今年のISDAの目標の一つに1998 FX Definitionsの改訂が含まれている。ロシアのウクライナ侵攻を受けて為替市場で混乱が生じたが、これに対応するため、市場標準の確立が望まれている。これはロシアルーブルへの対応にとどまらず、中国や台湾などの取引がどのように扱われるかという点で、アジアにとっても非常に重要である。
ロシアと同様にアジアでは、オンショアとオフショアで市場が分かれている国が多く、政治的リスクが顕在化した場合、これらの市場で分断が起きることが予想される。海外では、このような危機に備えてどのような対応を取るべきかについて当局の関心が強いが、日本でも同様の対応方針を決めておく必要がある。
万が一、台湾に対する軍事侵攻があった場合、為替市場では大きな混乱が起こるだろう。台湾ドルの暴落、西側諸国の経済制裁、中国の外貨流出禁止などが発生する可能性が高い。中国企業と取引をしていた場合、経済制裁によってデリバティブ取引の支払いができなくなり、デフォルトが発生する。この場合、支払えないのは西側諸国側であり、デフォルトが発生するのは中国企業ではなく、米国や日本サイドである。ただし、デフォルトではなくIllegalityとなる可能性が高いが、米国や日本サイドがAffected Partyになる点は変わらない。
このような場合、中国企業は期限前解約を行うことができ、その際の価格決定権も持つことになる。オフショア市場は混乱しながらも価格を得ることができるだろうが、オンショア市場は比較的落ち着いているかもしれないも価格がオフショアの投資家には見えずらい。いずれにしても、解約価格がどのように決まるかは予測が難しい。現在でもオンショアCNYとオフショアCNHでは価格差があり、裁定取引が活発に行われているが、政治的混乱時にそのスプレッドがどの程度乖離するかは予測できない。また、資金の国外流出が禁じられた場合、担保が受け取れるかも不確実である。
FX Definitionsの話に戻ると、この定義集の中で、Disruption Eventがどのように規定されるかが注目されている。ウクライナ危機はDisruption Eventに該当しなかったため、自動的に取引を解約することはできず、各社ごとに交渉して解約の道を模索するしかなかった。
為替取引の場合、ロシアの時のように経済制裁が発生しても、何らかの猶予期間が設けられることが多い。確かロシアの時は米国が3ヶ月、英国が1ヶ月だったと思われるが、この期間内に期限が到来する取引は満期を待てばよいとされる。市場の規模を考えると、中国元の場合は3ヶ月程度が与えられる可能性があるが、保守的に1ヶ月としてプランを策定する企業が多いだろう。
本来であれば、猶予期間内に満期を迎えない取引については、自動的に解約手続きを進めることができるようにしておくほうが不確実性が少なくなる。経済制裁におけるIllegalityの行使については、どちらをAffected Partyとするのか、双方をAffected Partyに指定することができるのか、または解約価格について共通の価格決定メカニズムを設けるなどの手当てが望ましいと考えられる。