SLRの条件緩和措置の打ち切り

最後の最後までどちらに転ぶかわからなかった米SLR(Supplemental Leverage Ratio、補完的レバレッジ比率)の緩和措置延長だが、FRBから当初予定通り3/31で打ち切りとなることが発表された。昨年4月に感染拡大を受けた市場混乱への対応策として、米国債と中銀準備預金をSLRの計算から除外していた。

実際にこの免除規定が銀行のSLRに無視できない恩恵を与えていたので、この打ち切りが銀行の行動に与える影響は大きいだろう。JPMが全四半期決算で公開したように、この免除がなければSLRは6.9%から5.8%へと1.1%悪化していた。Citiの場合は7%が5.9%へと悪化との予想だった。基準の5%は下回らないものの、レバレッジ比率にして1.1%の下落幅は馬鹿にできない。しかし、銀行株は軒並み1%弱の下落にとどまっており、米金利上昇幅も小さく、思ったよりマーケットインパクトが出ていない。

同時に、今後SLRの微修正に関して市場の意見を求めるとしたのがある程度影響したのかもしれない。銀行資本に関しては厳しい意見を言う議員も多く、この見直しが銀行資本の頑健性を失わせることのないよう努力するというコメントもあるので、それほど大きな緩和は期待できないとも思えない。しかし、市場が思ったより落ち着いていたのを見ると、この見直しに対する期待も高かったのだろう。

個人的には国債のレポマーケットを大幅に縮小し、リスクが高いからというよりは単にバランスシートを使う理由で、短期市場の機能が制約されてしまったので、SLRがそれほど意味がある指標とは思えない。逆に銀行がきちんとリスク管理をしようというインセンティブを削がれてしまっているようにさえ思う。安全資産である国債を持っても、デフォルトの危険性の高いハイイールド債を買っても、同じようにレバレッジ比率が悪化してしまうからである。

本来であれば、SLRのようなバックストップとして使われる指標より、バーゼル3先進的手法のような精緻な指標を見ていく方が望ましい。金融危機時に、複雑なモデル等を使って銀行が資本規制を逃れることができたという批判が大きくなったため、簡単に計算のできるSLRが最大の制約条件になってしまったが、SLRができてから7年の間に銀行のリスク管理が高度化されたとは思えず、米国債市場の変動は逆に大きくなってしまったように思う。特に感染拡大を受けた経済パッケージを大量に発動している中、国債発行額は増え続けているため、国債市場を混乱させるのは当局としても望ましくないはずである。

中銀準備金の供給と財務省証券の発行が最近増加していることから、SLRが経済成長の制約となったり、金融の安定性を損なうことになるのであれば、SLRの見直しを検討する必要があるかもしれない」とFRBは声明で述べているので、ある程度問題の認識はしているようだ。結局延期をしてもいつかはそれを終えなければならないので、抜本的見直しを匂わすことで市場混乱を抑えようということなのだろう。

レバレッジ比率が原因で銀行が国債取引を手控えるようになり、今や中央銀行が銀行の穴を埋めるような形になっている。これは米銀の財務諸表や各種統計データを見れば明らかである。この発表を受けて、銀行の行動にも変化が起きることは明らかであり、米金利に対しては上昇圧力として働きやすい。

また、金余りの中預金が集まりすぎると、銀行としてはそれを中銀預金や米国債に回さざるを得なくなるが、それに資本が必要ということになると預金は欲しくないということになる。貸し出せば良いではないかと言われるかもしれないが、相応の引当金が必要になり、それが銀行決算に大きな影響を与えているのは昨今の決算を見れば明らかだ。

SLRが本当に正しく見直されるには、もう一度米国債ショックが起きる必要があるのかもしれない。

BREXITによって欧州から米国への取引シフトが起きている

Brexitが金融機関に与えた影響は意外と大きかったようだ。欧州の銀行のデリバティブ取引シェアが減少し、収益にも影響が出始めているという報道があった。今回もっとも恩恵を被っているのは米銀のようだ。

EUの銀行は英国の取引基盤(Trading Venue)へのアクセスを持てなくなってしまったので、英国の機関投資家や銀行との取引から締め出されてしまった。これを解決するにはEUの銀行は英国に現地法人を設立しなければならなくなる。

結局は多くの取引が、同等性がある程度確保されたUSのSEF(Swap Execution Facilities)に流れている。ディーラー間取引について言えば、US SEFの取引は今年1月に10倍以上に伸びている。確かにUKとEUとの争いに巻き込まれ、それぞれの取引Venueに接続するよりは、すべてUS SEFに持っていた方が簡単だ。

金利スワップは半数以上がこうした取引Venueで取引されておりCDSのインデックス物などは、ほぼすべてが取引Venue上の取引である。ちなみに日本はETP(電子取引基盤)なのだが、こちらはSEFを参考にして作られたが、同等性を確保するためだけに作られた感が否めず、取引に占めるシェアは極めて低い。

アセマネや年金などもUS SEFに移す傾向がみられるようだが、英国のリアルマネーはそのまま英国で取引を継続しており、ここにはEUの銀行がアクセスできなくなっている。UK VenueのシェアはEUR IRSについては未だ11%、GBP IRSでは21%、USD IRSで6%とそれなりのシェアを占めている。

数年前にも書いたことだが、海外でビジネスをする際の拠点は支店と現地法人のどちらが望ましいのかという問題がここでも重要になってくる。現在の規制環境下においては、支店形式は好まれず、自分の国でビジネスをするのであれば、その国の規制を遵守し、資本もその国の中に置いた現地法人が有利なのは当然である。EUの銀行は現地法人ではなく支店形式で海外進出をしているところが多いので、こちらも状況の悪化に拍車をかけている。

一方米銀や英銀は、現地法人形式で海外拠点を作る傾向があるので、かなり有利である。Brexitで英国を締め出そうとしたEUが、実は不利になるという皮肉なことが起きている。ただし、これによって英国にも交渉力が生まれるので、規制の同等性を認め欧州全体の利益を考えるような方向に進むかもしれないという期待も生まれる。

国際金融ハブを目指す日本にとっても、この辺りの動きは非常に参考になる。簡単に国境をまたいでしまう金融取引は、すぐに最もオープンな場所に流れてしまうということは、今回の例を見れば明らかだからだ。