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某米系外資系投資銀行にて長年規制・市場動向を追っています。

金融制裁とデリバティブ契約

ロシアに対する制裁を受けてデリバティブ市場において混乱が長引いている。ロシアに対する制裁ではあるが、デリバティブの世界では、制裁の対象はISDAマスター契約でロシアの銀行と取引をしている側となってしまう。ロシアの銀行に対して支払いをしてはいけないが、しないとデフォルトになってしまうからである。アジア地域では、それほどロシアに対するエクスポージャーが大きい訳ではないので、あまり大きな問題になっていないものと思われるが、同じことが他の国で起こったらどうすべきかという議論が各行で行われている。

今回もISDAで、ルーブルが決済できない場合は他の通貨での決済を可能にするといった相対のテンプレートを準備しているという報道もされていた。一応ISDAマスター契約上はルーブルを払わないとデフォルトになってしまうため、何らかの手当をしなければならない。といっても支払いを受けなかったロシアサイドは、ポジションをクローズしてQuoteを取って解約価格を証明しなければならない。もちろん、この状況ではどんな価格が取れるのか定かではない。オンショア、オフショアで価格が違うという事情もある。Illegalityによる取引解約も可能なのだろうが、手続き的には結構面倒だ。それでも実際にかなりの解約は起きているようだ。一応ポジション解消に関しては5/25までの猶予期限があるので、それまでに何らかの手当を考えているところは多いだろう。今のところプロトコルを作成する動きはなさそうだが、今後に備えて議論をしておくことは必要だろう。

当然アジアでは中国との取引に対してこうした条項を入れておくべきかが議論になる。ただし、既にCNYの流動性がなくなった場合、CNYを両替できなくなった場合、CNYを持ち出すことができなくなった場合等に備えて何らかの契約上の手当てがされていることが多い。こうした文言を一つ一つ相対で入れていくにはかなりの手間がかかる。また業界でどのような文言が入っているかを何となくわかっている大手先進行ではこうした分析がなされており、文言も標準化されつつある。転職の多い金融業界においては、すぐにこうした業界スタンダードが出来あがる。ただし、こうしたサークルから外れている銀行には、いざ問題が発生したときに損失を被るというリスクがある。特に日本においては、ISDA等業界団体の動きに期待したいところである。

20年国債先物取引は定着するか

東証の市場再編の話の陰に隠れてニュースにすらなっていないが、20年の超長期国債先物の活性化プログラムが本日スタートした。もともと超長期国債先物自体は以前から存在していたが、ほとんど取引されていなかった。一時期これを盛り上げようと業界をあげてサポートをしようとした時期もあったが、結局尻すぼみに終わってしまっている。金利に対する注目度も高まってきているので、今般再度活性化にトライしようという試みだ。

米国債先物などは2年、5年、10年、20年近辺の長期、30年近辺の超長期と様々な年限が取引されており、このため、オートヘッジなどの電子取引が可能になっている。日本には原則10年しか流動性がないため、アルゴで自動ヘッジをしようにも不可能であった。少なくとも10年先物と20年先物があれば、カーブリスクのAuto Quoteなどもできるかもしれない。

日本では、どうも投資というと株という印象のようで、そのほかは不動産かビットコイン、あるいは為替くらいになってしまう。海外では株式と債券に投資を分散するのが一般的だが、日本で個人投資家が債券に投資しようとしてもあまり選択肢がない。日本の社債に特化した投信すら少ない。

超長期先物は機関投資家向けなので直接関係はないが、日本においても投資ツールを増やすのは重要であり、そのために債券リスクがもっととれるようになるとすそ野が広がるのではないだろうか。個人投資家がすべてを株に突っ込み、その後損失が大きくなり投資から足を洗うというケースが結構あるように思う。

さて、今回の活性化プログラムだが、取引単位の縮小と即時約定可能値幅の変更がメインとなっている。テクニカルな変更ではあるが、これで市場参加者が取引を盛り上げようという機運が高まれば、一定程度の流動性が出てくるのではないかと期待している。注目された初日の取引量だが、取引レポートを見ると8件の取引がついたようだ。取引の薄い月曜ということもあるので、初日にしてはまずまずといったところか。

あまりにもマニアックなのか話題にする人も少なかったが、何とか日本の市場の活性化のためにも、盛り上がってほしいものである。

CCPの中銀アクセスと規制の役割

CFTCのBehnam委員長から、米国の顧客にサービスを提供するすべてのCCPが連邦準備制度の預金口座にアクセスできるようにすることを明確に支持した。コロナウィルス感染拡大、ロシアによるウクライナ侵攻などにより、市場変動がかつてないほどに大きくなったことを受けてこうした思いを強くしたということだ。

CMEやDTCCなど米国にとって重要なCCPについてのみ認められている措置であるが、これをLCHやその他外国CCPにも拡大するということだ。日本のCCPの場合は日銀口座が使えるためあまり問題はないが、確かに余剰資金をレポで運用してリスクを増やすよりは、中銀預金にしておいたほうがシステミックリスク削減につながる。

CCPがここまで重要なインフラになってくると、こうした安全性を高める措置は市場全体にとっても歓迎されるべきことだろう。特に昨今のコモディティの市場変動は、従来の想定を大きく超えている。それによって巨額のマージンコールが発生しているが、今後企業のデフォルトがCCPからのマージンコールで引き起こされるケースが増えていくだろう。そしてその過程において担保融通が滞ると金融システム全体に悪影響が及ぶ。

