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LIBOR改革の行方が海外でも怪しくなってきた

先週コロナ対応に追われる中小企業がLIBORからの移行を進めるのは困難ではないかという趣旨の記事を書いたが、同様の記事がRisk.netにも出ていた。LIBOR移行を進めている大手金融機関は着々と準備を進めてはいるが、コロナ対策に忙殺されているその他の市場参加者にとって、スケジュール通りLIBOR移行を進めるのは難しいのではないかという市場参加者の声が紹介されている。やはり海外も日本と同じ状況のようだ。

一方で英国当局からは、5月7日に、6月移行LIBOR移行をフルスイングで再開するとのコメントも出ている。Risk.netで紹介されているコメントを総括すると、やはりの緊急非常事態においては、中小銀行としてはコロナで苦境にあえぐ企業向け貸し出しに全力を注ぐべきであり、LIBOR改革に人を割いている余裕はないという雰囲気が支配的のようで、これは心情としてとても理解できる。

当然この段階で当局が早々と延期を決めることは不可能だとは思うが、感染収束後もコロナ前に戻る可能性が低いこと、第二波、第三波が来る可能性などを考慮すると、早晩延期のプレッシャーが強くなることが予想される。米国であればお得意のNo Action Letterによって、比較的短期間に延期を決めることができるかもしれないが、欧州や日本では、一度決めたことを簡単に覆すことが米国よりは困難な気がする。

おそらく不可能だとはわかっていてもなかなか中止と決定できないオリンピックのようなものなのかもしれないが、特にLIBOR移行の準備が欧米より遅れている日本では、延期に向けて早めに動き出した方が得策なのかもしれない。

IFRS9 を巡る懸念

昨日引当金についての記事を書いたが、似たような話がニュースにも出ている。IFRS9はより複雑、不透明で、操作できてしまうという批判だ。Barclaysは英国GDPの8%の減少と6.7%の失業率を見込んでいるが、Lloydsは5%の減少と5.9%の失業率をベースとしている。それほど大きな違いではないが、実際の引当額はBarclaysのGBP2.12bnに対しLloydsのそれはGBP1.4bnとなっており、なぜこのような差が生じるのが分かりにくい。

米国会計の下では、ローンの期待損失を満期までの期間を通じて実現させていく一方、欧州IFRS9では、時期による違いを許容しており、こうした違いが銀行の引当金が十分かどうかを判断するのを難しくしている。

どの程度の引当金を積むかによって、銀行決算がここまで異なってくると、そのモデルについて注目が集まるのは当然であるが、どの公表資料を見ても、この内容について詳細なディスクローズはされていないように見える。ロイターの記事が示す通り、引当金計算はScienceというよりはArtの世界なのかもしれない。

引当金の計算があまりにも保守的だとProcyclicalityの懸念が発生し、過度の引当金は、収益の先送り、節税等の懸念を招きかねない。その意味では、以前の日本の引当金の方がよっぽど実態を表しているようにさえ思える。

欧米の金融機関では、かなりの人を雇って経済予測やモデル構築を行い、引当金計算やストレステストには膨大な人手とコストがかかっているが、これが本当に金融機関の安定、経済の安定に資するものなのかは今一つわからない。そもそも銀行によってGDPや失業率の予測すら異なり、それに応じて株価や金利がどのように変化するかもArtの世界であり、また、そのような市場環境でトレーディング収益がどうなるかを、膨大な時間をかけて議論することにどれくらい意味があるのだろうか。

特に自己ポジションを持てずマーケットメークに徹している金融機関のトレーダーに、金利が急上昇したらどのくらいの損失になるか聞いてみても、自信を持って答えるトレーダーは皆無だろうし、適当な前提条件のもとで若干の損失額を見積もるのがせいぜいだろう。

その時金利上昇を見込んだポジションを持っていれば収益が出るし、そもそも3月が示したように市場変動が激しくなれば顧客フローが増える為収益が上がるだろうし、Volatilityをロングしているトレーダーにとっては、またとない収益機会になりうる。

実際ストレスシナリオを作成して、トレーダーに意見を聞きに行くと、8割方のトレーダーが、その環境下ならおそらく利益が出ると答える。でもそれではストレステストの意味がなくなってしまうので、何とか損失が出るような形に持って行く。もしかしたらこんなことが行われているのではないかとすら思ってしまう。

いずれにしても、引当が決算に与える影響がここまで大きくなってくると、もう少しやり方を見直した方が良いだろうし、コンサルやモデルの専門家を雇って業界全体であまり目立たないような数字を作り上げていっているようにしか思えない現状は、理想とは程遠いような気がする。

引当金は十分か

欧米大手金融機関の積んだ引当金が5兆円を超える水準になっているが、各金融機関によってかなりのばらつきがあるようである。米系が昨年同期比3.5倍なのに対し、欧州系は2.6倍程度となっており、BarclaysやHSBCのように極めて悲観的に引き当てを積むところもあればドイツ銀行のようにその変化が穏やかなところがある。

Barclaysなどはトレーディング収益が好調だったため、引当金を積み増す余裕があったのに対し、ドイツ銀行はその余裕がなかったとも言えるかもしれないが、あるいは企業向けローンが多く、リテール等今回の影響を受けるようなローンが少なかっただけなのかもしれない。だが、ドイツ銀が、今後3年の平均的経済予測に基づくIFRS9を採用するようになったという理由も大きいだろう。ここでは2020年の欧州のGDP成長率は-6.9%という前提になっているようで、やはり見通しが少し甘いのではないかと報道されている。

