBORからSOFRへの移行が進行中であるが、OvernightのSOFRに加えTerm物のSOFRの取引が増えているようだ。LIBORのように3か月LIBOR、6か月LIBORのようなTermのついたSOFRなのだが、Overnight物の流動性を高めるためにTerm SOFRの利用が制限されてきた。

特にローン市場においてTerm SOFRが使われているので、米地銀を中心にこれをヘッジしたいとうニーズが出てきている。しかし、インターバンクではTerm SOFRを使ってはいけないということになっているので、エンドユーザーのみに流動性が限られている。ディーラーサイドとしては、地銀などのエンドユーザーとはTerm SOFRが使えても、それをディーラー間でヘッジすることができず、ベーシスリスクを抱えることになってしまっている。

したがって、ローンヘッジの方向となる固定払いのニーズだけが増えて、その割合は8:1と偏っているという意見もある。そのため、Term SOFRの固定金利は通常のSOFRに比べて金利が高くなっており、エンドユーザーにとってもコスト高ということになる。Term SOFRのローンが$1.2tnを超えたという統計もあり、SOFRの流動性は充分に高まってきたので、そろそろインターバンクのTerm物の利用も解禁しても良い時期に来ているのだろう。そうすると金利キャップやスワップションなど、その他のプロダクトにも広がっていくことになる。

そういえば日本のTerm物の議論はどうなったのだろう。TORFが開示されて1年が経ち、ライセンス契約をした金融機関も多いはずだが、マーケットではあまり話を聞かない。確かに先物vs現物すらヘッジしにくくなった現状では、これ以上のベーシスリスクが増えるのは勘弁してほしいところだが、マーケットが落ち着けば取引が増えるのだろうか。

米国ストレス結果発表

FRBの年次ストレステストの結果が公表された。最悪のシナリオでも自己資本比率が9.7%となり、最低資本要件を満たせるということで、特に大きな波乱はなかった。今年のシナリオは失業率10%まで上昇し、商業用不動産価格が40%の下落、住宅価格が28.5%下落、株価が55.5%下落というものだった。

しかし、個別に詳しくみていくと各行ともさらなるRWAの削減が必要であり、今後のマーケットの流動性に影響がありそうだ。特にCitiの結果が思ったより悪い。SCB(ストレス資本バッファ―)が3.6%となり、CET1比率のターゲットが11.5%から12%に上がりそうだ。Q1の比率が1.4%だったことを考えると、引き続き自社株買いに制限がかかる可能性が高い。

CitiはSA-CCRに移行した後にRWAを削減する必要に迫られ、為替取引などで急速に取引を減らしているとRisk.netなどに報道されていたが、これで更にリスク削減の動きに拍車がかかりそうだ。CitiのSCBは2020年が2.5%、2021年が2.7%だったため、これが3.6%になったというのは結構な上昇だ。詳細はSeeking Alphaにて紹介されている。

そのほかJPMとバンカメもSCBが0.8%から1%上昇し、株価を下げた。これを見ると、銀行は引き続きRWA削減を継続しなければならず、引き続き市場流動性に対する影響は発生しそうだ。

マージンコールのDispute Resolution

Archegosショックや、天然ガス価格やニッケル暴騰によってマージンコールに注目が集まっている。証拠金規制の対象が拡大したこともあり、マージンコールからデフォルトや流動性危機が起きることが多くなっているからだ。同時に、Dispute Resolutionも重要になってきている。

SwapAgentは、英国のCCPであるLCHのサービスで、清算はしないものの、相対取引の執行、証拠金授受、決済などを簡素化するためのサービスである。クリアリング業務で培った経験を、非清算取引に拡大し、標準化、効率化、簡素化を進めようというものである。取引自体は清算されていないが、集中取引処理、時価評価、証拠金計算、リスク計算、ポートフォリオ最適化などが、清算取引と同様のプロセスで行われる。

