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CCPのCF/IM比率

参加者破綻によるシステミックリスクを避けるため、CCPは参加者から当初証拠金(IM)と清算基金の拠出を求める。清算基金は英語ではGuarantee FundまたはClearing Fundと呼ばれるものであり、参加者が皆でCCP破綻に備えて基金を積み立てておきましょうというものだ。

当初証拠金が増えれば必要証拠金が少なくなり、破綻者が自己責任で負担する部分が増えるので、モラルハザード防止につながる。参加者としては、自分が拠出する当初証拠金が少ない方が望ましいだろうが、その分相互負担分の清算基金が増え、他社が破綻した時の負担が増えてしまう。したがって、本来は各参加者とも、当初証拠金が高いと文句を言うよりは、全体的なリスク負担を考えたうえで、適切な当初証拠金と清算基金のバランスを保つ必要がある。

JSCCのホームページによると2021年6月末時点の清算基金は1,967億円、当初証拠金は11,007億円となっている。IMに占めるCFの割合は約18%ということになる。この比率はCCPの性質によって、また商品によっても変わってくる。CDSのようにテイルリスクが大きな商品になるとCFに頼らざるを得ない部分もあるので、CF/IM比率が高くなる。金利スワップの場合は10%前後が標準的ではないかと思われるのだが、円金利のように普段はほとんど動かないものの、突発的に急変する通貨の場合は若干高くなっても仕方ないのかもしれない。

なぜこのCF/IM比率が重要かというと、先述のモラルハザードの問題に加えて、クライアントクリアリングの手数料計算にも影響があるからである。IMは当然クライアントが自らの取るリスク量に応じて拠出する。しかし、通常クライアントは清算基金は拠出せず、クリアリングブローカーが出すことになる。

クリアリングブローカーとしては、クラインとのために追加資金拠出をしており、しかも他社破綻時にはそれが使われてしまう性質のものであるために、リスクとコストに見合ったリターンを求めるのが自然である。これがクリアリングブローカー契約の手数料に反映されてくるのだが、この手数料はそれほど頻繁に変更するわけにはいかない。したがって、例えばIMに対するCFの比率が18%程度と仮定して手数料水準を決めていた場合に、突然この比率が30%、40%と上昇してしまうと採算割れになってしまう。

これが変化するかどうかは当初証拠金モデル、清算基金モデルによって決まるのだが、マーケットが静かになって金利変動が少ない時期が長く続くと、ヒストリカルVaRが下がるため、当初証拠金が少なくなってしまうことが往々にしてある。これを避けるため、各CCPでは、当初証拠金や各種パラメーターにフロアを設けたり、過去の極端なストレスシナリオ、架空のシナリオ等を入れることによって、当初証拠金が大きく変化しないような仕組みを導入している。

最新のJSCCの当初証拠金はJSCCのホームページで開示されているが、想定元本に占めるIMの割合は、固定受けの30年で5.18%、固定払いで6.33%となっている。更なる金利低下より金利上昇幅の方が大きいというモデルになっているため、固定払いの方がIMが大きい。

JSCCでは過去5年間のヒストリカルデータに基づく、保有期間5日、信頼区間99%の期待ショートフォール方式を採っている。つまり損失分布上位1%の平均値が当初証拠金額となっており、これに直近の金利変動に重みをつけたり、過去の大きなストレスイベントを考慮したりして、若干の調整を行っている。クライアントのポジションに関しては、クローズアウトまでの日数がかかることから、保有期間を5日から7日に延ばすことにより、当初証拠金を増額している。

リーマン破綻時には、当初証拠金の約35%が費消され、清算基金に損失が食い込むことはなかった。しかし、その後韓国の取引所、NASDAQクリアリング等、清算基金が使われるデフォルトがいくつか発生し、このCF/IMのバランスについては、常に議論が行われている。モラルハザードを防ぎ、あくまでも自己責任原則を貫くためには、適切な当初証拠金の徴求が不可欠である。個々の参加者にとっては担保が増えるのは望ましくないのだが、全体を考えたバランスの取れた議論が必要だろう。

CCPベーシスとは

数年前からLCH/CME、LCH/JSCCのような清算集中機関であるCCPの間の金利差であるCCPベーシスについては、このブログでも何度も取り上げてきたが、ここでまとめておさらいしておく。