さすがにマージンコールが巨額になった場合に中銀サポートを得たいという案は却下になりそうだが、中銀以外の銀行がこうした証拠金拠出を目的とした融資や保証提供が急務になってくるだろう。また、ことコモディティに関しては、株式のようなサーキットブレーカーを導入し、一日の価格変動が一定の範囲内に収まるようにしておく必要もある。価格操作は望ましくないという意見もあろうが、巨額に担保拠出を一気に求められた場合には、その証拠金の工面に数日を要することがあるからだ。こうした仕組みがないと、証拠金計算モデルがはじき出す必要証拠金の額も、危機時に大きく膨らんでしまう。

その他、CCPに持ち込む取引のポジションリミットを設けたり、割増証拠金を求めることにより、一部の参加者にリスクが集中しないようにしなければならない。ただし、清算集中規制のない株式デリバティブやコモディディ先物などは、取引所外のOTC取引についても合算して考えなければならない。これはCCPでは取得不可能な取引だが、こうした相対取引のポジションの偏りが、CCP取引に対しても影響を及ぼすことが明らかになった。

本来はこれがすべて把握できるのは規制当局なのだが、現状はここまで理解が進んでいない。そもそも取引報告規制によって集められたデータが有効活用されていないという問題もある。既存の当局内にデータ分析部隊をつくるよりは、一部海外当局が始めたように、データの分析を外注するということも必要なのだろう。各国当局が独自の基準でデータを集めるのではなく、国際的に合意したフォーマットで、世界中のデータを集め、分析できるようにしていくことが重要である。

コモディティ取引の証拠金に対する中銀サポート

ロシアによるウクライナ侵攻に端を発したコモディティ価格の急騰を受けて、英国中銀やECBなどの中央銀行がエネルギー関連商社と積極的な会話を続けているとFTで報じられている。コモディティの先物価格の急上昇により、リスク管理が難しくなり、商品が世界中に行きわたらなくなると警鐘を鳴らしているが、要は証拠金が出せないので何かサポートができないかという要求なのだと思う。

中銀担当者の理解はかなり進んできたようだが、それでも中央銀行からの資金供与といった支援は難しそうだ。たしかに、価格の乱高下を受け市場参加者が減っており、流動性が枯渇しつつあり、それが現物商品の取引に影響を及ぼしている現状は望ましくない。天然ガス1メガワットを運ぶのに97ユーロかかる上、証拠金を80ユーロ拠出しなければならないというのは問題だ。これが長引くと、あらゆる商品が値上がりし、人々の生活にも影響してくる。原油、天然ガス、小麦など、様々な影響が予想され、今月のニッケルの冒頭などは、電気自動車へのシフトを遅らせてしまうかもしれない。

欧州エネルギートレーダー連盟(BP、Shell、商品トレーダーのVitolとTrafiguraをメンバーとする業界団体)は、ガスや電力の卸売市場が機能し続けるための時限付き緊急流動性支援を必要としているとのレターを送っている。しかし、中央銀行というよりも政府や政府系金融機関がサポートすべきという意見も聞かれる。

中銀サポートや取引所が証拠金を引き下げる可能性は極めて低く、むしろ昨今のボラティリティ上昇を受けて、必要担保額は逆に増えていくだろう。そうするとエネルギー関連の輸送コスト、売買コストが上昇し、インフレを加速させてしまうかもしれない。事実、ガソリン価格、電気代、ガス代は既に世界中で上昇し始めており、それがあらゆる商品に波及していくのは想像に難くない。インフレ退治のために政策金利は上がっていくため、世界中で金利上昇が起きる。そして経済がリセッションに陥るのはほぼ間違いない。日本のインフレ率は上がらないと言われているが、燃料や食品など値上げを実感している消費者は多いだろう。

今後は、資金使途をマージンコールとしたローンや信用状の利用を拡げたり、適格担保をその他の資産に広げていくことが必要になるものと思われる。また、先物やデリバティブの価格が上がると同時に担保の価値もあがるようなRight Wayの担保の利用を促進していく必要があると思う。これまでは、いかに必要な現金担保を確保していくかがCCPにとっては重要であり、個人的にもそう思っていたが、コモディティ等の価格変動が激しい商品の場合は、担保を多くすればよいというものではなく、何か新しいやり方を考えていかないと市場の安定は望めないだろう。

コモディティCCPの安定性

各種CCPで起きたことについては概ね把握してきていたが、今回のLMEのニッケルほどの混乱は無かったように思う。確かにデフォルトが発生して清算基金が毀損されたわけではないのだが、金利やCDSのCCPの仕組みを主に注視してきた身からすると、コモディティの取引所については、まだまだ改善点が多い。

LME(London Metal Exchange)は、ロンドン金属取引所と訳され、1877年に設立された非鉄金属専門の先物取引所である。銅、鉛、スズ、亜鉛、アルミニウム、ニッケル、アルミ合金などが上場されているが、今回はロシアのウクライナ侵攻を機にニッケルの価格が250%もの上昇を見せた。2022年3月4日までは$29,000程度だった価格が3/7の月曜には$48,000まで上がり、その後3/8には$100,000を超える水準まで高騰し、何と全取引を取り消すという手段に出たのである。期落ちの現物受け渡しも延期され、約30年ぶりに取引が停止されることとなった。3/8は午後3時前くらいだったと思うが、わずか数分で$30,000急騰し、3時には$100,000を超えたのである。これはゲームストップ株のようなショートスクィーズがニッケルで発生したようなものである。個人投資家が趣味で取引しているゲームストップ株とは異なり、ニッケルは電気自動車の電池の主要原料となっているような重要なコモディティである。