ゴールドジム、ハーツレンタカー、Jクルーなどの破産申請のニュースが出始めたが、今後もこうしたデフォルトは増えていくだろう。しかし、今は緊急事態ということで、例えコロナ後の存続が難しかったとしても融資を実行せざるを得ない雰囲気がある。全てが、少し辛抱すれば元に戻るという前提での議論になっている。とは言え、ここで非常事態宣言が解除されたとしても、数十人での飲み会などは過去の産物となるだろうし、スポーツ観戦なども現状のスタジアムのレイアウトで継続できるとは思えない。旅行をする人もコロナ前に戻るのはいつのことになるか予想もつかない。

完全に世の中が変わってしまったという前提で、ビジネス転換を測ろうとしているところもあるが、コロナ前に戻ることを前提にしばらく資金を繋ぐというところに対して緊急ローンを出しまくれば、例え国の支援があっても早晩立ち行かなくなるのは目に見えている。今は仕方ないのかもしれないが、コロナ後に備えてフロアのレイアウト変更を始めている飲食店や、屋外で感染対策を施した結婚式場などへの転換を図っているところ等、先を見据えた将来プランを考えているところに資金を回す方が銀行員としては自然なので、早晩こうした方向に変えていかないと金融自体が立ち行かなくなってしまい、それこそ経済大崩壊が起きかねない。

何となく海外のメディアを見ていると、もうコロナ前には戻らないという論調が目立つ一方、日本はなんとか後1ヶ月耐えようという議論が目立つような気がしてならない。難しい局面なのは理解できるが、早めに意識を切り替えて準備を始めた方が良いのではないだろうか。休業補償等のセーフティーネットは重要だが、永遠に補償し続けるのは不可能なのだから。

VaRに依存した資本賦課モデルの限界

このような危機になるといつもProcyclicalityが話題になる。例えば、市場変動が激しくなったからそれに備えて十分な資本バッファを積むべきとなると、金融機関が守りに入り資本増強に走るため、更に市場変動を加速させてしまうという具合である。そもそもFRTBはこうした事態を避けるという意味もあったのだろうが、その本格施行は延期されている。

そもそもVaR BreachをVaRモデルのバックテストに使うというのが間違いなのではないだろうか。99% VaRが100回に1度は起きる事象を捉えるとすれば、年に2、3回発生するという計算になるが、これが4回だったり5回だったりしてもVaRモデルが不適切とは言えないのではないだろうか。VaRモデルが今回のようなウィルス感染に端を発する市場変動を織り込むことができたとは思えず、それがそもそもVaRモデルの目的なのかも良くわからない。これでVaRモデルを不適切としたり、VaRモデルが不適切だから資本バッファを多く積むようにとなると、それこそProcyclicalityが発生してしまう。

おそらく今世界中の金融機関では、VaR Breachの多発に際してVaRモデルをもっと保守的にすべき、あるいは今回のショックをパラメータに加え、VaRの値をより大きくすべきと言っているリスクマネージャーもいるのではないかと推測される。そうすると、これだけ市場が混乱して流動性供給をしなければならない銀行が、更に資本バッファを増やし、流動性ショックを加速させるという皮肉な結果になってしまうのである。

FRTB以前の旧資本計算においては、通常のVaRとストレスVaRの二つがある。通常のVaRは過去1年程度に起こった最大の市場混乱が今起きたらどのくらいの損失になるかを測り、ストレスVaRは、各銀行の歴史の中で最も大きなイベント(通常はリーマンショック)が起きた場合の損失を測るものになるのが通常であろう。

リーマンショック時に、通常のVaRでは測りきれない危機が起きてしまったためにこのようなストレスVaRを入れることになったのだが、今後はコロナショックがストレスVaRのインプットになるのだろうか。今後は過去1年のショックがコロナショックで、概念上ストレスVaRはそれより大きくあるべきだから、銀行が資本バッファを取り崩して経済を最も支えるべきこの時期に、より多くの資本を積み増さなければならなくなる。ストレスVaRは通常のVaRの2~3倍になるので、これは当然の成り行きだ。またこうしたVaRを下げるためにポジション売却や解約等を進めても、昨今のような流動性では、更に損失が拡大してしまう。

海外ではこのようなインパクトを軽減するための免除規定を設けて対応をしているが、規制フレームワークの変更となると、やはり既に2019年から2022年、更に今回2023年1月に延期されたFRTBに注目する必要がある。

確かにVaRに代わって期待ショートフォールを使えば、通常時とストレス時の変化が今より緩やかになるためProcyclicalityが一定程度避けられるが、それでも完全になくすことはできない。それならば自らのモデルを使うことを放棄して標準法にすればよいという判断になってもおかしくない。ただ、標準法に極度に依存すると、銀行が本来のリスク管理能力を失い、単に想定元本を減らし、ヘッジやネッティング、XVA、各種リスク削減努力をすることに対するインセンティブを無くしてしまうように思う。

とは言え、どのような仕組みが望ましいか良い対案がないのも事実である。個人的には、例えばリーマンショック時のような過去最大の市場変動プラスアルファに備えるように資本バッファを持っておき、それを維持するような極めて単純な方法で良いのではないだろうかと思っている。これだけ変化の激しい金融市場においては、多くの人を雇ってシステムコストをかけて規制資本の分析をしたり、バックテストをしたりするよりは(それもある程度は必要だが)、苦境にあえぐ企業に流動性を提供したり、市場機能を維持させて経済活動を支える行動に特化できるようにした方が良いのではないだろうか。

