「用語説明」カテゴリーアーカイブ

MVAとは

MVAはMargin Valuation Adjustmentの略で、IMを拠出するコストを反映するものである。CVAやFVAのように取引時価の一部として会計計上しているところは少ないが、プライシングに含める銀行が多くなっている。清算取引と相対取引の両方に適用される。

CCPでは、VMの金利とIMの金利が異なったり、IMの金利にはマイナス金利を適用しないという条件になっている場合もあるので、厳密な計算は複雑になる。VMを受け取れば、それを他のカウンターパーティーに対する担保に使えるが、IMは証拠金規制によって分別管理を求められるので、担保の再利用ができない。ただし、証拠金規制の対象となっていないカウンターパーティーとの取引では、再利用が可能な場合もあるので、この辺りの計算も複雑だ。IMとして流動性のない仕組債などを拠出できる契約もあるので、その場合は当初証拠金拠出コストが低くなる。

また、CCPに対するIMが偏りやすいので、相対取引であったとしても、CCPと行う反対ヘッジにかかるMVAが大きくなることが多い。これは、特にLCHとCMEにIMが偏るドルスワップにおいて影響が大きくなっている。つまり相対取引そのものにかかるMVAのほかに、ヘッジ取引にかかるMVAも考慮しなければならないということだ。

ヘッジ会計適用スワップなどは、その取引が満期まで解約されないという前提でMVAを計算すればよいが、途中で解約される可能性の高いスワップの場合は満期までのコストをMVAに含める必要はない。スワップションなどでは、権利行使時にCCPに移るため、相対のIMがCCPに対するIMに変わる。このようなVelocityについても一定の前提をおいてMVAの計算をする必要がある。最近では、コンプレッションベンダーが当初証拠金の最適化サービスも影響し始めているので、MVAを減らせる可能性もでてきた。

以上のように、MVAの計算は非常に複雑であり、厳密にこれという数字が計算される訳ではない。マーケットでも、一定のMVAを取る慣行はあるが、ディーラーの既存ポジションにもよってMVAも異なるため、その他のXVAに比べると厳密な計算手法が確立しているとはいえないように思う。一方で、このコストがかなり大きくなることもあるので、完全に無視するわけにはいかない。また、IMを多くとると、CVAやFVAが減るうえ、資本の計算手法に資本コストを削減できることもある。資本規制、ポストトレード処理、適格担保の拡大など、今後更なる発展が見込まれる分野である。

HVAとは

2020年のコロナショック時にXVAデスクのヘッジコストが上昇したときに、HVA(Heading Valuation Adjustment)というものがマーケットで一時期話題になった。当然デリバティブ取引を行うと、それを満期または解約されるまで、継続的にヘッジしていかなければならない。マーケットの変動が大きく、ビッドオファーが広がった時にヘッジをすると、そのヘッジコストが想定を超えてしまうことがある。CVAの初期の頃から認識されていたコストであり、おそらく何らかの形でプライシングに含める銀行が多かったものと思われる。XVAトレーダーの間ではFriction Costとも呼ばれ、CVAの数パーセントを追加するといった簡単な方法を使っていたところもあっただろう。

基本的には将来かかってくるであろうヘッジコストを見積もるものであるが、参照デリバティブ取引の価格変動が大きかったり、クロスガンマが大きい場合にはそれなりのコストになり得る。計算手法については、Burnett(2021)[1]などがあるが、本書執筆時点ではCVAと別途にHVAの詳細なモデルを持っているところは少ないものと思われる。また、バランスの取れたポートフォリオを持っていて、内部でリスク相殺をすることができればHVAは少なくなるかもしれない。また、XVAトレーダーとしても、リスクが発生すれば直ちにヘッジを調整しているわけではなく、取引コストを見ながらある程度タイミングをはかってヘッジをしている。したがって、銀行の規模、トレーディングポートフォリオの質、ヘッジポリシーによってHVAが変わってくる。

XVAチャージにはヘッジコストを織り込む必要があるのは間違いないが、CVAのように標準的な手法で計算されるようになるかは今のところ不明である。また、会計上リザーブとして計上するにもハードルが高い。ただし、トレーディングデスクで解約時に備えてビッドオファーVAを取っていたり、ポジションが集中してる場合にConcentration VAを取ったりするケースもあるだろうから、特に目新しいコンセプトというわけではない。IFRSなどの会計上こうしたリザーブが認められるにはまだ時間がかかるだろうから、HVAがCVAやFVAのように確立された価格調整となっていくかどうかは、現時点ではわからない。ただし、コストが存在しているのは確かなので、プライシング上、何らかの形で考慮され続けるのだろう。


[1] Benedict Burnett, “Hedging valuation adjustment: fact and friction”, Risk.net, Feb 2021

ポストトレード処理

以前は、デリバティブ取引を執行した後は、システムにブックしてコンファメーションを送れば処理が完了した。しかし、近年は、規制強化に伴って、取引後の処理が重要になってきた。取引照合、SEFやETPにおける執行、CCPにおける清算、即時報告(リアルタイムレポーティング)、当局への報告、マージンコール、担保決済、分別管理など、ポストトレードサービスは、取引が行われた後に発生する、取引のライフサイクルにおけるミドルオフィスとバックオフィスのあらゆる処理をカバーする。

更に、その取引に関するファンディングコスト、資本コストがかかり続けるため、それをいかに最適化していくかということも重要になる。この代表例がコンプレッションであるが、オフセットする取引を削減し、バランスシートにのっている取引量を減らすことにより、資本効率を向上させることができる。また、所要当初証拠金額の削減、ベーシスポジションの解消、SA-CCR上の資本賦課の削減、XVAの削減まで、様々な最適化が可能である。つまり、各種取引の結果できあがったポートフォリオを常に最適化し管理していくことが重要になってきたのである。

金融業界は規制強化、競争激化、低成長化、低収益化が起きており、それに対応するためテクノロジーを使ったコスト削減によるROE向上が急務になっている。その中心となるのがポストトレード処理である。

取引報告

まずは、ポストトレード処理の最初の段階に取引報告がある。単に取引した内容を報告するだけかと思ったら大間違いで、これを適切に行わないと巨額の罰金を科せられる。ここまで取引量が増えてくると、手作業で報告をするのは不可能で、システム対応によるオートメーションが不可欠となる。システム障害が発生した時は、取引が報告できないという理由で新規取引を止めたりもする。近年、規制当局は取引報告の一貫性と正確性を高める必要性を認識し、世界的に調和したデータ要素の採用を目指して、規則の見直しに着手している。こうした規則の変更に対応するには、その要件を解釈し、変更をシステムに組み込まなければならない。米国、EU、日本と規則が異なるが、共通の分類法や技術を使用して、より費用対効果の高いシステムを作り上げる必要がある。

ISDAでは、デジタル・レギュラトリー・レポーティング(DRR)イニシアチブの下で、共通ドメインモデル(CDM)を使って、一連の規則を共通の認識で解釈できるように努めている。将来的に規制が変更になった場合も、DRRを使用するすべての企業に迅速かつ一貫した形で展開することができ、監督当局に対して透明性を確保することができる。CDMの利用により、ポストトレードに関わるコストを業界全体で50-80%削減することが可能という研究結果もある。

当初証拠金最適化

ポストトレードのもう一つの柱に当初証拠金計算と最適化がある。証拠金規制によって、より多くの市場参加者が当初証拠金を計算、モニタリング、拠出するようになり、カストディアンにおける分別管理を行うようになった。カストディアンと口座管理契約の交渉と日々のやり取りは、証拠金規制によって新たに生まれたプロセスである。

ISDAの標準モデルであるSIMMの導入も不可欠となり、このSIMMで計算された当初証拠金額が証拠金規制のThresholdを超えていないかどうかの確認も必要となった。取引の収益マージンが縮小していく中、これらのすべてのプロセスを手作業が行っていると、オペレーションコストがかさんでしまうので、極力人手を介さずに効率的に処理を行うことが金融機関の競争力の源泉となってきた。残念ながら、これは日本の金融機関が最も不得手とする分野である。

取引量の圧縮(コンプレッション)

カウンターパーティーリスク管理の観点からは、CCPと並んでTriOptima社やQuantile Technologies社のような会社が提供するサービスの重要性も高まってきている。特に近年では、レバレッジ比率規制等想定元本で縛りをかける規制がふえてきたことから、元本を減らすコンプレッションはきわめて重要になってきている。これは、既存の取引について、参加者間でオフセットできる取引を一斉にキャンセルし、取引量を圧縮するというものである(Compression、Tear-upとも呼ばれる)。これにより、エクスポージャーや資本コストを削減すると同時に、取引管理業務からも解放される。

市場参加者は、キャンセルを希望する取引明細を同社のWeb上にアップロードすると同時に、キャンセルによって生じうる与信やリスク量の変化について、自身の許容量を提示する。TriOptimaでは、各社のキャンセル候補案件を組み合わせ、すべての参加者の許容範囲内でキャンセルできるような最適な取引の組合せを探し出し、参加者の合意が得られれば取引を一斉にキャンセルする。CDS等の想定元本残高が近年減少しているが、単純に取引が減ったというよりは、こうした残高圧縮の動きが活発化していることも、その理由の一つである。

バーゼルIに始まった資本規制は、内部格付、内部モデル等を使ったリスクに応じた計算にシフトしてきたが、2008年の金融危機を受けて、各金融機関が独自に計算したリスク指標は信用できないという方向に180度転換した。取引の想定元本で規制をかけるというレバレッジ比率規制がその最たるものであるが、リスクという観点からは完全にオフセットしている二つの取引であったとして、取引が残っている以上は取引に制約条件を加えなければならなくなった。これを受けて、金融機関サイドでは、本来のリスクのみならず想定元本も管理しなければならなくなり、リスクベースではない指標の管理も重要になってきた。

これはCCPに対する取引も同様で、各CCPでは、定期的に取引圧縮を行っている。このため、今後はコンプレッションが容易な取引のニーズが高まり、一部でMACスワップのような取引の標準化が進んだ。同時に各金融機関、CCPともに、想定元本をふくらませずに取引をブックし、キャンセルしていくような仕組みを構築していかなければならない。

