円金利スワップ市場が世界4位に?

久しぶりに日本円の金利スワップ市場のデータを見てみる。JSCCのWebsiteの統計情報から以前作成したグラフに最近のデータを加えてみると、取引が爆発的に増加しているのが一目瞭然である。

https://www.jpx.co.jp/jscc/toukei_irs_archive/index.html

2022年くらいまでほぼ一定だったのだが、2年ほど前から取引が増加し、昨年は過去最高となっている。この勢いは今年に入っても続いており、関税ショックのあった4月は過去最高を更新しているように見える。日銀の金融政策正常化だけでこれほどまでに変わるというのも驚きだが、これが円市場の正常な位置づけと言えるのかもしれない。

それにしても月間200兆円程度だったものが、一気に1,000兆円レベルまで急増するというのはかなりのものである。ついに日本のCCPの取引量もここまで来たかと思うと感慨深いものがある。2025年の5月までの実績ではドルベースで約$31.5tnとなるが、全通貨のクリアリング実績が$750tnだとすると全体の4%くらい、他のCCPの円スワップを加えると8%くらいの地位を占めるまでになってきている。円金利市場の全体像としては、おそらくUSDとEURが3~4割程度ずつのシェアを占めており、次がGBPの10-15%という感じだろう。その次はAUDだったが、このペースだと既に円がAUDを抜いているものと思われる。そうすると、金利スワップでは円が4番目に取引量の多い通貨ということになる。

もう少しデータを詳しく見ていくと、0-2年の短期取引の増加が著しいことがわかる。全体に占める0-2年の取引は一昨年が27%だったのが今年は60%を超えている。一昨年22%あった10年超の取引は8%にしか満たない。したがって、想定元本で見ると取引量が爆増しているように見えるが、デュレーションベースではより穏やかな上昇ということになろう。

短期取引が急増しているのは、日銀の利上げを見越してまずは短期から上昇していくという思惑だったものと思われる。中でも海外ファンドを中心に短期を払う取引が急増しており、その反対方向のヘッジフローがJSCCに流れてきているものと推測される。そう考えると他のCCPではさらに短期が多くなっており、昨今の円金利市場の取引増は短期に偏った一時的な増加という可能性もある。とは言え全てが一時的な動きとは考えにくいため、金利上昇によって想定元本が1年前の3倍になっているが、リスク量でみると約2倍といったような状況なのだろう。

もう一つ、時間があったのでコンプレッションの実績を一つ一つ入力してみた(入力ミスがあったらすみません)。

新規取引の3割程度のコンプレッションが行われているように見受けられ、着実にコンプレッションによる想定元本削減も進んでいる。USDやEURでは通常この数字が7割程度なので、日本円はまだまだといったところだが、それでも毎週コンプレッションを行っているようなUSDやEURに劣るのは当然である。特に海外では、Baselルールの他にもコンプレッションを促すようなガイダンスも存在している。また、JSCCとLCHの今年の取引数と新規取引量を比べるとほぼ同額なのだが、5月末の残高でみるとJSCCが2倍以上大きい。JSCCの方が長期の取引が多いのと、過去の蓄積があるものと思われるが、コンプレッションによる元本削減額の差もあるのかもしれない。

しかし、取引元本が大きくなってしまうということはG-SIBスコアやレバレッジ比率の観点からコストの高い取引とみなされてしまうため、何とかAUDを超えて、GBP並みのコンプレッション比率までもっていければ、円金利スワップマーケットの流動性向上にも資するものと思われる。

さらに、USDやEURでは、昨今のボラティリティの増加によって当初証拠金が増えているはずにもかかわらず、その増加幅が抑制されている。これは数年前から増えてきた当初証拠金の最適化によるものと思われる。USDとEURの他ではGBPでも削減が進み始めている。JSCCでも、こうした海外で行われているコンプレッションや最適化を行う仕組みは既に導入済である。ドルへの信頼が揺らぐ中、EURなど他の通貨へのシフトが今後も続くものと予想され、金利スワップに関してはEURが最大通貨になるのはほぼ確実かと思われる。EURとUSDの支配的地位はなかなか揺るがないが、それに続く通貨としてポンドと円がメインになっていく、いや円が3番目の通貨になっていくというのも、あながち無理な話ではないだろう。

