Basel III Endgameのインパクト

FRBのBarr副議長から、米国Basel III Endgameの緩和についてのアナウンスがあり珍しく日本の新聞でも報道された。大銀行に対する資本負荷の増加が当初の19%から9%に減るだろうとのことで、かなりの譲歩となる。資産規模2500億ドル以下の中堅銀行をバーゼル規制から除外するという内容も含まれている。昨年シリコンバレーバンク破綻後から比べるとかなりのトーンダウンとなった。

修正案の内容は各種メディアで洩れ伝えられてきたが、講演の内容をFRBのウェブサイトで改めて確認すると、かなり興味深いものとなっている。講演の冒頭で、自己資本規制が強化されれば、銀行のコスト増を招き、ひいてはそれが家計、企業、顧客に転嫁されると述べており、米国の一般市民への影響を懸念したような言い方になっている。

資本強化によって、住宅を初購入する人、マイノリティの地域社会、低・中所得の借り手が影響を受けることを懸念するといったコメントもあり、世論を気にした言い回しが目立つ。実際に住宅購入者に配慮した緩和もなされている。

金融業界にとって重要なのは、「市場リスクとデリバティブ」と題したセクションだが、まず内部モデルを使うインセンティブを高めるよう配慮されている点が目を引く。これはリスク管理のレベルを高めるために重要だ。

そしてクライアントクリアリングに対する資本要件を大幅に緩和するとも書かれている。クリアリング顧客向けのCVAが削減され、G-SIBスコアの計算からもクライアントクリアリングの取引が除外されるものと思われる。クライアントクリアリングの未上場企業に対するリスクウェイトも下がりそうだ。これは、信用力が高いものの上場していないファンドやPrivate Equityなどに対する取引に有利に働く。

また、レポの最低ヘアカット導入も欧州同様見送られることとなった。全般的に、言い方は悪いが銀行の完全勝利といった内容だ。しかし、金融危機後に進めてきた規制強化によってCCPでの清算を進めてきたため、清算取引に対する資本賦課を緩和するのは理にかなっている。シリコンバレーバンク破綻後に行き過ぎた規制強化が、数々の議論を経て落ち着くべきところに落ち着いたという感じだ。

ある程度この緩和を予測していたためか、大手銀行がすでに資本増強を見送り始めているとも報じられている。JPMなどは、直近16億ドルの優先株の償還を迎えた後は、1/4以上の資本が減少する。BoAも13%削減、GSやウェルスファーゴなどについてもTier1資本の削減が見込まれる。特に資本規制強化を見越してTier1を積み上げてきた分が必要なくなるので、大手行の経営に余力が生まれROE向上の余地が生まれる。

その割にはこの発言後大手銀行の株価は上がるどころか下がったところを見ると、市場としてはもう少し大胆な緩和を予想していたのかもしれない。しかし、個人的にはこれくらいの緩和が適当だったのではないかという印象だ。足元では第三四半期の業績不安から銀行株が売られたという事情もあるので、ここから銀行株は持ち直す可能性もある。

米国の規制後退を予見して、EUと英国も最終化を先送りにしてきたが、今後はどの程度厳しい規制が入るかというよりは、どこまで緩和されるかという点に焦点が移る。もちろん、ここで大きな市場ショックや銀行危機が発生すれば全く逆回転するだろうが。

金融機関の対応も大きく変わることになるが、海外の場合は人員配置にまで影響が及ぶので混乱が大きい。膨張し続けるリスク管理部門の人員増加に歯止めがかかるかもしれないが、内部モデルを担当していたクオンツの人員削減は止まるかもしれない。金融機関の経営は、市場動向や顧客ニーズというよりは、規制の方向に注意を払うことがより重要になってしまったように思う。

