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非公開情報とCVAヘッジ

デリバティブカウンターパーティーリスクをヘッジする際について回るのが、MNPIの問題である。これはMaterial Non Pubic Informationの略で、日本語では内部情報と呼ばれる。内部情報は秘密情報であり、株価や債券価格などに重大な影響を及ぼす可能性のあるすべての非公開情報が含まれる。

この内部情報の管理手法には、各社でかなりばらつきがあり、あまり表に出てこない情報であるが、2020年から始められた金融庁の市場制度ワーキンググループの資料が参考になる。特に第8回では外資系金融機関に対するヒアリング結果が公表されており、各社がどのようにMNPIを管理しているかの一端をうかがうことができる。ここで述べられているように、海外では、情報共有を法律で禁じるというよりは、内部コントロールを聞かせることによって情報の遮断を行っている。一方本邦では、ファイアーウォールによって長らく銀証分離が行われてきた。

日本では、伝統的に「ルールベースの監督」が行われてきたが、外資系金融機関においては、「プリンシプルベースの監督」が主流であった。法律で禁じるというよりは、顧客利便性と内部管理のバランスを取りながら、各金融機関が内部コントロールを行い、個社のガイドラインに基づいて情報共有が行うという手法である。監督当局は法律違反をチェックするのではなく、内部管理体制がきちんと構築されているかを検査するという形になる。

ある程度自由度が増すのは確かだが、自己責任原則に基づいてかなり厳格な管理が行われるのが一般的である。法律に書いていないから良いではないかということではなく、常識に照らして自分で判断しなければならない。最近は日本でもプリンシパルベースへの移行を進めているように見受けられる。

いずれにしても金融機関経営はめまぐるしく変化をしており、極めて専門性が高い。完璧な法律を作ってがんじがらめにすれば利便性が損なわれ、法律の穴をかいくぐる行為が増えてしまう。プリンシパルベースにすれば、法律には書いていないものの、常識的に不正に当たりそうだという行為ができなくなる。ワーキンググループの議事録にもあるように、海外では「Need to Know」原則が貫かれている。業務遂行上知らなければならない人のみに情報共有が認められるという考え方だ。マニュアルが存在しない代わり、組織の良識が試される。

カウンターパーティーリスク管理においてこの内部情報が関係してくるのは、社債発行やM&Aに関係したスワップ取引についてである。先のヒアリング結果を見ると、「MNPIには、一定規模以上の債券が含まれる」という回答がある。また、「債券の発行について日本では原則MNPIとしていないが、グローバルでは基本的にMNPIとしている。」との不思議な回答もみられる。なぜ日本ではOKなのだろう。サイズが小さいからということなのかもしれないが。

カウンターパーティーリスク管理の性質上、新規取引を行うと同時にそのカウンターパーティーリスクをヘッジするのが一般的であるが、新規取引が債券発行に関するものであったり、会社の合併、事業再構築に関連していたりする場合は、その情報が公になっていなければインサイダー取引とみなされてしまう可能性も否定できない。したがって、こうした重要な非公開情報を入手してしまった場合は、適切なヘッジができなくなってしまうこともある。

通常は、適切なウォールを設けることにより情報管理体制が確立されているが、この体制は各社で独自に構築する必要がある。CVAの計算自体は取引のプライシングに関係しているため、きわめて早い段階でXVAデスクに問合せが入ることが多い。しかし、CVAの場合は、カウンターパーティーがわからないとCVAの計算ができない。Indicationを提示する段階では、A格程度の事業会社などと仮定して計算を行い、取引が近くなってからWall Crossを行い、厳密なプライシングを行う。あるいは、スプレッドを5年で100bp、10年で150bpのように仮定して計算を依頼することもある。

通常のトレーディングデスクであれば、こうした情報を得てしまった場合は取引を控えるという対応が可能かもしれないが、XVAデスクの場合は、取引ができなくなると会社としてリスクを抱えたままにしておかなければならないということになるので、情報管理は厳しく徹底する必要がある。

