SA-CCRが為替マーケットを変える

米銀がSA-CCRに移行してから為替マーケットに変化が生じ始めている。CEMのもとでは1年未満の為替フォワード、為替スワップにはRWAがかからなかったが、SA-CCRになると資本賦課がかかることになった。そもそも短期の為替取引は収益が薄く撤退したとしても実はそれほどの収益減にはならない。コストがからないから無料で提供していたといっても良いくらいの商品である。当然利用者からは文句が出るので、いかにしてそのリレーションシップを保つか、他の商品に影響が出ないようにするにはどうすればよいかということが唯一の焦点である。

特に日本のマーケットにおいては、おそらく外銀のプレゼンスはますます下がっていくだろう。お客様第一の日本においては、原材料価格が上がったとしても値上げをするまでにかなり時間がかかる。企業努力で何とかギリギリまで耐え、極力価格に転嫁しない。金融でも同じことで、プライスを悪化させると当然大口顧客からは文句が出るので、利ザヤがないままに取引を続けることになることが予想される。そして、耐えきれなくなったところで価格が上がり、正常に戻り、外銀が戻ってくるというサイクルが繰り返されるのだろう。

これを何とか解決する方法はないのだろうか。資本がかからない為替取引といえば先物がある。現在全体の数%しか取引されておらず日本ではほとんど話は聞かれない。しかし、今後の規制環境を考えると検討に値するかもしれない。証拠金規制導入により先物へのシフトが起きるかといわれたこともあったが、現物決済為替が対象外となったこともあり結局進まなかった。しかし、これに資本コストが重なれば、既に取引が可能になっている参加者が多い海外市場では、真剣に考え始める市場参加者が出てきてもおかしくない。

もう短期の為替だけをビジネスとして成り立たせるのはかなり難しい。収益性だけを見ていると、為替は他のプロダクトに付随するサービスとみなして、撤退するというのが最も合理的だ。特に顧客の要望とプライスの競争の激しい日本は、先物など何か新しい方策を考えないと、真っ先に撤退の候補となるだろう。

カウンターパーティーリスク管理の主流はストレステストに

Archegosの件でカウンターパーティーリスクに関する基準が大きく変わった。これまではリスクの高いカウンターパーティーのエクスポージャーを管理することに主眼が置かれたが、Archegos以降は、サイズに注目が集まるようになった。これにロシアのウクライナ侵攻によるコモディティ価格の急変が重なり、従来型のPFEやVaRといったリスク計測手法からストレステスト重視の方向へシフトした金融機関が多い。

Risk.netの記事にCSのArchegosポジションのRWAはSA-CCR適用を仮定すると$1bn程度という意見が紹介されている。確かにCS全体のRWAである$275bnからすると微々たるものであり、RWAがこのポジションの制約にはならなかったというのはもっともである。しかし、$1bnはそこそこの大きさであり、RWAの10%でも$100mmなので、ROEのターゲットを満たせないように思う。したがって、SA-CCRのもとでROE分析を適切に行っていれば、どこかでプライスを引いて出そうということになったかもしれない。

あとはストレステストだが、大手米系に適用されるCCARのシナリオを適用すると$3.7bnのストレスロスになるという推計が報道されている。CCARで$3bnを超えるとなると確実に経営トップへの報告が必要なレベルだろうから、その意味では、CCARによる分析が適切に行われていればある程度Red flagを経営陣が検知できたかもしれない。だが、CSの場合は英国法人に取引をブックしていたため、米国CCARの対象外だった。しかも、その規模から英国のストレステストであるACS(Annual Cyclical Scenario)の対象からも外れていたようだ。そもそもACSはコロナによる免除期間中だったので適用外であったうえ、ACSが有担保取引を除外しているため、英国ストレステストでは、このエクスポージャーを捉えることはできなかったであろう。一方、欧州EBAによる新ストレステストが適用されていれば$10bn近くの損失だったとのことだが、そもそもEBAのストレステストがArchegosリスクを捕捉するために作られていることを考えればこれは当然だろう。

米国当局は資本賦課も含めて完全にストレステスト重視に舵を切っており、これには大きな異論はない。ただし、ストレステストはどこまでも保守的にできる。それを取締役会等に報告した場合に、その意味がどこまで理解されるかが問題である。非常に保守的なストレステストを行い数千億といった巨額損失が起きる可能性があると報告すれば、その前提が極端に保守的だったとしても、取締役会がそのようなリスクテイクを承認する可能性は極めて低い。たとえば、株価が8割下がるといったような簡単な前提なら良いが、為替が20%動いて日米金利差が3%開いて、長期の為替のベガが50%上がるシナリオとかいう話になると、取締役会の議論はまとまりのないものになってしまう。

