極端な事情変動に備えて現金担保を無尽蔵に積んでおくのは正しいか?

FSBからマージンコールにまつわる流動性問題についてのペーパーが出ているが、ストレステストを行い十分な流動性を確保すべきという、当たり前の提案にとどまっている。結局は極端な市場変動に備えて十分な現金を保有しておくべきというものだが、ある意味当たり前のことであり、問題解決にはつながらない。

規制強化によって、ディーラーが市場変動時にリスクを取ることができず、バランスシート制約によって在庫を抱えられなくなっているので、市場の変動が以前にもまして大きくなっている。それはどんな状況にも対応できるほど膨大な現金を準備しておければ良いが、それでは非効率極まりなく、年金ファンドなどは、十分なリターンが出せなくなる。

一方で現金以外の担保をVMにも使えるようにすべきという市場参加者のの意見がRisk.netで紹介されていた。記事の中ではMarket Participantsの意見とされていたが、おそらくこれはバイサイドからの意見だろう。セルサイドは、現金以外の担保を受け取ってしまうとそれを他の担保に使うことができないので、デリバティブのプライシングが変わってしまう。当然不可能なことではなく、実際に相対取引で現金以外をVMとして受け入れるケースもあるが、XVAデスクが価格調整をしてリザーブを積むのが一般的だ。割引率も変わってしまうのでデリバティブ取引の時価評価まで変わってしまう。

本来であれば、バイサイドが保有する資産をレポによって現金化すれば、この問題は解決する。しかし、レポを行う資本コストやバランスシートコストが膨大になってしまったので、これをすべての顧客に提供するほどの余裕は銀行にはない。だが、バイサイドからすると、銀行規制の強化によってバイサイドが不利益を被るのはおかしいという主張なのだが、現実的には昨今の規制コストを考えるとレポ業務を縮小せざるを得ない。

バランスシート規制を緩めてレポ取引のコストを下げれば、現在起きているかなりの問題が解決するだろうが、規制緩和は政治的に難しいだろう。

何か解決策がないか色々と考えていたのだが、急激な市場変動時にのみ現金以外の担保をVMとして認めるというのはどうだろう。これだとプロシクリカリティも防げる。あまりにも想定外の市場変動があった時のみ、例えば1週間だけといった形で、こうした担保をVMに拠出できれば、ある程度の混乱は防げるのではないか。

VMとして受け取ると、割引率が変わり時価評価も変わってしまうというのなら、一時的にIMとして受け入れて、落ち着いてからVMに振り替えるというのはどうだろう。特に、毎日のマージンコールに加えて、日中のマージンコールをする場合などは、一旦IMとして受け入れて後にVMに変えればプライシングへの影響は軽微になるはずだ。

よく考えると週次のマージンコールの契約もあるが、VMが現金であれば、日次マージンコールと同じように時価評価が行われている。MPORが長くなるので、その分XVAや資本コストが少し上がっているかもしれないが、週次でOISディスカウントができるのなら、一時的に非現金担保をIMとして受け入れて1週間後に現金をVMとして拠出するくらいなら許容されるのではないか。

ただし、そうは言っても1か月も非現金をVMに受け入れることはできないだろうからせいぜい1週間だろう。ただ、急に現金がなくて破綻するよりは、とりあえず持っている資産を担保に出して時間を稼いでおき、数日から1週間の間に現金を工面する、そしてその間にマーケットが落ち着いていれば、その現金も必要なくなるという仕組は作れないだろうか。

CCPであれば、日中マージンコールが顧客にかかった場合は、クリアリングブローカーが証拠金を短期的に建て替えることがある。この場合、ディーラーサイドでは、まずとれるものを取っておいて、現金を建て替えるというケースはあると思われる。

または、CCPの方でレポを行い国債を受け入れて現金に換えてVMに充てるというプログラムを作っても良い。単なるレポだと難しいが、ヘアカットを多めにとって、例えば50の現金のために100の社債を拠出するといったプログラムだけでも、現金のひっ迫を抑えることができる。

いずれにしても、ここまで市場変動が大きくなってくると、すべてのシナリオに備えて膨大な現金を積んでおくのには限界があると思う。規制緩和が無理ならば、むやみに極端なシナリオに対して膨大な現金を常日頃から持っておくことを要求するだけでなく、何らかの対応策を考えておくことが必要だと強く思う。

ISDA Document Negotiation Survey

ISDAから契約交渉に関するサーベイが公表された。デリバティブ取引の基本契約としては完全に市民権を得たISDAマスター契約であるが、その交渉にかかる時間は思ったより短縮化されていないようだ。証拠金規制でIM拠出が義務付けられ、カストディアン契約等新たな契約が増えたという事情もあるが、それでもここまで標準化されてきたのだから、もう少し迅速に契約締結が可能かと思っていた。

おそらく規制強化と人員不足という理由もあるのだろう。また、自動化やシステム化のための予算がつけにくいという事情も関係しているかと思う。契約交渉のために積極的に人員とコストをかけるところは多くないのは事実である。

契約の中身についてみていくと、ISDAのVersionには1992年版と2002年版があるが、未だに1992年版が半数近く残っているのは驚きだ。各種猶予期間やクローズアウトのやり方などを改善した2002年版を使うべきなのだが、やはり既存のISDAの書き換えはあまり進んでいないようだ。以下が契約のバージョンごとのシェアである。一部1992年版にアドホックに改善を加えるケースもあるが、それでもたったの7%である。

56% 2002年版ISDA
39% 1992年版ISDA
7% 修正1992年版ISDA

実際にデフォルトが起きた時や、ロシアの経済制裁時などは、2002年版の方が実際には有利だった。とはいえ、やはり普段から問題なく取引ができているのだから、わざわざ面倒な契約交渉をしたくないという事情もあるので、本来であれば、新しいバージョンができたときは、一斉に変更するような仕組みが必要なのかもしれない。ISDAのプロトコルに批准することによって一斉に契約の更新を実現することは一般的なので、ISDAのバージョンについても同じことはできないのだろうか。

その他、ISDA Createなど、システム的に契約交渉を行うツールが用意されているにもかかわらず、実際に使っている人は少ないようだ。驚きなのは、80%以上のケースで、メールやWordファイルのやり取りで契約交渉を行っており、20年前からほとんど進歩していない。

契約にかかる時間であるが、半数近くが3か月以上という結果になっている。これは以前からほとんど変化しておらず、2006年との比較では若干悪化してさえいる。1年以上かかるものもあるが、ここまできたら、優先順位が低く何もしないで放っておいている状況に近いものと思われる。

本来であれば、契約に必要な重点交渉項目だけを選択することによって自動的に契約書を作成し、それを当事者間で合意できれば望ましい。そうすれば各種契約項目のデータベース化も容易にできる。そもそもISDAマスターの場合は、ローンのように銀行が一方的に与信供与をする訳ではなく、両当事者ともに与信を供与する側になりうる。このため、できるだけ両当事者に同じ条件が適用できるようにするのが望ましい。片方が信用力に極端に劣る時のみ解約条項、保証、各種トリガーを交渉する必要があるが、それ以外は標準的な条項を双方が適用すれば、本来はそれほど時間がかからないはずだ。

そしてこうした条件だけが合意できたら、あとはAIで自動的に契約を作成すればよい。細かい表現を読み込む必要性がなくなれば、英語の問題も少なくなるはずだ。こうした契約のAI化は、日本にとっても非常にメリットが大きいものと思われるので、何とか進化させたいところだ。