 たとえば、想定元本10億円のスワップを銀行と行った後、これを解約する場合、同じ銀行と解約すれば取引が完全に消える。しかし、別の銀行のプライスが良かった場合は、反対取引を新規で入れることになる。この場合、二つの取引は完全にオフセットしているため、マーケットリスクはない。しかし、二つの銀行に対するカウンターパーティーリスクを負っていると同時に、想定元本も20億円になってしまう。このようなケースではアサインメントといって、当初の取引を新しい銀行に譲渡するやり方をとれば想定元本はふえない。なお、CCPで取引をしていればオフセットする取引はその後消えていくことになる。

さらにこうした完全にオフセットする取引でなくても、満期やクーポンが若干異なるためにコンプレッションができない場合にも、取引の内容を若干変えてでも想定元本を減らせるような仕組みも考えていく必要がある。CCPでは既にクーポンブレンディングやリスキーコンプレッションといってリスク量が若干変化するのを許容するコンプレッションも行われている。このような努力を続けていけば、想定元本を減らすのみならず、万が一参加者破綻が起きた場合でもオークションポートフォリオを簡素化できる。

SwapAgentとは

SwapAgentは、英国のCCPであるLCHのサービスで、清算はしないものの、相対取引の執行、証拠金授受、決済などを簡素化するためのサービスである。クリアリング業務で培った経験を、非清算取引に拡大し、標準化、効率化、簡素化を進めようというものである。取引自体は清算されていないが、集中取引処理、時価評価、証拠金計算、リスク計算、ポートフォリオ最適化などが、清算取引と似たようなプロセスで行われる。

通常のマージンコールにおいては、双方の時価が異なることによるDisputeが発生するが、SwapAgentでは、LCHが時価評価をすることによりDisputeがなくなる。担保決済も清算取引と同じように行われるため、標準化が可能になる。リスクファクターの計算も標準化されるため、SIMMの計算も容易になり、計算結果の違いも少なくなる。

そして、SwapAgentと非SwapAgent取引を含めたポートフォリオについて、TriOptimaなどのコンプレッションが容易に適用できるため、取引量の圧縮も可能になる。

また、何と言っても割引率が統一されるのが大きい。例えば、ドル円通貨スワップについては、CSAの適格担保の通貨によって、割引率が円のものとドルのものが混在している。一般的に通貨スワップについてはドルディスカウントを行う市場参加者が多いので、ドル担保のCSAを別途締結するところもある、追加のCSA契約締結等手間が多い。これが、SwapAgentに参加すると、すべて標準のドルディスカウントが行えるようになる。

LIBOR改革においても清算取引と同様の指標変更が行えるため、相対で交渉する手間が省けた。今後は逆にSwapAgentに参加していないとチャージをされるようなことが増えてくるものと思われる。

非公開情報とCVAヘッジ

デリバティブカウンターパーティーリスクをヘッジする際について回るのが、MNPIの問題である。これはMaterial Non Pubic Informationの略で、日本語では内部情報と呼ばれる。内部情報は秘密情報であり、株価や債券価格などに重大な影響を及ぼす可能性のあるすべての非公開情報が含まれる。

この内部情報の管理手法には、各社でかなりばらつきがあり、あまり表に出てこない情報であるが、2020年から始められた金融庁の市場制度ワーキンググループの資料が参考になる。特に第8回では外資系金融機関に対するヒアリング結果が公表されており、各社がどのようにMNPIを管理しているかの一端をうかがうことができる。ここで述べられているように、海外では、情報共有を法律で禁じるというよりは、内部コントロールを聞かせることによって情報の遮断を行っている。一方本邦では、ファイアーウォールによって長らく銀証分離が行われてきた。

日本では、伝統的に「ルールベースの監督」が行われてきたが、外資系金融機関においては、「プリンシプルベースの監督」が主流であった。法律で禁じるというよりは、顧客利便性と内部管理のバランスを取りながら、各金融機関が内部コントロールを行い、個社のガイドラインに基づいて情報共有が行うという手法である。監督当局は法律違反をチェックするのではなく、内部管理体制がきちんと構築されているかを検査するという形になる。

ある程度自由度が増すのは確かだが、自己責任原則に基づいてかなり厳格な管理が行われるのが一般的である。法律に書いていないから良いではないかということではなく、常識に照らして自分で判断しなければならない。最近は日本でもプリンシパルベースへの移行を進めているように見受けられる。

いずれにしても金融機関経営はめまぐるしく変化をしており、極めて専門性が高い。完璧な法律を作ってがんじがらめにすれば利便性が損なわれ、法律の穴をかいくぐる行為が増えてしまう。プリンシパルベースにすれば、法律には書いていないものの、常識的に不正に当たりそうだという行為ができなくなる。ワーキンググループの議事録にもあるように、海外では「Need to Know」原則が貫かれている。業務遂行上知らなければならない人のみに情報共有が認められるという考え方だ。マニュアルが存在しない代わり、組織の良識が試される。

カウンターパーティーリスク管理においてこの内部情報が関係してくるのは、社債発行やM&Aに関係したスワップ取引についてである。先のヒアリング結果を見ると、「MNPIには、一定規模以上の債券が含まれる」という回答がある。また、「債券の発行について日本では原則MNPIとしていないが、グローバルでは基本的にMNPIとしている。」との不思議な回答もみられる。なぜ日本ではOKなのだろう。サイズが小さいからということなのかもしれないが。

カウンターパーティーリスク管理の性質上、新規取引を行うと同時にそのカウンターパーティーリスクをヘッジするのが一般的であるが、新規取引が債券発行に関するものであったり、会社の合併、事業再構築に関連していたりする場合は、その情報が公になっていなければインサイダー取引とみなされてしまう可能性も否定できない。したがって、こうした重要な非公開情報を入手してしまった場合は、適切なヘッジができなくなってしまうこともある。

通常は、適切なウォールを設けることにより情報管理体制が確立されているが、この体制は各社で独自に構築する必要がある。CVAの計算自体は取引のプライシングに関係しているため、きわめて早い段階でXVAデスクに問合せが入ることが多い。しかし、CVAの場合は、カウンターパーティーがわからないとCVAの計算ができない。Indicationを提示する段階では、A格程度の事業会社などと仮定して計算を行い、取引が近くなってからWall Crossを行い、厳密なプライシングを行う。あるいは、スプレッドを5年で100bp、10年で150bpのように仮定して計算を依頼することもある。

通常のトレーディングデスクであれば、こうした情報を得てしまった場合は取引を控えるという対応が可能かもしれないが、XVAデスクの場合は、取引ができなくなると会社としてリスクを抱えたままにしておかなければならないということになるので、情報管理は厳しく徹底する必要がある。

また、社債の発行金額があまりにも大きかった場合などは、MNPIに該当せずとも、市場に与える影響が甚大であるため、その情報を利用した取引をすべきでないという判断もあるかもしれない。この辺りは、各社であるべきコントロールを入れ、当局に説明できるようにしておく必要があろう。

MACスワップとは

金利スワップの流動性向上のため、SIFMAの資産運用グループ(AMG)とISDAが2013年に提案した市場標準のスワップである。取引日、終了日、固定クーポンレートなどをあらかじめ決めておくことにより、先物取引のように取引流動性を向上させようというものである。 たとえば10年スワップといえば、すべて今年の6/15に始まり、10年後の6/15に終了日を迎える0.5%と固定金利と変動の交換ということになる。この日付はIMM Dateと呼ばれ、3,6,9,12月の第2水曜日とSIMFA公表のTerm Sheet上で定められている。固定クーポンはCMEのWeb上で定期的に公表されている。

このように条件を標準化すると、例えば6/1から始まるクーポン0.5%の10年金利スワップと、6/2から始まるクーポン0.51%の10年金利スワップのように複数の種類のスワップができることがなくなり、すべて6/15から始まる0.5%の金利スワップに統一でき、流動性が増すためb/oがタイトになるという効果がある。

また、解約、Novation、CCPへのバックロード等も容易になる。CDSではすでに25%、100%のように固定クーポン制をとっているが、これと同じことを金利スワップで行うことによってマーケットの標準化をしようという試みである。これをつきつめれば先物ということになるが、金利スワップについてはすべてが先物に移行するのはむずかしいと思われるため、MACスワップのような標準的取引が利用されている。日本円についても固定クーポンが定期的に更新されているが、日本の市場参加者間ではほとんど話題になっていない。しかし、海外投資家の中にはMAC Swapを好んで使い、IMM DateにRollをしてくる参加者も多い。

CDS取引などの場合は、無用なベーシスリスクを避けるため、当初のカウンターパーティーとの間で解約を行ったり、別の金融機関にポジションを移すことによって取引を完全に消滅させることが多いが、その他の商品においては、反対取引を入れることによってリスクを消すケースが多い。レバレッジ比率など、想定元本に係る規制が多くなっていることを考えると、今後はコンプレッションのみならず、解約が容易にできるような仕組みについての検討も必要である。CCPで清算されている取引の場合、既存取引のUnwind(解約)をするときは、一旦反対方向の取引を入れ、その日の終わりの相殺処理によって取引を消すという流れになる。MAC Swapであれば、必然的に相殺できる取引ペアが増えるため、想定元本削減が容易になる。

 顧客から解約依頼があったときに、こうしたリスクや担保条件、資金調達コストを考えながらどのような方法がベストかを計算しながら行っている金融機関と、単に申し出どおりに処理を行う金融機関とでは収益性に差が出たとしても不思議ではない。取引単位でみればたいした違いは出ないかもしれないが、日々膨大な取引を行う金融機関では無視できない収益差が生まれることもあるのである。

