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Three Lines of Defenceとは

リスク管理態勢を語る時に必ず言われるのがThree Lines of Defenseである。2010年頃から各種ペーパーが出され、金融機関内部でも話題になり始めた。2010年9月に出されたGuidance on the 8th EU Company Lawや2013年1月のIIAのPosition Paperが有名だ。

日本語では3つの防衛線、3つのディフェンスライン、3線管理と言うことがあるが、簡単に言うと、現場、管理部門、監査部門の3つのラインによるリスク管理である。外資系だと、Front、Middle、Internal Auditと呼ばれる。日本ではFist LineとSecond Lineの中間の1.5線という言葉が使われることがある。

First Line: フロントの現場でセールス・トレーダーと緊密な連絡を取りながら、リアルタイムでリスク管理を行う。マーケットリスクやカウンターパーティーリスクを管理する担当と法的リスクを見る担当に分かれている。

Second Line:いわゆるミドルオフィス。審査部門、市場管理部門、法務コンプライアンスなど、フロントとは独立したラインでリスクを管理する。

Third Line:上記二つのラインの有効性について、独立した立場から監査を行う。

旧来日本では第一線という概念があまり意識されてこなかったので、最初にこの考え方に触れた時は少し戸惑ったが、スピードの速い金融リスク管理においては、現場と離れたところで静的な管理を行っていても効果がないため、デリバティブリスク管理では特に重要な機能である。逆にローンのリスク管理の場合は、法的リスクを除くと、こうした一線管理の必要性は少なくなる。

前述のペーパーによると、First LineはリスクをOwnし、Manageするところとされている。収益部門だからと言っても、顧客のデフォルトによって損失が発生したら、リスク管理部門の責任になるだけでなく、収益部門のヘッドの責任にもなる。したがって、2線にすべてを任せるのではなく、1線で常にリスクに目を光らせて置く必要がある。もう一つ1線ではリスクヘッジが可能である。審査部でCDSを買ってリスクヘッジをするという話はあまり聞かない。これは主にXVAデスクの範疇になり、XVAデスクは1線に位置している。

例えばあるヘッジファンドが巨額損失を出してポジションを解消し始めているらしいという情報は、まずはフロントのトレーダーだったり、セールスから入ってくる。そのポジション解消によってマーケットが動いているという動きは2線でつかむのは難しい。この情報は1線のリスクマネージャーに直ちに伝えられ、しばらく取引を制限したり、Novationのリクエストに目を光らせておくといった措置を取る。2線には、NAV情報等が集約されているので、この段階で1線のリスクマネージャーと2線(審査、信用リスク管理部)で議論が行われる。そして担保授受、資金決済等のモニタリングを強化し、突発事象に備えることとなる。そして、担保条件の見直し、当初証拠金の引き上げ、一部解約等を検討する。

バーゼルのペーパーでは、この3線管理が機能しない事例として以下の3つを挙げている。

1線のインセンティブメカニズムの機能不全

3線モデルで最も重要なのは1線であると言う専門家が多いが、リスク管理の目的は、会社に十分な収入と利益をもたらすというフロント部門の目的と相反する場合がある。クレディスイスのアルケゴスレポートで明らかになったように、収益をもたらしてくれる顧客に対しては1線のリスクマネージャーが強く出れず、担保条件の改善が遅れ巨額損失につながった。また、コスト削減によって適切な1線のリスクマネージャーが確保できなくなったというのも典型的な失敗例だろう。

2線の独立性欠如

2線は通常取締役会に形式上レポートしているものの、日々のリスク問題に関しては上級管理者にレポートしていることが多い。この上級管理者がリスクより収益を重視したり、フロントの立場が強くなってしまうとリスク制御が効かなくなる。

2線の知識・経験の欠如

複雑な商品の取引承認等で、2線のスキル不足からフロントに丸め込まれてしまうリスクである。報酬面の問題もあり、往々にしてフロント部門にこうした商品やマーケットの知識が豊富な人材が集まりやすい。フロントのトレーダーの疑わしいポジションが2線で見つけられないという事例も多発している。

内部監査部門による不十分で主観的なリスク評価

2線のスキル不足と同じ問題が3線にも当てはまる。知識と経験がないと的外れなところの分析ばかりを行うことになってしまう。過去の巨額損失事例を見ても3線が前もってリスクを指摘したり、それが損失を防いだという事例があまり見られない。

