ロンドン証券取引所グループの躍進

ロンドン証券取引所グループがスタートアップ企業並みに勢力を拡大している。取引所というお堅いイメージを払いのけ、Fintechを中心に企業買収を進め、単なる取引所の枠にとどまらず、幅広く金融インフラサービスの拡大を進めているのが興味深い。

2013年にLCH、2019年にRifinitivを買収し、昨年QuantileとAcadiaの買収をアナウンスし、取引所で清算される取引のみならず、相対取引においても勢力を伸ばしている。SwapAgentの成功がこの流れを支えていると言えよう。そもそもは、通貨スワップやスワップションをCCPで清算しようという動きがあった際に、決済リスクや膨大なIMがネックになった。清算しないながらも何とかクリアリング取引と同じようなメリットを享受できないかということで、SwapAgentが注目を集めた。

当然クリアリングをしていないので、カウンターパーティーリスクが消える訳ではないが、LCHが取引時価の計算を行うので、担保金額のDisputeがなくなる。何と言っても標準の通貨による割引率が適用できるのが大きい。通常ドル円通貨スワップを円担保のCSAの下で行った場合は、円ディスカウントとなり、時価がドルディスカウントで計算した市場標準と異なってしまう。SwapAgentを使えば、例え相対のCSAが円だったとしてもドルディスカウントになる。

その他CCPと同じプラットフォームを使えば、取引報告、資金決済、電子プラットフォーム上の処理などが標準化できることになる。特に日本で遅れているSTP化も一気に達成できる可能性が高まる。

すべての取引をCCPに移すと、今度はCCPがToo Big to Failになってしまうので、実は通貨スワップやスワップションのようにリスクが大きくなる取引については、カウンターパーティーリスクは残したまま各種プロセスのみをCCPプラットフォームで行う方が良いのかもしれない。結局コモディティなどは、急増するIMコストに耐えかねて、CCPから相対へのシフトが起きている。

資本やファンディングコストの最適化を行う場合にもCCPにおける取引だけを見ていても片手落ちで、清算取引と非清算取引を全体として管理する必要がある。その意味では、Quantileを加えることによってコンプレッションやポートフォリオ最適化を行い、Acadiaによって担保周りのプロセスを効率化するというのは、理にかなった戦略である。オープンアクセスを確保しているので、LCHだけのサービスということではなく、他のCCP取引にも広げられる可能性がある。

ここまでのシステム・プロセス構築が進んでくると、なかなか他社の追随を許さないレベルになってきた。当然マーケットの異なる日本やオーストラリアなど、各国で類似のビジネスを立ち上げることも理論的には可能だが、ノウハウにおいてLSEG/LCH/Quantile/Acadiaにはかなりのアドバンテージがある。むしろこことタイアップすることによって、効率性向上を図る方が早いかもしれない。

LMEのニッケルショックを巡る報告書公開

昨年2022年3月のニッケルショックを巡るLMEの対応についての第三者レポートが出ている。金融データ分析を行うOliver Wymanが行ったものだが、実際に起きたこと、そこから得られる教訓を学ぶには重要なレポートである。

レポートの中では、LMEのクリアリングシステムは他のCCPに比べてLess Robustだと書かれている。特に問題とされているのは、VMとIMをネットすることによって所要担保を減らすLME独自の仕組みである。通常VMは取引の時価相当分をカバーするために日々やり取りされ、IMはギャップリスクに備えが追加バッファとして徴求される。したがって、通常IMはVMの量に関わらず常に確保されていなければならない。しかし、LMEでは若干異なる仕組みを使っており、一部の取引においてこれを相殺して必要担保額を削減することができていたようだ。

読み進めると、必要担保の削減は、NOSAとDCVMによって可能になっているとのことだ。NOSAはNet Omnibus Segregated Accountsの略で、顧客の担保を一つのオムニバス口座に入れておけばその中でネットできるようになっているようだ。つまり顧客Aの担保所要額が+5で顧客Bが-5だったら、所要担保がゼロになるという仕組みらしい。これによってIM所要額が60%~80%に削減されている。

もう一つのDCVMはDiscounted Contingent Valuation Marginの略で、顧客の勝ちポジションによって担保を減らせる仕組みだ。ニッケルショック直前6か月間の担保削減効果は$915mmあったとのことだ。LMEでは、現金決済の先物については、他の商品と同じRVM(Realized Variation Margin)を使っているものの、現物決済の取引については、一日の終わりに証拠金を計算し、VMが参加者の勝ちポジションになっている場合は、IM所要額からDCVMを差し引くことができる。要は、現物決済の場合は実際に決済が起きるまでは損益が実現しないからという理由らしいが、日々損益をフラットにするのが基本のデリバティブの世界では、不思議なコンセプトだ。しかもこのDCVMを使ってしまうと銀行にとっての資本賦課が上がってしまうという問題もある。

更にLMEの参加者の特徴として、ほかのCCPに比べて小規模の市場参加者が多く、ほぼ半数のGCMs (General Clearing Members)が総資本$1bn未満とのことだ。この参加者構成と特殊な担保スキームのために、マーケットからは、他のCCPに比べてWeakとみられていた。

今後の改善策としては、リスク管理の高度化、値幅制限の導入といった、比較的ありきたりの提案が多いが、個人的に興味深かったのは、CCPのポジションのみならずOTCのポジションもモニタリングすべきとされている点だ。

確かに中国の大手プレーヤーの持っていたOTCのポジションがあまりに大きく、それがマーケットのクラッシュを引き起こしたと報道されていたので、OTCマーケットに注意を払うのはもっともなことである。しかし、CCPサイドに相対取引までも報告させることができるのかが定かではない。例えば、日本円金利スワップであれば、全てCCPでクリアリングしているが、清算集中規制導入前のレガシー取引やスワップションなど、CCPで清算しない取引までCCPに報告はしていない。当局報告はしているのだが、今後はこうした商品については、CCPにも報告するという流れになるのだろうか。

いずれにしても、コモディティ商品に関しては金利スワップやCDSのようなデリバティブ取引とは別のリスク管理が行われており、何となく金融業界の中でも独立した世界観を保っている。人材、リスク管理手法、取引慣行についても、独自路線を貫いてきたが、ここできてそれを他の商品と整合的にしようという動きがみられる。

コモディティ以外については、銀行がCCPに対して管理強化を求めてきた歴史があるが、コモディティに関しては、参加者からリスク管理を緩める方向の要望が寄せられていることが多い。そして保守的な銀行はCCPの頑健性を問題視するため、あまり大きくポジションをとれないということが発生している。当局サイドの管轄が異なることも多い。市場参加者サイドからリスク管理強化の要望が出しにくいのであれば、当局や規制によるプレッシャーが必要なのかもしれない。