デリバティブ保証

ISDAマスターに対する保証

デリバティブ取引のカウンターパーティーリスク削減の一手法に保証がある。最も一般的なのは、ISDAマスター契約において、信用保証提供者(Credit Support Provider)として保証会社を指定し、保証状を提供して信用補完を行うものである。これにより、カウンターパーティーリスクが対子会社から対親会社へと移る。これは、Credit Substitutionと呼ばれることもあり、資本計算などにも影響を及ぼす。特に外資系金融機関が現地法人を通して取引をする場合などに使われてきた。

CVAの計算上も、その親会社のCDSスプレッドを使って行われることになる。しかし、近年のRRP(Recovery and Resolution Planning)などの規制環境変化により、現地法人単独で格付取得、資本増強等を行い、親会社保証なしに取引をするところも増えてきた。親会社の格付が子会社より下になることが多く、信用力に劣る親会社(持株会社)が保証提供するというのが意味をなさなくなってきたという事情もある。

他にも、例えば米国の親会社が保証を提供すると、日本法人との取引であっても米国規制の一部が適用されるため、親会社保証なしに取引をしたいというニーズもある。日本では、親会社というとグループで最も信用力が高いという印象が残っているためか、親会社保証を外すことに難色を示すところもあるが、各国規制が複雑に絡み合う状況を回避するために、保証を入れないケースも増え始めている。

CVAの計算上、以前は、親会社のスプレッドをタイトにすることもあったが、近年では、TLAC債の発行も進み、必ずしも親会社の方が信用スプレッドが低いとも言えなくなってきた。日本や米国では、持株会社発行のシニア債のみがTLAC債となるが、経営破綻時に元本毀損リスクがあるTLAC債は、格付けが低く設定されることが多いからだ。

親会社と子会社双方の信用スプレッドがマーケットで観測されればCVAの計算は容易だが、親会社のCDSしか取引されていない場合が多いので、子会社銀行との取引に係るCVAをどう計算するかという問題が発生する。ここでその信用力に差をつけ子会社単独の信用スプレッドを推定しCVAの計算を行うことになる。

もともとFSBが定めたTLACの仕組みは、公的資金注入がないことが前提になっているが、日本では、預金保険法の整備によって、予防的な公的資金注入が可能になっている。したがって、日本の場合は、実質的な政府保証があるため、持株会社と銀行子会社のスプレッドに差をつける必要がないのではないかという議論もある。

企業グループに対する与信枠

こうした保証とは異なるが、海外、特に米国では、連結決算に重きを置くのが通常であり、信用枠管理等もグループベースでみることが多い。Back to Back取引などでリスクを一定の法人に集中させ、グループとしての一体管理をするところが多いので、一法人だけのリスクを見ていても全体像がつかめないからだ。一方、日本や欧州の一部の銀行では、個別法人ごとに与信枠を設定している例も多い。当然資本効率やIM Thresholdの効率的利用から、取引をブックするBooking Entityを変えることはあるが、純粋に信用枠の観点から取引法人を指定する場合もある。

ただし、最近では同グループ間の取引であっても各法人間でCSAを提供し、日々担保授受を行うのが普通になった。当初証拠金まで入れているところは少ないが、少なくとも変動証拠金のやり取りは行っている。つまり、Back to Back取引でリスクを移転した上で、マージンコールをかけて変動証拠金のやり取りを行うため、完全ではないものの、ある程度他国法人の影響から遮断される。

日本における保証

日本においては、保証予約、経営指導念書など、保証の形態にもさまざまなものがあるが、デリバティブの契約においては、こうした保証に効力を認めて資本賦課を下げたり、CVAの削減効果を認めるケースは少ないものと思われる。

そのほか、担保の代わりにISDAマスター契約の債務を対象とした一定金額までの保証状を差し入れるケースもある。通常はその会社のメインバンク等がこのような保証を提供することが多いが、その効力に6カ月や1年といった期限を設けることが多いため、期日管理も重要になってくる。CVAやPFEの計算上こうした期限付きの保証をどのように扱うかが問題になるが、保証が毎回更新されるかどうかは明らかではないため、保証の期限までのエクスポージャーが保証されているという前提で計算する方法が最も保守的だろう。

あとは更新の確率に応じて、適宜調整を入れるという方法も考えられる。通常は会社全体の債務をカバーする保証が多いが、一部の債務に限定した保証も存在する。これはつまるところCDSと同じようなものである。海外であれば時価評価を逃れるためにCDSを保証形態にするというのは、規制の関係でむずかしいだろうが、時価評価を嫌う市場参加者が多い日本では、比較的広範囲に使われているようだ。Risk Participationという形で、CDSではなく、保証類似形態にして日々の時価評価を避けるというものも、一部では行われている。

LCによる保証

その他、特にコモディティ取引で多くみられるものに信用状がある。LC、L/C、LOC(Letter of Credit)と呼ばれる信用状を銀行が発行し、それを現金担保や国債担保の代わりに入れるというものである。通常はCSAの適格担保にLCを追加し、掛け目(Valuation Percentage)や適格LCの条件(格付、銀行の格付、期間)等を規定しておく。こうすることにより、たとえLCに期限が設定されていたとしても、期限後は更新されるか、現金等他の適格担保を提供してくるという前提でCVAやPFEの計算ができる。

問題は、LCの場合実際に現金が受領されないので、カウンターパーティーリスクやCVAの削減はできても、ファンディングコストやFVAは減らせない。資本規制上も現金でなければ時価と相殺することができないことが多いので、KVAの削減も限定的となる。2000年初めまでは、LCはカウンターパーティーリスクを減らせるためメリットが大きかったが、規制強化によってファンディング、資本賦課が重要になってくると、現金担保ほどのメリットが得られないということで敬遠されるようになってきた。それでも、豊富な現金を持たない事業会社等に対する取引においては、カウンターパーティーリスク削減は可能なため、今でも一部の取引で使われている。

カウンターパーティーリスクとは

カウンターパーティーリスクとは何なのか、信用リスクとの違いは何なのかと聞かれることが良くある。カウンターパーティーリスクとは、デリバティブの取引相手が契約満期前に金融債務に対してデフォルトを起こし、契約上定められた支払が行われないリスクのことである。

カウンターパーティーとは取引相手ということなので、簡単に言うと取引先の破綻リスクということになるのが、それでは融資先が破綻した場合はカウンターパーティーリスクというのだろうか。

銀行員としての経験からすると、融資先のリスクをカウンターパーティーリスクと呼んだ記憶ははく、これは単なる融資先の信用リスクである。社債のトレーディングをした経験からすると、社債発行体のリスクをカウンターパーティーリスクと呼んだ記憶はなく、これも単なる発行体の信用リスクである。というより、以前はカウンターパーティーリスクという言葉自体が使われなかったのだろう。

これが一般的になったのは、やはりCDSの影響が大きい。例えば、トヨタのCDSを売るとトヨタの信用リスクを持つことになるが、トヨタのCDSを銀行から買うと、この銀行のデフォルト時に損失が出るので、銀行に対するリスクも持つことになる。これを信用リスクというのもしっくりこなかったので、カウンターパーティーリスクという言葉を使い始めた。そしてCVAトレーダーになってこのリスクをヘッジするようになると、リーマン破綻もあり、急速にカウンターパーティーリスクという言葉が一般的になった。

ローンや社債に対する信用リスクをヘッジするためにCDSを銀行から買うと、銀行に対するカウンターパーティーリスクが発生するので、これをヘッジするのがCVAデスクの役割であった。

伝統的な銀行業務においては、信用リスクは、取引先がデフォルトしてはじめて実現するものとして管理されてきた。一方カウンターパーティーリスクは、取引先が格下げされたり、信用力が悪化すると、CVAを通じて損失が発生するので、デフォルトしなくても実現するリスクである。

厳密にいうと、ローンの場合も、要管理先、破綻懸念先といった分類に区分された段階で引当金を積み増したので、損失がその時点で(あるいは決算時点で)発生した。しかし、デリバティブのカウンターパーティーリスクは、取引先の信用力のみならず、金利や為替の変動によっても増減する。極端な話、取引先が格上げされたにもかかわらず、急激な円高によって通貨スワップの含み益が増えれば、カウンターパーティーリスクが逆に増えるということもある。

また、引当金が決算期に積み増すものであるのに対し、CVA損益は日々変動する。したがって、ヘッジも日々行っていく必要がある。

稀に誤解される点ではあるが、カウンターパーティーリスクは自社が勝ちポジション、つまり含み益をもっているときに発生する。トレーダーの観点からみると、取引時価がプラスになり、勝ちポジションがふえていくことは望ましいことかもしれないが、カウンターパーティーリスクを管理する立場からみると、これはリスクが増えるので望ましくない。カウンターパーティーが破綻すればその勝ちポジションが消えてしまうからだ。

したがって、金利スワップを行ったとき、金利のトレーダーのヘッジとCVAトレーダーのヘッジとは逆方向になる。CVAトレーダーのヘッジを含めて考えると、10億円の金利スワップを行う場合、マーケットに出てヘッジしなければならないのは、10億円ではなく9億5千万円だったりする。

一方負けポジションを抱えているときにカウンターパーティーがデフォルトしても損失は発生しない。したがって、カウンターパーティーリスクの観点からみると、自社がデリバティブ取引から収益を出しているときがリスクであり、損失を抱えているときにはリスクがないのである。ローンの場合は銀行がいつも信用リスクの抱える側になるが、デリバティブ取引の場合は、取引相手が自分のリスクを持つことがあるのもカウンターパーティーリスクの特徴の一つである。ローンの信用リスクは一方向であるのに対し、デリバティブ取引のカウンターパーティーリスクは双方向性を持っているのである。

社債やCDSの取引時には、暗黙のうちに信用リスクが価格に織り込まれている。しかし、金利スワップの場合も、金利の交換と同時にカウンターパーティーの信用リスクを取引している。社債の発行体に信用不安が起これば社債価格が暴落し、CDSの時価が大きく変化するのと同様に、スワップカウンターパーティーの信用力が悪化すれば、スワップの価値も減価するのは当然のことである。