市場混乱時に電子取引、アルゴ取引の割合が減少

海外大手銀行の第一四半期決算がほぼ出そろったが、全体としては引当金積み増しの影響で収益低下は見られるものの、トレーディング収益は軒並み好調であった。事実、昨今ではほぼ最高益といって良いほどの収益だ。こんな時期に利益が拡大すると批判が起きるから、引当金を保守的に積んで収益を抑えたのではないかという声も聞かれるくらいである。とは言え、貸出先の苦境を考えると、引当金の積み増しは正しい行動なのだろう。

2008-9年の金融危機時と一つ違うのは、抱えていたポジションから出る損失が少なかったという点であり、これについては規制強化が一定の役割を果たしたと言えそうだ。金融機関は、何かに投資してそのポジションを抱え続けるというよりは、流動性の高い資産に特化して、ある程度のヘッジをかけていたように見える。その意味では、マーケットメークに特化し、自己ポジションをとらなくなったことが功を奏しているようだ。日本では自己勘定取引に対する規制が欧米ほど厳しくなかったので、日本の銀行がどのようになるかに注目が集まる。

さて、このトレーディング収益であるが、取引量の増加とBid Offerスプレッドの拡大が寄与しているようだが、やはりこのようなボラティリティの高い環境になると、電子取引というよりはボイストレーディングが増えるようだ。今回はトレーダーの在宅勤務も重なったという事情もこれに拍車をかけたのだろう。

金融機関サイドも、市場が混乱する最中に自動でプライスを出し続けるのが困難になるため、ボイスで一件ずつチェックする方が望ましいという事情もある。特に最もボラティリティの高かった3月中旬は社債のアルゴ取引はほぼ止まっていたという声が聞かれる。急増した取引はほとんどが電子ではなくボイスに回ったようだ。Bid Offerも10倍程度に拡大したという話もあるので、さもありなんという感じだが、特に社債市場に関しては、やはり有事の際に確実に流動性を提供してくれるセルサイドとの関係を保つ必要性は未だ残るということのようだ。

今後電子取引へのシフトは更に進んでいくことが予想されるが、それでもこうした市場変動の激しい時期にも安定した取引ができることが保証されないと、完全に電子に依存するのは躊躇されてしまう。一部ディーラーを介さないバイサイド同士の取引が電子取引プラットフォームで取引されたりしていたが、このようなプラットフォーム上での取引流動性を上げていくことが肝要かと思われる。

LIBORはしばらく生き続ける?

先日紹介した、コロナ対策の一環で始められた米国の中小企業向けローンプログラムだが、一転してSOFRではなくLIBORベースのローンが認められることとなった。以下の英文がQ&Aに加えられた回答であるが、完全にLIBORからSOFRへの移行が進んでいない現状では、SOFRベースのローンをタイムリーに出せないという業界の声を受けて変更された格好になっている。

The Federal Reserve received feedback from potential participants that quickly implementing new systems to issue loans based on SOFR would require diverting resources from challenges related to the pandemic.

これで、SOFR+250-400bpとされていたローンが1m/3m LIBOR+300bpに変更可能となる。ただし、LIBORが機能しなくなった場合に備えたFallback文言は入れるようにとの但し書きもついている。

英国の同様のローンもLIBOR参照になっており、貸し出しについては新レートへの移行が6ヶ月延長されたばかりである。2021年末の期限に当面変更はなさそうだが、こうした新ローンが幅広く中小企業にまで広がると、新レート移行が困難になってくるような気がしてきた。当然今の段階では誰も延期の話はしないと思うが、特にコロナで苦境に陥った企業がLIBORローンを幅広く利用するようになると、1年後に一つ一つレート変更交渉をするのは、不可能なのではないか。おそらく、その頃になってもこうした企業は完全に業績回復とはいかず、そんな中で貸出条件の契約変更という慣れない作業をする余裕はなく、金融機関に対して更なる延期を求めてくるのは目に見えている。

コロナの収束具合にもよるが、来年の今頃にはLIBOR改革自体の一時的期限延長の話が盛り上がっているのでないかと思う。

CVAヘッジに対する欧州の規制変更要請が大きくなっている

第一四半期決算で、大手銀行のXVA損失拡大したことが示すように、3月にクレジットスプレッドが拡大し、CVAヘッジが活発になっている。当然CVAデスクは参照資産である金利や為替のヘッジを行っているので、かなりのヘッジのアクティビティがあったと思われる。

米国では、こうしたCVAのヘッジはRWA(Risk Weighted Asset)に含まなくても良いので資本賦課がないが、欧州では、ヘッジではなく完全に自己勘定取引と同じように資本計算上扱われてしまう。こうしたCVAヘッジのためのポジションは、市場リスクRWAの中のかなりの部分を占めているものと推測される。FRTBによる新ルールではCVAヘッジのためのこうしたポジションは市場リスクRWAからは外せるが、この施行がコロナの関係で1年延期されている。

