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アルケゴス破綻に学ぶリスク管理

Static Margin(固定された当初証拠金)

通常プライムブローカー顧客とは、リスク、ボラティリティ、集中リスク等を加味して柔軟に当初証拠金を変動させるDynamic Marginingが行われるのが一般的だが、Archegosに対しては、想定元本の20%のように、取引開始時に決められた固定金額を使っていた。OTCデリバティブでは、このような当初証拠金の設定方法はそれほど珍しい訳ではない。証拠金規制上はEquity Swapに関しては15%のマージンが標準となっているが、これもある意味Staticである。SIMMはある程度Dynamicと言えるが、現物株と一緒に担保管理をするプライムブローカーリスクには向かない。

2019年までは、デリバティブが中心と思われるSwap中心のPrime Financing Portfolioに対して15-25%、現物株中心のPrime Brokerage Portfilioに対しては15-18%の当初証拠金を取っていたということなので、極端に担保が少ないという訳ではなかった。ここでArchegosから、他の銀行は少ない担保で現物とデリバのオフセットを認めていると主張され7.5%への引き下げを認めてしまった。こうなるとStatic Marginは妥当ではないので、その段階でDynamic Marginに変えるべきだったのだろう。個人的にも経験があるが、ヘッジファンドというのは往々にして一つの銀行のマージン引き下げに成功すると、それを突破口にすべての担保を引き下げにくる。また、実際に引き下げていない段階でも、他社はもっと担保が少ないと虚偽の申告をするところすらある。

往々にしてこういう時は、後発組だったり、立場の弱い銀行が条件緩和に応じてしまい、Race to Bottomと言われる現象が起きる。一定の水準を超えた時にはこのマージンを引き上げる権利を契約上入れたとのことだが、顧客関係を考慮しがちなので、こうした契約は意味がない。逆にいつでもマージンの引き上げができるから安心といって、条件緩和を受け入れてしまう危険性があるので、実効性のないセーフティーネットは百害あって一利なしだと思う。そして所要担保の少ないCSにデリバティブ取引が集中してしまった。現物とヘッジがオフセットしなくなる時期でも、当初証拠金の水準が見直されることはなかった。Archegosサイドにも再三ミーティングを依頼してはいたようだが、いつも直前でキャンセルされたとある。いかにもありがちと言った感じだ。

与信枠問題

PEリミットやストレスロスリミットを超えていたにも拘らず、それに対処せず、リミットを上げ続けたのも大きな失敗だ。PEリミットが$2mmから$8mm、そして$20mmと上げられたが、2020年8月にはPEが$530mmになったと書かれており、こうなるともうリミットの意味はない。2021年1月に内部格付をBB-からB+に下げたにもかかわらず、PEリミットが$50mmに増やされている。2021年は年間$40mm程度の収益が見込まれたということなので、収益と顧客関係を重視してしすぎてしまったのだろうか。

ストレスエクスポージャーも$250mmの枠に対して、2020年7月には$828mmになったというから驚きだ。2021年1月の格下げ後にはこちらもなぜか$500mmにリミットが増えている。しかしストレスエクスポージャーが週に一回しか更新されないというのもお粗末だ。

ArchegosもオフセットするIndex Shortを加えたとあるが、ここまで少数の個別株をスーパーロングにして、QQQなどのETFをショートするのが完全にオフセットとは言えない。しかも2年スワップで7.5%の当初証拠金で新規取引を続けている。

通常ここまでの枠超過が許容されることはないはずだが、なるほどと思ったのがPEモデルの変更である。モデルが変更されPEが多めに出るため、信ぴょう性がないということでリミット超過が許容されてしまった。複雑なモデルを開発するのは良いが、それが簡単に説明できないと数字自体が信頼できなくなる。このような環境下では、リミット超過が許容されやすくなるので、直ちにモデルの改善が必要である。また複雑すぎて説明ができないモデルよりは、単純明快なモデルの方がリスク管理には適していると思う。

リスク管理の役割分担

現在のリスク管理はFirst Line of Difenceから始まりSecond、Thirdと階層を分けるが一般的になっている。まずはフロントのFirst Line、そして審査部、市場リスク管理部というSecond Lineがあるが、First Lineが最も難しい(ちなみにThird Lineは監査部門)。First Lineはフロントに位置しているので顧客ポジションをリアルタイムに把握でき、トレーディングにも近いので、経験のあるリスクマネージャーが担当すればかなりの効果を発揮する。

カウンターパーティーリスクについてはXVAデスクが管理をすることが多い。今回のようにセールスヘッドがRisk Headになるというのは極端な例だが、本当にリスクマネージャーにふさわしい人材がFirst Lineを担当しているかは疑わしいケースが散見される。ある程度シニアでなければならないし、リスクのみならず契約、資本規制、ポジション清算、担保管理などに精通していなければならない。やはり一番この分野で専門性を持っているのはCSのレポートにもあるようにXVAなのだろう。ちなみにXVAデスクは$43mmのヘッジ取引を行っていたようである。全体の損失に比べれば微々たるヘッジ効果しかなかったが、一応有担保取引ではありながらリスクは認識してヘッジ取引を行っていたようである。

さすがにここまでポジションが大きくなってくると、当然資本賦課にも跳ね返ってくる。ただし、RWA削減のためにポジションを減らすより、Entityの付け替えによってその場を凌いだのみであった。XVAデスクがKVAも含めてチャージをしていれば、もう少しリスクを抑えられたのではないだろうか。セールスも取引を抑えると言われれば抵抗するが、リスクが大きく資本コストがかかるので、チャージが必要と言われれば、断りにくくなる。