リスク管理担当者としては、綿密な分析を行い、極力あり得るシナリオを考え、完璧な分析を行ったつもりでも、経営トップの理解が追いつかないと、そもそも取引できる範囲が限られてくる。こういう場合になかなか承認が得られにくいのが、CCPによるクライアントクリアリングだったりする。CCPのルールによってIM等を動的に変更することにより、OTCよりはリスクが低いはずなのだが、いかんせんサイズが大きく収益性が低い。まともにストレステストを行うと、ほとんどのケースで資本ハードルを満たせず却下ということになる。とは言え、顧客サイドのコスト削減圧力は強いだろうから、手数料引き上げは困難なことが多い。もしかしたら今後クライアントクリアリングサービスは、複数のディーラーが撤退して手数料水準が上がってくるまでの間は、非常に苦しい時代に入ることになるのかもしれない。

その他、マージンローン、レポなど、参照資産が50%とか80%一気に下がるというストレスをかけると、これも取引として成り立たなくなる。為替についても、ペッグ制をとっているHKDなどの通貨についてペッグが外れるシナリオを取ってくると、これも取引が厳しくなる。また取引が一方向に偏りやすい日本のフローも心配だ。すべての金融機関が保守的に動くことにより、ドル調達リスクが高まることになるかもしれない。いずれにしてもSA-CCRとストレステストという2大要因によって市場の流動性に大きな変化が起きてきそうな予感がする。

モデルリスク管理のベストプラクティス

本邦でも、モデルリスクが話題になることが増えてきた。もともと米国では2011年にOCC(米国通貨監督局)がモデルリスクについてガイダンスを出したころから、米銀の間ではあらゆるレビューが行われてきた。このガイダンスは継続的に更新され、最新のものはモデルリスクハンドブックとして頻繁にアップデートされている。日本でも金融庁からモデル・リスク管理に関する原則についてのパブリックコメント募集が行われたところである。

2011年当初はモデルの特定とリストアップから始まったが、基準が明確でなかったこともあり、個人が作成したExcelのスプレッドシートを含めて、モデルと認定されそうな可能性のあるものをすべてリストアップしていた。この頃から個人で勝手に「モデル」を作成して業務に使うことができなくなった。

その後、AI、マシーンラーニング、ディープラーニング等の進展に伴い、モデルリスクの重要性が更に増し、モデルリスク管理者の人数も急増した。モデルが想定通りに動かないとアルゴ取引で巨額損失を出す可能性もあるため、確かにモデルリスクは重要である。しかし、リスクに応じて柔軟に対応していかないと、コストばかりがかかってしまう。特にモデルリスクの範囲が取引関連のモデルのみならず、トレーダーの行動を分析するコンプライアンス関連のモデルや、人事関連のモデル、Chatbotを使ったリサーチのモデル、顧客行動を分析する営業支援ツールなど、モデルの範囲が格段に広がったため、全てのモデルに同じレベルの精査をすることは不可能になった。

米系の場合は、CCARによりストレステストの重要性が極度に高まったため、取引関連モデルに加え、規制対応に関するモデルの重要性も高い。こうしたモデルに関しては、数理的素養を持ったリスク管理者が緻密な管理をしていく必要があるが、それ以外のモデルについてはある程度費用対効果を考えていくべきである。日本でモデルリスクが注目され始めたのは望ましいことであるが、まじめにすべてを網羅しようとする文化が根強いため、やりすぎにならないかというのが日本の課題かと思う。

まずはモデルの特定を行い、その重要度に応じてティア分けをし、管理の仕方も変えていく必要がある。たとえばディア1のモデルは四半期ごとにレビューするがティア3は数年ごとといった形でレビューの頻度を変えることもできよう。

海外では特にオペレーションなど事務面の自動化が進んでおり、これも当然モデルリスクに含まれるのだが、日本では、例外処理が多いため、人海戦術で顧客対応をするというプロセスが多い。人手を介して事務処理をしているためモデルが存在せずモデルリスクが存在しない代わり、ヒューマンエラーが発生する。効率性を考えると、モデルリスクを管理しつつ自動化によって事務処理を標準化するというのが一般的なのだが、日本では顧客の要望に応じてカスタマイズするプロセスが多いため、なかなかこれが進まない。

