久しぶりに臨戦体制となった1週間だった。リーマンショックの初期と似たような雰囲気にも思えたが、マーケット変動は当時に比べても拡大してるように思えた。
特に取引流動性の枯渇が著しい。最も流動性があると思われていた米国債ですら、かなり乱高下し、取引スプレッドが上昇し、取引にかかる時間も長くなった。これがスワップやオプション取引にも波及している。
ICEのボラティリティーインデックスなどを見ても、コロナショック初期の変動を超えている。実は米国債の流動性問題が、各種資産やデリバティブ取引の変動を拡大させ、危機を増幅してるのかもしれない。ここまでの変動はかつてなかったと言う声も多く、ヘッジファンドが損失を被っていると言う報道も多い。スワップのb/oが4倍になったと言う報道もあった。ショートポジションをとっていたCTAの損失拡大も報じられている。
ここから更なる規制強化が予想されるが、それが流動性低下を加速される危険性もあるのではないか。実はこちらの方がリスクという気もする。規制強化により米国際取引から撤退をする投資家や銀行が増えると、市場流動性はさらに低下するだろう。それが金融全体にとって良いのかどうかよくわからないところである。
マーケットは、SVB(シリコンバレーバンク)の話で持ち切りだ。規制強化によって銀行破綻は起きないものと思っていたが、思わぬ騒ぎが銀行株の急落を招いている。とは言っても同じことは世界中で起きており、各国の生保、各国の地銀や中堅銀行など、金利上昇によって保有債券価値が極端に下がっているところは極めて多い。単に財務諸表上で未実現損失を抱えているだけなら持ちこたえられるところを、預金引き出しやマージンコールが起きると保有資産の売却を余儀なくされ、危機が現実化する。
コロナショック後の過去3年くらいの間に金利が低下し、多くの預金が集まってきたが、それを全額貸し出しに回せず、相当な資金が債券投資に向かった。FDICの統計によると、米国では2020年頃から4.2兆ドルもの資金が預金として集められたが、そのうち貸し出しに回ったのはたった10%程度とのことである。残りのうち約2兆ドルが債券投資に振り向けられている。以前は全体の債券投資額が4兆ドルだったことを考えると約50%増となったことになる。
結果的にその後の金利上昇により、これらの投資はマーケットのピークでエントリーしたことになり、損失額は0.6兆ドルと見込まれている。同時期にJPMなどは0.7兆ドルの預金を増やしたが、債券投資は0.2兆ドル程度しか増えていない。しかし、バンカメなどは増えた預金がほとんど債券投資に回っているようなので、銀行によってかなりばらつきがあるようだ。
日本の銀行にも外債投資からの損失報道があったことから、同じようなことはグローバルで起きている。しかし、債券の場合、これを時価評価するかどうかにすべてがかかってくる。昨年末に台湾の生保が債務超過に陥っているという報道があった。その後当局が会計手法の変更を認め、時価評価が免除され、債務超過を免れた。一部のリスクマネジャーからはいんちきだと言われたが、債券の場合、最後まで持ち切れればパーで償還される。特にリスクが高い債券ばかりが保有されていた訳ではなく、米国債や高格付の社債が多かった。確かに時価損失は出ていたものの、それで台湾の生保をデフォルトさせる意味はあまりない。金融危機時に、日本ではCVAを時価評価していなかったために損失が出なかったのと似ている。
株式やハイイールド債、仕組債などには確かにリスクがあるが、米国債のような資産を多く保有していても、今回のような経営危機が起きてしまう。確かに銀行であればもう少しきちんとしたリスク管理をしておくべきだったが、同じような状況にありながら会計方針が異なるために難を免れているところも多いものと思われる。CVAの時もそうだったが、つくづく会計というのは重要である。
また、保有債券を売らなければならない事象が発生する場合にも注意が必要だ。銀行でいうと預金引き出し、生保や年金などのリアルマネーでいうとマージンコールだろうが、これはデリバティブ取引をしているときに限られる。今回のケースをリーマンショックになぞらえる意見も出ているが、銀行全体というよりは、一部の銀行に限られた動きになるものと思われる。
USDLIBORの公表停止の6月末がが近づいてきた。2021年12月に円金利スワップで行ったようなConversion手続きの準備が佳境を迎えている。今回は米国が中心なので、外資系の場合は米国チームが中心になって作業を進めてくれているが、日本の市場参加者は日本で陣頭指揮を執っているのだろう。
JSCCやLCHで行ったような取引の変換作業は、一部別日程に分けるものもあるが、メインはCMEが4月の22-23日の週末、LCHが5月の20-21の週末となる。他の通貨はほぼ1から2週間差だったと記憶しているので、1か月の間隔は長いように思えるが、おそらく件数が膨大になり作業に不安を抱えた市場参加者の希望もあったのだろう。
一か月間はCMEではSOFRスワップ、LCHではLIBORスワップが残る形になる。リスク管理者としては、どのようにレポートされるか頭の痛い問題である。この間の資本計算、各種当局報告、リスクリミットの使用状況など、臨機応変な対応が求められる。
作業自体はCMEのドライランも終わり、他の通貨で経験を積んでいるので、滞りなく行われることが予想される。CMEが約4.5兆ドル、LCHが$70超ドル程度と報じられていたが、自発的な変換や満期を迎える取引もあるだろうから、実際の件数はもう少し少なくなる。それでも英ボンドの金利スワップの時の3倍を超える量になる。
変換といってもLIBORスワップがSOFRスワップに変換されるだけではなく、実際は短期のLIBORスタブをカバーするスワップとメインのSOFRスワップに分かれる。時価調整のためにスワップを作るケースもあるので、一つの取引が2つ乃至3つに分かれることになる。この辺りはこれまでの経験とユーザーの要望により若干方式を変えているようである。確かにいきなりUSDの変換だと混乱が生じていたかもしれないが、ポンドや円の変換作業の経験があるので、何となく安心感が漂っている。
