ディーラーが保守的になると市場変動は激しくなる

今回のトランプショックによって、安全資産としての米国債やドルの信頼が完全に揺らぐことになったと感じている。基軸通貨が安定しないというのは、その定義から言ってもおかしな話であるため、資金の流れが変わってしまったとしても不思議ではない。

この市場の混乱の中、ディーラーは自身のブックのヘッジに精一杯で、ワイドなプライスしか出してこなかったという声が聞かれた。顧客フローが一方向に傾いた時、そのリスクをしばらく抱えておくという行動が明らかに取れなくなってきているようだ。

日本ではよくサラリーマンリスクという言葉があったが、同じことがグローバルの大手銀行で発生している。つまり、大きな顧客フローがあって、トレーダーとしてはそのリスクを持ち続けたいと思ったとしても、マーケットがさらにアゲンストに動いて巨大損失を出してしまうと自らの職が危うくなる。たとえそれ以上マーケットが一方向に行く可能性が1%に満たないと思ったとしても、そのリスクは取れない。当然、シニアマネジメントやリスク管理部門からはヘッジしろという圧力がかかる。したがって、いくらヘッジコストが法外に高かったとしてもそれをヘッジしにいく。

昔は確率が50/50より良いならリスクを取ってその取引をすると言っていたトレーダーがいたが、こうした市場変動が起きた時、今では大きく負ける可能性が1%でもあるなら避けに行くトレーダーが増えた。規制当局としても、市場危機を防ぐためにトレーダーの過度なリスクテイクを抑えるのが重要なのだが、あまりに抑えすぎると市場変動が激しくなり、さらに厳格なリスク管理を求めなければならないというジレンマに陥る。

実際は、今回の関税のように突然90日の猶予が発表されて市場が戻り、ヘッジコストが無駄になると同時に、大きな収益を上げる機会を逃すことになる。しかし、かといってトレーダーが責められることはない。一方リスクを抱え続けて万が一巨額損失が発生すれば職を失う。確率的には勝てると確信していた取引でも、サラリーマンとしてはヘッジするしかない。規制によってバランスシートコストが高くなったとか、ボルカールールによって自己勘定でリスクを抱えにくくなったという理由ももちろんあるが、それ以上に金融機関側のリスクアペタイトがなくなってきているのも大きい。

唯一の例外はCVAヘッジだ。さすがに今回の変動はカウンターパーティーリスクに端を発したものではなく、ヘッジコストがあまりに高かったので、逐一ヘッジをしなかったディーラーが多かったようだ。これはCVAデスクに関しては、その他のトレーダーほどサラリーマンリスクが低いというのが関係しているのではないかと思う。しかし、そのCVAトレーダーが本気でヘッジし始めたら危険である。それが本当の危機の始まるとなるかもしれない。

以前であれば、マーケットが一方向に動いた時に、銀行がリスクを抱えることによって極端な動きに歯止めをかけていたが、現在これは望めなくなってきた。そして望ましくないリスクを抱えてしまったエンドユーザーがそれを外そうと銀行に行ったところで、非常にワイドなコストを取られるか、希望するサイズすべてを取引できない可能性が高くなる。平常時にはあれだけ競ってシャープなプライスを出そうとしてきたディーラーが、突然何も顧みず価格をワイドにしてくる。

以前にもましてマーケットの変動幅が激しくなっているのはこうした理由もあると思う。今回はSafe Heavenと言われるスイスフランや日本円などが上昇したが、このボラティリティをヘッジするためのCall OptionやRisk Reversalなどの流動性が十分でなく、EURUSDにまで波及した。そして、普段は安定しており流動性が高いはずのEURUSDですら、Volatilityが急上昇し流動性が枯渇した。

ディーラはショートガンマポジションの解消のためVolatilityを買わなければならず、それがさらに市場の変動を加速させる。今後しばらくはこうした動きが続くだろう。しかもこれが突然起きるので、ディーラーはVol Shortのポジションなどを普段から持つのが難しくなる。そうすると、今後は事業会社などVolの供給者をもう少しカバーしておく必要が出てくるのだろう。このように、危機時に誰が流動性を供給できるかというのを眺めた上で、ポジションを取っていかなければならない。また常日頃からポジションをきれいにしておく努力を怠ってはならない。

そして、今後はドルが基軸通貨であるという前提を疑ってかかる必要があり、米国債や米ドルが安全資産であるとはとても言えなくなってしまった。ここから世界の資金の流れが大きく変わってしまうのだろうか。