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某米系外資系投資銀行にて長年規制・市場動向を追っています。

2022年3月のLMEショック

3月のニッケルの価格暴騰時の取引キャンセルを巡って、ElliotとJane StreetのLMEに対する訴訟に関連してLME側の反論が出ている。今後も語り継がれるであろうRisk Incidentの一つなので経緯を確認してみる。

まずLME側の主張のメインは、もしキャンセルをしていなければそれまでの最大のマージンコールの10倍の$20bnのマージンコールが発生し、多くのデフォルトを誘発していただろうという点である。つまり連鎖倒産が発生すればLME自体にも破綻の危機があったということである。LMEの損失は$2.6bnになっていたとのことで、生存参加者に対しても最低$1.22bnの清算基金の拠出が求められていたとのことである。若干誇張はあるのかもしれないが、確かに、24時間のうちに価格が250%も上昇したため、さもありなんという数字ではある。

最も大きな変動があった3/8の前日も価格が66%上昇し、既に翌日9時のマージンコール期限には3社がマージンコールに応えられず、その他1社もペンディングとなっていたとのことである。3/7の午前中には合計$7bn、9回の日中証拠金を求めていたが、これ以上は無理と判断し、午後からは追証をストップしている。

そして、3/8の朝5:53には既に合計$2bn、6社の証拠金が滞っていることが確認された。そして、更に7社から証拠金が払えないという連絡を受けていた。これも受けて朝7時半の段階でマージンコールをストップするという決断を下している。

この一連の顛末は、コモディティ商品のCCPの脆弱さを物語っている。一般的に、財務の健全性に劣る小規模参加者が多く、規制が厳しくマージンコールなどの処理に慣れている大規模金融機関が中心の、金利スワップCCPなどとは大きく異なっている。概してコモディティ商品のCCPの場合は、証拠金を下げてほしいという要望の方が強くなりがちであり、リスク管理を強化すべきという大手金融機関の意見が少数意見になりがちである。

こうした小規模参加者は、当然LMEから離れ、マージンの少ない相対取引に移行している。米国債のクリアリングでも最近議論され始めたが、CCPがすべての商品に対する特効薬という訳ではないという主張の根拠の一つでもある。

もう一つ、今回の価格変動のきっかけとなったと言われているTsingshanのOTCのポジションについてはLMEは把握していなかったと述べられている。だた、その後の報道を見ていると、コモディティ業界で、これを知らなかった人はいないだろうとまで言われているので、おそらく何となくはわかっていたものの、詳細なポジションまでは把握していなかったという当たり前の見解を表明しただけなのだろう。

いずれにしても、コモディティ商品のCCPについては、今後も活発な議論が必要になろう。禁じ手ではあるもののサーキットブレーカー制度を拡充したような、何らかの価格統制が必要になるのかもしれない。

価格は統制できるのか

欧州の天然ガス価格の乱高下により巨額のマージンコールが多発し、新規取引も困難となっているが、これを受けて、欧州委員会ではあらゆる策を講じようと日々議論が続けられている。

欧州天然ガスのメインの指標はTTFだが、この価格の動きに前月対比で上限を設けようというのが主な案だ。上限や期間は当局が状況に応じて変更できるようになっているようだが、当然現場からは反対意見が多い。一日だけ上限を設けて次の日にそれを解除する方法だと変動が激しいので、一旦発動したら2週間程度はその上限が適用されるという案のようだ。

それ以外にもTTF以外の新指標を作成しようという案も出ている。こちらもある程度価格統制のされた指標のようだ。

いずれにしてもあまりのマージンに耐えかねて多くの市場参加者が取引所取引から相対のOTC取引に移っているのが問題だ。欧州エネルギー取引所の担当者からもこの点が最大の懸念として挙げられている。市場変動が激しいのだからマージンを上げるべきというのも当然なのだが、それが限度を超えるとマージンのない取引に移っていくというのも自然な流れである。

たとえばドル円の場合は150円までの円安が進行し、かなりの変動があったが、介入によってそれ以上の変動が抑えられた。これもある意味一つの価格統制なのだろうが、今のところ効果があったように見える。日銀の利益も相当額に上っていることだろう。当然複数の国がからむので調整は難しいが、欧州ガス価格も、ガス代補助を出すのと、介入によって価格を抑えるのとどちらが良いのかという検討をしても良いかもしれない。

レバレッジ比率規制がついに見直し?

確定情報ではないものの、SLR規制緩和の話が市場で聞かれ始めている。米国のSLRは基本的に5%を満たさなければならないが、これをバーぜると同じ3%にG-SIBサーチャージの半分を足したものになるという話だ。こうなるとG-SIBサーチャージの重要性がさらに増すことになる。

G-SIBスコアの大きいJPMなどはこの変更の恩恵を受けず最低基準が5%のままとなる見込みだ。そしてCitiが4.75%、GSとMSが4.5%、BoAが4.25%と続く。WellsとBNYは3.75%、State Street は3.5%にまで下がる。現状5%を超えている中でこの変更があれば、そこその影響があるように思う。

そもそもレバレッジ比率規制は、金融危機後に追加された規制の中でもっとも問題の大きいものだったと思う。ここでも何度も述べたが、単なるバックストップとしてなら意味があるのだろうが、これが最大の制約となってしまったため、国債すら保有することをためらうようになり、国債のレポ取引にも制限がかかった。年限の違う国債の裁定取引も難しくなり、マーケットの歪みが放置されるようになり、国債の流動性にも影響が及んだ。日本では、通貨スワップのレバレッジエクスポージャーが大きいため、通貨ベーシスにも影響が及んだ。特に国債を担保に入れいてる取引先の場合は、担保とデリバティブ取引のエクスポージャーがSLRの計算上相殺できなかったため、日本でも大きな問題となった。