あとはターム物SOFRや先物など、BSBYなどのクレジットセンシティブレートなど、今後のドル金利市場がどのように変化していくかに注目が集まる。円についてもTFXとOSEの二つの先物が上場されるが、TORFの使用、TIBOR改革と今後の動向にも注意が必要だ。いずれにしても、思ったよりスムーズにLIBOR移行が進んだのは、当局や市場参加者の努力の賜物だろう。
アジア各国の市場開放が急速に進みつつあり、世界の資金を巡る競争が激しくなっている。中国では、デリバティブ取引についてネッティングが認められ、Swap Connectのパブコメなどが海外投資家の注目を集めている。ロシアのような轍を踏まなければ、中国が世界においてもかなりの影響力を持つ市場に成長していくことは間違いない。これまではオンショア・オフショアの市場分断があったが、矢継ぎ早の市場開放策によって海外投資家がオンショア市場にアクセスする方法が確立しつつある。
韓国でも為替市場の取引時間拡大が予定されており、ドルで決済するNDFからのシフトが予想される。利便性向上によってKRWのプレゼンスも上がってくるだろう。RFIと言われる登録金融機関に対しては、インターバンク市場における為替取引も解放される予定だ。これにより、アセマネなどがオンショアのKRWの為替市場にアクセスしやすくなり、KRW資産への投資が増える可能性がある。NDF市場においてはKRWが最大のシェアを占めていることから、意外と影響は大きくなるかもしれない。これらの改革はMSCIのグローバルインデックスに加わる、また韓国国債がFTSEのWorld Government Indexに加わるという韓国当局の長年の悲願を後押しするだろう。
これらの市場開放策が施行されるのは来年になる見込みだが、各国ともグローバルな金融市場における地位向上に躍起になっている。特にNDFについては、国のコントロールが効かないところでマーケットが混乱する可能性も捨てきれないので、なるべくオンショアの市場を開放した方が良いというのは明らかだろう。マレーシアやインドなどその他のアジア各国でもこうした市場開放策が矢継ぎ早に検討されている。
日本においても金融庁が世界に開かれた国際金融センターの実現について 各種努力を続けており、投資家の誘致、手続きの簡素化、英語によるサポート、税制の整備等で成果を上げつつある。海外の動きをみていると、今後は、アジア各国のように市場の活性化策も加え、日本の金融都市としての地位向上を進めることが重要になってくるだろう。海外当局と話をしていると、もと金融機関勤務経験を持つ担当者が多く、内容もかなり専門的になっている。日本でも一部嘱託、期間業務職員の募集を通じて専門的知識を活かそうという動きがあるが、海外の回転ドア的な人材交流が活発化すれば、日本の金融行政の高度化に資することになるだろう。
ARRCがTerm SOFRの利用はローンや債券などのヘッジに限るべしというガイドラインを出してから、業界としてはこれを守ろうという姿勢を続けてきた。しかし、マーケットに歪みが生まれ始めるとともに、顧客ニーズも急速に高まってきた。
もともとは、LIBORの二の舞にならないよう、流動性を後決めSOFRに集中させようということで、後決めSOFRよりも、それを参照するTerm SOFRの取引量が先行して増えないようにとの配慮からのガイドラインだった。そのため銀行間でのヘッジを抑制し、Direct Hedging of Cash Contractにその利用を制限してきた。一応アセマネなどバイサイドには解放されたが、インターバンクでヘッジができないとどうしても使い勝手に劣る。
マーケットでヘッジできないため、コストをチャージせざるを得ないが、当然マーケットリスクリミットもあるため、無尽蔵に取引ができる訳ではない。顧客からのリクエストに応えることができなくなってきているマーケットメーカーが多くなっているものと推測される。一方コンプライアンス違反を恐れる市場参加者は、そもそもどのような取引なら認められるのかで意見が分かれることがあり、日本を含むアジアでも混乱が起きているようだ。本当にローンや債券のヘッジなのかどうやって確認するのか、何か証拠の提出を求めるべきなのかといった懸念はつきない。
もうここまでの取引量になればあまりインターバンク取引を禁じる効果も少ないように思える。しかも、金融危機後の規制強化や罰金罰則により、銀行のコンプライアンス意識は以前とは比べ物にならない程に高まっている。確かに未だにSpoofingやインサイダー取引などに手を染めるトレーダーはいるかもしれないが、Term SOFR取引をやってしまえという大手市場参加者はほとんどいないと思われる。もしTerm物が増えすぎて問題になるようだったら、ガイダンスを一つ出せば雰囲気は一気に変わるだろう。だが、1月にARRCのSOFRタスクフォースが解禁を見送ったことから、Term物の利用が直ちに認められる気配は見えない。
ターム物と後決めSOFRのスプレッドに巨大な変動が起きたりしてマーケットが混乱するまでは、このままの状態が続くのかもしれないが、結局コストを払っているのは最終投資家のように思える。ここまで問題になるのだったらターム物を作らない方が良かったのかもしれない。欧州ではターム物がなくてもそれほど問題になっておらず、日本でもTORFがそれほど使われている訳ではない。後決め金利も、いざやってみるとそれほど大きな混乱もなく受け入れられている。今からTerm物をなくすというのも選択肢なのかもしれないが、さすがにベンチマークを作ってしまった側からすると後戻りはできないのだろう。
中国のSwap Connectについての市中協議が始まっており、パブリックコメントの締め切りは来週3/4となっている。Bond Connectのスワップ版だが、これが始まると中国オンショアのCNY IRSマーケットへのアクセスが海外に解放されることになる。