その後3/16には5%の値幅制限を設けた上でロンドン時間8時に取引が再開されたが、システム上の問題で直ちに取引が停止された。17日は8%、18日は12%と徐々に値幅が拡大されているが、毎日混乱ばかりである。来週月曜は15%へと拡大される。一方上海先物取引所の方はそれほど大きな混乱もなく日々取引が続けられているので、こちらの価格が今後のLMEの価格の目安になっている。現状LMEが$36,915、上海が$34,413と7%差まで近づいているので、日本は祝日だが月曜の動きが注目される。LMEの立会場で行われるリング取引があまり約定していないので、決済価格が決まらず先送りになっている契約も多いことが予想される。

そもそも何故250%もの価格変動を許す形になっていたのかという疑問も残るが、従来の価格変動からすると予想外の動きだったのだろう。さすがにここまで変動するとマージンコールで問題が多発するのは目に見えている。金利の世界ではCCPの当初証拠金についてはかなりの議論が行われているが、コモディティとなるとどこまで精査されているかが定かではない。NASDAQクリアリングの電力取引の例はあったが、当局の関心も若干薄かったのではないかと思う。また清算集中規制がないため、取引所取引の他にOTCでどのくらいの取引が行われているかもわからない。他の商品のようなSDRへの報告、リアルタイムレポーティングなどもないように思う。つまり、ポジションを大きく傾けているかどうかは清算取引だけを見ていてもわからない。OTCのポジションまでを把握する義務や権利が取引所にあったかどうかも不明である。

今後はこうしたコモディティについても取引所の仕組みやマージンモデルについて、幅広い議論が必要だろう。

CCPの適格担保拡大の議論

コモディティ価格の急騰によってCCPに対する担保拠出が、歴史上例をみないほど急増している。このため、クリアリングブローカーがCCPに対して適格担保の拡大を要求していると報道されている。CCPとしては、変動証拠金拠出を求めるのは当然であり、この市場変動に対応した当初証拠金も上昇するのはある意味しかたない。しかし、天然ガス、小麦、ニッケルなど誰もが予想しなかった動きになっており、これがマーケットの安定性を脅かす事態に陥っている。

CMEでは、銀行保証状(LC)を適格担保としているが、これは欧州規制EMIR上担保として認められていないため、他のCCPでは広く使われていない。他にもゴールドや排出権などの扱いもCCPによって異なる。LMEなどでは、ゴールドの他ニッケルの支払証明であるLMEワラントも適格担保になっている。このように相場変動に応じて担保価値が変わるもの、しかもそれがRight Wayであれば、マージンコールが増えるにしたがって担保の価値も上がる。逆にマージンコールが増える時に担保価値が下がるのはWrong Wayなので、こういう担保を出すと最悪の結果になる。

CCPのマージンモデルは、過去データをもとにVaRや期待ショートフォール方式、または一定のシナリオを織り込んだものとなっている。したがって、今回の価格変動がインプットとして加わると、当初証拠金の増加も予想される。ただし、ここまでの変動になると、もはや証拠金を現金で拠出し続けるのは困難になってくる。

CDSの場合もJump to defaultに備えて、CDSの売りの一定の銘柄について想定元本に近い当初証拠金の拠出を求めたりするが、この多額の証拠金拠出コストが取引の障害になってくることもある。コモディティ取引についても、巨額の証拠金を拠出してまで取引することが難しくなり、取引所を通さない取引にシフトしてしまうと本末転倒である。取引所としては担保保全をしなければならいのは当然であるが、当初証拠金のバランスについては、更なる議論が必要である。

適格担保の対象拡大は確かに解決策の一つである。こうなるとLCを発行してくれる銀行とのつきあいが重要になる。通常銀行はコミットメントラインや信用枠を提供しているので、既存の仕組みとそう大きく変わるわけではないので、まずはこれが最も簡単な解決策だ。ただし、無制限にサポートできるわけではないので、エクスポージャーと連動する現物資産を適格担保にするやり方も検討すべきだ。

または、取引価格の乱高下を一定に抑える株式のサーキットブレーカーのような制度も重要なのだろう。価格が200%とか300%動くと、マージンコールによる市場の大混乱が起きてしまう。一日の価格変動幅が10%とか20%に制限されていれば、証拠金の急増にも歯止めがかかる。 マーケットはどうしても突然のニュースに過剰反応し、ショートスクィーズが起きると変動が激しくなる。これがマージンコールに結び付き、当初証拠金所要額が増えている現状では、ある程度マーケットの動き自体を抑える仕組みが以前にもまして必要になっているということなのだろう。

ロシアのCDSはどうなるか

ロシアを参照するCDSを巡る混乱が続いており、CDSをトリガーできる債券の範囲を限定するかが焦点となっている。もともとドル建てのロシア国債を参照資産としていた場合、ドルの支払いがなければ支払不履行でトリガーされるはずなのだが、これをルーブルで払った場合はどうなるかという問題である。DC(Determination Commiteee:クレジットイベント決定委員会)で議論が3/8-9で続けられているとRisk.netで報じられている。

確かに、今後起きうることを想定して前もってシナリオが描ければ混乱は少なくなる。日本の祝日である3/21にドル建てロシア国債の支払いが予定されており、3/16にはルーブルで支払うオプションのない国債の支払いもあると報じられている。猶予期間が30日あるが、これでCDS上のロシアデフォルトが確定する。