Disputeにはあらゆる種類のものがあるが、計算時点の違いが最も一般的な原因となる。東京クローズ、NYクローズのような時間の差や、15時と17時の差のような時間差によって時価評価に差が出る場合である。大手行の場合、ドルスワップはNYクローズ、円スワップは東京クローズのように、市場慣行に合わせるのが一般的だが、日本の会社がすべてを東京クローズで評価するときもある。昨今のように、金利、為替、コモディティ価格が大きく動く場合、どの時点でValuationを行うかによってDisputeの金額が大きくなる。

おそらく多くの金融機関では、大きなMargin Disputeがあった場合はシニアレベルに報告が行くプロセスになっていると思われる。昨今の規制のもとでは、一定以上のDisputeが続くと当局報告が求められ、資本賦課が上がってしまう。Disputeは紛争と訳され、あたかも相手方がマージンコールに不服を唱えているような印象を与えるが、実際はシステムトラブルで時価が計算できない場合や、単に回答ができなかった場合も、技術的にはCSA上のDisputeに相当してしまう。取引先がDisputeとしてきたと経営陣に報告すると、無用に騒ぎを大きくする可能性があるので言葉の使い方には注意が必要である。

このような場合には、LCHのSwapAgentへ移行すれば、LCHが時価評価をすることによりDisputeがなくなる。オペレーションやリスク担当が、日々時価の違いを分析して相手方と交渉するという手間が必要なくなるメリットは想像以上に大きい。担保決済も清算取引と同じように行われるため、標準化も可能になる。そのほか、リスクファクターの計算も標準化されるため、SIMMの計算も容易になり、計算結果の違いも少なくなる。そして、SwapAgentと非SwapAgent取引を含めたポートフォリオについて、TriOptimaなどのコンプレッションが容易に適用できるため、取引量の圧縮も可能になる。また、何と言っても割引率が統一されるのが大きい。

現状のマーケットでは、SwapAgent経由の取引を選好するトレーダーがほとんどだと思われるので、SwapAgentを経由しない取引に対してはプライスを変える動きが出てきてもおかしくない。マーケットはまだそこまでは行っておらず、特に本邦ではSwapAgentを使う市場参加者が極端に少ない。しかし、海外でSwapAgentのシェアが急速に高まっていることを考えると、日本においても早めにSwapAgentのOnboardの準備を進めておいたほうが良いのではないだろうか。

取引情報の分析が重要になる

ESMAからAechegos破綻に関する分析レポートが出ている。レバレッジ、ポジションの集中といった問題はこれまで指摘されてきたことと同じだが、EMIR規制によって義務付けられていた取引情報報告に基づくデータを活用すれば、Archegosのポジションが急速に積みあがっていたことを把握することが可能だったと分析している点が興味深い。

米国の場合は株式を大量購入すると報告義務があるため、どこかのファンドがある企業の株式を5%を超えて買い進むと、それはすぐにニュースになる。しかし、Archegosの場合は報告義務のないTRSを使っていたため、破綻直前までほとんど話題にもならなかった。Archegosの破綻を受けて、各国当局が取引情報報告の範囲を拡大し、その分析の高度化も進めている。

Archegosのレバレッジ問題を簡単におさらいする。株式を100買う場合には、100の資金が必要だが、TRSを使えば、少ない資金で同じエクスポージャーを取ることができる。IMが20%だとすると20の資金を当初出せばよく、その後VMが上がれば追加の担保を出す形になるが、100の資金が必要な株式購入よりは少ない資金で足りる。20の資金で100のリスクを取れるのでレバレッジ5倍となる。

株式のプライムブローカー(PB)の場合は、PBである銀行が100の資金をファンドに貸し、ファンドが株式を買いそれをPBに担保として差し出す。TRSの場合は、担保の掛け目が20%だとすると、PBが80貸して、ファンドが20を拠出し、100のTRSを取引するという形になる。