また、社債の発行金額があまりにも大きかった場合などは、MNPIに該当せずとも、市場に与える影響が甚大であるため、その情報を利用した取引をすべきでないという判断もあるかもしれない。この辺りは、各社であるべきコントロールを入れ、当局に説明できるようにしておく必要があろう。

MACスワップとは

金利スワップの流動性向上のため、SIFMAの資産運用グループ(AMG)とISDAが2013年に提案した市場標準のスワップである。取引日、終了日、固定クーポンレートなどをあらかじめ決めておくことにより、先物取引のように取引流動性を向上させようというものである。 たとえば10年スワップといえば、すべて今年の6/15に始まり、10年後の6/15に終了日を迎える0.5%と固定金利と変動の交換ということになる。この日付はIMM Dateと呼ばれ、3,6,9,12月の第2水曜日とSIMFA公表のTerm Sheet上で定められている。固定クーポンはCMEのWeb上で定期的に公表されている。

このように条件を標準化すると、例えば6/1から始まるクーポン0.5%の10年金利スワップと、6/2から始まるクーポン0.51%の10年金利スワップのように複数の種類のスワップができることがなくなり、すべて6/15から始まる0.5%の金利スワップに統一でき、流動性が増すためb/oがタイトになるという効果がある。

また、解約、Novation、CCPへのバックロード等も容易になる。CDSではすでに25%、100%のように固定クーポン制をとっているが、これと同じことを金利スワップで行うことによってマーケットの標準化をしようという試みである。これをつきつめれば先物ということになるが、金利スワップについてはすべてが先物に移行するのはむずかしいと思われるため、MACスワップのような標準的取引が利用されている。日本円についても固定クーポンが定期的に更新されているが、日本の市場参加者間ではほとんど話題になっていない。しかし、海外投資家の中にはMAC Swapを好んで使い、IMM DateにRollをしてくる参加者も多い。

CDS取引などの場合は、無用なベーシスリスクを避けるため、当初のカウンターパーティーとの間で解約を行ったり、別の金融機関にポジションを移すことによって取引を完全に消滅させることが多いが、その他の商品においては、反対取引を入れることによってリスクを消すケースが多い。レバレッジ比率など、想定元本に係る規制が多くなっていることを考えると、今後はコンプレッションのみならず、解約が容易にできるような仕組みについての検討も必要である。CCPで清算されている取引の場合、既存取引のUnwind(解約)をするときは、一旦反対方向の取引を入れ、その日の終わりの相殺処理によって取引を消すという流れになる。MAC Swapであれば、必然的に相殺できる取引ペアが増えるため、想定元本削減が容易になる。

 顧客から解約依頼があったときに、こうしたリスクや担保条件、資金調達コストを考えながらどのような方法がベストかを計算しながら行っている金融機関と、単に申し出どおりに処理を行う金融機関とでは収益性に差が出たとしても不思議ではない。取引単位でみればたいした違いは出ないかもしれないが、日々膨大な取引を行う金融機関では無視できない収益差が生まれることもあるのである。

デリバティブ保証

ISDAマスターに対する保証

デリバティブ取引のカウンターパーティーリスク削減の一手法に保証がある。最も一般的なのは、ISDAマスター契約において、信用保証提供者(Credit Support Provider)として保証会社を指定し、保証状を提供して信用補完を行うものである。これにより、カウンターパーティーリスクが対子会社から対親会社へと移る。これは、Credit Substitutionと呼ばれることもあり、資本計算などにも影響を及ぼす。特に外資系金融機関が現地法人を通して取引をする場合などに使われてきた。

CVAの計算上も、その親会社のCDSスプレッドを使って行われることになる。しかし、近年のRRP(Recovery and Resolution Planning)などの規制環境変化により、現地法人単独で格付取得、資本増強等を行い、親会社保証なしに取引をするところも増えてきた。親会社の格付が子会社より下になることが多く、信用力に劣る親会社(持株会社)が保証提供するというのが意味をなさなくなってきたという事情もある。

他にも、例えば米国の親会社が保証を提供すると、日本法人との取引であっても米国規制の一部が適用されるため、親会社保証なしに取引をしたいというニーズもある。日本では、親会社というとグループで最も信用力が高いという印象が残っているためか、親会社保証を外すことに難色を示すところもあるが、各国規制が複雑に絡み合う状況を回避するために、保証を入れないケースも増え始めている。