国の破産とCDSのトリガーイベントは異なっているのだが、日本ではCDSのトリガーをもって国が破産と報道されるのではないかと危惧される。ISDAのDCのセットアップを巡って国内が混乱したのも懐かしい記憶だ。ISDAが一国や企業の破綻を決めるとは何事だと勘違いした意見が多かったからだ。

欧州の定義ではクレジットイベントのトリガーは現地通貨建て債務であってはならず、オークションで引き渡す通貨は「特定通貨」であることが求められる。特定通貨はメジャー通貨を指すだろうから、ルーブルがこれに入っているとは思えない。これだけ読むとイベント認定の可能性が高いように思える。そしてオークションで引き渡し可能な債券は、制裁対象外のものに限られるだろうから、そのような債券に対するニーズが高まる。ここで債券価格の差も生まれるのだろう。

金融の世界で想定外はつきものだが、今回のケースは誰も想定できなかったのではないか。CDSの黎明期にもその仕組みについて様々な議論をしたが、こんなことが起きるとは個人的には夢にも想像していなかった。引き続き混乱が予想されるが、何らかのコンセンサスが得られることが期待される。

ロシア向けデリバティブ取引の行方

ロシア制裁によりロシアの銀行への支払いを止めるところが多いが、こうなるとISDAのFailure to Payになってしまう。おそらくISDAマスター契約のIllegalityに該当するのだろうが、どうやってポジションをクローズするかについては頭が痛い問題である。

ルーブルの決済もできないので、ドルによる差金決済へ変更するための議論もISDAで行われている。制裁を受けているのはロシア側のカウンターパーティーなのだが、ISDA上実際に制約を受けているのは制裁の対象となっていない市場参加者となっている。

決済ができず、担保も受け取れないので、こうなるとポジションをクローズするしかないのだろう。しかも早急にクローズしないとマーケットリスクを抱え続けることになる。Illegalityを使って取引を終了させる場合、支払いを止めたのがロシア側ではないので、ロシアのカウンターパーティーがQuoteを取ってMidで解約するのだろうか。そもそも市場にアクセスできないロシアのカウンターパーティーがどのように価格を決めるのかも定かではない。

CDSのデフォルトも出てくるだろうが、通常はオークションによって参照資産である債券などをいくらで決済するかを決める。引き渡しができない以上オークションがワークしない。そもそもオークションに参加してロシア債券を購入できる参加者がどれほどいるのだろうか。

確かにこのような非常事態に備えて、IllegalityやForce Majeureのような条項が準備されていたのだろうが、現場では、実務上どのように扱うかについて非常に大きな混乱が発生している。

業界として明確なルールとプロセスが作れれば良いが、かなりの混乱が予想される。今月25日までは一定の免除期間があるようだが、結局は相対での交渉となり、自己責任ということになってしまうのでないだろうか。一旦こうなってしまうと、将来的に似たようなリスクのある国とは取引しないという方向に動く可能性もある。今回の出来事は将来のデリバティブ取引の安定性のためにも非常の重要な試金石となっている。

米国財務省のコロナ対策

2020年に感染が拡大した際には、米国は様々な支援策を打ち出した。その多くはすでに失効しているが、かなりの資金供与は市場の下支えになったのは間違いないだろう。日本では10万円給付金ばかりが目立ったが、似たような支援はある程度行われている。ここで、米国ではどのような支援が行われたかを整理しておく。

低金利政策:家計や企業の借り入れコストを下げるため、2020年3月の会合で政策金利を引き下げ、FF金利は0%から0.25%のレンジに下がった。

フォワードガイダンス:完全雇用、インフレ率2%を上回るまで低金利政策を継続するというガイダンスを出した。

量的緩和:国債、住宅ローン担保証券の大量購入を行うことにより、潤沢な資金を市場に供給。

金融機関向け貸し出しプログラム:プライマリーディーラー向け信用枠を通じて大手金融機関24行に対して最長90日の低金利融資を提供。

MMF支援:MMFから購入した担保を使った金融機関向け資金供与。

レポによる資金供給:米国債や政府保証債を担保にした短期資金供給。

ドル供給:海外投資家が市場で米国債を売らずにドル資金調達ができるよう、FRBとスワップラインを持たない外国中銀へドルを供給。また、スワップ枠を持つ日本などに対してスワップ金利を引き下げたり、スワップラインのないブラジルや韓国にも一時的なラインを提供。

銀行直接融資:FRBが銀行に課す金利を2.25%から0.25%に引き下げ。FRBに資金を頼るのは不名誉なことと捉えられるのを恐れて利用を躊躇するところが多かったが、これを奨励し、大手行が実際に借り入れを行った。

一時的規制緩和:TLAC要件などを緩和することにより、規制資本と流動性バッファ―の取り崩すことを許容。SLRの計算から米国債を除くといった一時的免除も行われた。

企業向け貸し出しプログラム:FRBが新発債の購入やローン供与を行うことによって企業の資金繰りを支援。金利支払いや返済の最大6か月猶予も行われた。

CPファンディング:FRBがCPを購入することにより、実質的に高い金利で3か月程度の資金を供給。

中小企業、家計、非営利団体、州・自治体への融資

デリバティブ市場に関する影響としては、やはりドル供給プログラムの影響が大きかった。これによって一時期拡大しつつあったドル円ベーシスが縮小に向かった。日本でもドル供給に対する不安が解消され、日銀を通じたドル支援を利用した銀行も多かった。その他、レバレッジ比率規制の一時的緩和については、延長を巡って市場が神経質な動きをするなど注目を集めた。いずれにしても、これらの施策がかなりの効果を発揮したのは間違いないだろう。