モデルリスク管理者についてもデータサイエンス等の学位を持った優秀な人材はAmazonやGoogleなどとの人材争奪戦になるので、優秀な人材確保が難しい。特に日本国内でこのような専門家を採るのが難しいので、日本人のモデルリスク管理者は少ない。社内異動でモデルリスクを突然担当するようになると、リスクの本質というよりは、プロセスのマニュアル化、報告書の充実に傾きがちである。モデル管理をまじめに追及するがため、モデルリスク管理者を大量に採用し、事務効率化が行われないままコストが膨大に膨らみ、生産性が更に低下するという事態だけは避けなければならないと思う。

米国ではモデル高度化よりストレステスト

米国ではCollins Floorによって内部モデル方式がほとんど意味をなさなくなってはいたが、ついにこうした先進的手法が廃止される可能性が出てきた。信用リスクの内部格付手法(IRB)、カウンターパーティーリスクに関する内部モデル手法(IMM)が米国で廃止されると先週報じられたのである。

最終決定はFRBの新人事待ちということだが、ここまで具体的な情報が出てくるということは、ほぼ決定なのだろう。これでまた、米国の資本規制が他国と異なる方向に向かうことになる。こうした資本規制の変更は実はマーケットに大きな影響を与える。引き続き短期の為替、レポなどは米銀にとって厳しい取引になるだろう。

これで米国はストレステストをベースにした資本規制が柱になることが確定した。内部モデルに時間とリソースを割くよりは、ストレステストを充実させる方向が継続する。内部モデルを高度化してリスク管理を担当していた人がいなくなり、ストレステストを充実させてリスク管理を強化するための人材が増えている。最近本邦のリスクマネージャーと話をしていると、資本規制については話が全くかみ合わなくなってきているが、それほど日米で資本規制の方向性が異なってきているということなのだろう。

それにしてもなぜここまで米国では、資本の充実性が強調されるのだろうか。しかも先進行にとっては、リスク管理を強化しても資本賦課は減らない。モデルを使って規制資本を下げることができなくなっている。これは先進行にとっては不利だが、もともと標準法を使っていた中小銀行にとっては朗報である。もしかしたら一部の大手行にビジネスが集中するのを避けたいという意図が米国当局にはあるのかもしれない。

昨今の市場変動を見ると、確かにストレステストをベースにするのには一定のメリットはあると思う。難しいのはどのくらいのストレスを想定すべきなのかという点だ。たとえば2022年3月に起きたニッケルショックのような価格変動を織り込むと、何も取引ができないことになってしまう。リスクマネージャーとしては、極力保守的なストレスをかけようとするが、それをそのままリスク委員会等にもっていくと、経営陣が取引にストップをかけてしまう。結局どれくらい厳しいストレスをかけたかという点は議論されず、単に数字が独り歩きしてしまう。今後は経営陣にもリスク感覚が要求されるということなのだろう。アルケゴス事件で明らかになったように、結局経営トップの責任が問われるからだ。

デリバティブ取引の担保が急増

2021年版のISDA Margin Surveyが公開されている。証拠金規制によってこの数年の間にどのくらいマージンが増えてきたかを見てみると、特に昨年の増加分が激しい。このグラフは、初年度に規制対象となったPhase 1の大手ディーラーが受け取った担保額である。IMは規制上求められるIM、IAは規制対象外であるものの受領しているIndependent Amountである。

確かにPhase 5の対象者数が多かったというのもあるが、38%増というのはかなりの伸びである。IAの方が比較的安定しているで、増加分のほどんどが規制上求められているIM(Initial Margin)ということになり、IMだけを見ると58%増である。

ISDA Margin Survey 2021 ($bn)

あと3か月程度したら9月1日からPhase 6の市場参加者が加わるが、ここで更にどのくらい伸びてくるかに注目が集まる。30兆円程度となるのでかなりの金額がIMまたはIAとしてカストディアンに眠っていることとなる。

また、中国におけるネッティングが今年可能になる見込みなので、中国の大手銀行も証拠金規制対象となるため、ここからもIMの増額が見込まれる。また、市場変動が大きくなっているため、SIMMの数字が大きくなり、デリバティブ取引の総額も増えているというのも、IMが増えている原因かと思われる。

Phase 1対象者が受け取っているIMの74%が現金となっているが、IAの方は44%が現金であり、証拠金規制のかからないカウンターパーティーからの担保は現金以外の国債や社債で受け取っているようだ。