中国には様々なライセンスがあるが、既にCIBM Direct、Bond Connect、AFIIなどに参加している投資家はSwap Connectも問題なく使えるものと思われる。契約書としては、中国版のマスター契約であるNAFMIが認められるのは間違いないが、ISDAが使えるのかどうかは、正式にアナウンスがない。しかし、さすがにISDAを排除することはないものと思われ、もしNAFMIに限るということになれば、中国の市場開放が一歩後退とみなされるリスクもあろう。
清算集中の話も進んでおり、中国のCCPである上海クリアリングハウスと香港のHong Kong Exchangeも使えると報じられている。おそらく相互接続などでInteroperabilityを達成しているのではないだろうか。HKのCCPが使えるのであれば、既になじみのあるフローなので手間が省ける。
各種統計をみていると、人民元やCNY IRSのシェアが急速に高まっており、グローバル金融市場における中国の存在がますます大きくなりつつある。Swap Connectの使い勝手が良ければ、一つの大きな市場となるのは間違いなく、アジアでビジネスをする以上は無視することはできない。ここ1、2年は特に中国サイドもグローバルスタンダードに合わせるべく様々な改革を行っている。その影響力の大きさを考えると、取引ができる環境だけでも整えて置いた方が良いのだろう。
ここ数年で決済期間の短縮がかなり進み、米国では株式と社債の決済期間のT+1化に向けて準備が進められている。日本でも2018年から国債の決済期間がT+1になり、GCレポのT+0化も検討されている。米国でT+1化の話が進み始めたのは、2020年のGameStop株騒動によるものだが、急速な株価変動によって生じた証拠金が払えなくなり、一時的に取引が停止された。これは決済期間である2日間の証拠金をカバーする必要があったためであるが、これが1日に短縮されればリスクが低下し証拠金が少なくなるという理由によるものである。
実は米国の決済期間は、大昔はT+1だったが、取引量の増大に対応するため、一時はT+5まで長期化していた。すべてを手作業で処理していたためオペレーションが追いつかず、決済期間が長期化していたのだが、テクノロジーの進歩によって昨今はこれを究極まで短縮するという試みがなされている。日本ではT+3から徐々に短縮化が図られているが、リスク削減というよりは、グローバルスタンダードに併せようという側面が大きいように思う。テクノロジーの進歩によって自動化と省力化が進む海外と異なり、ITコストより人件費が安いからか、手作業で必死に短縮化を目指しているような印象もある。顧客の要望に合わせたカスタマイズをするため、そもそも自動化が困難な事務プロセスが多いことも障害になっている。
海外の事務フローは、STPガイダンス等もあって、自動化とSTP化が当局主導で進めれており、ここに特殊なカスタマイズされたプロセスを組み込むのは不可能になっている。株式と社債のT+1化に向けて更なるIT投資が増えており、人海戦術で対応しようというところは少ない。メインフレームコンピューターによる一日一回のバッチプロセスを行っているところは少なくなり、1時間ごとのバッチに移行したり、ほぼリアルタイムでのデータ更新が主流になりつつある。車の設計変更を、周期的なものから随時変更にしたテスラのような変革が金融業界にも起きている。
数多くのFintech企業が生まれ、こうしたPost Tradeのプロセスを支援するサービスを拡大させている。移行時期については来年の5月か9月で議論されているが、いずれにしてもあと1年ちょっとでT+1化が実現されることは間違いない。期限まであまり時間がないことから、業界ではかなりの混乱がみられるが、もう後戻りはできないことは理解されているので、世界的に更なるIT投資が加速することになるだろう。
日本でも海外並みにIT予算を増やせるのだろうか。ある程度までは手作業でついていけるかもしれないが、最近の技術進歩を考えると、T+1の次はT+0、リアルタイムへとシフトすることも考えられる。日本でもこうした流れに併せてシステム投資を拡大しないと世界から取り残されてしまう。
TriOptimaやQuantileのコンプレッションやOptimizationは、完全にBAU(Business as usual)のプロセスとして定着したが、欧州議会は、このOptimizationによって生まれた取引の清算集中規制免除を認めない方向になりそうだと報じられている。英国はこれを免除する方向で、欧州当局のESMAも免除を主張し続けているので、未だに意見が分かれているようだ。
コンプレッションは、当初はCCPで清算された取引間、あるいは相対取引間で行われていたが、昨今ではこの両者を組み合わせて最適化を図る動きが加速してきた。こうした際に清算集中規制免除がないと、完全な最適化が達成できない。
例えば、金利が下がると損失が出るスワップションポートフォリオがあった場合、固定受け金利スワップを加えれば、ポートフォリオ全体の金利リスクが減るため、資本コストや担保コストを削減できる。しかし、金利スワップには清算集中規制がかかるため、金利スワップがCCP、スワップションが相対となり、こうした削減が行えない。スワップションの売りと買いを組み合わせて金利スワップと同等の効果を持つ取引を行って最適化することは可能だが、効率は落ちる。
他にもDaycountやPaymentにイレギュラーな条件が入っていてクリアリングができない金利スワップなども、スワップションを使ってOptimizationをしなければならない。しかし、地銀のように顧客の要望によって行われた特殊なローンヘッジのため、CCPで清算できない金利スワップを行った場合、Optimization効率を高めるためだけに、これまで取引したこともないスワップションを新規で入れるのには抵抗があるだろう。