Archegosの場合はCSの英国法人との取引だったので、Brexitによって取引報告義務がなくなるまではArchegosの取引が報告されていた。ここからはArchegosが急速にポジションを増やしていたことが把握できる。それ以降は欧州EMIR規制に報告されたデータを見ても、2021年3月にポジションが急増しているのがわかる。そして、そのポジションもトップ5の株式にエクスポージャーが集中していたことも把握できている。そしてエクスポージャーが破綻前の1月に急増し、その後破綻に至っている。

当局に報告されているデータをもとに、ポジションが急増した投資家、ポジションが特定の銘柄に集中しているケース、破綻に至るほどに負けがこんでいる投資家などの情報が把握できるということだ。こうしたデータが電子的に蓄積されていけばAIを駆使してアラートを出すことも可能かと思われる。当然日本にも取引情報報告は義務付けられているので、同じように危機を把握することは可能だろう。

集められたデータがどのように使われているかはわからないが、海外でこのような分析結果が出たということは、今後金融危機が発生した際は、各国当局が共同で分析をするような局面もあろう。日本でも、データの分析に力を入れていけば危機の芽を事前に積むことができるかもしれない。海外がこの点に着目し始め取引報告の範囲を広げていることを考えると、日本でも遅れないようにデータ分析の高度化をしていく必要があるのだろう。

FRA/OISスプレッドにみる短期金融市場の混乱

ドルのFRA-OISスプレッドが急速に広がり、昨日6/16には40bp近くにまで動いた。水準自体は大したことはないが、この動きは若干急である。

この指標は市場参加者の落ち着き度を測る指標とも言われ、これが広がるということは銀行が米ドルを調達しようと躍起になっていることの裏返しであることが多い。コロナショック時の2020年3月頃はこれがもっと跳ね上がった。銀行間の短期金融市場において銀行の信用リスクが高まっているということになる。このスプレッドは銀行間借入金利とリスクフリー金利の差であるため、銀行が資金調達に苦慮している際に拡大する傾向がある。

BOJ以外の中銀が金融引き締めに動く中、マーケットから流動性がなくなるため、短期金融市場の混乱が懸念される。大手米銀がつぶれるとは思わないが、CDSのスプレッドは確実に拡大しており、株価もさえない。リセッションを織り込んでいるので当然かもしれないが、短期金融市場の混乱は少し気になる。銀行の信用不安というよりは、短期の資金供給が減っていることがメインの理由なのかもしれない。ロシアのウクライナ侵攻直後もこれが30bp近くに跳ね上がったが、今回はそれを超えてきている。

今回はドル円ベーシスも広がりを見せているのが若干気になる。ここからドル調達に問題が出てくると、日本の投資家にも影響が及ぶ可能性がある。

今週は日銀対海外投資家の様相を呈しており、市場は大混乱した。10年国債金利を抑えようとすれば8年とか9年だけ上昇してしまうし、CTDと先物のスプレッドの急拡大もマーケットを驚かせた。そのほかにもスワップスプレッドやCCPベーシスなど、コントロールできないところが急に動くので、次は何が来るのか気が抜けない。やはり無理やり市場を抑え込もうとするとどこかに歪が表れてしまうようだ。

グリーンウォッシュが金融に与える影響

ドイツ銀行とその資産運用部門であるDWSがグリーンウォッシュ疑惑に関連した家宅捜索を受けた。ドイツ銀行の出資比率が80%近いことから株価も急落したが、金融業界ではかなり話題になっている。昨年から話題にはなっていたが、ここへきて業界の注目度が高まっている。以前もBNYメロンがESGファンドに関して誤解を招く表現を使って$1.5mmの罰金を科されていたが、今後はこうした動きを懸念して、金融機関サイドからGreenである、環境に優しいという表現が使われる機会が減っていくことになるだろう。

環境に優しい車、紙ストローの利用、再利用可能な衣料など、様々な環境配慮をうたった商品が登場し、いくつかの企業は、効果がそれほどないにもかかわらず消費者を欺いたとして当局から批判を浴びたが、金融機関にとっても同じ問題が起きている。

