清算取引のポーティング

クライアントクリアリングによって清算取引を行っている際にクリアリングブローカー(CCSP: Client Clearing Service Provider)が破綻すると、通常は他のブローカーにポジションと担保を移管するポーティングが行われる。というよりは、ポーティングが行われるという前提でクライアントクリアリングの仕組みが作られている。

以前からここでも主張しているように、大手金融機関がデフォルトしているような状況で、大きなポジションを数時間から2日以内といった時間軸で移管するのはかなり困難な作業になる。米国では、2021年の破産法改正により、顧客ポジションと担保を清算するよりも、ポーティングが政策的に優先されたため、ポーティングの重要性はますます高まっている。

今回ISDAからポーティングに関するペーパーが公表されているが、こうした暗黙の前提に警鐘を鳴らし、普段から準備を進めておくことの重要性が強調されている。特にポジションが大きい場合は、他のブローカーに移管の依頼をしても、KYC、AML、リスクリミット、資本コストなどを総合的に精査する時間が必要で、普段から準備をしていない限りこれが数時間でできると思う人はまずいないだろう。ここで時間がかかってしまうと各CCPが決めた期限に間に合わず、ポジションがオークションにかけられてしまう。

大手であれば、若干コストがかかるものの、バックアップブローカーを決めておき、このポータビリティを確保しているところが多いだろう。またCCPによっては、バックアップブローカーがいる場合には所要当初証拠金を下げるところもある。IOSCOガイドライン(e.g. PFMI – Principal 14)などもあるので、ポーティングのFire Drillを定期的に実施して、備えを万全にしようという動きも一般的になってきた。

いずれにしても、最低でも担保がどのような形式で分別管理されているかを理解し、プランを作っておく必要性がこのレポートでは強調されている。例えば、担保の分別方法に関してはISA、Gross OSA、Net OSA、Custodial Seg、LSOCなどのストラクチャーが存在し、これによって、ポーティングのプランが異なってくる。

Net OSA(ネットオムニバス口座)

OSAはOmnibus Segregated Accountの略で、複数の顧客のポジションと担保をまとめて管理しつつ、清算メンバーの自己資産とは区分して保持する口座形態である。Netなので、複数顧客のポジションを合算してネット計算する。ネットされているため、CCSPのデフォルト後のポーティングの難易度は高い。理由としては、

①口座内の個々のクライアントが異なるCCSPへの移管を希望する場合の調整の難しさ、
②口座内の全当事者の同意が必要となる場合があること、
③CCPが最終的なクライアントを特定できない
などが挙げられている。

     この構造では、顧客から預かったグロス証拠金とCCPに差し入れるネット証拠金の差額(超過証拠金)がCCSPの口座に残るため、担保の移管も複雑になる。

Gross OSA(グロス・オムニバス口座 )

一部のCCPでは、顧客ポジションと担保が他の顧客分と分別されるため、CCSPが見つかればポーティングは容易になる。主に米国では、上場先物、スワップともに、すべての顧客ポジションと担保がこの形式でCCSPに保管される。

ISA(Individually Segregated Account)

顧客ポジションと担保が法的に完全に分離されるため、ポーティングが最も容易。この口座では、担保はデフォルトしたCCSPではなくCCPに保管されているため、ポジションと共に新しいCCSPへ移管しやすい。ただし、一部の法域では、オムニバス口座内の全クライアントの同意が必要となる場合がある。なお、米国LSOCはLegally Segregated Operationally Comingled)なので、ポジションや担保が法的に分別され、担保もCCPに保管されるため、このISAに類似した方法と説明されている。

一方、ポジションがそれほど大きくない市場参加者の場合は、ポーティングをするよりは、清算してしまった方が良いという選択肢もあり、ISDAのレポートでも、そのメリットデメリットを比較して検討すべきとしている。

