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CVAと格付推移

CVAの計算においては、格付推移を考慮することが多い。最近では少なくなったが、格下げ時にCSAのThresholdを段階的に下げ、BBB-格を下回った時点でThresholdをゼロに、更に格下された場合に当初証拠金に相当するIA(Independent Amount)を入れるという契約は日本でも標準的に使われていた。CSAの他にもISDAマスターでATE(
Additional Termination Event)を設定しておき、格下げ時に解約をするという契約もある。

CSA上のThresholdを段階的に下げる契約では、格下げ後直ちにThreshold変更が行われるのが一般的だが、ATEの場合は解約する権利が発生するだけなので、すぐに解約しないことが多い。意図せざるタイミングで取引を解約すると、ヘッジが突然消滅したり、ヘッジ会計上が適用できなくなったり、期間収益や税金に影響が及んだりするためだ。その場合は担保拠出によって解約を回避するなどの交渉が始まる。

個人的には、ATEよりもThreshold変更の方がリスク管理上の効力は高いと思っている。例えばATE回避のために担保を出すといっても、CSAの交渉に一定の日数がかかってしまう。これを避けるために、格下げ時に担保を出すという取り決めをする際に、CSAを締結しておき、ThresholdをInfinityにしておく。そしてBB+格以下の場合にはThresholdをゼロと記載しておく。こうすれば、格下げ時に契約を一から交渉する必要はなく、直ちに担保徴求が可能になる。イメージとしては以下のような形になる。

RatingThresholdIndependent Amount
BBB – or aboveInfinityNot Applicable
BB+ or lowerZeroNot Applicable
B+ or lowerZero5% of Notional

また、高い格付の状態から一気にデフォルトするJump to Defaultと、徐々に格下げされて最終的にデフォルトするTransition to Defaultがある。リーマンブラザーズ証券のように、デフォルト直前までA格だっったような会社はJump to Defaultの一例と言えよう。通常は徐々に格下げが行われ、最終的にデフォルトに至るケースが多い。その場合には、デフォルト時にはZero Thresholdで十分な担保を受け取っている可能性があるため、デフォルト時の損失は極めて限定的となり、CVAも小さくなる。とは言え、リーマンのように格付が高いままデフォルトするケースもあるので、CVAがゼロとは言えない。

CSAのThreshold変更には一定の拘束力が認められるため、通常
のCVA計算において考慮すべきなので、格付推移のモデルが必要になる。格付機関は過去のデータから1年間の格付推移行列を公開しているので、行列×行列を何度か行うことによって、将来のデフォルト確率を導き出せる。しかしこれは過去のデータに基づくものであり、マーケットからImplyされるリスク中立確率とは異なる。修士論文でもお世話になったが、この整合性を取るためにはJarrow, Lando and Turnbull(1995)のマルコフ連鎖モデルなどいくつかの方法がある。いずれにしても、CVAの計算はモンテカルロシミュレーションで行われるので、これに格付推移を加えて実装するのはそう難しくはないだろう。

当然自社の格付推移も考慮してFVAの計算もする必要があるが、FVAやその他のVAまですべて組み込んだ完璧なモデルを必要とするほどデリバティブポートフォリオを持つ金融機関はそれほど多くないだろう。日本は海外に比べてリスク管理やQuantsに優秀な人材が集まるためか、知識レベルは高く複雑なモデルを作ることはできるのだが、それが実務にうまく活かせない例もみられる。最初から誰にも負けないモデルを作るよりも、まずは簡単なものから始めて、実務に合わせて徐々に高度化を進めていく方が望ましいだろう。