米国ストレステストの結果に対する不服申し立てが初めて認められた

GSがFRBのストレステストで資本増強の必要性が示唆されていたが、その後の不服申し立てを受け、FRBが修正を受け入れることとなった。早速GSからはその旨のアナウンスメントが出されていた。ストレステストの結果が公表された際には、GSはStress Capital Buffer(SCB)の予想外の増加を受けて自社株買いを抑えるとしていたが、これで資本余力が生まれることとなる。SCB自体は6.4%から6.2%に引き下げられたとのことなので、その影響は小さくない。

FRBは、ストレステストの透明性を高める狙いもあり、2020年からこうした申し立てを受け付けるようにしてきた。しかし、これまで9件の申し立てはすべて否認されてきたが、今回は決定が覆る初めてのケースとなる。


当初結果では、重大なストレスのかかった状況で$40bnの損失が出るという計算だったが、GSとしては、すでにリスクを処理していた消費者向け融資部門のグリーンスカイについての追加損失について反論をしたようだ。FRBとしても、処理をほぼ終えていたものに対する損失だったので、反論しにくかったのかもしれない。

通常大手米銀に対して要求されるTier1資本には、4.5%の最低基準額、ストレステストの結果も踏まえた最低2.5%のストレス資本バッファー、そしてグローバルにシステム上重要な銀行に対する追加チャージがかかる。近年はこのSCBとG-SIBにかかる追加チャージが米銀の軽系を大きく左右するようになってきている。

今回の修正によって、GSの最低ティア1資本は13.9%から13.7%へと緩和される。JPMが12.3%、BoAが10.7%、Citiが12.1%であることを考えるとやはり証券系のGSとMS(13.5%)に対する要件が高くなっている。この要件を満たせないとボーナス支払いに対する制限や配当制限がかかるため、その影響は大きい。

配当制限はまだしも、ボーナス制限が大きな問題になるというのが、日本との大きな違いなのだろう。しかしFRBの文書を読むと反論を受けてきちんと検証した形跡が伺われ、当局と銀行が健全な議論を闘わせている様子が伺われる。資本規制の重要性からすると、今後もこうした緊張感のある議論が続いていくのだろう。

米国バーゼルIII Endgameの修正が意味するもの

米国のBasel III最終案について、早ければ今月9月19日にも詳細が明らかになるという報道が相次いでいる。今回は金融業界サイドのロビー活動も、訴訟を含む前例のないレベルで展開されており、資本規制強化はアメリカ一般市民の生活を脅かすとした主張も功を奏したのか、一定の譲歩を引き出せそうな雰囲気になっている。

今回の修正案では、オペレーショナルリスクに関する規定を中心に変更が加えられるとするコメントも紹介されている。ウェルス・マネジメントやクレジットカード業務など、手数料ベースの非金利業務に対して銀行が割り当てなければならない資本の削減が見込まれている。

また、今回の修正は、以前の計画を全面的に書き直すものではないが、G-SIBの市場リスクに関して内部モデルを使える余地を広げるものになると報道されている。依然詳細な内容はわからないが、内部モデルが利用できる範囲が拡がることはリスク管理の進歩のためにも望ましいことである。

というのも、金融危機後の各種規制導入が進むにつれ、金融機関のリスク管理能力が低下しているような気がするからである。特にデリバティブリスクに精通したトップマネジメントが少数派となり、ローン残高や想定元本などのサイズのみを抑えようという動きが強くなってきた。内部モデルで自らがリスクを定義し制御していた頃とは異なり、標準法でリスクが大きいとみなされる取引に注目する傾向がますます強まっている。

こうした昨今のルールの下では、レバレッジ比率やバランスシートの制約が大きいため、単純に想定元本の大きい取引がリスキーとみなされる。単純な例を挙げれば、元本100億円で1%の固定金利と変動金利を交換するスワップと、元本10億円で10%の固定金利と変動金利を交換するスワップは同じキャッシュフローになる。しかし、元本は100億円のスワップの方が10倍大きい。これはあくまでも極端な例だが、いくらでも複雑なフォーミュラのキャッシュフローに変更することは可能である。

