第一四半期の米銀G-SIBスコア

以前G-Sibスコアの上昇が市場に影響を与えたという記事を書いたことがあったが、年末を超えその後スコアがどうなったかを確認してみたい。

2024年第四四半期から2025年第一四半期への米国のMethod2のスコアを推移を見てみる。

JPM: 980 -> 1113
Citi: 683 -> 757
GS: 693 ->744
BofA: 679 -> 712
MS: 589 – > 650

資本コストが上がる閾値が630、730であることを考えると、Citi、GS、MSなどはコストの上がる次のバケットに上がっている。年末は何とかスコアの上昇を抑えようという努力が伺われたのだが、それが外れて第一四半期はいずれも大幅上昇となっている。通常第一四半期はスコアが高くなる傾向があるので、当然ここから年末に向けて削減努力が続けられていくものと思われる。しかし、今年の上昇幅は例年に比べてもかなり大きめだ。それにしても2020年くらいまでは何とか横ばいで抑えられてきたG-Sibスコアが、確実に上昇トレンドに入ってきたように見える。特にJPMの上昇が激しい。

スコアの詳細を見るとやはりデリバティブの想定元本の貢献度が大きいようだ。これはコンプレッションによって削減可能であり、通常大手銀は、常日頃からコンプレッションをしやすい取引を意識して取引を行っている。したがって、たとえ第一四半期でスコアが伸びたとしても、例年のように年末に削減できる可能性が大きい。

しかし、トランプ関税の影響で市場のボラティリティが上昇しており、その他の削減が難しい項目のスコアが上がってくる可能性が高い。別途公表されたSLRの緩和によってリスクベースではない資本計算上は余裕が生まれてくるだろうが、G-Sibについては引き続き注意を払っていく必要がある。

JPMのダイモンCEOがSLRの緩和がすべての問題を解決するわけではないと述べていたのは、こうしたその他の規制が複雑に絡み合っているからであろう。

米国SLRがついに緩和

既に6/17に原案が公表されていたが、25日の公開会合で、ついにSLRの緩和が確実となった。60日のパブコメはあるものの、ほぼ原案に近い形での緩和が実現するものと思われる。この緩和が米国債の流動性を高めることにはならないという反対意見もあったようだが、現場で取引をしていた人であれば、これがどれだけ市場流動性供給の妨げになってきたかは明らかだろう。

特にこのブログでも何度も主張してきたように、SLRはあくまでもリスクベースの資本規制に対するバックストップであるべきで、Binding Constraintになってはならないという原則が強く謳われている。そのため、実際各行のSLR要件がリスクベースの資本要件より厳しくならないように調整されている。

これまで公表されている情報によると、SLRバッファをUSのMethod1の半分に設定するとのことである。これまで3%+2%のバッファ(預金取り扱い銀行の場合は全体で6%)で5%が米国SLRの最低要件だったが、この2%のバッファ部分が下がることで全体の要件が1.5%程度下がることになり、5%が3.5% – 4.5%に下がる。

一部報道ではこれによって$210bnの所要資本削減になると大々的に報じられているが、これは若干誤解を招く表現である。先ほども述べた通り、SLRをバックストップにするというのが原則なので、当然リスクベースの資本要件は順守しなければならない。つまりリスクベースの資本要件とSLRの両方を計算した上で、厳しい方に従うということなので、リスクベースの資本要件よりSLR要件が厳しかった部分のみがこの変更の恩恵を受ける。

BPIの計算によるとこの削減幅は$7.1bnということになり、$210bnよりは格段に少なくなる。じゃあ、ほとんど影響がないかというと、心理的にはかなり大きな違いがあると思う。現場でSLRを気にしていた身からすると、想定元本に依存した資本要件の呪縛から逃れられるのはかなり大きい。コロナショック時に米国債をレバレッジ比率の計算から除く時限措置が導入されたときのことを思い出して頂ければ、いかに市場ストレス時にこの変更が重要かおわかりいただけただろう。

もちろんSLRが廃止された訳ではないので、引き続き想定元本をベースとしたリスク計算は続けなければならないのだが、これで国債取引やレポ取引の流動性は(特に市場ストレス環境において)向上することになる。米国外における米系のプレゼンスを考えると、日本国債市場の流動性にとっても有利に働くように思う。