アジアの金融ハブはどこになるか

この2月に香港を脱出した人が7万人を超えたと報道されている。人口の1%に相当するのでかなりの人数だ。一時的な退避も含まれているだろうが、シンガポールの学校への問い合わせが増えているとのことなので、長期の移住を視野に入れている人も多そうだ。やはり感染時に子供から引き離されるというのは辛い。EU籍に限って言うと既に10%が出国したとのことだ。

行先としてシンガポールが多いのは当然だが、ドバイ、ポルトガル、スペイン、南イタリア、タイへ移動する人も多いと報じられている。その他、オーストラリア、イギリス、アメリカ、カナダという候補も上がっているが、なぜか日本がない。

普通に考えるとシンガポールがアジアのハブとして発展するだろうというのが自然な考え方だが、シンガポールも安泰というわけではなく、色々と問題は出てきているようだ。Expat向けのサーベイでもかなりランクが低くなっている。シンガポールが力を入れてきたのはヘッジファンドマネジャーのような富裕層である。ビザの取得はますます難しくなり、帯同する配偶者がWork Visaを取って仕事を見つけるのも困難だ。確かに富裕層を呼び込めば金融が栄え、それに付随するシステムや各種サービスが必要になる。それが全体としての産業を盛り上げていくという狙いなのだろう。

ドバイも同じような戦略で、何と言っても税金がかからないというのは魅力だろう。他にもリモートワーキングビザの発給といった政策によって人を惹きつけようとしている。ビジネス的にも規制がそれほど厳しいわけではないので、アセマネファンドが一部移っている。とは言え、ドバイにおけるビジネスを求めてと言うよりは、ビジネスのやりやすい環境を求めて人が流入しているだけで、長期的にハブとなり得るかはよくわからない。

ヨーロッパでもポルトガルやイタリアでは当初数年間は外国からの収入を無税にするといったインセンティブを設けている。ポルトガルの人口の7%が海外からということだ。

香港の人に聞いてみると、海外から入ってきたExpatを除くと、実は香港にとどまりたいという人が多い。特に中国とのビジネスを考えればシンガポールは考えにくいという答えが返ってくる。日本は?と聞いてみると、治安も良くて食べ物もおいしいから良い国だよね。といわれるが、移住しようとまでいう人は皆無に等しい。一部日本に移ってくる人もいるが、配偶者が日本人だったり、以前日本に住んでいたりと何らかのつながりがある人に限られる。逆に言うと、日本のことをよく知っている人からすると、日本が最大の候補になる。知らないからこそ敬遠されているような気もする。

もう少し突っ込んで聞いてみると、言語の問題はさておき、あまり外国人が歓迎されない雰囲気があるとのことだ。規制もよく分からないものが多く、手続きも非効率で、家探し、学校探しができるとは思えないとのことだ。実はそんなに大変なことではないのだが、確かに役所に印鑑証明を取りに行ったり、家を借りる時に住民票を提出したり、彼らにとっては不可能なタスクに思えるようだ。日本で携帯一つ買うのにも様々な複雑なプランがあり、理解するだけで精いっぱいになってしまう。よほど現地の人の助けを借りないと一人ですべてのセットアップをするのは無理だと思い込んでいる。しかも税金はかなり高くなるのであまり日本に移住しようというインセンティブはない。

国際金融都市構想が叫ばれて久しく、様々な分野で改善が見られ始めている。しかし、やはり日本に来るかといわれると、躊躇してしまう人がほとんどのようだ。

資本フロアによる地域分断

EUで資本フロアをエンティティ毎に導入するという話が出ている。各国の現地法人ごとにフロアを設定することになるので、実施されれば、大手銀行のグローバルブッキングモデルに大きな影響がある。

バーゼル3のフロアは72.5%だが、米国は実質的に100%フロアなので、米銀では内部モデルを改善させてリスクに応じた資本を積むというインセンティブはなくなり、標準法だけが自己資本比率に影響する。内部モデルを完全に無視しているわけではないだろうが、いくら時間とコストをかけてもROEに影響はない。欧州ではグループ毎にフロアがあるので、ある程度のグループ間の最適化が行えた。これがエンティティ毎になると、リスク移転は難しくなる。

多数の国にまたがる国際的大銀行に比べ、現地の中小銀行にとってはほとんど影響がないため、当然中小国からはこれを支持する声が大きい。確かにある国でリスクの高い取引を行い、別の国で安全なビジネスを行っているような場合、リスク移転をすれば全体として最適化が図れる。その国の当局にしてみれば自分のところの安全なビジネスがリスクの高い他国のビジネスを支えているということになってしまうのだろう。

以前はEUなどでも、極力広域連携を行い効率性を上げようということだったのだが、自分の庭はきれいにしたいという自国主義が台頭するようになってきた。ここまで国境を越え始めた金融ビジネスを円滑に運営させるためには、規制を統一して世界が共通のルールで動くようになるのが望ましいのだが、地政学リスクやEU脱退などもあり、なかなか理想には近づけない。もともとEUも全体として資本フロアを設定しようという意見が強かったと思うのだが、昨今の政治情勢では仕方ないということなのだろうか。

ロシアリスクが金融に与える影響

ここ数週間はロシアリスクの分析ばかりだったリスクマネージャーが多いだろうが、やはり想定外の事象というのはいつでも起きるものである。

巨額損失が出たという話はまだ聞かれないが、価格変動という意味ではやはりコモディティが大きい。一日にして巨額のマージンコールがかかっているところも多いのではないだろうか。特に天然ガス市場などは、一気に50%近く急上昇した。個別株ならこれくらいの動きがみられることはあるが、為替などで一ドル100円が一日で50円になることはないだろうからコモディティ価格の動きは他に例を見ない。