リスク文化

収益重視の文化というのはいつの時代でも問題になる。今回もPSRと言われるフロントのリスク部門は収益重視のあおりを受けて人員削減を余儀なくされており、経験のないリスク管理者ばかりとなっていた。そして、一部のシニアマネジメントがダブルハットといって複数の業務を掛け持ちしており、とてもリスク管理に集中できる環境にはなかったようだ。

やはりリスク感覚を持ったに人間がフロントのシニアなポジションにいるのは重要である。特に組織の上に行くのは、トレーディングで名を上げた人やセールスだったりする。外資系ではリスクの人がフロントのトップになることは少ない。トレーダーがトップになる場合はまだリスク感覚があるが、セールスが組織のヘッドになる場合は顧客関係を重視しがちになる。最近ではフロントにリスク部門を置くことが多いが、時節柄リーガルリスクがメインになることが多く、法的リスクにフォーカスが充てられていることが多い。フロントにリスク文化を根付かせるのは極めて重要であり、XVAデスクの役割も大きい。

Compliance Risk

レポートの中にはArchegosが過去に当局から制裁を受けていた点も詳述しているが、このリスクに対してはどこまでチェックをすべきだったのかは正直疑問である。過去に疑わしい取引をしたのは確かにRed Flagだが、一度問題があったら一生終わりというのも難しいし、結局数多くのディーラーとも取引を継続していた。当然一定の精査は必要だが、結局はそのリスクをどう管理するかが重要で、本件の場合は、ポジション集中に応じてきちんと担保を取っていくプロセスだったと思う。

信用リスク管理の基礎

米国では、1980年代くらいに、各銀行がシェア拡大を重視したため、その後のデフォルト損失が拡大した。この頃から伝統的な与信枠管理に加えて、リスク分散とヘッジに注目が集まり、ポートフォリオのリスク管理、信用リスクの移転が始まった。

期待損失と最大損失

そこで期待損失最大損失を分けて管理するようになり、期待損失はできるだけヘッジし、最大損失は資本で賄うという考え方が一般的になった。デリバティブ取引でいうと、期待損失はCVA部分にあたるので、それは日々ヘッジを行い、最大損失は与信枠で管理をするようになった。ローンで言うと期待損失は引当金で賄い、最大損失は与信枠での管理ということになる。

デリバティブ取引のエクスポージャーは、通常VaRなどのシミュレーションにより将来の損失額を見積もるが、与信枠はPFE(Potential Future Exposure)でCVAは期待損失を使う。つまり同じシミュレーションで枠管理とCVA計算の双方ができることになる。会社によってはPFE計算とCVA計算を分けているところもある。同時に同じシミュレーションを使って資本計算もできる。

日本では、デリバティブ取引の与信枠管理というと、想定元本に何らかの掛け目を掛けて計算していたり、資本計算等に使うCEM(カレントエクスポージャー方式)によって枠を決めているところもある。ただし、これだとネッティングや相関を正しく信用判断に織り込むことが難しい。


能動的ポートフォリオ管理

当初は、業種や格付などの分類に従って、ポートフォリオをモニタリングし、必要あればそのエクスポージャーにリミットを設けてリスク集中を避けるというものであった。

しかし、CDSの登場やLoan Participationによってクレジットマーケットの流動性が高まったことにより、信用リスクの移転が可能になった。海外ではローンの売買も活発に行われるようになっていった。

古くは、一度ローンを出してしまったら、最後まで付き合わなければならないため、厳密に財務分析を行い、コベナンツ、担保等による信用保全を行い、常にモニタリングをするのが一般的だった。

今では、信用リスクの一部を証券化によって移転したり、CDSによってヘッジをしたり、債権の売買を行うことによって能動的にリスク管理をすることが可能になっている。低金利から、こうした一部のリスクを取りたいというファンドも現れ、リスクマネーの担い手も増えてきた。

デリバティブ取引の場合だとNovationによってカウンターパーティーを変更するのは日常茶飯事であり、CCPで清算すれば相手先のリスクからは解放される。CCPで清算しなくても、証拠金規制により当初証拠金まで取るようになれば、カウンターパーティーリスクは極限まで軽減される。

こうして相手方の信用リスクからは解放されるようになり、証券会社においては審査部の担当者数が少なくなり、信用リスク分析の中心は、ローンなどの信用リスクのオリジネーションをするところと、クレジット投資を行う部門へと移っていった。また、信用リスクよりは流動性リスクやオペレーションリスクなどの別のリスクの重要性が増したため、こうした部門への配置転換が行われている。規制により資本賦課が高まったため、資本の最適化を行う部門やヘッジを行うXVAデスク等への人員シフトも起きている。ヘッジを行うことによってエコノミックキャピタルの削減も可能になったので、こうした部門の重要性はますます高まっている。

従来型の信用リスク管理においては、取引先の財務状況に目を配ることがメインの業務だったが、今では、どういったリスクがどれくらいの価格で移転されているのか、CDSのスプレッドがどう動いているかというマーケットのセンスが要求されるようになってきた。そして、既存ポートフォリオやヘッジから生じる資本賦課を意識しながら管理をしていかなければならないため、資本規制や流動性規制などにも通じている必要が出てきたのである。