環境に配慮したというのは程度問題ではっきりした基準があるわけではない。しかし、Greenというだけで金融商品が売れてしまうと、今回のようなことが起きる。おそらく海外金融機関は、Greenと謳った金融商品の販売には慎重になるだろう。自らGreenと認定することはなくなり、第三者による厳密な審査が必要になる。

海外では直接制裁も可能なグリーンウォッシュ規制がある国が増えており、米国でも連邦取引委員会がグリーンウォッシュの疑いのある企業の摘発を行っている。金融商品に関しては、SECがESG投資に関する情報について目を光らせている。

今回ドイツ銀行の株価が急落し、経営陣の責任問題に発展したことを見ると、欧米での本件に対する意識が急速に高まっている。当然本邦でも、金融庁が第三者機関に環境債の発行手続きや調達資金の使い道についてお墨付きを与えるようなチェックを働かせようとしている。

これまではESG関連の投資商品のみに限った話かという印象もあったのだが、ESGと名の付く取引に関しては、債券や投信だけでなく、デリバティブ取引などについてもすべてチェックをするようになってきた。そのうち明確な基準作りが行われるのだろうが、過渡期にある現状では、過剰反応を引き起こす可能性があるので、触らぬ神に祟りなしという感じがする。

日本における先物取引

インフレ退治のために各国の金利上昇が続き、上場物デリバティブ取引量が急増している。米国FED、英国BOE、欧州ECBと軒並み利上げペースを速めており、過去40年で最大というインフレの抑制に躍起になっており、短期市場にも混乱が生じている。海外では、ヘッジファンドや機関投資家は当然として、金利上昇やコモディティ価格上昇に備えた取引を増やしており、株価下落に備えてアセットアロケーションを変えてきている。日本では株式投資が中心で、あとは一部外債が使われるくらいだが、海外の投資マネーは様々なところへ流れていく。CDSの取引量も第一四半期には前年比2倍近くに増えている。欧州Euriborの先物なども、2/3に歴史上4番目の取引量を記録したそうだ。

こうした海外の状況をよそに、日本ではデリバティブ取引や先物取引がそれほど急増したというニュースは聞かれない。インフレが海外ほどでなく、金利政策にも変化がないからというのもあるが、そもそもデリバティブを使うユーザーがそれほど多くなく、金利系の先物取引は、そもそもほとんど存在していないも同然である。

金利上昇に備える動きといえば、住宅ローンを変動から固定に変えるというニュースがみられるくらいで、国債先物のCFDや金利系のETFに投資する個人投資家は非常に少ない。海外では、金利やコモディティも含めて多様な投資が盛んだが、日本では株が中心で、FXとビットコインという形で、山っ気のある個人投資家がギャンブル的に取引をしているだけのようにみえる。バブル期は、コモディティで財産を失う人も多発したが、実は日本はギャンブル好きなのかもしれない。

OTCデリバティブの流動性が下がり、資本コストも上がってきていることから、もう少し日本でも先物市場を育成しても良いかもしれない。まずは国債先物、金利先物の流動性を上げられれば金利上昇リスクのヘッジツールができる。変動金利ローンを固定に変えて銀行に手数料を払うよりは、別途先物ヘッジをした方が本来簡単である。デリバティブとか先物というと、日本ではイメージが悪いが、本来ヘッジツールとしては非常に使い勝手が良いものである。貯蓄から投資への流れが少しずつ動き出しているが、株式一辺倒にならないよう、他のマーケットの健全な育成が進むことが望ましい。

資本規制のマーケットインパクト

FED高官から、カウンターパーティーリスクに関する内部モデル方式が使えなくなるというコメントが出ている。これを利用しているのは大手銀行だけなのと、既に大手行先進的手法に重点を置いた経営をしていないため、あまりインパクトはないと思われるのだが、一応マーケットでは話題になっている。

