非公開情報とCVAヘッジ

デリバティブカウンターパーティーリスクをヘッジする際について回るのが、MNPIの問題である。これはMaterial Non Pubic Informationの略で、日本語では内部情報と呼ばれる。内部情報は秘密情報であり、株価や債券価格などに重大な影響を及ぼす可能性のあるすべての非公開情報が含まれる。

この内部情報の管理手法には、各社でかなりばらつきがあり、あまり表に出てこない情報であるが、2020年から始められた金融庁の市場制度ワーキンググループの資料が参考になる。特に第8回では外資系金融機関に対するヒアリング結果が公表されており、各社がどのようにMNPIを管理しているかの一端をうかがうことができる。ここで述べられているように、海外では、情報共有を法律で禁じるというよりは、内部コントロールを聞かせることによって情報の遮断を行っている。一方本邦では、ファイアーウォールによって長らく銀証分離が行われてきた。

日本では、伝統的に「ルールベースの監督」が行われてきたが、外資系金融機関においては、「プリンシプルベースの監督」が主流であった。法律で禁じるというよりは、顧客利便性と内部管理のバランスを取りながら、各金融機関が内部コントロールを行い、個社のガイドラインに基づいて情報共有が行うという手法である。監督当局は法律違反をチェックするのではなく、内部管理体制がきちんと構築されているかを検査するという形になる。

ある程度自由度が増すのは確かだが、自己責任原則に基づいてかなり厳格な管理が行われるのが一般的である。法律に書いていないから良いではないかということではなく、常識に照らして自分で判断しなければならない。最近は日本でもプリンシパルベースへの移行を進めているように見受けられる。

いずれにしても金融機関経営はめまぐるしく変化をしており、極めて専門性が高い。完璧な法律を作ってがんじがらめにすれば利便性が損なわれ、法律の穴をかいくぐる行為が増えてしまう。プリンシパルベースにすれば、法律には書いていないものの、常識的に不正に当たりそうだという行為ができなくなる。ワーキンググループの議事録にもあるように、海外では「Need to Know」原則が貫かれている。業務遂行上知らなければならない人のみに情報共有が認められるという考え方だ。マニュアルが存在しない代わり、組織の良識が試される。

カウンターパーティーリスク管理においてこの内部情報が関係してくるのは、社債発行やM&Aに関係したスワップ取引についてである。先のヒアリング結果を見ると、「MNPIには、一定規模以上の債券が含まれる」という回答がある。また、「債券の発行について日本では原則MNPIとしていないが、グローバルでは基本的にMNPIとしている。」との不思議な回答もみられる。なぜ日本ではOKなのだろう。サイズが小さいからということなのかもしれないが。

カウンターパーティーリスク管理の性質上、新規取引を行うと同時にそのカウンターパーティーリスクをヘッジするのが一般的であるが、新規取引が債券発行に関するものであったり、会社の合併、事業再構築に関連していたりする場合は、その情報が公になっていなければインサイダー取引とみなされてしまう可能性も否定できない。したがって、こうした重要な非公開情報を入手してしまった場合は、適切なヘッジができなくなってしまうこともある。

通常は、適切なウォールを設けることにより情報管理体制が確立されているが、この体制は各社で独自に構築する必要がある。CVAの計算自体は取引のプライシングに関係しているため、きわめて早い段階でXVAデスクに問合せが入ることが多い。しかし、CVAの場合は、カウンターパーティーがわからないとCVAの計算ができない。Indicationを提示する段階では、A格程度の事業会社などと仮定して計算を行い、取引が近くなってからWall Crossを行い、厳密なプライシングを行う。あるいは、スプレッドを5年で100bp、10年で150bpのように仮定して計算を依頼することもある。

通常のトレーディングデスクであれば、こうした情報を得てしまった場合は取引を控えるという対応が可能かもしれないが、XVAデスクの場合は、取引ができなくなると会社としてリスクを抱えたままにしておかなければならないということになるので、情報管理は厳しく徹底する必要がある。

また、社債の発行金額があまりにも大きかった場合などは、MNPIに該当せずとも、市場に与える影響が甚大であるため、その情報を利用した取引をすべきでないという判断もあるかもしれない。この辺りは、各社であるべきコントロールを入れ、当局に説明できるようにしておく必要があろう。