LDIが金融市場に与えるインパクト

英国トラスショック時にLDIからの国債売却が金利急上昇と市場の混乱を引き起こしたことが問題視された。それ以降LDIという言葉を頻繁に見かけるようになり、日本でも同じことが起きるかどうかという質問が多く聞かれるようになった。

結論から言うと日本にはLDIのような運用をする年金はほとんどなく、日本では英国と同じようなことが起きる可能性は限りなく低いということになる。しかし、そもそもLDIとは何かというところの議論がややあいまいになっているような気がしたので少しまとめてみたい。

LDIはLiability Driven Investmentの略で、債務連動型運用などと訳され、簡単に言うと資産と負債のキャッシュフローをマッチさせるよう運用を行うことをいう。資産と負債のデュレーションが同じであれば、金利が上がれば資産と負債が共に減少するため、年金の純資産には影響が起きない。ミスマッチがあった場合はデリバティブ取引などによってディレーションを合わせれば良い。

英国では、確定給付が主流だったり、年金支払いがインフレに連動していたりしていることから、様々なヘッジを行う必要があり、レバレッジを聞かせたデリバティブ取引によるヘッジも盛んに行われている。もともとは負債の実質的な時価評価が会計上求められるようになってから10年で4倍といった具合で急速に増えている。

年金負債に併せてすべて社債を資産に持っていれば金利感応度という意味ではある程度相殺される。金利が上がれば資産と負債がともに減るからだ。しかし、株式などの資産を組み合わせて持っているとデュレーションのミスマッチが生じる。これは金利スワップやレポ取引などでレバレッジをかければデュレーションを調整することができる。また、インフレ時にはリターンを多く払わなければならないため、必然的に物価連動国債の保有割合が高いのも英国の特徴である。

日本でも年金保険に入っている人も多いかと思うが、今30歳の人が、月々1万円くらい積み立てて60歳まで360万円程度支払うと、積み立てられた保険料と利息分で400万円前後が受け取れる。しかし、今のようにインフレ率が3%とかだと損になってしまう。

ゼロ金利のもとではLDI戦略を取る必要性はほとんどなかった。しかし、日本でも金利とインフレ率が上がってくると、インフレ連動の保険が増えたり、社債運用が増え、これに会計規則の変更が加わると、英国のように物価連動債やデリバティブ取引を活用するケースも増えてくるだろう。こうした年金基金も、規模が大きくなると証拠金規制の対象となり、市場変動時にマージンコールが発生して国債が売られることもあるかもしれない。今や選挙のたびに給付金や減税の話が出てくるが、それが金利上昇や国債売却を誘発すると、大きな市場変動が起きる可能性も否定できない。

まとめると、以下のような変化に備える必要がある。

  • 社債投資の増加(および社債発行増)→社債市場の育成が必要
  • レポ取引の増加→レポ取引の流動性確保、ヘアカットや清算集中規制の議論
  • 金利スワップなどのデリバティブ取引の利用増→リスク管理の高度化、担保管理の効率化
  • 国債売り→財政規律を保つ必要性が増す
  • 物価連動国債へのニーズ→発行増と流動性拡大が急務

こうした変化は水面下では既に起き始めているように思える。日本でも市場の安定化のために検討していかなければならない課題が多い。

英国でも国債清算集中規制は導入されるか?

先週9/4に英国中銀が国債レポ市場の健全性強化に向けたペーパーを公表した。米国では国債および国債レポ取引に対してCCPでの清算集中義務を課すことになっているが、英国がどのような動きを見せるかに注目が集まる中、興味深い内容となっている。

ここで興味深いのは、ディーラーの仲介能力の限界により、レポ取引による資金供給が十分になされず、国債の強制的な売却を引き起こし、市場混乱を招いたということが指摘されている。

英国中銀は、昨年11月にも英国金融システムが市場混乱に対してどのような影響を受けるかを分析したペーパーも出しているが、やはりトラス政権下でのギルトショックを受けて、国債市場にかなりの危機感を持っていることが伺われる。このペーパーでも同じ内容が指摘されていたため、英国中銀はレポのカウンターパーティーリスクから発生する市場変動を気にしているように見える。カウンターパーティーリスクを減らす方法と言えば、CCPによる清算が最も手っ取り早いため、英国でも米国のような清算集中規制が検討されるのかもしれない。

特にレポ取引に関してカウンターパーティーリスクを懸念しているのは、レポのヘアカットが不十分である点を指摘している。確かに金利スワップなどのデリバティブ取引に対しては清算集中が進み、当初証拠金もSIMMにより業界全体で引き上げが行われたにもかかわらず、レポ取引のヘアカットに関しては、何の取り決めもない。実際は大手アセマネやヘッジファンドの交渉力が極めて強いため、レポの担保に関してはヘアカットの引き下げ競争が起きており、Race to the Bottomが発生していると言っても過言ではないだろう。

これが問題なのは、英国中銀が指摘しているように、一度市場に不確実性が生まれると、一斉にレポのヘアカットを引き上げたり、枠を絞ったりといった行動に出る。つまり、市場変動によって資金が必要な時に、その主要資金調達手段であるレポ市場が閉まってしまうということである。

当然バイサイドは、市場変動によってレポ取引を増やすニーズが生まれるが、こうしたケースにおいては、金融機関が新規のレポ取引を受け入れず、既存のロールに徹する、あるいはロールについても一部減らすという行動を取ることが明らかになっている。欧米では70%がゼロヘアカットで行われるため、突然ヘアカットを上げようとすると大きな混乱が生じると分析している。

70%がヘアカットゼロというのは何となく感覚と合わない。さすがにもう少しヘアカットはとられているものと思われる。おそらく実際は、2年債と10年債のスプレッド取引などでパッケージで1%などのヘアカットを設定している場合、10年取引に1%、2年取引に0%のように、片方のレグにヘアカットをつけるのが一般的である。ヘアカットを設定している身からすると取引全体にヘアカットがかかっているのだが、単純に取引ごとに計算するとゼロヘアカットの取引が50%あったということになる。

また、プライムブローカーなどでポートフォリオ全体に対して担保額を計算している場合は、国債先物、金利スワップなどとまとめて当初証拠金を取っているかもしれない。しかし、レポ取引だけを取り出してみるとヘアカットはゼロということになってしまう。

とはいえ、デリバティブ取引に比べてヘアカットが少ないというのはその通りであり、証拠金規制もないため、金利スワップに比べると1/3以下くらいしか担保が取られていないように思う。

このペーパーの最後の方には市場参加者向けの質問が掲載されているが、ほとんどがCCPでの清算にかかわるものである。これを読むと、なんとなく当局としては、米国のような清算集中規制に傾きかけているようにも見える。もし規制を導入した場合に、市場参加者がどのような反応があるか、どのような点に気を付けて規制を導入すべきかを図ろうとしているようである。

コメント期限は11/28だが、どのような結論になるか引き続き注目していきたい。