ここまでくると変動証拠金を取っているだけで安心はできず、当初証拠金が必要になる。とは言え30%とか50%を超えるようなIMを取るのは結構難しい。事業ヘッジのはずが、マージンコールが問題になってしまうユーザーが出てくることも容易に予想ができる。

金融業界ではやはりロシアをSWIFTから締め出すかどうかが最も注目を集めている。当初はまさかと思っていたが、少しずつ現実味を帯びてきているようにも思える。(2/26追記:と思ったらあっという間にロシア排除の米欧合意が公表された)他にも適格担保からロシアの債券を外したり、クリアリングから締め出したり、送金を止めるという動きが活発に議論をされている。ロシアとウクライナの格下げニュースも相次ぎ、S&Pはロシアを非適格等級であるBB+まで下げた。クレジットスプレッドが3000bp近くまで跳ね上がるのを見るのは久しぶりだ。大手資産運用会社がドル建てロシア国債で時価総額の45%を失ったとも報じられている。

今度は台湾有事のシナリオ分析をすべきではないかという声も出てきているので、リスクマネージャーにとっては試練の年になっている。新規の取引に慎重になるところも増えてくるかもしれない。

ストレスキャピタルバッファが資本規制の中心に

GSの投資家向けプレゼンテーションが公表されているが、資本コストにかなりのフォーカスを置いている点が印象的だ。当然部門ごとのビジネス戦略にも触れているのだが、効率性を追求し、資本コストを抑えながら経営をしていくという方向性が明確に伝わってくる。資本や効率性がAppendixのような扱いを受けている日本とは対照的だ。

P14において、最近導入されたSCB(Stress Capital Buffer)を現状の6.4%から5%に減らすというプランが示されている。G-SIBチャージが2.5%から3%、3.5%と上がっていくのに備えるということだろうか。既に自己資本比率規制への対応策が様変わりしてしまったような印象を受ける。驚くべきはこうした資本要件の厳格化にもかかわらず14-16%のROEが達成できているという点だ。

FRBが公表している米銀の資本状況を見ると、SCBは最低の2.5%から7.5%までと幅広い。バーゼルで定められたCCB(Capital Conservation Buffer)の2.5%に比べると3倍以上になっているところもあるということである。これに最低水準である4.5%を加え、大手銀の場合はさらにG-SIB Surchargeが加わり、合計で10%を超える自己資本が求められる。そしてこの資本に応じてROEを上げていく必要があるので、ビジネスのあり方がかなり変わってくる。

SCBはストレステストに基づく指標なので、市場に大きなショックが起きたときにも耐えられるということが重要である。当然ながら市場のショックが起きた時に損失が出るビジネスを減らしていかないと、ROEが低下してしまう。資本要件を満たせないと配当やボーナス支払いに制限が加わるので、真剣にコントロールせざるを得ない。

それにしても海外ではSCB、CCB、CCyBなどの話題で持ちきりなのだが、日本ではあまりこうしたことを話している人は、一部の専門家を除くと極めて少ない。今後は日本も同様の基準を重視していくようになるのだろうか。

米国債の清算集中ISDAアンケート

ISDAが米国債の現物及びレポのクリアリングに関してサーベイを行っている。バランスシート規制やレバレッジ比率などの制約によって、銀行が米国債を積極的に取引ができなくなり、流動性が低下しているという指摘がなされているなか、今後の方向性が注目される。

今回のアンケート調査は、米国債の清算集中に関する法的面、オペレーション面、資本規制を含む規制面の影響にフォーカスを当てている。回答期限は3/18だが、米国債の活発な取引主体である日本の機関投資家からも積極的な問題提起が望まれる。

個人的にはこれで取引時の制約が緩和されるのであれば、ぜひ進めていった方が良いと思う。証拠金等若干のコストがかかるかもしれないが、市場の安定性という観点からはCCPによるクリアリングの効果は大きい。オペレーションが面倒、証拠金負担を避けたい、システム開発コストがかかるといった意見も出るだろうが、それらのコストを上回るベネフィットがあると思っている。

昨年感染拡大によって国債をレバレッジ比率の計算から一時的に除外することが認められたが、期限付免除だったため、将来的に元に戻ることを考えると、思い切ってポジションを増やそうという動きにはならなかったと感じている。期限が切れる直前には、免除期間が延長されるかどうかを巡ってマーケットも神経質な動きを見せていた。結局延長が認められず、それほど大きな混乱はなかったように思うが、それも市場参加者がある程度もとに戻ることを想定して、取引を抑えていたからではないだろうか。

そもそも規制の影響で四半期末にバランスシートを縮小するために、今や最も重要になったSOFRが動いてしまうのは、市場の安定化の観点から望ましくない。リスクを軽減する集中清算の仕組みを使って、清算取引に関しては資本賦課を減らすか、集中清算義務を課すようにするのが本筋のように思う。

通貨スワップのSOFRシフトが急速に進展

Clarusのブログを見ると、通貨スワップのSOFRシフトがほぼ完了したように見える。EURなどは、Euriborが存続することからどちらの方向に向かうか昨年秋ごろはよくわからない状態だったが、今ではほぼ100%がSOFR vs ESTRになっている。当然JPY、GBPもRFRシフトがほぼ完了しているので、主要通貨に関してはLIBOR移行は完全に終わった形だ。