当初から問題を指摘する声は多かったが、規制緩和という主張をするとマスコミから、銀行の圧力に屈したという報道がなされ、いつも振出しに戻ってしまっていた。今回はあまりそういった声は聞かれないので、ようやくまともな見直しの議論ができる機運が高まっているように思う。

今回報道された変更だと、G-SIBサーチャージが重要となるため、ますますこの削減努力に拍車がかかることになるものと思われる。最近では日本や中国の銀行が軒並みG-SIBスコアを上げてきているが、日本の金融機関も海外勢並みにスコアの削減努力をした方が良いように思う。

ESGを巡る混乱

一時期は環境に優しいと言うだけで注目を集めたが、当局のグリーンウォッシュに対する懸念から規制が強化され、今は金融機関ではESGというだけで腫れもの扱いになっている。特に昨年施行された欧州のSFDR(Sustainable Finance Disclosure Regulation)はかなり厳格な基準になっている。ここでArticle8に分類されるのかArticle9なのかによってもかなり異なっている。しかもこの基準達成にはデリバティブのエクスポージャーが考慮されていない。これがESG関連のデリバティブ取引の妨げになっている。

そもそも投資家を欺くような過度のDisclosureをするところがあったのが問題だったのだが、これを過度に取り締まろうとするため、ESG関連商品を設計しようというインセンティブが特に金融機関サイドになくなりつつあるような気がする。逆にGreenと名の付くものは懇プライアインスプロセスがあまりにも厳しく、規制要件を満たすコストも高いことから、逆にESGと名の付くものを避けようという機運すらあるようだ。実際ESGと謳ったといっても、一時期のように投資家が飛びつくことも少なくなっており、後からグリーンウォッシュ懸念などが持ち上がると、今度はリスクしかない。

世間一般ではどういう雰囲気なのかはわからないが、少なくとも金融業界においては、若干極端な意見ではあるものの、ESGというとビットコインと同じような手を出していけない危険なものという人が多くなってきているように思う。

担保を増やし続けるのが金融の安定につながるか

市場変動が激しくなってきたので、当初証拠金を増やそうという動きがあちこちで見られる。CCPから始まり、各銀行でも証拠金を増やすところが多くなっていることだろう。過去の市場変動をベースにマージンを決めるのが一般的なので、一たび大きな市場変動が起きるとマージンが自動的に上がっていく。銀行のストレステストもこれまでは100bpくらいの金利変動を想定していたところが、これを200bpに上げるといったことが起きている。

清算集中規制がある商品の場合は無理だが、義務がない商品については、CCPではなく担保条件の緩い相対取引に移行するところも増えてきている。あるいは担保コストが大きくなり過ぎたのでヘッジそのものを減らすことを検討しているところすらある。

11/16にSECのゲンスラー氏もレポのヘアカットが低すぎるという指摘があった。特にヘッジファンド向けに、銀行が十分な担保なしにファナンスを提供しているのは、システミックリスクを招くという主張だ。確かに誰が決めたか米国債レポのヘアカットは常に2%が標準だった。ヘアカットは通常2週間の99%VaRなどを基準に決めるので、昨今の市場変動を考えると2%では不十分だろう。しかし、このままマージンを増やし続けると、例えばオンザラン、オフザランのような細かな裁定取引が不可能になり、マーケットの歪みが残ったままになってしまう。

日銀の適格担保要領をみると、現状10年国債は3%、30年は6%なので、少しはましになっているが、米国債に比べたボラティリティからすると似たようなものかもしれない。

当局やリスク管理者としては、当然マージンは大きければ大きいほど良いのだが、若干行き過ぎになっているような気もする。しかも一度戦争等によって市場変動が激しくなれば、それが基準となってマージンが長期間にわたって上昇してしまう。

例えば金利が乱高下したGBPスワップについては、特に固定受けについてマージンが65%増加したとClarusの分析にある。LCHが過去の市場変動のうち、トップ6の動きを考慮してマージンを決めるのでこのようなことが起きる。しかも今回は金利が急上昇した日が多かったことから、固定受けの金利スワップの方がマージンが増えている。つまり固定受け金利スワップのコストが固定払いをより上がっているということだ。

このようにある特殊なマーケット変動が起きるたびにマージンモデルが不規則な動きを見せることが本当に市場の安定につながるかはよくわからない。金利が200bp動いたらどうするんだというリスク管理者の意見によって、取引を絞ったり、マージンを極度に上げることが市場の安定化につながるのだろうか。

幸い日本円金利については、日銀のおかげで金利変動が少なく、日本円についてのみマージンが少ないという状況になっている。誰も指摘しないが、日本円金利スワップのヘッジコスト低下に、YCCが大きく貢献している。CCARなどのストレステスト上も当然日本円金利のシナリオは、他通貨に比べてかなりマイルドである。安定を求める日本の文化がここではプラスに働いている。

おそらく担保資金決済のデジタル化、短期化、Multilateral Nettingなどによって、マージンを減らす努力をしていかないと、様々なところで歪みが出てくるだろう。

ターム物RFRへのシフトにストップがかかっている

トヨタのオートローン証券化がデリバティブ業界で大きな話題になっている。もともとARRCのベストプラクティスでは、ターム物SOFRの利用は、ターム物を参照する資産をヘッジするときにのみ限定的に使われるべきとの立場を崩していない。そして、オートローンが固定金利なのになぜTerm SOFRを使うのかという疑問が呈された。

業界では、SOFRの流動性が格段に上がってきたことから、そろそろターム物の利用を拡げても良いのではないかという期待があったのだと思われる。ARRCからも、正式にTerm SOFRを認めるというアナウンスが昨年夏にあったため、市場参加者の間でも油断があったのかもしれない。ARRCの11月9日の議事録によると「The ARRC expressed concern about some recent trends, such as securitizations using Term SOFR when they did not have underlying Term SOFR assets.」と結構強めに書かれている。今回ターム物を巡る業界のの期待が完全に覆されたので、しばらくは、トヨタのケースのようなTerm物の利用は控えられることになると思われる。早速別の会社がABSの証券化でターム物の利用を断念している。