一方CCPにおけるIMは2021年に若干の減少となっている。特にLCHの減少が大きい。こちらも$323bnで相対取引のIM+IAと同水準なので、市場全体では80兆円近くのIMが存在していることになる。これに加えてVMがあるので、金融取引の担保額は証拠金規制導入後急増した。ここまでくると市中に流通しているマネーサプライにも若干の影響があるのかもしれない。

日本のデリバティブリスク管理

本邦においては、金融の中心が銀行であったため、リスク管理というと企業分析を通じた与信管理が中心だった。融資先の財務諸表を分析し信用供与を行い、日々モニタリングをしていくというリスク管理である。リスク管理関連の書籍を探すと、信用リスク管理に関しては文系の著者、市場リスク管理に関しては理系の著者といった形で分かれていたように思う。社内格付にスコアリングモデルが使われるようになってきてから、一部理系的な統計手法が信用リスクに使われることもあったが、当然伝統的なリスク管理者からの評判は悪かった。社債発行が少ないというのも関係していたのだろう。

証券会社のリスク管理においては、当然取引先の財務分析はするものの、一件ごとにかけられる時間は限られており、どちらかというと、取引後の管理に重きが置かれる。ローンと異なり、与信額であるデリバティブエクスポージャーは日々変動するので、それをマーケットでヘッジしていくことが必要になる。その意味では、銀行の与信管理を行っていたリスクマネージャーが証券会社に異動してリスク管理を担当するにはかなり無理がある。90年代後半から、銀行から銀行系証券に人が移ってリスク管理を担当することもあったが、これがXVAなどの新しい手法導入の妨げになったのかもしれない。

その後クレジットデリバティブが生まれ、信用リスクのプライシングができるようになるとマーケット系の人たちがクレジットの世界に飛び込んでくることが多くなり、CVAの発展へとつながっていった。CVAの概念を伝統的なリスク管理者に説明しても全く話が通じなかったが、昨今では、XVAはクオンツの興味を惹きつけるようになり、実務に活かされているかどうかは別としても、かなりのレベルに達してきた。経営層にこうしたマインドを持った人が増えてくれば、更にリスク管理の高度化に弾みがつくだろう。

カウンターパーティーリスクに関しては、アルケゴスのようなリスクは、伝統的な銀行のリスク管理とはスピード感が異なるので、デリバティブに通じたリスク管理者が必要である。長年融資その他のローテーションをしてきた人に、いきなりデリバティブのリスク管理を担当させるのは酷である。その意味では、日本にはこうしたリスクを見れる人材がまだまだ不足していると言わざるを得ない。

規制が生み出す市場分断

ISDAのAGM(年次総会)がスペインはマドリッドで行われている。久々のリアル開催である。古き良き時代は、毎年参加していた人も多かっただろうが、コスト削減で最近は厳しくなりつつある。とは言え、デリバティブ市場の最新動向を得るには非常に有意義なイベントである。いくつかその内容についても報道がみられ始めているが、久しぶりに、EUにおける事業会社に対するCVA免除の話題が出ている。

米国と日本では事業会社向けだからといって、資本計算からCVAを除くということは行っていないのだが、欧州だけは免除が継続している。当初は時限措置だと思っていたのだが、どうやら恒久的措置になりそうという話が出ているようだ。RWAが全世界で注目を集め、ビジネスの最大の制約になっているのを考えるとこれは非常に大きな意味を持つ。米銀や邦銀が欧州の事業会社向けに無担保デリバティブ取引をするのが不可能になってもおかしくない。資本コストをきちんと織り込めば、欧州銀と競争するのは不可能になるからだ。これは、欧州の事業会社にとっても、欧州銀としか取引できなくなるため、プライスの悪化を意味する。

補完的レバレッジ比率、Collins Floorなど米国の資本規制は他国より厳しいが、このため、MMFファンド向け米国債のレポ取引銀行のトップ10に米銀が入らないなど、ビジネスに大きなインパクトが及んでいる。日本国債のレポでも米銀のシェアは欧州系に比べると格段に小さい。つまり、レポはフランス、カナダ、日系が、事業会社向けスワップは欧州系が支配するというように、市場の分断が起きていくことになるのだろう。SA-CCRを適用した米銀が短期の為替取引においてプレゼンスを落としているという話も報道されている。こうした市場分断はマーケット全体にとって望ましくないと思うのだが、世界的にもう少し協調することはできないのだろうか。