他の通貨についてもSEKUSDはSTIBOR vs SOFR、NOKUSDはNIBOR vs SOFRに移っている。注目は前回も書いたAUD、NZD、CADだが、ついにこれらの通貨にも変化が起きた模様だ。AUDはBBSW vs SOFRが標準にNZDもBBR FRA vs SOFRにシフトしている。CADについては、ほとんどがCAD CDOR vs SOFRになっているが、CORRA vs SOFRはまだ使われていないようだ。いずれにしてもUSDLIBORレグの入った取引は着実に減っている。

他の通貨も急速にSOFRベースに変わっており、流動性というのは一旦移り始めると急速に市場標準が変わるということが明らかになった。その意味では当局や業界団体が標準を決めて市場の変化を促せば、簡単に市場標準が変わるということだ。

金融に関しては、顧客のニーズに合わせて複雑なカスタマイズをするのが必ずしも顧客のためになるとは言えない。これは、個人の嗜好に合わせて究極まで特別なサービスをする日本のサービス業の文化には合わないのかもしれない。なぜなら、そのようなカスタマイズをやりすぎると流動性が落ち、結局はコストに跳ね返ってしまうからである。

日本でローンを出しており、TIBORを基準にしているため、社内レートをTIBORに統一したい。そしてデリバティブ取引の割引率もTIBORにしたいというところもあるかもしれないが、そうするとそのヘッジ取引に余計なコストがかかる。現状ではどう考えてもTIBORよりTONAの方が流動性が高い。TIBOR vs SOFRの通貨スワップも相対ならできないことはないだろうが、ディーラーサイドは、TIBOR vs TONA、TONA vs SOFRと二つのスワップでヘッジをする必要があるので、結局コスト増になってしまう。

油の量、麺の硬さ、トッピング等、個人の好みに合わせたあらゆるオプションを与えることはラーメン屋では可能かもしれない。だが、金融では、あくまでもシンプルに、皆が取引をしているものを使うのが望ましい。個人の嗜好に極限まで合わせた注文住宅が売る時になって苦労するというのと同じなのだろう。

こうした流れから、通貨スワップについても円担保でドル円通貨スワップを行うとコストがかかってしまう。とは言え担保は円を出したいというニーズがあるので仕方がない。この辺りもSwapAgentなどを使ったりして、標準的な条件で取引をできるように市場を変えることが望ましいのだろう。これを突き詰めれば先物になるのだが、通貨ベーシスのリスクをヘッジするための先物は作れないのだろうか。また、ヘッジ会計の要件を緩めるだけでも市場流動性には大きな影響があると思うのだが。

金融取引処理の自動化と標準化

金融の世界ではコスト削減と透明性向上のために、様々な標準化の努力が続けられている。日本にいるとあまり目立たない動きのように感じてしまうが、海外では、業務プロセスが毎年のように変更されていく。デリバティブ取引のISDAの契約交渉は電子的に交渉をサポートするISDA Createがあり、データの標準化にはCDM(Common Domain Model)がある。そして昨年この両者の統合が可能になったことにより、契約と業務処理がシームレスにつながり、さらなる自動化が可能になった。

契約交渉の過程で合意された条件を、リスク管理システムや取引データ管理システムにそのまま流し、自動的にデータ処理ができるようになる。以前は、ISDA契約を一つ一つ読み込み、Threshold、適格担保などのデータをシステムに手入力していた。そして、このデータが間違っていると、XVAのプライシングミスが発生して損失につながることもあった。個人的にもこのデータ入力と確認作業を担当したことがあったが、間違いのないよう複数のチェックを入れたり、外部弁護士にレビューを依頼したりとかなりのコストをかけてデータ化したのを記憶している。

これらの自動化により、Archadie Softなどの担保管理やその他のサービスプロバイダーは、ISDA Createによって交渉が行われた契約条件を簡単に取り込むことができる。オンライン上で契約交渉を行うと、そのデータが自動的に取得、保存され、あらゆる目的に使用できるようになる。特に一つのISDAマスター契約にファンドを追加していく海外アセマネの取引に関しては、事務効率がかなり向上した。

これらのデータを標準化しておけば、当局向け取引報告、IM最適化、コンプレッション、Novationなど様々なポストトレード処理の効率性が高まるだろう。特に資本やファンディングコストなどの効率性を意識しながら金融取引を行うことが重要になっている昨今においては、こうした流れに後れないようにしておくことは非常に意味があることである。

これまではこうした動きに国内勢が後れを取ることが多かったが、金融機関がますますシステム産業化していく中、これを避けて通ることはできないだろう。

TIBOR公表停止

TIBORがなくなるのかという問い合わせが突然複数入ってきたので何かと思ったらTIBORのTSRについての話だった。パネル行5行のうち2行が離脱し、残り3社となっていたが、うち一行は今月末でレート提供を終了するので2月1日からはTIBOR参照のTSRの公表停止が提案されている。

以前は上下二社のクォートを除外して平均をとっていたが、2社しかないとレートが信ぴょう性に欠けるものになり、市場操作の可能性が高くなってしまう。もはや銀行がレートを提供してインデックスを作成するというのは困難になったと言えよう。後継金利は、おそらくTONA+スプレッドという形になるのだろう。

とはいえ、TIBOR参照のTSRを使った取引は極めて少なく影響は限定的だと思われる。TIBOR自体は残るものの、ZTIBORは2024年12月末の公表停止が既に既定路線になっている。流動性もTONAの方がかなり高くなっているのでTIBOR取引をするには余計にコストがかかるようになってきている。こうなると、コストを気にする市場参加者のTIBORの使用はますます限定的になっていくのではないだろうか。