ローンのフォールバックがターム物だったことから、日本ではターム物に対するアレルギーは少なく、TORF参照の仕組債なども少しずつ取引されているようだが、米国ではTerm SOFRを大々的に使うのはまだ難しいようだ。流動性が米国に遠く及ぼないが、ターム物の利用を推奨するコメントが出る日本とは大きく状況が異なる。

当初は、LIBORのような前決め金利にあまりにも慣れていたため、前決めのタームRFRを使いたいというニーズが高かったのだが、実際にやってみると、特に海外では後決めでも何とかなるということが明らかになっている。

日本でも支払いを若干遅らせれば後決めでも何とかなるのではないかという気もする。いずれにしても、日本については、流動性がない中金利指標が多く、ベーシスリスクも多い。TONA、TIBOR(しかも統合するまではDとZ)、TORF、TONA先物といった金利指標の他、JSCC金利とLCH金利、TIBOR6/3といったベーシスリスクがある。ニーズがあれば何とかそれにカスタマイズして応えようという日本文化の象徴なのだろうか。

市場への影響を無視した政策は破綻する

FRTBについてはその実施時期についても足並みをそろえるよう業界から要望が出されているが、内容についても若干の違いがあり、それが不公平感を招いている。いつものことではあるが、規制の国際協調は難しいのだろうか。かなり現場に影響が出るので本来であれば、スポーツのルールのように共通の基準があるのが望ましい。

昨今のマーケット変動によって、各行のCVA損失が大きくなっている。同時に銀行のCDSや社債スプレッドも変動しているのでFVAのインパクトも大きい。その意味ではFRTBによってマーケットヘッジがRWA削減につながるようになることは非常に望ましいことである。したがって、SA-CVAを目指している銀行にとっては、ダイナミックにマーケットリスクをヘッジしていくXVAトレーダーが必要となる。

欧州でもCVAのマーケットヘッジに対してはRWA削減効果を認めているが、米国やカナダのようにFVAのヘッジに対してはこれが認められておらず、ヘッジをするとそれが単なるUnhedged Positionとして市場リスク資本が賦課される。つまり資本規制上は何もヘッジしない方が良いということになる。DVAを当期純利益から外してOCI(その他の包括的利益)に移すところも多くなってきたことから、負債サイドのヘッジは必要ないという議論もあるだろうが、FVAの場合は収益変動容易になるのである程度ヘッジしているところが多いのではないか。

やはりこうなると、FVAもBelow the lineに落としてヘッジしないという方向になるのだろうか。しかし、会計によって実際のヘッジ行動が大きく変わってマーケットインパクトが大きくなるので、会計はつくづく重要だ。

先月も台湾の生保が資産と負債のミスマッチによって規制で定めた最低比率を満たせなくなり、当局が会計計上手法の変更を認めた。これによって資産サイドの評価額が上がったためヘッジフローが市場で増えた。経済的なリスクは変わらないのに、会計計上の仕方によってヘッジの需要が生まれる典型例である。

どうもあまりこうした変更が市場の影響を考えることなく行われているのが気になる。突き詰めれば英国トラス政権の財政刺激策も市場への影響を見誤ったため起きたことだと思う。国際紛争が起きる時は、ロシアのケースのように天然ガス価格に対するインパクトも考えなければならない。車のEVシフトが進む中、LMEのニッケル価格動向がどうなるかも重要である。これをヘッジしようにもマージンコールに対する現金を準備しておかなければならない。そういう意味では会計や政治の世界でも、マーケット感覚が重要になってきているように思う。

コモディティはCCPで取引すべきか?

EU当局がエネルギー関連商品の集中清算についてペーパーを出している。ロシアのウクライナ侵攻に際してコモディティ価格が急騰したことにより、巨額のマージンコールがかかり市場の安定性が危険にさらされたことが契機となって、様々な議論が行われている。

エネルギー関連会社のマージンを別管理したり、エネルギー商品の清算基金を分別したり、エネルギー関連会社が直接CCPに参加することを制限したりといったアイデアが出ている。

ドラスティックな意見とは承知しているが、ここまでくると個人的には、コモディティ取引はCCPで清算すべきではないように思う。LMEのニッケルや、オランダTTFなど、誰もが予想しなかった市場の急騰に備えてマージンを確保するのは不可能である。CCPとしては、当初証拠金モデルを変更してより保守的な当初証拠金(IM)にしたいだろうが、あまりにIMの負担が増えてくると、そもそもヘッジをすべきかどうかという問題になる。そこまでの負担があるのなら、ヘッジしなくても同じ、またはヘッジ量を減らした方が経済合理性があるという議論だ。またCCPで取引せずに相対で取引すればよいということになる。

エネルギー関連会社を直接参加者から外して、銀行経由にするというアイデアについては、おそらく銀行が合意しないだろう。そこまでのリスクを取って顧客にクリアリングビジネスを提供するインセンティブは、昨今の規制強化によってなくなりつつある。銀行内部のリスク管理上もCCPに対するリスクについては注視しなければならなくなっている。別途EUでは銀行の資本強化のニュースも出ているが、リスクを抱える上に資本コストが上がっているので、普通に考えれば、クライアントクリアリングサービスからは撤退した方が良い。

全ての商品をCCPで清算して、カウンターパーティーリスクを完全に無くすのは無理なのではないかと思う。金利スワップ、レポ取引などクリアリングが馴染むビジネスもあるが、コモディティは非常に難しいというのが個人的な感想だ。ではどうすればよいかというと、昨日書いた米国債クリアリングの記事と同じように、決済や、取引のブッキング、時価評価などはクリアリングと同じように行い、債務負担だけはしないという方法だ。CCPが債務を保証しないので、マージンは当事者同士で決める。大手の参加者はSIMMを使っておけばよい。マージンが足りなければ損失を被るが、CCPの清算基金が使われるわけではなく、CCP破綻もあり得ない。

