内部モデル方式の存続

銀行が自ら計算したものなど信じられないということでIRB(内部格付手法)が存続の危機に瀕している。規制上意味がないのであればリソースを割く必要はないというこで、モデルの高度化などにコストをかけないようになってきている。これまで長年蓄積してきたデータもお蔵入りになってしまっており、長年リスク管理業務に従事してきた身としては忸怩たる思いがある。

銀行が自らリスク管理能力を高めようというインセンティブを削がれてしまうのは仕組上望ましくないのだが、規制は関係なくとも銀行はIRBをメンテナンスすべきかどうかという問題が残る。標準法だけをベースに投資判断をするようになれば、リスクの高い投資をすれば資本効率が上がる。レバレッジ比率なども、リスクの高い社債でも国債でも資本コストが元本だけに依存するのなら、リスクの高い資産を持つ方が資本効率が良くなる。バーゼルのアウトプットフロアや米国Collingsフロアもあるので、ますます簡単な標準法への依存度が高まってしまっている。

こうした簡便法はあくまでもやりすぎを防ぐためのバックストップであり、本来のリスク管理はより高度な内部管理を行っていくことが重要だと思う。銀行の経営陣のリスク管理能力が高ければ、リスキーな取引に対するコントロールが効くかもしれないが、特にデリバティブリスクとなると、ローン、M&Aなどの畑から昇進してきた経営層や、社外取締役の意見が強くなり、細かなリスク管理が行えなくなってきているところが増えているようにも見える。

昨今のコストカット圧力を考えると、何らかの形でIRBを存続させるようなインセンティブを与えた方が良いとは思う。銀行が信用できないというのなら、標準法で資本賦課を行うのはやむを得ないのかもしれないが、過去20年間に蓄積したデータやノウハウを残すためにも、IRBを使うインセンティブを何らかの形で残した方が良い。

銀行サイドも特に海外では巨額の罰金が科されるため、当局をあざむくような行動は取れなくなってきているし、それによって信用を失って破綻の危機に瀕する可能性もある。銀行不信は米国民主党に強かったため、共和党政権かでは少しましになるかもしれないが、今のうちに本来どのような規制が望ましいのかを再考すべき時が来ているのだろう。

JGBリパックのリスク管理について金融庁が警鐘を鳴らしている

金融庁が地方銀行に対し、国債仕組み貸し出しのリスク管理強化を要請したというニュースが報じられた。最初はよくわからなかったが、要するにJGBリパのことだった。SPC(特別目的会社)を設立して国債を入れ、その裏でデリバティブ取引を行うなどと書かれると、怪しい商品に見えるかもしれないが、実際は単純に金利スワップなどのデリバティブ取引を債券の形で行うだけの商品であり、これは日本では昔から活発に取引されているものだ。

一部の報道では、SPCから先で行われているスワップ取引の詳細が地方銀行側には明かされず、ブラックボックスになっているとされているが、さすがにそのようなことはないだろう。

金融機関内部でも、役員クラスがデリバティブに詳しくない場合、仕組みやストラクチャードなどという言葉に嫌悪感を示すことがあるが、こうした報道だけを見ると、再び地方銀行が複雑なリスクを取っているような印象を与えることになる。確かに、複雑なペイオフを持つ商品が売られることもあるが、実際には極めて単純な仕組みであることがほとんどだ。

それよりも、単純に国債を購入して金利スワップで変動金利にするアセットスワップを選んだ方がよいのだが、そうすると金利スワップの時価評価が毎日必要になるため、JGBリパが好まれる傾向にある。JGBリパにすれば、満期保有有価証券として時価評価を避けることが可能だからだ。また、ローン残高として計上できるという理由もあるかもしれない。また、英文のISDAマスター契約の締結や担保管理が煩雑であるという事情も影響している。しかし、SPCの組成や各種契約にかかるコストを考えると、デリバティブ取引をするよりは割高になることは確かだ。

いずれにしても、他国ではそれほどポピュラーな商品ではなく、日本における取引量が突出していることは間違いないだろう。

確かにデリバティブが含まれているため、どんな取引でも可能であり、複雑な商品が地方銀行や信用金庫に売られている場合もあるかもしれない。最近ではフィデューシャリー・デューティーを意識しなければならないため、金融機関側でも慎重になっているはずだ。しかし、もし地方銀行や信用金庫がリスクを理解せずに取引を行っているのであれば、それは改善しなければならない。

とはいえ、そろそろ面倒くさがらずにISDA契約を締結し、証拠金規制に従って担保授受を行い、時価評価を実施するという正攻法に切り替えた方が良いのではないだろうか。金利スワップを用いて金利リスクを適切に管理することは重要である。時価評価を行っていなかった国債ポートフォリオから巨額の損失を出して破綻したシリコンバレーバンクの例もある。

日本でも、デリバティブが投機の象徴ではなく、適切なリスク管理のためのツールとして広く理解されることが望まれる。

米国債クリアリングの準備が進まない

通常、規制施行開始の1年前までに詳細が固まっていない場合は、規制の施行延期が行われることが多いと思っていたが、米国債のクリアリング規制に関しては今のところ延期の話が出てこない。トランプ政権の影響も、まだデリバティブ規制などに及んできていない。