CVAの計算上、以前は、親会社のスプレッドをタイトにすることもあったが、近年では、TLAC債の発行も進み、必ずしも親会社の方が信用スプレッドが低いとも言えなくなってきた。日本や米国では、持株会社発行のシニア債のみがTLAC債となるが、経営破綻時に元本毀損リスクがあるTLAC債は、格付けが低く設定されることが多いからだ。

親会社と子会社双方の信用スプレッドがマーケットで観測されればCVAの計算は容易だが、親会社のCDSしか取引されていない場合が多いので、子会社銀行との取引に係るCVAをどう計算するかという問題が発生する。ここでその信用力に差をつけ子会社単独の信用スプレッドを推定しCVAの計算を行うことになる。

もともとFSBが定めたTLACの仕組みは、公的資金注入がないことが前提になっているが、日本では、預金保険法の整備によって、予防的な公的資金注入が可能になっている。したがって、日本の場合は、実質的な政府保証があるため、持株会社と銀行子会社のスプレッドに差をつける必要がないのではないかという議論もある。

企業グループに対する与信枠

こうした保証とは異なるが、海外、特に米国では、連結決算に重きを置くのが通常であり、信用枠管理等もグループベースでみることが多い。Back to Back取引などでリスクを一定の法人に集中させ、グループとしての一体管理をするところが多いので、一法人だけのリスクを見ていても全体像がつかめないからだ。一方、日本や欧州の一部の銀行では、個別法人ごとに与信枠を設定している例も多い。当然資本効率やIM Thresholdの効率的利用から、取引をブックするBooking Entityを変えることはあるが、純粋に信用枠の観点から取引法人を指定する場合もある。

ただし、最近では同グループ間の取引であっても各法人間でCSAを提供し、日々担保授受を行うのが普通になった。当初証拠金まで入れているところは少ないが、少なくとも変動証拠金のやり取りは行っている。つまり、Back to Back取引でリスクを移転した上で、マージンコールをかけて変動証拠金のやり取りを行うため、完全ではないものの、ある程度他国法人の影響から遮断される。

日本における保証

日本においては、保証予約、経営指導念書など、保証の形態にもさまざまなものがあるが、デリバティブの契約においては、こうした保証に効力を認めて資本賦課を下げたり、CVAの削減効果を認めるケースは少ないものと思われる。

そのほか、担保の代わりにISDAマスター契約の債務を対象とした一定金額までの保証状を差し入れるケースもある。通常はその会社のメインバンク等がこのような保証を提供することが多いが、その効力に6カ月や1年といった期限を設けることが多いため、期日管理も重要になってくる。CVAやPFEの計算上こうした期限付きの保証をどのように扱うかが問題になるが、保証が毎回更新されるかどうかは明らかではないため、保証の期限までのエクスポージャーが保証されているという前提で計算する方法が最も保守的だろう。

あとは更新の確率に応じて、適宜調整を入れるという方法も考えられる。通常は会社全体の債務をカバーする保証が多いが、一部の債務に限定した保証も存在する。これはつまるところCDSと同じようなものである。海外であれば時価評価を逃れるためにCDSを保証形態にするというのは、規制の関係でむずかしいだろうが、時価評価を嫌う市場参加者が多い日本では、比較的広範囲に使われているようだ。Risk Participationという形で、CDSではなく、保証類似形態にして日々の時価評価を避けるというものも、一部では行われている。

LCによる保証

その他、特にコモディティ取引で多くみられるものに信用状がある。LC、L/C、LOC(Letter of Credit)と呼ばれる信用状を銀行が発行し、それを現金担保や国債担保の代わりに入れるというものである。通常はCSAの適格担保にLCを追加し、掛け目(Valuation Percentage)や適格LCの条件(格付、銀行の格付、期間)等を規定しておく。こうすることにより、たとえLCに期限が設定されていたとしても、期限後は更新されるか、現金等他の適格担保を提供してくるという前提でCVAやPFEの計算ができる。