金利スワップやCDSにおいてはリーマンのような巨大金融機関破綻時のシステミックリスクを避けるためにCCPが重要な役割を果たしているが、コモディティについては、巨大銀行が原因で市場が混乱する可能性は低く、エネルギー関連会社の破綻に止まるはずだ。これを金融業界全体で支えようという考え方自体に無理があるように思う。現に高いマージンを避けるために、CCPから取引を銀行との相対取引に移す動きがみられている。マージンのコストが高くなりすぎたり、エネルギー関連会社を直接参加者から排除すれば、この動きが加速するだけだと思う。かといって金利スワップのように清算集中義務をかけるのも現実的ではない。

基本的には集中清算支持派だったが、最近の混乱をみると、何でもかんでもクリアリングというのは正しい方向性ではないように思うようになってきた。ただし、こんな意見はほとんど聞かれないので、当局サイドとしてはあくまでもクリアリングの頑健性を高めようという方向に動くのだろう。そしてほとんどのエネルギー関連会社がCCPを使わなくなった時に初めて、このような議論が盛り上がることになるのかもしれない。

米国債取引のクリアリングに意味はあるか

米国債を中央清算機関経由で行うというプランが出され、議論が巻き起こっている。このブログでも何度か書いてきた通り、コロナ前とコロナの最中に米国債マーケットが混乱した。SLRなどの規制により銀行のリスクテイク能力が低下し、市場機能が混乱したためだ。これを防ぐためにコロナショックの最中に米国債をSLRの計算から外すという一時的免除が行われたが、これはあくまでも一時的なもので延長はされていない。

一時的免除が切れた際には、クリアリングを含めた米国債マーケットの市場改革が行われることが同時にアナウンスされたが、ようやくそれが形になって表に出てきている。確かにクリアリングをすればSLRによる足かせがなくなるが、今度はマージンやクリアリングフィーなどの追加コストがかかる。金利スワップの場合は、カウンターパーティーリスク削減効果と規制資本削減効果がコストを上回ったが、そもそもカウンターパーティーリスクのない米国債のキャッシュ取引に対してそれほどのメリットがあるかどうかが焦点になっている。

同じく米国債でも、レポ取引の場合はカウンターパーティーリスク削減が可能になるため、ネッティング効果も相まってメリットがあるだろうが、現物取引のクリアリングには反対意見も多く聞かれる。来週NY Fedがこの件に関してカンファレンスを行うが、議論の行方が注目される。

そもそもなぜクリアリングが望ましいのかおさらいすると、ある銀行が、Aさんに国債を100億円売ってBさんから100億円買うと、それぞれ100億円の金銭の支払いが発生する。これをクリアリングすると、双方が対CCPとの取引になるので、資金移動が発生しない。CCPがBさんから受け取った国債をAさんに渡し、その対価として資金をやり取りすれば良い。銀行としてはAさんのリスクもBさんのリスクも負わない形になる。

スワップやレポでは、このカウンターパーティーリスクが消えるという点が非常に重要であった。しかし、国債の売買の場合はカウンターパーティーリスクがほぼ発生しないので、債務負担をせずにCCPが単にオペレーションだけを行えばよいのではないだろうか。ネッティング効果は得られるし、オペレーショナルリスクも減る。決済を保証するわけではないので、かかるコストも少なくなる。とういことで個人的には、レポやCCPによる債務負担、国債の現物は仲介だけを行い債務負担はしないというのが最も望ましいスキームのように思える。LCHのSwapAgentを米国債に適用するようなイメージだ。

当然決済リスクを減らすための方策は必要だが、同時決済等の仕組みを使えば何らかの手当が可能なのではないだろうか。SLR上の削減にはつながらないが、フルのクリアリングを行うと、SLR削減の効果を上回るコストが発生してしまうように思う。

NY FEDの分析では、CCPを通じて決済すれば2020年3月の市場混乱期にグロスの決済額が60%削減できていただろうと報告している。確かに市場参加者全員がCCPを使えばこれが可能になるのだろうが、コスト増を嫌う参加者も多いことから、清算集中義務でも課さない限りはここまでの削減は難しいと思う。であれば、債務負担なしの仲介でも同じ削減ができるのではないだろうか。

UK LDIショックが与えた影響

トラス首相を45日で退陣に追い込んだ市場変動が、カウンターパーティーリスク管理に影を落としている。英国債であるGiltが3日間で1.5%上昇し、多くのマージンコールで問題が生じた。これを機に、各銀行ではストレステストの変動幅を広げているのではないかと推測される。そして、海外では英国の次は日本だという意見が支配的となっている。日本にいる身としてはばかげた話のように思えるが、グローバルヘッジファンドや銀行トップが本気で気にしているようなので、日本のリスク管理者は説明に追われていることだろう。

2000年以降30年のUK Giltの一週間の最大変動幅は、下方向が50bp、上方向が65bp程度だった。これが一気に95bp、140bpに広がった。どんなに激しいストレステストでも100bpは想定していなかったのだが、これが一気に起きてしまったため、200bp以上のストレスをかけるようになったところが多いものと推測される。そうすると日本も100bpの金利上昇に備えるべきということになるのだろうか。

英国ではLDI問題が発生し、日本でも同じことが起きないかという疑問が出てくるのも不思議ではない。LDIはLiability Driven Investmentの略で債務連動型運用などと訳される。各基金ごとに将来の年金支払額の見込みを作り、それに運用収入が見合うように債券やデリバティブによって運用し、インフレや金利変動に備える。将来の支払いを約束している確定給付型の年金基金で用いられることが多い。