この点に関してロビー活動が欧州で行われているが、Risk.netの記事ではCVA関連のヘッジを市場リスク計測に含め、CVAとヘッジを一緒に計算することにより、こうしたインパクトを避けている銀行もあるようだ。昔からの問題ではあるが、こうした問題は一重に規制CVAと会計CVAの取り扱いが欧州で異なることにある。

RWAの計算の元となる市場リスクVaRの計算には、金利や為替の感応度は含まれていない。したがって、米国ではそのヘッジは市場リスクRWAの計算に含まない。しかし欧州では、CDSのみが考慮でき、金利、為替、コモディティなどその他のヘッジを含めることができないため、米系に比べて不利になっている。これを受けて欧州では米国のような免除措置を求める声が4月から活発化している。

やはりヘッジをすることによって不利になる現行の仕組みだと、ヘッジなどしない方が良いということになるので、規制と会計は極力平仄をそろえていかなければならない。

日本では、CVAの会計計上が一部始まったものの、そのSensitivityを日々計算して金利、為替などのヘッジをしているところはまだ少ないものと思われ、このような問題が起きていない。ヘッジをしていないのだから、それが市場リスクRWAを膨らませると言うことにならないからだ。ただしFRTBが入ってきて海外のような会計上の変更が行われれば、CVAヘッジが大きな問題になる可能性がある。

その意味では、日本ではFVAの会計計上を行っている銀行も少ないため、今回海外大手行が計上したようなXVA損失は出てこず、またヘッジもしていないため、上記のような市場リスクRWAの話も関係ない。ただし、航空会社に対してオイルヘッジなどを提供している場合は、XVAのヘッジをしていないため、海外の金融機関に比べ実際に破綻が起きた時の損失は一気に膨らむこととなる。また、海外金融機関のようにXVAリザーブを原資にポジションの再構築をするといったことができない。とは言え、もともとローンもBuy & Holdなので、それと同じと言えばそうなのだが。海外金融機関は今回のエアラインの苦境に対しては、CDSのヘッジとOil Swap等によるヘッジを行っているのである程度の損失制御ができている。やはり日本も徐々にこうした姿に近づけていく必要があるのだろう。

英国LIBOR→RFR移行の一部延期

英国のリスクフリーレートに関するワーキンググループから新規のポンド建てローンのレート変更の期限が半年程度延期されることとなった。もともとは今年の第三四半期末が期限だったのだが、来年の第一四半期末へと延びることとなった。

社債等については既にほぼ変更が終わりつつあるが、昨今の混乱を受けてローンについては延期が望ましいということになったようだ。

やはりローンについては、借り手からかなりのリクエストが来ているようで、この対応に注力すべきということなのだろう。それでも2021年末という全体の期限には変更がないので、来年は忙しい年になりそうだ。

最近は毎日のようにLIBOR改革関連の電話会議があるが、日本から報告することが限定的で、顧客サイドの動きも鈍く全体のタイムラインも不透明だ。他国がここまで進めている以上、日本だけ遅らせることはできないだろうから、そろそろ動かなければならないと思うのだが、やはり日本のオペレーション周りの変更は他国に比べてかなり複雑で、このままでは日本の遅れが目立ち始めてしまうのではないかと危惧している。

トレーディングの外注化は進むか

トレーディングのアウトソースというのは昔からあったビジネスではあるが、ここへ来て真剣に検討するバイサイドの投資家が増えてきているという報道が出ている。

投資家としては、自前でトレーダーを雇う必要がなくなり、システムやコンプライアンス等様々なコストが削減できる。特にコロナウィルスによる在宅勤務が拡大する中、全ての業務を丸投げできるというのは魅力である。完全にアウトソースが無理でも、一部専門外のアセットクラスにおいてのみ外注すると言った使い方もできる。

こうしたトレーディング専門会社は、ユタ、テキサス州といった郊外で行う事も今では完全に可能であり、NYのような不動産コストが高く人口が密集しているため今回のような感染の影響を受けやすい場所に依存する必要がない。優秀な人さえ確保できれば、どのような場所からでもサービス提供が可能である。今回3月に急激に取引量が増えた際には、こうしたトレーディング専門会社が一部オーバーフローとなった取引を引き受けたりもしていたようである。

日本でこうしたトレーディング専門の会社の話はあまり聞かれないが、人事ローテーションでなかなかトレーディング専門の人材育成が難しくなっている中、一部の商品でこれを外注するというのはありえなくもない。特にこうしたトレーディング専門会社が、取引のブッキング、報告、コンファメーションの送付、決済までやってくれるのであれば、きっと大きなニーズがあるだろう。というよりは日本では、トレーディングというよりはバックオフィス業務に外注ニーズが多い様にも感じる。海外のように大手銀行からスピンアウトする人材が増えればこうした新しいサービスを行う会社が増えていくかもしれない。

BACK TO WORK?

