大手銀行の資本コストが20%アップというニュースが今月初めに大きな話題となった。資本コストの変更によって大きなビジネスの転換を余儀なくされた米系にとっては、こうしたニュースは個人レベルまで影響が及ぶ大問題であるため、各所から問い合わせが寄せられた。当然シリコンバレーバンクなどの銀行破綻を受けた資本規制の変更であり、トレーディング業務の割合の大きい大手銀行に対する影響も大きいと言われた。
これまでこうした資本規制の変更に翻弄されてきた債券ビジネスに関わる担当にとっては、またかという感じだったのだが、報道によると今回は少し様相が異なっていた。というのは、これまでは安全とみなされていたウェルスマネジメントに対する資本コストの増加が見込まれると報道されたからだ。
2007-2009年の金融危機では、トレーディング業務が狙い撃ちされ、それに対応するためにいくつかの銀行がウェルスマネジメントに舵を切った。こうした銀行の収益は安定し株価も右肩上がりとなり、従来巨額の収益をトレーディングから上げてきた銀行との差を広げていった。今では猫も杓子もウェルスマネジメントという風潮になっているのだが、今回の変更がこの傾向に待ったをかけるのかに注目が集まる。
こうした手数料収入にフォーカスしたビジネスは、確かにトレーディングから収益を上げるビジネスよりはリスクの振れ幅が少ない。しかし、今回注目されたのは、カウンターパーティーリスクやマーケットリスクではなく、不正や人的システムエラー、サイバー攻撃のようなオペレーショナルリスクに対する資本賦課の増加である。
金利ポジションの管理に失敗したSVBを始めとする地銀や中小銀行に対する規制強化は誰もが予想していたが、ウェルスマネジメントのような手数料ビジネスにまで規制強化の影響が及ぶとは思っておらず若干唐突感がある。確かに、昨今では虐待疑惑のかかる富豪と取引をしていたことから罰金を科される事件なども起きており、金融機関は、より社会的な責任を負うようになってきている。日本でも反社会勢力との取引が銀行を危機に追いやることもあるため、同じように状況にある。
虐待、環境破壊など、社会的に望ましくないとされる業界とビジネスを行っていることが、金融機関を危機に追いやることがあるので、確かにリスクとはいえる。つまり資金融通をするという金融仲介機能以外に、社会的公器としての役割が金融機関には求められるようになってきたということである。
従来は、カウンターパーティーの財務的健全性の検証にフォーカスしていたDue Deligenceが、それ以外のNon Financialな部分に及び始めたということである。日本では、こうしたリスクに対する罰金の額は少ないが、米国エプスタイン事件ではJPMは160億円にも上る罰金を支払っている。こうしたリスクはリスクの高いトレーディングビジネスを行っているとか、アルケゴスのような集中リスクを抱えるという伝統的なリスクとは性質が異なってくる。
今後はデフォルト損失やトレーディング損失にフォーカスするリスク管理者のほかに、KYC(Know Your Client)や顧客の社会的行動についても注意を払う担当が必要になってくる。そしてそのリスクを数値化し、資本コストとして割り当てていく必要がある。これはトレーディングビジネスのみならず、ありとあらゆるビジネスに関係してくる。
日本では反社会勢力に対する取引という観点で、もしかしたらこの分野では一日の長があるのかもしれないが、海外ビジネスを行う際には、日本とは異なり、巨額の罰金が科せられる可能性があることを考慮しながら、新たなプロセスを設けていかないと、日本の銀行だけが罰せられるということにならないよう、注意していかなければならない。