金融危機はFire Sellが引き起こす

デリバティブマーケットで起きた最近の事件は、多くがFire Sell、つまり資産の投げ売りから発生しているように思う。もともとは火事で損傷した商品を安値で売りさばくという意味から来ているのだろうが、これを行うと、資産価格が急落する。

債券の場合は資産価格の急落はクレジットスプレッドの拡大とともに、金利の急上昇を伴う。2020年3月のDash for Cashでは、米国債を売って現金を確保しようという動きが国債暴落に拍車をかけた。2020年10月のGilt Shockでは、マージンコールに応えるために資産を現金化する動きが市場変動を増幅させた。シリコンバレーバンクは破綻時には預金の引き出し請求の増加したため保有米国債のFire Sellが起きた。

つまり、Fire Sellが起きなければかなりの金融危機は抑えられるのではないだろうか。通常市場変動によって短期的に資金が必要になることは頻繁に発生するが、これをレポや短期の資金で賄えれば、手持ち資産を売却しなくても良くなる。または、社債が適格担保に入っていれば、それを担保に出せばよく、Fire Sellを行う必要はない。もっともCCPや海外の証拠金規制では、プライシングが異ならないよう、VMが現金に限定されているので、Fire Sellが起きてしまう。日本の証拠金規制上は変動証拠金に国債が使えるので影響は少ない。

資産、負債のデュレーションミスマッチが危機を増幅させたという反省から、金融危機以降はレポに対するRWAが上がり、レポの流動性が低下している。これが市場変動に拍車をかけているという側面もあるかと思う。米国では、レポのクリアリング規制が議論されている。

やはり、何とかしてレポの流動性を上げて、適格担保を拡大したり、銀行のコミットメントライン、保険などを使って、資産のFire Sellを起きにくくするような政策が必要なのではないかと思う。

SIMMの更新サイクルが年2回になる

先週ISDAから当初証拠金モデルのSIMMのパラメーター更新が現状の年一回から年二回に変更されるというアナウンスがあった。2025年からの変更になるが、年の前半の変更は上期中に決められ8月から実施、年後半の変更は下半期中に決定され、2月から実施となる。

2020年3月の米国金利、2022年の10月の英国金利の他、コモディティ価格の乱高下などが発生したが、その後かなりの時間が経ってからSIMMの変更が行われることに対し批判の声が大きかった。これを受けて今年はSIMM 2.5Aと称してオフサイクルのCaliburationが行われた。これは5月5日に公開され、7月15日から実施されたが、現場ではそれなりの混乱を招いた。

市場変動が大きかったためアドホックでモデルのパラメーター変更が行われるのは仕方ないのだが、やはり変更時には準備期間が必要である。その意味では年二回に変更して変更適用時期も2月、8月と決めておくのは、市場参加者の準備、当局への報告などを考えると望ましい変更と言えよう。

とは言え、証拠金の増額によるプロシクリカリティには根深い問題がある。例えば市場変動が大きくなり金利上昇したのだから、その分証拠金を増やすというのは当然なのだが、それによって保有する国債を売却して現金を捻出する市場参加者が増えると、さらに金利上昇が激しくなる。

このようなプロシクリカリティの問題の他に、増え続けるCCPの証拠金に耐えかねて、CCPから取引を移したいという参加者が出てくることが懸念される。また、相対取引であっても、有担保取引を無担保に変更したい、Thresholdを上げたい、CSAの条件を変えたいという要望が出てくる。

せっかく清算集中、証拠金規制によってカウンターパーティーリスクが減ったのに、証拠金の急増によって、脱CCP、脱担保取引の動きが見られてしまうという問題がある。これは非常に難しい問題であるが、適格担保の拡大やレポ取引の利用、銀行の信用状、保険など、個人的には様々な方法があると思っている。米国CFTCなどでは適格担保にこれまで禁じられていたレポを使ったMMFを加えるという提案がなされていたが、これもプロシクリカリティを抑える働きがある。

しかし、本来は激しい市場変動が起きないのが望ましい。それにはマーケットが一方向に動いたときに反対をとるディーラーやヘッジファンドなどの存在も重要である。規制によってこうした行動を抑えに行くと、流動性が枯渇し、市場変動が激しくなるということは、常に意識しながら規制の設計が行われることが望まれる。