米国債クリアリング規制はスムーズに進むか

米国債の清算集中規制が1年延期になった際は、一旦安堵の声が聞かれていたが、気が付くともう6月近くになり、延期となった期限までもう1年半ほどになってきた。昨今の米国債市場の混乱を考えると、この清算集中規制導入は市場にかなりの影響を及ぼすものと思われるため、そろそろまた本腰を入れて準備に取り掛からなくてはならない時期になってきたと言えよう。

しかし、どのようなモデルでクリアリングを行うのか、法的強制力の確認などの議論があまり固まってこない。金利スワップなどのクリアリングであればかなりの議論があって、業界を挙げた検討がなされてきたが、それと比べると若干拍子抜けだ。デリバティブのときにISDAが議論をリードしていたが、米国債となると若干ISDAの範疇から外れるからなのだろうか。デリバティブの世界に慣れてしまった市場参加者からすると、顧客資産の分別やLegal Enfociabilityなどにおいて、FICCの提案に違和感を感じているようにも見える。

バイサイドの中には、自分が拠出した担保が、参加者破綻時に費消されてしまうのではないかと懸念をしているところもあるようだ。もちろんそんなことはないのだろうが、デリバティブの時のように分別管理や顧客資産保護についての議論が煮詰まっていないようにも見える。

色々なモデルが議論されてはいるものの、バイサイドにとって現状ではFICCのSponsored Repoを使うしか選択肢がない。しかし、銀行がこれを全ての参加者に本当に提供できるのだろうか。Sponsored Repoを提供してもそれほど利ザヤが厚いとは思えない。バイサイドの中には、取引執行とクリアリングを分離するDone Away Modelしかやりたくないというといころも多いが、これには他のCCPの参入、ルールブックの書き換えが必要となる。

FICCがIMと清算基金をともに一つのファンドに拠出するように求めていることも関係しているのかもしれない。現状のSponsored Repomモデルを使えば、バイサイドが清算基金を負担しなくても良いので、その懸念はないのだが、今度は銀行側の負担が大きくなる。

バイサイドがSponsored Repoモデルを使い続けることは可能としたものの、銀行にとってはコストが高いモデルなのでそれをチャージせざるを得ない。また、FICCの新ルールで導入されるSponsored Repoモデル+分別保管モデルを使い、拠出した担保が参加者破綻等に使われないようにすることもできる。しかし本当にそれが確保されるのかというと、ISDAのネッティングオピニオンのような、業界全体が安心感を得られるような法的オピニオンがない。実際に破綻が起きた時に、裁判で自分の拠出金がそのまま戻ってくるという保証が100%ある訳ではない。

Done Away Tradeを可能にするデリバティブのエージェントに近いモデルも提案されてはいるものの、詳細が完全に固まっているとも思えない。そうすると個々のディーラーと顧客との交渉次第ということにもなりかねず、契約交渉に時間がかかってしまう。

以前から言われていることなのだが、株式のや債券の現物の取引所とデリバティブの取引所では、その対応の仕方に大きな差がある。金利スワップのクリアリングに際しては、現物系に比べると、よりユーザーの意見も取り入れながらもきちんとリスク管理を行うという方針が貫かれているようにも思える。

日本でもレポのクリアリングとIRSのクリアリングの仕組みは結構異なっていたが、JSCCへの一本化ができたことにより、大きな問題は起きていない。米国でも現物系でありながら、デリバティブの清算にもうまく対応してきたCMEの経験なども踏まえてモデルを作っていく必要があるのだろう。