欧州議会の懸念は、この免除を認めてしまうと、銀行がCCPの取引を相対に移すインセンティブが生まれてしまうということらしい。現場の感覚からすると、こんなことを考える市場関係者は皆無だろう。現状の規制の下では、CCPで清算した方が資本コストが大幅に削減できる。コンプライアンスも10年前とは比べ物にならないくらいに厳しくなっている。規制逃れの疑いがかけられるリスクを冒してまで、わざわざ資本コストが高くなる相対取引に取引を移そうというインセンティブがどこにあるのか全くわからない。もしかしたら、こうした免除が英国のCCPであるLCHの利便性を向上させてしまうから、欧州が嫌がっているのかもしれない。こうした覇権争いは金融にとっては百害あって一利なしである。
今後は、米国でOptimization取引の清算集中免除が認められるかが重要である。コンプレッションでこれを認められている以上、Optimizationにも免除される可能性が高いと思われる。英国が免除に舵を切り、これに米国が続けば全体の流れが変わるだろう。
過去30年くらいの間、銀行は自らのリスク管理の高度化を目指して内部モデルを改善してきたのだが、残念ながら内部モデルにコストをかけるのを諦める銀行が増えてきた。規制強化によって、内部モデルは銀行が自由にパラメータを変えられる恣意的なものだという懸念が高まったことにより、リスクを一律の簡便法で評価する標準方式へとシフトしている。
バーゼルIIで内部モデル方式が認められてから、日本の金融機関でも内部モデルに対しては相当のリソースを投入してきた。より先進的な手法を活用するためにモデルを担当する人員を増やし、システム開発も進めてきた。単に規制だからという理由を超えて、内部モデルを高度化してリスク管理能力を高めようという動きは、少なくともプラスの影響を銀行経営に与えており、金融リスク管理の高度化に資するものだったと思っている。
米国当局は、信用リスクの資本賦課の計算に内部モデルの利用を認めない方向に動くだろうと言われている。自らのリスク管理の高度化のため、内部モデルを維持するところもあるだろうが、当局が推奨しないモデルを使い続けて良いのかという意見も当然出てくる。何よりも、内部モデルの維持のためにかかるコストが大きいので、本当の理由はコスト削減ということなのだろう。
内部モデルのパラメータを集めるために蓄積してきたデータに連続性がなくなってしまうのも大きな損失だ。PD、LGD、EADといったデータは、信用損失を推計するためには極めて重要なデータだった。大昔ではあるが、クレジットリスクモデルを担当してキャリアを築いた身としては極めて残念なことである。
現場でも、取引可否をめぐっては、標準法で計算される資本コストをベースに議論が進んでいる。リスクを表す指標としてではなく、単にかかる資本を示すものという理解になってしまっている。人員も減らされ、システム投資にかけられる費用も毎年減ってきている。
ストレステストやCCARなどもあるので、これまで蓄積した知識がすべて失われるものではないが、クレジットリスク管理の進化が止まってしまわないようにしなければならない。以前であれば、高度なリスク管理能力を持つことによって、業界の地位を高めることもできたが、リスク管理モデルが、単に当局に言われたことを最低限満たすものに成り下がってしまうと、当然コストをかけてリスク管理を高度化しようというインセンティブが失われてしまう。
金融危機を経験して、当局サイドが銀行の内部モデルに対する不信感を持ってしまったことは致し方ないが、信用できないから一律に簡便法で縛ってしまうことが、本当に金融の健全性向上に資するのかを考えなければならない。高度なリスク管理能力を持たない中小銀行が、標準法によって先進行と同じ土俵で勝負できるようになったというコメントも聞かれたが、これはLevel Playing Fieldと言えるのだろうか。高度なリスク管理能力を持っているからこそ、取引量を拡大できるのであって、リスク管理能力を持たない銀行が、標準法へのシフトによって、高度なリスク管理を行う先進行から取引シェアを奪えるようになったというのは、本当に規制が目指す方向なのだろうか。
MicrosoftがBingのプレゼンテーション を行ったが、久しぶりに時代の変化を感じさせるものだった。これならデフォルトブラウザーを変えようかと思ったくらいだ。
ここまでのことができるのであれば、金融にももっと変革が起きて良いだろう。最近ではAMM(Automated market-making)が話題になっているが、マーケットメークを人手を介さずに自動に行うということは、MicrosoftのYutubeをみると極めて自然のことのように思えてしまう。これができると、証券会社やブローカーなどの仲介は必要なくなり、機械が自動的に売り手と買い手を結び付ける。そしてブロックチェーン上でDVP決済が行われるので、オペレーションの手間もかからない。決済からクリアリング、取引報告までが一気通貫で可能になる。
特に為替取引においてこの技術が最も利用しやすいと思われるが、そうすると為替の取引コストはほぼゼロに近づいていくだろう。現在日本の銀行でドルを円に換えると約1%程度取られてしまうこともあるが、これがゼロになれば、個人の利便性と銀行の収益性に影響が出るだろう。海外旅行などのために空港で両替をするというのも過去の産物になるかもしれない。
政府サイドでもデジタル通貨を研究する国が多くなっており、米国もシンガポールと共同調査を行っている。日本の話があまり出てこないのが淋しい限りである。そもそもWeb上の情報をもとに情報処理を行うということは、英語が標準言語になっているということである。日本語が母国語のネットユーザーは全体の3%を下回り、Web上の情報量としても3.6%しか占めていない。シンガポールやアジア各国では英語を問題なく使いこなす若手が多いため、ますますこの分野における日本との差が広がっている。
アルゴ取引やカスタマーサポートなど、海外では急速な変化が起きており、日本の金融が少し心配になってきた。銀行のIT予算も海外では急速に膨らんでおり、人を減らしてITにリソースを振り向けている。日本でも一部スタートアップで先進的な試みをするところが増えてきているので、何とか世界の流れに遅れないようにしたいものである。
