適応型プライシングが変える為替トレーディングが

為替取引の適応型プライシングが話題になることが多くなってきたので少し前のペーパーになるが、バーゼルの為替執行アルゴリズムと市場機能についての内容をおさらいしておく。昨今では為替取引のかなりの部分が何らかの市場執行アルゴリズムに基づいて行われるようになってきた。

電子取引においては、市場のニュースや変動などを的確にとらえてプライシングを自動的に変更する仕組みは既に一般的になったが、どの顧客フローが最も価値があるかなども瞬時に把握できるような仕組みが揃いつつある。2010年頃から使われ始め、このバーゼルのペーパーが出された5年前の2020年には、市場取引の約1~2割がアルゴ取引に基づくものとされている。

BISの2022年時点のデータでは、スポットFXの75%がアルゴ取引だとされている。これは銀行間や大手機関投資家間の取引に関するものと思われるので、バイサイドや小口投資家の取引は含まれていないだろうが、それでもアルゴ取引のシェアは半分を超えているだろうし、2025年の現在では7割近くになっていたとしてもおかしくない。

初期のアルゴ取引は、単に大規模注文を分割して執行するという簡単なものが中心だったが、最近ではAdaptive Pricdingと言われる、市場の変化に応じて戦略を変える適応型のアルゴが増えてきている。ディーラーサイドでは、外部にプライスを取りに行く前に、他の顧客フローとぶつけてInternalizeすることによって執行コストを削減することができるため、為替トレーディングにおいてはなくてはならないものとなっている。

バーゼルのペーパーでも指摘されている通り、これらの取引は取引所やブローカーを経由せずに行われ、統計データに反映されないものも存在するため、実際の取引の全体像を見えにくくしている。しかし、流動性が迅速に提供されている限り、市場機能が損なわれている訳ではないので、特に問題視はされていない。一方で、取引前、リアルタイムのデータ、TCAなどのポストトレード分析能力がない銀行は、市場から取り残される危険性が指摘されている。

コロナショック時は特に適応型プライシングを中心としたアルゴ取引は非常にうまく機能し、通常の相対取引に比べて良好な執行実績を示した。ただし、こうしたアルゴが一斉に動くことにより、プロシクリカリティ的な動きを誘発し、市場混乱につながる危険性も指摘されている。

特に最近は経済指標が為替マーケットを動かすというよりは、トランプのTweetが市場に与える影響の方が格段に大きい。こうしたTweetが出た瞬間にアルゴが適応できなければ、大きな損失を被ってしまう。市場のVolatilityがすっかり変わってしまったにもかかわらず、いつも通りのQuoteを出し続ければ、ヘッジファンドの標的になってしまう。これを避けるには、何かニュースが出たらQuoteを止めたり、Bid-offerをワイドにしたりすれば良いのだろうが、そういった銀行は為替市場のプロのマーケットメーカーとは呼べないだろう。

今では多くの大手銀がSNSのコメントなどにも対応できるよう工夫をしており、瞬時にプライシングを変化させるようになっている。為替市場で収益を上げるためには、もはやトレーダーの良しあしというよりは、こうしたアルゴの質による勝負になっているところもある。特に最近は、G10のリニアなリスクを担当するトレーダーで、数十年前のように大きく儲けられるトレーダーはあまり見たことない。

今年4月のトランプ「解放の日」の後などはボラティリティが5倍とか6倍に上がり、執行コストも数倍に跳ね上がった。大手銀行は何とかマーケットメークを続けるべく市場に流動性を供給し続けたが、そこでうまく乗り切れたところもあっただろうが、適切なプライシングができず損失を被ってしまったところもあったものと思われる。

特に方向性が偏りがちなアジアの銀行やバイサイドの中にはうまく流動性にアクセスできなかったところもあったかもしれない。ディーラーのマーケットメーク能力が下がってきている昨今の市場環境においては、いつでも流動性にアクセスできることの重要性が以前にもまして高まっている。

2027年10月に英国がT+1決済を義務化

先週英国当局から決済期間短縮化の法制化に向けた政令のドラフト市中協議文書が公表された。

約10年前の2014年から英国やEUではほとんどの証券がT+2(取引日から2営業日以内)決済となっているが、グローバルで起きている決算期間短縮の動きを受け、約2年後を目途に短縮化を義務付ける方向だ。カウンターパーティーリスクの削減のみならず、処理の効率化や自動化の促進も同時に謳われているのが重要だ。T+1でも人海戦術は使えるだろうが、当然将来的なT+0へのシフトを前提としているだろうから、システム的に自動化ができるようにしておく必要がある。