英国ではLBIMやBlackrockといったアセットマネージャーが保険会社や年金基金のために運用を行うことが多い。デリバティブを行う際は、ファンドがカウンターパーティーとなるが、アセマネがOrder Placerとして運用指図を行う。銀行の請求権は責任財産限定のような形でファンドの資産に限定され、裏の保険会社やアセマネ等には請求ができない形を取ることが多い。

今回のマージンコールで問題となったのは、LDIが通常レバレッジを掛けているからである。例えばファンドの資産が100億円のばあいに、300億円の負債をもつような場合は3倍レバレッジとなる。概ね3倍のレバレッジで、最大5倍などと決められているケースが多いものと思われる。例えば2倍レバレッジをかけていたときに、金利が上昇して担保である英国債の価格が半分になってしまい、デリバティブ取引でも元本の半額の損失が発生すると破綻する。

デリバティブ取引で損失が出るとその分のマージンコールがかかるが、レバレッジをかけていなければ、ファンドの資産から担保を出すことができる。ただし、十分な現金を持っていない場合は英国債を売却して資金を捻出する必要があり、これが更に英国債の混乱を加速させる。こうしたことから、デリバティブ取引のCSAの適格担保に英国債を含めてほしいという依頼が相次いだと報道されていた。現金のみのCSAに国債を加えると、プライシングが変わってしまうため、多くの交渉においては、短期間だけの時限措置としていたところが多いのではないかと思われる。その他レポ契約を締結して英国債を現金に変換して担保を拠出するという方法もある。

LDIショックの前までは各ファンドともマージンコールに備えて現金をバッファとして持っていたはずだが、さすがに150bpもの金利上昇に備えていたところは少なかったと思われる。一度このようなことが起きてしまった以上、現金のバッファを積み増すか、レバレッジを下げる必要性が生じてしまっているものと思われる。これは、ひいては年金基金のリターンに影響する。やはり急激なマーケット変動は百害あって一利なしだ。これが日本の当局が急激な市場変動に対して介入する最大の理由ではないだろうか。

為替介入は無意味という意見がネット上では踊っているが、当局サイドは為替水準を円高に持っていくとは言っておらず、単に投機的な動きを封じ込めているだけである。いつ何時介入が入るかわからない現状においては、トレーダーも大きな円売りポジションを持つことが難しいと思われるので、今回の介入には意外と効果があるのではないか。金利の動きにしても急速に動いた時に何か手を打っているように見える。一たび大きな市場変動が起きると各銀行のVaRモデルやストレステストが一気に更新されるので、全体としてコスト高になってしまう。したがって、実は日本はこの辺りの制御が非常にうまくいっているように思える。

2025年の米国Basel III施行開始に向けた動き

予想通り、米国当局高官からFRTBを含むBasel IIIの施行開始前に準備をすべきというコメントが出てきた。2025年1月から適用開始ということで、まだまだ先のことという印象が漂う中、遅くとも来年の第一四半期までには最初のドラフトができてなければならないというコメントだ。

いつものことなのでそれほど驚きではないのだが、2025年1月に適用開始ということは1年前の2024年1月には準備が整っていなければならず、新方式での計算もパラレルで始めなければならない。そうするとそれまでにモデル等が出来上がっている必要があり、当局承認もほぼ最終段階に近いところまで行っていなければならない。2024年1月に間に合わせるためにはその1年前くらいには作業を開始していなければならないが、そうすると来月とか再来月にはプロジェクトが立ち上がっているという計算になる。

欧州も同じタイミングで動き出すだろうし、日本のタイミングはそれより若干早くなる可能性もある。Basel IIIと言い始めてから随分と時間が経つが、来年は現場を巻き込んでBasel III対応が本格化しそうだ。

FRTBの内部モデル方式にメリットはあるか

シンガポールのUOBがFRTBにおいてIMA(内部モデル方式)を採用すると公表している。これまで内部モデルを使っていなかった銀行だったため、意外感がある。特にすべての商品についてIMAを採用するというのは驚きだ。米系はおそらく商品ごとのIMA採用比率が高いものと予想しているが、欧州や日本では一部の利用に止まると見られていたからだ。

懸念されたデータ収集についても、リスク管理の高度化のため努力を続けてきたとのことである。シンガポールの大手銀行と共同でデータ収集をしているのも大きい。

IMA採用による市場リスク資本の削減は、それほど大きくなく、信用リスク資本、オペレーショナルリスク資本の削減ほどのインパクトはないとのことだが、この発言にも若干違和感がある。個人的にはFRTBの標準法を使うとかなりのRWA上昇につながると考えている。72.5%の資本フロアがあるのは確かだが、FRTBの標準法はかなりPunitiveなものになると思っている。

金利リスクについてはIMAを使ってもRWA削減にはあまりつながらないが、為替リスクについては大きな差が出るというコメントも出ているが、これも意外だった。為替リスクは標準法で、金利リスクがIMAを使う方が良いかと思っていたからだ。

2024年から2025年にFRTBが適用開始になる国が多いことを考えると当局承認は来年くらいから取り始めなければならない。来年はFRTBに関する報道が多くなってくるものと予想される。

アジア通貨のヘッジ取引増加に向けて

BISのレポートで為替取引の増加を見ていると、CNYを筆頭にEM通貨の取引量が増えている。特に直近は、ドル金利の上昇に起因する金利差の関係で、フォワードポイントが稼げるので、ヘッジコストが安くなっているというのもあるだろう。ヘッジコストの低下を受け、事業会社がヘッジ比率を上げているという報道もあった。特にCNYについては、この2年間で金利差が完全に逆転し、+1900に近かったフォワードポイントが-1.5を下回ってきている。マーケットの動きが激しくなったため、ヘッジニーズが高まっているという事情もあろう。