FRBが米国におけるレポビジネスに関連してBNP ParibasにのResolution Planを却下したことが報じられていたが、OFRのデータ をみると米国債レポ市場におけるフランス系のシェアが落ちているように見える。FDICのウェブサイト 上では、The shortcoming is related to the continuity in resolution of the bank’s securities repurchase agreement activity for their US operations.とぃう書かれている。米国におけるレポ取引に関する破綻・再建計画の継続性に疑義が示されている。米国のレポをフランスからBookしているのが問題視されているのだろうか。
米国のレバレッジ比率規制であるSLRが施行されてからは、米銀がレポを出しにくくなり、その分をフランス系、カナダ系、日系銀行が補ってきた。米銀は期末時点だけでなく、平均的に残高を減らしていないとSLRが低下してしまうが、欧州では期末時点を使えば良いこともあり、レバレッジ比率を低下させることなく、期末以外にポジションを積み上げることが可能だった。これをバーゼルが”粉飾”と表現したことで風向きが変わってきたが、今回はそれ以外にも何か動きがあったのかもしれない。
当然レポでレバレッジをかけすぎるのは良くないが、債券を担保に短期調達をすること自体に問題がある訳ではない。国債の流動性向上にも資する。一方、日本国債の利回り拡大に賭けるヘッジファンドが、国債先物をショートする以外に国債を空売りするケースもある。レポで国債を借りてきて、金利が上がれば収益が上がる取引だ。カレント銘柄に関しては日銀の保有比率が100%を超えてしまったが、日銀が貸したJGBがこうしたファンドに流れ、最終的に回りまわって日銀に戻ってくることもある。そうすると日銀の保有比率が100%を超える。
海外では、国債や社債を保有しているファンドがそれらの債券をレポに出して収益上乗せを図ることも多いが、日本ではあまりこのような動きは見られない。ニーズがないので国債以外のレポはほぼ皆無で、社債レポ市場は全く育っていない。仕組み的にはカストディアンや信託銀行を使えば、今でも不可能ではないと思うのだが、いかんせんレポをやりたいという投資家が少ない。
社債ファンドが増えてくれば、海外のようにレポのニーズが出てくるかもしれないが、やはり金利が上がらないからか、日本では株式ファンドばかりである。米国では金利上昇に伴い株式から債券へのシフトもいくらかみられるようになってきたが、日本でこうした債権投資が活発に行われたのは、バブル期のリッコー、リッチョ―、ワリコーなどが最後ではないだろうか。
今回金利が若干動くようになって、日本が世界から注目を集め始めた。日本でトレーダーを雇いたい、日本で拠点を設けたいという話も少しずつではあるが、話題になりつつある。やはり市場が盛り上がってくれば、それなりに経済規模が大きい日本に対する関心というのはあるはずだ。金利を低位安定させたいというニーズは理解できるが、やはり、マーケットが動かないと海外からの関心が盛り上がらず、流動性も向上しないのだろう。
昨年1月のSA-CCR導入は、FXマーケットにかなりの影響を与えた。特に米銀の一部がプライシングを大きく変えたことにより、ヘッジコストが変動した。ここから為替取引に対する資本コストを気にする動きが拡大し、クリアリングを検討する動きも出てきた。このような中、LCHのFX Smart Clearingが注目を集めている。
これは、第三者のコンプレッションベンダーがデータを集め、LCHでクリアすべき為替フォワード、為替スワップを選び出し、マージンコストを増加させることなく資本コストを削減しようというものである。昨年7月にもテストランが行われたが、今回は平均50%の資本コスト削減が可能という結果だった。想定元本$460mmの削減、資本コストも$230mmの削減となっている。2023年はこうした最適化の元年ということになるだろう。
当然為替フォワードと為替スワップはIM規制の対象ではないため、当初証拠金を削減するというのは不可能なのだが、証拠金コストと資本コストのバランスを最適化することは可能である。
また、STMが利用できるというのも大きなメリットである。STMは、Settle to Marketの略で、担保授受を取引の決済のように扱い、30年スワップを日々決済する1日スワップと解釈することを可能にする(厳密には1日までは短縮できず1年のようなフロアが設けられる)。一部の為替取引をクリアすることにより、カウンターパーティーリスクを減らすことも可能になる。NDFと組み合わせて当初証拠金を減らすことすら可能かもしれない。LCHにおけるDeliverable取引とNon Deliverable取引のネッティングは2月から可能になる予定である。
CCPにおける取引と相対取引、FX Spot、Foward、Option、NDFなどの複数商品、SwapAgentとの接続など、ポートフォリオ最適化は単なる想定元本削減から、次の段階に入り始めた。当初日本の参加者は多くないのだろうが、こうしたリソース削減にも注意を払っていった方が良いだろう。
欧州ガスデリバティブにおいて、CCPで取引されないOTC取引のシェアが、1年前の15%から1月第二週に25%へ上がったと報じられている。価格上限が設けられたことが影響しているという報道が多いが、増え続けるCCPの証拠金を敬遠する動きもあるのだろう。実際に上限が入るのは2/15からなのだが、どの程度のシフトが起きるかに注目が集まる。
ICEでは、EUの規制の及ばない英国において2/20からTTF先物の取引を始めることをアナウンスしているが、上限のあるEUの先物と、上限のない英国の先物が分かれることになる。EUも負けじとOTF(欧州版のSEFのようなもの)で上限のない先物の取引をはじめるので、マーケットが混とんとしてきた。そもそもここまで流動性が下がっている中、市場を分断させるのは通常望ましくないのだが、今後どの程度の流動性ショックが起きるかに注目が集まる。