一方で、欧州では一つのCCPにポジションが集中するリスクについても警鐘が鳴らされており、CCPからCCPへのポーティング?リスクも議論になっている。ESMAのストレステストにおいては、単一または少数のCCPにリスクが偏っている場合の集中リスクをレビューする必要がある。そしてCCPの破綻処理に関するRecovery and Resolutionプランにおいて、CCP自身がシステム的な重要インフラであることを理由に、特定のCCPへの依存がシステミックリスクになる点が懸念されている(Regulation No 2021/23)。

実際リーマンショックのような事態になれば、CCPやCCSPの信用力のレビューを行い、ポジションの縮小や他のCCP、CCSPへの移管を検討するところが増えるだろう。要はどれくらいの時間軸でこれが起きるかが重要である。アルケゴスのような巨額損失や不祥事、サイバーアタックなどが起きた場合には、突如ポジション清算が急増し、プロシクリカリティを招く可能性も否定できない。ポジション移管に失敗し、CCPによる強制的な清算に至った場合、CCPのウォーターフォールに影響が及び、デフォルトしていない他の清算会員にも損失が及ぶ可能性がある。いずれにしても、普段から準備を怠らないことが重要なのだろう。

DRR(Digital Regulatory Reporting: DRR)とは

DRRとは、取引情報などの規制報告の標準化を目指すもので、複雑なデリバティブ取引の報告規則を、コンピューターが直接実行できるオープンソースコードに変換するものである。ISDA主導で導入が進んでいる画期的なプロジェクトなのだが、まだ国内での認知度は必ずしも高いとは言えない。

しかし、ここまで規制や報告要件が複雑化していく現在の環境において、規制を業界レベルで解釈して統一見解を得られたゴールデンソースに基づくコードを自社システムに組み込めるのだから、報告違反で罰金を支払うといったリスクが小さくなる。過去にもデリバティブの取引報告義務違反はBarclays、JPM、DB、BofA、DTCCなどで実際に起きており、罰金額も数十億円に上ることが多い。

通常各金融機関はコンプライアンス担当を置いて、各国の報告規制を細かく解釈し、漏れのないよう対応を行っている。そして、規制に変更があれば、それを直ちに把握して報告システムに変更を加えなければならない。DRRを使えば、このような報告システムのメンテナンスが容易になり、コンプライアンス担当の負荷軽減につながる。

DRRは2022年11月に、CFTCの報告規則変更に先駆けて初めて導入されたが、その後、オーストラリア、EU、日本、シンガポール、英国の改正規則にも対応範囲を広げ、カナダや香港の要件も含まれる予定となっている。これで主要9法域における11の報告規則をサポートすることになり、規制が改正されるたびにコードが修正されていくことになっている。データの一貫性が業界全体で担保されるため、当局サイドにとってもデータの扱いが容易になるといったメリットもある。

CFMやCRIFファイルなどもそうだが、ISDAでは様々なデータの標準化のイニシアティブを主導しており、おかげで、かなりのプロセスが簡素化されている。日本では、Suica、PayPay、楽天Pay、au Pay、ファミペイ、ゆうちょPay、メルペイ、d払いなど、数えきれない支払い方法があり、店舗側もそれに対応するが大変だ。海外ではこんなにたくさんの支払い方法があるところはあまり見たことがない。しかし、金融取引においては、標準化によって得られるコストセーブは計り知れない。その意味でもISDAの行っているデータ標準化は非常に重要な取り組みだと思う。

米国eSLRの緩和案について

以前も書いたように、米国SLRの緩和案が6/25に公表されたが、コメント期限は60日後の8/26だったので、今後のプロセスが気になる。直ちに最終化されて施行されれば、年末の流動性逼迫を避けられる可能性もあるが、通常最終案の公開には数か月かかるため、11月くらいになるのだろうか。そして最終案公開から銀行がシステムやレポート変更をするための準備期間が必要であるため、実際の施行開始は2026年の第一四半期となりそうだ。