ようやくオフィスに人を戻すという議論がグローバルで始まったという報道が多くなってきた。金融業界では、他社と差別化するためトレーダーに出社を要請した米銀大手が批判されていたが、日本では、他社と差別化するというよりはコンプライアンスの要請により、トレーダーは多くが出社を余儀なくされている。当局サイドは人命や医療崩壊防止を優先してそれほど厳しい立場をとっていないように思うが、やはり日本のコンプライアンス的には、法令順守が何よりも重要という雰囲気があるのだろう。

韓国、香港、シンガポールなどでは、かなりの人数がオフィスに戻り始めており、最終的には適切な対策を施した上で、コロナ前に戻そうという雰囲気があるが、欧米では、コロナ前に戻ることはないという前提で話が進んでいるように感じる。日本はどうかというと、この中間か、どちらかというと欧米に近い感覚ではないか。欧米では出社したくないという声が良く聞かれるが、何よりも会社を第一に考える日本時には出社したくないという声は少なく、出社要請があれば皆素直に戻ってくるだろうと、欧米のメディアでも報道されている。

さて、それでは今後もし出勤者を元に戻すとなったとき、職場環境はどのように変わっていくのであろうか。既に紹介した内容とも重なるが、すぐに思いつく変化としては以下のようなものがあるが、直ちに準備を進めておくのが賢明だろう。

  • 非接触型体温計による入館時の検温(顧客や配達員等も含む)
  • 会社では常にマスク(マスクの配布)
  • エレベーターの人数制限
  • 社員の行動管理(例えばGoogle/AppleのTracking)
  • 消毒の徹底(中国のように2時間に一回、通常の3倍等)
  • 社員に対する抗体検査の実施、会社でのPCR検査(可能かどうか不明だが)
  • 指紋認証等接触型認証から非接触型認証へ
  • 社員証をかざすと行先階を認識するような非接触型のエレベーターのボタン
  • トイレのハンドドライヤーの廃止
  • 接触型のドアから自動ドアへの変更
  • 電子署名の推進
  • 郵送業務の縮小と電子化
  • デスク分散(隣の人との距離を空ける)
  • 固定デスクから誰もが使えるオープンデスクへの変更
  • 可能な場合は在宅勤務の継続

今回の一件で、実は在宅勤務ができるようになって有り難かったという声も多く聞かれている。保育園に落ちたため求職を考えていた社員、妊娠中の社員、介護問題を抱えていた社員、遠距離通勤をしていた社員等の中には、コロナ後も在宅を続けたいという人も多いのではないだろうか。

いずれにしても、一度戻そうという動きがあったとしても、感染再拡大が起きれば元に戻ることもあるだろうから、今後しばらくは、完全には元に戻らないという前提で準備を進めておくべきだろう。

公表停止前トリガーがISDAの標準フォールバックに含まれることになりそうだ

4/15に、LIBOR改革に関したフォールバック条項についてのサーベイの暫定結果が報告されている。以前紹介した通り、前回の調査では、公表停止前トリガー(Pre Cessation Trigger)をISDAの定義集やプロトコルに入れ込むかどうかについては意見集約ができなかったが、今回はこれを入れるという方向で意思統一が図られそうだ。

新しい2006年版のISDA定義集を参照する取引については、LIBORが市場実勢を表さないと判断されると、すべての新規取引、既存取引もフォールバック条項が有効になものと予想される。

やはり、英国当局及びCCPの動きがサーベイに影響を与えたようだ。ここまでくると日本の当局も海外のように期限を区切ってしまった方が良いのではないだろうか。金融機関サイドはこの状況の中必死で進めようとしているが、顧客に早期移行をお願いしてもコロナだからと断られるケースが多くなっていくものと思われる。

中小企業支援策とLIBOR改革

米国FRBが4/9に中小企業向け支援策を発表した。新規ローンをカバーするMSNLFと既存のローンを対象とするMSELFという二種類があるが、適格ローンがSOFR+250-400bpでプライシングされているものとなっている。

FRBがSPVを設立し、適格ローンの95%をリスクパーティシペーションの形で取る形態になっている。中小企業支援策はあらゆる国で一般的になっているが、ここでSOFRがベースレートになっているのが興味深い。このようなところでもLIBORから新レートへの移行を促しているように見える。

今後はありとあらゆる場面において新レートへの移行を促す措置が含まれていくのだろう。日本においては、大手金融機関はLIBOR改革を進めようという意思はあるのだが、やはり顧客サイドの準備が急速に進むかどうかが疑問である。コロナでそれどころではないと言われると強硬にお願いすることもできない。海外からの遅れが目立ち始めているが、やはり当局からのPushが必要なのかもしれない。

コロナ後の働き方改革

先週は米銀トップから出たオフィススペースへのニーズは減るという趣旨のコメントが注目を集めた。確かに世界の大手金融機関は出社率ほぼ10%未満でも全く問題なく機能している。ニューヨーク、ロンドン、香港といった過密都市の商業用不動産へのインパクトも出てくるだろうとコメントしている。英語版の記事の方には、JPモルガン、BlackRock、KKR等のオフィスプランについても紹介されている。

確かに10%未満の人しか使っていないオフィスに対して高い賃料を払い続けるのはどうかという議論が出てくるのは当然だが、これは、将来的にも、この在宅勤務が一時的なものでなく新たな標準となっていくと考える人が多くなってきたという証拠なのだろう。一方、人と人との距離を取るという意味からは、狭い部屋に人を詰め込むのではなく、スペースを広く取る必要もあるだろうが、全体的な影響からすると商業用不動産やREITにとってはネガティブだ。

考えうるのはオフィススペースを半分以下に減らして週に何度か、あるいは月に一週間とか出社にし、その他は自宅勤務という方法だ。出勤者はLaptopを持参して、空いているオフィススペースに接続するという方法になる。高性能PCはどこかの安いスペース(あるいはVirtual PCを利用)にまとめて置いておき、そこに自宅からでもオフィスからでもリモートアクセスをすれば良いだろう。