LCH/CMEベーシス

ドル金利スワップマーケットはディーラー中心のLCHとバイサイド中心のCMEに分かれていた。当初はCMEの方が当初証拠金(IM)が低く、先物と金利スワップのリスクオフセットを認めるクロスマージンが可能といった理由から投資家に選好されたが、このインバランスからLCHの金利とCMEの金利が異なるようになった。その裁定機会を捉えるため、バイサイドがLCHに参加したり、ディーラーがリスクの偏りを減らすためにSwaptionや清算集中規制対象外の取引を利用することによってその偏りを減らす努力がなされてきた。一部ベンダーもSwitch Tradeと称してCCPベーシス削減の提案を行っている。

バイサイドクライアントの参加率が高いCMEにおいては、クライアントは固定クーポンの社債のヘッジのため、固定払いの金利スワップを取引することが多い。つまりCMEで固定を払うため、ディーラーサイドはCMEからの固定受けが増える。ディーラー間でのヘッジはLCHで行われることが多いため、CMEから固定受け、LCHに固定払いのスワップが多くなる。この取引が溜まるとLCHとCME両方に当初証拠金の拠出が増え、担保拠出コストが高まる。これを解消するためにCMEでなら高いレートを払ってでも固定払いをしたいし、LCHなら低いレートでも受けたくなる。そして、CMEの金利がLCH金利より高くなり、CCPベーシスが生まれる。

これが拡大するにはいくつかの要因があるが、CMEでの受けニーズ、LCHでの払いニーズの拡大の他、ディーラーのファンディングコストの上昇、CCPのマージンの変化なども影響する。

2020年、LCHのクライアント向け当初証拠金の変更があったが、同時期にCCPベーシスが縮小したことがある。米国の場合は顧客もLCHでクリアできるので、もしかしたら、このIM増加を受けて、一部のクライアントがCMEにシフトさせたことがCCPベーシスに影響を及ぼしたのではと言われた。

LCH-JSCCベーシス

同様のベーシスは日本円についても起きている。日本においては邦銀のALMの受けが多い。したがって、必然的にJSCCに対する払いが多くなり、そのヘッジとしてLCHからの受けが多くなる。そして、日本特有の問題として、日本の市場参加者がLCHで円スワップを清算できず、米国の参加者がJSCCに参加できないという制約が加わる。

LCH-CMEベーシスと同様、このポジションが溜まってくると当初証拠金が増えるので、JSCCに対して払いたくない、LCHから受けたくないというインセンティブが働く。そしてJSCCへの払いにチャージをかけるトレーダーが増え、本来より低い金利でクォートされる。そしてJSCCの金利が低下し、LCHの金利が上がる。そして2018年1月頃にLCH-JSCCベーシスが急上昇した。その後は、CFTCから米国顧客がJSCCに参加するのを許容するような発言が出るたびにベーシスが縮小した。また、米国以外のヘッジファンド等がJSCCにクライアントクリアリングを通じて参加し始めたのも大きい。

ただしLCH-JSCCベーシスの場合は、必ずしも国内の受け手が多いから動くのではなく、海外投資家が大きな取引をする際にLCHサイドの金利が動いてベーシスが変動することも多いように思う。近年は、一時のようなアンバランスが少なくなり、ベーシスはゼロ近辺で落ち着いている。

米国顧客のJSCC参加については、2020年に一旦見送られた形なったが、その後もCFTCは前向きな発言を続けている。以下の二つの方法のうち、JSCCの場合は米国への影響が限定的という条件のもと②を適用しようというものだ。

①代替的コンプライアンスを利用したDCO登録:米国DCO登録は行うが、自国規制に従いつつ、米国FCMを通して米国人にクリアリングサービスを提供

②Exempt DCO:DCO登録をせずに、米国FCMではなく、国内のディーラーを通じて、自国の規制のもとで米国人にクリアリングサービスを提供

CCPベーシスが完全に消滅するとは思えないが、昨今の流れを見ていると2018年1月のようにベーシスが10bpを超えて拡大するようなことは起きにくくなるだろう。ベンダーが提供し始めた当初証拠金最適化サービスもベーシスの縮小に寄与するかもしれない。市場の流動性向上のためには、こうしたベーシスによる市場分断は極力存在しない方が望ましいので、昨今の動きは大いに歓迎したい。