中国の取引先に対する証拠金規制

中国のオンショアカウンターパーティー向けのデリバティブ取引にネッティングが認められるという記事をいくつか書いたが、これ自体は非常に歓迎されるものの、実はやらなければならない作業が非常に多い。前にも述べたようにネッティングが有効でない場合は証拠金規制の免除が認められていたが、これが一気に消滅する。つまり、VMとIMの交換を始めなければならず、IMについては、カストディアンにおける分別管理を行わなければならない。

これまでのPhaseの中でこうした交渉はずっと行ってきたので、特に新しいことではないが、CSAやカストディアンとのACA(Account Control Agreement)など契約交渉とオペレーションの準備にはかなりの時間がかかる。多くの中国のカウンターパーティーが複数の金融機関と一斉に交渉を始めなければならないので、かなりの事務負担になる。おそらく3か月とかでは確実に無理である。本邦金融機関も遅れないように早めに作業を開始しなければならない。

9月には対象会社の件数がPhase5の2倍といわれるPhase 6のGo Liveも控えているのでなおさらである。ISDA Createなど電子的に契約を進める方法を使えばよいのだがまだ認知度がそれほど高くない。Risk.netの記事では、ISDA AGMでISDAが当局に対してもう少し時間が必要ということを訴えているとあるが、この中国のネッティングに関しては半年から1年のTemporaly Reliefが必要かと思う。とは言え、こうしたことが真剣に議論されているということは、今回はついに中国がClean Netting Jurisdictionになるということなのだろう。

SPIREの発展

日本では、デリバティブ取引よりもファンドや債券の形での投資が好まれる。日々損失が発生するというのはサラリーマン的にはきついだろうから、満期保有で日々の時価ぶれは心配しないという方が文化的になじむのかもしれない。このためデリバティブを組み込んたリパッケージ債のシェアが大きい。

これは社債等のキャッシュフローをスワップによって異なるキャッシュフローに変換することを目的に組成される。まず投資家は購入するリパッケージ債の発行代わり金を支払い、これが担保債の購入にあてられる。そしてSPCは、スワップカウンターパーティーとの間で各種スワップを行うことにより、担保債のキャッシュフローを投資家の望むキャッシュフローへと変換することにより、担保債とは異なるキャッシュフローをもつリパッケージ債を発行する。期中はSPCが担保債の利息をスワップカウンターパーティーに支払う一方、リパッケージ債のクーポンを受け取り、これを投資家に支払う。

昨今では、無担保取引に対するファンディングコスト、資本コストが増加してきたので、こうしたリパッケージ債の組成コストが上がってきた。CVAやFVAを削減するため、SPCとの間にCSAを締結し、有担保取引とするケースも一般的になってきた。また、コスト削減のため、SPIREのような業界全体のプラットフォームも作られるようになった。SPIREは2016に複数のディーラーによってつくられた業界の共通プラットフォームで、Single Platform Investment Repackaging Entityの略である。

これにより、共通の契約書を使えるようになっただけでなく、共通のSPVを使って債券発行ができるようになった。共通プラットフォームを使っているため、リーマンのようにSPVのカウンターパーティーであるディーラーが破綻しても、その契約を直ちに他のディーラーに移すことができるようになった。これらの標準化は、Repack債の発行コストを下げ、セカンダリーマーケットにおける流動性向上に資することとなった。

基本的にSPCに入る資産は国債や当該社債に限定されることが多いので、エクスポージャーを常にカバーする通常のCSAとは異なり、スポンサーが追加拠出できる枠組みがない限り拠出額が参照社債の価値分に限定されるCSAとなってしまう。カウンターパーティーであるSPCの信用力は担保債券の信用力にリンクするため、誤方向リスクに注意する必要がある。担保社債が日本国債で、適格担保が日本国債であることも多いが、これは完全に誤方向リスクであるため、無担保取引と同様の扱いをするところも多いだろう。国債の場合はRehypoができればファンディングベネフィットは受けられるが、社債の場合はレポマーケットが発達していない日本ではメリットがない。

とはいえ、SPIREのようなMulti Dealerプラットフォームがマーケットに与えた影響は大きい。リパッケージ債のニーズが少ない米国ではそれほど注目されていないかもしれないが、欧州やアジア、特に日本では非常に重要なツールになっている。日本でも野村證券が2021年にこのPlatformに加わったと報道されており、日本の格付機関であるJCRもSpire債の格付を行っている。