CDSを例に考えると、ある証券会社からプロテクションを買った場合、参照企業のデフォルト時に、その証券会社もデフォルトしていれば、プロテクションは無価値になってしまう。したがって、AAA格の銀行から購入したCDSは、B格の銀行から購入したCDSよりも価値が高い。この場合のカウンターパーティーリスクのプライシングは、参照企業とプロテクションの売手の信用リスクの相関を考慮して行うことになる。

たとえば、自分がある証券会社とスワップ取引を行うということは、その証券会社にデフォルトするオプションを与えている、つまりスワップの時価を元本としたクレジットプロテクションを売っているのと同じと解釈することもできる。同時に自分がデフォルトするオプションも買っているともいえる。

したがって、厳密な意味ではプレーンバニラスワップというものは存在せず、理論的にはすべてのスワップがデフォルトオプション付のスワップといえる。特に信用力に劣るカウンターパーティーとの取引においては、カウンターパーティーリスクの時価は取引のビッドオファーを大きく上回る。こうした取引は単なるスワップではなく、信用リスクを内包したクレジットハイブリッド商品ともいえる。

CCPのCF/IM比率

参加者破綻によるシステミックリスクを避けるため、CCPは参加者から当初証拠金(IM)と清算基金の拠出を求める。清算基金は英語ではGuarantee FundまたはClearing Fundと呼ばれるものであり、参加者が皆でCCP破綻に備えて基金を積み立てておきましょうというものだ。

当初証拠金が増えれば必要証拠金が少なくなり、破綻者が自己責任で負担する部分が増えるので、モラルハザード防止につながる。参加者としては、自分が拠出する当初証拠金が少ない方が望ましいだろうが、その分相互負担分の清算基金が増え、他社が破綻した時の負担が増えてしまう。したがって、本来は各参加者とも、当初証拠金が高いと文句を言うよりは、全体的なリスク負担を考えたうえで、適切な当初証拠金と清算基金のバランスを保つ必要がある。

JSCCのホームページによると2021年6月末時点の清算基金は1,967億円、当初証拠金は11,007億円となっている。IMに占めるCFの割合は約18%ということになる。この比率はCCPの性質によって、また商品によっても変わってくる。CDSのようにテイルリスクが大きな商品になるとCFに頼らざるを得ない部分もあるので、CF/IM比率が高くなる。金利スワップの場合は10%前後が標準的ではないかと思われるのだが、円金利のように普段はほとんど動かないものの、突発的に急変する通貨の場合は若干高くなっても仕方ないのかもしれない。

なぜこのCF/IM比率が重要かというと、先述のモラルハザードの問題に加えて、クライアントクリアリングの手数料計算にも影響があるからである。IMは当然クライアントが自らの取るリスク量に応じて拠出する。しかし、通常クライアントは清算基金は拠出せず、クリアリングブローカーが出すことになる。

クリアリングブローカーとしては、クラインとのために追加資金拠出をしており、しかも他社破綻時にはそれが使われてしまう性質のものであるために、リスクとコストに見合ったリターンを求めるのが自然である。これがクリアリングブローカー契約の手数料に反映されてくるのだが、この手数料はそれほど頻繁に変更するわけにはいかない。したがって、例えばIMに対するCFの比率が18%程度と仮定して手数料水準を決めていた場合に、突然この比率が30%、40%と上昇してしまうと採算割れになってしまう。

これが変化するかどうかは当初証拠金モデル、清算基金モデルによって決まるのだが、マーケットが静かになって金利変動が少ない時期が長く続くと、ヒストリカルVaRが下がるため、当初証拠金が少なくなってしまうことが往々にしてある。これを避けるため、各CCPでは、当初証拠金や各種パラメーターにフロアを設けたり、過去の極端なストレスシナリオ、架空のシナリオ等を入れることによって、当初証拠金が大きく変化しないような仕組みを導入している。

最新のJSCCの当初証拠金はJSCCのホームページで開示されているが、想定元本に占めるIMの割合は、固定受けの30年で5.18%、固定払いで6.33%となっている。更なる金利低下より金利上昇幅の方が大きいというモデルになっているため、固定払いの方がIMが大きい。

JSCCでは過去5年間のヒストリカルデータに基づく、保有期間5日、信頼区間99%の期待ショートフォール方式を採っている。つまり損失分布上位1%の平均値が当初証拠金額となっており、これに直近の金利変動に重みをつけたり、過去の大きなストレスイベントを考慮したりして、若干の調整を行っている。クライアントのポジションに関しては、クローズアウトまでの日数がかかることから、保有期間を5日から7日に延ばすことにより、当初証拠金を増額している。

リーマン破綻時には、当初証拠金の約35%が費消され、清算基金に損失が食い込むことはなかった。しかし、その後韓国の取引所、NASDAQクリアリング等、清算基金が使われるデフォルトがいくつか発生し、このCF/IMのバランスについては、常に議論が行われている。モラルハザードを防ぎ、あくまでも自己責任原則を貫くためには、適切な当初証拠金の徴求が不可欠である。個々の参加者にとっては担保が増えるのは望ましくないのだが、全体を考えたバランスの取れた議論が必要だろう。

DVAとFBAの二重計上問題

DVAとFBAの二重計上についてよく質問される。FBAはFVAのうちFunding上のBenefitとなる部分であり、FCAがCostに当たる。

FVA = FBA + FCA

金融危機の頃までは、CVAとDVAしかチャージしておらず、その後にFVAをプライシングに含めたあたりから個人的にも混乱したのを覚えている。当然日本で取引をしている以上突然FVAを入れたころは、外資はほぼ無担保取引から撤退という雰囲気だった。特に信用スプレッドがワイドな銀行にとっては、一つのビジネスの終わりを示しているようにさえ思えた。

ただし、CVAとDVAだけだった頃からも、DVAの大きな取引についてかなり業界でも議論があった。DVAの大きなPayable取引を行うとそれだけで会計上の利益が出るため、それによって利益を計上したCVAデスクも多かった。ただし、自分のCDSを売ることができない以上DVAの利益を実現させることはできず(外資ではこれをマネタイズすると言っていた)、その利益を積み重ねるのが本当に企業価値を上げるかどうかという議論だ。

DVAが大きくなるとそのSensitivityも大きくなり、金利や為替のヘッジも頻繁に必要になる。おそらくどんなカウンターパーティーのCVAよりも、最も大きいリスクは自社のスプレッドということになってしまう。実はCVAトレーダーとして最もヘッジをしていたのはDVAに関するヘッジだったのかもしれない。

そうこうしているうちにFVAが登場し、DVAの代わりにFBAをチャージすると、こうしたPayable取引をため込むことがなくなった。FCAの大きな取引はほとんど不可能になったが、FBAの大きな取引のみは取引可能ということで、外資系が細々と取引を継続していた。

クレジットファンディング
デリバティブ資産CVAFCA
デリバティブ負債DVAFBA

当初はDVAをチャージせず、CVA+FBA+FCAをプライシングに入れるところが多かったと思う。そのうちFVAの最適なスプレッドは何かという議論につながっていった。また、FAS157/IFRS13によってDVAの会計計上が必要とされたため、DVAをFBAに置き換えることの是非も議論された。

DVAについては、自社のデフォルトリスクに関するものなので、CVAと同様CDSのスプレッドからカーブを構築するところが多い。FBAはクレジットではなくファンディングなので、自社の資金調達コストをベースにカーブを作る。しかし、会計上の出口価格という議論になると、業界平均のようなマーケット標準のスプレッドでFVAを計上するというところも増えてきた。

FVAについては、銀行がどのような手法によってプライシングをしているかが競合他社に漏れてしまうと、コンペにおいて不利になる。したがって、自らその手法を広く知らしめることはしないため、統一した手法がある訳でなく、今後も統一されるとは思えない。また、CVAトレーダーの現場のプライシングと、会計上のCVA、FVAの計上が異なる銀行も多い。管理会計と財務会計の乖離である。

一般的に主流になっている議論としては、FBA、クレジット部分(DVA)と純粋なマーケットレベルのファンディング部分(FBA*)からなるとするものがある。FBA*の計算に使われるスプレッドはLIBORだったり、先述の業界平均スプレッドだったりする。

FBAは全社レベルでFCAとオフセットすることができ、会社全体のファンディングに加えることもできる。通常デリバティブの含み益がある時は、それに社内の仕切りレートを掛けて日々トレーディングデスクからコストを徴求しているところもある。こうした銀行では、トレーダーとしてもFBAの大きな取引を増やすインセンティブが生まれ、FCAの大きい取引はその分をチャージしたくなる。XVAデスクで集中管理をしている場合は、この部分も含めて管理を行っており、トレーダーはこうしたコストを気にしなくてよくなる。

本来はこうしたファンディングを集中的に管理し、自社のバランスシートの最適化を図るのが望ましい。しかし、今度はこれに資本コストが加わってくる。FCAの大きな取引はバランスシートに乗るため、資本コストも高くなる。FBAの大きな取引が入ってくればFCAを減らすことができるので、この効果は大きい。したがって、CVA、FVA、資本コストをすべて管理する部門が必要であり、その部門が日々の取引に関与することによって適切なリソース管理を行う必要がある。

CVAと格付推移

CVAの計算においては、格付推移を考慮することが多い。最近では少なくなったが、格下げ時にCSAのThresholdを段階的に下げ、BBB-格を下回った時点でThresholdをゼロに、更に格下された場合に当初証拠金に相当するIA(Independent Amount)を入れるという契約は日本でも標準的に使われていた。CSAの他にもISDAマスターでATE(
Additional Termination Event)を設定しておき、格下げ時に解約をするという契約もある。

CSA上のThresholdを段階的に下げる契約では、格下げ後直ちにThreshold変更が行われるのが一般的だが、ATEの場合は解約する権利が発生するだけなので、すぐに解約しないことが多い。意図せざるタイミングで取引を解約すると、ヘッジが突然消滅したり、ヘッジ会計上が適用できなくなったり、期間収益や税金に影響が及んだりするためだ。その場合は担保拠出によって解約を回避するなどの交渉が始まる。

