デリバティブ取引の当初証拠金とは

証拠金規制で一躍有名になった当初証拠金(Initial Margin、IM)だが、これはOTCデリバティブの世界では昔からISDAの用語に従って、独立担保額(Independent Amount、IA)と呼ばれており、ヘッジファンド等との取引では一般的に使われてきた方法である。

通常デリバティブ取引で勝ちポジションがあるときに相手方が破綻すると、その勝ち分が返ってこないので、その分の担保をもらっておく。これが変動証拠金(Variation Margin、VM)である。

しかし破綻した瞬間からポジションクローズまでに、為替が動いたりして勝ちポジションが大きくなると、その分は取り返せない。この部分のリスクをカバーするのが当初証拠金である。

以前からこの金額の計算方法には様々なやり方があったが、最近は2週間99%のVaR(または期待ショートフォール)に収斂してきているように思う。通常ISDAの下でデフォルトが起きると、普通に催促した後にPotential Event of Defaultの通知を出し、一定の猶予期間を経てようやくEvent of Default通知が出せ、最終的にクローズアウトに至る。

この期間はISDAのバージョンや相対で定めた条項によって異なるが、概ね2週間あれば十分だというのが一般的な考え方である。マージンコールが日次ではなく一週間に一回だったり、担保の受け渡し期限が翌日ではなく3日後だったりすると、その分の調整が必要になる。リスク計算や資本計算も本来はこれらの日数を加味して計算するのが望ましい。

日本では、証拠金規制導入前は日次のマージンコールに抵抗感を持つ市場参加者がいたり、担保の受渡しに3日欲しいというところが多く、決済期間の長さがグローバルでは問題になることが多かった。

昨今ではJGBの決済期間短縮化も進み、以前のように3日必要という人も少なくなり、翌日決済の割合が増えつつある。とは言え、送金に時間のかかる日本のシステムは、いつも海外から不思議に思われる。

実際は可能なのだが、期限に違反するのを恐れるために、極力長めに期間を取っておきたいという文化的な要素と、システムで対応するよりは人海戦術で対応する方がコスト安という要素もあるのかもしれない。また、契約上決められた支払いなのに、上席の承認がいるなどということもあるやに聞く。

この期間は、クローズアウトまでの期間が短い取引所取引や、CCPにおける取引では、2週間が2日とか1週間に短縮化される。即時決済が進めば、本来はIMの金額を減らすことも可能になるのではないかと思っている。

特にこのIMは、通貨スワップ、オプション取引、CDS等、まともにVaRを計算すると想定元本の半分近くになってしまうこともあり、円滑な取引の妨げになっている。このIMのファンディングコストをプライシングに入れるMVAの登場もあり、デリバティブがコスト高になる一因になっている。

将来的には決済期間の即時化、短縮化等によってIMの水準を落とせるよう、技術革新が起きることが期待される。

為替決済リスクの高まりに当局が注目し始めた

3月の市場変動を受けて為替決済リスクを意識する声が高まった。CLSの調査を受けてグローバル外為市場委員会が先月公表したレポートによると、現在CLS経由の取引は全為替決済の1/3に留まるとのことである。確かリーマンショック時には半分くらいのシェアだったと思うので、他の資産がCCPや取引所に移行していく中、若干逆行する流れとなっている。CLSが主要18通貨しか扱っていないことは以前から問題になっていたが、人民元やルーブルなどの通貨の取扱高の増加に伴い、グローバルベースの決済リスクが高まったためとのことである。

余談になるが、最近はCCPのルールにみられるように、先物とOTCの共通点が増え、証拠金規制、資本規制等により商品間の垣根が低くなってきたように思う。ただし、各商品に関わる人はやはり結構分かれており、為替の人、コモディティの人、先物の人はキャラが立っていると思うのは私だけだろうか。特にコモディティ先物に関わる人は比較的強面な人が多く、為替もちょっとそれに近いような感覚がある。いずれも自分の商品に誇りを持っており、業界の活動にも強い思い入れがあるように思う。

話を元に戻すと、CLSでは当然新興国通貨とドルやユーロなどのペアの取引の取り扱い開始を検討しているが、最近のCLSのシェア低下を受けてこれが急務になりそうだ。CLSは元々FRBの支援のもとで設立され、グローバル外為市場委員会等とも連携しており、官製というイメージもあるが、実際は、かなり独占的地位を確保しているようにも見える。

今回も、CLSが規制当局や中央銀行と、新興通貨の取り扱いについて議論を進めていると報じられている。確かに金融安定を目指す当局に対して、金融決済リスクを減らすための業務拡大は非常に刺さりやすいトピックだろう。とは言え、清算集中規制などがあるわけではなく、マージン規制も現金決済為替取引は当初証拠金の対象外である。CLSを使わないで決済することも十分可能で、特に日本では大手も含めて決済リスクに対する意識は海外ほど高くない。だが、最近では、金融庁の平成28事務年度金融行政方針外為決済リスクに係るラウンドテーブルの成果もあり、信託銀行を含めたCLS加入が加速しつつあり、急速にキャッチアップを図っている。生保最大手のCLS加入のニュースも記憶に新しい。

一方で、独占企業でもあることからかCLSのサービスやフィー水準が妥当なのかという議論があるのも事実である。CLSのCCP向けサービス等も、フィーが下がればもう少し普及が進むのかもしれない。当局のサポートは別として、決済分野などは、フィンテックの出番が結構あると思うのだが、この分野でも健全な競争が必要だ。その意味ではIHS Markitが昨年株式取得したCobaltなどの新興企業の動向に注目したい。CitiやStandard Charteredなどもサポートしていることから、サービス内容を高めていけばCLSに匹敵するサービスを提供することは可能だろう。

特に日本においては、ドル調達ニーズが高いこともあり、為替市場の安定化は非常に重要である。日本では大手企業の決済リスクは低いと思われているからか、CLSの利用は海外より遅れているうえ、日本時間にドルを決済したいというところもあったり、第三者送金等、外為行為規範で推奨されないような慣行も多い。しかし、いざという時のために、グローバル基準に合わせていった方が危機時のリスクを低減できると思う。