清算取引のポーティング

クライアントクリアリングによって清算取引を行っている際にクリアリングブローカー(CCSP: Client Clearing Service Provider)が破綻すると、通常は他のブローカーにポジションと担保を移管するポーティングが行われる。というよりは、ポーティングが行われるという前提でクライアントクリアリングの仕組みが作られている。

以前からここでも主張しているように、大手金融機関がデフォルトしているような状況で、大きなポジションを数時間から2日以内といった時間軸で移管するのはかなり困難な作業になる。米国では、2021年の破産法改正により、顧客ポジションと担保を清算するよりも、ポーティングが政策的に優先されたため、ポーティングの重要性はますます高まっている。

今回ISDAからポーティングに関するペーパーが公表されているが、こうした暗黙の前提に警鐘を鳴らし、普段から準備を進めておくことの重要性が強調されている。特にポジションが大きい場合は、他のブローカーに移管の依頼をしても、KYC、AML、リスクリミット、資本コストなどを総合的に精査する時間が必要で、普段から準備をしていない限りこれが数時間でできると思う人はまずいないだろう。ここで時間がかかってしまうと各CCPが決めた期限に間に合わず、ポジションがオークションにかけられてしまう。

大手であれば、若干コストがかかるものの、バックアップブローカーを決めておき、このポータビリティを確保しているところが多いだろう。またCCPによっては、バックアップブローカーがいる場合には所要当初証拠金を下げるところもある。IOSCOガイドライン(e.g. PFMI – Principal 14)などもあるので、ポーティングのFire Drillを定期的に実施して、備えを万全にしようという動きも一般的になってきた。

いずれにしても、最低でも担保がどのような形式で分別管理されているかを理解し、プランを作っておく必要性がこのレポートでは強調されている。例えば、担保の分別方法に関してはISA、Gross OSA、Net OSA、Custodial Seg、LSOCなどのストラクチャーが存在し、これによって、ポーティングのプランが異なってくる。

Net OSA(ネットオムニバス口座)

OSAはOmnibus Segregated Accountの略で、複数の顧客のポジションと担保をまとめて管理しつつ、清算メンバーの自己資産とは区分して保持する口座形態である。Netなので、複数顧客のポジションを合算してネット計算する。ネットされているため、CCSPのデフォルト後のポーティングの難易度は高い。理由としては、

①口座内の個々のクライアントが異なるCCSPへの移管を希望する場合の調整の難しさ、
②口座内の全当事者の同意が必要となる場合があること、
③CCPが最終的なクライアントを特定できない
などが挙げられている。

     この構造では、顧客から預かったグロス証拠金とCCPに差し入れるネット証拠金の差額(超過証拠金)がCCSPの口座に残るため、担保の移管も複雑になる。

Gross OSA(グロス・オムニバス口座 )

一部のCCPでは、顧客ポジションと担保が他の顧客分と分別されるため、CCSPが見つかればポーティングは容易になる。主に米国では、上場先物、スワップともに、すべての顧客ポジションと担保がこの形式でCCSPに保管される。

ISA(Individually Segregated Account)

顧客ポジションと担保が法的に完全に分離されるため、ポーティングが最も容易。この口座では、担保はデフォルトしたCCSPではなくCCPに保管されているため、ポジションと共に新しいCCSPへ移管しやすい。ただし、一部の法域では、オムニバス口座内の全クライアントの同意が必要となる場合がある。なお、米国LSOCはLegally Segregated Operationally Comingled)なので、ポジションや担保が法的に分別され、担保もCCPに保管されるため、このISAに類似した方法と説明されている。

一方、ポジションがそれほど大きくない市場参加者の場合は、ポーティングをするよりは、清算してしまった方が良いという選択肢もあり、ISDAのレポートでも、そのメリットデメリットを比較して検討すべきとしている。

一方で、欧州では一つのCCPにポジションが集中するリスクについても警鐘が鳴らされており、CCPからCCPへのポーティング?リスクも議論になっている。ESMAのストレステストにおいては、単一または少数のCCPにリスクが偏っている場合の集中リスクをレビューする必要がある。そしてCCPの破綻処理に関するRecovery and Resolutionプランにおいて、CCP自身がシステム的な重要インフラであることを理由に、特定のCCPへの依存がシステミックリスクになる点が懸念されている(Regulation No 2021/23)。

実際リーマンショックのような事態になれば、CCPやCCSPの信用力のレビューを行い、ポジションの縮小や他のCCP、CCSPへの移管を検討するところが増えるだろう。要はどれくらいの時間軸でこれが起きるかが重要である。アルケゴスのような巨額損失や不祥事、サイバーアタックなどが起きた場合には、突如ポジション清算が急増し、プロシクリカリティを招く可能性も否定できない。ポジション移管に失敗し、CCPによる強制的な清算に至った場合、CCPのウォーターフォールに影響が及び、デフォルトしていない他の清算会員にも損失が及ぶ可能性がある。いずれにしても、普段から準備を怠らないことが重要なのだろう。