カウンターパーティーリスク管理の主流はストレステストに

Archegosの件でカウンターパーティーリスクに関する基準が大きく変わった。これまではリスクの高いカウンターパーティーのエクスポージャーを管理することに主眼が置かれたが、Archegos以降は、サイズに注目が集まるようになった。これにロシアのウクライナ侵攻によるコモディティ価格の急変が重なり、従来型のPFEやVaRといったリスク計測手法からストレステスト重視の方向へシフトした金融機関が多い。

Risk.netの記事にCSのArchegosポジションのRWAはSA-CCR適用を仮定すると$1bn程度という意見が紹介されている。確かにCS全体のRWAである$275bnからすると微々たるものであり、RWAがこのポジションの制約にはならなかったというのはもっともである。しかし、$1bnはそこそこの大きさであり、RWAの10%でも$100mmなので、ROEのターゲットを満たせないように思う。したがって、SA-CCRのもとでROE分析を適切に行っていれば、どこかでプライスを引いて出そうということになったかもしれない。

あとはストレステストだが、大手米系に適用されるCCARのシナリオを適用すると$3.7bnのストレスロスになるという推計が報道されている。CCARで$3bnを超えるとなると確実に経営トップへの報告が必要なレベルだろうから、その意味では、CCARによる分析が適切に行われていればある程度Red flagを経営陣が検知できたかもしれない。だが、CSの場合は英国法人に取引をブックしていたため、米国CCARの対象外だった。しかも、その規模から英国のストレステストであるACS(Annual Cyclical Scenario)の対象からも外れていたようだ。そもそもACSはコロナによる免除期間中だったので適用外であったうえ、ACSが有担保取引を除外しているため、英国ストレステストでは、このエクスポージャーを捉えることはできなかったであろう。一方、欧州EBAによる新ストレステストが適用されていれば$10bn近くの損失だったとのことだが、そもそもEBAのストレステストがArchegosリスクを捕捉するために作られていることを考えればこれは当然だろう。

米国当局は資本賦課も含めて完全にストレステスト重視に舵を切っており、これには大きな異論はない。ただし、ストレステストはどこまでも保守的にできる。それを取締役会等に報告した場合に、その意味がどこまで理解されるかが問題である。非常に保守的なストレステストを行い数千億といった巨額損失が起きる可能性があると報告すれば、その前提が極端に保守的だったとしても、取締役会がそのようなリスクテイクを承認する可能性は極めて低い。たとえば、株価が8割下がるといったような簡単な前提なら良いが、為替が20%動いて日米金利差が3%開いて、長期の為替のベガが50%上がるシナリオとかいう話になると、取締役会の議論はまとまりのないものになってしまう。

リスク管理担当者としては、綿密な分析を行い、極力あり得るシナリオを考え、完璧な分析を行ったつもりでも、経営トップの理解が追いつかないと、そもそも取引できる範囲が限られてくる。こういう場合になかなか承認が得られにくいのが、CCPによるクライアントクリアリングだったりする。CCPのルールによってIM等を動的に変更することにより、OTCよりはリスクが低いはずなのだが、いかんせんサイズが大きく収益性が低い。まともにストレステストを行うと、ほとんどのケースで資本ハードルを満たせず却下ということになる。とは言え、顧客サイドのコスト削減圧力は強いだろうから、手数料引き上げは困難なことが多い。もしかしたら今後クライアントクリアリングサービスは、複数のディーラーが撤退して手数料水準が上がってくるまでの間は、非常に苦しい時代に入ることになるのかもしれない。

その他、マージンローン、レポなど、参照資産が50%とか80%一気に下がるというストレスをかけると、これも取引として成り立たなくなる。為替についても、ペッグ制をとっているHKDなどの通貨についてペッグが外れるシナリオを取ってくると、これも取引が厳しくなる。また取引が一方向に偏りやすい日本のフローも心配だ。すべての金融機関が保守的に動くことにより、ドル調達リスクが高まることになるかもしれない。いずれにしてもSA-CCRとストレステストという2大要因によって市場の流動性に大きな変化が起きてきそうな予感がする。