英国がバーゼルIII最終段階を半年延長

英国がバーゼルIIの最終案の施行時期を半年遅らせるという報道があった。もしこれが本当であれば米国と同じ2025年7月からの開始となり、EUが先に2025年1月に開始となる。当初は2021年1月という話をしていたので、かなり延期された印象だ。ただし5年とされていた段階摘要の期間が半年短くなるので、最後の日程は変更ないということになるようだ。

市中協議において各方面からのコメントが数多く寄せられたため、その対応に時間がかかっている模様だが、年内には最終案の詳細を大筋固めて発表するとのことだ。

米国が更に半年延長させるという噂もあるので最終的にどうなるかについては不透明さが残る。EUも同じように延期するかもしれないが、そもそも段階適用の期間が長かったので、そのまま施行される可能性も高い。

日本はこうしたターゲットを守り通すことが多いが、海外ではこうした規制の延長が頻繁に起こる。これも文化の違いなのか柔軟性があるというのかよくわからないが、ここまで環境が大きく変わる金融においては、ある程度柔軟な対応も必要なのかもしれない。

クリアリングブローカー不足がそのうち問題になるだろう

米国債及びそのレポ取引の清算集中規制導入の議論に注目が集まっているが、考えれば考えるほど無理があるように思えてきた。もともとレバレッジ比率などの改善によって、最大のネックとなっている資本コストが下がることから市場流動性が向上すると思っていたのだが、どうも昨今の規制の方向性としては、クライアントクリアリングビジネスに対して厳しい。

多くのバイサイド顧客が自らメンバーとなってクリアリングに参加し、相応の負担をするのであれば問題ないかもしれないが、今の議論だとFCM(Futures Commission Merchant)であるブローカーに対する負担が重すぎるように見える。

DTCCのホワイトペーパーによると、このクリアリング規制よって一日1.63兆ドルもの取引が新たにクリアリングされるだろうとのことである。内訳はレポが$500bn、Reverse Repoが$520bn、国債の現物が$605bnである。もし多くのバイサイドがFCMを通じてクリアリングに参加しようとすると、数少ないディーラーが各種コストを負担した上でサービス提供することになる。

10年前にクライアントクリアリングビジネスが生まれた時には予想できなかったのだが、このビジネスの収益性は資本コスト対比かなり低い。にもかかわらず、顧客からの要求は結構厳しい。もともと規制で義務付けられていることなので、そのサービスを提供してもらって当然感覚もあるのかもしれない。規制が強化されてコストが上がっても手数料引き上げは非常に困難である。

燃料や原材料費の急騰によってラーメン屋の廃業が相次いでいるというニュースがあったが、それと同じ状況だ。ラーメンを1500円とか2000円にすることができないから撤退するのと似たようなことが、クリアリング業務にも起きているように思う。

クライアントクリアリングにかかる資本規制強化は留まるところを知らず、資本賦課は上がり続けている。CCPの流動性が足りなくなった時に、一定の流動性提供も義務付けられている。そのために一定の資金を常時準備しておくか、そのような場合に資金手当てができるようにラインを作っておかなければならない。そしてこの偶発流動性提供に対しても資本賦課がかかる。

こうしたコスト高から、採算が合わないということでクライアントクリアリングから撤退したディーラーも多い。残っているところも、業界のために続けているのか、あるいは重要顧客に対して途中で辞めるとも言い出せず、仕方なく続けているところもあろいう。

特に年間の取引量が少ないところや、取引が一方向に偏るところでは、クリアイング難民が生まれてきているように思う。この状況で清算集中義務を課せば、かなりの混乱が予想される。米国はもう少しブローカーが多いのかもしれないが、日本のJSCCでクライアントクリアリングサービスを提供しているのは現状6社のみだ。これで100社以上の顧客にサービスを提供しているのだから、そのうち一社に何かあった時に、決められた2日の期限内に残りのブローカーに直ちにポジションをポーティングできるかどうかは定かではない。

もしクリアリング規制を強化するのであれば、全体としてのシステミックリスクが発生しないように、市場のキャパを広げる施策を同時に打つ必要があるのではないだろうか。一日1.63兆ドルというのは並大抵の金額ではなく、それに付随する資本や義務付け流動性供給などのコストはかなりの負担になる。少なくともクリアリング規制と資本規制強化のバランスを入念に精査する必要があろう。