米国におけるバーゼルIIIプロポーザルの最終化は、人事問題もありずれ込んでいるが、本年(2022)末から来年初めくらいになる見込みだ。SA-CCRへの移行にともない短期の為替マーケットに混乱が生じていることを考えると、無視することはできない。SA-CCRが入ることは大分前から明らかになっており、真剣に計算しようと思えばその影響を見積もるのはそれほど難しくないはずなのだが、今回のSA-CCR移行を巡る市場の変化は若干サプライズである。こういった資本の変化等への対応はミドルや企画部門の力の強い邦銀の方が得意なのかもしれない。ただ、米国の資本規制の複雑化がこのような対応の後れを招いているような気もする。

米銀大手行は先進的手法と標準的手法の両方でRWAを計算する必要があるが、Collins Floorがあるため、そのうちの高い方を適用しなければならない。現状大手8行はすべてこのフロアをヒットしている。うつまり標準的手法>先進的手法となっている。標準的手法はオペレーショナルリスク、CVAに加え一部のデフォルトリスクの低いローンを除外できるため、結局この除外項目がキーになる。

バンカメは二つの手法の差が最も大きく約$219bnとなっており、最も差の小さいState Streetは$658mm程度なので銀行によるばらつきも大きい。先進的手法にはオペレーショナルリスクRWAが含まれるが、これの削減が進んだことも要因の一つだろう。

このように先進的手法の意味がなくなってくると、銀行としては、それに人手とコストをかけてモデルを強化しようというインセンティブが全くなくなる。このほかにStress Capital Buffer、Countercyclical Capital Buffer、CCARなど様々な資本規制があるため、何をすればROEが向上するのかがわかりにくくなっているのではないだろうか。SLRが最大制約になっていた頃は、バランスシートの削減、デリバティブ取引の元本削減と、やるべきことははっきりしていた。以前のバーゼル1、2の頃もそうである。規制資本の専門家にコストを聞けば、昔はすぐに答えが返ってきたが、今ではあまりにも複雑になっているため、誰も判断ができなくなっているのではないだろうか。

資本計算を担当する部門は、保守的に計算をする傾向がある。そうでないと後で当局に指摘でもされれば責任問題になる。デフォルトで最も保守的な格付やLGDがシステム的に入れられて、その後更新されていないというケースもあるかもしれない。何か、今市場で起きているRWA騒動は少し極端な気もする。

SA-CCRが為替マーケットを変える

米銀がSA-CCRに移行してから為替マーケットに変化が生じ始めている。CEMのもとでは1年未満の為替フォワード、為替スワップにはRWAがかからなかったが、SA-CCRになると資本賦課がかかることになった。そもそも短期の為替取引は収益が薄く撤退したとしても実はそれほどの収益減にはならない。コストがからないから無料で提供していたといっても良いくらいの商品である。当然利用者からは文句が出るので、いかにしてそのリレーションシップを保つか、他の商品に影響が出ないようにするにはどうすればよいかということが唯一の焦点である。

特に日本のマーケットにおいては、おそらく外銀のプレゼンスはますます下がっていくだろう。お客様第一の日本においては、原材料価格が上がったとしても値上げをするまでにかなり時間がかかる。企業努力で何とかギリギリまで耐え、極力価格に転嫁しない。金融でも同じことで、プライスを悪化させると当然大口顧客からは文句が出るので、利ザヤがないままに取引を続けることになることが予想される。そして、耐えきれなくなったところで価格が上がり、正常に戻り、外銀が戻ってくるというサイクルが繰り返されるのだろう。

これを何とか解決する方法はないのだろうか。資本がかからない為替取引といえば先物がある。現在全体の数%しか取引されておらず日本ではほとんど話は聞かれない。しかし、今後の規制環境を考えると検討に値するかもしれない。証拠金規制導入により先物へのシフトが起きるかといわれたこともあったが、現物決済為替が対象外となったこともあり結局進まなかった。しかし、これに資本コストが重なれば、既に取引が可能になっている参加者が多い海外市場では、真剣に考え始める市場参加者が出てきてもおかしくない。