問題は、LCの場合実際に現金が受領されないので、カウンターパーティーリスクやCVAの削減はできても、ファンディングコストやFVAは減らせない。資本規制上も現金でなければ時価と相殺することができないことが多いので、KVAの削減も限定的となる。2000年初めまでは、LCはカウンターパーティーリスクを減らせるためメリットが大きかったが、規制強化によってファンディング、資本賦課が重要になってくると、現金担保ほどのメリットが得られないということで敬遠されるようになってきた。それでも、豊富な現金を持たない事業会社等に対する取引においては、カウンターパーティーリスク削減は可能なため、今でも一部の取引で使われている。

カウンターパーティーリスクとは

カウンターパーティーリスクとは何なのか、信用リスクとの違いは何なのかと聞かれることが良くある。カウンターパーティーリスクとは、デリバティブの取引相手が契約満期前に金融債務に対してデフォルトを起こし、契約上定められた支払が行われないリスクのことである。

カウンターパーティーとは取引相手ということなので、簡単に言うと取引先の破綻リスクということになるのが、それでは融資先が破綻した場合はカウンターパーティーリスクというのだろうか。

銀行員としての経験からすると、融資先のリスクをカウンターパーティーリスクと呼んだ記憶ははく、これは単なる融資先の信用リスクである。社債のトレーディングをした経験からすると、社債発行体のリスクをカウンターパーティーリスクと呼んだ記憶はなく、これも単なる発行体の信用リスクである。というより、以前はカウンターパーティーリスクという言葉自体が使われなかったのだろう。

これが一般的になったのは、やはりCDSの影響が大きい。例えば、トヨタのCDSを売るとトヨタの信用リスクを持つことになるが、トヨタのCDSを銀行から買うと、この銀行のデフォルト時に損失が出るので、銀行に対するリスクも持つことになる。これを信用リスクというのもしっくりこなかったので、カウンターパーティーリスクという言葉を使い始めた。そしてCVAトレーダーになってこのリスクをヘッジするようになると、リーマン破綻もあり、急速にカウンターパーティーリスクという言葉が一般的になった。

ローンや社債に対する信用リスクをヘッジするためにCDSを銀行から買うと、銀行に対するカウンターパーティーリスクが発生するので、これをヘッジするのがCVAデスクの役割であった。

伝統的な銀行業務においては、信用リスクは、取引先がデフォルトしてはじめて実現するものとして管理されてきた。一方カウンターパーティーリスクは、取引先が格下げされたり、信用力が悪化すると、CVAを通じて損失が発生するので、デフォルトしなくても実現するリスクである。

厳密にいうと、ローンの場合も、要管理先、破綻懸念先といった分類に区分された段階で引当金を積み増したので、損失がその時点で(あるいは決算時点で)発生した。しかし、デリバティブのカウンターパーティーリスクは、取引先の信用力のみならず、金利や為替の変動によっても増減する。極端な話、取引先が格上げされたにもかかわらず、急激な円高によって通貨スワップの含み益が増えれば、カウンターパーティーリスクが逆に増えるということもある。

また、引当金が決算期に積み増すものであるのに対し、CVA損益は日々変動する。したがって、ヘッジも日々行っていく必要がある。

稀に誤解される点ではあるが、カウンターパーティーリスクは自社が勝ちポジション、つまり含み益をもっているときに発生する。トレーダーの観点からみると、取引時価がプラスになり、勝ちポジションがふえていくことは望ましいことかもしれないが、カウンターパーティーリスクを管理する立場からみると、これはリスクが増えるので望ましくない。カウンターパーティーが破綻すればその勝ちポジションが消えてしまうからだ。

したがって、金利スワップを行ったとき、金利のトレーダーのヘッジとCVAトレーダーのヘッジとは逆方向になる。CVAトレーダーのヘッジを含めて考えると、10億円の金利スワップを行う場合、マーケットに出てヘッジしなければならないのは、10億円ではなく9億5千万円だったりする。