以上述べてきたリスクは主にポジションのリスクやカウンターパーティーリスクに関するものとなるが、他にもReputation Risk、Fraud Riskなどのコンプライアンスに関するリスクもある。市場操作のようなトレーダーの行動のモニタリングもこの範疇に入る。トレーディングフロアと遠いところで監視をするのは難しいので、フロントにリスク管理者を置いてモニタリングしようというのが、当初の目的だった。

しかし、金融危機以降の規制強化によって、金融機関運営があまりに保守的になってしまったため、ビジネスとリスク制御のバランスを取るために、フロントにリスク管理者を置くようになったという側面もあるかと思う。現場に近い人間をこのポジションにつけることにより、2線のスキル不足問題の解消を図れるという側面もある。また、金融規制があまりにも複雑になってしまったため、新商品開発、通常のトレーディングにおいても規制の知識が必要になってきた。ある程度ビジネスを進めるというインセンティブを持ちながら、円滑に取引が行われるような支援をするという意味で、法的知識を持った人材がフロントに増えている。

アルケゴス破綻に見られたようにこの3線管理が破綻すると、組織を揺るがすほどの損失が発生することがある。3線リスクがうまく機能しているかどうかは、常に確認していく必要がある。

アルケゴス破綻に学ぶリスク管理

Static Margin(固定された当初証拠金)

通常プライムブローカー顧客とは、リスク、ボラティリティ、集中リスク等を加味して柔軟に当初証拠金を変動させるDynamic Marginingが行われるのが一般的だが、Archegosに対しては、想定元本の20%のように、取引開始時に決められた固定金額を使っていた。OTCデリバティブでは、このような当初証拠金の設定方法はそれほど珍しい訳ではない。証拠金規制上はEquity Swapに関しては15%のマージンが標準となっているが、これもある意味Staticである。SIMMはある程度Dynamicと言えるが、現物株と一緒に担保管理をするプライムブローカーリスクには向かない。

2019年までは、デリバティブが中心と思われるSwap中心のPrime Financing Portfolioに対して15-25%、現物株中心のPrime Brokerage Portfilioに対しては15-18%の当初証拠金を取っていたということなので、極端に担保が少ないという訳ではなかった。ここでArchegosから、他の銀行は少ない担保で現物とデリバのオフセットを認めていると主張され7.5%への引き下げを認めてしまった。こうなるとStatic Marginは妥当ではないので、その段階でDynamic Marginに変えるべきだったのだろう。個人的にも経験があるが、ヘッジファンドというのは往々にして一つの銀行のマージン引き下げに成功すると、それを突破口にすべての担保を引き下げにくる。また、実際に引き下げていない段階でも、他社はもっと担保が少ないと虚偽の申告をするところすらある。

往々にしてこういう時は、後発組だったり、立場の弱い銀行が条件緩和に応じてしまい、Race to Bottomと言われる現象が起きる。一定の水準を超えた時にはこのマージンを引き上げる権利を契約上入れたとのことだが、顧客関係を考慮しがちなので、こうした契約は意味がない。逆にいつでもマージンの引き上げができるから安心といって、条件緩和を受け入れてしまう危険性があるので、実効性のないセーフティーネットは百害あって一利なしだと思う。そして所要担保の少ないCSにデリバティブ取引が集中してしまった。現物とヘッジがオフセットしなくなる時期でも、当初証拠金の水準が見直されることはなかった。Archegosサイドにも再三ミーティングを依頼してはいたようだが、いつも直前でキャンセルされたとある。いかにもありがちと言った感じだ。

与信枠問題

PEリミットやストレスロスリミットを超えていたにも拘らず、それに対処せず、リミットを上げ続けたのも大きな失敗だ。PEリミットが$2mmから$8mm、そして$20mmと上げられたが、2020年8月にはPEが$530mmになったと書かれており、こうなるともうリミットの意味はない。2021年1月に内部格付をBB-からB+に下げたにもかかわらず、PEリミットが$50mmに増やされている。2021年は年間$40mm程度の収益が見込まれたということなので、収益と顧客関係を重視してしすぎてしまったのだろうか。