職種によってはオフィスへ出社しない社員というのも出てくるだろう。もともとITサポートの一部はインドだったり、一部財務作業やクオンツ部隊が中国にいたりということはすでに実施済みだが、こうしたサテライトオフィスから勤務する人も増えていくのだろう。

在宅勤務を始めて思ったのだが、忙しい人とそうでない人が完全に分かれてしまうということだ。忙しい人の電話、メール、チャットは自宅であってもひっきりなしに入ってくる一方、受け身の社員の場合は、何もつながりがなくなり孤独感を感じてしまう。意外と家でも仕事ができると感じる人がいる一方、仕事がなくなったと感じる人もいる。仕事がないなら遊んでしまうかというとそうでもなく、次第に焦りに変わってくるようだ。仕事を頼むと喜ばれるということが以前より格段に増えた。

働かないおじさん問題がネットでも良く上げられているが、やはり会社に来るだけで仕事をしている感になっているということもあったのかもしれない。そういう人がこの状況でも出勤アピールをしているというのもその表れなのだろう。ただし、これは悪いことばかりではなく、満員電車の通勤や交通渋滞、子育て、介護問題から皆が解放されるようになる。東京一極集中にも歯止めがかかり、地方分散が進めやすくなる。個人の労働時間も格段に減るだろう。あとは空いた時間を何に使うかというところで大きな差が出てくる。もともと海外は長時間労働の意識が少なく休暇も十分にとっていたので変化は少ないだろうが、日本の場合はかなり大きな社会的変革が起きることになる。

問題は、チームの結束を高めたり、仕事の分担をしたり、新人を教育したり、OJTをしたりというのが本当に難しくなってくるので、様々な工夫が必要になる。全員が完全に在宅で全てオンラインのみのつながりだけになるというのは、いくらテクノロジーが進化したとしても難しいだろう。都市封鎖が解禁された中国ですら、各種感染対策をした上で出勤生活に戻っている。

記事にあった米銀トップも最後に以下のように締めくくっている。やはり人と人とのつながりは、何らかの形で続けていくのがベストなのだろう。“I’m still a huge fan of mentoring, bonding and having teams together and the creative surges that come from having people working together,”

EUR IRSの割引率変更の延期決定

LCHにおけるEUR金利スワップのディスカウントレート変更(EONIA→€STR)の日程延長が昨日決定した。コロナウィルスを受けたリモートワークの拡大を受けて、当初予定の6月22日から7月27日へと5週間延期されている。

CCP間で調整があった模様で、EurexとCMEも同様の延期を予定している。リスクフリーレートへの変更はまだ先のことだが、クリアリングされたスワップの価値が一気に変更されるため、割引率変更のインパクトは無視できない。

4月7日のECBのワーキンググループではコンセンサスが得られなかったためどうなるかと思っていたのだが、5週間という短期間の延期ということで、何とか決着を見た形だ。今のところドル金利スワップについては、10月17、18日で変更はなさそうだ。

一つだけ気になるのは先にポストしたように、6月に変更されるという前提で行われた取引へのインパクトだが、5週間程度であれば影響はそれほど大きくないとは思うものの、やはりこれによって得をする人と損をする人が出てくるのは否めない。

DVA効果はFVAによって相殺されるようになった

リーマンショック時に自らのクレジットスプレッドが拡大したことにより利益が上がったというニュースが注目を集めたが、今回はなぜこれが起きなかったのかということに興味を持った方が多かったようだ。ちょっとテクニカルになるが簡単にまとめてみたい。

デリバティブの信用評価調整であるCVAは双方向CVA計算をしている限り、カウンターパーティーの信用力に応じて変化するCVAと自らの信用力に応じて変化するDVAの合計となる。カウンターパーティーの信用スプレッドが拡大すればCVAが増加(つまり損失拡大)するが同時に自らの信用スプレッドが拡大すればDVAが増加(収益拡大)となる。

最近ではCVAというとこのCVAとDVAの合計を指すことが多く、DVAという言葉はあまり聞かれなくなった。一方金融危機時と今回の最大の違いは、この間にFVAが導入されたという点である。FVAはファンディングコストなのでこちらも自らの信用スプレッドが拡大すれば収益悪化要因となる。したがって、信用スプレッドが軒並み拡大しているときは、DVAの収益とFVAの損失が相殺するため、以前のようにDVAからの利益拡大が目立つことにはなりにくい。

今後は2008-9年のように、自分の信用力が悪化したために利益が上がるということは少なくなっていくものと思われる。ただし、FVAの会計上の導入が終わっていない邦銀など、一部の銀行決算上はこうした影響が出てくる可能性はある。

今回はJPMが$951mmのXVA損失を計上しているが、funding spread widening on derivativesに起因すると書かれているのでおそらくFVA損失だろう。バンカメはcertain valuation adjustmentsによって$492mmの損失が発表しているが、これにはFVAが含まれていると報道されている。GSも約$500mmの損失を公表しており、おそらくFVAの影響が大きいものと思われる。

米銀大手の第一四半期決算は、ローンに対する引当金に加え、こうした評価調整によって収益が引き下げられたが、今やFVAがショックアブソーバーの役割をし始めているように感じている。以前は、収益低下をDVA利益が補うというショックアブソーバーだったのが、全く逆の形になっているのは皮肉なものである。