こうした標準化によって金融危機以降下火になっていたリパッケージ債への投資が復活してきているように見える。一時期騒がれた証券化商品に比べ、費用対効果が高く、管理も容易だ。特に小規模なポートフォリオについては、リパッケージ債の方が格段にコストが安い。

投資家のニーズが多様化していく中、流動性の低いクレジット商品などをRepackすることによって、様々な商品を提供できるようになっている。ローンや貿易金融など、原資産に流動性がなくてもリパックを使えば債券の形に変換でき、資金調達も容易になる。NSFR等の規制資本向上にも資することになるので、今後もすそ野が広がっていくことが予想される。

プライムブローカー取引のプライシング

ファンド向けの取引はプライムブローカー経由で行うことが多い。プライムブローカー業務を行っていると、他社で執行された取引のリスクを引き受けることもあるので、たとえ為替取引であっても、そのリスク量は大きくなりがちである。

プライムブローカーとは金融取引のメインバンクのようなもので、株、債券、為替などのトレーディングのサービスを一括して提供するもので、こうした株や債券などの担保を裏付けに貸付も行ったりする。デリバティブ取引で需要なのは、プライムブローカーの名前で取引ができるという点である。つまり、プライムブローカー以外の銀行にとっては、たとえファンドとの取引だったとしても、そのファンドのプライムブローカーである大手銀行の信用力として取引ができるのが最大の利点である。逆にプライムブローカーとしては、そのファンドが他社と行った取引も引き受けなければならなくなるため、リスクが集中する。これを預かっている証券等の担保によって保全していくわけだが、プライムブローカレッジ業務には、高度なリスク管理が必要になる。このリスク管理の失敗により巨額損失が発生し、大手銀行が撤退を繰り返しているというのが、その管理の難しさを物語っている。

プライムブローカー業務の中には為替取引に特化したものもあるが、XVAなどのコストをプライシングに織り込むことが一般的になってからも、為替取引に関しては、競争上のプレッシャーから充分なXVAをチャージできているかどうかは定かではない。信用リスクを集中管理する部門がカウンターパーティーごとにリミットを設定し、ビジネス部門がこれを遵守するという、単なる集中リスク管理のみを行ってきた金融機関も多かったものと思われる。特にあらゆる取引をポートフォリオで管理するプライムブローカーとしての取引については、カウンターパーティーリスクのプライシングを行わず、適切な担保によってXVAを発生させないように管理することも多かった。

しかし、アルケゴスの破綻に代表されるように、プライムブローカー取引から巨額損失が発生するケースが発生し、当局の注目度も高まり、適切なカウンターパーティーリスク管理が以前にもまして重要になってきたのである。海外においては、XVAを通じたリスク管理は為替の分野においても幅広く導入されている。これが海外では証拠金規制対象外の為替取引であっても有担保で行われることが多い理由であるが、日本においては無担保の取引も依然多い。

金融危機後は、顧客はクレジットチャージを適切にプライスする銀行と取引するために、若干の追加コストを払うことをいとわないという報道も見られた。そのほうが、突然クレジットリミットに抵触し、それ以上の取引ができなくなる可能性が小さいからである。リーマン破綻直後は、多くの金融機関が取引に慎重になり、充分な枠を提供できなくなった。顧客側にとっても、有利な価格を提示する金融機関との取引を積み上げた結果、クレジットリミットに抵触しそれ以上の取引ができなくなるよりは、適切なチャージを払ってでも継続的に取引ができるということを重視する市場参加者が増えたのである。

日本ではこのような動きは見られなかったが、海外では、金融機関と顧客の力関係がその時の状況によって変化している。特に為替やプライムブローカー業務においてはその傾向が顕著である。昨今では市場流動性に応じてアルゴが取引コストを調整することも容易になってきたため、何らかの地政学リスクが発生した際に、数か月分の収益を賄うといった機会を捉えることができるようになった。逆に、こうした機会にも従来と同じプライシングを継続していると、収益機会(というよりは、適切なコストを取り戻す機会)を失うことになってしまうだろう。

為替取引の将来

以前から何度も指摘されてきたことであるが、為替取引の収益性が問題になっている。SA-CCRへの移行後この議論が更に加速している。薄利多売、過当競争の最たるものがこの為替であるが、スポット取引であればリスクが大きい訳ではないので、それほど問題にはならないのかもしれないが、日本の一方向の短期フォワード取引は非常に難しい。無担保で行われることもあり、担保の受け渡し期間も長い。CLSなどの利用も限定的で決済リスクもある。