SA-CVAは広がるか

SA-CVAになって、マーケットリスクヘッジやCDSによるヘッジの一部を資本計算に反映できるようになったことにより、リスク管理の実務と資本計算が近づくことになった。内部モデルを使った方式とは異なり、大手銀行が行っているヘッジのすべてが反映されている訳ではないのだが、それでも大きな進歩である。

とは言え、他の標準法とは異なり、欧州ではSA-CVAの適用に当局承認を求めているようで、モデルの検証や銀行に立ち入っての検査などが行われているらしい。CVAに関して自信をもって当局に語れる人材はそう多くなく、専門家というと、社内のクオンツが最もモデルには詳しいのだろうが、ヘッジの仕方や会計的な扱いにまで通じている訳ではなく、当局対応に慣れているという訳でもない。

欧州では標準法であるSA-CVAをあきらめて基礎的手法であるBA-CVAを適用するところが増えているという記事も以前見られたが、こういった当局対応などに関するコストが原因となっているのかもしれない。おそらくSA-CVAはコストがかかる割りにはベネフィットが少ないので簡便法で良いという判断になっているのだろう。

通常の標準法というのは、資本削減幅が限定的である代わりに、当局承認が必要なく当局が決めた方法に従って計算すれば良いという簡便法が多い。しかし、SA-CVAについては、標準法の中では若干計算が難しく、きっちりと当局が精査すべきという意見もあるのだが、そうするとBA-CVAで良いのではないかということになってしまう。

FRTBに関して言えば、市場リスクフレームワークにおいて同じことが起きており、3行を除くほとんどの欧州銀行がコストのかかるIMA(内部モデル方式)ではなく標準法で十分なのではないかという判断を下している。

ある程度厳しく精査していく必要はあるのだろうが、それが厳しすぎると誰も高度な手法を使おうと思わなくなる。そして、資本計算が実際のリスク管理と乖離したり、業界全体のリスク管理能力を低下させることにつながる可能性もある。どの程度厳しくするかについて正解はないのだろうが、この調整を誤ると金融業界にとって望ましくない結果となる危険性もある。SA-CVAについては何とか多くの銀行が適用できる方向に動いてほしいものである。

世界のデリバティブ市場のトレンド

バーゼルのOTCデリバティブ取引の統計情報が更新されているので、ここ10年の動きをおさらいしてみる。

まずは全体の取引元本だが、昨年2024年下期の想定元本は約$700tnで、ここ10年では$500tnから$700tnへと40%増加している。特に直近2年間の伸びが大きい。いつも上半期で増えて下半期に減るというサイクルを繰り返しているが、年末のコンプレッションの影響が大きいものと思われる。

為替取引は全体の10%程度だが、取引量は10年で倍に迫る勢いになってきており、徐々にシェアが増加している。Spot/Forwardほどではないものの通貨スワップの取引量も順調に伸びており、デュレーションを考慮すると通貨スワップのリスク量の伸びはより大きいものと予想される。それほど伸びていなかった通貨オプションが、直近2年で急速に増えている。

取引主体別にみると銀行などのディーラーのシェアは、ここ2年を除けばほぼ横ばいで、その他金融に分類されるファンドやマーケットメーカーなどの取引が10年で倍増しており、今やディーラーをはるかに凌ぐ取引量となっている。CCPのシェアは為替については小さいが着実に増加しており、全体の15%に迫っている。

通貨別ではやはりドルが圧倒的なシェアを占めており、次いでEUR、JPY、GBPという順番になっている。近年は横ばいだったJPYの取引量が若干増えつつある。為替取引に関して言うとUSDとEURの差は依然として大きい。

次に全体の8割近くを占める金利商品だが、こちらは10年で約20%増で、上期に増えて下期に減るという傾向が為替よりも顕著だ。オプションは横ばい、FRAは若干減少傾向にあるので、増加分はほぼ金利スワップに集中している。