トレーダーとしてはOTCで上限無しの取引をした場合、それを上限有りの商品でヘッジするのはあり得ない。当然社内のリスク管理上もそんなTailリスクは取りたくないだろう。そうすると当然上限有りマーケットと上限なしマーケットの二つが分断される。上限がある方が価格変動が抑えられるので、当初証拠金が少なくなる可能性もある。そうするとファンディングコストや資本コストが異なるので、プライシングにも差が出てくる。CCPの参加者にデフォルトが発生した場合、上限有りのポジションを取っても良いという参加者が少なくなり、オークションの成功可能性が低くなることも考えられる。
当局サイドも3/1まで市場の動向を注視し、評価を下すことになっているが、市場の動きが上限撤廃を促すような形になるかもしれない。日銀のYCCのように50bpで上限をつけていたら海外投資家がそれにチャレンジをし始めたというのと構図は同じであるが、JGBとは流動性が格段に異なる。ただし、国債のカレントと先物やスワップ金利が乖離したのと同じことが起きてもおかしくない。上限撤廃を目論んで投機筋が動き出さないとも限らない。こうなるとリスク管理者としてはなかなかこのリスクを持ちたくなくなるため、流動性が枯渇していく。最終的には、上限撤廃を余儀なくされるのではないだろうか。
ESMAからEUの証券市場のおけるAIの活用についてのレポート が出ている。取引執行やポストトレード処理の最適化に人工知能が使われることが多くなり、大量執行時のマーケットインパクトやフェイルが減少しているとのことだ。AIがどのような局面で使われるかを詳述しているので、日本でも参考になるだろう。
やはりメインは取引執行時のマーケットインパクトの低減だが、これは取引コストの減少につながるので、マージンの低下に悩む金融機関やブローカーにとっては非常に重要である。投資家目線では、取引前に価格がどのように動くかというシグナルを分析し、投資機会を特定する局面でも使えると書かれている。
こうなると信頼性の高いデータをどこまで蓄積するかが重要になる。金融機関や取引所には膨大なデータが眠っているはずなのだが、使い勝手の良い形でそれが蓄積されているとはいいがたい。こうしたデータ分析に関しては小売り業界、IT業界の方が進んでおり、最近では金融機関とテクノロジー企業の連携も目立つ。SDRなどはかなり幅広く分析されているが、リアルタイムレポーティングなどは米系のデータが中心になるため、若干偏ったサンプルになる。特に日本のデータが最も得られにくい。当初はETPのデータなども参照していたが、ETP業者ごとに分かれているのと、該当取引があまりにも少ないため、これを利用しているところは少ないと思われる。
ChatGPTのような対話型のAIは実は金融機関内ではかなり前から存在しており、「次の日銀会合はいつですか」とか、「Amazonの直近の決算は?」などと聞けば、AIが自動で返信してくれるツールは5年くらい前から存在していた。これが今ではかなり高度化して、かなりの質問に答えてくれるようになってきた。ChatGPTが米国の有名大の期末試験で使われまくっていることが問題になっているが、学校側では、提出物がAIで書かれたかどうかを判別するAIを使っていたりする。ここまでくれば、ほとんどの顧客対応はAIで可能になってくる。
米国の銀行に電話したら、声のトーンから個人認証ができてしまうのにも驚いた。当初適当な内容を1分くらいしゃべって登録しただけなのだが、完ぺきな精度で本人確認ができるらしい。この技術が既に完成されているのであればオレオレ詐欺なども防げるのかもしれない。
他にも過去の販売実績を参考に、営業職員のPCに自動的に「そろそろこの商品をこの顧客に勧めてはいかがでしょう」なんてメッセージが出る。そのうち自動的にAIが電話やメールを送るようになるだろう。こうしたことを既に行っている銀行もおそらくあるだろう。
そんな中、米ドルを日本の銀行間で国内送金しようとしたら、ネットではできず郵送のみの対応と言われてびっくりした。日本の金融処理も在宅勤務が増えて改善してきたが、更なる進歩が期待される。
日本にCVAを初めて紹介した「カウンターパーティーリスクマネジメント」の第三版が出版された。第二版から9年が経過しているため全面改訂となっており、最新の動向も随所に含まれている。実務家の書く書籍はそう多くないので、金融の最前線の雰囲気を伺い知ることのできる貴重な本である。
日銀の政策修正を巡って様々な憶測が飛び交ったことから、久しぶりに日本への注目が高まっている。ようやく金利が動き出したこともあり取引も活発になった。円金利スワップの取引量がAUDなどに比べても格段に縮小してしまったのは、市場規模というよりは金利が動かなかったからかと思われるので、今後は以前のような地位に戻っていくことが期待される。
それにしても相変わらずDomestic vs Foreignという構図は変わらない。昔は海外投資家には日本の情報が入らないからミスマッチが起きているのかと思っていたが、実はかなりの情報が英語でも取れるようになっているため、単純に考え方の違いなのだろう。海外で中銀vs投機筋がぶつかった時は、投機筋に軍配が上がることが多かったことも関係しているのかもしれない。
今回は共通担保オペの発表があった時は、その実効性を疑問視する声ばかりが海外からは聞かれたが、国内からは実はかなり効くのではないかという声も多かった。英語の名前が長いこともあるのか、海外ではなかなかその実態が伝わりにくい。ECBのLTROに似たようなものと言うと初めてAhaと言われる。
初日の5年物のオペは平均落札価格が0.145%だったが、その時に0.42%とかの5年固定金利を受けるスワップを行えば、0.275%の利ザヤが確定できる。これを各銀行が行えば、スワップ金利が低下するという理論だ。また、JGBを買ってそれを担保にお金を借り、スワップを受けても良いし、借りた資金を変動貸しに回してスワップを受けても良い。