個人的には、ATEよりもThreshold変更の方がリスク管理上の効力は高いと思っている。例えばATE回避のために担保を出すといっても、CSAの交渉に一定の日数がかかってしまう。これを避けるために、格下げ時に担保を出すという取り決めをする際に、CSAを締結しておき、ThresholdをInfinityにしておく。そしてBB+格以下の場合にはThresholdをゼロと記載しておく。こうすれば、格下げ時に契約を一から交渉する必要はなく、直ちに担保徴求が可能になる。イメージとしては以下のような形になる。

RatingThresholdIndependent Amount
BBB – or aboveInfinityNot Applicable
BB+ or lowerZeroNot Applicable
B+ or lowerZero5% of Notional

また、高い格付の状態から一気にデフォルトするJump to Defaultと、徐々に格下げされて最終的にデフォルトするTransition to Defaultがある。リーマンブラザーズ証券のように、デフォルト直前までA格だっったような会社はJump to Defaultの一例と言えよう。通常は徐々に格下げが行われ、最終的にデフォルトに至るケースが多い。その場合には、デフォルト時にはZero Thresholdで十分な担保を受け取っている可能性があるため、デフォルト時の損失は極めて限定的となり、CVAも小さくなる。とは言え、リーマンのように格付が高いままデフォルトするケースもあるので、CVAがゼロとは言えない。

CSAのThreshold変更には一定の拘束力が認められるため、通常
のCVA計算において考慮すべきなので、格付推移のモデルが必要になる。格付機関は過去のデータから1年間の格付推移行列を公開しているので、行列×行列を何度か行うことによって、将来のデフォルト確率を導き出せる。しかしこれは過去のデータに基づくものであり、マーケットからImplyされるリスク中立確率とは異なる。修士論文でもお世話になったが、この整合性を取るためにはJarrow, Lando and Turnbull(1995)のマルコフ連鎖モデルなどいくつかの方法がある。いずれにしても、CVAの計算はモンテカルロシミュレーションで行われるので、これに格付推移を加えて実装するのはそう難しくはないだろう。

当然自社の格付推移も考慮してFVAの計算もする必要があるが、FVAやその他のVAまですべて組み込んだ完璧なモデルを必要とするほどデリバティブポートフォリオを持つ金融機関はそれほど多くないだろう。日本は海外に比べてリスク管理やQuantsに優秀な人材が集まるためか、知識レベルは高く複雑なモデルを作ることはできるのだが、それが実務にうまく活かせない例もみられる。最初から誰にも負けないモデルを作るよりも、まずは簡単なものから始めて、実務に合わせて徐々に高度化を進めていく方が望ましいだろう。

CVAの会計

デリバティブ取引は、公正価値会計が原則とされ、米国ではASC820等において、会計上の報告の要件が定められている。この価値評価に際しては、カウンターパーティー及び自社の信用リスクを反映させることが求められる。自社のリスクであるDVAの計上も求められるため、金融危機時には自社の信用力悪化によって大手米銀が利益を上げたことが話題となった。

欧州では2013年にIFRS13によって米国同様の公正価値評価が原則となり、米国同様CVAとDVAの双方の計上が求められるようになった。

日本においては、本年2021年4月以降の連結会計年度期首から「時価の算定に関する会計基準」が適用になった。IFRS13同様、カウンターパーティーリスクをデリバティブ時価に含める旨の記述がある。本文書の中ではどこにもCVA、DVAといった言葉が使われていないのでわかりにくいのだが、決められた要件のすべてを満たす場合には、「特定の取引相手先の信用リスクに関して金融資産および金融負債を相殺した後の正味の資産又は負債を基礎として、当該金融資産及び金融負債のグループを単位とした時価を算定することができる」と書かれている。

なぜか日本語にすると逆に難しくなってしまうのだが、要はISDAマスターの下で行われる取引について、ポートフォリオベースでCVA計算をうことができるという意味である。IFRS13号の定めを基本的にすべて取り入れることとしたと書かれているので、IFRS13を理解した方が早いかもしれない。その意味ではCVAのみならずDVAも考慮できるということになる。

もともとデリバティブ取引の時価評価に関しては、金融商品会計に関する実務指針が存在しており、割引現在価値によるスワップの時価評価に関して、割引に用いる利子率をリスク要因で補正するとされていた。293項の時価評価の留意事項には、自らの信用リスクを加味した時価算定を行うことが原則として必要であると書かれている。そして、相手先の信用リスクは、評価益の回収可能性に係るリスクであるため、時価の算定に加味することが望ましいとされていた。

その意味では、CVA、DVAはかなり前から会計上加味するべきということだったのだが、今回それがグループ単位の時価計算という表現によって、CVAの実務慣行と一致したということになる。税金上の損金算入も認められるため、今年の会計年度から何らかの変更がみられるようになるのか注目が集まる。

Mutual Putとは

カウンターパーティーリスク削減のため、スワップの中途解約条項(Break Clause、Mutual Put、Mandatory Break等と呼ばれる)が古くから使われてきた。Breakには一定の期日がきたら必ず解約されるMandatory Breakと、期日に解約権が発生するOptionalの二種類が存在している。例えば10年債発行までの半年間の金利リスクをヘッジするといった場合等には、これをMandatory Breakにするケースもあるが、ほとんどは両者にオプションを与えるOptional Breakである。Breakの権利は双方が持つことが多いが、銀行だけに行使権がある場合もある。解約の価格はミッドが多いが、行使する側がビッドオファーを払うExecisers Payも良く見られる。

ヘッジファンド向けが多かったが、例えば30年スワップの場合、10年目及びそれ以降毎年、スワップを解約できるオプションを付与するという条件が多かった。信用力が高いカウンターパーティーの場合は10年以降5年ごとという形で行使のタイミングが少なくなったりもした。しかし、特に金利スワップについては、CCPにおける清算集中が一般的になった今では、このBreak Clauseは意味をなさくなった。相対で取引された一瞬だけはBreak Clauseが生きているが、その後クリアされるとその条件が消えてしまうからである。

他にもCS/アルケゴスのペーパーに記述がみられたような、スワップをいつでも解約できる権利、当初証拠金を引き上げることができる権利など、様々な権利が契約上追加されることがある。CSの場合、こうした権利があるからと通常の証拠金を低く抑えていたが、結局これが損失を拡大させた。

しかし、Mandatory Breakや一定の指標をトリガーとする解約以外の解約権はほとんど意味がないというのが、リスク管理の世界ではよく言われることである。確かに相手が破綻寸前になった場合に行使されたケースはあるが、そうでない限り行使が極めて困難だからである。当然使われることのない権利なのでCVA計算に入れたり、PEやRWA計算上考慮したりするのは正しくないと思われるが、銀行によってはこうした効果を織り込んでいるところがあったようだ。スイスの当局がBreak Clauseを資本計算上の考慮を認めるという話も聞かれた。とは言え、いつでも解約ができるならそのオプション性をきちんと時価評価に入れるべきではないかという議論もあり、一般的にはMandatory Break以外は行使できないものとして処理をするのが正しいと思われる。

一方Mandatory Breakの場合は、先スタートの通貨スワップ等ではよく使われている。これは、5年先5年の通貨スワップ等を行うと、10年間スワップが存続するという前提でPEやRWA等の計算が行われてしまう。また、5年後と10年後に元本交換が発生してしまうが、通貨ベーシスの動きだけに注目するヘッジファンドなどは、大きな元本を決済するのを嫌う傾向がある。証拠金規制上は元本交換部分は当初証拠金の対象外ではあるが、通常銀行では為替リスクも加味して当初証拠金を徴求する。したがって、当初元本交換のある5年より少し前にMandatory Breakを入れておけば、お互いに好都合ということになる。この場合、PE計算やRWA計算上も5年より短いスワップとして扱うという整理が可能になる。

一時期、デリバティブの勝ちポジションを抱えること自体が大きなコストになってきたときに、この権利を行使することによってRWAの削減を行っているところがあると話題になった。XVAデスクでもMutual Putを行使してポートフォリオ最適化を図るべきということが、海外のXVA関連の書籍で紹介されていたが、個人的にはここまで自由に行使ができるものではなく、理論上の話の域を出ないと思っている。確かに巨額のIn the moneyポジションを解約すると、CVAがリリースされる上、Funding Charge、BaselのCapital Chargeから解放される。ただし、それが全体に広がることはなく、そのうち清算集中が進んでいったので、最近ではあまり聞かれなくなった。そのうちMandatory以外のMutual Putは下火になっていくのではないだろうか。

CCPベーシスとは

数年前からLCH/CME、LCH/JSCCのような清算集中機関であるCCPの間の金利差であるCCPベーシスについては、このブログでも何度も取り上げてきたが、ここでまとめておさらいしておく。

LCH/CMEベーシス

ドル金利スワップマーケットはディーラー中心のLCHとバイサイド中心のCMEに分かれていた。当初はCMEの方が当初証拠金(IM)が低く、先物と金利スワップのリスクオフセットを認めるクロスマージンが可能といった理由から投資家に選好されたが、このインバランスからLCHの金利とCMEの金利が異なるようになった。その裁定機会を捉えるため、バイサイドがLCHに参加したり、ディーラーがリスクの偏りを減らすためにSwaptionや清算集中規制対象外の取引を利用することによってその偏りを減らす努力がなされてきた。一部ベンダーもSwitch Tradeと称してCCPベーシス削減の提案を行っている。

バイサイドクライアントの参加率が高いCMEにおいては、クライアントは固定クーポンの社債のヘッジのため、固定払いの金利スワップを取引することが多い。つまりCMEで固定を払うため、ディーラーサイドはCMEからの固定受けが増える。ディーラー間でのヘッジはLCHで行われることが多いため、CMEから固定受け、LCHに固定払いのスワップが多くなる。この取引が溜まるとLCHとCME両方に当初証拠金の拠出が増え、担保拠出コストが高まる。これを解消するためにCMEでなら高いレートを払ってでも固定払いをしたいし、LCHなら低いレートでも受けたくなる。そして、CMEの金利がLCH金利より高くなり、CCPベーシスが生まれる。