金利についても取引主体のメインはその他金融だが、そのほとんどはCCPである。満期ごとの取引量を見ると長期より短期取引の伸びが大きい。1年未満の取引については上期下期の変動が激しく、年末に資本削減やG-SIBスコア削減のために、短期取引のコンプレッションが活発に行われているのが伺われる。

最も興味深いのが通貨別の統計だが、2年ほど前からUSDとEURが逆転している。トランプ関税の話が出る前からUSDからEURへのシフトが起きていたのがわかる。そして、長期低迷していたJPYの取引量が過去2年で急増し始め、昨年下期にはついにGBPを抜き、EUR、USDに次ぐ3位に躍り出ている。

株式デリバに関しては、全体の1%と小さいが、2024年までのデータを見る限り米国の独壇場だ。近年ではEquity OptionやFowardの取引量も増えている。

以上、為替デリバや株式デリバはUSD中心だが、金利デリバについてはEURへのシフトが著しい。現状の米国の財政状況を見ていると、今後本当に米国債からの逃避も継続していくのかもしれない。JPYについては、金融政策正常化を受けてようやく本来の位置に戻りつつあり、為替の世界では常にUSD、EURに次ぐ3番手だったが、金利スワップに関しても、英ポンドを抜いてUSD、EURに次ぐ地位を確立しつつある。特に足元の変化が大きいので、今年このトレンドが続くかどうかに注目したい。

24時間トレーディング

昨年9月に米国NSCCが取引時間を拡大し、それまで夜中の1時半までだった取引期限を朝4時とした。来年2026年からは土日を除いた24時間オープンが予定されている。NASDAQも来年からの24時間トレーディングについて当局承認待ち状態にある。既にオーバーナイトの取引を行っている市場もあることから、将来的には24時間トレーディングが普通になっていくのだろうが、これがOTCデリバとなると今一つ不安感をぬぐい切れない。

先物や為替取引などではリアルタイムマージンを導入して24時間プライムブローカーサービスなどが行われてきたが、リスクマネジャーとしては気が気でなかった。実際に日本の市場参加者でも夜中の2時にアラートが発せられることもあり、契約上は担保が入ってこなければ即時強制終了という条項はあるものの、実務的には様々な問題が発生する。強制終了せざるを得ない個人投資家の場合はこれが標準なのだろうが、そこそこ大きな機関投資家となると、長期の顧客関係もあり、なかなか判断に迷うことが多くなる。単なるオペレーションの遅延ということも多い。

頻繁に発生する為替の急激な変動、数年前の電力、天然ガス、ニッケル等のコモディティ価格の急変、英国トラス政権を失脚させた英国債ショックなどが寝ている間に発生した時に、取引所や金融機関がそれに問題なく対応できるかが重要になってくる。ここまでくると、24時間体制でモニタリングのできるシステムや決済フローを構築する必要があるが、いくらテクノロジーが進歩したといっても、今の状況では、まだ人の力が必要である。24時間稼働をするには日本でシフトを組むのは現実的でなく、海外時間でのオペレーション体制も整えておく必要がある。

当然デリバティブ取引については先の話になるのだろうが、メールでマージンコールをかけて、時価が合うかどうかを照合し、送金手続きを行うという処理では間に合わないことは明らかである。そもそもお互いが取引時価を別々に計算してそれを合わせていては不可能なので、誰かが中立公平なプライスを提供してくれることが不可欠になる。とは言え、技術的には全く難しくなく、決済についてもリアルタイム決済への移行が確実なので、将来的には夢物語とは言えない。寝ている間の極度の市場変動についても、一定のサーキットブレーカーを設ければ対応可能だと思われる。

ただし、そうなる前に各金融機関がシステム投資を怠らず、将来的な金融変革に備えておかなければならない。欧米には遅れているとはいえ、日本でも人手不足が深刻になりつつあるためか、これまで人海戦術で対応してきた部分を積極的に自動化しようという動きが活発になってきている。こうして決済リスクが減ればMPOR(Margin Period of Risk)を減らして必要証拠金や所要資本を引き下げることも可能になるかもしれない。特にアジアの金融機関がこうした対応で急速にキャッチアップする中、こうした対応はますます重要になってくるだろう。