当初は通貨スワップや為替フォワードによるヘッジが多かったのだが、最近ではNDFやオプション取引も増えてきているようだ。中国元のようなアジア通貨の場合はオンショア市場とオフショア市場が分かれているため、ヘッジも複雑になる。ディーラーとしてもCNYとCNHのようなベーシスリスクにリミットがあるため、オンショアでヘッジしなければならないニーズがある。しかし、フォワードでCNYを中国の銀行に売ると、誤方向リスクとなってしまうため、このような取引には制限がかかりやすい。特に欧米の経営層にとっては、地政学リスクを気にするために、このような取引に対するRisk Appetiteは極端に低くなっている。

IMでも取れればこうしたリスクを削減することができるのだが、Deliverable FX Fowardは証拠金規制(IM規制)の対象外になっているので、意味がない。NDFやオプションであればIMが取れるのだが、これだけだと、$50mmのIM Thresholdを超えないケースが多い。誤方向リスク削減のためにIMをリクエストしても、応じてくれるところはかなり少ない。担保のEnforcabilityの問題もあるので、一筋縄ではいかない。台湾では、質権設定方式でIMをとっても法的有効性に疑義があり、中国では国や地方の法律で担保拠出を禁じているところもある。

中国のNetting/Collateral Enforcabilityに関する法律が8月から施行されたのは大きな進歩だが、今は証拠金規制対応に追われているところが億、これを理由にAgressiveにリスクを増やそうというところは少ないのではないか。

いずれにしても来年以降も取引ニーズが高まっていくことは間違いないので、何らかの手当を検討していかないと、アジアの通貨ヘッジ取引市場の安定はおぼつかないと思う。

BISの為替、OTCデリバティブサーベイ公表

3年ごとに公表されているBISの為替取引に関するレポートが公表された。ここのところの増加ペースはやや緩んだものの、14%増の一日7.5兆ドルを超えるところまで増えてきた。各中央銀行の利上げやコモディティ価格の乱高下などの市場変動を考えると、思ったより伸び率が少ないイメージだ。スポット取引が若干減ってFX Swapのシェアが増えている。88%がドルとのペアなので、米ドルの地位は盤石だ。

EURが31%、JPYが17%、GBPが13%で続き、この辺りのシェアには大きな変動はない。目を引くのはCNYが4%から7%にシェアを伸ばしている点で、これでCNYはAUDやCADを抜いて、5大通貨の仲間入りを果たしている。

その他、Brexitの影響で為替取引や金利取引におけるロンドンの地位に変化がみられる。為替取引に占めるロンドンのシェアは前回の43%から38%へと低下している。EURの金利スワップについても英国からEUへのシフトが続いている。全般的に取引量が米国やシンガポールに確実に移り始めており、香港からシンガポールへのシフトも若干みられる。CNYのプレゼンス拡大や、HKD、KRWなどの取引量を考えると、今後の為替取引のメインはアジアにシフトしていくのかもしれない。

TONA先物は成功するか

10/5、TFXに続いてOSEがTONA先物の上場をアナウンスした。来年早々には取引可能になるが、米ドルのSOFR先物のような成功を収めるかに注目が集まる。米国では、SOFR先物に加え、ターム物SOFRの流動性も上がってきた。他にもBSBYのニーズも根強いようで、複数の金利商品が併存する形になっている。米金利の急上昇も重なっているからかもしれないが、さすがにドルの流動性は他通貨を凌駕している。欧州ではESTR先物に対するニーズもちらほら聞かれるようになってはいるものの、ドルとは比較にならない。

円については更にニーズが少なるなることが予想されるが、このような状況の中二つの先物が作られることになっている。日銀が政策変更をして円金利市場が活発になればもしかしたら取引が増えるかもしれないが、それが唯一の望みである。マーケットが現状のままであれば、統一して流動性を集中させた方が良いようにも思うが、競争促進という意味合いもあるのだろうか。

先物の取引が増えれば、それを日本円のターム物であるTORFの計算に加えることができるので、TORFの信頼性が上がる。もともとLIBOR改革は実取引に基づかない金利指標で操作されやすいという問題があったのだが、TORFも裏付けとなる実取引がない日があり、前日のデータをキャリーオーバーしている。1か月物では、このようなケースが全体の73.8%に上るというから驚きだ。

ただし、残念ながら長年円金利マーケットに携わっている人からすると、先物がいらないとまでは言わないものの、米国のように広く使われるようになると予想する人は少ないのではないだろうか。金利スワップとのクロスマージン、先物を使うことで所要資本が削減できるといった何らかのメリットがないと、取引量が爆発的に増えるとは思いにくい。マーケットができるには、まず短期の円金利市場が機能することが先決であり、その意味でもすべては日銀にかかっていると言えるのだろう。

米国レポ市場の安定性強化策

米国金融安定理事会(FSB)が、ストレス状況下での流動性アクセスの回復力を向上させるための政策をまとめた。予想通り、CCPや取引所のような多数の参加者が直接取引できるようなプラットフォームの活用が謳われている。マージンコールによって年金ファンドが資産売却を迫られたり、投資家の解約請求を受けたりすることが多くなる一方、銀行がバランスシート制約のため取引を受けられなくなっているため、米国債市場が幾度も混乱してきた。少なくともCCPで清算すればバランスシート制約からは一定程度解放されることになる。

FSBは、過去10年間に起きた国債市場の変化によって、ストレス下において流動性が極端に低下するようになったと認めている。そしてそういった状況において流動性を提供すべき金融機関が満足に仲介機能を果たせなかったと結論づけている。結局は銀行がその役割を果たせなかったので、中央銀行がそれを補完した形になっているというのは、個人的な感覚にも合う。

当然のことながら、かといって銀行規制を緩める方向に動く訳ではなく、今回はノンバンクによる仲介機能の拡充を訴えている。ノンバンクが参加してくるとなると、同時に市場監視、モニタリングなどを強化する必要がある。銀行に対するモニタリングはかなり厳格になったが、ノンバンクやその他のレポ市場への参加者に対しても同等の透明性を求めていく必要がある。