資産運用業を拡大したい日本と、規制を強化したい米国

海外ではNBFIに対する規制強化の話が徐々に盛り上がりつつある。NBIFはNon-Bank Financial Intermediationの略でノンバンク金融仲介機関などと訳される。以前から議論されてきたことではあるが、米国当局からの発言がここ最近目立つようになってきた。特にイエレン米財務長官が議長を務めるFSOC(Financial Stability Oversight Council)では最近活発な議論が進められている。ここでシステム上重要とみなされると、巨大銀行と似たような規制や報告義務などが科せられる可能性がある。

先週はFDIC議長も、銀行資産が23.7兆ドルであるのに対してノンバンクが20.5兆の資産を持っているため、このセクターに対する規制強化に言及している。明らかに売電政権は、この分野に踏み込まなかったトランプ政権とは異なるアプローチをとることを明確にしつつある。

こうなるとヘッジファンドやBlackRock、Fidelity、Vanguardといった資産運用会社の名前が真っ先に頭に浮かぶ。折しも岸田政権が資産運用業の強化を打ち出したばかりであるが、米国ではすでに強くなりすぎたこのセクターに対するコントロールを議論するといった段階になっている。資産運用特区の話もあるので、米国の規制強化の流れを受けて、規制緩和を検討している日本進出を検討する運用会社も出てくるかもしれない。

ただ、米国の規制強化の議論が一部で言われているようにドッド・フランク法のようなインパクトを持つものになるのであれば、金融業界地図が大きく塗り替えられることになろう。日本ではこうしたプレーヤーが少ないのであまり話題にならないが、最近では、大手金融機関からヘッジファンドや資産運用業界への転職者が相次いでいる。給与水準も大手金融機関を大きく上回り、取引の自由度も高く、収益も上げやすいので、確かにバランスが崩れている感がある。

昨今の中国をめぐる政治的、経済的情勢、ようやく金利やインフレ動向に変化の兆しが見えつつある日本への注目が高まっているのは確かである。税金が高いに日本には誰も来ないという意見もあるが、金融庁主導で意外と地道な税制改革は行われている。

海外ファンドの人達と話していると、業績連動給与の損金算入、国外財産の相続税免除、国外財産への税免除、キャリードインタレストの分離課税などがネックと言われることが多いのだが、これはすべて一定程度すでに改善されている。シンガポールや香港並の税金にすることは難しいだろうが、借り上げ社宅形式の税控除などを組み合わせれば、生活コストの安い日本の生活は言われるほど悪くない。

これまで日本の金融ハブ化構想は何度となく失敗してきたが、NISA拡充などもあり、今回はひょっとすると何らかの変化が起きるのかもしれない。

SA-CCRが為替取引のやり方を変える

SA-CCRが為替取引に与える影響についてIFRの記事が出ている。SA-CCRへのシフトによる資本賦課の増加を受けて、今後はCCPによるCleared Tradeや先物へシフトしていくという論調だ。

米国と英国は、SA-CCRに移行したのは昨年の1月くらいだが、そのころからマーケットに影響が出始めた。もともと為替取引は、短期のものが多かったため、従来の方式だと資本賦課が少なかったが、これがSA-CCRになると、短期取引も含めて資本コストがかかるようになった。金利取引などはすでにCCPに移行したり、先物マーケットも成長しているが、為替には元本決済が伴うため、CCPでの取引は極めて小さい。清算集中義務もない。一部NDFのみが細々とクリアリングされてのみであった。

すでにLCHのForexClearでは取引量が増えてきており、過去2年間で42%清算取引が増えたと報じられている。Clearedされた想定元本も25%増とのことだ。為替先物の取引量も2022年9月時点で前年比42%増となっているそうだ。

とは言ってもドル円の為替取引はNDFではないので(技術的にはNDFにすることもできるが)、資本コストをあまり気にしない日本の金融機関が多いことも相まって、日本では先進行以外では話題にすらならない。為替先物の取引量も目立って伸びているわけではない。ROEハードルが満たせないビジネスは厳しく精査される海外金融機関では、今後のFRTB導入を控えて、為替取引を先物やCCPにシフトさせようとしているところが多いと報道されているが、日本ではあまりこうした動きも見られない。無担保で取引をするところも多いので、わざわざ有担保でかつ当初証拠金が必要な取引へシフトしようというインセンティブも働かない。