今回の案は既存の5%のSLR最低基準を、3%のベースチャージにGSIBのMethod1によるサーチャージの半分を足したものとなる。つまりGSIBサーチャージが2.5%だった場合、3%+2.5%/2で4.25%となり、5%から減ることとなる。これにより、特に証券系2社は、これまでSLRが最大の制約となっていたところが、他行や欧州系と同じようにリスクベースのRWAが最大制約となる。したがって、想定元本よりSACCRのRWAが重視されるようになる。とはいえ、GSIB問題は継続するので、想定元本削減が重要であることには変わりない。

6/25の緩和案には、トレーディング勘定の米国債をSLRの分母から除外するという案についてはどう思うかという質問もあったので、これもダブルで緩和されればかなりのマーケットインパクトになるかもしれない。

こうしたパブコメの流れを見るには業界団体のレターを見れば銀行サイドの意見がわかるので、まずは、ISDA/FIA/SIFMAレターを確認してみる。当然ながら計算方法の変更については強く支持している。今回の変更を歓迎すべき第一歩としつつも、さらなる見直しを認める形となっている。

まずは、クロスプロダクトネッティングの拡大について触れている。デリバティブ、レポ、ストックローンといった異なる商品間のネッティングを認めるべきとの主張だ。そしてSA-CCR拡張版ともいえるExtended SA-CCRを導入し幅広いネッティングを資本計算に考慮することを求めている。当然契約上のクロスプロダクトネッティングができないと元も子もないので、適格クロスプロダクト・マスターネッティング契約(QXPMNA:Qualifying X-Product Master Netting Agreement)下にあるレポ取引等(SFT)をデリバティブとして扱うことで資本賦課を下げるべきとしている。このQXPMNAについてもどこかで書いた気がするが、以前からISDAなどが進めているプロジェクトである。なお、この問題については、ISDA/FIA/SIFMAは別のディスカッションペーパーを7月に出している。

同時にSTMを適用している相対デリバについて、SA-CCRの計算上CTMを選択適用できるようにすべきとしている。現状FCMモデルの清算取引ではすべてがSTM扱いとなるケースが多いが、SA-CCRの計算上はCTM扱いが可能である。しかし、これは相対取引については認められていない。つまりレポ取引などがCTM適用だと、SA-CCR計算上、STMとCTMでネッティングができないという問題が発生してしまうのである。

少しテクニカルな話になるのでここまで今回認められるとは考えにくい。しかし、今後さらなる議論が続いていくものと思われる。SA-CCRは日本でも標準的に使われるようになっているため、米国が先んじて緩和した場合は、日本も劣後しないように注意しなければならない。

金融の進化を促す規制とは

バーゼルIIIの早期適用など、日本は規制については優等生で、欧米が規制導入を頻繁に遅らせる中、常に約束通りの導入を実現してきた。バーゼルが提唱するガイダンス等もきちんと国内で法制化し、欧米当局からの規制の同等性も確保して、市場安定のために率先して規制導入を進めてきている。

米国SEF規制に倣って導入したETPのように、あまり実効性はなくなっているように思えるものもあるが、それでも同等性を確保するために一応のガイダンスは存在している。

そんな中、先進国の中で唯一日本が力を入れてこなかったのが2014年のBasel IOSCOガイダンス、Risk Mitigation Standards for Non-centrally Cleared OTC Derivativesである。当時は、可能な限りCCPで取引を清算し、清算できないものについては証拠金規制によってリスク削減を図るという方針だった。ご存じの通り証拠金規制は日本でも完全に導入され実体的にも意味のあるものとなっているが、オペレーション面に注目した上記のガイダンスについては、香港やシンガポール、オーストラリアといったアジア圏でも導入されているにもかかわらず、唯一日本だけが一部の証拠金に関係するところ以外のガイダンスを出していない。