一方負けポジションを抱えているときにカウンターパーティーがデフォルトしても損失は発生しない。したがって、カウンターパーティーリスクの観点からみると、自社がデリバティブ取引から収益を出しているときがリスクであり、損失を抱えているときにはリスクがないのである。ローンの場合は銀行がいつも信用リスクの抱える側になるが、デリバティブ取引の場合は、取引相手が自分のリスクを持つことがあるのもカウンターパーティーリスクの特徴の一つである。ローンの信用リスクは一方向であるのに対し、デリバティブ取引のカウンターパーティーリスクは双方向性を持っているのである。

社債やCDSの取引時には、暗黙のうちに信用リスクが価格に織り込まれている。しかし、金利スワップの場合も、金利の交換と同時にカウンターパーティーの信用リスクを取引している。社債の発行体に信用不安が起これば社債価格が暴落し、CDSの時価が大きく変化するのと同様に、スワップカウンターパーティーの信用力が悪化すれば、スワップの価値も減価するのは当然のことである。

CDSを例に考えると、ある証券会社からプロテクションを買った場合、参照企業のデフォルト時に、その証券会社もデフォルトしていれば、プロテクションは無価値になってしまう。したがって、AAA格の銀行から購入したCDSは、B格の銀行から購入したCDSよりも価値が高い。この場合のカウンターパーティーリスクのプライシングは、参照企業とプロテクションの売手の信用リスクの相関を考慮して行うことになる。

たとえば、自分がある証券会社とスワップ取引を行うということは、その証券会社にデフォルトするオプションを与えている、つまりスワップの時価を元本としたクレジットプロテクションを売っているのと同じと解釈することもできる。同時に自分がデフォルトするオプションも買っているともいえる。

したがって、厳密な意味ではプレーンバニラスワップというものは存在せず、理論的にはすべてのスワップがデフォルトオプション付のスワップといえる。特に信用力に劣るカウンターパーティーとの取引においては、カウンターパーティーリスクの時価は取引のビッドオファーを大きく上回る。こうした取引は単なるスワップではなく、信用リスクを内包したクレジットハイブリッド商品ともいえる。

CVAとは

信用評価調整などと訳されると何が何だか分かりにくくなるのだが、よく質問を頂くので実務家の観点からCVA(Credit Valuation Adjustments)の説明を。

今まで15年以上様々な説明を試みてきたが、日本ではローンの引当金のデリバティブ版というと、あーなるほどという反応が返ってくることが多い。

CVAはデリバティブの引当金?

ローンを出した後に会社が潰れそうになると、会計上引当金を積まなければならないので、そのローン自体の価値が下がる。これと同じことがデリバティブでも起きているだけだ。

同じ会社に10億円のローンと10億円のスワップの勝ちポジションがあった場合、ローンの方は50%の引当金を積んでいるので5億円の価値なのに、スワップは10億円の価値があると報告するのはおかしいでしょうという話だ。

CVAを計上していれば、CVAが5億円なのでスワップの価値は5億円に減るが、CVAがなければこの価値は10億円だ。

ならば、このスワップを5億円で買って来れば良い。引当50%の危ない会社の債権だったら相手も喜んで売って(Novation)してくれるだろう。そして10億円の価値のスワップを5億円で買ったということで、自分は会計上5億円の利益を計上できる。

CVAによる逆選択問題

変な話だが、こんなことはずっと行われてきたし、今も多かれ少なかれ起きている話だと思う。こうして危ない会社向けのスワップを買いまくれば、巨額の利益が上げられるという寸法だ。いわゆる逆選択の典型例である。このからくりを知っているトレーダーがこの方法で利益を上げたという話は海外でも報じられていた。そのトレーダーが退職した後、当該銀行にはデリバティブの不良債権が溜まってしまい、後年CVAを導入した際に巨額の損失を計上していた。

CVAヘッジ

ローンの引当金は決算期毎に更新すれば良いかもしれないが、CVAの場合は基本的には毎日計算してヘッジもするのが海外では一般的だ。ローンのように元本が固定されている訳ではなく、スワップの勝ち負けは、金利や為替などの市場の変化によって日々変動するため、CDSだけでなく金利ヘッジなども必要となる。