またVaRやPFEが実際のリスクを正しく把握してこなかったという声も大きくなっており、特に米国ではVaRからストレステストへと、リスク管理の手法のメインストリームが大きく変化しつつある。VaRやPFEは一定の確率で起きる事象なのだから、それが頻繁に起きたからといってリスク管理の失敗とは言えないと思うのだが、内容もよくわからずにPFEは適切なリスク指標ではないと報じられるケースも増えているようだ。本来であれば、VaRの限界を理解した上で、リスク制御を行えば良いものを、すべてストレステストに変えてしまうと、ストレスシナリオがどんどん極端なものになっていくだけである。

その意味でも、今回の米国のBasel III Endgameがどのように決着するかは極めて重要である。今後数週間の間に出てくる最終案に注目が集まる。

8月に起きた市場変動に対するBISの分析

先月8月5日の市場変動についてのBISの分析ペーパーが出ている。基本的には各種報道されている通り、キャリートレードの巻き返しが主要因としている。株式や各種オプション取引も、急激な市場変動がないということを前提としたストラテジーなので、一旦市場変動が起きると急速にポジション解約が進み、市場変動が増幅される。

しかも、近年は高速取引が増えているほか、市場変動がVMのみならずIM所要額をも引き上げるため、さらに変動が加速する。このペーパーの著者も言っているように、市場が落ち着いているときに巨額のポジションが蓄積され、それが一気に解約されるというリスクが高まっている。

レバレッジのかかったキャリートレードは、8月5日に至るまで相当に大きくなっており、それが一気に解約されているが、最も大きかったが、円ショートのポジションだった。これだけが原因ではないだろうが、結局最も大きく変動したのが日本株だった。きっかけは前の週の日銀の政策変更と米雇用統計だったが、この二つともそれほど大きなトリガーとは言えない。ポジションが大きくなりすぎると、ちょっとしたニュースでも急激な市場変動が起きる。

著者は8月5日までに蓄積された投機的な円キャリートレードのポジションは$14bn程度としているが、実際はデリバティブポジションなども併せて$160bn程度はあったと予想している。このポジション解消の動きの要因として、FX業者による個人投資家のポジション解消を挙げている。つまり、メディアで報道されている分析をデータで実証した形になっている。そして、円やスイスフランといったキャリートレードの常連とされる通貨以外にも、中国元、マレーシアリンギットがFunding通貨として使われていると推測している。

マージンコールによって引き起こされるプロシクリカリティについても言及されており、市場変動によってIMが増えたものとしてJSCCの株式インデックスのIMが60‐80%の増加、国債先物のIMが43%増加した点を挙げている。

全般的にこうした金融市場におけるリスクテイクが高まっている点を著者は懸念している。マーケットが落ち着いた後も、レバレッジを効かせたポジションの一部が急速に再構築されている点も指摘されている。こうした市場変動は金融システムの構造的変化を反映しているとの主張はもっともであるが、さすがに規制強化がこれを引き起こしているまでは書いていないようだ。

キャリートレードは昔から存在しており、日本でも急速な円高が起きないことを前提とした輸入企業の為替ヘッジ(にレバレッジを加えたもの)が原因で、リーマンショック後に多くの中小企業が破綻した。為替取引にレバレッジをかけていなければ今も存続していたと思われる企業も多い。

構造変化により、あの時と同じことがより簡単い起こりやすい状況になっているというのだから、一層注意が必要ということなのだろう。今回の相場でもそうだったが、マーケットはオーバーシュートしやすくなっているため、一時的には思いもよらぬ変動が起きる可能性があり、それが突如巨額のマージンコールを引き起こしてしまう。

為替介入は批判されることも多いが、ここまで市場変動が激しくなってくると、要は株式市場のサーキットブレーカーと同じようなものなのだから、頻繁に行われない限り、もう少し正当化されても良いのかもしれない。