もう短期の為替だけをビジネスとして成り立たせるのはかなり難しい。収益性だけを見ていると、為替は他のプロダクトに付随するサービスとみなして、撤退するというのが最も合理的だ。特に顧客の要望とプライスの競争の激しい日本は、先物など何か新しい方策を考えないと、真っ先に撤退の候補となるだろう。

カウンターパーティーリスク管理の主流はストレステストに

Archegosの件でカウンターパーティーリスクに関する基準が大きく変わった。これまではリスクの高いカウンターパーティーのエクスポージャーを管理することに主眼が置かれたが、Archegos以降は、サイズに注目が集まるようになった。これにロシアのウクライナ侵攻によるコモディティ価格の急変が重なり、従来型のPFEやVaRといったリスク計測手法からストレステスト重視の方向へシフトした金融機関が多い。

Risk.netの記事にCSのArchegosポジションのRWAはSA-CCR適用を仮定すると$1bn程度という意見が紹介されている。確かにCS全体のRWAである$275bnからすると微々たるものであり、RWAがこのポジションの制約にはならなかったというのはもっともである。しかし、$1bnはそこそこの大きさであり、RWAの10%でも$100mmなので、ROEのターゲットを満たせないように思う。したがって、SA-CCRのもとでROE分析を適切に行っていれば、どこかでプライスを引いて出そうということになったかもしれない。

あとはストレステストだが、大手米系に適用されるCCARのシナリオを適用すると$3.7bnのストレスロスになるという推計が報道されている。CCARで$3bnを超えるとなると確実に経営トップへの報告が必要なレベルだろうから、その意味では、CCARによる分析が適切に行われていればある程度Red flagを経営陣が検知できたかもしれない。だが、CSの場合は英国法人に取引をブックしていたため、米国CCARの対象外だった。しかも、その規模から英国のストレステストであるACS(Annual Cyclical Scenario)の対象からも外れていたようだ。そもそもACSはコロナによる免除期間中だったので適用外であったうえ、ACSが有担保取引を除外しているため、英国ストレステストでは、このエクスポージャーを捉えることはできなかったであろう。一方、欧州EBAによる新ストレステストが適用されていれば$10bn近くの損失だったとのことだが、そもそもEBAのストレステストがArchegosリスクを捕捉するために作られていることを考えればこれは当然だろう。

米国当局は資本賦課も含めて完全にストレステスト重視に舵を切っており、これには大きな異論はない。ただし、ストレステストはどこまでも保守的にできる。それを取締役会等に報告した場合に、その意味がどこまで理解されるかが問題である。非常に保守的なストレステストを行い数千億といった巨額損失が起きる可能性があると報告すれば、その前提が極端に保守的だったとしても、取締役会がそのようなリスクテイクを承認する可能性は極めて低い。たとえば、株価が8割下がるといったような簡単な前提なら良いが、為替が20%動いて日米金利差が3%開いて、長期の為替のベガが50%上がるシナリオとかいう話になると、取締役会の議論はまとまりのないものになってしまう。

リスク管理担当者としては、綿密な分析を行い、極力あり得るシナリオを考え、完璧な分析を行ったつもりでも、経営トップの理解が追いつかないと、そもそも取引できる範囲が限られてくる。こういう場合になかなか承認が得られにくいのが、CCPによるクライアントクリアリングだったりする。CCPのルールによってIM等を動的に変更することにより、OTCよりはリスクが低いはずなのだが、いかんせんサイズが大きく収益性が低い。まともにストレステストを行うと、ほとんどのケースで資本ハードルを満たせず却下ということになる。とは言え、顧客サイドのコスト削減圧力は強いだろうから、手数料引き上げは困難なことが多い。もしかしたら今後クライアントクリアリングサービスは、複数のディーラーが撤退して手数料水準が上がってくるまでの間は、非常に苦しい時代に入ることになるのかもしれない。