デリバティブ取引からの収益は各行とも好調で、もしこれらのVAがなければかなりの好決算になっていただろう。その場合、こんな状況で最高益を上げるなんてとんでもないという批判が巻き起こっていたかもしれない。今回はトレーディング収益が好調だったから良かったが、トレーディングが低調な上にFVA損失が重なれば目も当てられない。そうなると、今後の金融機関の業務としては、クレジット物など、あまり在庫を抱えるビジネスはやりにくいということになるのかもしれない。これを誰が支えるかというとやはり中央銀行ということになる。つまり規制を強化して金融機関のリスクテイクを減らし、それを中央銀行が補うというのがこれからのニューノーマルになるのだろう。

在宅勤務への準備不足によって市場が動く

4月に入ってJSCCの金利スワップ取引件数/金額が顕著に減少している。昨日4/13などは、債務負担件数が115件、金額も1.3兆円と通常の半分程度になってしまっている。3月の取引が非常に活発だったのに比べるとその落ち込みはかなり激しい。

年度初めということもあるが、おそらく政府の要請を受けて在宅勤務(というより自宅待機)が増えたことがその要因なのではないか。スワップ取引に際しては、海外のようなSTPが進んでいないため、コンファメーション、ブッキング、取引報告、担保授受等様々な実務が絡むため、慣れない自宅勤務をするよりは取引を控えてしまうという形になっているのかもしれない。

これに呼応してか、LCH/JSCCスプレッドのマイナス幅が拡大している。おそらく海外勢は引き続き在宅で円金利をLCHで受けているのに対し、日本の参加者が取引休止を余儀なくされているので、スプレッドが動いてしまっているのではないだろうか。

在宅勤務の準備ができていないなら止めてしまえというのは、日本だけ見ていれば理にかなった行動なのかもしれないが、グローバルにつながっている金融市場においては、こうした歪みが発生するのは避けられない。これによって日本の参加者が不利益を被ることがなければ良いが。。。

今後の金融の姿

緊急事態宣言が発令され、飲食店は軒並み営業停止や縮小に追い込まれている。とりあえずは5/6まで休みとしているところも多いが、これはおそらく数か月から半年、あるいは1年以上続く可能性が高いため、今手をこまねいていると早晩大変なことになる。日本は個室で食事をするのを好むため、感染対策を万全にした店舗への移行はしやすいので、少しやり方を変えて来るべき日に備えて準備をしていく必要があろう。

これはどの業界にも言えることだが、今後はビジネスのやり方を根底から変えていかなければならない。特に大打撃となっているバーでは、小瓶に入れたカクテルなどをデリバリーしようにも規制の関係でこれができないが、金融においても、免許制度、規制を変えていかなければ、ビジネスの変化に日本が取り残されてしまう。

まずは専用端末といったコンセプトを完全に放棄しなければならない。これまではセキュリティ重視から好まれた方法だったのだと思うが、日銀ネットに始まり、専用線を引いたPCしか使えないということになると、結局誰かが出社しなくてはならない。そのために高度なセキュリティ技術が必要になるが、海外で広く使われている仕組みを借りてくればそんなに難しいことではない。個人投資家を守るためというのももっともではあるが、郵送を原則としている取引報告書なども、メール等による送付を可能にする必要がある。

日本国債の入札・輪番業務、補完供給等のプロセスもかなりマニュアルだが、これも完全にオフィスに人がいるという前提で造られた仕組みで、こうした危機時には非常に脆弱な仕組みだ。政府が出勤する人数を絞り始めている今、日本国債の取引が海外に比べて極端に細ってしまうのではないかという懸念も聞かれる。これまでは、日銀を含めてほとんどの会社が、自社でプロセスやマニュアルを決めて、それへの対応ができることを金融機関に求めるということが多かった。今後は標準のやり方を決めてそれに適したシステムやプロセスを決めて皆がそれに従うというやり方にしないと、コストがかかりすぎてしまう。

スワップも海外のように、ボイストレーディングを極力減らし、スクリーンでの執行を進めていくべきだ。こうなってくると国債のe-tradingも極力進めた方が良いだろう。銘柄間の差も取引流動性を下げる原因になっているため、CDSのインデックスでやったような年4回のロールを2回にするといった変更など、これまで全く考えなかったような変更をJGBについても行っていくべきかもしれない。CDSでは以前に発行されたシリーズの流動性は極端に低くなってしまう為、極力最新のシリーズであるカレント物にロールするという慣行があるが、JGBでもこうしたロールを促していくことはできないものなのだろうか。あるいは日銀が古いシリーズを市場から極力吸収していくとか、何か方法を見つけないと、オンザラン、オフザランの違いからリスクが発生したり、今回のように流動性が落ちたりしてしまう。国債の引け値のきざみが粗すぎるというのも日々の収益変動が大きくなる理由となっているような気もする。

今は緊急危機対応に忙殺されてしまっているが、おちついたら新しい金融のあり方を模索してみたい。

ARRCが債券取引のLIBOR SPREAD調整方法決定

ARRC(Alternative Reference Rates Committee)が米ドル建てCash Products(社債などの債券)についてのスプレッド調整方法を4/8に公表した。コロナウィルスの感染拡大でコメント期限が3/25に延期されていたが、その集計結果をもとにコメントが出されている。

LIBORに代わる新レートはSOFRに決まって久しいが、実際に移行する際にSOFR±α=LIBORとするようなαを決めるというものなのだが、結局は大方の予想通り、デリバティブと同じLIBORとSOFRの過去5年間の平均(厳密にはメジアン)に落ち着いて。

