日本の金融オペレーションはなぜ世界に後れを取ったか

あくまでも私見だが、日本のスワップ事務処理が世界に後れを取った理由の一つに、STPガイダンスがなかったことがあるのかもしれない。米国では2013年にSTPガイダンスが出され、欧州でも2015年に似たようなガイダンスが出された。要はクレジットリミットのチェックを瞬時に行い、その後のプロセスも極力自動化せよというものだが、これがSEF(Swap Execution Facility)、リアルタイムレポーティング等につながっている。

これにより、システム開発が行われ、一連の自動化プロセスが確立した。主にSEF上で執行されクリアリングされるような取引に対するプロセスなので、今回のArchegosのような事件には対応できないだろうが、一定程度のリスクコントロールも可能になる。

欧米ではClearing Certaintyという概念があり、執行前にクリアリングブローカーであるFCMとCCPが、取引がCCPで清算されることを事前にコミットする。CCPのブローカーに対するリミット、FCMが各顧客に対して持つリミットがあり、取引前にこれらのクレジットチェックが行われる。

なぜこんなことをするかというと、クリアされた取引と相対取引は資本コストやIMコスト、ディスカウントレートが異なるため、プライスが異なってしまうからである。クリア前提で取引を行い、その後にクリアリングできなかったとなると一方が損をしてしまう。清算集中義務規制が広がった今ではあまり問題にならないかもしれないが、当時はクリアリング前提の取引が急にOTCになってしまうとかなりの混乱を招いた。

通常はExecution Agreementでこうした場合にどのような対応をするかが取り決められている。STPガイダンスでは、Void Ab Initioという概念があり、あたかも取引がもともとなかったかのように無効になる。遡及的無効とでも訳すのだろうか。欧州ESMAのガイダンス上も取引がVoidになるとされているので、同じような対応となっている。

これを避けるためには取引前にリミットチェック等を瞬時に行う必要があり、これを確保するのがClearing Certaintyだ。クリアリングブローカーが顧客やSEFにリミットをあらかじめ伝えておき、これを超える場合には取引が瞬時にVoidとなる。取引の再提出は基本的には認められないが、ESMAの場合はシステム障害等による場合のみ例外が認められている。とは言え再提出の期限は10秒以内だったと思うので、システム的に対応していないと不可能だ。

欧米ともこの一連のプロセスにかなり厳格なタイムフレームを設けており、1分以内とか10秒以内とか細かく決められている。つまり、2013年くらいから、欧米金融機関はシステム開発にかなりのコストをかけ、ほとんどのプロセスの自動化することに注力してきた。

システム開発は不思議なもので、よほどのトップダウンの指示がない限り巨額投資が行われないという性質がある。特に従業員の雇用を守るという視点が入ってくると、自動化に対する抵抗力まで生まれてくる。規制で決められているのでやるというのが最も簡単だ。

日本の金融のオートメーション化が進まなかったのは、文化的な要素もあるのだろうが、このSTPガイダンスのような規制の後押しがなかったからなのかもしれない。STPプロセスの場合は、途中でそれを止めることができず、例えばBookingを間違えると、それがそのままConfirmationに反映され、SDRレポーティングまで行ってしまう。

事務ミスに対する許容度の低い日本では、きちんと人の目でチェックして顧客に送る書類には絶対にミスがないように気を配る。送ってから間違いがあれば直すという海外とは文化が異なる。ただ、昨今の自動化の流れの中では、人海戦術でミスを極限まで減らすという戦略には限界がある。不完全ではありながらも自動化の努力を進め、AIを駆使してそのプロセスを日々改善している海外とは、早晩戦えなくなってしまうのではないだろうか。