その他、マージンローン、レポなど、参照資産が50%とか80%一気に下がるというストレスをかけると、これも取引として成り立たなくなる。為替についても、ペッグ制をとっているHKDなどの通貨についてペッグが外れるシナリオを取ってくると、これも取引が厳しくなる。また取引が一方向に偏りやすい日本のフローも心配だ。すべての金融機関が保守的に動くことにより、ドル調達リスクが高まることになるかもしれない。いずれにしてもSA-CCRとストレステストという2大要因によって市場の流動性に大きな変化が起きてきそうな予感がする。

モデルリスク管理のベストプラクティス

本邦でも、モデルリスクが話題になることが増えてきた。もともと米国では2011年にOCC(米国通貨監督局)がモデルリスクについてガイダンスを出したころから、米銀の間ではあらゆるレビューが行われてきた。このガイダンスは継続的に更新され、最新のものはモデルリスクハンドブックとして頻繁にアップデートされている。日本でも金融庁からモデル・リスク管理に関する原則についてのパブリックコメント募集が行われたところである。

2011年当初はモデルの特定とリストアップから始まったが、基準が明確でなかったこともあり、個人が作成したExcelのスプレッドシートを含めて、モデルと認定されそうな可能性のあるものをすべてリストアップしていた。この頃から個人で勝手に「モデル」を作成して業務に使うことができなくなった。

その後、AI、マシーンラーニング、ディープラーニング等の進展に伴い、モデルリスクの重要性が更に増し、モデルリスク管理者の人数も急増した。モデルが想定通りに動かないとアルゴ取引で巨額損失を出す可能性もあるため、確かにモデルリスクは重要である。しかし、リスクに応じて柔軟に対応していかないと、コストばかりがかかってしまう。特にモデルリスクの範囲が取引関連のモデルのみならず、トレーダーの行動を分析するコンプライアンス関連のモデルや、人事関連のモデル、Chatbotを使ったリサーチのモデル、顧客行動を分析する営業支援ツールなど、モデルの範囲が格段に広がったため、全てのモデルに同じレベルの精査をすることは不可能になった。

米系の場合は、CCARによりストレステストの重要性が極度に高まったため、取引関連モデルに加え、規制対応に関するモデルの重要性も高い。こうしたモデルに関しては、数理的素養を持ったリスク管理者が緻密な管理をしていく必要があるが、それ以外のモデルについてはある程度費用対効果を考えていくべきである。日本でモデルリスクが注目され始めたのは望ましいことであるが、まじめにすべてを網羅しようとする文化が根強いため、やりすぎにならないかというのが日本の課題かと思う。

まずはモデルの特定を行い、その重要度に応じてティア分けをし、管理の仕方も変えていく必要がある。たとえばディア1のモデルは四半期ごとにレビューするがティア3は数年ごとといった形でレビューの頻度を変えることもできよう。

海外では特にオペレーションなど事務面の自動化が進んでおり、これも当然モデルリスクに含まれるのだが、日本では、例外処理が多いため、人海戦術で顧客対応をするというプロセスが多い。人手を介して事務処理をしているためモデルが存在せずモデルリスクが存在しない代わり、ヒューマンエラーが発生する。効率性を考えると、モデルリスクを管理しつつ自動化によって事務処理を標準化するというのが一般的なのだが、日本では顧客の要望に応じてカスタマイズするプロセスが多いため、なかなかこれが進まない。

モデルリスク管理者についてもデータサイエンス等の学位を持った優秀な人材はAmazonやGoogleなどとの人材争奪戦になるので、優秀な人材確保が難しい。特に日本国内でこのような専門家を採るのが難しいので、日本人のモデルリスク管理者は少ない。社内異動でモデルリスクを突然担当するようになると、リスクの本質というよりは、プロセスのマニュアル化、報告書の充実に傾きがちである。モデル管理をまじめに追及するがため、モデルリスク管理者を大量に採用し、事務効率化が行われないままコストが膨大に膨らみ、生産性が更に低下するという事態だけは避けなければならないと思う。

米国ではモデル高度化よりストレステスト

米国ではCollins Floorによって内部モデル方式がほとんど意味をなさなくなってはいたが、ついにこうした先進的手法が廃止される可能性が出てきた。信用リスクの内部格付手法(IRB)、カウンターパーティーリスクに関する内部モデル手法(IMM)が米国で廃止されると先週報じられたのである。