米国や英国では、過去10年間に債務債務が約2倍に膨らんでおり、英国でも1.5倍になっている。当然国債市場も大きくなるので、この透明性、流動性向上は急務となっている。そこで今回のCCP案が出てきた訳だが、CCPによる清算は参加者のコスト増から、清算集中義務を掛けない限りは取引が増えない可能性にも触れている。とはいえ、国債現物取引とレポに対して清算義務を課すのはおそらく現実的ではない。だが、個人的には資本規制を考えると銀行にとってはCCP清算にも一定のメリットがあると思っている。ノンバンクによるAll to Allプラットフォームについては、考え方としては正しいのだろうが、これが市場の主流になるにはかなりの労力と時間が必要だ。

それにしても、こうした市場の機能安定化のための検討が真剣に議論されているというのは称賛に値する。政府債務、国債市場の規模を考えると、日本でももっとこうした検討がなされても良いと思う。もちろん、日本でも有識者を集めた会議や検討は多数行われているが、CCP、新たなプラットフォーム、取引報告など、FSBが議論している詳細というよりは、もっと日本の国債マーケットはどうあるべきかといった大所高所にたった意見が中心であり、かなりハイレベルな印象がある。検討会に参加している委員の役職が高すぎて現場から離れているのからなのだろうか。もっと日々実務に携わる専門家が細かいところまで議論をする場があっても良いかもしれない。

銀行とIT

海外で銀行とFintechの提携が急増している。米国通貨当局(OCC)のMichael Hsu氏が先週コメントを出しているが、銀行とFintechの連携について懸念を表明している。指数関数的にこの連携が広がっているため、事務フローが複雑化しすぎており、このままのペースでいけば、何か大きなトラブルが発生するというのが主な懸念だ。ここまで複雑に責任分担が細分化してくると、ガバナンスや責任の所在が不明瞭になり、トラブル発生時にも責任の押し付け合いが発生するかもしれない。

銀行に対しては様々な規制がかけられているが、Fintechとの役割分担を前提とした規制にはなっていない。どの当局が何をカバーすべきかも明確になっていない。最近では銀行が出資するFintechがかなり多くなっている。Upsideを取るために何でもかんでも投資しているような印象すら受ける。

日本では、一部IT企業との連携がニュースに出るくらいで、海外のようなスタートアップ的なFintechとの連携はあまり聞かれないので問題になっていないが、逆に海外との差がどんどん拡大しているように思える。

確かに今後の金融業はFintechとの共同なしにはやっていけない。金融機関内部のIT部門では、自社に必要なテクノロジーの開発には熱心だが、業界全体のプラットフォームを作ろうという話にはならない。日本でこのようなプラットフォームを立ち上げようというFintech企業が出てこないのは淋しい限りである。こうした企業はほとんどが大手銀行を飛び出した人材によってつくられている。終身雇用のもとでは、なかなかこういった技術革新は起きにくいのかもしれない。また立ち上げたとしても、人を採用するのに苦労し、解雇すらできないので海外で起業した方が格段に楽である。

もう一つHsu氏の指摘で面白いのは、各当局があまりにもCryptoに注目しすぎて他の重要な規制がおろそかになっているというものだ。はやりではあるし、人目を惹きやすいからなのだろうが、確かに欧米の規制ではCryptoをどうするかという話が良く聞かれるが、銀行内部の人間からすると、どこか関係のない世界のように思えてくる。確かに将来的に極めて重要なテーマにはなってくるのだろうが、それにここまで時間を使うよりは、喫緊の課題に対処すべく、時間を使った方が良いというのは正しい指摘なのだろう。

Dirty CSAは主流になるか

先週も書いたが、英国債の価格変動を受けてDirty CSAがにわかにマーケットで話題になり始めた。FTなど各種メディアで報道されているからか、問い合わせも増えてきている。適格担保に現金以外の社債等を含めるDirty CSAを使うと、CTDVA等の評価調整が必要となり、取引の時価に影響を与えることから、通常であれば望ましくない。ただ、今回の財政支出に端を発する市場変動に備えるため、適格担保を広げたいというニーズが急速に高まった。

ただし、既存の契約を完全に変更してしまうというよりは、緊急避難的に英国債や社債を一時的に適格とするといった、時限措置を取るところが多そうだ。ニッケルや天然ガスでも見られたことだが、コモディティの世界では、あまりDirty CSAを気にせず、適格担保を広げたり、CCPから相対に移したり、無担保取引を増やしたりという動きがみられたのだが、金利の世界では、極力プライシングをSharpにするために、あくまでも一時的措置という位置づけになっているのが興味深い。それでも1年から5年の時限措置と報じているところもあり、思ったより長い期間にわたる措置といった印象だ。おそらくこの期間に応じてかなりの手数料を支払っているのだろう。銀行にとってもこれを簡単に受け入れてしまうと、ROE低下につながるので対価が必要んになる。

今回は、急速な金利上昇により年金基金が苦境に陥り、何とかしてほしいという声を受けて国債買い入れに踏み切った印象だが、これを永遠に続けることはできない。結局金利変動が激しくなってしまっている。問題は担保にある訳だから、本来であれば、中銀がレポファシリティを設けるといった措置を取ることはできなかったのだろうか。あるいは、レバレッジ比率規制やNSFRといったバランスシート規制を緩めて、銀行がCollateral Transformation Serivceをやりやすくするといった方法も考えられる。そうすれば、Dirty CSAなどを使わなくても、手持ちの債券を現金に変換することができる。

また、そもそもDirty CSAであってもレバレッジ比率やNSFRといった指標に影響しないので、銀行もDirty CSAを受け入れやすくなる。あとは、前回も提案したマージンコール向け融資(またはLC)を銀行が提供するという方法もある。

