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デリバティブ取引の当初証拠金計算にはSIMMと標準法のどちらを使うべきか

2022年9月に延期されたIMビックバンまで後2年を切った。これによって、当初証拠金の拠出義務が、地銀や生保などに広がることになる。大手行を対象にした2016年9月のフェーズ1から毎年適用会社が拡大されてきたが、これがコロナによって延期され、2021年9月にデリバティブ想定元本残高80億ユーロ超のフェーズ5、2022年9月に80億ユーロ超のフェーズ6が予定されている。これを受けて以前あった標準法かSIMMかということが話題になっているようだ。

標準法はグリッド方式とも呼ばれ、想定元本に以下のような一定の掛け目をかけた簡便法で、誰でも簡単に導入できる。

この簡単さが受けるのか、デリバティブのエンドユーザーが最初に考えるのは、システムやモデル開発等は面倒だからこれを使ってしまおうという方法のようだ。ただし、売り買い双方の取引があるときそれを相殺させることが「完全には」できないので、計算される金額は多くなる。完全にはと言ったのは、以下のようなNGRによって最大6割オフセットまでは可能だからだ。

ここで計算された当初証拠金額は自分が拠出する担保額というよりは相手方に徴求する金額なので、自分のコストにはならないと思う人もいるかもしれないが、実際は相手方の銀行やディーラーがその担保拠出コストを織り込んでプライシングしてくるため、自分の取引コストが高くなることに注意が必要である。標準法を使っているというだけで敬遠されてしまう可能性も否定できない。

そうなると、ほとんどの市場参加者はISDAのSIMMを使うことになる。ISDAのペーパーを見ると難しそうに思えるかもしれないが、この計算はそれほど難しくない。結局は2週間99%のVaRを計算するようなものだ。相手方も同じ考え方を用いているので、毎日答え合わせもできる。

プロシクリカリティに注意するため、2週間VaRは2008年などのストレス期間を含めての計算になるだろうから、例えば10年金利で20bpくらいの金利の動きとする。10年なので10をかけてだいたい2%くらいが当初証拠金となる。先ほどの標準法の掛け目だと4%だからやはりSIMMの方が低くなる。イールドカーブコントロールで10年の変動が抑えられているということもあるだろうが、一方これが30年金利になるとSIMMの方が高くなるだろう(5年超をすべて同じ掛け目にしているのもどうかとは思うが)。

資本計算のカレントエクスポージャー方式が簡便にリスクを表す指標として使われたためか、日本ではグリッド志向が強いような気がする。取引先リスクのリミットを決める時も想定元本に掛け目をかけて決めているところもあるのではないだろうか。SIMMの導入を良い機会ととらえて、モデルによって簡単なリスク量把握ができるような環境ができると金融の発展につながるかもしれない。

デリバティブKVAの計算方法

なぜレバレッジという用語が使われるのか

レバレッジ比率規制とは、リスクを取るなら一定の資本を積みなさいという規制の中の最も単純なものである。リスクを表すにはレバレッジエクスポージャー、資本を表すにはティア1資本が使われ、この比率が概ね3%を超えなければならない(国によって若干異なる)。3の資本で100のリスクを取れるので、33.3倍(100/3)のレバレッジがかけられるという意味で、レバレッジ比率という言い方になっている。

リスク量とリンクしないレバレッジエクスポージャー

レバレッジエクスポージャーは保有している債券の価値などのバランスシート金額とデリバティブPFEに分かれる。単純なバランスシートなので、安全な国債だろうと危険なジャンク債だろうと同じ金額として扱われる。

そしてデリバティブPFEは想定元本に、5年超の通貨スワップだったら7.5%、1年から5年までの金利スワップなら0.5%のような掛け目をかけて計算される。当然SA-CCRに変更されれば計算方法が変わるが、CEM(カレントエクスポージャー方式)の下ではこのような単純な計算になる。

ここで重要なのはCEMでは担保を加味していないということである。そして、+100の勝ちポジションと-100の負けポジションがあれば相殺してリスクゼロなのだが、このネッティングも完全には加味されない。完全にはといったのは、一応NGR(Net-to-Gross Ratio)によって0.4*AGross + 0.6*NGR*AGrossのように部分的には考慮される。ここでAGrossは、各取引の勝ち負けの絶対値を足しあげたものである。NGRはANet/AGrossで計算されるが、ANetは各取引の勝ち負けをそのまま合計したものである。

なぜデリバティブPFEというかというと、これはPotential Future Exposureと似たような概念を使っているからだと思われる。有担保の場合マージンコールの合間の2週間のVaR等を見ることになるが、金利スワップの2週間VaRは年限によって0.5%から1.5%程度、通貨スワップの2週間VaRが5%とか7.5%というとだいたい感覚に合うからである。

レバレッジ比率からのKVA計算

前置きが長くなったが、この辺りの詳細は検索すればいくらでも出てくるだろう。重要なのはこれが実取引に対してどういう影響を与えるかという点だ。

まずは、レバレッジ比率が最大の制約になっているような場合は、ここから簡単にKVAが計算できるという点だ。バーゼル3の先進的手法、標準的手法等ほかの資本規制の制約が大きい金融機関は別の計算が必要だが、それでもレバレッジ比率のKVAはある程度の目安にはなる。

例えば$500mmの10年通貨スワップを行った場合、適宜最低レバレッジ比率(3%とか5%)、NGR、ROEターゲット等の前提を置いて架空の試算をしてみる。

PFE資本コスト
ディーラーA銀 (NGR 0%)$15mm$467k
大手B銀行 (NGR13%)$18mm$558k
C生保(NGR97%)$31mm$978k
地銀D行(NGR62%)$29mm$902k
アセマネE社(NGR45%)$25mm$782k

NGRはポートフォリオが大きくなると0%に近づいていき、一方向の取引が多いと100%に近くなっていくので、適当にNGRの前提を上のように置いてみた。資本コストは税引後のROEを10%に保つべく14%程度、割引率も14%としたが、税金やその他コストを考えるともう少し高くすべきかもしれない。当然各金融機関ではもう少し高度な計算をしているだろうが、ここでは単なるコンセプトの説明に重点を置く。

結果を見ると、$500mmの取引をポジションが一方向に偏った地銀D行と行うには、$902kくらいの利益がないとROE10%が達成できないということになる。さらに、無担保または担保が現金ではない場合は、これに将来のデリバティブの時価(これはオンバランスになる)がレバレッジ比率の分母に加わるので、さらにバッファが必要となる

また、この計算は10年間解約がないという前提になっているが、数年後に解約される可能性があればこの計算は全く異なるものになる。例えば、アセマネE社の$782kを基準にすると、1年後に解約されるなら$142k、5年後に解約されるなら$597kとKVAが減少する。また、金利スワップであれば、コンプレッション等により想定元本が減る可能性があればそれも考慮する必要がある。

すべての取引についてこのような分析をするのは難しいだろうが、大きな取引については、それがROEハードルを満たしているかを計算する必要がある。また、システム化によってこのような計算を簡単にできるツールを作ることも可能だろう。

資本規制が強化され、収益性が重要になってくる金融業界においては、こうした資本コスト対比の収益性分析はますます重要になっていくだろう。