最終決定はFRBの新人事待ちということだが、ここまで具体的な情報が出てくるということは、ほぼ決定なのだろう。これでまた、米国の資本規制が他国と異なる方向に向かうことになる。こうした資本規制の変更は実はマーケットに大きな影響を与える。引き続き短期の為替、レポなどは米銀にとって厳しい取引になるだろう。

これで米国はストレステストをベースにした資本規制が柱になることが確定した。内部モデルに時間とリソースを割くよりは、ストレステストを充実させる方向が継続する。内部モデルを高度化してリスク管理を担当していた人がいなくなり、ストレステストを充実させてリスク管理を強化するための人材が増えている。最近本邦のリスクマネージャーと話をしていると、資本規制については話が全くかみ合わなくなってきているが、それほど日米で資本規制の方向性が異なってきているということなのだろう。

それにしてもなぜここまで米国では、資本の充実性が強調されるのだろうか。しかも先進行にとっては、リスク管理を強化しても資本賦課は減らない。モデルを使って規制資本を下げることができなくなっている。これは先進行にとっては不利だが、もともと標準法を使っていた中小銀行にとっては朗報である。もしかしたら一部の大手行にビジネスが集中するのを避けたいという意図が米国当局にはあるのかもしれない。

昨今の市場変動を見ると、確かにストレステストをベースにするのには一定のメリットはあると思う。難しいのはどのくらいのストレスを想定すべきなのかという点だ。たとえば2022年3月に起きたニッケルショックのような価格変動を織り込むと、何も取引ができないことになってしまう。リスクマネージャーとしては、極力保守的なストレスをかけようとするが、それをそのままリスク委員会等にもっていくと、経営陣が取引にストップをかけてしまう。結局どれくらい厳しいストレスをかけたかという点は議論されず、単に数字が独り歩きしてしまう。今後は経営陣にもリスク感覚が要求されるということなのだろう。アルケゴス事件で明らかになったように、結局経営トップの責任が問われるからだ。

デリバティブ取引の担保が急増

2021年版のISDA Margin Surveyが公開されている。証拠金規制によってこの数年の間にどのくらいマージンが増えてきたかを見てみると、特に昨年の増加分が激しい。このグラフは、初年度に規制対象となったPhase 1の大手ディーラーが受け取った担保額である。IMは規制上求められるIM、IAは規制対象外であるものの受領しているIndependent Amountである。

確かにPhase 5の対象者数が多かったというのもあるが、38%増というのはかなりの伸びである。IAの方が比較的安定しているで、増加分のほどんどが規制上求められているIM(Initial Margin)ということになり、IMだけを見ると58%増である。

ISDA Margin Survey 2021 ($bn)

あと3か月程度したら9月1日からPhase 6の市場参加者が加わるが、ここで更にどのくらい伸びてくるかに注目が集まる。30兆円程度となるのでかなりの金額がIMまたはIAとしてカストディアンに眠っていることとなる。

また、中国におけるネッティングが今年可能になる見込みなので、中国の大手銀行も証拠金規制対象となるため、ここからもIMの増額が見込まれる。また、市場変動が大きくなっているため、SIMMの数字が大きくなり、デリバティブ取引の総額も増えているというのも、IMが増えている原因かと思われる。

Phase 1対象者が受け取っているIMの74%が現金となっているが、IAの方は44%が現金であり、証拠金規制のかからないカウンターパーティーからの担保は現金以外の国債や社債で受け取っているようだ。

一方CCPにおけるIMは2021年に若干の減少となっている。特にLCHの減少が大きい。こちらも$323bnで相対取引のIM+IAと同水準なので、市場全体では80兆円近くのIMが存在していることになる。これに加えてVMがあるので、金融取引の担保額は証拠金規制導入後急増した。ここまでくると市中に流通しているマネーサプライにも若干の影響があるのかもしれない。