T+1といってもそれより短いT+0での決済を妨げるものではないため、正しくはT+1以内の決済義務付けと言ってよいかもしれない。英国の証券決済システムであるCRESTが既にT+0決済をサポートしている。様々な議論があったのだろうが、今回の政令ドラフトにおいては、T+0を義務付けるのは時期尚早と判断されたようだ。

レポや株券貸借のようなSFT(証券ファイナンス取引)については、T+1要件が免除されるという条項が加わっており、企業の流動性管理や資金調達要件を柔軟にサポートすることが重要と述べられている。

コメント期限は来年の2月27日までとなっており、最終案は議会での審議と承認手続きを経て2027年10月11日より前に提出され、施行されることになっている。

今年は年末の市場混乱は起きるか

11月最終週に入り、年末の流動性が気になる時期になってきた。昨年は米銀の株価上昇がG-SIBスコアの上昇を招いたことから、米銀中心に各種取引を控える動きが出て、流動性が逼迫した。今年も年初に比べると米銀の株価は2-4割程度上昇しており、デリバティブの取引量も増えているため、ある程度の影響が予想される。

ただ、昨年閾値ぎりぎりのところで削減努力をしていたのに比べると、ある程度スコアの上昇が予想されていたため、既に上のバケットへの資本増を覚悟しているところもあると思われるので、昨年のようにパニック的に取引を抑える動きにはならないかもしれない。

それでも米国のレポレートは高い水準で推移しており、Fedのターゲットの上限を超えることも多くなっている。10月末などは、GCレートが4.25%まで急上昇し、銀行がバランスシート削減を進めていると噂された。こうなると一部日本のドル円通貨スワップにも影響が出てくることが多いので、注意が必要である。

今年は特にヘッジファンドが米国債の現物と先物のベーシス取引を行う際のレポファンディングが増えているのが、この流動性逼迫に拍車をかけているようだ。前回流動性逼迫が起きた2019年の倍以上のレポ取引が行われているとも報じられている。当然これには、ある程度米国財務省の国債発行と政府閉鎖が関係している。米国の財政悪化による国債発行増も影響する。財政赤字が$1.8tnとのことだから、毎月$100bn超の国債が市場に流れ込んでくる計算になる。

レポが逼迫すると、株式やその他資産の解消を引き起こしマーケットを混乱させることがあるので、注意が必要である。政府の緊急レポスキームを使えば良いのだろうが、銀行としては、あまり取りたくない手段の一つとなってしまっている。引き続き米国短期市場には注目していきたい。

Axeの取引市場が立ち上がった

トレーディングにおいてはAxeという用語が頻繁に使われる。例えばトレーダーがある社債を保有していて、それを何とか売りたいときは、マーケットに出てプライスを動かすのではなく、二社間などで探りを入れて買いたい人がいないか探すことになる。特にあまり流動性のない社債などを持っていた場合には、それを広く知らしめてしまうと、価格が下がってしまうため、プライベートで買い手を探しに行くことが多い。

これは何も社債だけではなく、一定の回号の国債、Out of the moneyのオプション、特定の年限のCDSなど様々な商品についても幅広く使われる。では、このAxe情報を取引所のようなところで集約して、売りと買いがマッチした場合に取引をプライベートに成立させることができれば、情報がマーケットに広まることなく、Axe同士をぶつけて取引を成立させることができるのではないか。

アイデアとしては非常に単純だが、これまでこうしたマーケットは存在していなかった。しかし、今般FX Optionについて、これが遂に実現したというニュースが出ている。

これを使えば、これまでであればなかなか減らせなかったポジションを、Bid-Offerなどの取引コストを払うことなく絶え間なく削減し、流動性がないためにかかっていた資本コストやバランスシートコストを削減することができる。

日本でもVolatility Surfaceの右下などの長期のSwaptionなどで、なかなか解消できず残ってしまっている取引が多いと思うが、こうした取引にも拡大できれば、市場の安定性向上に資するものと思われる。将来的には、流動性に難のある社債や物価連動国債、一定の回号の国債、ColVA、XVA、クロスガンマリスクなども減らすことが可能かもしれない。