STM(settled-to-marketとCTM( collateralised-to-market )

スワップの時価分である変動証拠金を担保としてみる方法をCTM、決済としてみる方法をSTMという。

通常スワップなどのデリバティブ取引は、日々値洗いされ、その勝ち負けが変動証拠金によってやり取りされる。つまり時価が変わるたびに担保を授受することによって、カウンターパーティーリスクが最小化される。これが一般的なマージンコールのやり方であり、CTMと呼ばれる。というよりは、STMが生まれる前はCTMという言葉が使われることもなく、極めて標準的な方法だった。

日々相手方のリスクを取らないようになっているという意味では、スワップの時価がゼロになるように調整しているのと経済的には同義になる。実際、スワップの時価が大きく変動した時にクーポンを変更して時価をゼロにするリクーポニングは以前から行われていた。通貨スワップの時価を四半期ごとにゼロにするNotional Resetも似たようなコンセプトに基づくものだ。

このようなスワップの場合、たとえそれが30年スワップだったとしても、満期が1日のスワップを行っているようなものであり、30年のリスクを取っているわけではない。つまり、日々証拠金をやり取りするスワップというのは、日々クーポンをリセットしてスワップの時価をゼロにしているのと同じことになるので、リスクに応じた所要資本も少なくて良いのではないかということである。

実務的にはCTMと全く変わらず、日々時価の変動分について担保授受をしているだけなのだが、会計的にその担保を担保ではなく、スワップの時価を調整するための決済として扱うのがSTMである。

オペレーション的にやっていることは何も変わらないが、30年スワップを1日のスワップとして扱うことが可能になり、所要資本が削減されるというマジックのようなものだ(厳密には、1日まで短縮することはできず、取引タイプごとにフロアが定めれらている)。

LCHやCMEなどの海外CCPで採用が始まり、日本のJSCCでも使われている。強制適用か選択制かはCCPによって異なる。適用対象も、CCPへの直接参加者のみか、クライアントクリアリングの顧客ポジションも含むかはCCPによって異なる。

レバレッジ比率を計算するときに、例えば30年金利スワップであれば掛け目は1.5%だが、STMにした瞬間にこれを短期に適用される0.5%にまで下げられる。実際は1年以下の0%を適用してもよさそうなものだが、フロアによって0.5%までの引き下げとなる。ここだけでもリスク量が1/3になるので相応の変化になる。2016年くらいには欧米の銀行各社がSTMの適用によって、かなりの資本削減を達成したことをアナウンスしていた。

最近では、LCHのSwapAgentでもこれが適用にできるようになるとか、相対取引でも適用できる可能性があるのではないかという議論も出ている。そしてこれがSA-CCR適用によってどうなるかといった議論も盛んに行われている。

最近も、OCC(米国通貨監督庁)が、SA-CCRのもとでは、CTMのポートフォリオとSTMのポートフォリオのネッティングを認めないというニュースが市場関係者を驚かせた。これまでバーゼルやFEDからのコメントから得られていた印象とは全く異なる立場を示したからだ。

クライアントクリアリングによって清算された取引は”Cleared Transaction”ではないという趣旨のコメントがあったようなのだが、極めて不思議なコメントである。CCPに顧客から拠出された当初証拠金の資本規制上の扱いにしても同様だが、一部の米国当局は、クリアリングの仕組みを本当に理解していないのかとさえ思えてしまう。

一方でCCPへの清算集中を義務付けておいて、いざ清算すると、それはリスクがあるので資本賦課が必要と言われると、何が何だかわからなくなる。米国当局間で意見が割れているのも混乱を増幅している。

資本コスト増から、顧客向けのクライアントクリアリングサービスから撤退する銀行が相次いだのは記憶に新しいが、サービスプロバイダーがあまりにも減ってしまうと、それが新たなシステミックリスクを作り出す。ここまで清算取引が増えてくると、参加者破綻時に、ポジションを他のディーラーに移すことも困難になり、金融ショックを引き起こしかねない。金融安定化にCCPが果たす役割が大きいのは十分証明されているので、CCPへの移行を促進させ、使い勝手を向上させることは金融の安定化には不可欠だと思う。