これが拡大するにはいくつかの要因があるが、CMEでの受けニーズ、LCHでの払いニーズの拡大の他、ディーラーのファンディングコストの上昇、CCPのマージンの変化なども影響する。

2020年、LCHのクライアント向け当初証拠金の変更があったが、同時期にCCPベーシスが縮小したことがある。米国の場合は顧客もLCHでクリアできるので、もしかしたら、このIM増加を受けて、一部のクライアントがCMEにシフトさせたことがCCPベーシスに影響を及ぼしたのではと言われた。

LCH-JSCCベーシス

同様のベーシスは日本円についても起きている。日本においては邦銀のALMの受けが多い。したがって、必然的にJSCCに対する払いが多くなり、そのヘッジとしてLCHからの受けが多くなる。そして、日本特有の問題として、日本の市場参加者がLCHで円スワップを清算できず、米国の参加者がJSCCに参加できないという制約が加わる。

LCH-CMEベーシスと同様、このポジションが溜まってくると当初証拠金が増えるので、JSCCに対して払いたくない、LCHから受けたくないというインセンティブが働く。そしてJSCCへの払いにチャージをかけるトレーダーが増え、本来より低い金利でクォートされる。そしてJSCCの金利が低下し、LCHの金利が上がる。そして2018年1月頃にLCH-JSCCベーシスが急上昇した。その後は、CFTCから米国顧客がJSCCに参加するのを許容するような発言が出るたびにベーシスが縮小した。また、米国以外のヘッジファンド等がJSCCにクライアントクリアリングを通じて参加し始めたのも大きい。

ただしLCH-JSCCベーシスの場合は、必ずしも国内の受け手が多いから動くのではなく、海外投資家が大きな取引をする際にLCHサイドの金利が動いてベーシスが変動することも多いように思う。近年は、一時のようなアンバランスが少なくなり、ベーシスはゼロ近辺で落ち着いている。

米国顧客のJSCC参加については、2020年に一旦見送られた形なったが、その後もCFTCは前向きな発言を続けている。以下の二つの方法のうち、JSCCの場合は米国への影響が限定的という条件のもと②を適用しようというものだ。

①代替的コンプライアンスを利用したDCO登録:米国DCO登録は行うが、自国規制に従いつつ、米国FCMを通して米国人にクリアリングサービスを提供

②Exempt DCO:DCO登録をせずに、米国FCMではなく、国内のディーラーを通じて、自国の規制のもとで米国人にクリアリングサービスを提供

CCPベーシスが完全に消滅するとは思えないが、昨今の流れを見ていると2018年1月のようにベーシスが10bpを超えて拡大するようなことは起きにくくなるだろう。ベンダーが提供し始めた当初証拠金最適化サービスもベーシスの縮小に寄与するかもしれない。市場の流動性向上のためには、こうしたベーシスによる市場分断は極力存在しない方が望ましいので、昨今の動きは大いに歓迎したい。

G-SIBsとは

G-SIBsとはGlobal Systemically Important Banksの略で、「グローバルなシステム上重要な銀行」と訳される。ジーシブ、ジーシブズなどと発音される。世界経済の金融システム上の重要度が大きい銀行がG-SIBsとして認定され、追加の資本積み立てを求められる。なお、国内のシステム上重要な銀行はD-SIBs(Domestic Systemically Important Banks)と呼ばれる。

G-SIBsのリストは、FSB(金融安定理事会)が毎年公開するが、2020年版では、重要度の高いバケット5とバケット4に区分される銀行はゼロとなっている。このG-SIBsが実務上なぜ重要かというと、G-SIBsスコアが高くシステム上重要と見なされると、追加資本が要求されるからである。追加資本が必要になるということは、極力G-SIBsスコアを下げるインセンティブが働くため、スコアの上がりやすい取引に制限がかかり、市場流動性が逼迫する可能性があるということである。特にG-SIBsスコアの計算時点付近では銀行が取引を縮小するということが問題視されたこともあった。

2020年のG-SIBsスコアは以下の通りで、上位3社がスコア330点以上ということでバケット3に分類されている。追加の資本バッファは2.0%となる。バケット2は230点以上330点未満で、邦銀1行を含む8行が入っている。追加資本バッファは1.5%である。その下の230点未満はバケット1で追加資本バッファは1.0%である。230点、330点といった閾値を若干上回っている銀行には、スコアを下げてバケットを一つ下げようというインセンティブが働くためか、閾値をぎりぎり上回る銀行が少なくなる傾向がある。

https://www.financialresearch.gov/bank-systemic-risk-monitor/

G-SIBsスコアの変化を見るとここ数年の間に欧米行がスコアを下げている一方、日本と中国の銀行がスコアを上げている。これは、単純にこうした銀行のプレゼンスが大きくなっているという理由の他に、欧米銀行がスコアの削減努力を続けているのも大きいものと思われる。デリバティブ取引のコンプレッションにしても欧米の方が熱心である。JPM、HSBC、BNP、Barclays、Deutscheなどは軒並み1ランク下のバケットに下がっている。

https://www.financialresearch.gov/bank-systemic-risk-monitor/

2019年のデータではあるが、スコアの構成を見てみると、Sizeにおいて欧米行のスコア削減が目立つ。時系列に見ても、欧米行が横ばいを維持する中、日本と中国の銀行の規模スコアが急激に上昇している。

https://www.bis.org/bcbs/gsib/index.htm

もう一つ注意が必要なのは、このスコアは相対的なものということである。つまり自分がエクスポージャーを増やさなかったとしても、他行がリスク削減を進めれば、自らのスコアが相対的に上昇してしまうということである。欧米行がバランスシート削減を進めているために、日本や中国の銀行のスコアが上がってしまっているということもあるのかもしれない。

ただし、米国の場合はバーゼルのMethod 1に加えて、FEDのMethod 2による評価が加わる。そしてMethod 1と2の高い方のスコアが最終的に適用される。Method 1は相対指標であるのに対し、Method2は絶対指標である。つまり、すべての銀行が規模を増やせばMethod 1のスコアは一定であるのに対し、Method 2ではスコアが全員上昇してしまう。そして、このMethod 2のスコアは四半期末に計算されているが、追加資本の判定においては12月31日の値のみが使われるため、銀行が年末にバランスシートを縮小させるインセンティブにもつながっている。これを、これを一時点ではなく四半期の平均に変更するという検討も続けられている。

グローバルで重要な銀行などに認定されるのは、実は名誉なことでも何でもなく、リスクが高い銀行として資本の積み増しが求められることを考えると、このスコアを意識した経営も今後は重要になってくるだろう。

SLRとは

米系金融機関ではSLRという言葉で通っているが、日本語では補完的レバレッジ比率と訳される。金融危機時に、リスクベースの内部モデル方式のもとで、レバレッジを積み上げる金融機関が苦境に陥ったことから、バーゼルIIIでバックストップとしてレバレッジ比率規制が導入された。バーゼル基準では最低3%が求められていたが、米国SLRでは大手の銀行持株会社に対して5%、預金取扱銀行に対して6%の最低基準維持が求められている。

バックストップということなので、あくまでもリスクベースの自己資本比率がメインであり、モデルを変えることによって銀行がひそかにレバレッジを積み上げるのを防ぐために作られたはずなのだが、このSLRがビジネスを縛る最大の制約(Binding Constraints)になっていると批判する声が頻繁に聞かれた。リスクベースとは、簡単に言うと、国債のような低リスク資産とジャンク債のような高リスク資産の区別をするということである。レバレッジ比率はリスクに関係なく同じ扱いになるので、非リスクベースの指標とも言われる。

コロナショックを受けて2020年3月に、米国債と準備預金をレバレッジエクスポージャーから除外するという1年間の条件緩和が行われたが、この時限措置が延長されるるかどうかが、マーケットでかなりの注目を集めた。この時限措置は銀行の融資や国債保有に対するスタンスを変えたと評価されており、SLRがいかにビジネスの制約となっていたかということが証明された。結局この時限措置は延長されず終了したが、大手銀行はこれによってSLRが1%弱低下した。逆に言うと、ルールを若干変更することによって金融機関の行動や市場の流れを変えることができるということでもある。

日本においてもレバレッジ比率の計算から日銀準備預金が一時的に除外され、2021年3月には更に一年延長された。バーゼルの分析によると、日本と米国においては、この一時的条件緩和が銀行のレバレッジ比率を1%程度押し上げたとのことだ。バーゼルもレバレッジ比率規制が危機時にビジネス制約となることを認めており、一時的な条件緩和に一定の効果があったと評価している。

計算式はティア1資本をレバレッジエクスポージャー額で割ったものである。レバレッジエクスポージャーは、ローン、国債や社債、デリバティブやPFEのエクスポージャーから構成される。デリバティブやSFTに限って言うと、取引の時価がプラスであればそれがオンバランス項目に含まれるが、現金担保を受け取っていればその分がオフセットされる。ただし、JGBを担保に受け取っていたり、受け入れた担保を信託銀行等に分別管理しているとオフセットが認められない。将来的にプライスが悪くなることがあるので、これらの条件はCSA締結時に考慮しておかなければならない。プライシングと切り離して契約条件だけを有利なものにしようとすると後で不利になる。オフバランスのデリバティブPFEは想定元本に一定の掛け目を掛けたものとなる。

デリバティブのエクスポージャーはカレントエクスポージャーに倣って計算されるため、RC+PFEとなっているRCはReplacement Cost、つまり再構築コストとなり、取引の時価と同義になる。PFEはカレントエクスポージャー方式の計算と同様想定元本に一定の掛け目を掛けたものになる。掛け目はAdd-on Factorと呼ばれ、以下のように決められている。

IRSFX/GoldEquity金以外の貴金属その他コモディティ
1年未満0.0%1.0%6.0%7.0%10.0%
1年超5年未満0.5%5.0%8.0%7.0%12.0%
5年超1.5%7.5%10.0%8.0%15.0%