やはり、金利やインフレーションが変動するたびに、マージンコールに応えるために資産売却が起きると、市場変動をさらに加速させてしまう。そもそもマージンコールはカウンターパーティーリスクを減らすためのものなので、何らかの解決策が求められる。

例えばこうした年金ファンドが銀行やCCPに固定金利を払って、Dirty CSAのカウンターパーティーから固定を受けるBack to Back取引を行っておけば、金利上昇時には銀行やCCPから現金担保を受け取れる。そして反対再度のDirty CSAのカウンターパーティーに債券を担保として拠出すればよい。こうしておけば、金利上昇時に現金を得るというオプション取引が完成する。もちろん金利低下時には逆のことが起きるが、逆に金利低下時には所要担保は減っているはずなので問題ないはずである。または単純に銀行と金利キャップやスワップションの取引を行っておき、金利上昇時に現金担保を受け取れるようにしても良い。

いずれにしても、考えれば色々なことができると思う。こうした動きが出てこないのは、トレーディング部門と担保管理部門が完全に分断されてしまっているからなのだろうか。それともカウンターパーティーリスクやバランスシート規制の制約なのかもしれない。しかし、一時的Dirty CSAを使って多額のFeeを払うよりは、ましな取引もあるように思う。

Level Playing Fieldは達成不可能なのか

米国SA-CCRでは、事業会社向け取引が有利だが、欧州は金融機関向け取引に有利になりそうだ。各国の差については、Risk.netにまとめられている。今回フォーカスになっているのはいわゆるAlpha Factorだが、これは、計算された結果を保守的にするために加えられる掛け目であり、通常1.4である。

米国では、事業会社向け取引について、リスクベースの資本計算、レバレッジ比率、Large Exposureの計算において、1.4ではなく1を使うことが認められている。

欧州では、資本アウトプットフロアを計算する際に、事業会社だけでなく全ての取引に1を使うことができる。アウトプットフロアの適用は2025年からだが、内部モデル方式で計算された所要資本について、標準法×72.5%が下限となる。米国はCollins Floorがあるので標準法×100%だが、オペレーショナルリスクやカウンターパーティーリスク資本については除外されているので一概に比較はできない。そもそも欧州はCVA資本賦課の対象から事業会社を除いている。

オーストラリアなどは内部モデルが使えないため、アウトプットフロアは無意味となる。資本計算が各国で大きく異なるものになってきているため、Level Playing Fieldが空しい掛け声となってしまっている。日本はすべて1.4のAlphaを使うことになっている。いつも思うのだが、どうしてBaselで共通の指標を作ったのに、わざわざすべての国が異なるパラメーターを使うのだろうか。国の金融市場の特徴に併せて微調整をするというのならわかるが、特にローカルマーケットの特徴に併せて調整しているように思えないケースも多々ある。更にこうした規制の適用開始時期も国によって異なる。

各国の状況をみながら極端に触れず中道を行く日本が最もバランスが取れているようにも見えるが、もう少し日本が世界の議論を引っ張っていけるようになればと思う。

マージンコールを中銀が支える構造になってきた

英国のペンションファンドが、10/14の英国の緊急国債買い入れプログラム終了に備えて、2%-3% もの金利上昇に備えて担保資産を増やしていると報道されている。これまで1%~1.5%くらいの金利上昇に備えていたものがほぼ倍になった格好だ。そのために、多額の現金を保有しておく必要があり、そのための資産売却も加速している。金利上昇時に資産を売却して現金比率を高めるオペレーションを行うと、更なる金利上昇を招くことになるので、プロシクリカリティを助長する。

マージン規制導入前にはそれほど意識されなかったことかもしれないが、昨今の規制強化によって、これが新たなリスクとして浮上してきた。以前であれば、レポによって資金調達をすることができたが、こちらは銀行に対する資本規制のために、困難になっている。

英国の30年国債金利は5%近くまで約1%急上昇した後、英国中銀のサポートによって一気に戻った。しかしその後は更に金利上昇圧力がかかり、4.3%程度にまで上昇してきている。金利急上昇時には多くの年金ファンドがマージンコールに充てるために、多くの資産を売却したことが予想される。これは年金基金のリターンが悪化する方向に働く。

これを防ぐには、CSAの適格担保を広げるか、レポによって資産を現金化するしかない。ここ10年程度の間にCSAをできるだけ標準化し、いわゆるDirty CSAを減らそうという試みが続けられてきた。これによってプライシングの透明性が増し、取引コストが下がるというメリットもあった。これを完全に元に戻すということは得策ではないと思うのだが、生命保険会社と同じように年金基金も適格担保拡大に動く可能性は高い。適格担保を広げて追加担保に応えられるようにするメリットが、Dirty CSAのもとでプライシングが悪化するデメリットを上回りつつあるようだ。

本来はマーケットのボラティリティを落ち着かせるのが一番で、資本規制を最適化して銀行が流動性を提供できるようにするのが二番目に望ましい。ただし、市場変動を抑えるのは不可能で、規制緩和も難しいだろうから、結局は中銀が流動性をサポートするしかない。こうなったら中銀がレポファシリティを提供してマージンコールのための現金を市場に放出する他ないのかもしれない。あるいは商業銀行がマージンコール向け融資プログラムを拡大するという流れも出てくるだろう。

ちなみに、英国でこのような金利の混乱が発生したことを受けて、次はどうこかという議論が大きくなってきている。海外からすると最初のターゲットとしてみられるのは当然日本ということになる。おそらく様々な金融機関で円金利が1%上昇したらというシナリオ分析をしているものと思われる。

今回ばかりはそんなことは起きないと、海外からの懸念を突っぱねることはできないような雰囲気になっている。日本人と海外の認識のギャップも大きくなっており、市場も神経質な動きが続くだろう。国債と先物、CCPベーシスなど、国内と海外のViewの違いによって動く市場が壊れないかという懸念もつきまとう。あと半年の間に、日本の市場にも大きな混乱が生じるかもしれない。