顧客保護を意図した規制により顧客の利益が損なわれる例

5/15に中国のSwap ConnectがGo Liveとなり、グローバルで注目を集めている。ここへ来て、JSCCで長らく問題となっていたUS Personのクライアントクリアリング参加が突然注目を集め始めた。米国の市場参加者はCFTCの制約により、Exempt DCOと言われる外国CCPに参加することができないのはこのブログでも何度か説明してきた。

もともとは、米国の市場参加者を保護するための制約だったのだが、流動性が高まるJSCCの円金利スワップ市場や、今回新たに始まったSwap Connect経由の中国の金利スワップも取引することができない。完全に米国の参加者にとっては不利なのだが、CFTCは自分で自分の首を絞めてしまっている。

中国の場合、オンショアとオフショアで完全にマーケットが二分されてしまっており、オンショアマーケットの流動性は格段に高い。これは金利だけでなく、為替、債券などあらゆる商品共通である。社債などもオフショアのドル債は30%くらいに価格が下落していてもオンショアでは90%で取引されていたりする。金利スワップについては、ドルで決済するNon Derivarableの形で行われてきたが、今般のSwap Connectにより、海外市場参加者がより流動性の高いオンショアマーケットにアクセスすることができるようになった。だが、米国の参加者以外はという但し書きがつく。

DCOとはDerivatives Clearing Organizationの略で、これが認められるためには、米国CFTCが定めた要件を満たす必要がある。しかし、多くの米国外CCPはExempt DCOというStatusを取ることにより、一部制限された形で取引を行っている。JSCCもSwap Connectを提供するHKEXもともにこの形態をとっている。

米国のバイサイドでは日本円金利市場はもちろん、中国国債の取引をするところも多いので、流動性の高まるJSCCの金利スワップや中国のSwap Connectにアクセスできないのは、非常に不利である。大手であれば欧州にファンドを設立してそこから取引をすれば良いが、こうなると何のための規制なのかわからなくなってくる。これでようやくCFTCも重い腰を上げるかもしれない。

金融機関のシステム産業化

大手米銀がテクノロジー投資を加速させている。クラウドインフラ、データーセンター、各種データ分析、セキュリティ、ソフトウェアやアプリ開発と、もはや金融機関というとテクノロジー会社の様相を呈してきている。これまで右肩上がりに上昇してきたテクノロジー支出だが、今後も更に増加することが見込まれている。全世界のテクノロジー支出は4.8兆ドルを超えるとも言われている。

JPMの2022年のテクノロジー予算は約$14bn(約2兆円!)だが、そのうち$6bnが成長を支える新デジタル商品やデジタルサービス、通常業務に必要なテクノロジーの導入に充てられている。そして$4bnが主要ビジネスであるチェースブランドのリテール、投資銀行、商業銀行、資産運用に使われている。

特にJPMだけが突出しているという訳でもなく、バンカメも約$11bnを年間使っており、兆円単位での支出をする銀行は多い。日本のシステム投資額を同じ分類で比較するのは難しいが、一昨年のS&Pのアナリストの分析では、比較的システム投資に熱心なMUFGが300億円程度と推定していた。当時のJPMの投資額が1.1兆円だったことから1/3以下ということになる。近年では邦銀のシステム投資は米銀の1/5というニュースもあった。円安の影響もあるが、JPMの投資が2兆円近くになってきたことから、この差はさらに開いているものと思われる。

米銀のシステム投資は、新技術に対して行われることが多く、6-7割がこうした新しい取り組みに対するものである。翻って日本の状況をみると、既存システムのメンテナンスや拡張が中心になっており、先のS&Pの分析では新技術に対する投資は2割程度と推測していた。

システム投資のみでなく、人材面でも大きな変化がみられる。海外ではトレーダーの数は極端に少なくなり、オペレーション部門の人員削減が進み、かなりの業務がシステムやAIに置き換わっている。当然過渡期であるため、日本のように人手を介して手厚くサポートするサービスに比べると、満足のいくサービスが行えていない面もあるかもしれないが、これは技術進歩によって大きく変わっていくことになる。JPMなどでは全従業員の約2割以上がテクノロジー関連の技術者だが、邦銀のシステム部門の人員は全体の数%と言われる。

これだけのIT人材を雇おうと思うと、もう国内だけでは不可能となる。実際米銀でもテクノロジー部門の人員はほとんどが米国外におり、ブタペスト、ムンバイなど世界中のあらゆる国から優秀な人材を集めている。特にコロナ以降この傾向はますます強まっている。

あらゆるスタートアップ企業が新しいテクノロジーをフル活用して、過去のシステムより優れたものを短期間でしかも低コストで構築しているのをみると、日本でも時代遅れのレガシーシステムのメンテナンスに資金を投入するよりは、一から新しいシステムを作った方が良いのかもしれない。もっとも銀行サービスが止まってしまっては死活問題なので、そこまで大胆な決断ができるところは少ないだろうが、意外とその方がリスクが低いのかもしれない。