海外当局としては、担保授受を義務付けたからといって、時価や取引件数の不一致、Disputeによって担保が受け渡せないとなると意味がないので、こうしたオペレーション面に関してのガイダンスは一連の規制の中で重要なパートとして位置づけられている。ここで重要視されているのは以下のような項目である。

  • 取引関係の文書化、法的確実性の確保
  • 取引の確認、条件の不一致のチェック
  • 時価評価のプロセスの合意と文書化
  • ポートフォリオの照合
  • コンプレッション
  • 紛争(Dispute)の解決

日本はそもそも、為替取引が何の契約もなく行われていたこともあり、コンファメーションの送付が遅れたり、時価がずれていてもその原因究明に時間が割けなかったという事情もあった。

他にもシステム化、オートメーションなどを促すSTPガイダンスも日本にはない。また〇分以内に取引を報告するというガイダンスも少ない。つまり、日本には、オペレーションを標準化、システム化し、即時処理を促すようなガイダンスが少ないように見える。マニュアル作業が多いため、数分以内に処理をするなどという規制を入れようとすれば、日本では大きな反対運動が起きそうだ。

海外はこうした規制の効果もあり、マニュアル作業を廃止し、早くからシステム化、オートメーション化が進んだ。USの取引報告などは、規制導入時に、取引直後15分以内の報告が求められ、さらなる時間軸短縮の話も出ていたため、手作業でのレポートは早々にあきらめ、すべて自動化を進めた。

それでも海外展開を行っている大手邦銀はこうした基準に併せて事務効率化を進めているので、あまり大きな問題になっていないところが多い。しかし大手以外となると、かなり海外との差が大きくなってきてしまったところもある。

また、海外でも日本の特殊性が語られることが若干多くなり、2019年などは欧州が上で述べたような日本の慣行について問題提起を行っており、日本は欧州規制とはいくつかの点において同等ではないという文書も公表している。

欧州ESMAが出した2013年の当初文書では、日本の規制は取引条件の確認やポートフォリオの照合・圧縮、証拠金の授受など多くの点で要件が不十分であると指摘された。その後、証拠金規制導入後に再評価したのがこの2019の文書である。その結果、Valuationと紛争解決、証拠金の授受については同等性が認められた。

しかし、一方以下の項目については同等性が認められなかった。

  • 取引条件のタイムリーな確認(Timely confirmation)
  • ポートフォリオの照合(Portfolio reconciliation)
  • ポートフォリオの圧縮(Portfolio compression)

これらの分野については、日本の規制が依然としてEMIRの基準と比較して不十分であると判断されたため、同等性決定の対象外とされてしまった。確かにConfirmation送付までの時間を比較すると日本はかなり長くなっており、ポートフォリオ照合やコンプレッション量も少ない。ただし、一部外資系が問題提起をしている程度で、この同等性が否定されたことすらあまり大きな話題にもならず、特に問題があるとはみなされていない。

確かに問題がない部分については特に厳しい規制をかける必要はなく、グローバルに問題視されない程度に海外と同レベルの規制を入れておけばよいというのは現実的な対応である。ただ、特に米国の場合は、リーマンショックを受けて銀行規制を厳格化しようという狙いのほかに、標準化、システム化、自動化を進めて、金融の進化を促進するような方向性へのガイダンスも数多く導入しているような気がしてならない。

確かに米系のシステム投資はかなり大きく、今やほとんど人手を介さず取引をするのが一般的となり、手数料の圧縮と取引流動性の拡大が起きているようにも思える。残念ながら海外で主流となった規制が世界中に業界標準として拡がっていく傾向は否めないので、日本でも大手だけでなく、海外規制動向に注意を払い、日本にない規制についても極力注意を払っておく必要があるのかもしれない。

米国債クリアリングの行方

米国債の保有額は毎月公表されているが、ここのところ過去最高を更新し続けている。中国が着実に米国債保有額を減らしている中、日本と英国がそれを補う形で残高を伸ばしており、7月も過去最高となった。