SLRの最低基準を満たすため、銀行は米国債の保有額を増やさないようにしていたが、コロナ禍の条件緩和後は一時的に米国債保有を増やした。しかし、一時的条件緩和の打ち切り後は、思ったほど米国債は売られず、逆に国債利回りは低下した。銀行サイドの準備ができていたことと、同時にアナウンスされたSLRのルール見直し着手に対する期待もあったようだ。

通常自己資本比率というと、銀行の財務部門等が集中的に管理することが多いが、このSLRは、現場のトレーダーですらある程度プライシング時に考慮を入れる指標になっており、それだけマーケットインパクトが大きい。SLRの見直しや条件緩和が大きな話題になることから、引き続き重要な指標の一つであり続けるだろう。

CCARとは

Comprehensive Capital Analysis and Reviewの略で、日本語では包括的資本分析およびレビューと訳される。通常シーカーと発音する。米国の大手銀行を対象としたストレステスト制度で、金融機関が深刻な経済ショックに対処するのに十分な資本を持っているか、資本計画に実効性があるかをレビューする。

連結総資産 500 億ドル以上の 銀行持ち株会社(BHC) を対象に、年 1 回実施されている。これで資本が不十分と評価されると、資本の積み増しが要求されるほか、資本計画が承認されないと、配当の支払いや自社株買いなどが制限されるので、各金融機関ともかなりのコストをかけて準備をしている。

CCARでは、規制当局が設定した3つのシナリオに基づいて、自己資本の充分性を検証することが求められる。シナリオは、毎年FRBが公表するBaseline、Adverse、Severely Adverseの3種である。これらのシナリオに加え、各銀行が独自に作成したシナリオに基づく収益、損失、引当金、自己資本比率の予測を含む分析結果をFRBに提出し、その結果は6月末までに公表される。

デリバティブポートフォリオの場合、極端にストレスのかかったSeverely Adverseシナリオと言うと、株価が大幅に下落し、金利、為替が急変動し、ボラティリティが急上昇するようなシナリオが想定されることが多い。しかし、このようなシナリオ下で本当に損失が出るのだろうか。特にマーケットメイクを主体とする証券会社では、リスクを一方向に傾けることは少なく、単にいつも株式や国債を抱えているわけではない。当然マーケットが急変すればヘッジ取引もする。通常オプションの買いポジションを持つことが多いオプショントレーダーなどは、市場変動が激しくなれば巨額の利益を出すことも多い。

デリバティブポジションのCCARの計算は、一定の基準日時点のポートフォリオをベースに行われる。通常10月とか11月に基準日が決められることが多いので、その基準日時点ではあまり大きなリスクを持ちたくないというインセンティブも働く。

そして、実際の取引に最も影響のあるのがカウンターパーティーデフォルトシナリオだろう。デリバティブポジションにレポや証券貸借のポジションを加え、最大の損失を発生させるカウンターパーティーの潜在的なデフォルト損失を報告しなければならない。この最大損失を発生させるカウンターパーティーは、ネッティング、担保を考慮した上で、基準日時点のマーケットショックを適用した場合の損失額によって決められる。

したがって、例えば10月18日に基準日が設定された場合は、10月18日にカウンターパーティーがデフォルトしたという前提で、10月18日のポジションにストレスをかけて損失額を計算する。当然一方向にポジションが偏ったカウンターパーティーが最大損失を発生させることが多く、生保などのリアルマネーやポジションの大きな銀行が入ってくる可能性が高い。一方向という意味では日本のカウンターパーティーが入る可能性もゼロとは言えない。

このシナリオは毎年変わる上、方向すら変わることがある。つまり、ある年は為替が円高方向に10%動くというシナリオだったものが、次の年には円安方向に20%動くというシナリオに変わることだってある。また、シナリオも金融機関で独自に設定するものもあるため、単にFRBのシナリオだけに対応すればよいという訳ではない。

したがって、金融危機時には円高になることが多いからと、円高時にエクスポージャーが大きくなるようなポジションを減らせばよいかというとそうでもなく、極力バランスの取れたポートフォリオを持っておく必要がある。おそらくアルケゴスのような偏ったポジションを持っている場合は、ここで最大のエクスポージャー先になる可能性が高く、その意味では、リスクの集中を避ける一つの規制上のツールということもできる。いくら有担保取引とは言え、あまりに偏ったポジションを一社に対して持つ抑止力になるということである。

ストレステストは単なる規制対策というよりは、このように日々のトレーディング業務に大きな影響を与え始めている。CCARを計算する専門部隊だけではなく、現場のトレーダーですら、CCARを気にしながら取引をする必要がある。

XVA Deskの役割ーCS/アルケゴスの教訓から

CSのレポートで、アルケゴス関連損失から学んだ教訓として、XVAについての言及が複数見られた。まずは、以下の部分に注目すると、RWAを減らすヘッジ取引を行うためにチャージをしているとある。これはKVAをチャージしているということを意味している。VMとIMを徴求しているのでCVAは少ないだろうが、資本コストを取引に乗せているということである。

We note that CS’s XVA group charges the businesses to hedge risk to counterparties in order to reduce the business’s RWA.

次に以下のコメントを見ていくと、CSはアルケゴスを参照するCDSを買っていたようだ。

CS also had an XVA group—a hybrid market and credit risk function that had purchased credit protection on Archegos (as well as a large number of other derivatives counterparties)—but its remit was limited.

そして、以下のように、2017年以降、KVAが四半期ごとにレビューされ、ヘッジされていたとある。

These hedges are put on and reviewed quarterly, and Archegos was part of this hedging exercise since 2017.

しかし、RWAヘッジのためのCDSは一銘柄約$20mmだったとある。2つのプログラムで$43mmのヘッジとなっている。

However, there was a limit (generally around $20 million) on the amount of credit default protection for any single counterparty involved in any one hedging program. During the relevant period, XVA had put in place hedges related to Archegos in two different hedging programs for a total of approximately $43 million in notional value.

つまり、変動証拠金と一定程度の当初証拠金を取っていたため、CVAの観点からはチャージをする必要がなかったが、RWAが膨らんだため、取引コストをチャージした上で、何らかの形でCDSを買ったようだ。アルケゴス社のCDSが市場でActiveに取引されていたとは思えないが、おそらく別の市場参加者と何らかのカスタマイズされたProtectionを組成したのだろう。

そしてこのヘッジコストを賄うため、取引価格に一定のチャージをしていたと思われるが、通常このようなチャージをすれば、プライスが悪いと文句を言われる可能性が高い。それでも最終的にCSに取引が集中していたということは、他社も同じようなチャージを掛けていたか、あまりにもCSの求める担保が少なかったため、ある程度のプライスの悪さには目を瞑ったということなのだろう。

XVAトレーダーの感覚からすると、通常チャージを増やしても取引が行われるというのは一つの危険信号である。そして相手の破綻確率を上げてチャージを徐々に増やしてみると、何となく他社対比のリスクがつかめる。このチャージからMarket Impliedのデフォルト確率を逆算することもできる。いずれにしても、従来の審査部、フロントリスクによる2線管理よりは、XVAデスクのスキルを利用すれば、更に危険信号を早めにキャッチすることが可能になる。

これに関しては、CSの調査委員会は以下のようにまとめており、XVAデスクの機能拡充と更なる関与が求められている。

Given the counterparty management expertise in CS’s existing XVA group, CS should increase the role that function plays to improve CS’s overall counterparty risk management.

各銀行ともこのCSのレポートを分析して、自分の組織に活かせないか詳細なレビューをしているものと思われる。おそらく今後のカウンターパーティーリスク管理においてはXVAデスクの役割が強調されていくことになるだろう。

Three Lines of Defenceとは

リスク管理態勢を語る時に必ず言われるのがThree Lines of Defenseである。2010年頃から各種ペーパーが出され、金融機関内部でも話題になり始めた。2010年9月に出されたGuidance on the 8th EU Company Lawや2013年1月のIIAのPosition Paperが有名だ。

日本語では3つの防衛線、3つのディフェンスライン、3線管理と言うことがあるが、簡単に言うと、現場、管理部門、監査部門の3つのラインによるリスク管理である。外資系だと、Front、Middle、Internal Auditと呼ばれる。日本ではFist LineとSecond Lineの中間の1.5線という言葉が使われることがある。

First Line: フロントの現場でセールス・トレーダーと緊密な連絡を取りながら、リアルタイムでリスク管理を行う。マーケットリスクやカウンターパーティーリスクを管理する担当と法的リスクを見る担当に分かれている。

Second Line:いわゆるミドルオフィス。審査部門、市場管理部門、法務コンプライアンスなど、フロントとは独立したラインでリスクを管理する。

Third Line:上記二つのラインの有効性について、独立した立場から監査を行う。

旧来日本では第一線という概念があまり意識されてこなかったので、最初にこの考え方に触れた時は少し戸惑ったが、スピードの速い金融リスク管理においては、現場と離れたところで静的な管理を行っていても効果がないため、デリバティブリスク管理では特に重要な機能である。逆にローンのリスク管理の場合は、法的リスクを除くと、こうした一線管理の必要性は少なくなる。

前述のペーパーによると、First LineはリスクをOwnし、Manageするところとされている。収益部門だからと言っても、顧客のデフォルトによって損失が発生したら、リスク管理部門の責任になるだけでなく、収益部門のヘッドの責任にもなる。したがって、2線にすべてを任せるのではなく、1線で常にリスクに目を光らせて置く必要がある。もう一つ1線ではリスクヘッジが可能である。審査部でCDSを買ってリスクヘッジをするという話はあまり聞かない。これは主にXVAデスクの範疇になり、XVAデスクは1線に位置している。

例えばあるヘッジファンドが巨額損失を出してポジションを解消し始めているらしいという情報は、まずはフロントのトレーダーだったり、セールスから入ってくる。そのポジション解消によってマーケットが動いているという動きは2線でつかむのは難しい。この情報は1線のリスクマネージャーに直ちに伝えられ、しばらく取引を制限したり、Novationのリクエストに目を光らせておくといった措置を取る。2線には、NAV情報等が集約されているので、この段階で1線のリスクマネージャーと2線(審査、信用リスク管理部)で議論が行われる。そして担保授受、資金決済等のモニタリングを強化し、突発事象に備えることとなる。そして、担保条件の見直し、当初証拠金の引き上げ、一部解約等を検討する。