そんな中、米国ではさらなる規制緩和に向けた発言が注目された。SLRの分母であるレバレッジエクスポージャーから米国債を除くという議論が長年続けられてきたが、先週金曜、夏にかけて何らかの動きがある可能性があるとのコメントがベッセント財務長官からあった。今回は本当に米国債除外が進むのかもしれず、そうなると米銀には追い風になる。

まだまだ米国債を巡る動向からは目が離せない。

レポのヘアカット問題

1年遅れになった米国債レポの清算集中規制導入を約2年後に控え、RepoのヘアカットがISDAの年次総会で話題に上がっていた。2年くらい前のにOFRのブログで紹介された、米国債レポの74%がゼロヘアカットという分析を巡る議論だ。

そもそもレポのヘアカットは金利スワップ等とは異なる発展を遂げてきた。金利スワップなど通常のOTCデリバでは、マージンコールからクローズアウトまでの期間を考慮して、10 day 99% VaRなどがIM(当初はIA)の目安として使われていた(IAはIndependent Amountの略)。つまりギャップリスクをカバーするための担保をIMとして取ろうというコンセプトである。したがって、双方にリスクが発生することから、固定金利を受けようと払おうと、信用力に劣る方がヘアカットを負担していた。

しかし、レポの場合は有担保貸付という要素があったからだろうか、お金を貸す方がヘアカットを要求するということもあり、一方が例えばプラス1%のヘアカット、他方がマイナス1%のヘアカットということもあり、しかも信用力の高い銀行サイドであってもお金を借りているのであれば、ヘアカットを負担するという慣行もあった。この場合の1%ヘアカットもVaRなどで計算しているわけではなく、どちらかというと市場慣行ということで決まっており、年限による差もあまりなかった。最近はこのマイナスヘアカットの慣行は稀になってきたと思うが、ヘアカットの水準はリスク対比かなり低めに設定されている。

金利スワップでIAを計算してきた人にとっては、レポの担保は非常に不思議な理屈で決まっていると思われていた。2年債のギャップリスクと30年債のギャップリスクは全く異なるため、金利スワップではIMに大きな差をつけている。国債を担保に受け取る時も年限によってヘアカットに差をつけるのが一般的だ。にもかかわらず、レポ取引になるとヘアカットは「適当に」決められているような印象さえ与えていた。

どれくらいヘアカットが取れているのかを調べてみようと思ってデータ分析をしてみれば、OFRが言うようにほとんどゼロヘアカットが多く、リスクに対して不十分な担保となっていることがわかる。しかし、OFRも言っているように、RepoとReverse Repoでリスクがオフセットするケースではヘアカットをパッケージでゼロにすることも多い。金利スワップのように厳密な計算をしないため、2年のRepoと10年のReverse Repoでもかなりヘアカットを減らしていたケースもあっただろう。特にヘッジファンド側も単純にレポ取引をアウトライトで行うことは少なく、金利スワップや先物と組み合わせて取引をすることが多いので、ヘアカット引き下げのプレッシャーはかなり厳しかったことが容易に想像できる。

金利スワップとレポを組み合わせてネッティングすることはできないので、ヘアカットを減らすというのは間違っているのだが、実際の破綻時には民法上の相殺ができるので、IMがなくても良いのではないかという議論がある。もちろん、プライムブローカーであらゆる取引をまとめてポートフォリオマージンしているような場合には、ある程度のIM減額は正当化されることはあるだろう。

米国債の清算集中規制のドライバーともなったベーシス取引は、国債価格と先物価格の差を取る裁定取引で、そこで使われた米国債をレポに出してファンディングをするのが通常である。ヘッジファンドがレポと先物の両方を同じディーラーと行っているときは、ディーラーがそのリスク相殺を認めレポに対してヘアカットを免じることがあったが、これもプライムブローカーのようなケースだろう。厳密には契約が違ってNetting Enforceabilityが確保されていない場合はこのようなヘアカット免除は行ってはならないと思うのだが、交渉力の強いファンドの場合はこれができているのだろう。