海外投資家の占めるシェアは約9%程度だが、海外保有のうち13%近くを日本が占めている。関税の話はあるものの、中国の米国債売却ペースは非常に緩やかで、長年かけて徐々に減らしているように見える。10年程度前のピーク時には日本と同じくらいの$1.3tnあったように思うので、現状の$0.7tnはその半分に近づきつつある。

それにしても日本($1.15tn)、英国($899tn)、中国($731tn)のほかは、資産保有の方法によって使われるケイマンやルクセンブルクを除くと、すべて$400tn以下である。いかにこの3つの国のシェアが大きいかということがよくわかる。

6月には米株への資金流入が大きかったが、その反動もあって若干株への資金流入が減少している。それでも米国資産への投資は引き続き堅調のようだ。

2026年12月以降は米国債の清算集中義務が始まるが、日本の金融機関も一部関係してくるところがあるので、そろそろ準備を始める時期に入ってきた。延期によって少し息をつけるかと思っていたのだが、気が付けばもう1年ちょっとに迫ってきた。ここまで米国債の取引が多いのだから、米国債の清算集中規制に関しては米国を除くと日本と英国へのインパクトが大きいものと思われるが、目立って動き出しているところは少なそうだ。

既にCCA(Covered Clearing Agency)として登録されているFICCのほかに、CME Securities ClearingやICE Clear Credit LLCなどが準備を進めている。CMEの当局承認は9/30などと言われていたのでもうすぐだろうか。それともルールブックのレビューが再度延期されるのだろうか。

ICEの方もSECによってルールブックが開示されているが、申請自体が8/1でパブリックコメントの期限が10/6なので、承認は年末になってしまうかもしれない。やはり本格的に準備が始まるのは来年になってからなのだろうか。

LDIが金融市場に与えるインパクト

英国トラスショック時にLDIからの国債売却が金利急上昇と市場の混乱を引き起こしたことが問題視された。それ以降LDIという言葉を頻繁に見かけるようになり、日本でも同じことが起きるかどうかという質問が多く聞かれるようになった。

結論から言うと日本にはLDIのような運用をする年金はほとんどなく、日本では英国と同じようなことが起きる可能性は限りなく低いということになる。しかし、そもそもLDIとは何かというところの議論がややあいまいになっているような気がしたので少しまとめてみたい。

LDIはLiability Driven Investmentの略で、債務連動型運用などと訳され、簡単に言うと資産と負債のキャッシュフローをマッチさせるよう運用を行うことをいう。資産と負債のデュレーションが同じであれば、金利が上がれば資産と負債が共に減少するため、年金の純資産には影響が起きない。ミスマッチがあった場合はデリバティブ取引などによってディレーションを合わせれば良い。

英国では、確定給付が主流だったり、年金支払いがインフレに連動していたりしていることから、様々なヘッジを行う必要があり、レバレッジを聞かせたデリバティブ取引によるヘッジも盛んに行われている。もともとは負債の実質的な時価評価が会計上求められるようになってから10年で4倍といった具合で急速に増えている。

年金負債に併せてすべて社債を資産に持っていれば金利感応度という意味ではある程度相殺される。金利が上がれば資産と負債がともに減るからだ。しかし、株式などの資産を組み合わせて持っているとデュレーションのミスマッチが生じる。これは金利スワップやレポ取引などでレバレッジをかければデュレーションを調整することができる。また、インフレ時にはリターンを多く払わなければならないため、必然的に物価連動国債の保有割合が高いのも英国の特徴である。

日本でも年金保険に入っている人も多いかと思うが、今30歳の人が、月々1万円くらい積み立てて60歳まで360万円程度支払うと、積み立てられた保険料と利息分で400万円前後が受け取れる。しかし、今のようにインフレ率が3%とかだと損になってしまう。