こうしたコストについて、短期のものまで含めてチャージを計算するとタイムリーな対応ができなくなるため、取引ごとにプライシングをすることが現実的でない。また短期間の為替取引であれば、リスク自体も小さくXVAも無視できる値であることも多い。このため、ごく短期の取引についてはこうしたコストを無視する、あるいは取引量に応じて収益の一定割合をXVAとしてXVAデスクに定期的に支払うといった対応をする金融機関もあろう。

しかし、だからといってカウンターパーティーリスクや資本コストを完全に無視してしまってよいということではなく、少なくとも会計的計上しているCVAやFVAの計算は必要になる。たとえチャージをしない場合でも、CVAは財務諸表に報告する必要がある。特に長期の為替取引になると、金利スワップを超えるエクスポージャーが発生することが多いが、何年以下ならCVAをとらないといった対応では主観的に利益操作ができることになってしまうため望ましくないので、全てについてXVAを評価する必要がある。

為替取引は流動性が高く競争が激しいので、特にスポット為替や短期のフォワード取引は、それ単体では収益があげづらい。そもそもXVAチャージを入れてしまうと他社と競争できない。一方で、急激な為替変動が起きることがあり、急速な円高時にデフォルトが発生し、思わぬ損失を被ることもある。よく特売品で客を呼び込み、そこから損失が出ても他の商品から利益をあげようというスーパーがあるが、これに近い。つまり、競争が激しく収益性の低い為替取引は、カウンターパーティーリスクを加味するとそれ自体では損失が出ているが、そこから顧客との関係を構築したり、付随する高マージンの取引で十分な利鞘を稼いだりするビジネスとされている。

XVAチャージが取りくい場合は、リスクに見合った収益を上げる仕組みが必要である。為替取引を低コストで提供するのであれば、その他付随業務(Adjacent Business)からどれくらいの収益があげているのかを定期的に精査する必要がある。実際にリスク管理の経験者の方の中には、為替取引からは撤退した方が良いと思った経験を持つ方も多いのではないだろうか。事実、為替取引単体ではほとんど、事務コストや資本コスト等を賄えていないと思われる。特にSA-CCRへの移行後は短期の為替取引に対する資本賦課があがったので、なおさらである。海外大手行がこの資本コストの増加に応じてプライシングを変えているという報道も見られたが、日本においては、ビジネスラインごとに厳格に収益性管理を行うところが少ないからか、過当競争はなかなか是正されにくい。ただし、銀行としては為替取引から完全撤退することも困難なので、海外大手行は最重要顧客にのみ細々とサービス提供を継続するという形になるのかもしれない。

CCPにおける参加者破綻に備えた財源

FSBからCCPの再生・破綻時の財源についてのペーパーが出ており、これを受けたISDAやFIAの共同ペーパーも公開されている。ISDAの主張としては、より多くのCCPを対象に加えるよう要望しており、昨今の市場変動を受けた過去のデータにとらわれないストレスシナリオの追加も求めている。また、FSBのストレス分析の中で、清算基金のかなりの部分が使われており、VMGHまでにも食い込んでしまっているCCPがあることに懸念を表明しており、CCPのSTIGを増やすよう主張している。

ちなみにVMGHはVM Gain Haircutで、参加者破綻時に破綻していない参加者の勝ちポジションをあきらめるという制度で、STIGはSkin in the game、つまりCCPが自ら負担するリスクのことである。

その他流動性リスク、サイバーリスクに対する備えを充実させることも主張している。分析の中でも書かれているように、これは銀行サイドの分析であり、CCPはおそらく同意しないだろうと書かれている通り、CCPサイドからすると別の言い分もあるのだろう。

ただ、いざとなったら財務的に体力のある銀行に頼る仕組みになっており、モラルハザードが発生するという主張には一理あるように思える。その他VMGHの適用は極力抑える仕組みにすべき、IMH(当初証拠金を破綻処理に使う)が市場変動を加速させる、Forced Allocation(破綻参加者のポジションを非破綻参加者に強制割り当て)ためせいぜいPartial Tear Upに止めるべきといった意見ももっともである。

CCPを通した取引が一般的になり、今度はCCPがToo Big To failになってきた。ただし、CCP同士の競争もあるので、適切なリスク管理が行われているかどうかは、当局のみならず銀行にとっても非常に関心が高い。一方大手行以外の市場参加者にとっては、IMは低い方が良いだろうし、手数料も低い方が良い。日本では、海外に比べるとリスク管理よりこうした利便性を重視する声も若干多い。