もう一つ引当金と異なるのは、会社の信用力を測る際にCDSなどの市場で観測されるスプレッドを使うという点だ。自社で計算する想定デフォルト率ではなく、市場で取引されている信用スプレッドを使うというのが引当金との違いとなる。

DVAとは

難しいのは、いつも銀行がリスクを取っているローンとは異なり、デリバティブ取引はエンドユーザーが銀行のリスクを取ることもあるということだ。この場合はCVAを減らす効果を持つが、これをDVA(Debt Valuation Adjustments)という。

ただし、カウンターパーティーの信用スプレッドが拡大した時にCVAが増加するのと同様に、銀行自身の信用スプレッドが拡大した時にDVAも増加する。つまり引当金が減る=利益が出るということになる。銀行が破綻しそうになるとDVAから利益が上がるという不思議なことになるので、一部DVAは入れるべきでないという批判もあった。

DVAを入れないCVAを一方向CVA、DVAを入れるものを双方向CVAという。

CVAの計算方法

エクスポージャーの計算

まずは既存ポートフォリオが将来どのようなエクスポージャーになるかを計算する。これは同じISDAマスター契約の下で存在しているすべての取引についてポートフォリオベースで行い、担保条件等も反映させる。

CVAの計算にあたっては、あらかじめ決められた将来の時点ごとに、リスクファクターのシミュレーションが必要になる。将来の期待エクスポージャーを求める際には、あらゆる取引、あらゆるプライシング手法に対しても柔軟に対応できるため、モンテカルロシミュレーションを行うのが一般的である。

そして、時点ごとに、ポートフォリオの中の全取引を評価する。そしてその値が正(つまり銀行にとって勝ちポジション、つまり相手方のリスクを負っているとき)の値の平均を取ってこれをEPE(Expected Positive Expsoure)とする。負の値についても同様に平均を取り、これをENE(Expected Negative Expsoure)とする。

デフォルト確率の計算

カウンターパーティーのCDSスプレッドから将来のデフォルト確率を計算する。CDSがない場合は社債のスプレッドや同業種や信用力の近い会社の信用スプレッドから市場の信用スプレッドを推定する。過去のデフォルト確率から計算してはならない。回収率は40%とか35%といったCDSの回収率に合わせるのが一般的である。

そして、EPEに相手方のデフォルト確率を掛け合わせCVA(一方向CVA)を計算し、ENEに自行のデフォルト確率を掛けてDVAを計算し、差額が双方向CVAとなる。

CVAの会計

海外では、デリバティブ取引の時価評価にはカウンターパーティーリスクを反映させなければならないことになっているので、もはやCVAは必須と言っても良い。

日本の会計規則上も似たような記述があるものの、その手法については決まったやり方はなく、若干の引当金を積むだけでも問題ないとされてしまうケースも多い。それでも海外大手会計事務所を中心にCVA導入の機運は高まっている。

CVAの計算上はMarket Implied、つまりCDSのスプレッドをベースにしたCVA計算がグローバルスタンダードである。銀行の独自デフォルトデータに基づいて計算すると、金利減免、元本猶予等の行われてきた日本におけるデフォルト率は極めて低いため、CVA自体が形骸化してしまう恐れもある。

とは言え、CDSの流動性に難のある日本のマーケットでは、どうやってCVAの時価評価をするかという問題はいつもつきまとう。現実的には、同じ業種、格付等でマトリクスを作って、iTraxx Japanに連動させるようなProxy Spreadを作成して時価評価するのが一般的ではないかと思われる。

CVAの税務


CVAを導入すると、その分利益が少なくなり、引当金が増える。つまり収める税金が少なくなるため、税務当局の注目度も高い。以前米国で銀行がCVAを導入したところ、米国内国歳入庁(IRS)がこれを利益の繰延べに当たるとして否認し、裁判になったこともある。当然銀行側が勝利し、これからCVAの発展が進むことになるが、日本でもこうした評価調整が税金控除になるかどうかという議論が続いてきた。

不良債権化したデリバティブ取引を売買しようとしたとき、引当金に相当するCVA部分を利益として納税するということになると、こうした債権の流動化は全く進まない。

全銀協主導で行われた「デリバティブの CVA 管理のあり方に関する研究会」の報告書が公開されているが、ここでもCVAの損金算入について検討が進める重要性について触れられている。