クリアリングブローカーである金融機関は、顧客との契約を年末までに変更しなければならないが、CCPサイドのルールブックも最近変更されたばかりで、その内容を精査して、契約のひな型を作るにはもう少し時間がかかる。顧客資産の分別管理、クリアリングを行わなず執行だけを行うディーラーを使えるようにするモデルなど、いまだ固まっていない内容が多い。

現状ではFICCが唯一のCCPだが、CME、ICEなどが参入をすることになっている。それぞれのCCPがどのようなモデルになるのか、それに応じてどのように分別管理や担保管理のやり方を決めなければならないが、あまりに時間が少ない。SIFMAが標準的な契約のテンプレートを作成しようとしているが、この作業にはまだ時間がかかりそうだ。

金融機関サイドでは、ネッティングオピニオンなどを取って、どの程度の資本コストになるかを正確に予測するのも重要である。FICCとCMEは国債取引、レポ、先物間でのクロスマージンを提供する予定だが、クリアリングのそれぞれの顧客レベルでクロスマージンのベネフィットが得られるかも精査しなければならない。

また、改革が約束されていたSLRについても何らアナウンスがでておらず、G-SIBサーチャージの引き続き制約となる。金融機関サイドも、いくら規制だから顧客を助けるためにクリアリングを提供しようと頑張っても、資本コストが大きく赤字になるようだと、今一つ本腰を入れて作業が進めにくい。これはOTCクリアリングでも明らかになったことである。CCPでの集中清算を進めようと努力したら、あまりにも資本コストがかかるため、ビジネスとして成り立たなくなる可能性は否定できない。

こうした数々の課題を考えると、やはり延期しかないのではないかと思えてくる。そうなると来年6月が国債、再来年末がレポというタイムラインが適当なのではないだろうか。延期されないとなると、日本でも対象となる市場参加者が一定程度いるため、これから急ピッチで契約やオペレーションの準備を整えなければならないだろう。

政治的リスクとデリバティブ解約権

今年のISDAの目標の一つに1998 FX Definitionsの改訂が含まれている。ロシアのウクライナ侵攻を受けて為替市場で混乱が生じたが、これに対応するため、市場標準の確立が望まれている。これはロシアルーブルへの対応にとどまらず、中国や台湾などの取引がどのように扱われるかという点で、アジアにとっても非常に重要である。

ロシアと同様にアジアでは、オンショアとオフショアで市場が分かれている国が多く、政治的リスクが顕在化した場合、これらの市場で分断が起きることが予想される。海外では、このような危機に備えてどのような対応を取るべきかについて当局の関心が強いが、日本でも同様の対応方針を決めておく必要がある。

万が一、台湾に対する軍事侵攻があった場合、為替市場では大きな混乱が起こるだろう。台湾ドルの暴落、西側諸国の経済制裁、中国の外貨流出禁止などが発生する可能性が高い。中国企業と取引をしていた場合、経済制裁によってデリバティブ取引の支払いができなくなり、デフォルトが発生する。この場合、支払えないのは西側諸国側であり、デフォルトが発生するのは中国企業ではなく、米国や日本サイドである。ただし、デフォルトではなくIllegalityとなる可能性が高いが、米国や日本サイドがAffected Partyになる点は変わらない。

このような場合、中国企業は期限前解約を行うことができ、その際の価格決定権も持つことになる。オフショア市場は混乱しながらも価格を得ることができるだろうが、オンショア市場は比較的落ち着いているかもしれないも価格がオフショアの投資家には見えずらい。いずれにしても、解約価格がどのように決まるかは予測が難しい。現在でもオンショアCNYとオフショアCNHでは価格差があり、裁定取引が活発に行われているが、政治的混乱時にそのスプレッドがどの程度乖離するかは予測できない。また、資金の国外流出が禁じられた場合、担保が受け取れるかも不確実である。

FX Definitionsの話に戻ると、この定義集の中で、Disruption Eventがどのように規定されるかが注目されている。ウクライナ危機はDisruption Eventに該当しなかったため、自動的に取引を解約することはできず、各社ごとに交渉して解約の道を模索するしかなかった。

為替取引の場合、ロシアの時のように経済制裁が発生しても、何らかの猶予期間が設けられることが多い。確かロシアの時は米国が3ヶ月、英国が1ヶ月だったと思われるが、この期間内に期限が到来する取引は満期を待てばよいとされる。市場の規模を考えると、中国元の場合は3ヶ月程度が与えられる可能性があるが、保守的に1ヶ月としてプランを策定する企業が多いだろう。

本来であれば、猶予期間内に満期を迎えない取引については、自動的に解約手続きを進めることができるようにしておくほうが不確実性が少なくなる。経済制裁におけるIllegalityの行使については、どちらをAffected Partyとするのか、双方をAffected Partyに指定することができるのか、または解約価格について共通の価格決定メカニズムを設けるなどの手当てが望ましいと考えられる。