ただし、共通担保オペがバランスシートや資本計算上どのように扱われるかが問題である。バランスシートコストやROEを気にする外資にとってはあまり大きなインセンティブはない可能性もあるが、普通にレポができない資産等が担保に使えれば検討するところはあるかもしれない。
これを10年までの金利でできるというのだから、うまくいけば10年までの金利(JGBもスワップも)をコントロールできてしまうかもしれない。これが共通担保オペがスワップ版YCCと言われる所以なのだろう。10年超は生保などの需要が見込まれることから、結局日本の金利は、若干上昇するもののある程度のところで止まるというのが基本路線なのだろう。
Close out noticeをEmailで送れないかという検討が、昨年2022年9月にISDAで行われたと報じられている。特にコロナショック時に通知を郵送しようにもオフィスに誰もいないという問題があった時に、なぜEmailが使えないんだという素朴な疑問が持ち上がった。FAXは認められているのだが、そもそもFaxを使わない会社が増えてきており、在宅勤務ではこれを受け取るのも難しい。一応イメージとして受けとってEmailで送る機能もあるので、これを使っているところは問題ないが、最近では、そもそもFaxがどこにあるかを認識していない人も多い。
ISDAでは、クローズアウト関係の通知は、郵送かFaxと定められている。確かに1992年版、2002年版ISDAが作られたころは、まだFaxが普通に使われていたのだろうが、それからかなり時代が変わってしまった。以前は、金融機関の社員が通知を持参することもあったが、実は危険なのではないかという意見があったり、戦争が起きている国などはそもそも届くかどうかわからないという問題もある。ケイマン諸島などに住所だけあって、実際には誰もいないといったケースもあった。他にも、ISDAマスター契約の住所などは頻繁に更新されていないため、既にオフィスがなかったということも起きる。この場合は、とにかくそのオフィスがあったと思われる空き地に書類を置いてきたりといったことが本当に行われていた。
こう考えると通知をEmailで送れるようにするというのは、極めて自然なことのように思えるのだが、いざ移行しようとすると様々な問題が起きる。メールを見落とした場合、サーバーエラーで送れなかった場合、メールがブロックされていた場合、迷惑メールと判断されてしまった場合、ハッキングがあった場合、停電があった場合などにどうなるのかといった議論は尽きない。何をもって受け取ったという証拠になるのかという問題もある。
ここまでテクノロジーが進歩し、電子的コミュニケーションや送金が可能になりつつある中、こうした正式な通信手段に革新が起きないのは不思議である。そもそもこうした通知を送る回数が滅多にないことから、何も変化が起きていないのだろう。書留、受取確認の方法さえ確率してしまえば技術的に難しい問題ではないように思う。こうした受信確認サービスを行う会社を作れば、結構ニーズはあるのではないか。技術的にもそれほど難しいこととは思えない。そしてそれが法的に認められた通信手段とみなされれば、こうした郵送、Fax問題も解決する。とは言え、メールで受領確認の返信があった場合は法的に有効とするといった簡単な方法でも対応できてしまう可能性もある。
いずれにしても、郵送とFaxのみに頼った方法というのは早急に何とかしたいところである。日本国内だけであればそう大きな問題にならないが、どこかの島や、外国の片田舎のようなところに通知を送るのはそれなりに困難である。Faxもあと10年もすれば持っているところが少なくなっていくのではないだろうか。
米国のCCPであるOCC(Options Clearing Corporation)とNSCC(National Securities Clearing Corporation)が巨額のマージンコールが起きた場合に備えて情報共有をするというニュースが出ている。OCCは株式オプションなどの満期に伴う決済がどのくらいあるかという情報を持っており、NSCCは株式取引に関する決済の情報を持っている。これまでは、双方でオフセットする取引があったとしても、その情報が共有されていないため、流動性に難をきたすことがあった。今回はそれを改善しようと様々な議論が行われているようである。ただし、マージンのオフセットまでの話にはなっていないようで、ディーラーやユーザーからは失望感も出ている。
これ自体は米国の小型株で起きたショックを受けての改善であり、日本における取引に大きな影響を及ぼすことではないが、こうしたCCP間の協力が更に進むことが期待される。世界中の取引所やCCPは、皆独自のルールブックに基づいて運営されており、相互接続などが進む機運があまり見られない。特に国が違うとほぼ交渉が不可能に近い。
とは言え、現在の仕組みで将来的に大規模参加者デフォルトがあった場合に、それがスムーズに処理できるとは考えにくい。例えば、日本で大手銀行が破綻した場合、金利スワップ、現物の株式や債券、レポ、CDSなど様々なCCPで破綻処理が行われる。これは日本のCCPのみならずLCHやCMEといった他国のCCPを交えたプロセスになる。本来であれば、メンバーデフォルトが起きた場合には、各銀行がトレーダーを派遣してCCPのために破綻処理を行うというルールになっているが、破綻が起きた際にすべての銀行がトップトレーダーを破綻できるかどうかは定かではない。自らのポジションクローズに必死だろうから、ジュニアトレーダーを派遣しようというところが出てきてもおかしくない。トップトレーダーを派遣するようにというルールにはなっていないのでなおさらである。しかも、JSCCに一人、LCHに一人、CMEに一人といった具合に複数のトレーダーを派遣しなければならなくなるところもあるだろう。
当然各CCP間である程度オフセットできる取引があるだろうから、まずはCCP同士でポジションをスクエアにするのが最も効率的だと思われるが、おそらくこのような仕組みを持つところは少ない。日本では、JSCCに参加できるプレーヤーとLCHやCMEに参加できるプレーヤーが分断されているため、更に複雑になることが予想される。