これを受けて平成31年度税制改正に関する要望の3(5)に、「デリバティブ取引に係るCVA等の税務上の取扱いの明確化」が含まれた。こうして、日本でも着々と海外のように正しくCVAを認識するインセンティブが高まっている。

スワップのノベーションはどのように行われるか

通常ヘッジファンドや海外の年金ファンド等は、いくつかの金融機関と取引を行うが、取引解約時にはNovationが行われることが多い。デリバティブの世界のNovationは簡単に言うとカウンターパーティーの交替である。自分の契約をだれか別の人に譲渡するということだが、結局その際に取引相手が変わることになるからだ。

日本ではこうしたファンドは少ないのだが、世界のデリバティブ市場においては、全体の取引量のかなりの部分はヘッジファンドやアセマネがマネージするファンド経由になっており、流動性に大きな影響を与えている。本気でスワップをやろうというのならこうしたファンドとの取引は避けて通ることはできない。これは円スワップでも同様である。

取引頻度が多いため、ノベーションやアロケーション、担保決済、電子取引、取引報告等の事務が煩雑になり、それをサポートするシステムやオペレーションフローが必要になる。こうしたシステムやオペレーションがネックになっているのか、言語の問題なのかよくわからないが、ファンドとの取引先は外資系がメインになっている気がする。

通常ファンドは複数の銀行にクォートを求めるので、複数の金融機関と取引をすることが多い。例えば以下のようにA、B、C、Dとそれぞれ1、2、3、4件のスワップを持っている例を想定する。

この場合、真ん中のヘッジファンド(HF)が利益確定のため全部の取引を解約しようとした場合、AからDの各銀行にそれぞれの取引解約を依頼するようなことはせず、すべての取引を示した上で全部を引き受けてくれる銀行を探すことになる。ここでAが提示したすべてのパッケージのプライスが良くコンペに勝ったとすると、ノベーションが行われ、以下のような関係に変わる。AはHFとの取引一つを解約し、残りの取引はHFが抜ける形(Step out)になる。例えばBから見るとカウンターパーティーがHFからAに変わったという形だ。HFがStep out、AがStep inし、BがRemaining Partyとなる。

レバレッジ比率規制や証拠金規制やOISディスカウントがなかった頃は簡単で、こうしたノベーションが即座に行われていた。現在では、AにとってはB、C、Dと取引を持つことになるため、レバレッジ比率の計算に入れなければならなくなり、証拠金規制対象のファンドであれば証拠金が増えるかどうかのチェックもしなければならない。また、ディスカウントの差などをチェックするために、それぞれとの担保契約(CSA)の確認も必要である。金融危機直後は、こうしたチェックのために回答が遅れてトラブルになることもあったかもしれないが、最近は理解が進んでいるようである。

ただし、CCPによる清算集中が進んでからはこれが楽になった。こうした手間を省くため、清算集中規制の対象になっていないヘッジファンドサイドも自主的にクリアリングをするようになっている。CCPを通じたフローの場合、ノベーションが行われた後すぐにCCPで清算されるため、当初の図のHFがCCPに変わったような形になる。

そしてこの後、ABCDそれぞれがCCPに持っている他のポジションと合わせてコンプレッションが行われ、これらポジションが削減されていくため、レバレッジ比率への影響も少なくなり、ポジションが極端に偏らない限りCCPに対する当初証拠金への影響も軽微となる。ディスカウントはCCPがしてする標準的なディスカウントになる。

CCPでの清算ができな通貨スワップやスワップションについては引き続き従来の問題は残るが、取引の大部分を占めるスワップについては、かなりフローが確立してきた。

ヘッジファンドというと何か日本ではハゲタカ的なイメージがあるが、こうしたファンド勢は市場の流動性向上には不可欠な存在になっている。日本でも資産運用の機運が高まり、ファンドが増えてくれば、こうした取引形態を行うところが増えてくるかもしれない。本邦でもノベーションなどの事務フローを海外並み高度化していかないと、世界に後れを取ってしまうだろう。