主にデリバティブ取引のフロントのFirst Line Risk管理については、株式と債券ではその管理手法に大きな違いがある。
株式デリバの場合は、十分な担保、特に当初証拠金を確保することが主流であり、担保プロセスやシステムリスクも含めて管理することが重要であるが、債券の場合は無担保の取引も多く、個別の与信管理がより重要になる。そのため、CVAなどのカウンターパーティーリスクのプライシングは主に債券取引で行われることが多く、株式の場合は、ごく少数の無担保取引に対してCVAをチャージするのが一般的だった。
株式デリバの場合は、通常商品と年限などに従った標準当初証拠金テーブルに従って担保を取るのが重要となる。株式オプションなどでは、オプションプレミアムのX倍を徴収したり、取引所が決める証拠金の3倍を取るなどといった慣行もある。
一方債券の場合は、金利のデルタリスクなど、ある程度単純なリスクについては標準テーブルを使うが、例えば2年のペイヤースワップションの売りと10年のレシーバースワップションの買い(デュレーションニュートラル)といった取引も多く、すべてのパターンをテーブルに入れるのが困難となる。また取引のバリエーションも多く、デュレーションニュートラルにならなかったり、金利スワップやレポとパッケージにしたいという要望も多く、当初証拠金の計算が複雑になる。
したがって、こうしたパッケージ取引については、全取引をモデルに入れてVaRを計算したり、シナリオを想定してストレス時にも十分な担保が確保できるよう精査をする。しかし、取引相手であるヘッジファンドやバイサイドからは当初証拠金が多いというクレームが入ることも多く、一筋縄ではいかない。
ヘッジファンドのトレーダーなどは商品やリスクには非常に詳しいが、リスク管理の専門家ではないので、プレミアムを払ったオプションを買ったのになぜ当初証拠金を出さなけばいけないのかといった初歩的なクレームをしてくる。払ったプレミアムが担保として即時に返されるというところまでは、担保オペレーションに詳しくないと気が回らないようだ。
それでもほかの銀行はそんな当初証拠金を取らないとか、もっと低い金額しか提示してこないと交渉が始まることもあるが、そうなるとCVAが発生するため、債券の場合はCVAチャージをかける。ヘッジファンドのトレーダーは、IMに文句はつけるものの、担保コストよりは取引のプライシングにセンシティブなので、CVAをチャージすると他のディーラーに流れていく。あるいはブラフだった場合はそのまま取引に至ることも多い。
したがって、リスクをきちんと評価せずにCVAを取らなかったところは、こうした取引を集中的に行うことになり、何かストレスが起きた時に巨額損失を被ることになる。いわゆる逆選択の問題だ。
しかし、株式商品の場合は、当初証拠金の交渉になった場合に、CVAをチャージしてプライシングに反映させるという慣行は、業界全体であまりないように思う。したがって、顧客関係を重視してIMを引き下げたところにリスクが集中する。若干プライシングを悪くして他の競合ディーラーに本当にもっていくかどうかを調べることもできない。そもそも、取引を一つ一つモデリングして、リスクを評価している時間もない。特に電子取引が進んでくると、個別にIMを計算してリスク評価をするのは困難になってくる。
したがって、株式の1st Lineのリスクマネージャーは、債券ほどリスクに詳しい必要はなく、それよりは、システムやプロセスの知識が必要になる。システムやプロセスの管理には人も必要なので、株式の場合は1st Lineのリスク管理者の人数も多くなる。またリスク管理者という名前で呼んでいないところも多いだろう。
このような状況だと、例えばアルケゴスのような巨額の集中ポジションを持っている顧客がいた場合、元本のX%という当初証拠金を取ることが唯一のリスク管理方法となり、ポジションの集中度合いや、参照資産である株式のボラティリティなどを詳しく評価していなかったことは予想に難くない。流動性の低い債券の場合は社債の発行額に対して参照資産のサイズが大きすぎないかというチェックは常識なのだが、流動性の高い株式の場合は、有名上場企業の場合こうしたチェックが必要ないことも多い。
しかし、おそらく債券系のフロントオフィスリスクマネージャーであれば、アルケゴスの取引を見た時にポートフォリオベースでストレステストを行い、当初証拠金が十分かどうかを検証し、新規取引にCVAチャージをかけて取引をAwayとすることができたのではないだろうか。つまり、あそこまでのサイズになると、債券型の個別分析が必要になっていたのだと思う。
一方で取引の自動化、電子化は、為替や国債を中心に進んできており、株式型のリスク管理が求められるようになってきている。特に近年では、最大のリスクはシステムリスクやサイバーリスクであると考えられる。マーケットが混乱にしているときに、大規模システム障害やサイバーアタックがあった場合のリスクは計り知れない。
今後は株式型と債券型のリスク管理を融合させて、標準化された取引を大量にプロセルする場合は株式型の管理を、特殊な取引やサイズの大きい取引はリスク管理に精通したリスクマネージャーが個別に詳細な分析を行うといったことが必要になってくるように思う。