AI時代の取引執行コスト

引越し、車や不動産の売買その他あらゆるサービスで相見積もりを取るのが一般的だが、金融取引でもこれはある程度同じである。しかし、だからといって自分の行いたい取引を数多くのディーラーに聞きに行くと、マーケットを動かしてしまうというのが大きな違いである。

引越し業者10社に聞いたとしても、引越し業界全体の引越代が上がるということはないが、金融取引の場合は、逆効果になることがある。したがって、流動性が低くサイズの大きい取引は、1社でExclusiveに行ったり、せいぜい2~3社に絞って取引をすることが多い。取引を受けるディーラーサイドも、他に情報が漏れない方がマーケットインパクトが少ないので、Agressiveにプライスを出せる。

引越しで多くの業者の見積もりを一括で取ることがあるように、電子取引だと多くのディーラーに情報が流れていくことがある。為替や株式などでは、これを避けるためにサイズをスライシングして小分け注文にすることも多い。金利スワップやJGBの場合は、ボイスで取引をすることになる。だが、これもテクノロジーの進歩によって将来的には解決される問題だろう。

特に為替取引においては、取引をスライスせずに一括でフルサイズの取引を行うケースが増えてきており、CBOEでは全体の1/3、360tでは7割がフルサイズオーダーになっているとも報じられている。確かに株式取引などを海外で行う時も、オーダーは一回で出したものが、時間差で色々な価格で執行されていき、最終的には一つの平均価格でまとめて報告されてくることがあるが、これも似たようなものなのだろう。

当然どのような取引が収益性が高いかといった分析は簡単に行えるので、それに応じて営業職員、そして顧客すら評価することは可能だろうし、AIの利用が本格化する中、こうしたことを実際にやっているところも多くなっているものと予想される。また先日8月5日のようにマーケットが一方向に動いているときは、逆張りのフローなどは、非常に助かる取引なので、Agressiveに取りたい取引となる。つまり、ヘッジファンドやFX証拠金業者のように、市場の流れに従ってパニック売りをするようなフローは、ディーラーとしても難しい取引となり、実需に基づいた取引は、ありがたい取引ということになる。

難しいのは、最初の取引を執行した後、同じ取引をほかのディーラーで執行されるというものだろう。例えば、あるディーラーが顧客から円を買った後に、さらにその顧客が断続的に円を売り続けたら、円がさらに弱くなって最初に買った円から損失が発生するということになる。もちろん、為替の流動性から考えるとこのようなことは稀かもしれないが、流動性の低い商品、あるいはサイズの大きな取引だとこうしたことが起きても不思議ではない。

これを防ぐために取引プラットフォームでは、最初のオーダーから次のオーダーまで、ディーラーに若干の時間を与えるような仕組みを導入しているところもあるようだ。これをグレーアウトピリオドというらしい。

こうしたマーケットインパクトを予測することによって、顧客サイドはベストプライスを得ることができるようになるし、ディーラーサイドも顧客に良いプライスを提供できるようになる。あるいはプラットフォーム側でマーケットインパクトを減らすような仕組みを導入することも可能だろう。いずれにしても、金融取引の執行方法というのは、今後こうした側面を考慮しながら進化していくのだろう。順番としては、流動性の高い株式や為替で起きたことが、国債や社債、デリバティブ取引に波及していくことになるのだろう。