グローバルでは、NDF、先物、Cleared FX、相対の為替取引をまとめて最適化し、ポストトレード処理で資本賦課を減らそうという動きが盛んである。資本のみならず、当初証拠金のファンディングコストやオペレーショナルリスク削減のために極力ブックをきれいにしておこうという意識が高まりつつある。資本規制は全世界で課せられ、日本では金利スワップのコンプレッションは市民権を得つつあるので、時期は遅れるだろうが、為替についても今後同じような変化が起こることになるのだろう。

管理相場のメリット

中国が人民元の下落に歯止めをかけるべく銀行にドルを買わないよう指導しているとReutersが報じている。中国のゴールデンウィークに当たる10月にドルニーズが増えることを見越しての政策のようだ。厳密には、ドル買いニーズに対応する取引を行った際には、そのポジションを直ちにヘッジしてスクエアにするのではなく、しばらくオープンで持っておくようにとの要請だ。$50mmを超えるドルを買う企業は中銀の承認を取る必要があるとも書かれている。銀行に対して、顧客にドル買いを控えるよう促してもいるようだ。

$50mmというのは結構小さいように感じてしまうが、時期をずらせばある程度の取引はできるのかもしれない。しかし、こうした行動を指摘されたときのリスクはあるだろう。日本でも為替介入を行うことはあるが、こうした様々な手段が使えるのは中国のある意味強みなのだろう。人民元の変動が他通貨に比べて少ないのも、こうした理由があるのだろう。同様に金利変動も他通貨に比べると緩やかである。

色々な意見もあるだろうが、こうした市場変動が少ないということは、あらゆるメリットがある。最近話題になっている証拠金の増加についても、変動の少ない商品についてはその増加幅は少ない。といことは人民元のスワップを行った際の必要証拠金が少なくなり、取り引きコストが安いということになる。同時にストレスロスも少なくなるため、所要資本も少なくなる。つまりMVAとKVAが低くなる。

価格は市場が決めるべきというのも今では当然のこととして受け入れられているが、これは市場が完備であれば問題ない。規制強化により、収益機会があってもそのポジションを取れないことが多くなってくると、効率的市場仮設は成り立たなくなる。そうなるとある程度管理された相場の方が全体的な効率が良いということが起きてしまうのではないだろうか。

現状では大きな市場変動のあった米国金利スワップ、英国金利スワップ、コモディディスワップの取引コストはかなり高くなっている。一方日本円の当初証拠金はこれらの通貨に比べるとかなり低い水準にとどまっている。かといって、全てのマーケットを管理相場にするのは当然望ましくないのだが、ここまで来ると市場変動が少ない方が有利という状況になってきているように思う。

クレジットセンシティブレートの終焉

BloombergからBSBYの公表停止に関する市中協議があった。当局からの意見募集でないConsultationを市中協議と訳すのは何となく違和感があるが、10/13まで市場参加者の意見募集が行われる。これが決まれば、クレジットセンシティブレート自体がなくなっていく可能性もある。

米国ではLIBOR改革によってリスクフリーレートであるSOFRへの移行が行われたが、銀行の信用スプレッドを含まないリスクフリーレートをベンチマークとしていると、銀行の調達コストが上がったとしてもそれを貸出金利に反映させられないとして、信用リスクを含んだクレジットセンシティブレートが複数作られた。

この中ではAmeriborとBSBYが比較的使われてきていたのだが、それでも取引量が細っており、結局Credit Sensitive Rateは必要ないという結論になるのだろうか。ただ、今回の背景には市場のニーズ低下というよりは、当局の意向が影響したように思う。もともとは7月にIOSCOが国際的なベンチマーク基準を満たしているかどうかに疑問を呈したのが大きい。十分な取引量に裏打ちされていないという点が最大の懸念ということなのだろう。

しかし、その他の国にはこうした少ない取引データに裏打ちされた金利指標は数多く存在する。複数の金利指標が存在する日本もその例外ではない。先日住宅ローンの金利更改時に長プラという言葉を久しぶりに聞いたが、日本にも様々な金利指標が存在する。何となくIOSCOがCredit Sensitive Rateを狙い撃ちしていような感もあるが、よほどSOFRへの流動性集中が必要ということなのだろう。裏を返せば、LIBORスキャンダルを二度と起こしてはならないという当局の強い姿勢の表れなのかもしれない。