ストレスエクスポージャーも$250mmの枠に対して、2020年7月には$828mmになったというから驚きだ。2021年1月の格下げ後にはこちらもなぜか$500mmにリミットが増えている。しかしストレスエクスポージャーが週に一回しか更新されないというのもお粗末だ。

ArchegosもオフセットするIndex Shortを加えたとあるが、ここまで少数の個別株をスーパーロングにして、QQQなどのETFをショートするのが完全にオフセットとは言えない。しかも2年スワップで7.5%の当初証拠金で新規取引を続けている。

通常ここまでの枠超過が許容されることはないはずだが、なるほどと思ったのがPEモデルの変更である。モデルが変更されPEが多めに出るため、信ぴょう性がないということでリミット超過が許容されてしまった。複雑なモデルを開発するのは良いが、それが簡単に説明できないと数字自体が信頼できなくなる。このような環境下では、リミット超過が許容されやすくなるので、直ちにモデルの改善が必要である。また複雑すぎて説明ができないモデルよりは、単純明快なモデルの方がリスク管理には適していると思う。

リスク管理の役割分担

現在のリスク管理はFirst Line of Difenceから始まりSecond、Thirdと階層を分けるが一般的になっている。まずはフロントのFirst Line、そして審査部、市場リスク管理部というSecond Lineがあるが、First Lineが最も難しい(ちなみにThird Lineは監査部門)。First Lineはフロントに位置しているので顧客ポジションをリアルタイムに把握でき、トレーディングにも近いので、経験のあるリスクマネージャーが担当すればかなりの効果を発揮する。

カウンターパーティーリスクについてはXVAデスクが管理をすることが多い。今回のようにセールスヘッドがRisk Headになるというのは極端な例だが、本当にリスクマネージャーにふさわしい人材がFirst Lineを担当しているかは疑わしいケースが散見される。ある程度シニアでなければならないし、リスクのみならず契約、資本規制、ポジション清算、担保管理などに精通していなければならない。やはり一番この分野で専門性を持っているのはCSのレポートにもあるようにXVAなのだろう。ちなみにXVAデスクは$43mmのヘッジ取引を行っていたようである。全体の損失に比べれば微々たるヘッジ効果しかなかったが、一応有担保取引ではありながらリスクは認識してヘッジ取引を行っていたようである。

さすがにここまでポジションが大きくなってくると、当然資本賦課にも跳ね返ってくる。ただし、RWA削減のためにポジションを減らすより、Entityの付け替えによってその場を凌いだのみであった。XVAデスクがKVAも含めてチャージをしていれば、もう少しリスクを抑えられたのではないだろうか。セールスも取引を抑えると言われれば抵抗するが、リスクが大きく資本コストがかかるので、チャージが必要と言われれば、断りにくくなる。

リスク文化

収益重視の文化というのはいつの時代でも問題になる。今回もPSRと言われるフロントのリスク部門は収益重視のあおりを受けて人員削減を余儀なくされており、経験のないリスク管理者ばかりとなっていた。そして、一部のシニアマネジメントがダブルハットといって複数の業務を掛け持ちしており、とてもリスク管理に集中できる環境にはなかったようだ。

やはりリスク感覚を持ったに人間がフロントのシニアなポジションにいるのは重要である。特に組織の上に行くのは、トレーディングで名を上げた人やセールスだったりする。外資系ではリスクの人がフロントのトップになることは少ない。トレーダーがトップになる場合はまだリスク感覚があるが、セールスが組織のヘッドになる場合は顧客関係を重視しがちになる。最近ではフロントにリスク部門を置くことが多いが、時節柄リーガルリスクがメインになることが多く、法的リスクにフォーカスが充てられていることが多い。フロントにリスク文化を根付かせるのは極めて重要であり、XVAデスクの役割も大きい。

Compliance Risk

レポートの中にはArchegosが過去に当局から制裁を受けていた点も詳述しているが、このリスクに対してはどこまでチェックをすべきだったのかは正直疑問である。過去に疑わしい取引をしたのは確かにRed Flagだが、一度問題があったら一生終わりというのも難しいし、結局数多くのディーラーとも取引を継続していた。当然一定の精査は必要だが、結局はそのリスクをどう管理するかが重要で、本件の場合は、ポジション集中に応じてきちんと担保を取っていくプロセスだったと思う。