一般消費者向けに関しては1年間の経過措置を設けることも提案されている。あくまでもRecommendationとの位置づけだが、ほとんどの市場参加者はこれに従うことになるのだろう。今後はARRCの推奨するフォールバック条項が契約に盛り込まれていくことになるのだろう。

このアナウンスメントにより、一部で高まっていたLIBOR移行の期限延期期待が少し打ち消された形になったとの報道もあった。一方、日本ではRisk.netがディーラーからの延期を求める声が高まっているという記事が出ている。長時間労働と伝統的なビジネス慣行によりリモートワークが厳しいという現場の声も紹介されており、上司が承認しないと外部へのメールも送れないという会社さえあると書かれている。欧米のようにCash Productsでリスクフリーレートへ移行する兆しも見られない。

それにしても、リモート環境が整っていないため日本だけがLIBOR改革を遅らせるというのはあまりにも格好がつかない。そもそも日本が技術的に劣っているとは思えず、在宅からの業務フロー構築はそれほど難しいことではない。やはりRisk誌が書いているように、滅私奉公的な日本の企業文化と、当局がオフィス以外からの業務を認めることに消極的だったからなのだろうか。確かに、今でも「いやあ。まだまだ出社してますよ。」と誇らしげに言う人もいるし、家から電話をかけていることを顧客に知られると気まずいという営業員がいるとの話も聞くので、当たらずとも遠からずなのかもしれない。

LIBOR改革がもたらす時価評価変更

LIBOR改革の一時的延期を求める声が大きくなる中、唯一延期を望まない声が大きいのが割引率の変更である。ユーロのスワップに関しては、CCPで清算された取引について、EONIAから€STRへのディスカウントレートの変更が6月19日から22日の間に予定されているが、これにより既存のCleared Swapの価値が変更になる。これに併せてCCPで清算されることが決まっているスワップションについても同様の変更が発生すると思わているのだが、LIBOR改革が延期になると、これまでの前提が崩れてしまう。

Risk.netによれば、8割方のスワップションが割引率変更を前提としてプライシングされており、これが延期になると無用な混乱を招いてしまうからだ。ユーロのリスクフリーレート検討ワーキンググループでは、相対のスワップション取引の割引率変更をどう進めるかについて意見募集を行っているが、コメント期限が4月17日まで延期されている。

一部の市場参加者は既に6月22日に割引率を変更する契約交渉に入っているようであり、確かにこの方がCCPで清算された取引と相対取引の割引率が一致するため、ミスマッチも少なく、不確定要素もなくなる。

前回のOISディスカウントの変更時もそうだったが、こうしたスワップの時価評価に影響のある変更の場合、単純に時期をずらすのは非常に難しい。なぜなら既存の日程をベースにプライシングされた取引が多く、日付を変更すれば、得をする人と損をする人が出てきてしまうためである。

おそらくLIBOR改革に関しては何等かの延期措置が取られる可能性があるが、こうしたプライシングに影響があるものについては、当初の予定通り進めておいた方が良いのだろう。他国が先行しているため、日本はそこから学ぶことができるが、日本円については、こうした他の通貨のスワップの状況を見ながら最善のスケジュールを立てていく必要がある。

コロナによる格下げはプロシクリカリティを引き起こすのか

欧州証券市場監督局(ESMA)のMaijoor議長が、格付機関は今回のコロナショックによる拙速な格下げを避けるべきとコメントしているとの報道があった。すでに格付機関との対話も行っているようだ。今回の危機は企業や国にとっては不可抗力のようなもので、一旦状況が落ち着けば急速に回復するからとのことのようだ。格下げ自体が問題というよりもそのタイミングが重要とのことだ。

イギリスが3月にFitchによって格下げされ、イタリアも投機的等級に下げられそうになってきている。確かにウィルス広がりを受けて経済的な影響も出始めており、デフォルト件数も増えてきているので、企業の倒産確率を表す格付が下がるのは致し方ないとも思えるが、格下げによって自動的にその会社の社債を売却せざるを得なくなる年金基金やファンドも多く、格付会社が危機を増幅してPro Cyclicalityを引き起こしているという意見も完全には否定できない。

リーマンショック、欧州危機の時にも散々話題になったが、結局状況はあまり変わっていない。株価急落に際してはサーキットブレーカー制度があり、一時的に取引がストップされるが、これも急激な価格変動を避ける手段の一つである。格下げをストップさせるダウングレードブレーカーのようなものが議論されるようになるのかもしれない。

金融取引においては、格下げによって取引を解約するダウングレードトリガーはかなり少なくなってきた。ファンドについてはNAVトリガーもあるが、これも1ヶ月にNAVが2割とか3割減少したからといって、いきなりトリガーを引くかという問題も起きている。

ローンについては、財務制限条項とかこうしたトリガーをむやみに引かないようにとのお達しがあったが、デリバティブ取引についても心情的には同じような対応をすべきという声もある。一方で、実際に資金不足によってデフォルトするファンドもあるので判断がむずかしい。

そう考えるとプロシクリカリティは避けられないのかもしれないが、デリバティブの世界で起きたようなダウングレードトリガーによって機械的な取引解約するようなことを避けるのは有効なのだろう。ファンドも格下げされたら自動的にポートフォリオから外すという厳格なルールを外して、状況を見ながら判断するのが最も良いのかもしれない。