Bloomberg社としては、BSBYの頑健性についての分析を行い、監査も得たうえで指標としての透明性確保をしてきたつもりだったのだが、取引量が細ってきていることもあり、今回の意見募集となったようだ。レート自体は1年程度公表されるが、ここで公表停止が決まれば、新たな取引に使われることがなくなる。

今回のケースもそうだが、つくづく海外は標準化に重きを置いていると感じる。日本は顧客のニーズがあれば、必死でカスタマイズをして、それに応えようとする文化がある。信用リスクを含んだレートが必要であれば、金融機関はそのニーズに応えようとすべきであるという意識が働き、当局からそれを妨げる動きは見られない。ドルより小さなマーケットであるにもかかわらず、2つのTIBOR、TONA、TORF、2つのTONA先物と、JSCC金利とLCH金利のように様々な指標が存在している。

住宅ローンの変動金利も短プラ連動とはされているが、ゼロ金利政策下でも、交渉しない限りずっと下がっていない。短プラは1年未満の短期貸し出しにおける最優遇金利で各銀行が金利を決められることになっている。その意味では日本では米国とは異なり、短プラで利ザヤを確保できるのでクレジットセンシティブレートの必要性が低いということなのだろうか。

どれか一つに流動性を集中させるべきという議論もあまり聞かれない。細々とでも良いから、使う人がいるのだからそのまま置いておけばよいのではないかというスタンスだ。米国であれば市場操作の可能性や、指標をメンテナンスしていくコストが問題になるところだ。

いずれにしても金利に対する考え方は日本と海外でずいぶん異なっているように思う。ネット銀行の参入による競争もあるが、海外に比べると銀行にとって優しい仕組みなのかもしれない。その分シリコンバレーバンクのような危機は起きないという意味で一長一短なのかもしれないが。

金融危機はFire Sellが引き起こす

デリバティブマーケットで起きた最近の事件は、多くがFire Sell、つまり資産の投げ売りから発生しているように思う。もともとは火事で損傷した商品を安値で売りさばくという意味から来ているのだろうが、これを行うと、資産価格が急落する。

債券の場合は資産価格の急落はクレジットスプレッドの拡大とともに、金利の急上昇を伴う。2020年3月のDash for Cashでは、米国債を売って現金を確保しようという動きが国債暴落に拍車をかけた。2020年10月のGilt Shockでは、マージンコールに応えるために資産を現金化する動きが市場変動を増幅させた。シリコンバレーバンクは破綻時には預金の引き出し請求の増加したため保有米国債のFire Sellが起きた。

つまり、Fire Sellが起きなければかなりの金融危機は抑えられるのではないだろうか。通常市場変動によって短期的に資金が必要になることは頻繁に発生するが、これをレポや短期の資金で賄えれば、手持ち資産を売却しなくても良くなる。または、社債が適格担保に入っていれば、それを担保に出せばよく、Fire Sellを行う必要はない。もっともCCPや海外の証拠金規制では、プライシングが異ならないよう、VMが現金に限定されているので、Fire Sellが起きてしまう。日本の証拠金規制上は変動証拠金に国債が使えるので影響は少ない。

資産、負債のデュレーションミスマッチが危機を増幅させたという反省から、金融危機以降はレポに対するRWAが上がり、レポの流動性が低下している。これが市場変動に拍車をかけているという側面もあるかと思う。米国では、レポのクリアリング規制が議論されている。

やはり、何とかしてレポの流動性を上げて、適格担保を拡大したり、銀行のコミットメントライン、保険などを使って、資産のFire Sellを起きにくくするような政策が必要なのではないかと思う。

SIMMの更新サイクルが年2回になる

先週ISDAから当初証拠金モデルのSIMMのパラメーター更新が現状の年一回から年二回に変更されるというアナウンスがあった。2025年からの変更になるが、年の前半の変更は上期中に決められ8月から実施、年後半の変更は下半期中に決定され、2月から実施となる。

2020年3月の米国金利、2022年の10月の英国金利の他、コモディティ価格の乱高下などが発生したが、その後かなりの時間が経ってからSIMMの変更が行われることに対し批判の声が大きかった。これを受けて今年はSIMM 2.5Aと称してオフサイクルのCaliburationが行われた。これは5月5日に公開され、7月15日から実施されたが、現場ではそれなりの混乱を招いた。