ゼロ金利のもとではLDI戦略を取る必要性はほとんどなかった。しかし、日本でも金利とインフレ率が上がってくると、インフレ連動の保険が増えたり、社債運用が増え、これに会計規則の変更が加わると、英国のように物価連動債やデリバティブ取引を活用するケースも増えてくるだろう。こうした年金基金も、規模が大きくなると証拠金規制の対象となり、市場変動時にマージンコールが発生して国債が売られることもあるかもしれない。今や選挙のたびに給付金や減税の話が出てくるが、それが金利上昇や国債売却を誘発すると、大きな市場変動が起きる可能性も否定できない。

まとめると、以下のような変化に備える必要がある。

  • 社債投資の増加(および社債発行増)→社債市場の育成が必要
  • レポ取引の増加→レポ取引の流動性確保、ヘアカットや清算集中規制の議論
  • 金利スワップなどのデリバティブ取引の利用増→リスク管理の高度化、担保管理の効率化
  • 国債売り→財政規律を保つ必要性が増す
  • 物価連動国債へのニーズ→発行増と流動性拡大が急務

こうした変化は水面下では既に起き始めているように思える。日本でも市場の安定化のために検討していかなければならない課題が多い。

英国でも国債清算集中規制は導入されるか?

先週9/4に英国中銀が国債レポ市場の健全性強化に向けたペーパーを公表した。米国では国債および国債レポ取引に対してCCPでの清算集中義務を課すことになっているが、英国がどのような動きを見せるかに注目が集まる中、興味深い内容となっている。

ここで興味深いのは、ディーラーの仲介能力の限界により、レポ取引による資金供給が十分になされず、国債の強制的な売却を引き起こし、市場混乱を招いたということが指摘されている。

英国中銀は、昨年11月にも英国金融システムが市場混乱に対してどのような影響を受けるかを分析したペーパーも出しているが、やはりトラス政権下でのギルトショックを受けて、国債市場にかなりの危機感を持っていることが伺われる。このペーパーでも同じ内容が指摘されていたため、英国中銀はレポのカウンターパーティーリスクから発生する市場変動を気にしているように見える。カウンターパーティーリスクを減らす方法と言えば、CCPによる清算が最も手っ取り早いため、英国でも米国のような清算集中規制が検討されるのかもしれない。

特にレポ取引に関してカウンターパーティーリスクを懸念しているのは、レポのヘアカットが不十分である点を指摘している。確かに金利スワップなどのデリバティブ取引に対しては清算集中が進み、当初証拠金もSIMMにより業界全体で引き上げが行われたにもかかわらず、レポ取引のヘアカットに関しては、何の取り決めもない。実際は大手アセマネやヘッジファンドの交渉力が極めて強いため、レポの担保に関してはヘアカットの引き下げ競争が起きており、Race to the Bottomが発生していると言っても過言ではないだろう。

これが問題なのは、英国中銀が指摘しているように、一度市場に不確実性が生まれると、一斉にレポのヘアカットを引き上げたり、枠を絞ったりといった行動に出る。つまり、市場変動によって資金が必要な時に、その主要資金調達手段であるレポ市場が閉まってしまうということである。

当然バイサイドは、市場変動によってレポ取引を増やすニーズが生まれるが、こうしたケースにおいては、金融機関が新規のレポ取引を受け入れず、既存のロールに徹する、あるいはロールについても一部減らすという行動を取ることが明らかになっている。欧米では70%がゼロヘアカットで行われるため、突然ヘアカットを上げようとすると大きな混乱が生じると分析している。

70%がヘアカットゼロというのは何となく感覚と合わない。さすがにもう少しヘアカットはとられているものと思われる。おそらく実際は、2年債と10年債のスプレッド取引などでパッケージで1%などのヘアカットを設定している場合、10年取引に1%、2年取引に0%のように、片方のレグにヘアカットをつけるのが一般的である。ヘアカットを設定している身からすると取引全体にヘアカットがかかっているのだが、単純に取引ごとに計算するとゼロヘアカットの取引が50%あったということになる。