一部TIBORの使用を継続したいというニーズは残るのだろうが、それは取引コストとの引き換えになるかもしれないということを念頭に置いておく必要があろう。

債券の電子取引は日本よりアジアが先行

Coalitionの分析で、アジアにおける債券の電子取引が急増しているという報道があった。しかも従来から増えていたドルやユーロなどの流動性の高い債券のみならず、アジア通貨建て債券の電子取引が増えているとのことである。

2016年の調査ではバイサイドが取引する債券の14%が電子だったが、2020年末には1/3を占めるまでになっている。バイサイド同士の取引やディーラーがRFQ(Request for Quote)を送るケースも出てきている。このペースで行くとかなりの取引が電子化していくことになるだろう。

いまだ大きなうねりにはなっていないものの、日本でも日本国債の取引が徐々に電子に移行しているのを感じている。それでも日本の電子化への移行は他国に比べ後れを取っている。画面に表示されたストリーミングプライスによって取引を執行できるのは楽だと思うのだが、日本の投資家は、海外に比べVoiceでの取引を選好するところが多い。これが日本はビジネスを行うにはコストがかかる理由の一つになっている。

それにしてもここ数年でかなりの業務が人手を介さない方向にシフトしている。逆にシステムにトラブルがあった時や、特殊な処理を依頼したときの例外プロセスを作るのに多大なコストがかかるようになっているが、標準的な取引をするだけであれば、ほとんど人手を介さずに多くの業務が完了するようになった。

取引報告一つとっても、取引後たたちにパブリックに報告をしなければならないという米国規制に従うには、もはや手作業では間に合わない。一方システムが止まると規制報告ができないから取引を止めるということも発生する。日本の場合は、システム化を前提にした規制が海外より多くないので何とか手作業で対応できてしまうのだが、ここを改善していかないと、効率性において世界にどんどん後れを取ってしまうのではないだろうかと心配になる。

SA-CCR適用による自己資本比率へのインパクト

大手米銀の決算が公表されたが、各行ともSA-CCRの影響に言及している。

MSは12月1日から若干の早期適用をしたが、12月31日時点では、SA-CCRの適用により標準法におけるRWAが$23bn増加したと発表している。これによる自己資本比率(CET1)は0.82%低下した。前回決算発表時の予測が1.2%低下だったので、若干改善されている。

GSも同じく第四四半期にSA-CCRを早期適用しているが、こちらはRWAが約$15bn増加と発表している。これによって内部モデルが意味をなさなくなCollins Floorをヒットした。おそらくこれで米銀大手8行すべてがこのフロアにヒットしたことになる。

JPMは、SA-CCR適用によってRWAが$40bn増加、自己資本比率は0.3%の減少と質疑応答で答えている。

CitiはSA-CCRへのシフトで一旦資本比率を悪化させたが、最近の削減努力が実り、第四四半期に$60bnものRWAの削減を実現したようだ。12%のROWターゲットに向けかなりの努力をしたのが伺われる。

このように米銀トップは常にROEを重視して経営を行っており、その努力は数字に表れてくる。資本コストの高いビジネスからの撤退も続いており、RWAが増えればそれを減らすための努力も継続している。当然ながら、日々の取引についても資本コストを計算しながら案件に取り組むかの判断をしている。

昨今では、CVAやFVAなどの評価調整よりもKVAの方が取引制約になってきているという声も多い。こうなると、資本コストをそれほど気にかけない銀行が多い日本でのビジネスはなかなか難しくなってくる。

IT投資の差が金融機関の将来を決める

JPMが競争力強化のためシステム投資と人材投資を大幅に増やすとのことだ。これにより経費を8%増の$77bnに増やすという。これまでコスト管理にうるさかったJPMが、収益性をある程度犠牲にしてでも、新規投資を含めて資金を振り向けるという。確かJPMのIT投資は大体純利益の4割程度だったと思うが、そのうち半分にまで達するのではないだろうか。

これによって目標株価を下げたアナリストもおり、実際に株価は金曜に下落したが、おそらくそれだけ競争が激しくなっているのを意識しているのだろう。Citiなど他の銀行も、Thechnology投資を最重要分野として、システム投資を増やしている。

確かに最近の米銀システム投資コストは尋常ではない。毎年巨額の予算が振り向けられあらゆるプロセスが急速に変化している。ただ、目に見えるくらいその効果は出ており、人手を介さない業務がどんどん増えている。同じ業務に必要だった人員もかなり少なくなってきた。人為ミスも減っている。その代わりシステムが一旦止まるとすべてが止まるので、巨額の投資を続ける必要もある。

この辺りは日本とは雲泥の差があるように思う。確かにここまでのコストを掛けるのなら、人がマニュアル作業をした方が安くつくのも確かだ。特に非常に細かい顧客サービスが求められる日本では、人手で解決する方向に行きがちだ。終身雇用のもとで抱えた余剰人員で対応するのも簡単だ。傘下のシステム子会社がOBの行き先になっているという事情もある。

20年ほど前は日本と言えばテクノロジーでは最先端と言われたのが、今は全く海外からの目が変わってしまった。米国のようにFinTechなど新興企業が金融業界を揺るがすようになれば危機感も出てくるのだろうが、起業が少なくオーバーバンキングの日本ではこうした動きも鈍い。メガバンクですら年間のシステム投資額は2000億円に満たないと思うが、このままでは世界との差はますます開いてしまうのではないだろうか。