ここまでCCPが金融インフラの中心になってくると、今後も引き続きこのような議論を行っていく必要がある。海外の議論に後れないよう、日本でもこうした各種分析を踏まえた同行に注意を払っていく必要がある。

XVAトレーダーの未来

XVAトレーダーという職種についての質問を頂いたので、こちらで返答しておきます。

昨今アルケゴスレポートにおいても指摘されていた通りXVAデスクの重要性があらゆるところで指摘されている。このため依然XVAデスクが今後も金融機関の重要なFunctionの一つであり続けることは間違いないと思っている。ただし、その業務内容はここ10年で大きく変わり、今後も激しく変化していくものと予想される。CVA黎明期は、FVAやKVAが存在せず、無担保取引も多かったことから、個々の取引のCVAプライシングとそのヘッジが主要業務であった。しかし、昨今では、金融機関によって差はあるものの、ファンディング、資本、当初証拠金の最適化、マイナス金利フロアや担保選択オプションのプライシング、コンプレッションなど、様々な分野に広がっている。確かにCCPにおける清算集中義務や証拠金規制によってCVAを計算する機会はかなり減ったのは事実であるが、それ以外の業務範囲が大きく拡大している。

また、アルケゴス破綻により、First Lineのリスク管理者としてXVAデスクの積極的な関与が求められるようになってきている。適切な当初証拠金水準を計算したり、CCPのクライアントクリアリングの顧客リスクを分析したり、アルケゴスのような、有担保でありながらギャップリスクが大きいリスクの管理を担当したりといった、リスクマネージャーとしての役割が大きくなりつつある。

したがって、XVAデスクの役割は広がりこそすれ、ポジションが消失することはないと思っているが、その内容な常に変化していくだろう。とは言え、もともとXVAトレーダーの絶対数がそれほど多くないこともあり、転職市場でXVAトレーダーの職に就くチャンスは限られているのも事実である。XVAトレーダーを募集しても、たまたま経験者が見つかればベストであるが、絶対数が少ないため、そういう人が取れるケースは少ない。逆にXVAトレーダーの職を求めている経験者がいたとしても、その時大手銀行がXVAトレーダーを募集していなければ、転職も難しい。という訳で、XVAトレーダーの採用は審査担当、クレジットトレーダー、Structurer、クオンツといった社内の別部門から採用することも多く、逆にXVAトレーダー経験者が市場リスク管理部やフロントのリスクマネージャーに転職するというケースも多くみられる。

ただし、採用インタビューにおいてXVAトレーダーの経験が一目置かれるのは確かである。XVA経験者であれば、一定のトレーディング経験があり、契約や法的面にも詳しく、モデルやリスクの見方にも明るい。金融規制の他担保管理や資本計算などについても知識を持っている。XVAトレーダーとして職が見つからなくてもあらゆる分野でその知識が応用できる。破綻した会社の債権回収やポジションのクローズアウトの手続きにも通じており、例えば経済制裁があったときはどのようにリスクを減らすかといった経験もできる。特に最近はこれまで起きたこともないようなことが起きるので、その際に適切な担当者が見つからず、幅広い知識を持っているXVAトレーダーに話が回ってくることが多い。そして更に知識を拡大させて、新しい分野を切り開いていくことができる。XVAトレーダーの醍醐味はこんなところにあるのではないかと考えている。

最後に銀行と証券の違いであるが、海外の場合JPMやCITIのような銀行であっても証券業務を行っているので、XVAデスクの業務内容は似通っている。ただし、銀行のポートフォリオだけのXVA管理を行うこともあるので、若干内容が異なることもある。とは言え、日本の銀行で行っているXVA管理よりはかなり証券寄りになっているものと推測される。特にエクスポージャーが日々変動しないローンのリスクの場合は、日々XVAを計算してダイナミックにヘッジしていく必要性が少なくなるので、トレーディング要素が減り、引当金を計算しているようなイメージになってしまう。本来であればデリバティブ取引のXVAヘッジの方が世界に通用する知識が吸収できると思う。

以上、XVAトレーダーというのは常に仕事の内容が変わっていくので、変化の速い環境で常に新しいことにチャレンジしたいという人にとっては非常に興味深い仕事だろう。何をもってXVAデスクの仕事かというのが定義されていないため、自分で仕事の範囲を広げることもできる。常に新しいことにチャレンジしたい人にとってはまたとない仕事と言えよう。