CSが発行した、AT1(その他Tier1債)である170億ドルを当局が無価値化したことを受け、AT1債市場に対する投資家の評価が根本から変わりつつある。従来のウォーターフォールを崩す形で株式よりも一応債券に分類されるAT1債が先に毀損した今回のケースは市場でも驚きをもって受け止められている。
確かに常識で考えればおかしい話かもしれないが、債券のタームシートをみれば当局に裁量があると書かれているので、こうした事が起きる可能性があるということは認識ができたはずだ(それが実際に起きることを予見できたかどうかは別問題ではあるが)。
先月出版されたカウンターパーティーリスクマネジメント第3版のP454にも「社債投資を行う際は、どの銀行の社債かということのほかに、どこのエンティティーが発行しているか、またその発行した国の法制では、どの順番で債務が毀損していくかを分析する必要がある。」そして、「実際にベイルインのプロセスはその場になってみないと確定しないことも多く、そのリスクを正しく見積もるのは極めて困難である。」と書かれている。今回発生したのはまさにこれに該当する。おそらく多くの投資家は、大銀行にしては金利が高いという理由で、詳細な分析をすることなく投資をしていたのではないかと思われる。
AT 1 の場合は、以下の2つのトリガーがある。
- NVE(Non-Viability Event)トリガー
これは、企業がゴーイングコンサーンとして継続運営されるために、外部からの資本注入を要する場合にトリガーされるもので、当局の裁量で決められる。
- CET1 トリガー
ティア1自己資本比率が一定のレベル以下になったらトリガーされる。
そして、これらのトリガーにヒットすると、社債が全損扱いとなるか、株式転換される。CSの場合は、ティア1比率が7%を下回るか、当局がNVEトリガーを認定すれば全損扱いとできることになっていた。これはスイス特有のもので、英国やEU当局からは、これはスイス特有のもので、AT1が株式より先に毀損することはないとコメントしている。米国からはまだ何のアナウンスメントもないが、先程紹介したカウンターパーティーリスクマネジメント第三版にも書かれている通り、持株会社が最初に毀損する形なので、同様の問題は発生しない。
ここへ来て、多くのアナリストが各国の法制を分析した上でAT1のリスクの再評価をしようという試みがみられる。一般的には日本を含むアジアではCSのようなリスクは少なそうだ。特に日本ではメガバンクのAT1にCSのようなウォーターフォールの逆転が起きる可能性は極めて低いように見える。損失を被った投資家からは訴訟の話も出ているが、あそこまでしっかりと契約に明記されていると、どのような論理で争うのか、興味深いところである。