SIMMのVersion 2.8が12月6日から適用

もうすっかりおなじみとなったISDAのSIMMのバージョン変更が12月に行われる。全般的に大きな違いは見られないが、JPYについてフォーカスを当ててみる。

全般的に円金利のRW(リスクウェイト)は上昇しているが、テナーごとにかなりのばらつきがある。特に1-3年などの中短期、10年-15年あたりの長期の上昇が比較的大きい。

テナー V2.7 RWV2.8 RW変化量変化率
2w15150変化なし
1m2118-3減少
3m1012+2増加
6m1011+1増加
1y1115+4増加
2y1521+6増加
3y1823+5増加
5y2325+2増加
10y2529+4増加
15y2327+4増加
20y2326+3増加
30y2528+3増加

銀行が多く取引をするテナーだろうから、若干のSIMMインパクトがあるかもしれない。ただし、JPYのリスク集中のThresholdが150bpから230bpへと大幅に引き上げられているので、こちらはIMを減少させる方向に働く。またボラティリティについてもHistorical Volatility Ratioが0.69から0.74へと若干上昇しており、他通関との相関も30%から35%へと増加している。

以上を総合すると、おそらくJPYについてのSIMMは若干の上昇が見込まれるが、取引をするテナー、集中度合、他通貨との相関などの条件によっては減るところも出るかもしれない。いずれにしてもマーケットに与えるインパクトは少なそうだ。

次に為替についてみていくと、集中Thresholdが2000mm/%から3100mm/%へと大幅増加しているため、IMを減らす方向に働く一方、ボラティリティについては0.62から0.68へと増加しており、IM増加方向に働く。

集中リスクのThresholdが金利も為替も増加しているため、偏ったポジションをもつ本邦市場参加者にとっては若干朗報なのかもしれない。しかし、通貨によるカテゴリ変更もなかったため、為替も金利同様インパクトは限定的だろう。

ストレス時にも銀行は資本管理を行うことが可能

バーゼルから、「ストレス期における銀の資本及びバランスシート管理」についてのワーキングペーパーが出ており、金融庁のホームページでも紹介されている。銀行の資本管理のモデル化を試みたものなので、若干難解な文書ではあるが、結論はいたってシンプルである。

銀行は平時およびストレス時において、能動的に資本計画、資本管理を行っていることが実証され、資本比率は急速に向上させることはできないという従来の仮説に異論を唱えている。銀行は、ストレス時であっても資本増加、利益留保、資産売却、リスクウェイトの最適化、不良債権の削減などの手段を通じて資本を能動的に調整できるとしている。

銀行が短期間で資本水準を調整できなという従来の仮説も明確に否定されている。特に資本制約が大きい銀行ほど、様々なツールを使って能動的に資本調整を行っていることも証明されている。

考えてみれば明らかなのだが、昨年末のように銀行のGSIBスコアが急上昇した時は、一部の取引を止めて、ひたすらコンプレッション、資本最適化や資産圧縮を進める銀行が多かった。GSIBスコア以外でもレバレッジ比率やNSFRが基準以下に下がりそうなときは、大銀行は平気で取引を圧縮しにかかる。この辺りは欧米の銀行の方がドラスティックに動く傾向があるが、重要顧客であったとしても何とか説得して取引削減を推し進める。

顧客関係を重視するアジアでは、表立って取引を減らすとは言えないので、プライスを悪化させて取引がつかないように調整するところが多い。相手に気づかれないように行っているだけで、アジアの顧客だけを優先して取引することもできないため、結局はグローバルと同じことをやっていることになる。

このペーパーでも、こうした慣行が確認されたといってよいだろう。そして、監督当局としても、銀行がある程度の柔軟性をもって資本不足に対応できるという前提で銀行監督を行っていくべきだという主張にも読める。そして、高い成長率を維持している銀行は、資本管理をより頻繁かつより大規模に行う傾向があるとされている。

つまり、こうした資本管理ツールを数多く揃え、ストレス時には適切に行動することが重要ということだ。日本でもROE経営が叫ばれるようになったので、こうした資本管理の重要性はますます高まっていくことだろう。