市場変動が大きかったためアドホックでモデルのパラメーター変更が行われるのは仕方ないのだが、やはり変更時には準備期間が必要である。その意味では年二回に変更して変更適用時期も2月、8月と決めておくのは、市場参加者の準備、当局への報告などを考えると望ましい変更と言えよう。

とは言え、証拠金の増額によるプロシクリカリティには根深い問題がある。例えば市場変動が大きくなり金利上昇したのだから、その分証拠金を増やすというのは当然なのだが、それによって保有する国債を売却して現金を捻出する市場参加者が増えると、さらに金利上昇が激しくなる。

このようなプロシクリカリティの問題の他に、増え続けるCCPの証拠金に耐えかねて、CCPから取引を移したいという参加者が出てくることが懸念される。また、相対取引であっても、有担保取引を無担保に変更したい、Thresholdを上げたい、CSAの条件を変えたいという要望が出てくる。

せっかく清算集中、証拠金規制によってカウンターパーティーリスクが減ったのに、証拠金の急増によって、脱CCP、脱担保取引の動きが見られてしまうという問題がある。これは非常に難しい問題であるが、適格担保の拡大やレポ取引の利用、銀行の信用状、保険など、個人的には様々な方法があると思っている。米国CFTCなどでは適格担保にこれまで禁じられていたレポを使ったMMFを加えるという提案がなされていたが、これもプロシクリカリティを抑える働きがある。

しかし、本来は激しい市場変動が起きないのが望ましい。それにはマーケットが一方向に動いたときに反対をとるディーラーやヘッジファンドなどの存在も重要である。規制によってこうした行動を抑えに行くと、流動性が枯渇し、市場変動が激しくなるということは、常に意識しながら規制の設計が行われることが望まれる。

すべてのリスクをヘッジすべきか

米国ターム物SOFRと後決めSOFRのベーシスリスクの話はその後あまり進展がないが、日本の感覚だとそもそも何故そんなに気にするほどのことなのかという意見も多い。ベーシスリスクがあるのは確かだが、それが極度に拡大する局面がそう何回もあるとは思えないうえ、たとえそれが起きたとしても放っておけばそのうち収斂するのではないかという意見だ。日々各種取引の時価評価が求められる金融機関は別として、一般的に時価を気にしない慣行があるからかもしれない。

コストが安ければヘッジするに越したことはないが、ARRCのガイダンス等の影響でヘッジが限られコスト高になっている現状では、わざわざ高いお金を払ってヘッジするほどのことはないというのも最もである。特にローンを時価評価していなければ、ターム物ローンは時価評価されず、ヘッジのスワップだけが日々値洗いされるため収益変動が激しくなる。先日海外でも、ヘッジコストを払うくらいなら何もしない市場参加者が増えているという記事があったが、当然の行動だろう。

日本の地銀等でもTIBORやTORFなどの変動金利指標で貸付を行った際に、それをTIBOR/TONAやTORF/TONAのベーシススワップでヘッジしているところはどれくらいあるのだろうか。事業会社なども、会計上損失が出ないケースが多ければ、このベーシスが広がったからと言って大騒ぎをするところも少ないだろう。

ただし、コストがかからないからヘッジをするのをやめようというのは、健全なこととは言えないので、バランスが重要である。特に昨今は規制によって様々な取引コストが上がってきているので、こうした行動を取るところが増えてきているのが気になる。金利のベーシスリスクなどはまだしも、例えば清算集中規制の対象とならないよう、スワップなどによるヘッジを減らして金利リスクを抱えているところがあるかもしれない。また当初証拠金のIM Thresholdである50億円を超えないように、取引量を調整しているところもあろう。

「コストがかかるからベーシスリスクをヘッジしない」というのと、「コストがかかるから金利リスクのヘッジをしない」というのは若干性質が異なる。清算集中規制や証拠金規制を避けるためにヘッジをせずに金利リスクを抱えたままになり、シリコンバレーバンクのような破綻が起きれば本末転倒である。

ここでも会計の問題が重要になるが、もしローンを時価評価していないのであれば、金利変動があったとしても何も起きないのではないかという点である。シリコンバレーバンクの場合は、金利上昇時に預金引き出しが起き、その資金を捻出するために米国債を売却せざるを得ず損失が発生した。しかし、こうした資金流出が起きなければ保有する米国債の値上がりを待てばよいということになる。

