ストレステストの弱点

あまりにも大きな市場変動が起きるからか、ストレステストがリスク管理のメインツールとして使われるようになってきた。従来はPFEのようなリミット管理に加えて、想定外のストレスがかかった場合に何が起きるかを把握するという意味でストレステストやシナリオ分析が行われてきたが、このような極端な状況に耐えられるようにストレステストの結果をリミットに使うべきという意見が米国当局からも多く聞かれるようになってきた。

金利が200bp上昇した時と言ったシナリオならまだしも、ある特定のシナリオをベースにリミット管理をするのには違和感を覚える。実際のリスクが増えるにもかかわらず、リミットに空きを作ることが理論的に可能だからだ。決められたシナリオに関してのみリスクを減らしても、それ以外のリスクが増えてしまう。

例えば、不動産不況、クレジット損失が多発するシナリオによってリミットが制限されていた場合、CLOや証券化商品を売って国債を買えばよい。リターンが低くなる分は国債の量を増やして賄うことになる。おそらくマネジメント的にも、リスクの高い資産を売って、安全性の高い国債に乗り換えたと言えば聞こえはよい。

勘関で起きたことに似ている。安全資産である国債保有を増やした後に、米金利が急上昇し、シリコンバレーバンク(SVB)などの地銀ショックが起き、日本の一部金融機関も米国債ポートフォリオから大きな損失を出してしまったのである。

最近は金融機関でも、一見わかりやすいクレジットリスクを気にする人が増え、マーケットリスク管理がおろそかになっているように思える。デフォルトリスクを避けるために巨額のCDSヘッジをしたがるリスクマネージャーやマネジメントがいるが、CS01などで必要とされる以上のヘッジを行うと、スプレッドがタイトになった時にCDSから大きな損失が出てしまう。特にトップマネジメントがリスク管理に詳しくない場合は、こうしたことが行われがちであるので、CROの役割は重要である。

ロシア危機や米地銀危機、英国Giltショックなど、大きな市場変動が起きるたびに新たなシナリオを増やしていくと、リスク管理が複雑になり、その仕組みを利用してほかのリスクを増やそうとする人が出てくる。非常に危うい状況になっているように感じる。

本来は、バーゼルのIRRBBくらいの考え方がちょうど良いのかもしれない。米国はIRRBBを適用せず、CCARをメインとしているが、様々なイベントが起きるたびに、より極端なシナリオが追加されていく。CCARの方がより細かく包括的にリスクを捕捉できるという反論もあろうが、リスク管理は複雑にしすぎるとワークしなくなる。今年はFRBが最大のリスクを抱えるヘッジファンドのデフォルト、金利急上昇のシナリオ等の4シナリオを追加したが、金利上昇シナリオはSVBの破綻を受けたものだろう。

一方IRRBBでは金利変動時のリスクや資産の評価損を表すEVEの開示が求められる。IRRBBでは、金利のパラレルシフト、カーブシフトなどの6つのシナリオのもとで、EVEがどのくらい減るかをディスクローズしなければならない。そしてそれがティア1資本の15%以上になればリスク量が巨大と見做され、追加の資本を求められたり当局の指導が入ったりする。

おそらく米国がこれを適用していればSVBのようなケースでは一定の抑止効果を発揮していたのではないだろうか。

金利ポートフォリオのPV01が100億円あったときに、金利が100bp上昇すれば1兆円の損失が出るというのは、極めて簡単な概念だ。例えば以下の二つでどちらがリスクが大きいか、考えてみていただきたい。

  1. 1兆円のCLOを保有
  2. PV01で100億円の米国債を保有

金融機関によって答えは変わるだろうが、経営トップ層などでは、1を嫌がる人が結構いるかもしれない。個人的には2は怖くて仕方がない。1の場合は価格が半分になれば5000億円の損失で、最悪1兆円の損失である。一方2の場合、米国のように金利が300bp上昇すれば3兆円の損失になる。

やはりこうしたリスクを経営層に正しく、しかもわかりやすく説明できるリスクマネージャーの役割は極めて重要である。