当局としては、国債と先物のベーシス取引が国債市場を混乱させることを恐れており、レポのヘアカットが不十分である点も問題視している。CCPでクリアリングすることが義務付けられれば、こうしたヘアカット減免などの慣行がなくなり、国債市場の安定化につながるという読みなのだろう。ほかには最低ヘアカット水準を決めるという方法もあるが、異なる年限である程度のリスクオフセットがあるものや、国債と先物、金利スワップとレポなど、どこまでオフセットを認めるかということを考え始めると結構難しい問題に突き当たる。

日本でもJGBレポのヘアカットは0.5%とか1%で、ある程度取引相手の信用力に応じて2%や3%が使われていることもあろう。しかし、日銀の適格担保要綱にあるヘアカットを見ても1年以内は1%(評価額99%)だが、30年超になると6%になっている。JGBについてもヘアカットはかなり足りていないと言えるが、これまで円金利の変動が少なかったことからあまり問題視されてこなかった。しかし、金利が上昇し、昨今のような変動が生じ始めると、日本のレポについても何らかのコントロールが必要なのかもしれない。

欧州における市場安定化策

英国の「ギルト・ショック」は、英金融当局に相当な危機感を抱かせたのだろう。2022年9月に金利が急上昇した際、多くの年金ファンドがマージンコールに応じるため、保有していた英国債の売却を余儀なくされ、それがさらに英金利の上昇に拍車をかけた。この事態を受け、英金融当局は同様の事態が再発しないよう、さまざまな対策を議論しているようだ。

その一つが、銀行以外のバイサイドに対する緊急レポ貸出の導入である。これは「CNRF(Contingent Non-Bank Financial Institution Repo Facility)」と呼ばれ、最低20億ポンドの英国債を保有するLDIファンドを対象としている。これにより、急なマージンコールが発生しても、英国債を売却せずに、同債を担保に中銀から資金の融通を受けることが可能となる。

もっとも、この制度は規模が大きく、かつレバレッジが低いLDIファンドにしか適用されず、年間手数料も発生するため、利用を希望するかどうかは慎重に判断されているようだ。また、実際に市場ショックが発生した場合、他のレポ手段よりもコストが高くなる可能性もある。

とはいえ、何かが起こった際にこのような準備があることは、リスク管理上はポジティブだといえる。過去の金融ショックの多くは、「ありえない」と考えられていた事態が現実となったことに起因しており、そのような極端なケースに備えた保険を、多少コストが高くてもあらかじめかけておくことは有意義だ。同じ対応を民間の保険会社に依頼した場合、さらに高額になるだろう。本来であれば、リスクテイクを規制で抑制するよりも、こうしたファシリティを整備するほうが、よほど市場の安定に寄与すると考えられる。

もちろん、こうした備えを中銀が用意すること自体がモラルハザードにつながるという意見もある。しかし、2022年の「トラス・ショック」のような混乱を未然に防ぐことは、中銀にとっても大きなメリットがある。

一方、欧州では、CCP(中央清算機関)に対し、金融危機時に流動性を供給する新たなプログラムが発表された。これまでCCPへの流動性供給はモラルハザードの観点から否定的に捉えられていたが、市場インフラとしてのCCPの重要性を考慮すれば、欧州当局の対応も必ずしも過剰とはいえない。もちろん、こうしたプログラムを事前に準備せず、何かが起きたときに対応すればよいという考え方もあり、日本はどちらかといえばこのタイプかもしれない。しかし、あらかじめ市場に安心感を与えることにも一定のメリットはある。特に、資本規制が厳格な海外では、このようなプログラムの存在が、対応のための資本コストを軽減し、銀行側にメリットをもたらす可能性がある。

いずれにせよ、欧州では市場流動性を高めようとする動きが徐々に見られるようになってきた。少なくとも、米国よりはまともな議論が行われているように見える。