たとえば、昨年の台湾生保のケースのように、保有債券をすべて時価評価したら債務超過になるという状況はたまに発生する。しかし結局当局が会計計上手法を変更して債務超過を免れた。一見怪しい変更と思われるかもしれないが、資金流出がない限り生保が破綻するシナリオは考えにくい。海外では極力時価評価をしようという方向性になっているため様々な問題が起きるが、ヘッジ会計を多用したり、時価評価をしない方向を好む国では、こうしたベーシスリスクに対する感応度が異なってくるものと思われる。どちらが望ましいかはよく分からないが、どこか中間のような着地点があっても良いのではないかとも思える。

規制が流動性枯渇を助長した?

少し前のものになるが、7月にCFTCがマージン規制の当初証拠金の適格担保拡大を指示するコメントをしていた。このブログでも規制強化によってディーラーの体力低下が流動性の枯渇と、極度の市場変動をもたらしていることは何度か紹介してきたが、このコメントを読むとCFTCも「重大な金融危機は市場流動性の欠如によって起きた。」と述べられている。

リーマンショック後の各種規制、特に清算集中規制と証拠金規制により金融システムから信用リスク、カウンターパーティーリスクの削減が図られた。そして金融機関に十分な資本を積ませることによってシステミックリスクを避けようというものだった。これによって、金融機関の頑健性は高まり、連鎖倒産のようなシステミックリスクを軽減したのは事実であろう。

しかし、一つ気になるのは、米国債、英国債、各種コモディティなど、極度の市場変動が大きくなったことである。もちろん、コロナウィルス感染拡大、ロシアによるウクライナ侵攻といった特殊事情はあったが、現場の感覚からすると、市場変動が起きたときに、金融機関サイドはそれを静観せざるを得ないようになってきたように感じる。

最近では少し影響が少なくなってきたが一時期はボルカールールに抵触しないよう、こうした市場変動に立ち向かって反対の取引をすることが難しくなった。また、レバレッジ比率規制の影響などもあり、国債を買ったり、レポを提供すると資本コストが膨らんでしまうため、以前のようなサイズで取引をすることができなくなった。また、アルケゴス以降巨額損失を避けるプレッシャーが銀行トップに重くのしかかり、何か大きな市場変動があった時は、できるだけ何もしないようにしようという意識が銀行業界全体を覆っているようにも思える。

以前であればあまりにもマーケットが動けば、反対のポジションを取って収益を上げようという銀行ディーラーの取引が、一方向に動くマーケットのバックストップになっていたと思う。今ではこのようなことはかなり難しくなっているので、ヘッジファンドなどがそれを補っているが、ヘッジファンドの取引相手方となる銀行が保守的になっているため、あまり大きなサイズで取引ができない。

つまり、信用リスク、カウンターパーティーリスク、システミックリスクを減らすために規制強化を行った副作用として、市場全体の流動性が枯渇し、極度の市場変動が起きやすくなっているのではないかと思う。

おそらくCFTCもこのような状況に気づいていて、市場変動時に年金やファンドが保有資産を投げ売りしなくて済むように、適格担保の要件拡大などを推し進めているのではないだろうか。短期のレポを活用するMMFはCCPの適格担保ではないが、証拠金規制上は、適格とされていない。これはもともと当初証拠金にはリハイポ(担保の再利用)を認めていなかったため、レポを利用したMMFも平仄を揃えただけのように思う。

ただし、これで適格担保に認められるMMFは非常に少なく、実質的にはMMFは当初証拠金には使えないということでロビー活動が続けられてきた。これが認められると、確かに市場変動時の資産売却がマーケット変動を加速させた2020年春の米国、昨年2022年9月の英国の金利変動のようなインパクトを和らげることができるかもしれない。少なくとも、保有資産を急いで売却するという動きを若干でも減速させることができる。

このような変更をするとMMF市場の安定性を損なうという反対意見があるようだが、市場変動時に売却せずに担保に使えるようになるのだが、あまり
MMF市場の不安定化につながるとは思えない。コメント期限は10月10日だが、おそらくこのまま認められることになるのだろう。あまり日本には関係のない話かもしれないが、適格担保の拡大は、流動性リスクを減らすためのツールとしてこれからも検討されていくのだろう。