バーゼルのペーパーでは、この3線管理が機能しない事例として以下の3つを挙げている。

1線のインセンティブメカニズムの機能不全

3線モデルで最も重要なのは1線であると言う専門家が多いが、リスク管理の目的は、会社に十分な収入と利益をもたらすというフロント部門の目的と相反する場合がある。クレディスイスのアルケゴスレポートで明らかになったように、収益をもたらしてくれる顧客に対しては1線のリスクマネージャーが強く出れず、担保条件の改善が遅れ巨額損失につながった。また、コスト削減によって適切な1線のリスクマネージャーが確保できなくなったというのも典型的な失敗例だろう。

2線の独立性欠如

2線は通常取締役会に形式上レポートしているものの、日々のリスク問題に関しては上級管理者にレポートしていることが多い。この上級管理者がリスクより収益を重視したり、フロントの立場が強くなってしまうとリスク制御が効かなくなる。

2線の知識・経験の欠如

複雑な商品の取引承認等で、2線のスキル不足からフロントに丸め込まれてしまうリスクである。報酬面の問題もあり、往々にしてフロント部門にこうした商品やマーケットの知識が豊富な人材が集まりやすい。フロントのトレーダーの疑わしいポジションが2線で見つけられないという事例も多発している。

内部監査部門による不十分で主観的なリスク評価

2線のスキル不足と同じ問題が3線にも当てはまる。知識と経験がないと的外れなところの分析ばかりを行うことになってしまう。過去の巨額損失事例を見ても3線が前もってリスクを指摘したり、それが損失を防いだという事例があまり見られない。

以上述べてきたリスクは主にポジションのリスクやカウンターパーティーリスクに関するものとなるが、他にもReputation Risk、Fraud Riskなどのコンプライアンスに関するリスクもある。市場操作のようなトレーダーの行動のモニタリングもこの範疇に入る。トレーディングフロアと遠いところで監視をするのは難しいので、フロントにリスク管理者を置いてモニタリングしようというのが、当初の目的だった。

しかし、金融危機以降の規制強化によって、金融機関運営があまりに保守的になってしまったため、ビジネスとリスク制御のバランスを取るために、フロントにリスク管理者を置くようになったという側面もあるかと思う。現場に近い人間をこのポジションにつけることにより、2線のスキル不足問題の解消を図れるという側面もある。また、金融規制があまりにも複雑になってしまったため、新商品開発、通常のトレーディングにおいても規制の知識が必要になってきた。ある程度ビジネスを進めるというインセンティブを持ちながら、円滑に取引が行われるような支援をするという意味で、法的知識を持った人材がフロントに増えている。

アルケゴス破綻に見られたようにこの3線管理が破綻すると、組織を揺るがすほどの損失が発生することがある。3線リスクがうまく機能しているかどうかは、常に確認していく必要がある。

アルケゴス破綻に学ぶリスク管理

Static Margin(固定された当初証拠金)

通常プライムブローカー顧客とは、リスク、ボラティリティ、集中リスク等を加味して柔軟に当初証拠金を変動させるDynamic Marginingが行われるのが一般的だが、Archegosに対しては、想定元本の20%のように、取引開始時に決められた固定金額を使っていた。OTCデリバティブでは、このような当初証拠金の設定方法はそれほど珍しい訳ではない。証拠金規制上はEquity Swapに関しては15%のマージンが標準となっているが、これもある意味Staticである。SIMMはある程度Dynamicと言えるが、現物株と一緒に担保管理をするプライムブローカーリスクには向かない。

2019年までは、デリバティブが中心と思われるSwap中心のPrime Financing Portfolioに対して15-25%、現物株中心のPrime Brokerage Portfilioに対しては15-18%の当初証拠金を取っていたということなので、極端に担保が少ないという訳ではなかった。ここでArchegosから、他の銀行は少ない担保で現物とデリバのオフセットを認めていると主張され7.5%への引き下げを認めてしまった。こうなるとStatic Marginは妥当ではないので、その段階でDynamic Marginに変えるべきだったのだろう。個人的にも経験があるが、ヘッジファンドというのは往々にして一つの銀行のマージン引き下げに成功すると、それを突破口にすべての担保を引き下げにくる。また、実際に引き下げていない段階でも、他社はもっと担保が少ないと虚偽の申告をするところすらある。

往々にしてこういう時は、後発組だったり、立場の弱い銀行が条件緩和に応じてしまい、Race to Bottomと言われる現象が起きる。一定の水準を超えた時にはこのマージンを引き上げる権利を契約上入れたとのことだが、顧客関係を考慮しがちなので、こうした契約は意味がない。逆にいつでもマージンの引き上げができるから安心といって、条件緩和を受け入れてしまう危険性があるので、実効性のないセーフティーネットは百害あって一利なしだと思う。そして所要担保の少ないCSにデリバティブ取引が集中してしまった。現物とヘッジがオフセットしなくなる時期でも、当初証拠金の水準が見直されることはなかった。Archegosサイドにも再三ミーティングを依頼してはいたようだが、いつも直前でキャンセルされたとある。いかにもありがちと言った感じだ。

与信枠問題

PEリミットやストレスロスリミットを超えていたにも拘らず、それに対処せず、リミットを上げ続けたのも大きな失敗だ。PEリミットが$2mmから$8mm、そして$20mmと上げられたが、2020年8月にはPEが$530mmになったと書かれており、こうなるともうリミットの意味はない。2021年1月に内部格付をBB-からB+に下げたにもかかわらず、PEリミットが$50mmに増やされている。2021年は年間$40mm程度の収益が見込まれたということなので、収益と顧客関係を重視してしすぎてしまったのだろうか。

ストレスエクスポージャーも$250mmの枠に対して、2020年7月には$828mmになったというから驚きだ。2021年1月の格下げ後にはこちらもなぜか$500mmにリミットが増えている。しかしストレスエクスポージャーが週に一回しか更新されないというのもお粗末だ。

ArchegosもオフセットするIndex Shortを加えたとあるが、ここまで少数の個別株をスーパーロングにして、QQQなどのETFをショートするのが完全にオフセットとは言えない。しかも2年スワップで7.5%の当初証拠金で新規取引を続けている。

通常ここまでの枠超過が許容されることはないはずだが、なるほどと思ったのがPEモデルの変更である。モデルが変更されPEが多めに出るため、信ぴょう性がないということでリミット超過が許容されてしまった。複雑なモデルを開発するのは良いが、それが簡単に説明できないと数字自体が信頼できなくなる。このような環境下では、リミット超過が許容されやすくなるので、直ちにモデルの改善が必要である。また複雑すぎて説明ができないモデルよりは、単純明快なモデルの方がリスク管理には適していると思う。

リスク管理の役割分担

現在のリスク管理はFirst Line of Difenceから始まりSecond、Thirdと階層を分けるが一般的になっている。まずはフロントのFirst Line、そして審査部、市場リスク管理部というSecond Lineがあるが、First Lineが最も難しい(ちなみにThird Lineは監査部門)。First Lineはフロントに位置しているので顧客ポジションをリアルタイムに把握でき、トレーディングにも近いので、経験のあるリスクマネージャーが担当すればかなりの効果を発揮する。

カウンターパーティーリスクについてはXVAデスクが管理をすることが多い。今回のようにセールスヘッドがRisk Headになるというのは極端な例だが、本当にリスクマネージャーにふさわしい人材がFirst Lineを担当しているかは疑わしいケースが散見される。ある程度シニアでなければならないし、リスクのみならず契約、資本規制、ポジション清算、担保管理などに精通していなければならない。やはり一番この分野で専門性を持っているのはCSのレポートにもあるようにXVAなのだろう。ちなみにXVAデスクは$43mmのヘッジ取引を行っていたようである。全体の損失に比べれば微々たるヘッジ効果しかなかったが、一応有担保取引ではありながらリスクは認識してヘッジ取引を行っていたようである。

さすがにここまでポジションが大きくなってくると、当然資本賦課にも跳ね返ってくる。ただし、RWA削減のためにポジションを減らすより、Entityの付け替えによってその場を凌いだのみであった。XVAデスクがKVAも含めてチャージをしていれば、もう少しリスクを抑えられたのではないだろうか。セールスも取引を抑えると言われれば抵抗するが、リスクが大きく資本コストがかかるので、チャージが必要と言われれば、断りにくくなる。

リスク文化

収益重視の文化というのはいつの時代でも問題になる。今回もPSRと言われるフロントのリスク部門は収益重視のあおりを受けて人員削減を余儀なくされており、経験のないリスク管理者ばかりとなっていた。そして、一部のシニアマネジメントがダブルハットといって複数の業務を掛け持ちしており、とてもリスク管理に集中できる環境にはなかったようだ。

やはりリスク感覚を持ったに人間がフロントのシニアなポジションにいるのは重要である。特に組織の上に行くのは、トレーディングで名を上げた人やセールスだったりする。外資系ではリスクの人がフロントのトップになることは少ない。トレーダーがトップになる場合はまだリスク感覚があるが、セールスが組織のヘッドになる場合は顧客関係を重視しがちになる。最近ではフロントにリスク部門を置くことが多いが、時節柄リーガルリスクがメインになることが多く、法的リスクにフォーカスが充てられていることが多い。フロントにリスク文化を根付かせるのは極めて重要であり、XVAデスクの役割も大きい。

Compliance Risk

レポートの中にはArchegosが過去に当局から制裁を受けていた点も詳述しているが、このリスクに対してはどこまでチェックをすべきだったのかは正直疑問である。過去に疑わしい取引をしたのは確かにRed Flagだが、一度問題があったら一生終わりというのも難しいし、結局数多くのディーラーとも取引を継続していた。当然一定の精査は必要だが、結局はそのリスクをどう管理するかが重要で、本件の場合は、ポジション集中に応じてきちんと担保を取っていくプロセスだったと思う。