また、プライムブローカーなどでポートフォリオ全体に対して担保額を計算している場合は、国債先物、金利スワップなどとまとめて当初証拠金を取っているかもしれない。しかし、レポ取引だけを取り出してみるとヘアカットはゼロということになってしまう。

とはいえ、デリバティブ取引に比べてヘアカットが少ないというのはその通りであり、証拠金規制もないため、金利スワップに比べると1/3以下くらいしか担保が取られていないように思う。

このペーパーの最後の方には市場参加者向けの質問が掲載されているが、ほとんどがCCPでの清算にかかわるものである。これを読むと、なんとなく当局としては、米国のような清算集中規制に傾きかけているようにも見える。もし規制を導入した場合に、市場参加者がどのような反応があるか、どのような点に気を付けて規制を導入すべきかを図ろうとしているようである。

コメント期限は11/28だが、どのような結論になるか引き続き注目していきたい。

証拠金削減のためG10のNDFが増えている

Clarusのブログで以前為替のIM Optimizationについての記事があったのをよく覚えていたのだが、5年後になって新たな記事が上がっている。

取引増と市場変動の拡大を受けて当初証拠金(IM)の上昇が話題になっているが、IM Optimizationは複数参加者間でIM削減を図ろうというものである。

少しおさらいをすると、TWD、INR、BRLのようなNon Deliverableな通貨の場合は、NDFによって取引が行われ、差額がUSDなどの通貨で決済される。一方JPYやEURのようなDeliverable 通貨は、普通DFとしてブックされ、USDを払ってJPYを受けとるといった決済が行われる。証拠金規制で対象なのはNDFだけで、DFはIM規制の対象外となっている。

したがって、受渡可能な円のような通貨でNDFがそれほど取引されることは想定されていなかったのだが、証拠金規制のおかげでこれが増えてきている。証拠金規制のIM計算はSIMMが使われるが、このSIMMを減らして担保コストを下げようというニーズが強まっており、これにG10のNDFが使われているというのがこのブログの仮説だ。

通貨オプションや仕組債ヘッジなどで為替リスクが発生すると、これらの取引は証拠金規制の対象であるため、IM拠出が必要となる。これを減らそうと思うと、例えばJPYロングになっているためにSIMMが大きくなってきた時はJPYショートを入れればSIMMが減るはずである。しかし、通常の通貨フォワード取引でロングを減らそうとすると、証拠金規制対象外なのでSIMMを減らすことができない。これを解決するには、DFではなくNDFでフォワードをブックすればSIMM対象なので、IM拠出額を減らすことができるというロジックだ。

そこでこのブログではNDFがいつ取引されたかに注目している。ブログ中のグラフを見て頂ければ一目瞭然だが、火曜と木曜に取引が集中している。木曜はUSDEUR, GBPUSD, AUDUSD, USDJPY, USDCHFに限られる点も紹介されている。これらの取引に関連している市場参加者の方はこれが何を意味するかはもうお分かりだろうが、これらがIMを減らすためのIM Optimizationによって生成された取引だろうとこのブログでは分析している。特に通常の取引としてはG10 NDFはあまり見られないが、火曜と木曜だけにこれが多いのは明らかにIM OpmizationでNDFが使われることを示唆していると書かれている。

そして、米国のSDRに報告された取引のうち昨年Q4では、火曜に$750bn、木曜に$450 bnのトータル$1.2tnのNDFが為替の証拠金削減のための取引としてブックされていると推測している。そして、これがすべてOff Platformで行われており、満期が2週間と3週間に集中しているというのもFX Optimizationである可能性を高めているとしている。

つまりドル円のようなDeliverable通貨だったとしてもNDFが盛んに取引されており、それはほとんどがIMを減らすための取引という結論である。なかなか面白い分析なのではないだろうか。