LMEのニッケルショックに対する報告書には、このようなCCPのポジションに加え、CCPで清算されない相対取引もモニタリングすべきというコメントがみられたが、本当は市場全体のリスクをみる際には、各CCPのポジションと相対取引のポジションを加えた市場の全体像が把握できないと、適切な処理が行えない。現状こうしたすべての情報を持っているのは当局のみということになるのだろうが、急な金融危機に際して当局がすべて音頭を取って処理をするのは困難だろうし、それに頼った仕組みにするのも適切ではない。他に可能性があるとすれば、清算取引と非清算取引の両方を手掛けるコンプレッションベンダーや、ポストトレード処理を行う会社が適切なポジション解消を提案するということは可能かもしれない。
CCP同士で相手方のリスクを引き受けるような合意はおそらく極めて懇案だろうが、今後は少なくとも情報共有や危機時に対応についてCCP同士で議論をすることが必要になってくるだろう。
JSCCの金利スワップのシェアが上昇している。Clarusによると、昨年のJSCCのシェアは7割を超えたようだ。以前はLCHと50/50で市場を分け合っていたという記憶があり、2021年も63%だったことから、LIBOR公表停止後かなりの取引がJSCCに移行し始めているように見える。LCHがUSDやEURなどの主要通貨で97%を超えるシェアを保っており、ASXという地場のCCPが存在するAUDでも92%のシェアを占めていることを考えると、日本円だけが唯一メジャーCCPでないことになる。
JSCCの金利スワップクリアリングは2012年10月から清算を開始しているが、毎月の取引量は以下のように順調に拡大している。証拠金規制の段階導入が進んだことも追い風になっている。一瞬取引量が拡大したTIBORも最近はシェアがめっきり少なくなっており、完全にTONAが主流になっている。
https://www.jpx.co.jp/jscc/toukei_irs.html
2020年、2021年に若干取引が減ったように見えるのは、おそらくコロナショックによる在宅勤務や、LIBOR改革を巡る混乱が関係しているものと思われる。LIBORからTONAに移行した後は、順調に取引量が伸びており、特に最近は、日銀の政策変更を期待する海外勢の動きなどもあり、日本の金利スワップ市場が活況を呈している。
年末は通常取引が少なくなるのだが、先月は日銀のYCCの変動幅拡大の影響もあり、月間取引量が過去最高を記録している。さらにJSCCの統計で1月の取引量を拾ってみると、1/20現在で、この過去最高の12月の取引量を既に上回っている。今月更に過去最高を更新するのは間違いない。
グローバルの統計上は、円金利市場のプレゼンスが縮小し、AUDなどに後れを取っているのを先月指摘したが、YCCによって取引量が抑えられて取引量が少なくなっていたという事情もあるのかもしれない。その意味ではようやくYCC前の状態に戻ったということであり、今後日本円金利スワップ市場の巻き返しが期待される。
先週1/13にECBのブログ において、カウンターパーティーリスクに関するコメントが出ている。
2021年に金利低下によるイールドハンティングが続いたため、リスクが高く、透明性の低いNBFIsがエクスポージャーを増やすインセンティブが生まれたことを懸念している。NBFIsは先週も説明したようにヘッジファンドのようなノンバンクセクターを指すが、最近はこのNBFIを巡るコメントが多数当局から出されるようになってきた。
ECBでは、昨年欧州で活動する銀行23行を対象に、NBFIsのカウンターパーティーリスクに関するレビューを行っている。ロシアのウクライナ侵攻を受けた市場変動によって、エネルギー関連会社やコモディティトレーディングハウスもレビューの対象に加えている。
いくつかの点において、当局が期待するレベルのリスク管理ができていないとの指摘がみられ、単に規制に従うだけでは不十分で、更に進んだリスク管理が求められている。
また、2nd LineのDue Deligenceプロセスの改善が期待されており、情報を出さないところには枠を与えるべきでないという指摘がある。年金基金などもNBFIに含まれることを考えると、預かり資産やレバレッジ、運用方針等を開示しないところとは、取引を抑制すべきという立場をとっているようだ。
また、複雑なリスクを取っているところに対しては、Risk Appetite Statementにこれを記載すべきという主張もなされている。担保の流動性、再構築が困難な取引が含まれるため、リスク量が大きいのがその理由だ。銀行はリミットの設定に当たって、これらの要素も勘案しなければならない。単に顧客の信用力だけを見るのではなく、テイルイベントに対して耐性があるかもチェックしなければならない。こうしたリスクは危機時に増幅するので当然だろう。
さらにストレステストなどの頻度を上げ、マージンショック、エクスポージャーの集中への対応も重要だ。こうした取引にあたっては、ビジネス部門の知識に依存しているにもかかわらず、それがリスク管理やトップマネジメントへの報告に活かされていないというコメントがみられる。アルケゴスで指摘されたStatic Marginを問題視するコメントもある。担保授受のモニタリングの重要性も指摘されており、担保の遅れなどの情報が、ウォッチリストの作成に際して活かされなければならない。
こうした指摘はオフサイトの検査や実地検査によって確認していくとのことなので、今後の検査にあたっては、こうしたカウンターパーティーリスク周りのプロセスの見直しと拡充が必要になるだろう。昨今は各当局が歩調を合わせることもあるので、日本でもこうした内容には注意を払っておく必要がある。
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2012年から金融規制・市場最新動向をお届けしてきました。今般アメブロから引っ越してきました。